the other side of my days
ご意見,ご感想,ごいちゃもんなどございましたら
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>まで。


2005/02/01(Tue) プレゼンテーション能力
2005/02/02(Wed) 定規1本500円
2005/02/03(Thu) ジョンイー
2005/02/04(Fri) イライラしない人
2005/02/05(Sat) パソコン購入
2005/02/06(Sun) 練習日和
2005/02/07(Mon) 保安隊と警備隊
2005/02/09(Wed) 乗り遅れ
2005/02/10(Thu) しょせん球投げ
2005/02/11(Fri) 所沢
2005/02/12(Sat) 手が届く目標を
2005/02/13(Sun) パソコン作り直し
2005/02/14(Mon) 夭折のジャグラー、ショーン・マッキニー
2005/02/15(Tue) ゴールデンな沈黙
2005/02/16(Wed) デデキント切断
2005/02/18(Fri) プロの耳掃除で昇天
2005/02/19(Sat) ツミレ
2005/02/20(Sun) 鍋三昧
2005/02/21(Mon) あの人、この人
2005/02/24(Thu) チョップ
2005/02/26(Sat) アンコウ鍋
2005/02/27(Sun) 万博少年たち
2005/02/28(Mon) ストレス発散


2005/02/01(Tue)

プレゼンテーション能力

とつぜん取締役に「最近の◯◯のあれこれを、シャチョーに説明して」と言われて、社長室へ。レジュメもブックマークも用意したのに、話をはじめると、想像以上に内容がバラバラに……。情報を盛り込みすぎたかも。伝わったかしら。人に話したり、説明する訓練が全然できていないらしい。とくに人前で。うーむ。雑談は得意なのになぁ。

2005/02/02(Wed)

定規1本500円

職場で使っていた定規をなくした。ここ1週間ほど見つからず、どこに行ったかわからない。そこまで身辺が荒れているわけでもないので、誰かがひょいっと持って行ったか何かだろうとぐらいに思っていた。
ペンやテープなどの消費型文具は言うに及ばず、定規やホッチキスといった、職場でもなかば個人所有になるような文具も、けっこう持って行く人がいるし、そのことをグダグダ言うようなことはないと思っている。総数が変化しないかぎり、どこかに文具はある。なければ買うまで。職場の文具にネームラベルを貼るようなのは、いわゆる事務員か、仕事のできない奴と相場が決まっている。
とはいえ、文具探しごときでイライラしたり、まして時間を無駄にすることは、バカらしいことだと思う。だから、そこそこに自分のぶんの管理はキチンとやればいいし、隣近所に「持ってくなよ」というプレッシャーを与えるぐらいはしたほうがいいと思う。「いるんだよね、貸してねといって、元の場所に戻さない奴って」ぐらいは、たまには言って牽制するのがいい。ぼくは苦情を口にしたことがないけど、隣人は、いつだってぼくの席のテープをもっていくし、ティッシュも使う。領空侵犯をちょくちょくやってくる隣国だ。テープを持って行ったきり、忘れてしまったことがあるのだって、指摘はしないけど、案外ぼくは知ってたりする。ぼくはテープもクリップもじゃんじゃん補充するので、気にしないけど。

隣国の領土はあれている。机の引出しをあけっぱなしにして、それが拡張された領土だと言わんばかりに書類が積まれている。「たまには机の引出しをしめてみるってどうですか」とかすかに笑いながら厭味を言ったら、厭味だと受け取られず、「書類がいっぱいあるんですよ!」とまじめに答えられたので驚いたけど、とにかく荒れている。
荒れているので探しモノが出て来ない。2週間前に使った写真を貸してくれといったら、面倒くさそうに「出て来ないかも。あるのは絶対あるけど探すのに時間がかかる」といった。「仕事の3分の1の時間は何かを探してる時間といいますしねぇ」と、またしてもチクリと厭味を言いたくなるのを抑えて「手間を取らせてすみませんね」とあっさりと反応を返す。そんな程度の探しものが「手間」ということが問題だってことは、小心もののぼくには指摘できない。「あたし、絶対に過去の書類とか写真とか捨てないから」と自慢気に言うなら、せめて直近1ヵ月のものぐらい5秒で出て来るようにしてほしい。大切にすべて保存しているというのは、言い替えれば、何の整理もできていなくて、混乱しているだけだ。ぼくは3ヵ月以上経ったものは、名刺だろうが書類だろうが何でも捨てているけど、何にも困ったことはない。写真なんて、一ヶ所に集めて時系列で整理する以上にやるべきことはないんじゃないかしら。
定規をなくした。いくらDTP全盛で画面のなかで雑誌作りをしているとはいえ、定規を持ってない編集者ってナサケナイ。隣の人に何度も借りて、そのたびに嘘っぽく恐縮するのもバカらしい。何より、定規ごときで仕事を中断されるのも、中断するのもバカらしい。それで、文具仕入れ担当者でもある隣人に、「やっぱり定規をなくしたみたいなので発注してほしい」と言ったら、「発注しません。何とかするので、待って下さい」と言われた。
それから3日ほどして、再び定規がなくて情けない気分になったので、「定規を発注したいのですが」と言ったら、「発注しませんって!」と驚くべき否定的態度を示された。職場では(職場でも)ニコニコと温和なぼくだけど、さすがにキレそうになった。
「なくしたからって、発注するってどうかと思う。折れたとか、壊れたとかじゃないんでしょ?」とか言う。あまりに馬鹿馬鹿しいので、もうその場で走り出してコンビニで定規を買って来てやろうかと思った。探したのだよ。それで見つからない。補充用の文具入れにもない。他人の定規を取るわけにもいかない。じゃあ、発注する以外にどうするんだ? 始末書でも書いて反省するのか?
定規なんて、どんなにいいヤツでも500円だ。会社がぼくに対して支払っている人件費は、どう安く見積もっても10分で500円は越える。ぼくが作ってるページの単価はン万円だ。定規で書こうとしている図版は、1点ン千円だ。500円の定規のために、何度も講釈を垂れて仕事を中断させる、このトンチンカンな経済観念を、なんとかしてくれ。コスト意識を徹底することは大切かもしれないけど、アンバランスにもほどがある。がっくりきて5分ほど呆然としてしまった。
定規ぐらい、なくしたら、すぐに支給してくれよー。仕事するから。

2005/02/03(Thu)

ジョンイー

mixiのタイトル画像が鬼になっていた。しばらく考えてから、あぁ節分が近いんだなぁと思ったけど、そうじゃなくて、今日が節分当日だったらしい。太巻をガブリとかじる習慣は関東にはないってホント? 関西ではじまったというけど。ぼくの記憶では1981年ごろ、突然寿司業界が言い出したことのように思うけど。仕組んだのは小僧寿司チェーン? 当時、「なんやそら。バレンタインにチョコレートって言い出した、お菓子業界の二番煎じちゃうんけ」と思ったし、ぼくの家族も同じような反応を示したような気がする。なんやそれはと言いながら、「東北東の方角に向かってガブリとやるらしいで」と、太巻を買ってきて食ってしまうのだけど。

スキャナーが写真を読み込む退屈な30秒。そのビミョーな心のすき間をついて、ヨースケという名のバイトが後ろから声をかけてきた。「西村さん、ジョンイー頼みますけど」。晩飯の注文でも取ってるのだろうと思ったぼくの頭には「ジョンイー」という名前の中華料理屋が浮かんだ。馳星周の不夜城の主人公は健一と書いて広東語読みで、ジェンイーだったような気がする。
ヨースケという名のバイトの顔を見て、「は?」と聞き返すと、「いや、ジョンイー発注しますよ、ブログにあったから」という。ジョンイーは、ひょっとして韓国語か? そういえば、このヨースケという名のバイトは、ややハングル顔ニダ。
ヨースケという名のバイトは、どうやら「定規」と発音しているようだった。昨日ぼくがここに書いた職場の愚痴をみたらしく、そのことを言っていたのだった。書きながら不用意だなぁとは思ったけど、職場の人が見ているなんて。うーむ。別にいいけど。

2005/02/04(Fri)

イライラしない人

宮台真司と神保哲生の丸激トーク・オンデマンドが、やっぱり面白い。ゲストの東浩紀が、やけに宮台に対抗意識を燃やしている感じが、ちょっとほほえましい。ちょっと畑違いの学者ではあるかもしれないけど、先輩の胸を借りてるんじゃないのか、いいのか、そんなに偉そうに突っかかって。まだ33歳ぐらいで思想家を名乗ろうってんだから、そのぐらい元気じゃなければとも思えるけど、どうも、やや悪い方向に元気。
神経質そうな髪のかきわけかたとか、ひきつった笑いとか、必要以上にレトリックな表現とか、感情の起伏が露骨に出て来るしゃべりかたとか、、、要するに話し方に魅力がない。おちつきもない。まとまりもない。話の内容は場当たり的、反射的。そして郵便論的(うそ)で動物化してる(うそ)。そして持論の部分的な繰り返しが多い。議論の流れやテーマ全体のなかで、きっちりと議論を構造づけて、そのうえで自分の発言を順序良くこなしてく宮台との力量の差が、あまりに大きくて驚いた。
それにしても、NHK問題、監視社会化問題、ニート問題とか、そういったことを論じるメディアに触れる意義って「イライラしたいから」ということじゃないかと思えるほど、新聞やテレビにはイライラする論調が溢れかえっているけど、宮台さんの話は、いつも少しもイライラせずに聞ける。なるほど、そういう見方をするのかと、そう思える話が、次から次へと出て来る人であることよ。
特集の入校をしつつ、約3時間のトークを今回もほぼ全部聞いてしまった。

2005/02/05(Sat)

パソコン購入

神田、秋葉へ散歩。秋葉はいいなぁ(オタ)。
ずっと眠りっぱなしのデスクトップを復活させるべく、静かそうなベアボーンキューブを購入。いまさらSocketA。そろそろSocketA対応のベアボーンって、各社とも販売をゆるゆると停止の方向にあるらしい。って、当り前か。安くてパフォーマンスも高いし、いまでもAthlon XPっていい選択だと思うんだけどなぁ。新たに買うならAthlon 64か。

2005/02/06(Sun)

練習日和

新宿ナイアガラへ。少し身体を動かしていれば、半袖でも大丈夫なぐらいに今日はいい陽気。がっつりとジャグったような気もするけど、あまり練習になっていないような……。5ボールは、相変わらず停滞。よくて30キャッチ程度で、40キャッチを越えるのが1日に1度という状態で、また後退しているようにも思える。100キャッチできるようになる日なんて、やっぱり来ないんじゃないだろうか。あまりにイライラして、「もう何がどうなったらパターンが安定するのかワカラン!」とボールを投げ出したくなる。でも、投げ出したってしょうがない。何が安定した状態で、何をすればその状態になるのかを分析して、あちこち順番に意識を集中しながら練習していくしかない。ひょっとすると、ただただ練習時間を積み重ねることが解決になるってこともあるのかもしれない。

新宿のデパートで、礼服を売場を見る。新郎の衣装なんて、何でもいいといえば何でもいいんだけど、だから案外むずかしいということもあるらしい。

2005/02/07(Mon)

保安隊と警備隊

増田弘『自衛隊の誕生---日本の再軍備とアメリカ』(中央公論) 861円 ISBN-4121017757
なんかすごい力作。終戦後半世紀以上が経過し、資料公開の進む米公文書館で膨大な文献を渉猟して自衛隊誕生時の日米交渉の紆余曲折の歴史をつまびらかにする。日本の政治、旧軍事関係者、世論、メディアの温度差はもとより、米国内にも、日本再軍備に対する異なる意見が存在し、陸海空の各自衛隊は、成立事情はそれぞれかなり異なるとはいえ、一筋縄でいかない難産となった。
もともと著者は石橋湛山研究からスタートした人だとかで、戦後の軍事関係者や政治家の公職追放を研究するうちに、パージされてもしかるべき旧陸軍関係者が、どうしてパージを免除されたのか疑問に持ったところから、自衛隊誕生の歴史に興味を持ったという。日本をアジアにおける共産圏勢力侵攻の防波堤と見なしていたアメリカにとって、日本に再軍備させるということは喫緊の政治課題だった。ところが、軍隊編成に必要な人的リソース確保といえば、将校クラスの旧軍人を登用する以外に現実的な方法はあり得なかった。
米国留学を機に、そこんところを調べてみたいと思っていた著者は、在米中にワシントンの公文書館に通って、現地協力スタッフとともに膨大な資料にあたった。その結果、学問的業績としてはたぶん立派な研究を残したってことらしい。ただ、それをベースに書き下ろすにしても、一般向けの新書なんだから、もうちょっとディテールの情報は省いて、読みやすいストーリー仕立てに咀嚼してももよかったんではないのかと思ってしまう。新書にしては、ちょっとやり過ぎじゃないかというほど綿密な分析と引用、資料の山が延々と続く。新書を読んで、ちょっとは勉強した気になろうというディレッタントは、ガクモンしようってんじゃないんだし、もう少し箇条書き文体を何とかしてほしかった。個々の交渉やメモの内容を、日米双方で5個も10個も箇条書きされてもなぁ……。
護憲だ違憲だ改憲だと、平和憲法と自衛隊のあり方を巡って、かまびすしい議論は聞こえてくるけれども、1952年の対日平和条約成立時、日米安保体制というフレームワークのなかで、どういう政治的意図と見通しをもって日本の軍隊が再生(あるいは誕生)したのか、という基本的な事実関係の話は、あんまりちゃんと出てこない。
今になって憲法改正議論が出てきているけど、そもそも軍隊を保持しないという憲法をいただいておきながら、自衛隊を発足させるにいたった、その矛盾は、どこから出てきたのか。誰が、何のために、どうやって、そんなごまかしをやってのけたのか。海外派兵まで含めた現在の自衛隊を巡る是非の議論は、そもそも自衛隊発足時にさかのぼる「ねじれ」のようなその出自を、戦後50年間ずっと誰もまともに「矛盾だ」と言って批判してこなかったツケが一気に噴出しているような面がある。吉田茂が構想したのは、いずれ改憲するということを前提にした、長期的な、独立国日本にふさわしい立派な自衛のための軍隊の創設。戦後、一時的に対米協力、対米追従でアメリカの傘下に一時的に入ることはしても、それはあくまでも長期的な目標を達成するための、テンポラルな次善策だった。
厭世ムードが支配的だった世論やマスコミを、時にあざむいてまで、米国支援を受け入れ(あるいはときにつっぱね)、米軍事顧問の指導・監督のもとに再軍備を進め、その後、憲法を改正することはついになかった。それはなんで? 吉田ドクトリンというグランドデザインは、どこで変化したの?

2005/02/09(Wed)

乗り遅れ

六本木、某社記者発表会へ。話が無駄に長くて退屈。プレゼン慣れしている人たちの話し方を観察。
大手町、某社記者発表会へ。ふと見渡すと、知った顔がたくさん。ぼくも何だかんだ、この業界長いんだなーと複雑な気分になった。もう言われて久しいけど、ライター連中に20代の若手がいない。みんな30代。まずいよ、この業界。30代でも若いのは若いけど、後続が続いてないのは、業界に魅力がないから。どのジャンルでもフリーランスライターなんて、奴隷労働みたいなもんだけど、それでもやりたいと思う予備軍の若者はいつでもいっぱいいるのがふつう。IT系ライターなんてギャラでも待遇でも恵まれてるほうだけど、将来性とか、社会的認知度とか、総合的な魅力に欠ける。IT系ライターの活躍の場である専門誌やウェブが、斜陽産業のような観を呈し始めて久しい。ライター業は売名と箔づけでやって、コンサルや講師でもやるか、プロダクションでも作って、ウブな若者たちを馬車馬のように働かせるか、どっちかじゃないだろうか。他人事じゃないけどなー。
質疑応答が激しい。そして、なんだか和気あいあいと楽しい。聞いてて楽しいのは、もっともらしいことを言って取り繕おうとするマーケティングの人の話じゃなくて、ぶっちゃけ話を連発するおしゃべりな技術者の話。やっぱりぼくも技術オタだ。

初校が出るのが夜10時で終電に乗り遅れ。なんでだ。せめて夕方4時までに出社しましょう、と言いたいよ。

2005/02/10(Thu)

しょせん球投げ

1時間ほど5ボールの練習。まったく進展の気配なし。もう1ヵ月以上も進展がない。20〜30キャッチばかりで、40キャッチ越えの率が大幅に減っている。50キャッチなんて、自分でも、そんなことができたと思えない。50を越えたときには60も70も、すぐだろうと思えていたのに。
3日ほど前、ぼんやり歩いてたら階段を踏み外して足をくじいた。そんなわけで、ピルエットの練習はもってのほかだし、あまり動きのあることはできない。まあ、スタージャグラーのジェイソン・ガーフィールドは、ジャグリングの練習時には「Don't move your feet!」と言ってるし、むしろ動かしたら「痛っ!」というのは、徘徊癖を直すのにはよかったりするのかもしれないけど。
足もくじいたけど、どうも精神的にもくじけ気味。ジャグリング、つまらん。ぜんぜん何も上達しない。去年の秋口の、もっとも練習していた時期に比べると、確かに熱意は落ちているけど、それでも、平均すると1日に30分から1時間は投げているはず。でも、ぜんぜん何も上達しない。
主観的に上達の感触がなくても、実際には上達速度が急激に変わっているはずがない。かつてだったら、喜んでいたようなコトが、あまりうれしくないというのが、ジャグリングが楽しくない原因だと思う。ほとんど練習したことのない3ボールの技を、2、3日まじめに練習すれば、劇的に上達する。でも、ぜんぜんうれしくない。「そんなもの、くだらん」と思ってしまう。
渇酒症的な酒飲みが、だんだんと度数の高いアルコールに手を出すというのと似たような話で、ジャグリング中毒になると、より強い刺激を求めるようになる。初心者時代の楽しさよ再びとばかりに違う道具に手を出す人もいる。
どこかで、刺激や喜びが練習の退屈さをカバーしきれなくなると、「飽きた」ということになって、人生の貴重な何百時間かを無駄にしたように感じるのかもしれない。
と、プラスやマイナスの感情を自分にもたらすものが何なのかを、よく観察してうまくコントロールできるかどうかってことさえも、ジャグリングの才能のうちと言えるんじゃなかろうか。

とはいえ、もはや、ボールジャグリングにかんしては、かなりムキになっているので、飽きるとか飽きないという問題じゃなくなっている。たかが球投げ遊びの趣味が「問題」になってるのかと突っ込まれそうだけど、こうなったからには(どうなったかは突っ込み不可)、安定して5ボールが投げれるようになるまで、もう絶対にやめられそうもない。
若いころと違って、ムキになることを恥ずかしいと思ってない。ムキになって、本気になって、アツくなって、それでダメだったとして、自分にそれだけの能力がなかったと認めることもやぶさかじゃない。やるべきことや、できることはたくさんあるのだから、そのうちのひとつで人よりできなくても、どうってことはないし、別の何かをやればいいだけ。まして球投げ……。しょせん球投げ……。
心配なのは、「5ボールが安定したら、安心して元の生活に戻ってゆっくり眠れる」と思っているけど、実は5ボールなんて100キャッチを越えても200キャッチを越えても安定したという感触は得られないという言うし、1000キャッチ(5分間)を越えるころには、きっと6ボールや7ボールが安定しなくて眠れない日々を送ることになるんじゃないかという……。年齢も年齢だし、さすがに6ボールや7ボールはないか。

日々数時間の練習を10年ぐらい続けて、9ボールで20キャッチぐらいまで到達した女性ジャグラーというのがいた。本人も認めるとおり、自分以外には何の意味もない。ジャグラーの尊敬を集めはするけど、それでも、ふつうは7ボールで1000キャッチのほうがいいと考える。誰に理解してほしいというのもなくて、まったく自分のためにやり、そして自分だけにしかわからない、大きな大きな達成感を感じて満足しているという。
ボール1個の違いが難易度や習得期間で10倍ぐらいの違いがあるとすると、5と9じゃ1万倍という桁違いの違いがあるけど、ジャグラーの自己満足という点では9ボールを追求するのも5ボールを追求するのも似たような話なのかもしれない。5ボールができるようになったジャグラーは、自分では何か偉大なことをやりとげたと感じるものらしい。ようやくジャグラーの仲間入りをしたように感じるのかもしれない。で、うれしくて人に見せる。すると、多くの人は「すーげー! ところで、いくつ投げてるの?」という反応をする。得意になって5つだと答えると、「ふーん、6つはできるの?」と聞かれる。そこでジャグラーは目が醒める。「6つや7つを投げる人もいっぱいいるし、世界記録は10個だけど……」とだけ言い置いて、いつもの自分の練習場所にとぼとぼと戻って行く。

2005/02/11(Fri)

所沢

同居人の実家の所沢へ。義母お手製のコロッケ。おなかいっぱい。所沢って夜になると暗いなぁ。
義理の父母がまだ20代だったというから約40年前の写真。旅行にスーツというのが時代を感じさせる。

2005/02/12(Sat)

手が届く目標を

午後、毎週末のようにジャグラーが集まっているという噂の代々木公園へ行ってみた。2、3人ほどジャグラーが来てて一緒に練習。アコーディオン弾きのイギリス人、ダニエルのコンタクトジャグリングがすごい。あんまりクラブは好きじゃないと言いながら、ダブルスピンの3クラブバッククロスを楽々と投げる。そういえば、目の前でこれだけ高くクラブが飛び回るのを見る経験って、あまりなかったからか、「クラブっていいな」と初めて思えた。
夕方、ダニエルがマラバリスタの練習に行きたいというので、一緒に駒場へ。道中、腹ごしらえになぜか回転寿司を食べたいと言い張るので、原宿駅前の回転寿司屋へ。聞けば、いまやイギリスには回転寿司屋がない街はないというほど、中国人経営者(!)によるKaiten Zushiがあるらしい。華僑が握るイギリスの寿司……。食いたくない。
巨大なクリスタルボールを4個操るコンタクトジャグラーのダニエルは、マラバリスタのジャグラーたちを見て、ちょっと失望したように「flowtyなジャグラーがいない」と言った。そういえば、マラバリスタはスポーティーな、がしがし投げまくるタイプが多くて、流れるような身体の動きを研究するタイプのジャグラーというのはいない。やっぱりヨーロピアンって、ちょっと違うんだなと思った。ジャグリングの練習に音楽がないことも、とても信じられないことらしく、CDを持っている人を探して歩いたり、自分でアコーディオンを奏で始めたりしていた。

今日はクラブもボールもいっぱい投げた気がするけど、なんとなく何も練習になっていないような、なっているような……。しかし、合計4時間ぐらい投げても、肩の痛みに悩まされることがなくなった。
ジャグリング歴4年になるダニエルが、気になることを言っていた。「ジャグリングの目標は手に届くモノにしておいたほうがいい」。1年ほど7ボールカスケードを夢中で練習して、一時期は最高28キャッチまで行ったものの、週に2、3度の練習になってからは7ボールはまったく投げられなくなったという。結局、その1年間の集中的な練習は時間の無駄でしかなかったと、彼は感慨深そうに過去を振り返りながら言った。「見ている人は、5個も7個もわからないんだよ。ホントに。3個と5個が違うのがわかる。でも、7個は7個と言わない限りジャグラーにしかわからない」。こういう言葉って、ぼくはずっと負け惜しみとしか思っていなかったけど、ちょっと考えが変わった。実際に猛烈にトライして目標を達成できなかったジャグラーの、率直な言葉にはじめて触れたかもしれない。とはいいつつも、究極の目標は5クラブバッククロスだとか手に届きそうにないことを言うんだから、よくわからん。5クラブバッククロスを続けるのって7ボールより難しいんじゃないのか?

2005/02/13(Sun)

パソコン作り直し

2台ほどほったらかしにしてあるミドルタワーのPCから、適当にパーツを抜き取って、小さなキューブに突っ込んだ。ものすごく静かで小さい……。
内部のUSBポートのピン配列って、どうして規格化されてないんだ。メモリーカードリーダーから伸びる10本のバラバラのピンを、1本1本確認して、狭い場所に指を突っ込みつつ正確に挿すって結構たいへん。ピンに書かれた記号とマザーボードのマニュアルの記載も違うし、数も違う。どういうことだ。自作ってことか。そうか。
CPU、HDD、CD/DVD-ROMドライブあたりが1個ずつ余った。どれもハンパ過ぎて使い途もなければ、ヤフオクにも出せない。ゴミってことだけど、うーむ。

2005/02/14(Mon)

夭折のジャグラー、ショーン・マッキニー

お昼の12時。天気がいいので、日当たりの悪い駐車場じゃなく、どこか日の当たるところにと思って近所の公園へ。ママやおばあちゃんに連れられた子どもたちがジャングルジムに遊び、建設作業員風のおじさんがベンチで弁当をほおばるなかで、ジャグリングの練習。まだ1歳半だという子どもが歩みよって来て、ボールを握る。まだつかんでも投げれない。じーっとぼくが投げるボールを見つめて、何かまねしたそうにする。おばあちゃんが、孫の手をとって無理に拍手させる。真冬とはいえ、暖かなお昼。静かな住宅街の公園。
なんだ、このみょーに、平和な気分。なんて平和な光景だろうか。会社員とは思えない平和な、ほとんどダメ人間じゃないかと思えて来る光景じゃないか。ぼくはなんで平日の昼間っから、ボール投げなんかしてるんだろうか。
夜、元同期のKと麹町で待ち合わせ。アジャンタのカレー。結婚では先輩なので、あれこれご意見を拝聴。じきに奥さんもやってきて、3人で延々と駄話。結婚してそろそろ3年という2人の睦まじい雰囲気がグッド。

2004年夏に29歳という若さで急逝したジャグラー、ショーン・マッキニーのDVDが届いた。生前にはホームビデオを持ち歩き、友人に撮影してもらったり、自分で適当な場所にカメラを設置して撮るということをしていたため、かなりの量のビデオ映像を遺していたらしい。このDVDは、そういう映像と、家族が持っていた写真を集めて編集したもの。友人であり、ジャグラー仲間だったジェーソン・ガーフィールドと、フィアンセだったペギー・ルイスが編集し、28分の映像にまとめられている。ほぼ(?)同じ映像が、2004年にニューヨークで開催されたIJAのイベントで追悼ビデオとして流されたらしい。
手書きで「Thank you for supporting the Sean McKinney Memorial Fund.」とある。ショーンのフィアンセだったペギーの自筆。
すでにショーンのジャグリング自体はあちこちのビデオで見たので、純粋にジャグリングのビデオとして見ると、さほど新たな発見はなかった。でも、「ジャグリングとは何なのか」ということについての、彼の熱っぽいメッセージが伝わって来るように思えた。いままでに見た彼の映像は、どれも彼の上品な部分を映しているものばかりだったようだ。でも、彼の真骨頂は完成されたルーチンではなくて「型破り」で「未完」で「夢中で遊んでいる」ような、そのスタイルにあるのだろう。ショー向けの映像より、プライベートビデオのほうが、ずっと生っぽい彼のスタイルを伝えているように思う。もしかすると、DVD編集者の意図も、そのへんにあったのかもしれない。
走り回る、飛び回る、跳ね回る。ジャグラーだから投げまくるのは当然だけど、ショーンの場合、登りまくるし、くぐりまくりもする。木やら滑り台やら巨大なゴミ箱やら階段の手摺りやら、ときにはスケボーに乗ったままところかまわず動きまわって、ワイルドに、でたらめにキャッチする。「正確さ」と「コントロール」がすべてとまで言われることがあるジャグリングだけど、そんなものはぶっ飛ばすアナーキーさがある。繊細の対極。そういえば、こういう点では、むしろジャグラーでない人々のほうがジャグリングの本質を理解している。ジャグリングって、投げあげて、それを落さずにキャッチすることこそがホントは本質的だ。ショーンは「キャッチしてみせる!」という気合いを地で行ってる。
ほとんどのジャグラーは、「正確に投げさえすれば、キャッチなんて意識しなくても勝手にボールが手に収まって来る。ジャグリングというのは投げることがすべてだ」と思っている。無理なキャッチは、「ワイルドキャッチ」と呼ばれ、むしろ嫌われる。実際、スローこそ命という面があって、スローがダメだとキャッチは絶望的だったりする。これはこれでジャグラーだけが知っている重要な真理ではあるのだけど、ショーンは、そういうジャグラーに対して、もう1度「キャッチする」ことが、いかにエキサイティングなことか思い出させてくれる。飛んだり跳ねたり、高く投げあげたりして、コントロールを失うギリギリのことばかりやり、それで強引に全部キャッチしてしまう。あさっての方向に投げあげてしまったら、そっちに向かって猛然と走って、身体ごと地面に転がってでもキャッチする。強引で男っぽい。そしてそれを全身で楽しんでやる。壁にぶちあたり、地面に落っこち、手摺りに足をぶつけ、そうして痛そうにうめいているときでさえ、なんだか楽しそう。何度も同じ場所で痛い目にあっても、それでも成功するまでやり続ける。
同封されたペラ1枚の追悼文集を読むと、彼を愛していた家族やジャグリング仲間、フィアンセといった人たちの、いまだ癒えることのない大きな喪失感が、ひしひしと伝わって来る。まだ1年も経っていないのだから無理もない。ショーンの死について、あまり多くは語られていないので、ぼくにはよくわからないけど、どうやら鬱病での自殺らしい。
映像をみていると、抑え切れないエネルギーにあふれる陽気な人柄のように見える。道ばたで歩みをとめて彼のジャグリングを見る観客とのやりとりや、ジーンズショップでの店員とのやりとり、ジャグリングをしていて警告を受けたときの警官とのやりとりと、どれもを見ても、ショーンは明るい。
擦り切れたジーンズにTシャツ、目深にかぶったキャップというファッションや、型破りで自由奔放なジャグリングのスタイルは、南カリフォルニアの太陽のような明るさを思わせる。とても鬱病を患う人には見えない。
でも実際には、何週間も家から出られず、大好きなジャグリングをする気もまったく起きずにふさぎこむような日々もあったらしい。そんなある日、大量に薬を飲んでしまった。と、ネットの掲示板で聞いたけど、真相はどうなんだろうか。
それまでオーケストラやジャズっぽい音楽にタキシードや、サーカスばりのきらびやかな衣装、そうでなければピエロの衣装といった、「芸人」ぽいスタイルのジャグラーが多かった世界に、突如ロックにジーンズというスタイルをひっさげてジャグリング界に彗星のように現れた、クールなカリフォルニアン。彼にインスパイアされたジャグラーは数多いという。
6個や7個は当り前というボールの数のインフレが起こった90年代に、誰も見たことのないスピード感とテクニックで「3ボールでジャグラーを感動させる」ことができる数少ないジャグラーとして、独自のスタイルを確立した。ショーンは、そういう人だったらしい。そういうことが、彼が亡くなった後にジャグリングをはじめたぼくのような人にもわかるということは、いいことだし、それが遺族としても鎮魂の意味もあることなんだろう。DVDの25ドルという価格には、ショーン・マッキニー・メモリアル・ファンドへの寄付金もふくまれていて、今後、彼のDVDの製作費や、彼のジャグリングスタイルを普及するためのコンペを開催する資金源にされるという。
DVDパッケージの裏面にあった彼の言葉。ちょっと日本語に訳してみた。こなれない日本語だけど……。
How does one become a juggler? How does he do that? Why does he do that? Most of the wolrd is looking for a way to make life easier. The basic principle behind juggling is making one's life as difficult as possible. Not problem solvers good at solving problems that they create for themselves. So, sit back and enjoy few more tricks that I can do and you can't but that's okay because there's absolutely no practical reason why you should. If anyone ever does, for the sake of impracticality, decide that they do want to take up juggling, it's pretty simple. All you need is hardwork, dedication and a complete lack of a social life.
どうして人はジャグリングなんてするのか。どうして? なんのために? 世の中の人って、たいていは、いかに生活を楽にするかを考えるもの。ジャグリングに潜む基本的な原理は、できる限り生きることを難しくするというもの。自分で問題をつくり出して、それを自分で解くことを得意とするような、そういう問題解決をする人じゃない。ともあれ、ぼくにできて、ふつうの人ができないジャグリングのトリックをもうちょっとゆっくり見て楽しんで。でも、人がジャグリングができないのは全然いいんだよ、だってできなきゃいけない実用上の理由なんてないんだし。もしも、むしろ非実用的であるからこそ、ジャグリングを始めてみようと本気で思う人がいるなら、これはとてもカンタンな話。必要なのはハードワーク、専念、それと、まともな社会生活のすべてをあきらめること。

2005/02/15(Tue)

ゴールデンな沈黙

あるとき、アメリカ人の友人が、肝心のことさえ口にしないという日本人的な暗黙の了解的(あるいは言わぬが花的)なコミュニケーションにいらついて、「I know. Like the Japanese saying goes; Silence is golden, right?」と言った。
ふーん、そんな訳になるのか、ゴールデンかと、そのときは聞き流したけど、どうもぼくは間違っていた。「時は金なり」という格言からの類推で、ずーっと「沈黙は金なり」は「沈黙はカネなり」だとばかり思っていた。正しくは、「沈黙はキンなり」であって、だからこそ英語ではゴールデンなのだった。
今さらのように、沈黙の価値を思ったりする今日この頃。饒舌には十度の、沈黙には一度の後悔がある、といったのは誰だっけ。
美徳というより、処世術としての沈黙というのを、少し考えてみてもいいのかなと思う。ありのまま、感じるままを口にする脇の甘い人間は、特に日本のような社会では疎んじられることのほうが多い。正論であっても、虚飾や虚栄がなくても、しゃべるより黙るほうが、はるかにメリットが多いことがある。正当な自己防衛であっても、しゃべるより、むしろ世間の不当な評価を黙って受けいれているほうがいいということもある。

2005/02/16(Wed)

デデキント切断

Richard Dedekind、Wooster W. Beman『Essays on the Theory of Numbers』(Dover book、1901)
“デデキント切断”で知られる19世紀のドイツ人数学者、デデキントのエッセイ集。元になったドイツ語版の論文の構想が思い浮かんだのは、デデキント自身によると1854年にさかのぼるという。
数は実在するか。1や2や-0.53、あるいは1/3、√2、πといった数というのは、果たして実在なのか。あるいは実体のない抽象的存在で、純粋に人間の思考の産物なのか、それとも人間の存在とは無関係に、初めから世界にアプリオリに「あった」ものなのか。
何をカンチガイしたのか、ぼくは、そういう「数」というものの実在性とか、数学的構造物の実在性について、数学者ってのはどう考えてきたのだろうかと思ってタイトルだけに惹かれて半年ほど前にこの本を買ってしまった。でも、そういう期待はまったく無知から来るものでしかなかった。ぼくは数学史的文脈も、数学自体もわかってなさすぎる。デデキントは、カントールと並んで、集合概念によって数学の基礎固めをした人なのだった。この本は、その彼が書いた実数の構成法と無限集合についての厳密な定義と考察でしかなかった。数学史上、それが記念碑的なものであるとしても、そんなにおもしろいわけでもない。
そもそも、数が実在かどうかと問うのは、リンゴは実在かと問うのと似ている。あるいは「赤い」は存在するのか「赤」は存在するのかというのも同じだけど、問いの意味が曖昧すぎて、肯定的な答えも否定的な答えもしようがない。ある言葉が指すモノが「実在である」と言うためには、何が言えればいいのか。そういう風に問いの意味を考え直すと、リンゴの実在性だって難しい問題になるし、数だけが何か特別扱いされるべき「数の世界」を構成しているわけでもないだろう。
それはさておき、デデキントが実数の連続性やら、整数論の基礎付けといったことで、エッセイとも論文ともつかないペーパーを書かなければいけなかったのは、当時、そうした数学の集合論的基礎付けの方法が、広く知られていなかったからということらしい。この本に収められた2本の論文は、集合論的な議論から出発して実数を構成する方法や無限集合の概念の厳密化についてのものだ。証明なしの前提をほとんど使わず、日常的な論理と概念だけで説明されている。ごく簡単な記号と証明だけしか出て来ない。筋道もみごとに1本線で、感動的に抽象化され、ぜい肉が落されている。用意周到に議論が進み、何もないところから、ほんの数十ページで「実数」という構造物を読者の眼前に示すという手品を見ているような観がある。
とはいえ、これは、数学科や物理学科という理学系の大学に進めば真っ先に数学の基礎として勉強することと、たいして変わらない。検索して黒木玄さんの手短なエッセイ(二つの実数論)を読んで、なるほど、そういうことかと今さらわかった。実数を構成するには、デデキント切断によって有理数のすき間に無理数を突っ込む方法と、距離空間の完備化という2つの、本質的に等価な方法がある。で、もっとほかにも異なる思想に基づく数学的にエキーバレントな構成方法があり、このへんは抽象化されて議論もされ尽くしている、と。
「数とは実在か」とか、微分概念に絡んで実数の連続性うんぬんという眠たい議論をいつまでもほじくり返しているのは、数学の基礎や歴史をロクに勉強もせずに、曖昧な日常語と概念で数学的議論をしようというエセ科学哲学者と、そういう人々の議論を見てまんまと「数の神秘」に取り憑かれるエセ数学好きの連中、ということか。数が実在かどうかという問いは、むしろ言語哲学の範疇なのだろう。クリプキを読んでみろってことだと思う、たぶん。読んだことないけど。いずれにしろ、連続性や稠密性などという実数の理論的基礎付けという数学的議論は、100年前に終わってるわけだ。
それにしても、カントールの対角線論法にしろ、デデキント切断にしろ、コロンブスの卵というほかない、実にあっけなく明快な論法だ。だからこそ説得力のある基礎付けになるわけだけど。

2005/02/18(Fri)

プロの耳掃除で昇天

武田龍夫『福祉国家の闘い−−スウェーデンからの教訓』だったと思うけど、こんなフレーズが頭に残っている。日本女性と結婚したスウェーデン男性の言葉。「日本の女性は耳掃除までしてくれる!」と泣かんばかりに感動して言ったという。フェミ先進国の北欧では考えられないことだそうな。女が男と対等であろうと闘うあまり、日本人が考えるところの「女性らしさ」とか、女性らしい思いやりや、いたわりといったものなど、かの国のフェミニストにとっては、男に対する媚びへつらいと隷属の証でしかない、と。女らしさとは、男が女にこうあってほしいという都合のよい理想を女に押しつけたものであり、ジェンダー差別でしかないと。耳掃除など断固拒むのがスウェーデン女だとか。
そういえば、語学学校で机を並べたスウェーデン人のヘレナは、この夏に結婚予定だった恋人と、つき合って10年目にして別れたと最近知らせてきた。やっぱり耳掃除なんて10年で1度もしなかったのかどうか、聞いてみることにしよう。
といってるぼくは、去年の夏に同棲をはじめてから、ものすごい勢いで耳掃除をしてもらっている。やりすぎじゃないかというぐらい。スウェーデン・フェミニスト連絡会議から、内容証明が届いて、名指しで怒られそうなぐらい。
ほとんど毎日やれば、めぼしい「戦果」もなくなるもので、だんだんに彼女は物足りなく感じるようになっていった。「大物を取りたい!」という欲が昂じてきて、黒い綿棒を買ったり、粘着物質が付着した耳かきを買ったりと、耳かき熱は高まっている。よくよく観察するものだから、詳しくもなる。というか、謎も増える。なんで左耳だけ耳垢が多いのかとか、なんで最近のぼくの耳の穴には耳毛が増えつつあるノダ……、とか。
ジャグリングの練習をしていて、ボールを拾うとき、耳の奥でごそごそ言うようになったのは2ヵ月ほど前。あんまり気にもしていなかったけど、うるさいときは数日ずっとゴソゴソと言うようになっていた。素人考えだけど、やっぱり耳垢が奥に入ってっちゃったのか、とか、そんなことを漠然と考えていた。ヤ、ヤりすぎなのか?
「すぐそこに見えてるのに、取れないっ! きーっ」と彼女が毎回ストレスを溜めるようになっていたので、今日は意を決して耳鼻科を訪れてみた。
関西弁ばりばりの、気さくな女医さんに「いやー、うちの夫婦っていうか、ぼくが耳かきしてもらうのが好きで好きで、、、テヘヘ。やりすぎでしょうか、やっぱり?」と恥ずかしげもなく伝えてみた。たぶん耳鼻科の先生なんていうのは、ぼくのようなケースは心得たものなんだろう。「じゃあ、ちょっと掃除してみましょう」と言いながら、回転椅子に座ったぼくを、クルリと90度横に向け、ペンライトのようなもので奥の奥まで照らしながらのぞきこみはじめた。ぼくのおでこを抑えつけて動かないようにする助手。なかなかソソるシチュエーションではある。ぼくはやっぱり耳かきフェチだ。
「はーい、ちょっと奥にまで入りますよー、動かないでくださいねー」といったと思ったら、極細の綿棒のような感触の棒が、いつもの場所を抜けて脳味噌に届いたような感じがして鳥肌が立った。サザエのつぼやきでもほじくるように、先生はぐるんぐるんと棒を回す。確かに耳の奥のほうというのもわかるし、それが自分の触覚を刺激しているのもわかるけど、いまだかつて誰も触れたことのない奥の奥。奥歯の上あたりがこそばゆいような……。かなりガサゴソ言ってて恐い……、けど、気持ちいい……、ちょっと痛い……、けど、気持ちいい……、もうどうにでもシテッ! これがプロの耳掃除ってものか。
180度くるーんと回転させられて反対側(ウチの隠語で言えばB面)。今度は円錐のてっぺんをカットしたメガホン状の小さな金属を耳に突っ込まれる。ひいやり。「今度は掃除器みたいな音がしますが、じっとしててくださいねー」と先生。ぎゅおーん、ぎゅおーんと。掃除器とまったく同じ原理で、次々と耳垢が耳の奥から引っぺがされる感じがわかる。ガサッ、ガサガサッと音が聞こえる。
ほんの1分ほどで、だいたい終ったというので「戦果」を見せてもらった。「こんなのがね、ほとんど鼓膜のそばに枯葉のようにたまってましたよ。耳掃除で押し込んじゃったのね」と言いながら、助手の人がコットンに包まれた黄色い耳垢をみせてくれた。思わず、デジカメで写真を撮ろうとしたら、「ああ、撮るんですか(笑) これで全部じゃないですよ、もっといっぱいありますよ」と、別の助手のおばさんもやってきて、「戦果」をまとめて見せてくれた。
吸引器で鼓膜付近からもぎとられた耳垢の一部。
不思議な話だ。たぶん猿は耳掃除をしないし、人間だって大昔はしなかったはず。耳掃除って何だ? どうして必要なんだ? そもそも耳垢が奥に入ってしまったら、文明の利器がないかぎり、もう取れないってことなのか? 耳掃除って、どうやるのが正しいんだ? と、そんな疑問を先生にぶつけてみたら、こんな答えが。「そりゃね、猿はどうかわかんないけど、どこでも人間は耳掃除ぐらいしてきましたよ。くじらみたいなのは耳掃除しませんから、年輪のように耳垢が溜るけど」。えーーっ、くじらの耳垢は年輪みたいに積層してるの!?
「耳垢にはね、雑菌を殺す消毒作用もあるの。でね、基本的には耳垢は奥から外にむかって勝手に移動するものなの。だから、耳掃除はね、2週間に1回ぐらい、見えてるところ、すぐ目につくものだけ取るようにすれば十分。見えないところを掃除しようなんて思っちゃダメ」。人体ってよくできてるもんだ。
クリニックを出て、喧騒の交差点に立つと、100m先の誰かのささやきまで聞こえるような気がした。ぼくの耳の穴は、いま世界の誰よりもキレイだぞと、密かにほくそえんでみたり。誰に恥じることもない清廉ケッパクなミミだぞー。毛も(たぶん)ないぞー!
妻(になる人)よ、すまん、プロのテクニックはあまりにもスゴすぎた……、でも、耳掃除は耳垢のことだけじゃないのだけど。

2005/02/19(Sat)

ツミレ

IHにも使える土鍋が届いて、さっそくおなべ。イワシのツミレと水菜でシンプルな。うまい。暖かい。お腹いっぱい。

南瓜(かぼちゃ)って、南のほう原産の瓜じゃないかってことで、「中国の南だからカンボジア」ってことらしい。カンボジア、カンボージャ、カボジャ、カボチャ……。ほんとかよ。
糸瓜(へちま)は、イトウリ→トウリと変化。で、「トの瓜」であるのを「イロハニホヘトチリ……」の順からいって、トは「ヘとチの間」ということで、「ヘチマ」になったのだとか。ほんとかーっ! へちまって、へちーっと曲がってるから、へちまっていうのかと思ってた。うそ。
トイレでちまちま読み進めてる漢字本のコラムが妙におもしろい。漢字自体がおもしろいってことだろう。成立の背景や、日本への伝来のときの誤訳や誤解、音の変化、そして日本から中国への逆流入なんかの歴史をひもとくと、びっくりするような話が山ほどでてくる。

2005/02/20(Sun)

鍋三昧

友だちを呼んで今日も鍋。キムチチゲで豚いっぱい。野菜もいっぱい腹いっぱい。来週末もお鍋だし、鍋三昧だ。
ちょっとだけのつもりが、久しぶりにガッツリと3時間ぐらいジャグリングの練習。小雨降るなか黙々と。いや、もう楽しくて楽しくて。2本のクラブを、両手でそろえて2回転で投げる練習なんかをやると、空を舞うクラブのスピンが美しくて。子ども以外、通り過ぎて行くマンションの住人たちが、みんな目を合わせないようにしてる感じで、ちょっと居心地が悪いけど、気にしない気にしない。
週末にやるはずの宿題が、2割ほど残ってしまった。ジャグってる場合じゃない。

2005/02/21(Mon)

あの人、この人

人事連絡を見ると、広告のNさんが退社。噂は聞いていたけど、こうして人が辞めて行くたびに、「あの人もついに」と思う。
同期のYくんも3月に退社。同期入社の約25人中、いちばん最後まで残るとしたら、漠然と彼かなと思っていたけど。あの人もこの人も会社を後にしているなぁ。と、「あの人辞めるのかぁ」と、入社して以来10年ぐらい、ずっとそう言い続けて来ているのだったりして。なんとなく取り残された気がするときもあるけど、いいのか悪いのか、それはわからない。積極的に「残る」に賭けているわけでもないけど、会社自体が傾くというのでなければ、残存者メリットというのは、ふつうに考えれば増大するし。リスクも増えるけど。

小谷野敦『すばらしき愚民社会』(新潮社) 1365円 ISBN-4104492027
挑発的なタイトルだけど、どのくらい売れたんだろうか。どういう層が手にしたのかも気になる。まともなオトナによる読書案内、言論界案内を読んだような気分。ニセモノ論者やニセ学問、ニセ論理、ニセ知識人を、次々とめったぎりする感じが読んでいて爽快。誠実だし、正論だし、説得力があるよ、なにを論じても。
山内昌之『嫉妬の世界史』(新潮社) 714円 ISBN-4106100916 雑誌の仕事をしてると、よく思う。「いままでになかった新しい切り口でやろう」と言いだしたときは、だいたい企画倒れの失敗企画が出て来るとき。新しい切り口なんて、そうそう簡単じゃないってことだけど、こういう好著を見ると、また「やっぱり切口次第だよ、おもしろくなるかどうかは」と思ってしまう。コンパクトによくもまあ、古今東西の嫉妬を集めたものだ。嫉妬というと男女間のものが思い起こされるけど、歴史を動かし、帝国を滅ぼしさえしたのは、むしろ男同士の嫉妬。成功、才能、地位、権力、財産、人望、人格、教養、、、あらゆる面から男は他の男に嫉妬してきたという例が、これでもかというほど登場する。最近のぼくは「処世術」という言葉を使いすぎかもしれないけど、こういうのを読んでおくと、本質的に権力闘争の場であるといえる組織社会で生きるのに、ちょっとは役に立つかもねと思ったりもする。

2005/02/24(Thu)

チョップ

国内でも海外でもフラッシュ系サイトがアツい。海外では割とゲームゲームしたのが多いけど、国内には一発ネタやストーリー仕立ての、ショートムービー的な作品も多い。
国内のフラッシュ文化の一角には、少年漫画誌の読者投稿欄のようなものがある。はがきに筆ペンで書かれたナンセンスジョークのようなものとか、ああいう雰囲気に通じるものが、ネット上で展開されている。そのガキ臭さというか、ちんかす臭さが、ぼくにはとてもついて行けないのだけど(って当たり前か)、今日いろいろ調べていたら「さかなやつぶし」というサイトがあった。
人生でいちども口にしたことがない言葉を声に出して言ってみましょうというのがテーマで、「プリン高騰、カンガルー退治、日本一盗塁の多い町、参院選出馬表明取り消し用紙」などのヘンな言葉の組み合わせがお題として並ぶ。ほとんど深夜のラジオ番組だ。やたらエコーのかかった艶めかしい女性の声まで聞こえてきそうな感じ。実際のフラッシュも、そんな感じ。
当然誰も言ったことのないような言葉が出てくるのだけど、どれも予想の範囲内ばかりでちっともおもしろくない。ところが、ひとつだけのけぞって笑ってしまうのがあった。「普段のチョップ」。これはジャグラーであれば一度ぐらい口にしていておかしくない言葉だ。「誰それのチョップはキレイだ」とか「ぼくのチョップはイマイチ」とか、「こういうチョップはどう?」とか、アクション入りでやってるのだから。
で、ふと気づいた。
ぼくのフィアンセは、とても冷めた口調でぼくにこう言ったことがある。「もうチョップはいいから、話を聞いて……」。ソファに向かってチョップしつつ振り返ったぼくを待っていた彼女の冷たい視線。ボトッ、ボトッ、ボトッ(ボールがソファに落ちる音)、シーン。
シチュエーションから切り離してここだけ単体で取り出したら、およそ結婚を前にした男女間で交わされそうもない会話じゃないか。――女は言った。「もうチョップはいいから、話を聞いて……」。男はチョップする手を止めて、振り返る――。あ、こうやって一人で笑ってるってことは、ぼくって実はちんかす臭い中学生並みってことか?

今日の東京は夜は雪。
駅を降りたら、雪はますます激しくなってた。

2005/02/26(Sat)

アンコウ鍋

友達を呼んで鍋パーティー。アンコウ鍋セット、筋子、カニなどをネットでお取り寄せ。たぶん、アンコウを食べるのは生まれて2度目だけど、今回もなんだかよく味が分からなかった。それほどおいしいものとも思えないけど……。うーん。イクラがうまかったからヨシ。
同居人から「エロい」という噂を聞いていたシルキー君は、確かにエロい感じを醸し出していた。
今日もジャグリング教室。みのりんは、30分ほどで4キャッチ達成。すぐにできるようになりそうだった。
取り寄せた筋子は合計1kg。たっぷりボリュームで3500円。
お湯でほぐして、醤油とお酒につけて一晩寝かせればイクラの完成。
あまり「お取り寄せ」ズレしてなさそうな民宿を選んで取り寄せたアンコウ鍋セット。ちゃんと味噌味のスープも入っている。
解凍したアンコウ。
ぐつぐつ煮えるアンコウ鍋。野菜をいれて10分ですぐにレディー。
鍋のほかにも手巻寿司など。

2005/02/27(Sun)

万博少年たち

山田五郎『20世紀少年白書---山田五郎同世代対談集』(世界文化社)、 1470円ISBN-4418045260
山田五郎が自分と同じ1958年生まれの人ばかりを集めてネットのラジオで対談したものをまとめた本。しりあがり寿、岡田斗司夫、サエキけんぞう、鴻上尚史など、呼んでいる面々が漫画化、劇作家、映画監督など、いわゆるアングラ、サブカル系の人々ばかりで、なかなか濃い。トンがるでもないし、脱力しきるのでもない、屈折具合がおもしろい。ぼくにとっては懐かしいとかじゃなく、「そういえば聞いたことがある」という固有名詞が山ほど出て来る。そういう固有名詞の脚注を読むだけでもおもしろい本だ。脚注を書いたのは山田さん本人なんだろうか、それぞれが絶妙の紹介。今さらのように「◯◯全盛の時代って、そんなのだったのか!」とか、そういう発見がたくさん。
「◯◯世代」という言葉で特定の年代の人々をひとくくりにしたり語るのは、血液型で性格を判断するするのと同じで、ほとんど意味がないと思うむきもあるだろうし、この同年代対談を思い付いた山田さん本人も、あとがきで自分もそう思っていたと書いている。
40歳を過ぎて来るころって、各方面で活躍してきた「若手」が、気がつくとその筋ではちょっと名前のとおったことをしていて、しかも上の世代は現役を離れつつあったり、下の世代は頭角をあらわす元気なヤツ、おもしろいヤツが出て来たりというところで、「自分ら世代」というのを、はじめて強く意識しだすようになる年齢なんじゃないだろうか。30歳では、いまだ自分のことで手一杯で横を見るほど余裕も人脈もなかったりするのが、40歳になって、いったんそれまでの自分を総括したりしてみるとか。そういう年齢なのかなぁ。個人的にもそうだし、「年代」というくくりで見たときの「世代」でも。対談では、みんな楽しそうに語ってて、出身地も身を置く世界もちょっとずつ違うのに、なにか同窓会のような同期会のような、そんな雰囲気がある。万博少年たちが語る1970年、80年代は楽しそう。
上の全共闘世代のアツい人々に対して、自分たちはシラけ世代と呼ばれて来たと、この世代の人たちはいうけど、それにしたって、ひとつの「世代アイデンティティ」みたいなものを醸成するひとつの要素なんだろう。「おまえたちはオレたちに比べて◯◯だ」と上の世代に言われることに、コンプレックスを感じたりしていたのが、「オレたちだって」と言えるようになるのが40歳ぐらいというようなことか。
唐沢俊一が、「我々の世代はね、今現在、影響力のある文化の、出はじめから知っているわけですよ。テレビやラジオが発明された時代は知らなくても、〜〜(中略)、今の日本の文化って、まさに我々のために作られてきたんじゃないかとさえ思う。少なくとも、いちばん面白いところを吸い取って育ってきた世代だとは言えるでしょう」と、あたかも戦後日本文化を代表する世代であるように言ったりするのは僭称だと思うけど、こういう強烈な「オレたちの若い頃はアツかったし楽しかった」と思いだして語り合えるのって、楽しげでいいんじゃないかと思う。
居酒屋で飲んで駄話するにしても、こういう話をしてくれる先輩に連れられて飲みたいもんだ。と、そんな風に思わせてくれる本だった。おもろいオッサンたちだ。彼らの、深いような、ケーハクなような自分史半生振り返り語りが、ぼくにとっては、これから生きて行く上での滋養になるような気がする。

浜辺陽一郎『名誉毀損裁判---言論はどう裁かれるのか』(平凡社)、819円 ISBN-4582852564
主にアメリカで発展したというプラグマティズム法学という法学思想では、司法の下す判断というのは、各種の「法」という関数に「事実」を突っ込んで論理的に導かれる結論であるという素朴な認識を否定する。裁判官というのは自らが持つ道徳観、信念、思想といったものにもとづいて、結論をくだすもので、法体系というのはあくまでもそれをサポートする小道具でしかないと主張する。要するに、裁判官は自らの信念にもとづいて白いとも黒いとも言う。どちらを主張するにしても、それなりに法的合理性のとおった判決文を書く。
こういう極論は、「法律さえキチンと規定されていれば、事実関係の認定と論理操作によってのみ、法的判断をくだすことができるのだ」と信じているナイーブな善悪二元論にたいする中和剤にはなるだろうけど、それをそのまま額面通りに受け取るような種類の主張じゃない。
ところが戦後日本における名誉毀損裁判の具体例と判例を眺めていると、名誉毀損を認定するかどうかは、もはや裁判官の個人的主観以外にないのじゃないかと思えるほど、そこに恣意性を感じずにいられない。要するに裁判官が「これはキミ、言いすぎだよ。相手は傷つくよ」と言えばクロ。いったい名誉を毀損する言論とは、「違法な言論」であるのか、それとも裁判官が「好ましくない」と思う言論なのか。答えは両者の中間のどこかにあるのだろうけど、もし後者に偏っているとするならば、それはちょっとおかしな話だ。原告、被告といった当事者にしても、担当する裁判官によって裁判のゆくえが左右されるのだとしたら、これはもっと現実的な話として、おかしいし、是正すべきじゃないだろうか。
それはしかし、名誉毀損裁判というものがそれだけ難しいものだということを示しているだけなのだろう。もともと名誉は客観的な実在ではない。問題となる表現が、名誉をどの程度毀損するか、あるいは社会的にどの程度の影響力があるかといったことは、客観的に判断できるようなものではない。ここには、言論の自由と人権がぶつかり合うグレーなゾーンが不可避的に存在することになる。正当な批評と過度の攻撃は、どうやって区別されるのか。
戦後日本における名誉毀損裁判の事件と判例、その時代の傾向といった具体例を手際よくまとめていくうちに、著者が繰り返し指摘するのは、近年の日本では名誉毀損を過度に認定しているのではないかということ。結果として、メディアは萎縮し、訴訟沙汰や賠償金の支払いを危惧して穏当な事実報道と無難な記事が増えているのではないかという。「◯◯の疑いで調査中」という警察発表をそのまま報道した新聞が、「真実であると信じるに相当な理由があった」とは言えないので「◯◯の疑い」であると報じたのは名誉毀損であると、裁判所にそんなことを言われてしまっては、独自の調査能力がある巨大メディアでもなければ、何も報道できなくなってしまう。
その後の司法判断で参考にされることになるエポックメーキングな最高裁の判例というのを時代を追って眺めていると、まったく法的な判断というのは、時代とともに変わる資意的なものだなと痛感する。「資意的」が言いすぎでも、時代を追って徐々に論点が整理され、判断基準が明文化されていくものなのだと。明文化されたように見える判断基準にしても、やっぱり客観的判断基準と呼ぶにはまったく不明瞭なものであったりして、いつまでもグレーなまま。いっそ、よほど黒くないかぎりは、表現の自由を尊重する方向に進むというのでいいのじゃないだろうか。ジョナサン・ローチを読んでみたくなった。

2005/02/28(Mon)

ストレス発散

ノート用の256MBのPC133のSODIMMが4000円で売れたことより、ThinkPad s30のジャンク(P3-600MHz、HDDなし、キーボード不良)が3万9000円で売れてしまったことに驚き。ほとんど罪悪感に近いものを感じるけれども、まあ、s30に限っていえば、それだけマニア心をくすぐる名機だったということだろう。ヤフオクって売り手市場だよなーと、つくづく思う。相場や価格が決定するメカニズムみたいなものが、ぼくらが思ってるほど自明でなかったのだってことをヤフオクは、あまりもわかりやすく見せつけてくれたように思う。

ちょっと仕事が忙しくなると、本をまとめ買いしたくなるというこの性癖。本屋で2冊、アマゾンで14冊。
岡留安則『「噂の真相」25年戦記』(集英社) 735円 ISBN-4087202755
ぼくは噂の真相の読者ではなかったし、どっちか言うと下品そうな体裁や、イエロージャナリズムを思わせるタイトルに、生理的拒絶を示していた。熱心に読んでいる職場の先輩に対して眉をひそめさえしていたもの。ああ、ぼくは世間知らずのアンポンタンだった。噂の真相をリアルタイムで読めた世代のはずなのに、読まなかった自分を後悔した。と、それほど、岡留サンのジャーナリスト魂に、すっかり惚れてしまったよ。
噂真休刊以来、あちこちでメディア露出が増えた、この60がらみのオヤジは、見た目には80年代の軽薄男という感じ。ロス疑惑の三浦和義を思わせるサエない風貌で、ぼくの生理的拒絶反応はさらに強くなっていたものだけど、日本の戦後雑誌出版史上に残る過激なスキャンダル雑誌の編集長が、赤裸々に自分の半生を振り返るんだから、話がおもしろくないわけがない。

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NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>