the other side of my days
ご意見,ご感想,ごいちゃもんなどございましたら
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>まで。


2005/01/01(Sat) 新年
2005/01/03(Mon) 王子
2005/01/04(Tue) スロースタート
2005/01/06(Thu) 朝型
2005/01/07(Fri) 綱渡り
2005/01/08(Sat) 作り話
2005/01/09(Sun) 知的生産の技術
2005/01/11(Tue) 通勤経路変更
2005/01/13(Thu) 本格的二重生活
2005/01/15(Sat) バウンス練習、環境整備
2005/01/16(Sun) 久々の新宿
2005/01/17(Mon) 婚約しました
2005/01/20(Thu) エンジェル
2005/01/23(Sun) 本棚ゲット
2005/01/24(Mon) やつれた
2005/01/25(Tue) 諸行無常
2005/01/26(Wed) 失敗の本質
2005/01/27(Thu) 遅めの新年会
2005/01/28(Fri) 寄り道
2005/01/29(Sat) マラバリスタ
2005/01/30(Sun) 散歩
2005/01/31(Mon) 脱サラ


2005/01/01(Sat)

新年

新年。梅棹忠夫『知的生産の技術』に日記のつけかたについて、あれこれ書いてあるのを読んだからというのもあるけど、今年は少し日記のあり方を考え直してみよう。ブログは日記ではない。日記である必要もないんだろうけど。ひとの目に触れることを前提しない、ふつうの日記をつけたい。

2005/01/03(Mon)

王子

同居人の親類縁者が大集合するというので、王子へご挨拶に。早めに出かけて立ち寄った新宿のハンズでLB1000という組立式の家具を物色。本棚がほしい。LB1000は、思ったよりもちゃちい印象はあったけど、まあ信用できそうだし、値段も高くないし、よさげ。
お寺住職一家。壇家のどこそこのおばあちゃんが亡くなったとかで、お正月早々お葬式を出していた。お寺の舞台裏を少しのぞきみた。廊下に並んだ仏教関係の本の数々が気になった。
もう食えないというほど、次々とご馳走がテーブルに並んだ。いまにはじまったことじゃないけど、今年のお正月は、よく食べたお正月だった。

2005/01/04(Tue)

スロースタート

いやに暖かいお昼。三井住友銀行で新規口座を開設。ATMの手数料が無料になるというので、キャッシングができるローンカードを作らされた。三田警察署へ行って免許の住所変更。お茶くみおばさんなんてものがいる警察署の前近代的なオフィスの様子を眺める。
ホントはフルスロットルじゃなきゃいけないのはわかってるのに、ちょっとスロースタート気味の新年の仕事はじめ。
宮台真司と神保哲生の丸激トークオンラインの年末ぶんを聞く。相変わらず面白い。新たな宮台節として「ヘタれ」というタームが登場。このタームは公開収録の会場に来ていた中央大生の一部を直撃したらしく、ヘタれな学生が超ヘタれな質問をして、ほとんど鼻で笑われそうになっていた。鼻で笑わずに、厳しくきっちり回答するところに好感が持てる。

2005/01/06(Thu)

朝型

お正月に朝型生活になってしまったものだから、このところ妙に早起き。というわけで、午前中に駐車場でジャグリングの練習。「あーっ、お手玉のお兄さんだぁ」と幼稚園児に言われたり。バウンスの練習をしたら、あっというまにボールも手も真っ黒。さすが駐車場。排気ガスの煤塵が降り積もってる、よく見ると。ウェットティッシュを何枚使ってもラチがあかない。
まじめに2時間もジャグリングをやれば、かなりのカロリー消費で、お腹が減る。よく練習した日は、やたらと炭水化物に餓える。今日は、朝はパン、昼はおにぎりとかきあげそば+唐揚げ、夕方にマックでチキンバーガーを食い、そして夜食にご飯を2杯も食ってしまった。そんな食生活でも人には痩せたねと言われるので、そのくらいよく運動してるってことだろう。ジャグリングも忙しい技ともなると、あっというまに心拍数が150を超えてそうなものもある。

マクドナルドでポケットからがばっと小銭を取り出したら、ちょうど支払額の577円が手の平にあった。すごい偶然だと思って、もう一度ポケットを探ったら、実はもう1円ポケットに入っていた。つまり、578円のなかから、見事に577円ちょうどをすくいあげたわけで、ここに神意を読み取らないわけにはいかない。……しかしまあ、人間は下らないありふれた現象に意味を読み取る動物だよなぁ。こんなの、なんの偶然でもないし、ちっともピッタリなんかじゃない。と、我に返って白けた気分に。

重たいパソコンを持ち上げる系のスタジオ撮影で、疲れ気味。新年一発目の入校をしつつ、終電に向かって猛烈に仕事。

2005/01/07(Fri)

綱渡り

3本の綱をまとめてわたるようなアクロバティックなスケジュールで、滑り込み入校。よく間に合ったもんだ。深夜に副編のSさんと、スケジューリングに関する雑談をしてたら「まあ、ほら、西村くんには進行にかんしては期待してませんから、身体をこわさない程度にね、徹夜しすぎないように、ほどほどにやってください」と言われた。
朝6時すぎに入校を終えて、なぜか読みはじめた電車男。かなり今さら。というか、週刊のパソコン雑誌編集部にいる人間が、なぜいままで読んでないんだって怒られそうだけど。そのぐらい2ちゃんが嫌いだってことだけど。
エルメスたん萌えぇ〜といったら、同居人からは「あんなのは女の風上にもおけない」というようなコメントが。
7時過ぎになってから印刷所から電話。なんと入校袋にMOを入れ忘れてた。そんなの聞いたことないよ……。電車男に救われた。8時に退社。

2005/01/08(Sat)

作り話

Rubin, the hurricane, Carterという黒人ボクサーの生涯を題材にした映画を見た。冤罪で少年院に送られたり、人種差別的なジャッジのために不条理な判定負けを喫し、タ>イトルを奪えなかったり。そして、殺人事件で無期懲役が確定し、16年も獄中生活を送ることになる。合計すると、彼の人生のうち30年は冤罪による囚人人生。最後には無実が証明され、連邦高裁が決定的なかたちで正義を通すというストーリー。
人種差別って、もはや遠い過去のように感じられるし、当のアメリカ人も自分たちは世界でいちばん偏見や差別から自由だとすら思っているフシがあるけど(というのは、ぼくがカリフォルニアに住んでいたからってのもあるけど)、ほんの40年前には黒人に選挙権さえなかったのがアメリカって国だ。
なかなかよくできた映画で、おもしろいしけど、すぐにネットで検索した結果、実際のルービン・ハリケーン・カーターに関する事実と、映画に描かれた物語とが、いかに異なっているかをいちいち指摘しているサイトがトップに出て来た。
まあ、映画だし。

2005/01/09(Sun)

知的生産の技術

青山の糖朝へ。南乳風手羽先唐揚げがうまい。しかし南乳風って?
読書感想。

斎藤美奈子『物は言いよう』(平凡社) 1680円 ISBN-4582832415

概要は12月2日に書いたとおり。ほぼ期待どおり。舌鋒鋭く、性差別的発言をめった切り。諧謔も冴える。この人の場合、基本的に愛があるから悪口雑言も許されるんだろうなぁ。

梅棹忠夫『知的生産の技術』(岩波書店) 777円 ISBN-4004150930

名著とは言わないんだろうけど、1969年の初版以来、30年ちょっとで70刷を数える超ロングセラー。アウトプットの質や量を問われる知的活動の生産性は、その人が採用する方法論によって大きく変わって来るものであり、学問や、広い意味での知的生産に大切なのは、方法論の研究である、と、そういうことを日本ではじめてストレートに言ったような本。

英語のアート(art)には技術という意味がある。というよりも、芸術とは究められた技術というニュアンスがある。日本で芸術といえば、術という字が入っているにもかかわらず、それはおもに魂の活動であって、頭脳や手先の活動とは考えられないフシがある。なんでもかんでも精神論に還元しようという旧弊は、あらゆる分野に見られるように思う。「意識」や「精神」と訳すべきmindという単語が、「心」や「マインド」と誤訳されがちなこととも、このへんはパラレルな話じゃないかと思う。

もっとも高度な精神の活動のひとつである学問という領域でも、かつてこの国には方法論や技術を語るのがはばかられた時代があったらしい。方法論や技術論といった小手先のテクニックの話は、教えるとか教えられるものでもなければ、まして公の場で話すようなことでもない、といった認識があったようだ。形而下的方法論の軽視ともいうべき風潮か。

いまでこそ論文の書き方、文章の書き方、図の書き方、人前での話し方、プレゼンの仕方といったハウツー本が書店の書棚に溢れかえっているものの、梅棹先生が、学問の中身だけではなく、学問のやり方を技術論として語り、受け継ぎ洗練させていくことも必要だといったのは、当時としては画期的なことだったんだろう。本書を嚆矢として、このあと、京大の川島先生によるKJ法が生まれ、その後、いろんなカード方式やアウトラインプロセッサ、アイデアプロセッサ的なものが作られた。

たぶんいまも昔もアカデミズムの世界は、産業界を見下しているようなところがある。ところが、知的生産の技法を個人の特殊技能ではなく、公共の財産として洗練させ、継承しているという点では、ビジネスの世界のほうがいつも先を行っているようだ。事務処理の近代化や機械化もそうだし、プロジェクトマネージメントのようなもの、それから議論様式、情報共有方法の洗練といったことは、ビジネスの世界でのほうがコストに直結したぶん切実に、恥も外聞も情け容赦もなく研究された。

梅棹先生の勧める方法論は、ひとことに集約できる。それは「すべの情報をカードに書き記せ」ということ。カードに書き記す情報単位は、複数のことなる情報が混じらないよう、またそれ単体で見て意味がわかるように完結したセンテンスで記すことといっている。

物理的な紙に書き付ける方法は、いまではありえないけど、方法論自体は古びてはいない。いまならデータベースか、テキストファイルでやるべきところだろうと思う。あるいは全文検索でもいいかもしれない。物理的な紙を使うよりも、はるかに利便性の高いカード活用ができそう。実際、パソコンの世界にも、そういう文化というか、一群のソフトウェアがあったように思うけど、どこに行ってしまったんだろう……。

読書の方法について、「読書二遍法」というのを勧めている。これは、まさにぼくがここ数年無意識に実践しているものとまったく同じで、ちょっとうれしくなった。読んだ本を、数日後、ときには数週間おいて、もう1度ひらく。開いたときには、自分が線を引いた箇所を中心にさらっと読み返す。梅棹先生は線を引くのには2Bの鉛筆がいいと言っていて、「2Bの鉛筆がないと、気がおちつかずに読書ができない」という困った事態になることもあるといっている。これについても、ぼくもほぼ同感。ペンがないと、なんとなく読み進むがイヤ。ページの端を折るだけでは、あとで見たときにどの箇所が重要なのかわからないし、キーワードに丸がついていないとパッと見たときの視認性が悪くて読み返す気力が萎える。ぼくはペンをあっちこっちに置きまくり、ポケットとかばんに常に2本ずつはペンを常備するることで、この問題に対処している。

読書にかんして、ちょっと安心するようなことを言っている。「ひじょうな速読・多読な人もあるようだが、年100冊というのは、ふつうの人間としては限度ではないだろうか」。なんと、あれほど多産な学者が、年にたった100冊! 世の中には年に数百冊どころか千冊ぐらい読む人もいるけど、確かにそういう人が読むのは、楽しみのために読む物語のようなものが中心だと思う。何か自分の考えの肥やしになるような、それなりに情報や理屈のつまった本を、忙しい現代人が、そんな化け物的なペースで読めるわけがない。むしろいま本当に必要なのは、読むべきでない本をいかに避けるかということだったりして。

日記について、ちょっとおもしろいことを言っている。「どういうわけか、日記には心のなかのことをかくものだという、とほうもない迷信がひろくゆきわたっているようにおもわれる。……(中略)日記文学というものがあることも否定はしないが、すべての日記が文学であるのではない」。日誌のようなもの、実務的な記録もあってよくて、日記一般を魂の記録だと考えるのは、まったくの間違いだと言っている。後から読み返して感傷に耽ることより、あのときはどうだったかと、事実を確かめるために見るようなのも重要な日記との付き合いかたで、それはあたかも自分自身のための、業務報告なのだという。で、先生が勧めるのは、こんな方法。「記述すべき内容、事件、経験をあらすじだけ書く。それから時間があれば、それについてくわしい記述を書く。時間がなくてあらすじだけしかかけなくても、それはそれで役に立つ」。

日記はブンガクじゃないんだという話と少し通じるところもある、こんな主張も大変に共感するところがある。いわく、「文学を、わたしは否定しているのではない。……近代日本語が、文章を書道から解放することに成功したのは、大進歩であった。文章は造形芸術から独立して、独自のものとなりはじめたのだ。わたしは、これをさらに一歩すすめて、文章を、文学から解放しなければいけないといってるのである」。いまではこういう主張に共感する以前に、そういう価値観を日々実践している人のほうが、とくにビジネスの世界には多いに違いない。名文家だなんてことや達筆だなんてことは、「書く人」に対して、かつてほど褒め言葉にならない。論理的で、誰にでもわかる、と、そんなことがまず文章の大前提という認識が、いまではあるように思う。

ひらがなタイプライターの話題にからんで、文字論や用字論でもおもしろいことを言っていて、なかでも文具について、どきっとするようなことを言っている。文具というより、リテラシーの問題についてというべきか。いわく、「わたしは、たとえばコンピューターのプログラムのかきかたなどが、個人としてのもっとも基礎的な技能となる日が、意外にはやくくるのではないかとかんがえている」。まだマイコンブームさえ来るまえの30年前、日本語ワープロの登場さえ予見できなかった時代の発言としては、すばらしい慧眼だと言えるんじゃなかろうか。21世紀になってもなお、プログラミングが読み書きと並んで必須になる時代が来るというと笑い出す人がいるぐらいだというのに。

引用ばかりになってしもうた。

2005/01/11(Tue)

通勤経路変更

いつも永田町乗り換えで九段下まで通勤している経路を、このところ白金高輪−神保町と三田線1本で行くようにしている。やっぱり神保町はすごい街だ。まっすぐ歩けば10分ちょっとで会社まで着くはずのところ、あれこれの本屋に吸い込まれるものだから、30分以上かかる。これであと秋葉原がそばにあれば完璧なのに、と言ったら、同居人に「御社は秋葉と神保町を足して2で割ったような会社ですからね」と指摘された。御意。じゃあ、御社はどことどこかと問うたら、少し考えてから「丸の内とサンノゼを足したような会社かな」という返答。これはけっこう当たってると思う。外資ITなのに、文化的なノリは完全に日本企業。らしい。

2005/01/13(Thu)

本格的二重生活

午前中、某社の記者発表会。前年同期比で業績が2桁成長してるとか。一種、化け物的ですらあるグローバル企業でありながら、まだまだ伸びているなんてすごい。しかし、「日本初公開」とうたったデモンストレーションは退屈。デュアルコアCPUだなんて言ったってねぇ、ハイパースレッディング以上に、ユーザーにとっては「ふーん、そうなんだ、速くなるんだ」というぐらいの感想しかない。
久しぶりに、かつてよく一緒に仕事をしていた先輩のKさんや、隣の職場にいたSさんに会う。Sさんの名刺には「編集長」の文字が。おお、うちの会社なんてやめて良かったんですね、やっぱり、という感じ。
Kさんと東京会館のレストランでランチ。ハンバーグが激うま。そろそろ2歳になるという子どもが楽しいそうだ。「案ずるより産むがやすしってホントですよ。日本を離れたいからとか、仕事がどうとか、お金がどうとかね、そんなの心配してたけど、いまにして思えば、そんなの全然関係ないですよ。もっと早く子どもを作ればよかったと思いますよ」とか。

KさんとVMwareの話をしていたら、ゲストOSの時刻遅れのことが話題に。あるときから、レジュームしてもゲストOSの時刻遅れがなくなったんだとか。ということは、設定次第だろうと思って、自分のVMwareの設定をあらためて調べてみたら、ゲストOS内で動かすvmware-toolsに、ちゃーんとそんなオプションがあった。これでいちいちノートPCの開け閉めのたびにVMwareを落したりレジュームしたりしなくて済むようになった。劇的にLinuxを使う時間が増えた。メモリーをあと256MB足して1GBにしたい。
Linux生活を再開する気になって、ちょっとシェルスクリプトを書いてみた。「re64 *jpg」などと打てば、resize-tmpというディレクトリに同名で640×480ドットの縮小された画像を保存してくれる。こういうUnix的なのって、やっぱり便利だよなぁと思う。
 
 $ cat ~/bin/re64
 
 #!/bin/sh
 
 if [ ! -d ./resize-tmp ] ; then
     mkdir resize-tmp
 fi
 
 for i in $*; do
     echo "resizing down to 640x480" $i "--> ./resize-tmp/"$i
     convert -resize 640x480 $i ./resize-tmp/$i
 done
 
 

2005/01/15(Sat)

バウンス練習、環境整備

シリコンボールをゲットしたことだし、そろそろボールバウンスジャグリングにも手を出したい。でも問題は練習場所がないこと。
ボールを投げあげるトスジャグリングでは天井の高さが問題になる。少し上達して来ると、意外に練習場所に困りはじめる。バウンスの場合は、床の質が大切。理想的なのは、デコボコがなくフラットで、よく弾み、ボールが汚れないキレイなところがいい。ボールがどこまでも転がっていかない閉ざされた環境であればなおいい。
ふだん気づくことはないけど、バウンスが可能な理想的な床というのは、パブリックな場所をのぞくと意外と少ない。いつも練習しているマンションの駐車場の地面には、排気ガスの煤塵が降り積もっていて、10バウンスでボールは真っ黒、20バウンスで手も真っ黒。煤塵は粉っぽいので、ボールを握るときにつるつるすべる。
そもそもアスファルトというのは、意外とデコボコしているもの。微妙な傾斜もあったりして、バウンスの練習ができる場所って思ったよりも限られてしまう。会社の入っているビルの玄関ホールが、ぴかぴかの花崗岩(?)っぽくていいのだけど、さすがに会社でボール遊びをしているところを人に見られたら、まずい。
聞けば、けっこうバウンスジャグラーは練習場所に困っていて、それぞれ工夫しているらしい。体育館でピンポン用の防球ネットを使って練習できる人は恵まれている。そうでない人は、ベランダとか、会社や学校の非常階段でやったり、あるいはちゃぶ台を購入し、それに乗っかって練習したりするらしい。なかには何万円もするゴルフの練習用のネットを買ってしまう強者もいる。
マンションの廊下と非常階段がなかなか良い具合だけど、ボールが転がって行ってしまうのだけは、どうにもいただけない。ボールがあちこちに飛んで行ってしまう初心者こそ、練習環境のよしあしが重要だったりする。
というわけで、ネットを買ってみることにした。ネットと突っ張り棒を買って、廊下に渡せば、ボール拾いが劇的に楽になって、一気に5ボールや7ボールのバウンスジャグリングもできるように……、なるかもしれない。
アシックスのホームページを見たら、スポーツ用のネットというのは、かなり多目的に多種多様なものが売られていて、これはいいなぁと思っていたのだけど、ネットというと、もう少し違う方面の商品もあるのだった。
うちの近所のホームセンターに行ったら、ゴミ収集所のゴミ袋や、畑の農作物にかぶせてかぶせてカラス避けとするネットなんてものが売られていた。
とりあえず、2×6メートルのネットと、110〜190センチまで対応できる突っ張り棒を買って来て、廊下と非常階段にネットを張ってみた。うーん、いい感じ。練習する気になってきたぞ。
防鳥ネットと突っ張り棒。ネットは2m×6mのサイズで3290円。突っ張り棒は110〜190cm、1〜5kgまで対応できるもので、490円。
6メートルってのは、けっこう長い。これでも2つ折りした状態。
ぐちゃっと置くと、かなりかさばる。重さはたぶん1kgもない感じ。
目は1cm四方。球技用の防球ネットと違って、あまり耐久性はなさそう。
とりあえず1.8×2メートルほどのサイズにカットしたネットを廊下に張ってみた。背後にもうひとセットほしいけど、人が通るたびに外すのは面倒かも。
廊下よりさらに密閉感が高い非常階段のコーナー。絶対に人が通らないし、深夜でも誰の迷惑にもならなさそう。問題は火事が起こって逃げ惑う住民が「ネットにかかり逃げ遅れ」と新聞沙汰になりかねないこと……、なわけないか。

ここまでやったのなら、徹底してやろうという気になりつつあったりして。ネットを買ったホームセンターに、バウンスさせるのによさげなタイルが売られていた。ベランダなんかに並べるだけで、簡単にタイルを敷き詰められる。ToToの「BASEA(バーセア)」というものらしい。
ToToが売り出しているユニット式のタイル。30センチ四方で結構硬い素材でできている。
タイルの側面にはゴム状の接続部があって、どんどんはめ込めば拡張できる。
完成形はこんな感じらしい。2枚ぐらい買えば十分かな? 1枚920円らしい。

どっちみち練習しないと、意味がないけど。

2005/01/16(Sun)

久々の新宿

久しぶりに新宿へ。あれこれ衣類やら買物。ヨドバシで、あれこれ物色。30フレームのきれいな動画が撮れるデジカメか、DVカムがほしい。
南口で老辺餃子。貝柱や蝦もうまいけど、ベーシックな鶏あたりが断然うまい。シイタケもうまい。はじめて食べた卵と挽肉の四川風炒めも、かなりグッド。

2005/01/17(Mon)

婚約しました

近しいヒトは、もうとっくに気づいていたと思いますが、今年、結婚します。5月にハワイで挙式予定です。式の準備は進んでいて、今日は婚約指輪を彼女にわたすことができました。
婚約しました。いや、婚約って何? 結納だとかがない今どきは、周囲に結婚の意志を知らせたら、それで婚約だそうな。というわけで、婚約です。
きらきらと。
ここを見ている人で、ごぶさたしている人がいたら、お祝いのメッセージでもくださいな。
ちなみにダイヤモンドは、サンフランシスコで知り合ったリカさんに頼んで、アメリカから、とてもいい石を持ってきてもらいました。ずっと宝石業界に身を置いていて、ご本人も宝石大好きな専門家なので、安心して任せることができました。台座はリカさんが勤めるサンフランシスコの老舗宝飾店、Shrieve&CO.と契約している職人さんに頼んで作ってもらいました。

2005/01/20(Thu)

エンジェル

最寄駅のひとつ、JR田町駅の駅ビルには森永が入っている。そのビルにある商店街の名前は「エンゼル街」。だからなんだってことはないけど。
子どものころによく行った本屋の名前も「エンゼル書房」だった。懐かしい。もうつぶれてるかもなぁ。
横浜に住んでいた大学生のころ、よく通っていたバーの名前は「エンジェルス・クラブ」だった。ちょっと悪魔っぽい天使の絵が、入口の壁に描かれていたなぁ。

続々とお祝いのメールが届いています。「続々」は大げさだけど、みなさまメッセージをありがとうございました。思わぬ人が、ぼくの日記を読んでいるんだなぁという発見もあったりしました。見ず知らずの方からもメッセージをいただきました。
メールのなかに、こんな質問が。「未婚者として後学のためにお伺いしますが、結婚を決意するときというのは、どういう瞬間なのでしょう?」。答えは既婚者ならみんな知っていることです。エンジェルが空からふっと降りて来て、耳許で「このヒトだよ」とささやく瞬間なのです。
「エンジェル」は、いまどきの米語偏重のトレンドから言って、「エインジェル」と言い替えるべき時期じゃないかと思うわけです。いや、そんなことは、どうでもいい。
エンジェルにささやかれた本人は、はっと声のするほうを振り返ります。エンジェルは消えています。つい今しがたまでエンジェルがいたと思しき虚空にむかって心のなかで叫びます。「えっ、ほんと!? そーなのん?」。エンジェルは答えません。2度と姿も見せません。そもそも、エンジェルの声を本当に聞いたかどうかも、本人にはわかりません。
いや、大人ですから、たとえ3時間たっぷりエンジェルに説教されたって、自分が納得しなかったら結婚なんて決めません。たぶん。
そうはいっても、気持ちとしてはエンジェルが頭の上あたりを通ったように感じた瞬間が2度あります。1度目は、「そんなこと、わたしにだってわかんないよっ!!」と彼女が言ったとき。2度目は、「もしそれが本当にあなたのためだったら」と彼女が言ったとき。シチュエーションはご想像にお任せします。
ホントのところ、ふたりで暮らすまえからも暮らすようになってからも、大小の天使はじゃんじゃか通っています。ついでに悪魔も通っています。日々の生活にしろ結婚というイベントの準備にしろ、天使だけでは役不足ってもんです。いいことばかりじゃなくて、ため息をつく日もある。そういうものも全部ひっくるめて、一緒にやっていこうという意志をふたりが持ったということ。
彼女と出会ってから、ちょうど1年。ジャグリングをはじめてからちょうど1年。お酒をやめてから、ちょうど2年。そんな1月末です。

2005/01/23(Sun)

本棚ゲット

新宿中央公園へ。ジャグリングサークル、新宿ナイアガラの練習に参加。冷え込んでいるうえにどんよりと曇り空で、「雪でも降りそうだね」といったら、本当に雪が舞ってきた。いや、舞って来たというよりは、降りつけてきたという感じ。
ふとみると、ミトっちが半袖になってボールを投げている。ジャグラーは元気だなぁと思って、近よって聞いてみると、「いや、寒いですよ」という返事が。ジャグラーはわからん。
結局、雨の日用の練習場所である、天井のある通路で小一時間ほど投げただけお開き。寒すぎる。シガるさんのデビルスティックの実演をみせてもらった。で、はじめてデビルスティックを試してみた。うーん、少なくとも当面は手を出すことはなさそうな気がする。

近所のホームセンター、D2でハンマーとドライバーを購入。その道のプロが買いに来る店っておもしろい。工具類には、専門用語というか業界用語が多い。で、驚いたのが「相手」という言葉。
ハンマーには「相手を傷つけない」と書いてある。意味はわかるけど……。
「相手」というのは、うちつける家具なり木材なりのこと。たぶん。たぶん。

組立式のお手軽自作収納家具、LB1000を組み立てた。ようやく本棚が完成。思ったより丈がない。寸法をわかって注文したとはいえ、やっぱり組み上げてみるまで、実際のスケール感はわからないもの。後からジョイントで上にも横にも拡張できるのが、組み立て家具のメリットなので、あと1段足すかなという感じ。
さっそく本を入れてみた。すでにやや溢れ気味。
引っ越し以来、ずっと段ボールに入ったままだった本を取り出して並べてみた。並べてみると、やっぱりいいなぁ。背表紙が見えるっていいことだ。本棚.orgみたいな表紙が並ぶインターフェースもいいけど、実物なら、すぐに手にとってぱらぱら読める。

2005/01/24(Mon)

やつれた

エレベータに乗りあわせた前の部署の後輩が、何か言わなきゃいけないというプレッシャーに負けたのか、、急に言わなくてもよさそうなことを言った。「西村さん痩せましたね。てゆーか、ほとんどやつれたといってもいいぐらい」。

International Jugglers' Associationから、会報誌「Juggle」が届いた。なにやら、この号からリニューアルして、だいぶ中身がシッカリしたのだというようなことが書かれてあったけど、初めて見たぼくの目には、かなりショッパイ感いっぱいだけど。お正月番組で堺マサアキがやったという噂のダイススタッキングを、彼に教えたというジャグラーのエッセイが載っていた。
ジャグリング専門雑誌「Juggle」。世の中どんなジャンルでも雑誌ってあるもんです。

2005/01/25(Tue)

諸行無常

急逝した同居人の祖母の告別式で王子へ。お正月に挨拶したときには、とても89歳に見えない元気さで、まだ10年以上は楽勝というように見えたのに、突然倒れたということ。ふつうに考えれば、遺されたおじいちゃんは、さぞ喪失感が大きかろうと思うのだけど、幸か不幸か、おじいちゃんは認知症というヤツで、「おばあちゃん、亡くなったのよ」という周囲の言葉を、なかば理解し、なかば理解していないような状態という。たまに「あんなに元気だったのになぁ」とちゃんと事情をわかった発言をしているものの、何十年も生涯をともにした伴侶を失ったという喪失感というものが、ないらしい。葬儀の席で、おぼつかない足どりで棺の前に進み出て、淡々と遺体に花束をたむけるおじいちゃんの姿が、なんとも切ない。わかっていなくて、よかったのかもしれない。
浄土宗の僧侶一家なので、たいへんに立派な葬儀。おじいちゃんは元住職で、浄土宗派の階層で高位にまで昇りつめたというヒトらしいから、会葬者にも、僧侶が多い。お経の大合唱を聞いた。味わい深いユニゾンでお堂に響わたる読経に耳を済ませる。隣に座っていた義理の兄が、かなり慣れた調子で「南無阿弥陀仏」を唱えているのに驚いた。
ところどころ理解できるような、理解できないような漢文調のお経に、「いまの形は、仮のもの。あると思った形はない」というような箇所があったりして、人間存在のはかなさ、諸行無常のコトワリを思う。お正月には話していた人が、もう冷たくなって、数時間後には花束や棺とともに灰に帰す。まだ葬儀の重々しさも理解していない、親類の幼い子どもすらも含めて、列席者全員に同じコトが将来起こる。人間最後はみんな灰。いや、そういう唯物的な見方は浄土宗はしないのか。極楽浄土へ住処を変える、とか? 三界に万霊。と、立て札に書いてあったけど、そういうことだろう。いや、どういう意味だ?
黒いスーツのまま出社したら、上司に「あれ、転職活動?」と言われた。ネクタイの色がどうこうよりも、スーツ姿に目が行くほど、スーツ姿が珍しい職場ではあるけど、喪服であることぐらいは見てすぐわかってほしいなぁ。

ポケットに1000円冊が2枚しかないので、立ち読みですませるかどうか、迷ってしまったけど、「迷ったときには買え」の法則にしたがって、田沢拓也『サラリーマン、やめました―脱サラ戦士たちのそれから』(小学館)を購入。脱サラしたいわけじゃないけど。脱サラばかりじゃなく、被リストラ組のその後も追っているというので、俗っぽいのぞき見根性をくすぐられる。山一證券のひとびと、どうなったのよ?
ぱらっと読んだ感じ、これぞ負け犬の遠吠えじゃないかというほど、競争社会の敗北者たちの情けない感じのセリフが並ぶ。「収入はサラリーマン時代の4分の1だけど、人生は…(以下、略)」。サラリーマン人生が安泰だとか、まして成功と言うようなノンキな人は、いまどきいないだろうけど、慣れない農作業で汗水して働いて、それでやっと年収が200万や300万って、それがホントにのぞんだ生き方なのかと。
社費留学でMBAまで取ったビジネスエリートが、脱サラ後にあれこれビジネスプランを考え、実行しては軌道に乗せられずにいるころの感慨を述べた言葉が印象深い。何十億円単位のM&Aだのなんのやってきたけれども、本当のところ、ビジネスエリートなんて世間知らずだし、ビジネスのことだってわかってなかったのだ。と、そんなことを言っている。
前々から気になっていた小谷野先生の大衆論の本と、団塊ジュニア世代が20世紀を振り返る対談集の本も、ついでに購入。

2005/01/26(Wed)

失敗の本質

まとめて読書感想&メモ。
戸部良一『失敗の本質―――日本軍の組織論的研究』(中央公論社) 800円 ISBN-4122018331
いまから約20年前の1984年に世に出て以来、主としてビジネスマンに(?)、やたらと読みつがれているらしい日本的組織論の古典。取り扱っているのは、太平洋戦争の戦史で、ノモンハン事件からはじまり、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ海戦、沖縄戦と、大戦においてターニングポイントとなったような各作戦。これらの作戦における詳細な戦史検討をもとに、組織としての日本軍の失態や機能不全を分析する。
開戦時から、もともと日本の国力はアメリカに劣っていて勝ち目はなかった。だから、日本敗戦の原因を探ることには、後知恵で歴史を断じるような卑怯さが感じられる。そうした憂慮があることは、百も承知で、こういう研究をまとめて本にした著者たちの狙いは、戦史をとおして日本的な組織の特徴を研究することで、こんにちにも通じる問題点を炙りだし、それを今後に生かすということ。
近代戦争は、人的、物的リソースと情報をいかに効率良く、合目的的に操作/配分するかにかかっている。そのためには、高度な組織運営力と、プロジェクト管理体制が欠かせない。だから、日本敗戦には、国力や物量で負けたというばかりでなく、実際には組織戦を戦って負けたという側面がある。日本軍は組織として、米軍の組織に劣っていた。それは、第一次大戦を経験しなかった日本軍にとって、第二次大戦がはじめての近代戦争となったからという理由もある。
帝国陸海軍は米軍に負けた。各作戦で論じられている「日本的」組織の欠点を列挙すると、こんな感じ。
会社という組織で働くサラリーマンなら、どれも思い当たるフシがあるはず。
あまりに多くの論点が詳細に論じられているので、読み返してみても目がまわりそう。で、帝国陸海軍ではなく、「天皇戦士」から「産業戦士」となった日本のサラリーマンが身を置く現代日本の企業組織は、どうなんだというと、やっぱり日本軍的な組織文化をひきずっている部分もあるんじゃいですか、という話。日本型の組織が短所だらけなわけがないけど、その欠点を把握することは、とくに劇的に環境が変化するこんにちの経済戦争においては、重要なことなのではないか。日本型の組織は、いったん適応したら、効率よく物事をこなすものの、ドラスティックな変化に弱い。

桜井啓子『現代イラン---神の国の変貌』(岩波書店) 735円 ISBN-4004307422
1920年代のレザー・ハーンによるクーデター、パフラビー王朝成立からはじまって、ホメイニーによるイラン革命、イラン・イラク戦争、ハタミ大統領の登場まで、20世紀のイラン史。新書にしては、妙にディテールに入り込んだような議論が多くて、歴史・中東オンチなぼくには消化不良感が残る本だった。日本人で、しかも女性である著者自らのイランの神学校への留学体験談が混じっていて、素顔のイラン人が見えて来るような記述が多い。それにしても、イスラーム法が支配する国ってのは、日本人が言う意味での「国」とは、全然違うもんなんだな。

高橋祥友『自殺の心理学』(講談社) 735円 ISBN-4061493485
ちょっと古めの本だけど、タイトルそのものの本だとしたらおもしろいだろうと思って手にとった。ちっともおもしろくなかった。期待外れ。というか、期待するものを間違えていたらしい。デュルケームの自殺論のほうが、100倍おもしろい。自殺の基本的統計データや意識調査の資料としては、勉強になる。でも、それにしては、出版年が1997年と古めなのが痛い。どこの国の人も、自分の国の自殺率は世界で一、二を争うと勘違いしているという調査がおもしろい。自分の話す言語が世界でも有数の難しい言語だといいたがるのと、どっか似ているような気がしなくもない。

2005/01/27(Thu)

遅めの新年会

珍しく早めに出社して仕事。会社を出る時間が決まっていると、仕事もはかどるもの。夜はライターの石井さんと新年会。同僚2人と浅草の「神谷バー」へ。もう新年会というタイミングでもないけど、夜型の仕事をしている人々なので、なかなか20時集合でスケジュールを合わせるのが難しく、こんな遅めの新年会となった。
神谷バーは、ネットや雑誌で見たことがあったけど、ほぼ想像通り。石井さんが注文した名物のデンキブランを少し飲ませてもらった。なんと、電気ブランとデンキブランは表記が違うだけでなく、飲物として別らしい。長らくお酒を飲んでいないからというのもあるかもしれないし、舐めただけだからかもしれないけど、ぼくには両者はまったく区別がつかず、やや甘いウィスキーのように感じられた。薄めたブランデーのようにも。
浅草駅の交差点から、浅草寺を横切るように歩いて10分ほどのところにある石井さん宅へおじゃまして、生後4ヵ月という娘さんと遊ぶ。確かに石井さんに口元がそっくりだ。あまりにみんなが「パパにそっくり」とばかり言うので、奥さんは、そのことがちょっと不満らしい。
組み立てキットで12万円もするという二足歩行ロボットを見せてもらった。身長40センチほどのロボットが、腕立伏せをしていた。すでにウェブで石井さんの記事とロボットの動画を見ていたので、だいたい動きはわかっていたけど、やっぱりゲンブツを見たほうが、アクチュエーターの部品まで子細に観察できたりしておもしろい。
石井さんのリクエストで少しジャグリング。いまだ技術レベルが低く、人前ではそれがさらに半減するということを差し引いても、ぼくは本当に芸人になれるタイプじゃないなぁと思う。あるいは、そういう能力がまったく未開発だなと思う。とはいえ、発見はあるもので、3ボールのアンダー・ザ・レッグを連続でやっただけで、同僚の1人は「おぉ」と言って目をみはっていた。誰の目にもわかる圧倒的技量を見せつけるサーカスと違って、大道芸的な見せ物って、技術的には、ほんのちょっとすごいのが、数個あれば十分で、あとは見せ方なんじゃないかと思えて来た。それにしても、人に見せるジャグリングを練習するなら、練習時間の8割を食う5ボールなんて3年計画でノンビリと習得することにして、3ボールのトリックの数々の完成度を高めることなんだろうと思う。でも、どうしても5ボールが投げたい。もはやミルズ・メスすら、どうだっていいと思う。1up2upがウケがいいのはわかるけど、今さら練習する気になれない。幸いなことに、全体的に上達していけば、個別の技を練習しなくても、すべての技のレベルがあがっていくのがジャグリングらしいということだけど。

2005/01/28(Fri)

寄り道

終電。ぼんやりしてたら乗換駅の永田町を通りすぎた。仕方がないので、青山一丁目から大江戸線で麻布十番まで。ちょうと今日は晩御飯を食べるタイミングを逃したので、てくてく歩いて帰りがてら、何かを食べることに。麻布、南麻布あたりって、ゆっくり歩いて見てみると、深夜でも、けっこうコージーな感じのレストランがいっぱいある。でも、食べるのは味噌チャーシューメンだったりする。

2005/01/29(Sat)

マラバリスタ

マラバリスタの練習に参加。部長になったばかりの一野くんが、またしても上達してた。いつのまに4ミルズが……。すごい。若い子にはかなわないなぁ。でも、話を聞いてみたら、練習時間も1日平均で2、3時間と、やっぱり練習時間でもとてもかなわない感じ。

引越しから約2ヵ月。ついに最後の段ボール箱も開いて、荷物が片付いた。いや、片付きつつある。

2005/01/30(Sun)

散歩

麻布、広尾と散歩。天気はいいけど、風が冷たい。天気予報では気温は8度まで上るとあったのに、寒い。麻布十番のカフェでタイ風(?)角煮丼。量が少ない……。
有栖川公園を抜けて広尾へ。テオブロマというチョコレート専門店で、チョコレートを買う。小さなチョコが1個で200円もするなんて、ショック。THEOBROMAという店名は、ギリシア語で「神のたべもの」という意味だそうだが、なぜかメニューはフランス語。こういうワケの分からない衒いは嫌いだけど、チョコレートケーキは甘くなく、濃厚な感じでグッド。隣の席に座った、おじさんおばさんと、ぼくらと同年代のカップルの4人のひきつった笑いと、空疎なわりに気取った会話が脳髄直撃。脳味噌が融けそうです。聞きたくないんだけど、つい耳ダンボになる。あとで聞いたら、やっぱり同居人も、イラついていたらしい。
どうも気になるマンション。反り返り具合がロッククライマーならタマらんのかもしれんけど、何かが降り落ちて来そうに思える。
麻布から広尾へ抜ける仙台坂の途中で見掛けた「国際家畜病院」。建物もきてるけど、看板の犬の絵がかなりヤバい。
有栖川公園内の池で釣りをする人々。しかし、有栖川公園って子どもと犬が多いなぁ。あと、外国人。
地下鉄で銀座へ。電車男に登場した「ベノア」なる名前の紅茶を求めて。
和光前のホコ天で、時計台を背景にジャグリングしているところを写真にパチリ。さすがホコ天、一瞬ボールを投げただけで、周囲の視線が集まる。そして、ぼくは投げたと思えばポロポロ落す。期待させて悪かったよー。ピエロじゃないよー。
有楽町ビックカメラで、USBのキャプチャーユニットと外付けHDDを購入。これでVHSもがしがしデジタル化。さっそくジャグリングのビデオをパソコンに取りこんで、スローで再生してみた。
ジェイ・ギリガンのボックス変形の動きがようやくわかった。左側はまねできるけど、右側はできない。うーん、練習しよう。
超マニアックなジャグリング解説本、『Four Ball Juggling』を読了。おもしろい。後半のサイトスワップジェネレーターが、いい勉強になった。それにしても、この本に登場する4ボールのパターンの大半を投げれるようになる日なんて来るのだろうかと思うと、気が遠くなる。千里の道も、一投から。

2005/01/31(Mon)

脱サラ

田沢拓也『サラリーマン、やめました---脱サラ戦士たちの「それから」』(小学館) 1470円 ISBN-4093797218
脱サラした約50人の「その後」の人生を追ったドキュメンタリー集。週刊ポストの連載をまとめた本とか。インタビュアーの陳腐な文体が鼻につく。インタビュアーが、他人の体験を伝える役どころを忘れたかのように自分の体験をヤケに混ぜ込みまくる「オレもね、オレもね」という態度に、ちょっと閉口。しかしまあ、いろんな人生がある。

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NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>