the other side of my days
ご意見,ご感想,ごいちゃもんなどございましたら
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>まで。


2004/03/03(Wed) 気づけば雛祭り
2004/03/05(Fri) 5時間の時差
2004/03/07(Sun) 統計表
2004/03/08(Mon) メタ血液型分類
2004/03/09(Tue) 九龍城塞の写真集
2004/03/10(Wed) 禅
2004/03/11(Thu) 南の島
2004/03/16(Tue) カフェイン
2004/03/17(Wed) 要観察の頭痛
2004/03/18(Thu) パソコンを趣味に
2004/03/19(Fri) 見つめられるような
2004/03/20(Sat) 侮りがたし、吉村作治
2004/03/21(Sun) 隣人を愛さなかったローマ教皇
2004/03/22(Mon) デジカメムービー
2004/03/23(Tue) 個人情報500円
2004/03/24(Wed) ぶつぶつ硬貨
2004/03/25(Thu) 海に行きたい
2004/03/26(Fri) 退屈な人生
2004/03/31(Wed) サバン的脳状態


2004/03/03(Wed)

気づけば雛祭り

久しぶりにパソコンを引っぱり出したら、机の奥からクリスマスパーティーで数部もらった性格判定テストが出てきた。人事部なんかが使いそうな類の「基本性格テスト」というもので、自己採点ができるので密かにやってみた。
結果はきわめてつまらない。「率直さ」の項目でだけ「正常」と「自己批判的傾向」の境界上にある以外は正直度、協調性、感受性、自閉性、積極性など全部が正常水準。回答の信頼度や回答者の回答態度の判定をどうやってやっているのかというのがわかった以外は、これといった発見もなし。と、思って改めてインストラクションを見たら「目的:社会生活で重要な基本性格の判定と2〜3%存在する異常者の検出ができます」と書いてある。世の中には、そんなに異常者がいるのか。
自宅のLinuxマシンのビデオカードが壊れた。2週間ほど前から画面にノイズが出るなぁとは思っていたけど、電源を入れ直すとひとまず正常な表示に戻るので、ごまかしながら使っていた。それが、ついに起動後すぐに文字の判別ができないほどゴージャスに大量の横線が入るようになってしまった。
壊れたカードは秋葉で3000円ぐらいで買った台湾製、メーカー不詳のRADEON7000のバルクだけど、いくら何でも半年でダメになるんて……。規則正しいパターンノイズだし、画面をよく見るとピクセルをまたいでノイズが出ているようなので、GPUやメモリの異常ではなくて出力回路の故障じゃないかと思う。きっと問題のある箇所って部品単価にして5円とか10円ってところだろうけど、だからって修理できるようなものじゃないし、する価値もない。
仕事で秋葉に行ったついでに玄人志向のGeForce2MX400を3700円で購入。すぐに差し替えて元通り。いまやLinuxといえども、別段なんにも設定を変更しなくても、何事もなかったようにXが動いちゃうんだから楽なもんだ。
ビデオメモリが32MBから64MBと倍になった。まるっきりムダ……。XFree86って、キャッシュだとかで、それなりにメモリを使ってくれてるのかしら。やれやれ、貧乏性だ。最近ムダにでかくなってしまったビデオメモリをラムディスクにするLinux用ドライバってのをみかけたことがあるけど、むなしい努力だよなー。たかだか数十MBなんだし。いまやメモリ容量もディスク容量もきわめて富豪的だ。ぼくがパソコンを始めたときには、、、(以下、略)
しかし、安物買いのために、結局高くついているような気もする。

2004/03/05(Fri)

5時間の時差

金曜日は「早番」なので11時出社……、なのだけど、ビミョーに遅刻。いやだってね、11時なんて言ったらまだ朝日が射して間もないので部屋の空気も暖まってないじゃないですか、ね。
というような話をすると「なんてだらしない職場だ」とよく言われるのだけど、出社も退社も遅いので、そうでもない。世間様と、4〜5時間ぐらいずれているだけ。じゃあ、5時間とは言わないまでも2時間ぐらい時間帯を元に戻せばいいんじゃないかとも言われるけど、それができないのには理由があるし、少なくともぼくひとりの考えや行動でどうにかなるような話でないのは確かなのだ(言い訳じみてきた)。なんたって、職場のほぼ全員が3〜5時間の時差、人によっては6〜8時間の時差で動いてるのだから。
最近「5時間のズレ」をハッキリと意識するようになったら、驚くほどぼくの生活はふつうだと気づいた。24時間サイクルで生きてる人間なのだから、驚くには当たらないかもしれないけど。
早いときで4時、遅いときは朝6時に寝るけど、5を引けば23時から深夜1時に寝るという意味だし、起きる時間が11時半というのは6時半。出社の目標が14時で現実が15時というのは、目標9時、現実10時ということで、これもありがちな出社時間。24時退社で終電に飛び乗ることに何となく早引けのような後ろめさを感じるというのは、19時退社は後ろめたいというのと同じことだし、残業して朝7時の朝日を拝むことは、深夜2時でタクシー帰りというのに相当する。5を引けば、どれも全然ふつうのこと。
というわけで、ぼくと待ち合わせで時間を決めるときには、5時間の時差があるインド人と約束するのだと思ってもらえるとうれしいわけです。「じゃあ土曜日の12時に新宿ね」というのは、ぼくの耳には「土曜の7時新宿駅しゅーごーっ!」に聞こえてると思ってもらえれば正解です。まあそういう時間に早起きする土曜日の朝もさわやかでいいなぁとか思うけど。
金曜日は早番、11時出社って早いよなぁ。朝6時に職場に来いと言ってるようなものなんだから。いやぁ、眠い眠い。

2004/03/07(Sun)

統計表

むかし塾の社会科の先生が「93ページにあるグラフから読みとれることを3つあげなさい。できた人から帰ってよし」と授業の終わりに毎回課題を出すのを思い出した。中国の主要農産物生産高のグラフだったり、フランスの発電量のグラフだったり、青森県のりんご生産量の推移だったりと、グラフはいろいろだった。
『世界と日本の地理統計2004/2005年版』(古今書院地理統計編集部、古今書院)、読了。自然環境、国、民族、人口、農林水産業、エネルギー、鉱工業、交通、通信、貿易、経済、文化、地誌と、興味深いデータがコンパクトにまとまっている。高校生のときに地理の副読本で配られたような資料本で、90ページほどにわたって目がしょぼしょぼしそうな細かい数字で埋めつくされた表が掲載されているだけの本だけど、あちこち目を泳がせると意外な発見がたくさん。小学生のとき、高校生のとき、それから大人になってから統計を見るのでは、ずいぶん意味が違うように思う。

2004/03/08(Mon)

メタ血液型分類

動物占いのような一過性のものに比べて、血液型占いに根強い人気があるのにはワケがあるのだろう。相手に関する情報が不足したままのコミュニケーションというのは不安なものなので、早めに相手をジャンル分けして相手がどういう人間かをパターン別に分類しようという心理、というような側面は強いと思う。「相性占い」じゃなく、自分の血液型の今日の運勢というような「占い」となると、もはや自分自身さえ把握できない生の不安という話かもしれないけど(笑)
ともかく、そういう人間の「人間分類の欲望」というのは、人間にとって本質的な心の働きじゃないかと思う。血液型占いを否定する人でも、頭のなかでは無意識に周囲の人々をいろんなタイプにわけている。
人間は複雑な生き物だし、コミュニケーションも複雑なものではあるのだけど、案外「自分にとって、この人間は何者か、何をしてくれる人なのか」というふうにコミュニケーションを実利的に考えると、4つほどもパターンがあれば事足りるのかもしれない。極論すれば、世の中には自分と「合う人」と「合わない人」しかいない。血液型占いはそういう本来は道徳的にやりづらい「生理的にあの人は苦手」という割り切りを、正当化してくれる働きもあるんじゃないだろうか。
ABO式血液型分類は、分類項目数もほどよいし、A、Bという基本2項目の組み合わせであるというシンボリックなところも直感的に把握しやすい。0型は、AもBも持たない「ゼロ」という意味でつけられた型の名前だけど、もし、この血液型分類が考案された当初にそうであったように、今でもABO式の代わりにABC式として、いま0型と呼んでいる血液型をC型と呼び慣わしていたとしたら、今ある血液型占いとは少し違ったものになっていたのじゃないだろうか。もし、AB型という代わりにD型という型名をつけていて、都合A型、B型、C型、D型とフラットな構成になっていたとしたら、ここまで豊富なイマジネーションをかき立ててなかったのかもしれない、なんて想像してみたり。血液型の存在比に偏りが存在していたことも重要な要素であるような気がする。
ともあれ、血液型占いに対する態度によって、ざっくり以下のように人間を分類してみた。血液型による人間の分類は不毛かもしれないけど、メタレベルで「血液型占い分類」を考えると、ちょっとおもしろい。
●血液型占い0型:無批判に血液型占いを信じるタイプ
●血液型占いA型:非科学的だと一刀両断。過激に血液型占いの信憑性を否定するタイプ
●血液型占いB型:血液型占いに懐疑的。でも話はちゃんと合わせるタイプ
●血液型占いAB型:どっちでもいいよ、そんなの。話題づくりでしょ? という無関心タイプ
表記が面倒だし混同を避けるために「血液型占い0型」はUO型と表記することにする。
日本で多数派はU0型。UO型とUB型は年齢や環境によって入れ替わることもあるし、このへんは曖昧なのでUO型はUB型と誤診が多い。母集団によって違いがありそうだけど、世間で思われているほど真性UO型は多くなく、日本人の大多数は限りなくUB型に近いUO型じゃないかという気もする。
どっちにしても、UO型の気配がある人とコミュニケーションするためには自分が非UA型であることを示すしかない。なぜなら、拒絶反応のためにUA型の血液はUO型には一切輸血できないから。ということは、少なくとも表面的にはUA型の存在可能性は理論的に排除されてしかるべき。ところが不合理なことにUA型は確かに世に存在している。存在比率は少ないものの、UA型は声も大きいので目立つ。
血液型占いに信憑性があるのかないのかといえば、もちろんそんなものは何もないに決まってるわけだけど、だからといって自分がUA型であることを周囲にばらしてしまうのは浅はかというものだ。実は真性UA型の人々は、真性UO型の人々と同じぐらい思慮が足りない。そうでなければ、あれほどUO型とUA型の相性が悪いことの説明がつかない。憎しみ合うのは、いつだって似たもの同士なのだ。
UA型の人は、もう一度よくよく考えるべきだ。UA型の存在比率と、ほかの血液占い型の人々との相性がどうであるかということを。UA型の人々がUO、UB、UABの人びとからどう見えるのか。血液型なんて、コミュニケーション上の不利益を被ってまで固執するほどのものじゃない。真性UA型というのは、若いときのニキビみたいなもので、一過性の病だと思ってやり過ごせばいい。真性UA型の人は、早いところ隠れUA型になるべきだと思う。
と、書き進めてきて、ようやくぼくは真性UA型から脱皮できそうな気がしてきた。世の中にはUO型やUB型がいっぱいいる。だから、ぼくは偽装UB型を選択しようじゃないか。
意外とむずかしいのが、数人ぐらいいる中に、ぼく以外にもUA型の人がいて、それが真性UA型だったような場合。UA型陣営の1人としては同志のためにカミングアウトしたくなる誘惑は強いのだけど、真性UA型の人が1人だけだとすると、加勢しないほうがいいのかもしれない。さらりと、「まあ、そうも言い切れないじゃないですか」とオトナぶった対応で、純心なUA型の同志の怒りをたきつけてでも裏切るのが正しい戦略じゃないだろうか。たいていの真性UA型の人は、すでに書いた理由にあるとおり、短慮による一種の戦略ミスを犯しているわけだから、そのことを後でこっそり話してあげればいいだけのこと。
血液型占いメタ分類のポイントは、血液型というものが一部の誤解や誤診をのぞいて一生の間でふつうそれほど変わらないものであるように、メタ血液型も、それほど変わらないのではないかという直感があるということ。
UABO式血液型占い分類は、なにも血液型の話をしている場に限らず応用できる。たとえば「なんかあの人と話が合わない」とUO型の人は思ったとする。そのとき、「ああ、彼は真性UA型だからね。しょうがないよねUOとUAは相性が悪いんだから」と誰かに言ってもらえれば、ああナルホドと思える。真性UA型の人は、UAB型の人の鷹揚な話しの進め方にイライラし、ときどきガッカリさせられる。でも、ガッカリしているUA型の人に「ああ、しょうがないよ。彼はUAB型なんだから」と言ってあげれば、彼は「そっか、オレはUAB型とはウマが合わないんだった」と思ってひとまず安心できる。
いまだ存在も非存在も証明されていないフェロモンの仕業なのか何なのか、ニオイなのか、人間の相性において、生理的に「合わない」という<何か>は確かに存在する。英語でも特に男女間の場合には「chemistry」という単語で、そのナニモノカを指し示す。
chemistryは生理的、肉体的なものだけど、コミュニケーションの型においてそれに相当する<何か>もあるだろう。その<何か>に意識的になって、明らかにするのがUABO式分類の存在意義で、その目的は分類することによって摩擦と消耗を軽減すること。
悪いのはコミュニケーション方法や能力ではない。血液型の相性が悪いのだから、「話してもムダ」なのだ。
どんな方法にせよ、人間を分類するということには道義的な罪悪感が伴う。その罪悪感を軽減するよい方法は、血液のせいにしてしまうこと。自分が分類しているんじゃなくて、そういう分類のもとに人々は生まれてきたのだと思うこと。
血液型占いに憤るあまり、血液型占いに対する態度で人間を分類してしまうとう愚は、ミイラ取りがミイラになってしまうような非生産的トホホ感がある。でも、偽装UB型は、たぶんぼくには意味がある。無意識に偽装しているときには、どうしてもイラダチや忸怩たる思いがつきまとうけど、ハッキリと意識して偽装するかぎり、そこには心の平安があるのではないだろうか。戦略に意識的になれば、無駄な衝突を避けることと、心の平安を保つことは両立できる。

2004/03/09(Tue)

九龍城塞の写真集

本屋で立ち読み。文字の起源や歴史を扱った本やらヒエログリフの解説本に目を奪われる。ヒエログリフは楽しそう。吉村作治監修のごっつい本。ライオンや鳥、女官といった、いかにもっぽいヒエログリフがずらずらと並ぶ。音標文字としての側面と文法的働きの両面を持つこの古代エジプト文字の読み方を絵解きで解説している。たとえば人間の脚を腰の下から描いた文字にはいくつかバリエーションがあって、その中には後ろ向きに進む「反転脚」とでもいうべきものがある。それは「決定詞」とかいう種類の文字だか記号だかで、想像通り「反」という意味を表わす接頭辞のようなものであるらしい。
ヒエログリフはせいぜい全部で700字程度しかない。ふだん2000〜3000字の漢字を読みこなしている日本人としては、「読めそうやんか」と思えてくる。帯にも、そういう挑戦的な文句が並ぶ。まあ実際には読み通す根性も700字覚える根性もないけど、拾い読みは楽しいし、自分の名前ぐらいヒエログリフで書いてみたいなんて思う。けど結局、百科辞典的なそのごっつい本はパス。その代わりに、吉村作治著の絵本のような『ヒエログリフで学ぼう!』という本を購入。ヒエログリフそのものではなく、ヒエログリフの絵文字を読みながら古代エジプト文明の3000年をざっくり学ぶという本。絵がカワイイ。
中世・近世ヨーロッパの拷問の歴史と拷問器具を分類、考察した本をパラパラ。えぐすぎる。おちんちんがきゅーっと縮む感じ(って男の子ならわかるよね)の絵がいっぱい。見ていて痛いのだけど、まあ人間の創造力というのは暴力に関しても、すさまじいクリエイティビティを発揮するものだと感心する。吊るしたり、ちょん切ったり、揺らしたり、回したり、突き刺したり、すりつけたり、燃やしたり、えぐり出したり。
ガンジーの自伝。日中戦争に言及している箇所だけ拾い読み。日本民族や歴史、日本の知己への敬意を表明しつつも、かなり批判的な見解が縷々述べられている。
リースマン『孤独な群衆』。日本語版の序文だけ読む。日本の読者はこの本に書かれていることを自分の国や国民に当てはめて考えようなどと思わないで読んでほしいとある。なぜならアメリカですら、いまだアメリカという現象を分析できていないし、自分の分析も、アメリカというよりどこか誰も知らない国のことを書いてるようなものかもしれない、というような話。今どきめずらしい縦書き2段組、しかもあまりに字がこまかい上にページ数も多くて、ひるむ。量を書けばいいってもんじゃないだろうと言いたくなる最近のミステリ作家の著作のような分厚さだ。で、「伝統志向型、内部志向型、他人志向型分類」って、何だろうか。現代人はより他人志向型的になっているらしいですが。
このところ気になるのは折口信夫と柳田国男。中公クラシックスという古典文庫シリーズから、『明治大正史−世相篇』(柳田国男)というのを抜き取って購入。パラッと見ると、日本人の酒飲みの習慣についてなにやら書いている。想像よりもずっと軽妙洒脱な語り口。
平積みの書棚で断然目を引いたのは、最近入荷されたとおぼしき『九龍城探訪 魔窟で暮らす人々 -City of Darkness-』という本。もともと廃墟フェチのケがあるぼくとしては、軍艦島とか九龍城塞の写真に心惹かれがちなのだけど、この本の表紙はいい。九龍城が消え去るまでの最後の4年の間に2人のカメラマンが写真を撮りまくり、いっときは3万人を超えたという住人の一部にインタビューまでしたものをまとめてある。もともと香港の博物館で売られていた本が、とうとう日本語版で登場ということらしい。ネットで調べた限りでは、どうやら九龍城ファンなら必ず持っているというほど有名な本だそうだ。サイバーパンクなSFやマンガのモチーフに繰り返しあらわれる「荒廃した都市風景」をそのまま絵に描いたような感じ。ただ、本の後半半分にあるインタビュー集を見てみると、住人たちはフツーの中国人という感じ。3000円を超える、やや高い本だし、重たそうだし、ひょっとすると英語版だと安い可能性もあるかと思って、あとでAmazon.comで検索することにして購入は控える。
ネットで九龍城塞ファンのサイトを眺めて知ったけど、どうもこの魔窟に実際以上の「独自世界」を認めてしまうのは一部の日本人や欧米人であって、香港人はあんまり何とも思っていなかったらしい。まあ当たり前か。航空ファンの中に啓徳空港の熱狂的ファンというのもいるけど、あれに地元の人ってどのくらいの割合でいたんだろうかって思うと、案外あれも外野の騒ぎ方のほうが大きかったのかなという気もしてくる。どっちにしても、九龍城塞や啓徳空港の消失を惜しむ人々がいまだに世界中にいるんだから、香港というのは不思議なところだ。得てして地元の人というのは、せっかく外部者にアピールできるモノをもっていても、そうとは思わずに「後進的、不衛生、犯罪の温床」などといった理由で<負>の部分を一掃してしまう。シンガポールが露天屋台を排除したと同時に観光客を失い、台北が非合法な猥雑な商売を市内から一掃したと同時につまらない街になってしまったと言われるのも、似たような話だけど、香港も九龍城塞や、啓徳空港がなくなり、なんだかひなびた中国の一地方都市とみえてくるようじゃあ、もう観光客も引きつけられないよね。
Amazonで九龍城の写真集を検索していて、中野正貴という写真家の写真集が目に止まった。香港を撮った『SHADOW』。香港の地名が並ぶだけの目次を見ただけで、猛烈にほしくなる。もう1冊、どうやって撮ったかはよくわからないけど、人っ子ひとりいない銀座や渋谷の街角の風景の写真集『TOKYO NOBODY』。タイトル的には都築さんの『TOKYO STYLE』の二番煎じの雰囲気も若干あるにはあるし、一発ネタっぽさもあるのだけど、これも見てみたい。どっちにしても、ぼくらがまいにち暮らし、知っている「東京」とは何か違うモノが、この写真集にはありそうだ。そういえば、アメリカのアニメオタク界には、日本人や東京人が知る由もない「MegaTokyo」というジャンル(作品?)があるけど、ああいう風に都市のイメージが実際の都市とかけ離れたナニモノかを象徴するようになるのは驚くような話じゃないってことだろう。
関連して出てきた廃墟写真家、小林伸一郎の写真集の数々も、かなり気になる。しかし……。こういうふうに廃墟に惹かれると公言することに、心の欠陥を公然と認めることになるんじゃないかという危惧を感じないわけでもない。廃墟を愛でたり、廃墟にノスタルジーを感じる心性は、たぶん破壊、破滅、退廃、嘆美というような甘ったるいロマンティシズムと直結している。ニヒリズムとかいう高尚な話じゃなくて、秩序や活力に対する漠然とした嫌悪っていう程度のことで、たぶんそれは現実逃避的な幼稚な精神の産物だろう。廃墟を語るときに廃墟オタクが語りがちなタナトスとかエロスとか、そんなブンガクかぶれのキーワードが出てくると、およそ言い訳的に響き、うさんくさくなってしまうのはそのためだと思う。
九龍写真本は、Amazonで検索してみた結果、英語版はほとんど絶版に近いうえに97ドルとえらく高いことがわかったので、あした本屋で購入することに決定。

2004/03/10(Wed)

九龍城塞写真本購入。ぱらぱら眺めてみる。複雑怪奇に入り組んだこの治外法権スラムビルで、上水道問題がどういう歴史をたどったかというのを読む。とてもおもしろいのだけど、なんとなく「そんなこと、別に知りたいことじゃなかったのに」という気もする。やっぱり何か現実世界とはちがう、パラレルワールドのような非現世的世界を見てみたいという欲求があるんだろうか。この本は、あまりに現実のままの九龍城の写真とレポートなの、そういう意味ではちょっと違和感。ぼくが求めていたのは、本当の九龍城塞にかぶせられてきたモノクロ写真集のような、幻想的イマージュとしての九龍城塞なんだろう。
表紙はちょっとかっこいい
鈴木大拙『禅と日本文化』(北川桃雄訳、岩波書店)、読了。すばらしく明快でおもしろい。力強く、深く、透徹した知性にほとんど感動。岡倉天心の『茶の本』もそうだけど、もともと日本という国や、日本文化を解しない外国人向けに英語で書かれた本なのに、それを50年とか100年、つまり2世代とか3世代たって、推定日本人であるはずのぼくが読み、「なるほど日本文化って、そういうことなのか」と思うってのは皮肉な話だ。ほとんど近未来SF的な構図じゃないか。いや、単純にぼくの教養のなさが問題なのかもしれないけど。かつて汲めども尽きぬ創造的エネルギーの源泉であり、日本文化の基底層に豊かに脈付いていた「禅」の世界観や思想といったものを、美術、武士道、剣道、儒教、茶道、俳句といった日本独自の文化との関連で語る。いわく、「禅以外の仏教各派が日本文化におよぼした影響の範囲は、ほとんど日本人の生活の宗教的方面に限られたようだが、ひとり禅は、この範囲を逸脱した」。なぜ禅だけが、それほど広範囲に影響を及ぼしたかというと、それは「禅は精神に焦点をおく結果、形式(フォーム)を無視する」から。教義や思考を介さずに、上層構造を一気に突き抜けて、本質をつかめと教えるために、あらゆる表現形式のベースとして多彩なアマルガムを生み出したということらしい。
どの章も目が覚めるようなおもしろさだけど、儒教と禅の関係を語るところにある東洋思想史的なくだりが、これまた勉強になっておもしろい。インドで生まれた仏教思想や世界観を、中国人が道教や儒教との関係でどう受容し、自分たちのものとして昇華していったのかということや、それがいかにして日本に流れ込み、日本の風土のなかで、こんどは神道となぜ手を取り合って受け入れられたのかという大きな絵が描かれる。
禅は「知的作用や体系的な学問に訴えぬ」ものであり、「純正の意味の創作に関連した事柄は、いかなる事でもみな、真に「伝え難き」もの、すなわち論議を主体とする悟性の限界を超えたものである。それゆえ、禅のモットーは「言葉に頼るな」(不立文字)というのである」というとおり、禅は言語を超越したもの、言語と相容れないものとして説明される。
西洋哲学のように言語や論理による体系ではない、ということをもって「知的な営みではない」ということはできないし、また、「悟り」と呼ばれる体験や直感がどのようなものであるのか、その性質が説明不可能なものであることは意味しない。鈴木大拙は多くのたとえ話や、逸話、芸術作品の解題を通して禅の説く「孤絶性」、「無心」、「一即多、多即一」といったものが何であるかや、日本芸術の根幹をなす<わび>のなんたるかを解き明かしてくれる。
多様な表象として目前に現れる世界や、雑多な思念や生活のあれこれ、そういった上層部の意識という層をぶちぬいて、禅は存在の深みに達して直接に感じとること教える。千年前も今も人間の生理的条件はそう変わらないだろうから、もし、多くの禅の修行者が悟りを開けたものであれば、確かにそれと同じ体験をぼくもできると考えるのが合理的というものだろう。と、「合理的だ」などと言ったとたんに、禅匠にはボコスカ殴られてしまうらしいけど。「禅がまず知性と闘うのは、知性というものが実用には役立つであろうが、われわれが自分の存在をふかく掘り下げようとするのを妨げるからである」と大拙は書いている。
どうしよう……。あまりにもインパクトが大きいので、読後感想のメモさえまとめられない。ともかく時間のあるときに読み返したい。それが一体何だかわからないけど、禅に強烈な魅力を感じる。
知識には3種類あるという。
●読んだり聞いたりして得るもの
●科学的と言われるもの
●直覚的な理解の方法によって達せられるもの
三番目の知識は西洋的世界では無視されるか、およそ存在しないことになっている。現代日本でもあまりハッキリと主張することははばかれるような雰囲気がある。だけど思うに、「直覚的知識はあらゆる種類の信仰、とくに宗教的信仰の基礎を形成しており、最も能率的に危機に応じ能うのである」という主張には、きわめて強い説得力がある。知識の目的は知識の伽藍を作り上げることにあるのではなく、その究極目標は世界の把握であり、それにより心の平安を得ることだとしたら、二番目の知識を際限なくいくら蓄えても世界は解明も把握もできないという主張には、おおいに耳を傾けるべきだ。ヴィトゲンシュタインのように、わずか7章で「人生の問題は解けた」と言って沈黙できる哲学者が、果たしてどれほどいるだろうか。
意地悪な見方をすれば、「言葉や理屈じゃないんだよ」という主張は、他者とのコミュニケーションや、言語や論理による世界把握の不可能性に対する絶望感からくる反動のようにも感じられる。「めいめいに直覚すればいいのだ」という主張には逃避する弱者の、世界に対する消極的な態度を認めることも、できないわけでもない。ぼくは「言葉や理屈じゃないんだよ」というのが非常に嫌いで、そこには思考の敗北宣言しかみないけど、禅のいう「言葉や理屈じゃないんだよ」が、そういうものとはまるっきり違う質のものであることは自明だ。自明とか言っちゃうし。「これは説明不能だ」という言語に還元できない感覚器官上の直感を、ひとつの公理として人生という体系に組み込むことで、心が平和になり、人生が豊かになるものなら、それでいい。
グレゴリー・チャイティンが数学的真理の多くは、理由があってそうなっているというより、たまたまそう存在しているに過ぎないのだから、そういう論理的証明ができないファクトの証明に拘泥するより、数学者はそれを公理として受け入れて前へ前へと進むべきだと言った話にも、どことなく似ている。
動物に不幸がないように見えるのは、彼らが言語という異物に病んでいないからだとも考えられる。とするなら、動物である人間にだって、もともとそういう言語に煩わされない「無我」の状態はあったはずだし、そういう原初的な状態の体験を瞑想などの訓練によって得られないとは断定できない。そうした体験を清涼剤か解毒剤のようなものとして手に入れられるものだとしたら、これは何ものにも代え難いものになるだろう。周到な大拙は、<わび>の超絶性や孤絶性を儀式として完成させた茶道に世俗から逃れる消極性があること認めたうえで、こう言う。「読者はわびは多少消極性質のものであり、人生失意の人の楽しむものと考えるかもしれぬ。これはある程度事実である。しかし、その生涯のある時期に、一、二の薬剤や清涼剤・刺激剤を必要とせぬほどに真に壮健な人が幾人とあろうか」。
岡倉天心の『茶の本』には、そこはかとない諦念とペシミズムが漂っている。それは、実は天心の東洋的なるものへの賛美が、西洋人に向けられたものというよりは、猛烈なスピードで欧化していく当時の日本人に対して向けられた、絶望的な批判であり警鐘であったからだという。いっぽう天心よりも10歳ほど年下の鈴木大拙は、日本人にたいしてそういう危機感はほとんど持っていなかったようで、翻訳版の序文に「邦人にも参考になることもあらんかというので、こんなものができたわけである」と書いている。やっぱり天心のペシミズムは個人的な「裏切られた人生」という体験から生まれたルサンチマンから来ているのだろう。

2004/03/11(Thu)

南の島

某素材集系D社Aさんが、新作素材集を持って来社。ページを繰ると美しい写真の数々が。つい南の島をぼんやり眺めてしまう。

2004/03/16(Tue)

カフェイン

船山信次『図解雑学 毒の科学』(ナツメ社)を拾い読み。そうかアルカロイドって血液脳関門を通り抜けるから脳みそにダイレクトに働きかけるのか。って、基本でしょうか。血液型と性格の相関を、もっとも強力に否定する根拠としてよく出てくる血液脳関門ですが、ぼくは実はこの血液脳関門というのはどっか首根っこあたりにある特定部位で、ぐにゃぐにゃした塊か何かだと思ってました。うーむ……。「関門」という呼び名が悪い。英語では「blood brain barrier」、略してBBBと呼ぶらしい。関門というと関所のようで何かゲートがありそうな感じだけど、barrierといえば柵のようなイメージで、こっちのほうが現実に近いんじゃないだろうか。
BBBは脳内の毛細血管の壁のこと。脳内の毛細血管は、ほかの身体の毛細血管とちがって壁の穴が小さいらしい。このため、酸素、ブドウ糖、神経伝達物質などの特定のごく限られた化学物質しかBBBを通らない。必ずしも分子量の低い物質が通りやすいとは言えなくて、デッカイ分子でも通るものはあるらしいので、「穴が小さい」というのはあくまでも比喩らしいけど。BBBのメカニズムは、どうやら詳しくわかっていないらしい。ともかくBBBは、有害な物質が脳内に侵入しないようにブロックする重要な役割を担っているということ。
BBBの厳しいフィルターがあるために、物質的に脳細胞は血液と直接接触していないことになる。ABO式の血液型を決定するのは、赤血球表面にある抗原の糖鎖の種類の違いで、赤血球も糖鎖もBBBを通過できない以上、脳細胞に血液型が影響を及ぼすことは考えられない。それが「脳に血液型はない」と言われる理由で血液型と性格に相関はないというコトに対する、まあいちおう説得力のある医学的根拠。
ともあれ。最近気になっているのがカフェイン。カフェインはアルカロイドの一種でBBBを通過する。図解の本で見ると、その通過する様子を妙にリアルに想像してしまう。カフェインは脳みそに侵入する……。
よく考えると、ぼくはコーヒーとペットボトルのお茶、コーラを合わせると、平日は1日に1.5〜2リットルぐらいはカフェイン含有飲料を飲んでいる。このところ、何をやっても落ち着かないし、集中力が続かないのは、このせいじゃないだろうか、とふと思った。仕事以外では、それなりに活動できるのに、仕事となるとサッパリ手に付かない。うん、これは明らかにカフェインのせいだ。仕事以外なら問題はないのに、仕事だけがダメなんだから、これはカフェインのせいだ。カフェインのせいにちがいない。
というわけで、試しにカフェインをしばらくやめてみることにした。効果があるかどうかを見るために、しばらく一切のカフェインを断ってみよう。
ニコチン、エチルアルコールと来て、ついに最後の砦、カフェインです。どんどんつまらない男になって行っていると言えなくもないですが……。ほどほどってことができない男なのです。

2004/03/17(Wed)

要観察の頭痛

1日カフェインを断ってみたら頭痛が始まった。ふだん1日や2日ぐらいカフェインフリーになることはしょっちゅうあるはずなので(たぶん)、これにはたぶん因果関係はない。
カフェインを日常的に多量に摂取してる人が急にカフェインを取らなくなると、4〜5日ほど頭痛が続くという。その頭痛が起こっている最中にカフェインを摂取すれば、痛みは一発で消えるという。
いちおう試してみるかとコーヒーを3杯立て続けに飲んでみた。頭痛は去らず、効果なし。寝不足と軽い風邪の症状というところらしい。残念。劇的な効果を感じてみたかった。
夜には頭痛が去ったので、またしばらくカフェインを断ってみて、それで頭痛が出るかを見てみよう。
二日酔いをのぞいて、自分には頭痛の経験がほとんどないと思っていたけど、よく考えると、「頭痛を気にしていない」というのが正解じゃないかという気がしてきた。今回の頭痛も、カフェインのことがなければ、特に意識するほどのこともなく「本調子じゃないかな」程度で記憶にも残らないものだったように思う。

2004/03/18(Thu)

パソコンを趣味に

元上司に(と、ぼくが元上司というときには、だいたい4、5人ぐらい相当する人がいるけど)、「最近ふとパソコンを趣味にしてみようかと思ったんです」と言ったら笑われた。何を今さら、という。
大学生のときには、学校の講義にも出ずに1週間こもりっきりでプログラムを書いたり、学生のくせに毎月10万円ほどをパソコンのパーツ購入代にあてていたりと、激しいパソコンオタクだった。毎月10冊近くはパソコン雑誌を隅から隅まで読みあさり、かなりカタい教科書的な本もバキバキと読破していくほどの熱心さだった。
いまは、週末に本屋に行くとパソコン雑誌の棚のまえを歩くだけで気分が滅入ってくるし、自宅のパソコンも最低限度のメンテナンスしかしない。
この差は何だ。まあ、飽きたとか、忙しいとか、パソコンって最近おもしろくない、とかいろいろとあるけど、いちばん大きいのは、やっぱり「趣味が仕事になると」ということなんじゃないかという気がする。だとしたら、ぼくはまたパソコンを趣味にすると、きっといいことがあるんじゃないかと思う。

2004/03/19(Fri)

見つめられるような

Museum of BAD art、略して「MOBA」。スローガンは「too bad to be ignored」。このMOBAムーブメント(笑)に火をつけたのは、「Lucy In the Field With Flowers」と題された油絵。
Lucy In the Field With Floweres, Boston。作者不明。ボストンのゴミの中から拾い出されたものだとか。
単にヘタなだけじゃないし、ヘタウマなんかでもない。きわめて真剣にヘタである。ここにある絵を見ていると、笑いが止まらないような、見ていて恥ずかしいような気がしてくる。子どもの絵じゃなくて、何かを意図して真剣に描かれた失敗作たちだからこその、「目標を大きくはずしてしまった」エネルギーが、絵から立ち上ってくる。
このサイトは、「Dog」とか、「UNSEEN FORCES」とか、すごい傑作ぞろい。見ていると恥ずかしい。「意図はわかる、、、いや、ワカラン! ともかく大失敗。才能ないよ、あんた」という絵ばかり。
超ヘタな歌でアメリカ中の人気モノとなったウィリアム・ハンに通じるものがある。なんで目を奪われてしまうのだろうか。

2004/03/20(Sat)

侮りがたし、吉村作治

吉村作治『ヒエログリフで学ぼう!』(荒地出版)、読了。カラフルでかわいい図柄のヒエログリフをゆっくり眺めながら読んでも2時間で読めるのに、話は壮大で大変に面白い。古代エジプト3000年の歴史で、150〜200人はいると言われるファラオのうち、吉村先生が特に選んだ10人について語ることで、この30世紀(!)にも及ぶ歴史の大きな流れを描く。壮大な歴史なんだけど、たとえ話はたくみで結構卑近。「ああ同じ人間が生きていたんだな」と思えるくらいに、現代人的な感性で社会も人間模様も描いてくれる。こんな感じ。
どんな時代でもそうでしょうが、強い女性を妻にもった男は、当然のように恐妻家になります。「仕事、仕事」と外にばかりいて、家に寄りつこうとしません。また、偉大な祖父や父親をもった妃は「ファザコン」になり、家庭の中では夫を足蹴にして、息子を猫かわいがりにします。そして、息子のクフは、ご想像のとおり「マザコン」になるのです。この図式は、5000年前であろうと、現代であろうと、まったくかわりありません。
5000年前のことだから、しょせん何が起こったかなんてホントのところは誰にもわからないわけだろうけど、まあ、見事にもっともらしい歴史や当時の日常、世界観、宗教観が描き出される。歴史を読み解く本当の鍵は、ヒエログリフとかの文字や歴史的資料の解読なんかにはなくて、小さな発見をつなぎ合わせる人間の想像力と、そのための人間や人間文化に対する理解力だってことだ。
テレビを見てると、そんな感じしないけど、吉村作治って、こんなに才能のある人だったんだ……。ゴーストライターが書いたんじゃないかというほど、文章のノリも絵の内容や構成も安定していて、よく練られている印象。書いた人も、企画・編集した人も、絵を描いた人も、みんないい仕事してるなぁ。楽しいだろうなぁ。
岸祐二『手にとるように民族学がわかる本』(かんき出版)、読了。ありがちな本で、よくまとまってるけど可もなく不可もなく。しかし、こういう「概説入門本」って、やっぱり読まなくていいのかもなって、また思ってしまった。特に民族学のようなジャンルでは書き手の洞察やディテールがおもしろいはず。中立的な立場で俯瞰図を作ると民族学ってのはきわめてつまらない雑多な情報の寄せ集めになってしまうのだなと思った。

2004/03/21(Sun)

隣人を愛さなかったローマ教皇

大澤武男『ローマ教皇とナチス』(文芸春秋)、読了。日本人にはアンティセミティズムってよくわからない世界だけど、この本を読むと、ヨーロッパ世界に抜きがたく蔓延している反ユダヤ感情の根深さがよくわかる。ユダヤ民族にたいする憎悪は、決してナチスや、ナチスを支持した当時のドイツ人だけにあった特殊で一時的な心情なんかじゃない。勉強になったので、ちょっと本の内容をまとめておこう。
ナチス台頭のころに、ローマ教皇に在位したのは、生粋のローマっ子にして、子どもの頃から神童の誉れの高かったエウジェニオ・パチェリという人。後に、ピウス十二世を名乗ることになるこの高潔な聖人は、一日の平均睡眠時間が4時間という教皇の激務を、水とパンと果物だけで耐え抜いた超人的な信念、信仰の人。ピウス十二世逝去の報に、世界中から彼を慕う信者が集まり、三日三晩にわたって「1分間に500人が遺体の前を通過した」というほど膨大な数の人々が彼の死を悼んだ。
それほど人格高潔な男で、立場的に言えば地上におけるキリストの代理者であるような人間が、ナチスの蛮行を知りながら、それを止めようとはしなかったばかりか、沈黙してしまった。ナチスに迫害されるセルビア人やユダヤ人から、救援の要請や嘆願を受けても、すべてこれを黙殺して、行動を起こすことも、声をあげてナチスを非難することもしなかった。「隣人を愛せ」と教えるキリスト教、そのモラルの体現者である教皇みずからが、積極的ではないにしても、ナチスの人類史上に残る残虐行為を黙認してしまった。
今でもよくローマ教皇がステムセルの研究やヒトクローンに反対表明をしたりして、西洋世界のモラルの番人として、絶大な影響力を持っているってことが、日本人にはよくわからなかったりするけど、教皇の声明によって、世界は動く。もしパチェリが教皇としてナチス非難の声明を出していれば、ナチスも、あれほど短期間に大量虐殺を行なうことはできなかったはずで、これは未必の故意と言える。
ここには、「なぜ」という不可解さがある。それほど聖人のほまれの高かったパチェリが、なぜ沈黙してしまったのか。あるいは、なぜ沈黙せざるを得なかったのか。著者は結論として、大きく3つの理由を挙げている。
●ドイツに対する彼個人の尽きることのない愛と傾倒。
●数億の信徒を擁する教会の組織、制度の統治者として、全体の安泰を願い、ナチスとの対立による教会への攻撃を避けたいという政策的立場。
●宗教をアヘンとし、教会を攻撃して多くの聖職者・信徒を拷問などで殉教へと追いやったボリシェヴィズムに対する強力な防壁としての役割をナチスに期待するほど徹底した反共主義。
ヴァチカン大使として長期間の滞独体験を持つパチェリは、ドイツ語が母語だというほどドイツ語に通じ、ドイツとドイツ人を愛していたという。ヴァチカンに戻って教皇になってからも、周囲にドイツ人を登用し、飼っていた小鳥にもドイツ名をつけるほどだったという。ドイツ滞在の体験が、よほどすばらしいものだったようで、ドイツへの愛着は終生変わらなかったという。
ところが、その大使時代に遭遇した別の事件がまた、彼の人生に暗い陰を落としている。「第一次大戦後のドイツの混乱と窮乏をまざまざと見聞きし、その中で神と宗教を否定する共産主義者たちが起こした革命の無秩序に接し、自らも生命をおびやかされるという体験をした」。このときパチェリは、ユダヤ人革命家に自動小銃を胸に押しつけられるという体験をしていて、それをその後も何度も夢に見て悩まされたという。当時、戦後の混乱の中でソ連からドイツに流れ込んできたボリシェヴィキ革命は、革命というよりは、単なる蛮行と略奪の別名のような状態だった。で、その当時のドイツ社会でしばしば主張されていた主張は、「ユダヤ人はボリシェヴィキ革命の張本人である」というもので、パチェリ自身もユダヤ人革命家への嫌悪を繰り返し強調していたという。
そもそも19世紀末、カトリックとプロテスタントを問わず、当時のキリスト教会においては反ユダヤ思想は完全に定着していたものだった。「ユダヤ人は神の言葉に耳を貸さず、かえって救い主キリストを十字架にかけて殺してしまったため、天罰として祖国を失い流浪の民になった。ユダヤ人のみじめな状態は、彼らの頑固さゆえであり、自業自得の結果なのである」。
これは、何も19世紀末の話じゃなく、21世紀初頭でもまだ全然同じことだったりする。最近アメリカで封切られたキリストの生涯を描いた映画が、猛烈にユダヤ人の反感を買っていた。彼らは千年も二千年もかかって、いまだにわだかまっている。パレスチナでは血を流してもいる。これは「アメリカ人が」とか「西洋人が」「アングロサクソンが」「キリスト教徒は」という問題じゃないようにも思う。人間は、常に自分と異なる人間を排除してきたし、これからもそうなんだろう。
ともあれ、当時ドイツのみならず、ヨーロッパ全体を覆っていた反ユダヤ感情は、皮肉なことにユダヤ人の解放や社会進出が進むにつれて醸成されていったものだと著者は指摘する。「ユダヤ人の解放が実現したまさにその時代に成立するアンティセミティズムの背後には、まぎれもなく永年にわたり軽蔑と差別の対象であったユダヤ人の急激な社会進出に対するヨーロッパ・、キリスト教社会の嫉妬やねたみ、怒りとおそれがくすぶっていたのである」。
反ユダヤ思潮の中で育ったパチェリが、実際にどれほど影響を受けていたかはわからないけど、そうしたヨーロッパ全体の空気から、いかな聖人といえども自由であったとは考えづらい。しょせん個人は時代と場所に規定される存在だ。
ただ、反ユダヤ的感情が「沈黙」の直接の理由だったわけじゃない。親ナチス的政策をとり続けたパチェリには、それ以外にほか、取るべき道がなかった。軍隊を持つわけでも、権力を持つわけでもない教皇に何ができるのか。永遠の都ローマを守るため、カトリック教会を守るために、パチェリは、「キリスト教を公然と迫害し、宗教を抹殺しようとする共産主義に対する防波堤として、まだ「まし」なナチスとの協約に傾いていった」。実際にローマ教皇庁はナチス政権とコンコルダート(協約)を結ぶことになる。「教皇ピウス十一世と、まだ国務長官だったパチェリは、ヒトラー内閣成立直後におけるナチ政府の宣言が(表面的にではあるが)、キリスト教信仰の宣伝をしていることを高く評価し、ヒトラーこそ、教皇庁がもっともおそれ、憂慮している共産主義に徹底抗戦することを公言した、最初にして唯一の国家元首であると評価したのである」。後知恵で言えば、ナチスとの協約なんて守られるわけもないわけで、これがそもそも悲劇の始まりだったとも言える。ナチスは条約の取り決めに拘束されている、などという気はなかった。ヴァチカン側にはボリシェヴィズムの防波堤という政治的打算があり、ナチス側にはヨーロッパ世論を都合のよい方向に導くという目論見があり、両者の利害は悲劇的なほど一致してしまった。
ナチスによる人種迫害や暴力が増えていった時期、ドイツ国内の司教たちは何をしていたのかというと彼らもまた沈黙せざるを得ない立場に追い込まれていった。反ナチ的な司教たちは「厳しい生活状況の中で、失業者の救済を大きく掲げて政権を握ったヒトラーの激しい行動力の中に、救いのごときものを感じ取ったキリスト教徒民衆が、熱狂的にヒトラー礼賛へと傾いていったという現状があった」。ナチス/ヒトラーに(政治的に)傾倒する教皇庁と、ヒトラー礼賛に酔う信徒大衆との間に挟まれ孤立していった。そして、「教義上ナチスの行動や主張は否定すべきであったものの、教会の安全に対する配慮などから、反ナチ的態度を公にとらなくなり、沈黙していってしまった」。
もちろん、みんながみんな黙っているわけではない。「カトリック教会の総本山と、その首長がナチスの犯罪に対して口を閉じたのとは反対に、ヒエラルキーの下に位置する地方の司祭や修道士たちの多くが、誰の指示も受けず、良心の声にしたがってナチスに抵抗していた」といい、そうした声がナチスの蛮行に掣肘を加える結果にもなっていた。パチェリが、ローマ教皇として5億人のカソリック信者と世界に向かって、公式にナチスの虐殺を非難していれば、人類史上最大の犯罪はかなりの程度防げたはずだ、と著者は指摘する。
パチェリが個人的に葛藤していなかったはずはない。痛々しい話もある。ローマがついにナチスの手に落ちたとき、教皇に向かって助けを求めて叫ぶユダヤ人を乗せたナチスの軍用トラックが、何台もサン・ピエトロ大広場を通り過ぎていったのに、それでもパチェリは沈黙を通した。パチェリは陰では多くのユダヤ人を教会にかくまったりして最大限に助けいたというから、目のまえで連れて行かれるユダヤ人たちの運命に、きっと胸が張り裂ける思いも持っていたはずだ。
ドイツの対ソ侵攻が停滞し、ドイツ敗戦の可能性が濃厚になってきた時点で、ヒットラーはかねてから計画していたユダヤ人種絶滅を実行に移す。このとき、東方への軍事物資輸送路線がユダヤ人の強制輸送に使われた。皮肉な話で、ドイツの対ソ侵攻が成功裏に進んでいたら、あれほど整然と効率よく人間を殺すことは、ナチスにはできなかったはず。
絶滅収容所自体も、収容所へユダヤ人を移送する路線も、アメリカ空軍は爆撃することはできた。日々5000から6000人のハンガリー・ユダヤ人が虐殺されていることを知り、各方面から訴えを受けていたにもかかわらず、アメリカ政府は絶滅収容所の空爆をしなかった。それどころか、訴えを受け取ってから6週間は何の反応も示さなかった。ユダヤ人救済を欧米諸国に命がけで訴えたロンドンのポーランド亡命政府のジギェレボイムは、無反応、無関心さに失望して自殺したほどだったという。収容所から逃れてきたユダヤ人の証言や、各方面からの情報から、ナチスが何を行っているか知りながら、アメリカは、イギリスは、連合軍は何をしていたのか?
ここにあるのは、行動への意志の欠如。「死の危機に瀕していた亡命ユダヤ人に複雑な入国規定を設け、受け容れをしぶっていた連合国側の政策にも<わずらわしい民>、<招かれざる民>にたいする消極的な救体制がにじみ出ていた」。ヨーロッパのキリスト教社会の中に潜む反ユダヤ思想が、ユダヤ人を救うための意志をキリスト教徒から奪ってしまったのである、というのがいちばん大きな結論。
パチェリの研究者、コーンウェルという人はこう言っている。「ホロコーストの現実に直面してのパチェリの沈黙は、単に個人の無能さを意味するものではなく、制度としての教皇と教皇によって造りだされたカトリシズム文化の弱い側面と無能さを意味している」。

2004/03/22(Mon)

デジカメムービー

ブログは古い。これはらはムビログだ。と、一人で唱えてみようかと思う。デジカメのムービー撮影機能を使ってみると、あんがいこれが楽しかったので、思わず自己紹介のムービークリップを撮ってみた。
これを見ている人で、もう何年もぼくに会ってない人、オンラインでの縁はあってもぼくに会ったことのない人、いったいこいつはどんなヤツだろうとか思ってる人、そういう人はこのクリップをどうぞ。英語でもしゃべってみました
自分が思う以上にカツゼツが悪いなぁ。もごもご言ってる……。日本語も英語も上手に話せるようになりたいので、実はこういうふうに自分のしゃべりを定期的に眺めて恥ずかしい思いをするというのは大切なことじゃないだろうか。

2004/03/23(Tue)

個人情報500円

YahooBBから500円が届いた。1日ずれた日付で同じものが2通届いたのはなぜ? それぞれよく読みもせずに5秒で捨ててしまった。
船山信次『図解雑学 毒の科学』(ナツメ社)、読了。図解の図に、出来の悪いパワポばりの図が多いのは気になるけど、まあ、おもしろい本。毒の化学、生理学的な解説だけじゃなくて、歴史上の逸話、日本の法律の話なんかの雑学もいっぱいでおなかいっぱい。
毒と呼ばれる化学物質が神経系に働きかけ、全身麻痺や呼吸困難を引き起こすメカニズムって、実は概念的にはいくつもパターンはなくて、神経伝達物質とかイオンチャンネルが機能しなくなるって図が繰り返し繰り返し、いろんな毒で登場する。ははぁ、なるほど、毒ってそういうことだったのねとよくわかる。と、そんなことよりも、たとえば世界最強のボツリヌス菌の「ボツリヌス」って、ラテン語で「ソーセージ」という意味だってことに、妙に驚いてみたり。嫌気性で加工食品中でしか増殖しないために、ヨーロッパではソーセージを食べて死ぬ病として古くから知られ、おそれられていたから。あと、ガマの油って本当にあるのね、ぼくはあれは単なる口上だと思っていた。ガマの油はブファリンとかセロトニン、ブフォテニンといった物質で、皮膚からにじみ出す乳白色の分泌液を精製したものらしい。「鏡の前にガマを置き、おのれの醜さにたらりたらりと……」というのは嘘で、実際には小さな箱にガマをたくさん入れて、棒でつつき回してストレスをかけて分泌させたんだとか。現在売られているものは、ガマの油成分が入ってないって。

2004/03/24(Wed)

ぶつぶつ硬貨

バタバタしている夕方、突然の来客。担当者が電話かけまくりで忙しそうにしていたので、代わりに1時間ほどメーカーデモに出る。もともとぼくの担当範囲とも重なっているので、別に「代わりに」というほどの意識はなかったけど、デモから戻ると机に小さなお菓子の袋が置いてあった。袋には「ありがとうございます」とある。これこれ、これが職場通貨ですよ。
女性らしい気配り(?)。見習わねばと思った。

2004/03/25(Thu)

海に行きたい

久しぶりのプール。3週間以上もあいてしまった。1kmが19分半。ダメかも。夏に海デビューするんだと決心でもしないかぎり、この体たらくは改善しないような気が。

2004/03/26(Fri)

退屈な人生

ふと拾い上げた本の序文を読む。買ったきり置いてある中西輝政の『国民の文明史』。
終始、私を衝き動かしてきたのは、「歴史を本当に動かしているものは何なのか」という関心、多少飾って言えば、やむにやまれぬ関心、というものだったと思う。もちろんそんな問いに、簡単に答は見つかるものではないのだが、大げさに言えば、自分の生きている間にその答えのいったんでもいいから、是が非でも見つけたい−−見つけたと思えるようになりたい、という本当に強い気持ちがあり、それがあったから、この退屈な人生を生きてこられたのだと思う。
「飾って言えば」「大げさに言えば」と二度も書いているからいいんだけど、ちょっとカッコつけすぎじゃないだろうか。やっぱりこの人は信用できると思う。
1日5分から10分と、本当に少しずつ練習しているジャグリング。少しずついろいろと上達しているけど、今までまったくできるように思えなかった「ボックス」が、ようやく2週間たって回転し始めた。2サイクル、5キャッチ成功。動画を撮ってみた。青いボールは左右の手を水平に行き来しているだけで、残りのボールは左右の手の上を垂直に動いている。見た目のインパクトは、あんまりないし簡単そうに見えるのだけど、案外むずかしいです。美しくいけば、軌道は「コ」の字を右に90度倒したような形に見えるはずだけど、なかなか……。やっぱり1日5分とかじゃなくて、せめて30分ぐらいまとめて練習する日がないと上達しないらしい。
動画を撮ってみました。これがボックス。

2004/03/31(Wed)

サバン的脳状態

ディスカバリーチャネルを見てたら、サバン症候群の研究をやってる人が出てきた。驚くのは、外部から強めの磁力パルスを脳の特定部位に与え続けると、健常者がサバン的な状態になって、突然に絵がうまくなったりするような実験をやってること。誤植のある文章の校正をやると、ふつうの人ならすべて見落としてしまうような速度で流れる文字であっても、サバン的状態にある人は、半分ぐらいを見つけだしてしまう。
途中から少し見ただけなのでよくわからないけど、どうも脳のある範囲の活動を低下させるということらしい。サバン症候群の人たちって、どっかおかしい印象を健常者に与えるわけだけど、もしかするとあれって、要するに脳の働きに極端な偏りがあるってことじゃないのかしら。
その博士は、もっとすごい実験をやっている。脳にセンサーをつけて、リアルタイムに脳の活動をモニターして、サバン症候群の人たちの脳が示すのに似た状態になった部位を赤く表示するデバイスを作った。それをつけて、健常者は、どういう状態がサバン的であるかを把握することができる。すると、画面で自分の脳の活動を見ている健常者は、訓練の末に自発的にサバン状態に移行できるようになるという。サバン症候群患者が示すのような飛び抜けた創造力や異様な集中力を、健常者が意識的に発揮できるなら、それはすばらしいし、逆にサバン症候群の人たちが、健常者と同じ状態になるために何をすればいいかの手がかりが発見されるなら、それはもっとすばらしい。
右脳を使えという話は、いっぱいあって、どれも胡散臭いけど、もしかするとそういうことかもしれない。武芸でも芸術でも数学のような学問でもいいけど、何か複雑な物事をするときに精神的側面を強調するのって、そういうことかもしれない。剣道の水月の境地のようなものって、高度な運動を司る脳部位のサバン状態のことだったりして。
そういえば、以前やった集中力と正確性のテストでこんなのがある。「★※■●」といった数種類の記号がみっちりA3の紙に印刷されている。で、課題は上から順に各列で数十個ならんだ記号の中に含まれる★の数を数えるだけ。数えて合計を数字で書き込む。書き込むときに前列の合計と足していく。非常に単純なテストなんだけど、これを5分間やると、ものすごく個人差が出る。全部で50列ぐらいあるのだけど、人によっては「なんか法則があるのか?」とかややこしく考えている間に5列ぐらいで終わってしまう。まあ、それはテストの目的を被験者が理解していないってことで無効にしても、淡々とやっても、なかなか10列までたどり着けない。ぼくは「うーん、めんどくさいな」とか「なんかパターンや引っかけがあるのかな?」と考えてたら、10列目ぐらいで合計が合ってるかどうか、すっかり自信ががなくなり、12列目ぐらいでタイムアップだった。で、そのテストを実施している人に聞いた話では、ふつうの人の成績が8〜20列で正解率が90%程度のところ、オリンピックの代表に選ばれるような射撃の達人ともなると40列を越えて、人によっては最後まで課題をやりおえてしまうという。ちなみにそのテストの重要な目的は、仕事は速いけど不正確という人を見つけるためのもので、30列ぐらいまで回答するものの、ほとんどまちがいという正答率が極端に悪いという人がいるらしい。そういう人は、人命にかかわる機器の操作の職種につかないほうがいい、という。
集中力とか、脳の使い方ということを、少し考えてみてもいいのかもしれない。自分がどういう状態で、どういう気分のときに、どういう仕事がはかどるのか、とか。雑念いっぱいで気が散ってばかりの凡人でも、訓練次第で集中力があげられるなら、あげられるところまであげておくと、何かといいのかも。

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NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>