the other side of my days
ご意見,ご感想,ごいちゃもんなどございましたら
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>まで。


2004/04/03(Sat) 花見とパズル
2004/04/06(Tue) ローペース
2004/04/09(Fri) バナナ
2004/04/10(Sat) バブルの予感
2004/04/12(Mon) 鼻もげら
2004/04/13(Tue) グラタンに懲りてカルパッチョを吹く
2004/04/14(Wed) うんち
2004/04/17(Sat) 1日の平均睡眠時間は7時間5分32秒
2004/04/18(Sun) ホルモンは「放るもん」はウソ
2004/04/20(Tue) 小さなカタカナ
2004/04/21(Wed) 喫煙者お断り
2004/04/23(Fri) アインシュタインの通信簿
2004/04/23(Fri) オンラインの酔っぱらい
2004/04/24(Sat) 軌道が見えた!
2004/04/26(Mon) 26! = 403,291,461,126,605,635,584,000,000
2004/04/28(Wed) 出る杭
2004/04/29(Thu) 本日はもう?
2004/04/30(Fri) 爆発すると思うか?


2004/04/03(Sat)

花見とパズル

金曜日は遅くまで会社にいたうえに帰りに麹町アジャンタでカレーを食って帰ったものだから、寝たのは7時半。それでも早起きして代々木公園へ、お花見へ。このところ続いた寒さや雨の合間を縫うように、土曜日は絶妙の晴れで穏やかな天候。花見日和。バイクは気持ちいいし、公園は「春」だし、すばらしい。
まだ桜がかすかに残る代々木公園
なぜか参加した男子3人ともがお酒を飲まない人々という異様な感じ。女子1人がアルコールをエネルギーに生活している酒仙であるのと比べると、えらい違いだ。しらふでも、ぼくはハイテンション。

2004/04/06(Tue)

ローペース

仕事が少し落ち着いたので、ひさびさ平日プールで1600m。天気の良いお昼の東京。先月は合計5kmしか泳いでないし、今年に入ってからの合計もいまだに24kmとローペース。このままのペースでは年間100km程度と去年の半分にしかならない。
と思ったら、なんとSQL文を書き間違えていて、すっかり自分が実際に泳いでる以上の距離を泳いでいる気になっていた……。3月は5kmじゃなくて、1200mしか泳いでない。
夏に向けてガンバロウ。

2004/04/09(Fri)

バナナ

ユニクロのCMで、バナナのTシャツを着た小林克也が「banana」の語感について語っている。20年だか30年、あるいはもっと以前の話? おもしろいことを言ってる。アメリカ人はかつて、この単語を「crazy」の意味で使ったという。そういえば、そんな記憶もかすかにあるような。「Let's go bananas!」と言ったらしい。それに対応して日本人が「そんなバナナ!」と言ったんだとか。そしたら、それを聞いたアメリカ人が「Oh, yeah!」と理解したんだとか。そんなバナナ……。
俗信で、バナナに人間をハイにさせる物質を含むというのがあったからしい。そういえば、ぼくの知り合いに「バナナの実と皮の間にある筋がいい」と聞いて、実際に試したバカがいる。何十本かのバナナを買ってきて筋だけを取り出す。それをベランダで天日干しにし、粉にして鼻から吸ってみたという。バナナ臭くて涙が出てくるばかりで、少しもトリップできなかったと嘆いていた。当然むき身となったバナナを泣きながら食べたとか。何というか、バナナって愛すべきバカという語感にぴったりだなと。サルと一緒に描かれることが多かったことも、この果物のイメージを決定づけてるのかも。
そのユニクロのCMで小林克也も「性的な連想」とか言ってるし、秋本康がおにゃんこに「バナナの涙」と歌わせたように、かつてバナナというのは、うぶな男の子たちの性的な連想をかき立てたものだ。ぼくが子どもの頃、エロ本におけるオーラルなシーンといえば口紅をべっとりと塗ったオンナがくわえているのはバナナと相場が決まっていた。大学生のころ、女子がバナナをがぶりと食べるたびに「痛ッ!」という男子っていたよな。あ、下品ですね。そういえば、ぼくが大学生のころ、バナナリパブリックってのも流行ったっけ。
もはや辞書を引いても、「banana」に「crazy」の意味は書いてない。現代米語では、バナナじゃなくて「nuts」と言う。「He's totally gone nuts.」といえば、あいつ完全にイカれたよという意味。狂ったというよりも、正気じゃないというinsaneのニュアンスも強い。ナッツは、複数形の名詞のように見えるけど、実際には形式が複数形なだけで、副詞として使われるか、形容詞と使われる。「Are you nuts?」と言えば、オメェまじかよという意味になる。
なんでnutsなのかはよくわからない。マジックマッシュルームとの連想から、狂っちゃうことはmushroomと言ってよさそうなものだけど、mushroomは、ニョキニョキと急に登場したり大きく成長したりするモノや現象を表現するときに自動詞として使う。日本語で「雨後のタケノコのように」というのに近い。
「雨後のタケノコ」って、死にかけの表現だと思う。ぼくが都会育ち(ウソ)だからそう思うのかもしれないけど、あんまり生き生きとした絵を描けない。雨あがりに竹藪をみると、いつのまにかタケノコが増えてるって状況なんだろうけど、そんなのを日常的に目撃している日本人って、いまどのくらいいるんだろうか。それに比べたら、マッシュルームっていう表現は、あのキノコの形そのものだから、生き生きとしたイメージとして誰もが想起できる。紅茶キノコとか、キノコ雲とか、マリオの毒キノコとか、日本人にもなじみ深い。
「羮に懲りて膾を吹く」という表現もわからない。まだしも「あつもの」は「熱い」んだろうなぐらいに想像できるけど、ナマスって一体どんな食い物だってことがわからないので、この表現は現代日本では少しも生き生きとしていないと思う。いっそ「吉牛に懲りて牛肉を断つ」ぐらいのほうが、(陳腐ですが)ずっと生き生きしてくると思う。こういう伝統表現が常識的に考えると淘汰されていいような時代になってまで保存されるとき、背後に働いている力はなんだろうか。バナナという新しい食べ物が、新しい意味を帯びて、瞬く間にその意味を失ったようなことを考えると、古い表現が長期間にわたって残るのには、習慣や伝統という慣性力だけじゃない、何か別の力が働いているにちがいない。
あ、ウソ書きました。「banana」にはバナナの意味しかないけど、「bananas」で辞書を引けば、ちゃんと「気が狂った、熱狂した」と出てます。nutsは、それを聞かない日がないぐらいだけど、bananasはぼくは聞いたことがない。
柳田国男によると、この南国の果物ほど短期間に日本人に受け入れられて全国に広まった青果物ってないそうで、考えてみれば、それを見たことのなかった人にしてみれば、あの真っ黄色の色といい独特の香りといい、その甘さといい、不思議な食べ物だっただろうな。明治時代になるまで青果物って、種類も色も味も、いまの日本人が気軽に買えるほど豊富に存在しなかったというから、そのへんのことが、英語のように果物を人間の形容に使う用法が日本語にあまり存在していない理由なんだろうか。いや、ミカンや柿のように、かなり古くから存在していた果物もあるから、説明になってないか。
戦後の食糧難時代に子どもだった人たちって、「子どもの頃、一度でいいからバナナを1本まるごと食べたかった。高級品だったよ」なんて話をする。それが叩き売りの代名詞となっちゃうんだから、ずいぶんな劇的なイメージの変遷だよな。

2004/04/10(Sat)

バブルの予感

ゆびとままでもが、ソーシャルネットワーキングサービスを始めるらしい。もういいでつよ、まねっこは。MIXIとかGreeとか名前までダサい。Friend MAPっって何だよぉ、もう。orkutは思ったほど新機軸を打ち出せないまま飽きられつつあるような感じだし、friendsterなんてもう知ってる人のほうが少ないような感じ。これはバブルじゃないのか。FOAF系のツールとかおもしろいと思ってたけど、人間のメタデータをつなぐのって、こんな程度の話だったのかと思うと、ちょっとガッカリ。RDFも、RSSのおかげで単なる「要約」になりさがったし、メタデータの世界っていうか、セマンティックウェブって「こんなもん?」って短絡的悲観的に考えてしまったりして。いや、それは飛躍か……。
ていうか、もう名前だの何だの登録するのも、ネットワークをつなぐのもめんどくさすぎる。たちの悪いねずみ講みたいになってきた。新機軸を打ち出せないなら、ヘンなサービス立ち上げるのはやめてくれ。正しい方向性って、ローカルとサーバーである程度処理を分散させるFOAFツールの開発なんじゃないだろうか。

2004/04/12(Mon)

鼻もげら

くしゃみ鼻水が止まらない1日。もしかして、花粉症デビュー? 心当たりもあるので風邪だと思うんだけど……。箱のティッシュが一気に半分なくなるぐらいの勢いで鼻をかんだから、鼻もげら。そうじゃなくても、ちょっとツーンと来る鼻うがいが、めちゃくちゃ痛かった。
ちょっと気になった言葉。
The second half of a man's life is made up of nothing but the habits he has acquired during the first half. --Feodor Dostoevski
【類語】getは「手に入れる,得る」の最も一般的な語で,手に入れるための努力・意志の有無は特に関係はない; gain は自分にとって役に立つもの,必要なものを努力して得る,または少しずつ手に入れる; obtain は非常に欲しているものを努力して手に入れる; acquire は時間をかけて手に入れる。(研究社、新英和中辞典)

2004/04/13(Tue)

グラタンに懲りてカルパッチョを吹く

ナマスは、ぼくが思っているほどマイナーな食べ物でもないらしい。グーグルで検索して、そうじゃないかと思ったけど。こういうことって意外にたくさんある。特に料理関係は日本国内でも驚くほどバリエーションがあって地域ごとに異なっているのに、そういう差異はあんまり意識されていない。方言にも使っている本人たちが方言だと知っているものと、そうと意識されない「透明な方言」があるけど、あれと似たような話。本人たちは、それが全国標準だと思っている。群馬県でカツ丼と言えば、ソースカツ丼のことで、甘い味付けの卵とじカツ丼を見て、群馬の人はビックリするというし、静岡の人にとって、はんぺんというのは真っ黒の食べ物であって、彼らは全国どこでもはんぺんは黒だと信じているという。その地域の人があまりに当たり前に思っていてメディアに乗りづらいものというのは、「これが標準だ」と思われ続ける。
ナマスは、うちの家庭では少なくとも食卓に並ぶことがなかったし、周囲でも聞いたことがなかった。関西だからか、それとも母親が横浜だからか。
で、そんな話をしてたら、友だちが「羮に懲りてナマスを吹く、よりも、グラタンに懲りてカルパッチョを吹く」というほうがまだましだと言った。しかし、東北のおばあちゃんは、いまでもまだカルパッチョを口にしたことがないどころか、それが一体どんな食べ物なのかもよくわからないかもしれない。
現代日本で老若男女を問わず誰もがすぐにわかる料理で、「羮に〜」を言い換えるのって、あんがい難しいかも。

2004/04/14(Wed)

うんち

みんな、ナマス知ってるし、作ってるって……。ぼくだけか……。
「うんち」と「うんこ」を比べると、うんちのほうが愛らしくて生々しさが少ないようにぼくは感じるのだけど、それは関西人の感性じゃないかと言われた。ぼくは「うんこ行ってくる」と言うと、なんか露骨な表現に感じる。ウンコと聞いて思い浮かべるのは「大腸菌、バクテリアの死骸、メルカプタンの悪臭。悪臭漂うまずいデキの仕事や製品」。いっぽうウンチと聞いて思い浮かべるのは、「母乳しか飲んでない赤ちゃんのウンチ、鳥山明が描くとぐろ巻きウンチ」とか、そういうの。
「あほ」と「バカ」のニュアンスが東と西でひっくり返っているようなことが、「うんち」と「うんこ」でもあるのかもしれない。これも気づきづらい隠れた言葉の差異かもしれない。ちなみに、子どもの頃、ぼくの周囲では「うんちゃん」「うんこちゃん」と「ちゃん」をつけることが多かった。

2004/04/17(Sat)

1日の平均睡眠時間は7時間5分32秒

枕元にメモ帳を置いてある。思いついたアイデアを書き留めるとか、そういうことじゃなくて、毎日就寝時間と起床時間を記録するためだ。かつて、睡眠時間を3時間にまで縮めようとがんばったときに始めた習慣だけど、それ以来、ふと思い出すたびに数ヶ月続けて記録するということを、何年かおきに繰り返している。以前は飲んだアルコールの量や、見た夢を詳しく書き留めていたけど、今回は時間だけを記録している。今回は睡眠を減らそうなんて考えはあんまりない。
3カ月ぶんの記録がたまったので集計してみた。例によってPostgreSQLに突っ込んでみた。
日々記録している自分の意識としては1日の平均睡眠時間は6時間ぐらいだと思っていたのに、実際に計算してみると7時間5分32秒だった。いや、おおざっぱな時間記録なので秒なんてまったく意味がないんだけど……。就寝時刻は4時49分。起床時刻は11時54分。思ったより寝坊してるかな。
1月の平均睡眠時間は6時間44分、2月は7時間10分、3月は6時間58分、4月は7時間40分。4月に入ってからが長い。春眠は暁に限りますなぁ。いやいや。
Gnuplotでグラフにしてみた。Excelなら、こういうの帯のグラフでスッキリ描けるのかもしれないけど、どうもGnuplotは学術研究向きで、うまく思ったグラフが描けなかった。
ベジエ曲線で補間して就寝、起床時刻推移をそれとなくグラフ化。横軸が日付で右端が今日。
間違えて描いた3次元グラフだけど、いかに睡眠パターンが乱れているかがよく分かる。ブラウン運動ではありません。
あまり意味も考えずに3次元のグラフもプロットしてみた。あまりにも乱れた、ブラウン運動のようなグラフなので、やっぱり何の意味もないかと思いながら眺めていると、どうも左下から右上に向かって傾斜した面があるように見える。考えてみれば当たり前だけど、これは就寝や起床時間によらず睡眠時間が比較的一定しているということを示している。もし就寝、起床時間がほぼ一定しているなら左から右手前へ向かって1本の矢のようになるはず。ぼくの睡眠パターンは、その本来あるべき矢の周囲をぐるぐる回っていて、傾向としては7時間睡眠時間平面上でブンブンふれまくっている感じ。そっか、その平面から上にはずれてる点は「よく寝た日」、逆に下に潜り込んでいる点は「睡眠が足りない日」ということか。というわけで、その7時間睡眠平面もグラフに描き入れてみた。
7時間睡眠平面をグラフに入れて、違うアングルから見た図。
ふつうの勤め人なら、どんな不規則な生活を送ってる人でも、「どんなに遅くても8時半までには目覚める」とか、そういうのがあるだろうから、グラフを描くと天井となる朝8時平面が読みとれるに違いない。よかった、ぼくは天井なしの自由業会社員で。15時に起きるって青天井な感じ。
3次元グラフをグルグルと回転させてアニメーションを作ったら、なぜか11MBと巨大なGIFファイルになった。36枚のPNGファイルは各4KBだから、単純に合計したサイズよりも約80倍ものサイズアップになっている。ImageMagickのconvertコマンドだけど、一体なにをやっているのやら。ていうか、アニメーションGIFって、そういう圧縮知らずのフォーマットなのか、もしかして。

2004/04/18(Sun)

ホルモンは「放るもん」はウソ

早起き。いい天気。Eちゃんとプール。息継ぎのできない彼女を25mプールに残して、ぼくは50mプールでさくさくと3000m。サクサクのはずが、体力の消耗が激しかったらしく、ちょっと風邪っぽいくしゃみと鼻水が。
新大久保へ。ハングルの看板が建ち並び、すれ違う地元の人々が韓国語で「チョンさん元気〜ぃ?」「ぼちぼちでんなぁ」(推定意訳)と会話を交わす界隈。裏通りのあやしい界隈を散策して、適当に入った焼き肉屋、店名は「ホルモン焼 くれないの牛」。可もなく不可もなく。店員の韓国人が、渡来してまもない人だったので微妙に日本語が通じず。「キャベチはムルリョッ」。キャベツは無料らしかった。ホルモン焼き店なのにホルモンを食べず。
いま読んでいる、鄭大声『焼肉・キムチと日本人』(2004、PHP新書)によると「ホルモン=関西弁の『放るもん』説は間違い」とのこと。著者によると、この俗説の出所は『差別−−その根源を問う』(朝日新聞社、1977)に掲載された対談で、関西在住の在日朝鮮人詩人の金時鐘という人が語ったところを、藤本義一や呉智英らが、どこかに書いて、それが広まっていってしまったものらしい。
朝鮮人は、もともと内臓を食べていたわけだし、おいしい食べ方も知っていたのだから「放るモノ」と呼ぶのは、そもそもおかしいし、逆にホルモン料理を受け入れた日本人が、そんな呼び名をつけるのもおかしい。屠殺は、かの国でも日本でも被差別階層の人たちの仕事だったわけだけど、日本の部落出身者が明かすところによれば、彼らはむかしから内臓を食べていたらしい。……「どの部落でも雨を待つように牛がおちるのを待っていて、骨の髄まで持ち帰る者があったといわれる」。だから、部落出身者にとっても「放るモノ」ではなかった。ミノとセンマイは、日本の部落出身者の間での呼称だったとも言う。
ホルモンの語源はハッキリこれだとはわからないものの、英語というかドイツ語源の「hormon」だろうということ。確かに、ぼくがまだ子どものころには「ホルモン」という語には、何か元気がつきそうな、不思議な肉体パワーといった響きがまだ残っていたような気がする。
韓国が焼き肉を本格的に食べ始めたのは、13世紀後半から始まるモンゴル支配によって、洗練された屠殺方法や調理法を覚えて以降のこと。特に、14世紀から始まる李氏朝鮮による「崇儒排仏」で国教が仏教から儒教へと変わったことによって「殺生禁止令」が解かれたことが大きいらしい。日本では仏教の影響で鎌倉時代から、「欧米人なみの」肉食を奨励しはじめる明治時代になるまでは、一貫して肉食文化を表向きは認めていなかった。
だから戦後の栄養不足の時代に、大阪や兵庫で在日朝鮮人たちがホルモン焼きを始める余地があったわけで、朝鮮家庭料理の店を出せば、ことごとく成功したらしい。日本では昭和30年代の高度経済成長というイケイケドンドンの時代背景とあいまって、焼き肉は一気に日本人に受け入れられた。
というか、禁止したり、貧しくて食べられなかったり、はたまた農耕用の牛馬として珍重されて、肉は食わないというような事情があったりはしても、時代や場所を問わず、人間の肉食嗜好というのは相当に強いらしい。ウサギを一羽、二羽と数えて「あれは鳥だから」と苦し紛れの言い訳を編み出して肉食したり、これは栄養のために食べる薬だからと「薬食い」なんていう言葉で肉食したりと、日本人もけっこう肉を食っていたという話もあるけど。
焼き肉タレ文化にまつまるモランボン秘話や、タン塩という韓国にもないメニューを開発した叙々苑創業社長の新井泰道の話がおもしろい。

2004/04/20(Tue)

小さなカタカナ

鄭大声『焼肉・キムチと日本人』(PHP研究所)、読了。ミノモンタ的な「キムチって、そんなダイエット効果もあるんですねぇ」という発言とか、頬がゆるんだ自文化礼賛とか、なんだか結果がわかりきった学生対象のアンケートとか、著者の焼肉とキムチに対する愛情の度が過ぎている感じもあるけど、おもしろい本です。ホルモン焼の語源以外で気になった話は、日本でキムチの売り上げが漬け物市場でトップに躍り出て、もはやタクアンとかぬか漬けなんてぶっちぎった状態になってるって話。
「キチ」とか「プコギ」というカタカナの一部が小さくなった表記を見て、サンフランシスコを思い出した。
地元の人はみんな知ってるけど、サンフランシスコにあるジャパンタウンは、実はコリアタウンと化している。ジャパンタウンに日本人がいないのは、ひとつには戦時に日本人排斥運動があって土地を取り上げられたからという理由と、もうひとつは移民歴が長くなり、どんどんアメリカ社会にとけ込んでしまったからという理由があるらしい。ユダヤ人のように強い民族宗教を持つわけでない日本コミュニティに、ニセイやサンセイを引き留める求心力なんてあるわけがなく、彼らは日本語も忘れ、日本も忘れ、ただアジア系アメリカ人となっていった。
非アジア系の人にとって、たぶん日韓なんて、スカンジナビア半島におけるスウェーデンとノルウェーの関係のようなものだろう。だから、ジャパンタウンが実はコリアンタウンでも、誰も気にしない。ぼくとしてはジャパンタウンと名乗る町の和食店で、日本語が通じず、なぜか甘いみそ汁が出てきたりするのにはガッカリしたものだけど。
とまあ、そんなわけで、ジャパンタウンには日韓の不思議な混交がある。ジャパンタウンの韓国料理の店に行くと、メニューにはハングルとカタカナ、アルファベットで料理名が書いてある。初めてそのメニューを見たときに、ぼくは驚いた。「ク」と書いてある。これは韓国語の音を無理矢理カタカナ表記したもので、ハングル表記をそのままカタカナに音写したような形。日本語の音韻は必ず母音で終わるというルールがあるけど、ハングルは独立した子音が使われる。この子音を小さなカタカナで表してるというわけ。韓国語の子音のなかには、英語のようなハッキリした子音じゃなく、「口の形だけ作って音は出さない」という子音がある。日本人がクッパと呼んでいる食べ物は、実際には「ククパブ(kuk-pab)」と日本人の耳に聞こえない音がある。「ッ」だと日本人が思っている音の場所には、実際には「k」の形をした口がある。日本人が韓国語を話すとき、この、あるべき子音を飛ばす発音が、「日本人訛りの典型」というふうに、彼らの耳には響くらしい。ぼくは韓国人に教えてもらった限り、発音自体はほぼできているらしいけど、聞き取りのほうはとなると、paもpabもほとんど同じに聞こえてしまう。自分が耳で区別できない2つの音を、口で区別し、それを相手が耳で区別できるというのは不思議な感じだけど、人によっては英語のLとRも言い分けはできても聞き分けはできないというし、それと似たような話かもしれない。
最近は関東圏を中心に、日本人でも「タクシー」を「ta-ku-shi」というより「tak-shi」と発音しているという話がある。そのデンで行くと「キムチ」もかつてのように「ki-mu-chi」と発音はしていなくて、「kim-chi」に近づいている。とすれば、「キチ」という表記には意味があるし、便利だ。かつて「ティー」とか「ヴァ」「ウィ」とかいう表記も音もなかったことを思えば、こういう表記を取り入れて、外来語にあてて使うといいんじゃないだろうか。「ペィシェントゥ」とか書くんじゃなくて、「ペィシェン」と書く。「タクシー」は「テェァシー」と書く。はっ、発音記号の読めない中学生用の英語教材みたいだ。
カタカナ表記といえば、最近気になってるのですが、「エンターテインメント」って、白々しい「ン」を挟むのやめませんか。エンターテイメントでいいじゃないですか。コロムビアとかと同じで、これって元の英単語に忠実なようでいて、実際には逆効果。日本人が日本語として発音するとき、エンターテイメントと言ったほうが、より原音に近くて、エンターテインメントと言うと、明らかにオカシナ音節が紛れ込んでヘンに間延びした感じになる。言語がちがって音韻システムが違うのだから、そもそも忠実な再現なんてないわけだけど、だったら、音を近づける努力をするべきであって、生半可なスペリングの知識で文字をうつしても意味がない。だから、entertainmentは、今までどおりエンターテイメントと言えばいいし書けばいいと思う。「シミュレーション」とかもそうだけど、半可通ほど「正しくは……」などと言うばかりで、原音に近いカタカナ表記はどうだなんてことは考えもしないし、自分の母語の性質なんてことにもまるで無頓着だったりする。
当たり前だけど、英語を話すときにも、日本語を話すときにも、韓国人には独特の訛りがある。彼らは「f」と「p」の区別がつかず、「z」と「j」の区別も付かない。だから、「for example, if you...」というのは「フォーイグジャンプル、イプユー」となる。これをあるとき韓国人に指摘したら、日本人の訛りと韓国人の訛りはどっちがヒドイかという議論になった。日本人はLとRが区別がつかないけど、韓国語にはいちおうRの音とLの音の両方があって、彼らは区別できる。さらに、日本人は子音で終わるべき音に母音をつけてしまう。だから、韓国人の耳には「日本人って韓国語も英語も発音ヘタだなぁ」と聞こえている。
正確なところは忘れてしまったけど、computerを、韓国人は「コピュット」のように音写している。それを聞いたとき、「えーっ、そんなの英語の音と全然ちがうじゃん」とぼくは思わず言ったけど、韓国人にしてみれば日本語のほうがヒドくて、「こんぴゅぅーたぁーシムニッカ?」って感じで逆にバカにされてしまった。彼らはハングルがあれば、どんな言語の言葉でも音写できると感じている。
日韓訛り論争の決着をつけるべく、アメリカ人に「韓国人と日本人の英語はどっちが聞き取りづらいか?」と聞いたことがある。結論はもちろんドングリの背比べで、個人差のほうがずっと大きいという話。そういえば、CNNで韓国レポートを一手に引き受けているソン・ジエという女性は、驚くほど英語が流暢だけど、それでもやっぱりzjの訛りが残っていたりするなぁ。
「コロムビア」という表記が愚の骨頂という話。日本語では、p、bの音の前の「ン」は、すべてmとして発音されるというネイティブが知らないルールがある。「看守」は「kanshu」でも「看板」は「kamban」と発音する。だから「コロンビア」と書けば、日本人は「koronbia」とは発音せずに「korombia」と勝手に発音している。日本語の「ン」には異なる3つの音がある。そんなこと、たぶん日本語を勉強し始めた外国人なら誰でも知ってるようなことだけど、日本人は知らない。だから、「コロムビア」のようなヘンなことをやって、結果、「koroMUbia」とオカシナ呼ばれ方をされることになる。

2004/04/21(Wed)

喫煙者お断り

喫煙者は採用しません、という企業が増えてるらしい。分煙、嫌煙論争も、来るところまで来たって感じもする。受動喫煙は命にかかわることだからアツくなるのもわかるけど、たばこの是非の話になると、どうしてこうも人は狂信的に見えるのだろうか。
日本は先進国でもっとも高い喫煙率という記述を見て、たばこ統計を見てみたくなった。WHOのhttp://www.who.int/tobacco/resouces/publications/tobacco_atlas/en/に、Tobacco ATLASという資料を発見。WHOの資料は、どれもよくできてるなぁ。絵がきれい。

柳田国男『明治大正史 世相篇』(中央公論、1941)、読了。すごく刺激的で楽しい読み物。もっと興味深く読んだのは、日本人の飲酒文化の変遷と、「恋愛技術の消長」というあたり。

2004/04/23(Fri)

アインシュタインの通信簿

何かと引き合いに出される「アインシュタインだって学生時代に落第したんだ」とか「成績が悪かった」という話。あれはウソのようだ。1896年、彼が16歳のときに受け取った通信簿を見てみると、まあ普通によくできる学生のほうだし、幾何学、代数学、物理学なんかの評価は全部6/6とパーフェクト。ついでに歴史も6/6。いちばん悪いフランス語の成績が3/6というぐらいの話で、「落第生だった」というのは、そういうストーリーを捏造したがる後生の作家の作り上げたお話に過ぎない。それが一人歩きして信じられるにいたったということのようだ。通信簿は、http://amnh.org/exhibitions/einstein/life/early.phpに現物の写真がある。
アインシュタインの通信簿。German5/Geometry6/French3/Descriptive Geometry6/English-/Physics6/Italian5/Chemistry5/History6/Natural History5/Geography4/Artistic Drawing4/Algebra6/Technical Drawing4だそうだ。
そもそも16歳で最初の科学論文を書き、26歳でPh.Dを取ってるんだから、やっぱり天才だ。12歳で「幾何学なんてもう自分で勉強するもんね」と開き直り、学校の先生や2000年前のギリシアの数学すら疑ってかかるというキレモノだったという。
アインシュタインの書いた科学論文はもちろん、ラブレターやら旅行日誌やら、ありとあらゆる資料がオンラインで読めるサイト「Einstein Archives Online」がおもしろい。しかし、悲しいかな達筆のドイツ語なので、ほとんど解読不能。「E=mc^2」を最初に彼自身が書き記したという便せんもある。
思い出したように、アルバート・アインシュタイン『相対性理論』(内山龍雄訳・解説、岩波書店)を購入して、すぐに読了。いったい何学部出身ですかと言われそうな本をいい歳して読んでいるけど、まあ、いいのだ。学生時代に1度読んだのは読んだと思うのだけど、あんまりよく覚えてなかったし。
会社でちょっとしたことからもらった図書券。お勉強っぽい本を買った理由だったりして。
この本は、相対性理論という書名がついてはいるけど、そういう名前の論文が収められてるってわけじゃない。収録されている論文は、「動いている物体の電気力学」という論文。これは、その後「相対性理論」の総称で呼ばれることになる論文の数々の、その嚆矢となった1905年の記念碑的な論文。相対論の基本的なアイデアと、アインシュタインがたどった思考の道筋は、この論文を読めばだいたいわかるってわけで、この書名がついている。
ぼくはそっくりさんが出ている映画で見ただけだから、どこまで史実にもとづいているのか知らないけど、ノーベル賞の受賞会見で、アインシュタインは新聞記者の質問に、こんな風に受け答えをしたことになっている。「博士、相対論について、ご説明いただけますか?」。アインシュタインはにこやかに女性記者に聞き返す。「パンケーキの作り方を、あなたならどう説明しますか?」。「えーっと、卵と牛乳と小麦粉をフライパンで焼く、でしょうか」。「じゃあ、相手が小麦粉が何かを知らない人だったら?」。「……、説明できませんわ」。「それと同じ理由で、いま私もあなた方に相対論が何かを説明することはできません。ただ、特殊相対性理論のほうは簡単な話です」。確かに特殊相対論のほうは難しくない。岩波の文庫にもなっているほど。
この本に収められている論文は文庫で60ページしかなく、数式もギリシア文字の山に慣れた人ならごく簡単なものばかり。論理展開も明快で読みやすい。ニュートン以来の物理学をひっくり返す結論を、何気ないトーンでずばっと言いのけるところなんかは爽快ですらある。ローレンツやポアンカレが、後にローレンツ変換と呼ばれる相対論的な数式表現にまで到達していながら、「時間が伸び縮みする」「棒は動くと短くなる」といった発想を抱かなかったのとは対照的に、アインシュタインは、「こういうことなんですよ。そう考えれば、今まで問題だったことも、そもそも問題なんかじゃなかったわけですよ」と次々と喝破する。
アインシュタインがオチこぼれだったなんてとんでもない。やっぱりとんでもない天才だろう。
そういえば、女性関係は結構だらしなかったらしい。情熱的とも言うのかもしれないけど。

2004/04/23(Fri)

オンラインの酔っぱらい

自分がやめてしまってから、もうすっかり世の中にお酒なんてものが存在しないかのような気分になっている。そんなわけがない。で、ふと思ったけど、オンラインでやりとりされるメッセージというものにも、相当にアルコールの影響が陰を落としているはず。掲示板でもそうだし、1対1のメールでも、相手が酔ってないと理由もなく仮定してはいけない。
ひどい酔っぱらいのブラジル人とチャットした。最初は若干回転が悪い人か、ナマリの強い人なだけだと思ったけど、平気で人の悪態をつくし、周囲の言葉には耳を貸さないブッチギリだしってので気づいた。あんた酔ってるだろうと聞いたら、同じチャットルームにいたフランス人に「今さらナニ言ってんの? こいつ、酔ってるに決まってるじゃん」と言われてしまった。
クルマを持ってるかという質問に「持ってない」と答えたら、「じゃあ、おまえは貧乏だ」といいやがった。東京って街のことを何も知らないらしい。サウージ。
南米の人たちと社会制度とか教育問題、経済事情なんかの話していると、日本が抱える問題なんて本当に贅沢な悩みなんだなという気がしてくる。

2004/04/24(Sat)

軌道が見えた!

1日平均3分のジャグリング練習続行中。久しぶりに2時間ほどまとめて練習してみた。
どう投げていいか理解できなかったハーフシャワーとオーバーザトップを、右手側から試したらどっちもあっさりできた。今まで左手側からやろうとして、1投目で山が崩れてしまっていたのに、本当にあっさり。気長にやるつもりだったのに、できてみれば何でできなかったのがわからないという印象。
右側がわかれば左側もじきにできるようになるのではないかと期待しつつ、深く考えずに右、左とリズムを対象にしてボールを回してみたら、少しの練習でなぜか左側でもハーフシャワーとオーバーザトップができるようになった。感動。ジャグリングのナゾだ。教訓、「左右非対称の練習を始めるときは利き手から」。
急にハーフシャワーができて、そのことによってオーバーザトップも理解できるようになった。これはおそらく3つボールのシャワーの軌道を作る右手の動きが上達したことがポイントだったんだろう。すべてのジャグリングは他の技と関連し合っているから、あれこれ練習してると、特に練習したわけでもないのにできるようになっているということは起こって不思議じゃない。ジャグリングの解説を読んでいると、「この技の動きは、○○の技にも似ているので練習しておいて損はない」というような記述がよく出てくる。
今日はさらに進歩が!
ふと試してみたウィンドミルまで不思議とできた! やけにうれしいぞ。何で今まで試したときにできなかったものが、今日突然にできるようになったのかはまったく不明だけど、急にボールと手の動きがわかった。動きはぎこちないし、まだ片側しかできないけど、確かにできている。楽しい!!
できてみれば納得だけど、ウィンドミルって、3つボールの基本系であるカスケードの変形なんだ。不思議。技の関連性があれこれ見えてきた。
1年をめどに習得を目指している技、ミズル・メスは、ウィンドミルを左右交互に繰り返す技なので、「ミルズ・メスもできておかしくない」と思えるようになった。できるかも。多くのジャグリングの達人が強調するジャグリング上達の最大のポイントは「自分にもできると信じること」。てことは、もうぼくはできたも同然だ(笑)
片手で3つボールを真剣に練習してみた。まだ1巡もできない。できない理由は非常に単純で、高く投げるときの軌道が安定していないから。逆に言えば、練習すべきなのは高い軌道の片手2つを安定させることだけ。理屈から言えば、高い軌道の片手2つが十分に安定すれば、それを3つにし、さらに両手で半拍ズラして同じことをやれば両手6ボールができる(あまり知られてませんが、2n個の偶数ボールのジャグリングは左右対称に片手n個をやるのです)。すべては、軌道の安定度だけにかかっている。……、という理屈と実践には巨大な隔たりがあるわけだけど。利き手じゃないほうの手でやる片手3つというのは、ひじょーに習得がむずかしいらしい。
あまり興味のなかったトリック系の、アンダーザレッグとビハイドザバックも、少し動きを冷静に研究してみた。動きを分解してボトムアップ的に組み上げてみてわかったのは、「コツは、1つ前のボールを高くあげることです」ということを頭では理解していても、手がちっとも理解してなかったという事実。「1つ前」というのがくせ者で、どうやら手がやろうとしていたことは「2つ前」や「1つ後」のボールを高く投げることだった。「高くあげるボール」「背中を回すボール」の2つのボールをトトーンと投げるリズムを何度か繰り返し練習したら、ふっと全体がつながった。個別にはできる動きなのに、いざまとめて投げてみるとボールが四方八方に飛んで行ってしまう……。滑らかにできるようになるには時間がかかりそうだけど、気分的には「なるほどできそうだ」という感じ。
ウィンドミルは、全体の動きが回転する風車のようになるというイメージと、おおよその手の役割という全体的な印象から、「こんな感じ?」とトップダウン的にエイヤッでやったらできた。ビハインドザバックやボックスは、ボトムアップでひとつずつ動きを確認して理解できた。ジャグリングの達人の言うとおり、ボトムアップとトップダウンは、どっちも有効らしい。
このままジャグリングを続けるとすると、もっとも高い壁となるのは5ボールのカスケードになるはず。習得に何年もかかるという話もあるぐらいだから、今のところぼくはまだ練習する必要さえないと思っていた。だけど、もしすべての練習がすべての技の上達に関係するものであるなら、ともかくやってみるってことも大切かもしれない。
そう考えて、5つのボールを持ってみた。ワワワッと高く投げあげてみた。ボテッ、ボテッ、、ボテテッと、床に散らばるボールを見つめてみた。離陸すら、まったくままならないらしい。というより、自分で何をどう投げたかもまったく把握できない。

2004/04/26(Mon)

26! = 403,291,461,126,605,635,584,000,000

アルファベット26文字を、それぞれひとつずつ適当に並べて意味のある文にするってのは、きわめて難しいという話。でも、そもそも組み合わせがいくつあるのかっていうと、それは「26! = 403,291,461,126,605,635,584,000,000」という膨大な数にのぼる。元上司のEさんは、これをむかし自力で計算したという。自力っていうのが、果たしてjgawkなのか、筆算なのか、はたまたタイガー式計算機なのかは知らないけど(ここ、Eさんを知る人は笑うところです)、10年以上前だということだけは確か。
階乗って、大きくなればなるほど下の方にゼロがずらずら並ぶ。それにしても、26!をExcelで計算すると、妙にゼロが多くなるらしい。Excelって有効数字15桁しかないんだそうだ。
そういえば、Rubyって何も準備しなくても大きな数字が扱えるって話があったなと思って、試しに計算してみた。
 
 ~$ cat fact.rb
 def factorial( num )
   if num == 1
     1
   else
     num * factorial( num - 1 )
   end
 end
 
 puts factorial(ARGV[0].to_i)
 
 ~$ ruby fact.rb 270
 
 666211410466910265944102197573613462776944893027986293365321
 863055194800351108783256541582844867828027397875361721110533
 047950321539139505128594141167695280746865928563969630319401
 635642610290529324609287447476164591285669564424066524598260
 448519132758089498426164051285548424384138433584936269512361
 503575093570687832457473785848951286109221902989937372669455
 564291518683233193229327216292196910883766523194674713411467
 813997033385878078630676306298605257937126685213406003200000
 000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000
 0
 
 ~$
 
 
と出た。270!は計算できたけど、300!では「fact.rb:5:in `factorial': stack level too deep (SystemStackError)」と怒られた。メモリー512MBのマシンで再度試したら、515!まで計算できた。扱える桁数はメモリー量に依存するらしい。ちなみに、515!は1176桁の数字。
同じことを、Emacs LispでXEmacsにやらせたら、たった12桁でアウト。さらに、CommonLispで動くWinodws上のEmacsライクなエディタ、xyzzyでやってみたら、これがすごい。メモリー1GB、Pentium4-2.8GHzのマシンでやったら、ものの2分ほどで30100!の計算結果が12万2500桁ほどにわたって画面に表示された。初めてメモリーを2GBにしてみたくなった。
約12万桁の計算結果。最後の7440桁は全部ゼロ。
パソコンって、すごい高速な計算機なんだなぁ。
Googleで「26!」とやると、「26!=4.03291461×10^26」と返ってくる。そっかGoogleって電卓にもなるんだった。「100!」と入れると「100!=9.33262154×10^157」。意外とイケるなと思って(といっても有効数字は9桁しかない)、どこまで行けるか試したら、「170!」までは計算式として認識され、「171!」以上はリテラルに文字列として検索した。なんで170!なんだ? 「(170!)*24=1.74177975×10^308」なのに、「170!*25」は文字列検索になる。「170!*24.7」は計算で「170!*24.8」は文字列。うーんと。

2004/04/28(Wed)

出る杭

見知らぬオーストラリア人からメールが来た。ぼくがとある掲示板に書いたメッセージに反応したらしい。その人は、オーストラリアのことわざを教えてくれた。日本では、出る杭は打たれるっていうけど、オーストラリアでは、「背の高いケシは、野原では真っ先に刈られる(the tall poppies in the field get cut down first by the harvester.)」というらしい。ちなみに、出る杭の英訳は「the hammer knocks down the nail that stands up above the others」だった。なんだかちょっと欧米っぽくない。イギリス人を含むヨーロッパ人と話していてよく思うけど、アメリカって、かなり欧米諸国のなかでも特殊じゃないですかね。自己主張の強さとか傲岸さとか。
ところで、どこからハンマーが出てきたんだって思うけど、なるほどうまい訳だなと思った。日本人なら思わず、「The nail gets hammered down.」と、釘を主語にしたくなるところ。最近読んだ、金谷武洋『英語にも主語はなかった---日本語文法から言語千年史』(講談社)によると、英語は主語が何をしたのか、どういう風なのかということを語る言語で、日本語(や、現代英語をのぞく大部分の地球上の言語)は「主題」について「出来事」を中心に語る言語という違いがあるらしい。日本人の多くが日本語にだって主語はあると思っているのは、いまだに学校で教えられている橋本文法の弊害で、あれは欧米の文法理論を無理矢理に当てはめたものだったらしいですよ、奥さん。「日本語は主語を省略できる」んじゃなくて、日本語は「主題を指示する補語は、つけてもつけなくてもいい」というのが正しい。補語なんだから、「〜が」「〜は」の部分はあってもなくてもいい。言われてみれば、とても自然な発想。
日本語を母語にする人の英語が、必要以上に受け身的になるのはそういう理由だとか。英語では主語を無理矢理作り出してでも「神の視点」から語るので、自然と文章がすべて能動的になる。
と、そういう文法の話じゃなくて、あれ。

2004/04/29(Thu)

本日はもう?

GWに向けて、最後の入稿作業に追われる編集部。そろそろみんな作業も終わって帰途につき、部内に残るのもあと5人、6人となったときに電話が鳴った。思わずぼくは、「あいにく○○は本日はもう失礼させていただいたんですが……」と言ってしまった。朝9時10分。先方は、朝一番のつもりで電話をかけてきたんだってことに気づいたのは、電話を切った後。だって、大半は朝5時6時まで仕事してたんだもん。
祝日の朝9時に電話してくるほうも電話してくるほうだけど、その電話にたいして、すでに退社しましたと答えるほうも答えるほうだ。
校了。久しぶりに昼前まで仕事。おもてに出ると、爽やかな天気の祝日。

2004/04/30(Fri)

爆発すると思うか?

朝マック。「歩道のバイク、お客さんの?」と店員に言われて見てみると、バイクからガソリンが漏れている。どうも交差点でエンストっぽい音がして、パワーが出ないと思っていたけど、漏れてはいけないものが漏れていた。
ぽたりぽたりとエンジン下部と後部車輪の軸あたりから、透明な液体がしたたり落ちている。推定毎秒1〜2ml。地面には小さな水たまりができ、暖かい午前の陽の光に照らされて、あたりの空気を揺らめかせている。ニオイといい、空気の揺らめきといい、確かにガソリンだ。
バイクのことやエンジンのことは、本当に何もわかっていないので、まったく原因不明。故障個所さえわからない。角を曲がったところにバイク屋があったなぁと思って、おそるおそるエンジンをかけてみる。バクハツするこたぁ、ないだろうと思って。ぷるるんと、ちゃんとエンジンはかかる。やや元気がないぐらいの話で、少し走るぐらいは問題なさそう。
ガソリン漏れバイクの通報を受けた警官が走り寄ってきて「キミっ、だめだよ、エンジンかけちゃ!」と叫ぶ。爆発したらどうするんだ、引火したらどうするんだ、とか言う。そう言われると、やや不安になる。でもハッキリしたことは言えないのだけど、妙に命令口調なのがシャクだったので、「爆発なんてするんですか? そんなわけないじゃないですか。そんな話、聞いたことありますか?」と反発してみる。「あんた、これわかるの?」と、いかにもわかってなさそうな警官に言い返されて、さらにムッとする。「わかんないですよっ。でも爆発なんてするわけないでしょう」。「あんた、足が吹っ飛んだら困るだろう!」。いや、そりゃ困るけど。
いくら中古バイクだからって、そりゃないだろう。日本メーカーが日本で売ってて日本の公道を走っているバイクが、あるとき突然ガソリン漏れを起こして、その直後に爆発炎上。そんなことって、ありえるか? ふつうに考えたら内燃エンジンって、完全に密閉されているし、もともと中ではガソリンが爆発して動いているんだから、何も大したことは起こりようがないんじゃないの? ていうか、そんな危なっかしいエンジンが売られていると思うか? 同じバイクでも、たとえばエジプト旅行で、怪しい現地人に借りたバイクが、とつぜんガソリンをまき始めたら、ぼくは降りると思う。
家電でもパソコンでも、あるいは回転扉にしたって、一般的に言えばぼくはフールプルーフや「トロい人仕様」というのが嫌い。日本の遅いエスカレーターが嫌いだし(走って飛び乗る高速なヤツがいいっ)、ボタンのひとつしかない家電も嫌いだし(もっと機能を!)、ボタンのひとつしかないマウスも大嫌い(指は5本だ!)。ユーザーをバカにするなと思う。でも、バイクのように、自分にはワケがわかってないもののときには、工業製品がフールプルーフであってよかったなと思う。どんなに知識のないバカが、どんな風に扱っても、死んだり大けがしたりはしない、というラインは絶対に守られていると信じられるのは、いいことだと思う。
バイク屋に電話で相談したら、小声でメカニックは言ったもんだ。「正直、そのくらいの漏れならどうってことはありません。ゆっくり走ってうちまで来てください」。
原因はキャブレターに入ったゴミらしかった。キャブレターってのがどこにあるパーツなのかってことや、その内部構造、漏れの原因、対処法なんかがわかった。

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NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>