the other side of my days
ご意見,ご感想,ごいちゃもんなどございましたら
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>まで。


2002/09/02(Mon) カフェイン切れ
2002/09/04(Wed) すーっと収束する感じ
2002/09/08(Sun) あいつ
2002/09/09(Mon) サーバ設定
2002/09/10(Tue) 会議
2002/09/11(Wed) 赤外線キーボード
2002/09/13(Fri) タクシー
2002/09/14(Sat) 30歳無職男の肖像
2002/09/16(Mon) 32歳
2002/09/18(Wed) 初めてみる自分の脳
2002/09/28(Sat) ありえたかもしれない場所
2002/09/29(Sun) 今日こそ
2002/09/30(Mon) ドーバー海峡


2002/09/02(Mon)

カフェイン切れ

夕方,致死量に少し欠ける量のカフェインを摂取したくなる。豆も切れてるし,職場のエアコンがきつすぎてえらく寒いので,外で仕事することに。新宿南口スタバへ。平日のオフィスアワーのはずなのに,中も外も席がいっぱい。いったいみなさん何してる人たちなの? と,自分のことは棚に上げつつ。
2時間ほどプチプチ。日が暮れるころには,もうすっかり涼しい。

2002/09/04(Wed)

すーっと収束する感じ

遅れ気味の対談原稿。やっとテープ起こし。テープじゃないけど。2時間分のテープ起こしが4時間弱で終わる。あれ? そんなに早く終わるわけない気もするけど。これもICレコーダーのおかげか。録音データをPCに転送してしまえば,あとはF1〜F4あたりで再生,一時停止,巻き戻しの操作ができる上に,再生速度調整もきくので快適。なんと,この再生ソフト,フォーカスがきてなくても(アクティブじゃなくても),ちゃんとF4とかが効く。ある意味凶悪な設計だけど,エディタと切り替えながら操作する必要がないので便利。
起こしたテキストから,トピックを60個ほど抽出。それを打ち出す。キモになりそうなトピックを紙に鉛筆で書き写していく。トピック同士を丸でくくったり,矢印でつないだりして組み替える。消しゴムで消して書き直す。紙をにらむ。また書き直す。矢印の間を接続詞が流れる感じがして,全体が何となくぼんやり浮かびあがる。
大きく3つの滝を描いて,滝ノボリをする鮭のように滝の上にトピックを並べ直す。許された行数を滝ごとに割り振り,トピック数を調整。トピック間に目を泳がせると,しゃべった人たちの顔が高速に動く感じがする。違和感のある鮭を隣の滝へ移す。そうこうしていると,全体で1つの大きな筋が見える。
後は書くだけ。発言を思い出しながらガシガシとキーを叩く。長い発言は,カット&ペーストしつつ,ざっくり流れにはめ込む。文のお化粧直し。でもぼくは生っぽい口語文体が好きなので,思い切りリアルな口語のままテキストにする。
……,と,すんなり運べば問題はない。やっぱり行きつ戻りつで悩む。取捨選択したトピックの,そもそもの選択が間違っていたのじゃないかと思って,テキスト全文をもう1度眺める。URLをいっぱいクリックする。資料本をぱらぱらめくる。コーヒーなんか飲んでみる。無駄話のフリをして,同僚に「おもしろい話を聞いたよ」といって,口に出して聞かせることで論点を整理してみる。
そして想像どおり行数があふれる。無駄を省き,流れから浮いた部分を消す。消していく過程で,スッーという音が聞こえる感じがして対談の原稿というのは,最終形にまとまるもの。この着地点が見えてきて,ある場所にスッと収まる感じが,ぼくは好き。そして対談当事者に「うまくまとまってますね」と言われるのが楽しみ。だけど,どうも今回は着地フォームが今ひとつの気がして仕方がない。こういうときは悩みを一旦振り切って,着地してしまうのがミソ。着地は1度や2度はやり直せるから。
オチだと思っていた部分が,ちゃんと落ちてない。「落ち着かない」テキストになったなと思いながら,2,3度また全体を読み返す。1本分,まるごと滝を入れ替えたい気になる。ぼくがおもしろいと思って興奮したのは,ホントはここじゃないんだと後悔する。でも読者にはたぶん伝わらないのだからとあきらめる。どうすれば伝わるんだろうか。
100%なんて望むべくもないけど,なんだかモーティベーションが下がってる自分を感じる。「それなりに」まとまった時点で,タイムアップということにして対談した当事者にメールでテキストを送る。さて,どうだろうか。

2002/09/08(Sun)

あいつ

目覚めると14時。きっちり8時間,熟睡。寝床で2時間ほどテレビを見る。だらだら。
洗濯機を回しつつ,パソコンの前に座ると,お久しぶりの人がオンラインになっていたので,ちょっとだけチャット。
17時,急に友人に電話。シャワーを浴びて出かける。2年以上会ってない友人宅へ。夏の夕暮れ時はバイクが気持ちいい。
ココちゃんは,もう3歳になっていた。おしゃまなかわいい子。人見知りしない。ぼくのことなんて覚えてるわけもないのに,「けんちゃん,けんちゃん」と遊びたがる。
脳腫瘍で長くてあと5年と言われたというパパは,とてもそんな風に見えないぐらい幸せそうに見えた。2人目が明日にでも産まれそうだというママのお腹がはち切れそうだった。

2002/09/09(Mon)

サーバ設定

パソコンオタクの話です。会社のぼくの席の隣で眠ってたPentium4-1.5GHzのマシンに,HDDを1つ付け足してLinuxを入れる。FTPでDebian GNU/Linux。そうか,いつの間にか最新版のwoodyはフリーズされてたんだっけ。apache,dhcpd,ircdあたりを動かす。速いマシンは何をやっても速いなぁと感動。xemacsが「シャキ」と言ったと思ったら起動が終わってる。
SUCOPという2次元空間で繰り広げるチャットソフトが,どうも閉じたLANの中ではうまく動かない。起動してサーバに接続するまでにキッチリ1分5秒かかる。社内LANでうまくいって,3台構成のLANでうまくいかないということは,DNSを探しに行ってるってことだろうと,tcpdump -i eth0。しかし,53番関係のパケットは飛んでない……。
よくわからんが,こういうときは「思い悩むより apt-get」。apt-get install bind。手元に「BIND入門」なぞ持ちつつ。実はネームサーバーって自分で立てたことないんだけど,最低限の設定なら楽勝だろうと,/etc/bind/bind.conf あたりをほげほげ。
状況変わらず。あきらめる。時間はかかるけど,接続はされるんだし……。16ポートのダムハブ×2の口を1つずつチェック。会社の引っ越しにともなって捨てられようとしていた,10BASE-Tのバカハブ。ちゃんと動くやんか。えらいえらい。

気づくと午前1時。カガ氏と焼き肉を食いにウリへ。わひー,不健康な。カルビ食いまくり。カガ氏も会社に不満をたくさん持ってて,話が止まらない。

2002/09/10(Tue)

会議

狭い会議室でたばこを吸うのはやめてほしい。といいつつ,最近,いよいよ真剣に禁煙しないと喫煙者に逆戻りしてしまうと思うほど,たばこを吸うようになってしまった。せっかくやめたのに。
油断なんだよな,きっと。「1本ぐらい」という。本当に1本ぐらいなら大丈夫なんだけど,1本は2本になるし,2本は3本になる。

2002/09/11(Wed)

赤外線キーボード

年に1度開かれるキーボード&入力インターフェイス研究会という,自然発生的な会合で青山TEPIAへ。準備したLANとサーバを設置して,無線LANを設置して。無事,会場内チャットシステムは動作。よかったよかった。
その筋では有名な濃いぃ人ばっかりが集まる集会で,もともとはいろんなキーボード入力方式を趣味や仕事,研究で追求してる変人ばかりが集まる会合だったけど,今年からは入力インターフェイスと,ちょっとくくりを緩くしたということ。
とうとう体験できて感動したのが,下の写真のデバイス。レーザーで平面上に照射された架空のキーボードを叩くと,指の動きを赤外線が読みとってキー入力ができるというデバイス。平面さえあれば,どこでもキーボードってわけ。SFだ。詳細は内緒です……,ってことはないけど。感想は,うーん,ゆっくり丁寧に打てば,案外打てるな,というところ。ストロークがないというのは,意外と気にならないものです。
赤外線で指の位置を読みとってキー入力ができる,とっても未来的なデバイス。

2002/09/13(Fri)

タクシー

行きも帰りもタクシーな金曜日,13日。ああ,なんて贅沢な。といっても,自宅から会社まで昼間は1200円なんだけど。
元先輩のNさんと,微妙に先輩な2人と連れだって,4人で渋谷で焼き肉。仕事の内容の話じゃなくて,仕事の環境の話ばかりって,ある意味つまんないよなぁ。

2002/09/14(Sat)

30歳無職男の肖像

なんか悔しいんだけど,ついSPA!の見出しに惹かれてしまう。気持ち悪いなぁと思いながらも,SPA!の「ボクらの年金は……」なんていうボクラ文体を読んでいると,「あ,ぼくも入ってるのかな」とか思ってしまう。で,やられたなぁと思うのが,「30歳無職男の肖像」ってタイトル。いかにもやらせっぽい無職クンたちが登場して,「不安? そりゃなくはないけど,サラリーマンやって忙しくしてるより気楽ですよ」なんていう言葉に妙にリアリティがある。そして,無職の30代男っていうものを,世間はかなりネガティブな目で見ているのだという当たり前のことに改めて気づく。

ビックリマークの角度の違いが,時代というか世代というか読者層の違いを象徴しているけど,「諸君!(ビックリマークは45度)」10月号にも目を引かれる。西尾幹二の論考「なぜ『国家』から目を背けるのか−W杯・靖国・ナショナリズム」も気になったけど,「N・チョムスキー,E・サイード,S・ソンタグ−−米国じゃあっち向いてフン!−何故か」が目を引く。
なるほど,チョムスキーって,そういう発言をしてきたわけね。「政治は言語学よりはるかに簡単だ」というけれど,論理的思考能力とか,総合的分析能力だけじゃないってことなのか,政治は。チョムスキーの発言はどれも学者然とした潔癖さがありすぎるような気がする。ハッキリした証拠がないかぎり,受け付けずにキッパリはねつける。しかし,何がなんでも「すべての悪はアメリカに起因する」という結論に持っていこうとするのは,いくら何でも偏ってるのか。チョムスキーの本,読んでみたい気もするけど,どうせ読むなら,やっぱり政治じゃなく,言語学のほうだよなぁ。
アインシュタインやダーウィンに並ぶほどの「知の巨人」と言われる科学者が,政治的にトンチンカンなことを言うとういのは,十分にあり得ることなのかも。科学的な姿勢は政治に向かないということも,十分あり得る。カンボジアを逃れてきた難民が伝えるポル・ポトの大虐殺を「証拠不十分。難民は自分が見聞きしたことを誇張しがち」という理由で,「大虐殺があたかも既成事実であるかのように報道する姿勢は間違いだ」というのは,ある意味,学者的には正しい判断だったんじゃないだろうか。あやふやなデータで科学はできない。逆に,わずかな情報からでも先んじて判断しなければならないのが政治。

2002/09/16(Mon)

32歳

長生きすることのメリットは,それだけ死ぬときの苦しみが軽減されることです。と,誰が言ったんだっけ。とりあえず,32歳ごときじゃあ,まだ死ぬのは痛そうだ。

『言語の脳科学---脳はどのようにことばを生みだすか』(坂井邦嘉,中央公論),読了。要約すると,fMRIなど精密で非侵襲的な脳の観察手法の登場が,言語研究に大きな進展をもたらすでしょう,ということ。ちょうど実験物理が,理論を裏付け,発展させたように。失語症,バイリンガル研究あたりの話が興味深い。日本に手話が2種類あることは知らなかった。自然言語としての日本手話と,日本語とマイムの折衷言語としての人工言語,シムコムと。テレビで流れてるのは,さらにその折衷言語で,実は日本手話話者,シムコム話者ともに理解しづらいシロモノらしい。そうか,日本手話って日本語とは文法的にそれほど対応がとれてるわけじゃなかったのか。

2002/09/18(Wed)

初めてみる自分の脳

大学時代の同級生と2人で国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所というところを訪れて,MRIに入った。想像したほどではなかったけど,初めて自分で自分の脳を見るという体験は,なかなかインパクトがあるもの。ふつう誰でも,この写真のようなグニャグニャした物体が自分の頭の中にあることは知っている。でも,他人の脳を見るということと,自分の脳を見るということは決定的に違う。ような気がする。それはちょうど,誰もが地球が宇宙に浮かぶ姿を写真で見たことはあっても,実際に地球から出て実物の「地球」を見たことがないのに似ている,という。
これがオレなのか……。たったこれだけのヒダの中に,ほとんどオレのすべてが詰まっているのか。ここで悩んだり,怒ったり,笑ったり,酔っぱらったり,惚れたりしてるのか。ここに英単語を詰め込んでるのか。こいつが身体を制御しているのか。たったこれっぽっちの物質だと思うと,独我論などというのがまったく馬鹿馬鹿しく思えてくる。
とりあえず,パッと見てわかるような腫瘍や損傷,不自然さはないらしい。よかったよかった。言動がヘンと思っている人もいるかもしれませんが,ぼくは一応健常者ということで,文字認識や文法処理,音韻処理といった言語処理が脳のどの部位で起こっているかを調査する実験に協力したという形。目の前のディスプレイに次々に表示される文字列を見て,素早く正しい解答を答えるという課題を繰り返し,脳内の血流の変化を捉えるという。
ぼくは縦横で20枚ほどしか断面写真をもらえなかったけど,一緒にいった友達は,70枚ほどの断面をもらってた。それをパラパラマンガさせると耳の後ろあたりから脳の中身に迫っていって,向こう側のこめかみあたりへ出ていくという動画っぽくなる。これがイヤにリアルで気持ち悪い。
MRIによる脳味噌横割りの図。これ,ホントにぼくの脳です。眼球の上にあるのは被験者に図像を見せるための実験用眼鏡型ディスプレイの影。

2002/09/28(Sat)

ありえたかもしれない場所

雨上がり。寒くもなく暑くもない休日。TOEIC受検で仙川へ。笹塚から各駅で20分ほど。仙川はセンカワではなくセンガワと濁るらしい。知らんかった。降りて驚いたのは意外に開けた街ってこと。そして,なぜだか懐かしい。駅前のロータリーにあるファミレスもファーストフードも,狭く細長い商店街にあるコーヒーショップや天丼屋,居酒屋なんかも見識ったチェーン店が半分ぐらいだし,残りの個人経営の文具店,書店,雑貨屋なんかは,どこにでもある雰囲気。だから懐かしい気がするのか。
初めての場所だけど,今まで何度も来たことがあるような街。というのは,外国で感じるロマンチックな旅情なんかじゃなくて,本当の意味で「来たことがあるような」街,という意味。
どこでもない場所だけど,「ここでもありうる」という場所。ここに暮らしていてもおかしくなかったんだという不思議な感じがする。一体,東京,あるいは日本には,どれほど似たような街があるんだろうと思うとめまいがする。
住居,仕事,友人,人生のパートナー……,そういったものには無限の可能な選択がある。選ぶのは自分なのか,それとも選んだ気がしていても,運命に支配されているだけなんだろうか。ありえる可能な組み合わせと,実際に自分が遭遇する機会を比較すると,後者は比較できないほど小さい。それは,どういうことなんだろう。
すれ違うベビーカーを見やりつつ,ぼんやり考える。この土地で土曜のお昼に子連れの買い物を楽しむ人生だってあり得たかもしれない。
商店街を抜けると,たちまち郊外のたたずまい。何でもない木造アパートや小さな一戸建てが,どうしてだか懐かしくてたまらない。竹藪や畑から立ち上る湿り気のある土臭いニオイを胸一杯に吸い込む。お寺さんからかすかにお線香が香る。目的地のNTTの研修所に向かう道すがら,自分でもまったく説明ができないほどの幸福感に襲われて恍惚とする。
それにしても目的地は遠かった。よく見ると駅から徒歩18分と書いてある。どうりで。その18分の道中,どうもTOEIC受験者らしき人が全然歩いてないなと思ったら,試験日は明日だったらしい。どうりで……,はぁ。研修所の警備の人に「英語の試験は明日じゃなかったかね」と言われて,嘆息。
物心ついたころから「あんたはどっかしら抜けてる」と母親に言われ続けてきたけど,我ながらネジの抜け具合が心配。

雑誌,TIME,サイゾー,日経サイエンス。本,名字と日本人,THE APE AND THE SUSHI MASTER。テレビ,The Simpsons,FRIENDS,ED。

2002/09/29(Sun)

今日こそ

まだ雨の匂いが残るものの,さわやかな天気。気温が戻って今日はちょっと暑い。半袖。で,今日こそ間違いなくTOEIC。20号を西へ西へ,仙川へ。
いちおう金と時間を費やして受けている試験だし,もしかすると履歴書に書くことになるかもしれない資格試験なので,始まる前はやっぱり緊張する。まあ,どうせ実力以上のものも以下のものも出ないんだけど。リスニングで迷える選択肢に当たってからは開き直ってリラックス。淡々と問題をこなす。お正月に立てた目標点に届いたんじゃないかという気がしなくもない。
20号を東へ東へ。道は空いていて20分足らずで会社に到着。コーヒーを飲みつつ30分で短い原稿を1つ書いて帰る。

2002/09/30(Mon)

ドーバー海峡

コーヒーを入れながら無駄話しているとき,会社のアルバイトの女の子(といってもバイト歴10年近い年上,美人系)に,「泳げるんですか?」と聞かれた。会社のそばにあるスポーツセンターの話をしているときだったから,「そこのプールって,一般にも開放されていて泳げるんですか?」と聞いてるのかと思ったら,そうじゃない。ぼくが泳げるのかどうかという質問。どうも,ぼくが泳げるというのが驚きだったらしい。
ここ10年ぐらいずっと,なんでぼくは運動音痴に見られるのだろうかという悩みを抱えてきた。顔なのか?着ているものなのか?しゃべり方なのか?全部?どことなく?理系だったから?コンピュータオタクだから?
運動できるの?と驚かれるたびに「7歳の息子を海で1km遠泳させるような父親に育てられた」とか「中学の時はサッカーでフォワードやってた」とか「体育の時間は必ずクラス代表のお手本で,さらにお手本仲間の中でも“けんちゃんは真打ちやから最後やな”と言われてた」とか必死になって運動神経が良い(少なくとも良かった)ことを弁明する。これを読んでる知人・友人の中にも,もしかして「ほんまかいなっ」と疑っている人がいるかも。スキーなんか,めちゃうまでっせ。
「えーっ,信じられないけどぉ,昔のことだからねぇ,へぇ,む・か・しは運動できたんだー,ふーん」とか,言われれば言われるほどムキになる。すでに本人が想像する以上に体のなまりが始まっていた22歳のとき,なまっている自覚もなく,花見の席の酔った勢いでバク転してみせて頭から落っこちたこともあるぐらいムキになる。
と,書きながら結構恐ろしいなと思ったのは,その22歳のときからでさえ約10年。その後も1度か2度ぐらい回転してみせた記憶もあるけど,どっちにしても,そのたびに激しい腹筋痛に驚くぐらいには,体がなまっているわけで。こういうのを世間では年寄りの冷や水というんだろうなぁ。頭の中のイメージとしては,ロンダート→バク転→バク転→バク宙ぐらいは楽にできるのに……。
隣の編集部の先輩とカレーを食いながら,運動音痴に見られるという話をしたら,その先輩もまったく同じ悩み(悩むなよ)を抱えてたことがあったという。で,驚いたのは,比較的最近ホノルルマラソンを完走したその元陸上部の先輩が,ホノルルに行った理由は「運動音痴,スポーツできなさそう」に見える周囲の自分にたいするイメージを払拭するためのパフォーマンスだったと,サラリと認めたこと。そのパフォーマンス効果たるや絶大で,以後,社内でも人が見る目が違ったし,家族も一目置くようになったんだとか。そ,そういうものなのか……。
あまりハッキリ意識したことはなかったけど,スポーツの持っているパフォーマンス的な側面を急に思い出した。今どき「スノボーやるけどね」なんて言っても,あまりに誰もがやるし単なるレジャーになってしまったので別に何というイメージもないけど,それがたとえば「趣味でマラソンやってて」とか「ずっと剣道やってます」,あるいは「サーフィンやってまーす」とか,そういうのって,その人についてのナニモノかを物語る。たとえば,スカイダイビングとか,それを「やっている」というだけで,その人となりを雄弁に物語るスポーツ(スカイダイビングはスポーツじゃない?まあいいんです)もある。でも,ふつうは数字とかアコンプリッシュメントが必要。月に2回ジムに通ってるぐらいじゃ何も語らない。
で,ぼくは膝に不安を抱えてる人なのでマラソンは無謀として,水泳で何かパフォーマンス的行為はできないか,という話になった。ホノルルマラソンに匹敵する凡人的偉業として,真っ先に思い浮かんだのはドーバー海峡。距離ってどのくらい?向こう岸が見えるんでしょ?水平線の彼方って,見える距離はせいぜい 5km先なんだよね。向こうが見えるってことはせいぜい十数kmとか?
早速ネットで検索。史上445人目のドーバー海峡単独横断成功者となった女性が書いた「Dover Solo」という本の紹介文にヒット。えっ,445人目?そんなに少ないの?ホノルルマラソンって,年に何人完走するんだっけ?
37km(!)の海峡を9時間44分で泳ぎ切ったという彼女がこなした練習メニューには,こうある。「筋力トレーニングのほか,毎週泳ぐ距離を伸ばしていき……,最初は2万ヤード,それから4万ヤード,最後の1カ月半では最終的に1週間に8万ヤードまで伸ばした」。ヤードとかフィートとか,そういう単位やめてくれよっ,もうっ,と思いつつメートル法に変換して呆然。8万ヤードは73km。毎日10kmも泳ぐのかっ!しかも,仕事も家族も犠牲にすることなく,忙しい毎日の中で,ドーバー横断をやり遂げたというからスゴイよ。
今のぼくだと,1日に1kmも泳ぐと,もうボンヤリしてその日は仕事ができなくなるぐらい疲れてしまう。どう転んでも37kmなんて無理。というか,水温十数度という冷たい水の中を,1km15分のハイペースで10時間近くも泳ぎ続けるって,ちょっと人間業じゃないぞ。まあ並の人間業だったら,今頃とっくに万単位の人がドーバーを泳いでるか。

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