the other side of my days
ご意見,ご感想,ごいちゃもんなどございましたら
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>まで。


2002/03/02(Sat) 得した気分?
2002/03/05(Tue) 因果な
2002/03/06(Wed) 遅れに遅れて
2002/03/07(Thu) 集中豪雨的な学習計画
2002/03/08(Fri) よーか
2002/03/10(Sun) 靖国参拝
2002/03/11(Mon) 腹立ち2つ
2002/03/12(Tue) 床屋
2002/03/13(Wed) 10分の行水
2002/03/15(Fri) 結婚式
2002/03/17(Sun) 明治神宮
2002/03/18(Mon) 大学を卒業できるぐらいの時間
2002/03/19(Tue) 追い越されてしまいそう
2002/03/20(Wed) 乗り合いバス
2002/03/21(Thu) 風の
2002/03/25(Mon) 24時の郵便局
2002/03/26(Tue) ジンバブエの不正選挙
2002/03/27(Wed) 禁酒
2002/03/29(Fri) 落ち込み
2002/03/30(Sat) パキ


2002/03/02(Sat)

得した気分?

三井住友VISAカード。買い物額累計によってポイントが発生し,それでなにやら景品かキャッシュバックみたいなのがあるって案内が来ていて,なんかしなきゃあなとは思ってた。過去1年でン百万円を使ったぼくとしては,このポイントが馬鹿にならない。
でも,こういうの,もうホントにやめてくれって感じ。冗談じゃない。なんで,年会費まで払わされて(アメリカではVISAもMASTERもAMEXも年会費なんてない。なんだよ,カードの色が変わるだけで年に1万円も取るって根拠は),そのうえ客のオレサマが,こんなチマチマした景品リストを見て「うむ,JBOOKのポイントに転換したら一番得だな,しかし,使ったことないネット書店のID取るのも面倒だし,やっぱり多少率は悪くても素直にキャッシュバックで金にするか。うーむ」なんて悩んだりしなきゃならんのだ。なんで,Webページでクレジットカードごときの会員登録をして,「発行したIDを忘れるな」などと言われなきゃならんのだ。あんたとこのなんだか良くわからんオンラインサイトの会員になんて,別になりたくもないんだって。だいたいIDくらい自分で決めさせろよ。ランダムな英数字列を覚えろって,客を馬鹿にしてるとしか思えん。
ポイント,ポイント,ポイント……。ああそうですか。ポイントってプラスαじゃないでしょう? それだけ余裕のある商売やったってだけの話で。それをいかにも恩着せがましくキャッシュバックだなんてしゃらくさい。受け取らなかったら損するだけで,それって単なる囲い込み戦略やんか。いや,商売やってるんだから囲い込もうというのは正しいよ。正しくないのは,それに踊らされて,得した気になってる馬鹿な消費者。もううんざり。
会員カードとか,ポイント制とか,マイレージでも何でもいいけど,そういうのって,ホントにうんざりだよ。あっちこっちでポイントが発生してて,ぼくのカードケースは,「なんとかポイントカード」の類ではち切れそうになってるわけです。ホントに,もうやめてほしい。ポイントなんていらないから,その場でできるだけ安くしてくれよぅ。
「ポイントが発生してお得」と思ってる馬鹿な消費者が多すぎるから,こんなことになったんだと思う。ちっとも得なんてしないのに。
ヨドバシで「ポイントおためになりますか?」って聞かれると腹が立つ。腹が立つから聞かれる前に「ポイント全部使ってください」と,ぼくは言う。ポイントをためて一気に使って「得した」なんて言ってる人も多いけど,まったく理解できん。ポイントをその場その場で使うのと,ためて使うのと,いったい何が違うっていうんだ。
「ポイントは“使うと得”なんじゃなくて“使わないと損”。したがって,ポイント制度を導入するのはリピーター獲得の企業の論理であって消費者へのサービスなんかじゃない」「ポイントをその場で使わない理由はまったく何もない」。この2つって算数ができれば自明だと思うんだけど,なぜか世の中には算数をしたがらない人が多い。
これって,銀座の宝くじ売場に行列ができるのと似てる気がする。算数ができれば自明なんだけど,人間の心理ってのは,算数よりもセンサイなのね。
でもね,ここまで算数,算数って言ってるぼくですが,そのじつヨドバシで240円の電池を買って,それがポイント充当だけで支払えたりすると,なんか得した気になったりするんだよね……。
お金って変なもので,ポケットに878円入ってて,そこから377円を払ったりすると小銭が減って妙にうれしかったりする。1万円札と100円玉が入った財布から,105円を出すのはものすごくくやしかったりする。だから算数じゃない何かがあるのはわかる。わかるんだけど「ポイントでお得」と思ってる消費者心理には納得がいかないものがあるのです。
だって面倒くさいでしょ。じゃあポイントなんて集めなきゃいいって話です。実際以前は鼻で笑っていっさい集めなかったんだけど。だけど,10%だ15%だって言うことになると,黙って捨ててる自分がばからしくなるってもの。3%なんて誤差範囲とは思うけど,ありとあらゆるサービス,購入で3%となると,それって月に数千円って単位。冗談じゃないぞ,というわけです。
書いていてわかったけど,こういうの法律で禁止すればいいんじゃないの? 公取あたりが締めればいいんじゃない? だって,本来のサービスや売買と無関係な「付加価値」で顧客を縛ってるわけでしょう。それってさ,ラーメン屋のトッピングサービス券ぐらいだったらかわいいけど,度が過ぎると公正な競争じゃなくなるよ。ガソリンスタンドのカードとか,ほんと消費者を馬鹿にしてると思うもん。

2002/03/05(Tue)

因果な

むかし,「言いづらいことを言ったり,お願いしづらいことをお願いするのが編集者の仕事」というようなことをボスが言った。最近そんな気がしてきた。

2002/03/06(Wed)

遅れに遅れて

やっと仕事が片づいた気配。はぁ。

2002/03/07(Thu)

集中豪雨的な学習計画

基本的な単語だと,思いこみも激しい。anxious って単語は,たぶん高校生のときか,あるいはひょっとすると中学生ぐらいで anxiety という名詞形とともに知った単語。それはぼくの頭の中では「不安」という漢字に直結してる。で,「I am anxious to do that.」という文をメールで見たとき,ぼくの頭の中には「不安」というのが概念が浮かんできて,疑いもなく,それを「I am worrying that I have to do that.」「I don't feel like doing that.」と解釈した。解釈というより,すんなり「わかった」と感じながら読んでいた。
ところが,どうもヘン。文脈から明らかに齟齬がある。で,辞書を引いてみた。anxiousの第一義は「very worried about something that may happen or may have happened so that you think about it all the time」とある。まあ「不安に思う」という日本語に,けっこう当てはまる。ところが,この単語には,ほかにも「be anxious to do something」「be anxious for something」「be anxious that」の形で「feeling strongly that you want to do something or want something to happen」ということを表わす用法もある。
anxiousっていうのは,つまり「気分が落ち着かない」「気が気でない」ということ。もとのラテン語では「気がかりな」という意味。心が落ち着かないのは,なにもネガティブなことだけじゃない。だから未来のことに関しては,この単語は,強い願望,「矢も楯もたまらず」ということを意味することになる。
こんな基礎中の基礎の単語でさえ,単純な母語の訳語からの類推で,まるっきり意味範疇を取り違えてた。ホントに外国語ってむずかしいと思う。
このままじゃあ,一生英語はできるようにならないんじゃないかと,また最近強く思うようになってきた。たぶん語学には上りの勉強と下りの学習というのがある。文法や単語,語法を意識的に学習したり,精読とか精聴するとかいうのが上り。下りというのはシャワーを浴びるようなもので,理解度7〜9割くらいで細かいことにこだわらずに読み飛ばしたり,聞き流したり,しゃべりっぱなし,というもの。ぼくの直感では,どっちも必要で,上り2,下り8ぐらいがいいバランスじゃないかと思う。いまのぼくは上りが0.5で,下りが3ぐらい。まったく足りてない。
語学っていうのは,ある時期,集中豪雨的にやるのがいいというのは,割と語学の達人に見られる共通の認識。過去1年ぐらい集中豪雨的に英語をやったぼくも,そのとおりだなと思う。プロの通訳者の「1万時間くらい学習すれば,誰でも最低限の通訳ができるレベルに達するというのが持論です」というような言葉を見ると,なんとなくそれも納得できる。1万時間というのは,毎日10時間勉強して,だいたい3年という時間。週に2時間英会話に通う人なら,105年,つまり無理ということで,まあ観察してみればなるほどという数字。ぼくは1万時間のうち何千時間分ぐらい進んだんだろうか。あと何千時間やれば「英語できますよ」といえるようになるのだろうか。
日本のテレビはもうまったく見ないし,日本語の新聞も読まない。そういうのを続ければ,10年後ぐらいには英語ができるようになってる気がしなくもないけど,10年は長すぎる。というわけで,何か集中豪雨的な計画が必要だと思うようになってきた。

2002/03/08(Fri)

よーか

朝3時。白木屋でタホイヤ
夕方,元同期のKのとこへ。久々に会うとは思ったけど,まさか1年半ぶりとか,そんなふうには思わなかった。ちょっと話をした後,ビール。夜のしゃぶしゃぶのために,朝から(=昼から)何も食べてなかったけど,お刺身を1つ2つつまんだだけで我慢。にしても,結婚かよ,おまえがって感じで話題はつきず。
なぜか前に集まったのも,その前も8日だったね,ということで「ヨーカ会」と名付けられた飲み仲間と,しゃぶしゃぶ。かなり激しく食う。食う。食う。食う。さらに食う。ポン酢だれを2度おかわりしたころには,もうおなかがはち切れそう。
移動した居酒屋で,はじめて「たほいや」というのをやりました。これはおもしろい。むかしテレビの深夜番組でやってたやつで,ぼくは実は1度も見たことないけど,10年ぐらい前にかなり流行したもの。やり方はこんな感じ。まず,親になった人が広辞苑から適当な語を選ぶ。で,その語について,親以外の子は全員「広辞苑らしい解説」を考えて,書きます。その解説をとりまとめて,親はみんなに読み聞かせます。本当の広辞苑の解説も1つ混じっていて,つまり広辞苑による解説が1つで,それ以外の5つか6つはほかの誰かが勝手に「広辞苑らしい解説」とひねり出したもの。選び出す語は,誰もが知らない「まじくじ」という単語でもいいし,誰もが知ってる「まどんな」もありだし,なんだか想像がつきそうな「あおくびあひる」というのでもいい。
たとえば,「【まじくじ】京都や奈良といった整然とした街並みに見られる直角に交差する街路」というのをぼくは子のときに書いたりした。本当の広辞苑による「まじくじ」の意味は「【まじくじ】しきりに目をぱちくりさせるさま。また,そのような状態でまんじりともしないさま。まじくら」などとなってる。誰もそんな言葉知らないわけで,正解を知らない子らのうち,2,3人はぼくの書いた解説にだまされたりするわけです。
ポイントは広辞苑口調をまねること。「〜なさま,またその状態」とか,「転じて,〜とも」「〜の転化」とか,あるいは方言の解説だったら,「山口県地方で使われる〜」ではなく,「山口地方で使われる〜」とか,そういう広辞苑の癖にのっとった文を書くこと。
このゲーム,なんか酔いもさめそうなほど,みんな真剣に取り組んだりして。ちなみに広辞苑は,ぼくのポケットにいつも入ってる電子辞書に搭載されてるのでした。

2002/03/10(Sun)

靖国参拝

外濠に泳ぐ鯉とカモにパンの切れ端をあげながらパスタ。天気が良い。Tシャツ1枚でもじんわり汗が。
靖国神社,参拝。遊就館特別展「かく戦えり。近代日本」。食い入るように展示に見入り,解説を読みふけってしまった。
元先輩のAさんと,ばったり新宿で。サムラートでカレー。
CanonのS300ってプリンタがほしいなぁと思い始めて4カ月。ついにホントに買う気になってヨドバシへ。HPの930を勧められて,なんか確かにそっちのほうがいい気がして,それに決め。4カ月に及ぶ片思いもあっさり覆る。
レジへ向かう途中で948を見たら,値段は2000円しか違わない。モノクロ印刷で,930が9枚/分に対して,948は12枚/分。しかも,セール中の948には標準価格5980円の両面印刷ユニットがおまけで付いてくるという。そりゃ,2000円でそこまで違うなら,2000円ぐらい出しますよ。で,税込み1万7000円のお買いあげ。プリンタを買ったのって,実は8年ぶりくらいかも。
それにしても,両面印刷ユニットは,場所をよけいに食うだけで,まったく無駄だったかも。
yasukuni.jpのフラッシュムービーは,かなりビビります。

2002/03/11(Mon)

腹立ち2つ

代々木国立オリンピック記念青少年総合センター
1年3カ月ぶりにプール。代々木公園にある,国立オリンピック記念青少年総合センターへ。やたら立派でモダンな建物がいっぱい建ち並ぶただずまいは,ちょっとしたものだけど,その立派さと対照的な閑散とした敷地には無常感漂う。ま,平日の午後に人混みなんかあったら,「この国はだめだ」と自分のことは棚に上げて思ったりするんだろうけど。
40分で600m。死ぬかと思った。まあ想像どおり。260円で2時間。ロッカールームも廊下もシャワー室も,もちろん,プール自体も異常にきれいだし,がら空きなので,結構いい。会社からも近いし。というか,3Fにある室内プールからは,新宿副都心のビルがよく見える。ちょっと水面から飛び出せば会社の入ってるビルも見える。

腹が立ったこと2つ。NTTのプッシュ回線解約で「工事費2000円」と言われたこと。月々390円も払って意味もなくプッシュ回線にしている理由はないので,解約しよう解約しようとずっと思っててついに116したはいいけど,まさかダイヤル回線に戻すだけで2000円も取られるとは。明日,お客様相談センターに電話してみるべし。「高い。内訳を教えよ」と最低そのふたことは言ってやる。
もう1つの腹立ち。ZDNetのEditorがコラムで寝ぼけたことを言ってるのを見てしまったこと。

Microsoftは金は持ってるし,その結果として優秀なエンジニアが掃いて捨てるほどいて,その開発パワーたるやすごいものがあるけど,基本的には新しいものを何1つ生み出せない,ずる賢いだけの会社。阿漕などという言葉で言い表せないえぐいやり口ばっかり。それがぼくのMSのイメージ。何も新しいものを作らないだけならまだしも,誰かが新しいものを作ったら,それを換骨奪胎して自分の発明のような顔をするか,丸ごと買い取ってしまうか,あるいはぶっつぶすかする。「パソコンの歴史というのは,突き詰めて言えばMicrosoftの歴史なんですよ」という言葉が冗談じゃないというのは,ものすごく悲しい。
SunがMSを訴えたって話。Javaがらみで。いまさらのようですが。訴えの骨子を見てみると,Sunの言い分はごもっともって感じ。ごもっともって思うけど,やっぱり今さらって感じもあるし,またかって感じもあるし,どこかぼくの中では,MS相手に「おまえはクソだっ!」と言っても,IT業界は何も変わらない,というような感覚がある。何が起こっても,誰もがWindowsを使い続けるだろうし,何がどう転んでもJavaで書かれたStarOfficeなんて誰も使わず,人々はWordのDOC文書をメールで投げ合い続ける。
まあ,そんなもんだろうなと,ぼんやりとWebのニュースを眺めてたけど,ZDNetの記事を見てちょっとあつくなった。今回のSunの訴訟に対して,ZDNetのEditorが「BillとMcNealyの喧嘩にユーザーはつきあってなんかいられない。MSは,ただユーザーの便宜を考えた行動をしているだけで,WindowsやIEにJavaを載せるメリットがあるなら,とっくにそうしているのだ。話はそれだけ。SunはMSがJavaVMを載せたらはずせといい,はずしたらはずしたで,今度は載せろという」ということをコラムに書いている。
メディアがこんなことを言うなんて,いよいよ病膏肓。
欧米のPCメディアは,文化的な違いか,層の厚さの違いか,日本のPCメディアよりもずっと骨太な主張をする人が多い。多少主観的であっても,それはそれでおもしろいけど,逆に,「おまえ,それはないだろう」と思うことがたまにある。ひどいものが混じる。ZDNetって,それなりのプレゼンスを持ってて,コラムも結構影響力があったりすると思うんだけど,そのEditorが,「MSはただユーザーの便宜を考えて」と言うんだから,なにかがおかしい。

2002/03/12(Tue)

床屋

いわゆる床屋に行ったのは,もしかして20年ぶりぐらいかも。小学校の3年生ぐらいを最後に,ぼくのなかでは,ずーっと髪を切るには美容院に行くのだということになっていた。
30歳が境界線だということを言う人がいる。男は30歳を境に,それを越えると床屋に回帰するという。なんかちょっとなるほどって気もする。若い頃はジャズだブルースだロックだといってても,40歳を過ぎると演歌に涙する日本人,みたいな話だ。
いや,別に床屋に回帰しようと思って行ったわけじゃなく,あまり深く考えずに近所の美容院に行ったら,そこが休みだったので,隣に入っただけ。そうしたら,そこがどうやら床屋だった。
そもそも,そんなに違いはないだろうと。そう思ってたけど,ふと入ったその床屋で,ぼくは始終どきどきしっぱなし。なんか様子が違う。「次は何をするんだろう」「どんな風にカットするんだろう」,とか。
別にいまさらね,多少失敗カットでもかまわないし,なにもトレンデーなんかでなくたっていい。大したことないくせに偉そうに客を待たせたりスタイルをアホみたいにねちねち聞いてきたりしてその割に腕の悪い美容師の多い美容院とか,会員証がどうしたのとくだらねぇこと言ってる美容院が多い昨今,いっそ適当にばっさり切ってくれるだけのほうがありがたいってもの。
でも,やっぱり違う。ひげはそる。かなり深剃り。ていうか,ひげ剃ってきたばかりなんですけどって。顔中剃る。なんか痛い。肌弱いのに。シャンプーの仕方も全然違う。うつむいて流すもんだから,顔面びちょびちょ水攻め状態。どうやって顔をふくのかと思ったらいきなりタオルでゴシゴシ。げー,びつくり。極めつけは鼻毛。いきなり。前触れなく,チョキッ。えっ,1本出てたの? そうなの? すごい恥ずかしかった……。

2002/03/13(Wed)

10分の行水

午後いちのアポの前に20分ほど泳ごうと思って出かけたのに,着替えやなんやで,結局プールにいられたのは10分だけ。もがき気味で300m。あわただしい。
PC雑誌を中心に雑誌読みまくり。Webも読みまくり。てか,それしかしてないんか,あんたって感じだけど。

2002/03/15(Fri)

結婚式

終始満面に笑みの新郎,(行き遅れ)2人に囲まれるの図。
と,勝手に写真を載せたけど,大丈夫かしら。大丈夫じゃなければ本人からメールが来るか。写真は3人とも仲の良い同期で,真ん中がこのたび結婚したクマ。両脇からなめるようなキッスで迫るのは,「最悪結婚できずに行きそこなっても,振り返ればいつでもそこにはクマがいる」と,彼のことを「終身保険」「絶対安全パイ」「セイフティネット」ぐらいに思ってた2人。いや,結婚なんてことはなくても,クマは一匹狼でいつまでも飄々と風が吹くまま気の向くままに生きていて,いつでも「振り返ればそこにいるのだ」と思ってた2人。でも,もうクマは,いまや12時をすぎると「オレ帰るよ」と飲み会を途中で抜け出すような,不甲斐ない子グマになっちまった。
それほど深い考えもなくアジアを放浪した後にニュージーランドで羊を追う生活をしてたような無頼漢,自称自由人が「人生はね,引き算だよ。子どもとか将来の計画とかあるじゃん,それを1つずつ逆算していくんだよ。そうすると何年,何歳で何をするかって決まるわけよ」と,計画的な人生について,当たり前すぎることを嬉々として語る。クマダ……,おとなになったよな。
最初にクマから「オレ,結婚するよ」の知らせを聞いたとき,仲良しの同期女子2人は祝福したい気持ちと,なんだか置いて行かれたような寂しさのアンビバレントな心持ちで,訳も分からず涙したという。

朝,自宅前で転んだまさこ(写真左。よく見ると写真では舌をにょろりんと出してるやんか。なんでやっ? いや,実物はかなりの美人です)が「足がヘン!」というので,1次会がお開きになると同時に慶応の救急病院へ。久々に会う同期組と,もちっと飲んでもみたかったけど。それにしても,さっきまでひょこひょこ歩いてたと思った人間が,いきなり松葉杖姿になるのは痛ましい。「いやーん。足ついちゃだめなんだって!」とにっこり笑う笑顔は,ちょっとまんがっぽくもあったけど。
まさこがレントゲン写真を撮る間,救急病院の待合室で「はぁ,結婚かぁ……」とカワダマとおしゃべり。幸福のオーラに包まれる新郎新婦というのは,確かに参加者に何らかのインパクトを与えるらしい。あのクマダが,あれほどシアワセそうに相好を崩しっぱなしなサマを見れば,そりゃ「これはどういうことだ」とも思うか。いや,新婦は美人だし,また友人のスピーチも,どこからしらツボをついてくるものがあったりして。

でも,ぼくはやっぱり結婚はごめんだなぁと思うけど,病院の後にカワダマと一緒に立ち寄ったまさこの実家で,お茶をすすりながら,何となく家族について考えた。
考えてみれば,長らくふつうの家族というのを,ぼくは見たことがなかった。ここ10年ぐらい,1年に1度帰る自分の実家をのぞいて,ぼくの周囲にいるのは,1人暮らしか,2人暮らし,あるいはせいぜい2人暮らし+αの人たち。住んでいるところも,ワンルームのアパートだったり,せいぜい3LDKのマンション。
友達の新婚たちの生活は,どこかままごとじみて,ぼくには感じられる。楽しそうではあるけど,家具や生活空間に「生活」とか「家族」が感じられない。
まさこの実家には「家族」がある。12時ごろに帰宅しても,お母さんがお茶を出してくれたり,深夜番組をソファで見ていたら,お姉さんが目を覚ました赤ん坊をリビングに連れてきたり。

ネクタイを締めて会社に行ったら,「どうしたの,それ?」「なっ。誰かと思った」と,会う人ごとに言われた。ボスにまで,「あーた何でネクタイなんてしてるの?」とか。いいじゃんサラリーマンなんだから,スーツぐらい着たって。しかし,今年は今日1日だけで,あとの364日はネクタイと無縁の生活なのかも。

2002/03/17(Sun)

明治神宮

神社参拝ブームで,靖国神社に続いて明治神宮。柏手を打つ人々をぼんやり眺めてみたり。みんなどんな顔してるのかな。何を思いながら目を閉じてるんだろうか。祈ってるとしたら,いったい何に対して? 南無阿弥陀仏といってそうなおばあちゃんなんかもいる。日本人って何だろうと考えたとき,神道ってさけて通れない気がする。素朴なアニミズム。
今日ちょっと気になった言葉。「日本人はあまり自覚していないが,アルコールは立派なドラッグで,世界的にみて,アルコールにこれほど寛容な文化はない」。そう,アルコールはドラッグなんだよな。マリファナのほうがアルコールより,よっぽどマイルドだと思う。

2002/03/18(Mon)

大学を卒業できるぐらいの時間

数年前,職場にいたバイトくんから不意にメールが来た。当時は高校を出たばかりで大学に行こうかどうしようか,なんて言ってたと思ったけど,メールには「留年することもなく卒業できそうです」なんて書いてある。4年って早いなぁ。

2002/03/19(Tue)

追い越されてしまいそう

「♪いっそがしぃーい,まぁいっにちにぃー。追ぃ越さぁれぇてしまいっそうぉ」というのが広瀬コーミの,とある歌の歌い出しのフレーズにあって。彼女,どこ行っちゃったの? え,歌ってる?
そのフレーズがたまに頭に浮かんでくる。追い越されそう。
以前のように仕事が忙しくて死にそうってことはないし,むしろ仕事のテンポはかなり低調だったりするんだけど。
不思議なもので,仕事が忙しくなければ,あれこれやる時間があるかというと,そうでもなくて,むしろ仕事がちょっと忙しいくらいのほうが,生活時間の密度は高まるもの。仕事の出張旅行のほうが,プライベートの旅なんかより,ずっと密なスケジュールで精力的に動き回るってのと同じようなもの。
密度が低くなると,なんとなく「追い越されてる」ような感じがしてくる。
流されまいと思って必死にもがいて泳いでいるときには,川をのぼっていけるけど,ちょっと気がゆるんでぷかぷか浮いてると,たちまち川面をたゆたう自分に気づく。ゆらゆらと流れに身を任せる間に,ずいぶん川を下っている。
だけど。だけど,のぼって行って何がある? ぷかぷか浮かんだまま,下っていけばいいじゃないかとも思う。下って下って河口堰に引っかかって腐っていったっていいじゃん。どうせ人間,最後は腐るか燃やされるかして土に戻るだけ。
やりたいことが多すぎる。でも,どれもホントの意味でやりたいわけじゃない。ぼくはただ,ぷかぷか浮いてたいだけなのかも。
「追い越してやる」「追い越してやる」と,念仏のように唱える。何を追い越したいのか,さっぱりわからないけど。

2002/03/20(Wed)

乗り合いバス

巡回ソフトとかアンテナとか使ってわざわざチェックするほどでもないけど,結構人の書くWeb日記も読んでます,はい。読んだものに関して,あんまり突っ込んだり,ましてリンクを張るというのはしないんだけど,今日はちょっと気になったのが1つある。なので,同期のK(女子)の日記から段落ごと引用。同期といっても,ぼくより3歳年下で,まだ20代。ぎりぎり瀬戸際20代。
〜(略)〜クマダの結婚話をしていたら、流れで「結婚」について語りはじめた。彼女が提唱する「結婚はどのバスに乗るかなのよ。」はかなり説得力あり。ちなみにO女史(独身)は「アタシはもう乗り遅れたけんだど〜」とサラリと言ってのけた。そうですか。そうなんですか・・・。(どのように突っ込むべきか、迷うアタイ。とりあえずスマイル♪スマイル)
「どのバスに乗るか」というのが,ちょっとわからない。これは路線の違うバスの話だろうか,それとも同じ路線を走る時刻違いのバスの話だろうか。
東京なら,渋谷駅前のバス停留所みたいなところ。いろんな方面に向かうバスが扉を開けて待っている。路線が違えば行き先は違う。行き先が違う上に,途中で通る停留所も違う。それにバス会社が違ったりして実は乗り心地も違う。いずれにしても,バスに乗ること自体経験がないし,どの路線の行き先も行ったことがないから,それぞれにどんな風景が待ち受けているのかは,「乗ってみないとわからない」。「どのバスに乗るか」は,そういう意味なのか?
「どのバスに乗るか」の解釈の,もう1つの可能性は時刻違い。本でも読みながら,あるいは友達と雑談しながら同じバス停でバスを待っていて,気が向いたときに乗りさえすればいい。でも,同じ路線を走るバスは行き先は同じだけど,1つ1つ車体や運転手が違う。運転手の顔が気に入らないなら,1台待ったほうがいいかもしれない。どうせバスは,まだまだ来る。おしゃべりに花が咲いてるので,バスは1つパスする。まあ焦ることはない,日はまだ高い,とあなたは思う。で,次のバス。今度は車体に描かれた広告がダサかった。で,また「次にしよう」と漠然と思う。漠然と思ってる間にバスは,もう目的地へ向かって走り出していて,黒煙をもうもうとあなたに吹きかける。失礼なヤツだと思いながらも,アッカンベーなんかしてみたりする。
日が暮れてきて,ややバスの本数が減ったころ,「よく考えると1台目が一番良かった」とか思い始める。1台目に乗ってれば,いまごろ第一目的地へはたどり着いてただろうことを,路線は違うけどやっぱり「1台目のバス」に乗って幸せそうな顔をしている周囲の知人・友人から思い知らされる。「もしかしたらバスに乗ること自体がシアワセなのかもしれない」。次々とバスに乗り込む友人から放たれる笑顔のオーラに気圧されながら,あなたはそう考えはじめる。いろんな路線があって,みんなそれぞれ向かう方向は違うけど,みんなシアワセに見える。少なくとも,乗らないことには始まらない。
それでもまだ,きっと,もう少し待てば「待ってて良かった」と思えるバスが来ると,根拠なく考え始める。せっかく待ったのだから妥協はしたくない。
あたりは暗くなる。いよいよバスの本数は減り,1時間に2台しか来なくなる。しかも,過去2時間に来た3台のバスは,どれもエンジンから異音が聞こえていた。そのくせ運転手は先を急ぐのか,どんどんあなたの存在に無頓着になっていく。それで寂しくなって,あまり乗る気のなかったバスが停車しそうになったとき,ちょっと近づいてみたりする。でも,やっぱり乗らない。とても決心はできない。すると,「乗らないなら乗りそうなそぶりを見せるなっ!」と言わんばかりの憮然とした顔で運転手は扉を閉め,真っ黒な煙を残して,あなたを黄昏のバス停においていく。
あなたは気づく。「私は待ちすぎたのだ」,と。そして「1台目幻想」にとらわれる。1台目は良かった。あのとき迷わずに乗るべきだった……。もっとも早く,約束の地に到着していた1台目……。
いよいよ残りのバスが数本に違いないと悟ったとき,残された選択肢の少なさに昼間の自分を呪う。ああ,一体この先何台の,どんなバスが来るのだろうか。
考えてみたら2台目は乗り心地は良さそうだった。でも,2台目はいまだに目的地に向かわず繁華街ばかり走っていると聞くから,私は乗らなくて正解だったのだ。そうだ,結局5台目が正解だったのかもしれない。でも,5台目は私を無視して走り出したのだから,後悔しても仕方がない。ああ,こんなことなら6台目でも良かったのに。きっと6台目でも,その行き先は「不幸」ではかったに違いないのだから。いやいやそうじゃない。
もう,そんなことを考えてる余裕さえない。正確な時刻表がなくて,どれが最終バスがわからない以上,いま目の間に止まって扉を開いているバスに飛び乗るか,すぐそこの交差点まで来ている「最後かもしれないバス」に乗ることにするのか決めなければいけない。この2台が最後かもしれない。

はぁ。長々と書いてしまった。
KとO女史なる人が言う「どのバスか」というのは,やっぱり路線(行き先)違いではなくて,時刻違いのことだろうと勝手に推測するんだけど,どっちにしても,バスって何さ? と問いたいのだ。なんか違うんじゃない? 問題は「どのバスに乗るか」じゃなくて,「誰と乗るか」じゃないの?
「タイミング。それはもう賭みたいなもの」というのならわかる。でも,バスという比喩には「乗っていく」というニュアンスがあって,それってなんか,すごい不純じゃないですか? 男がバスで,女は乗客? じゃあ女が払う運賃は何ですか?

2002/03/21(Thu)

風の

日本中すごい風だったとか。自由が丘へ。行くたびに思うけど,自由が丘ってフランス語が多い街。5割以上はナンチャッテフランス語とみた。デザイナの友達に頼まれて,そういう「デザインとしてあしらう」ためのフランス語をでっち上げたことのある身としては,だいたいどういう人が自由が丘の雑貨屋にありがちな奇妙なフランス語や英語をひねり出してるかは,想像できる。

2002/03/25(Mon)

24時の郵便局

遅ればせながら,Yahooオークション初体験。落札ではなくて,出品のほう。といっても落札もしたことないし,たぶん落札のほうはやることなさそうだけど(だって相場高すぎ)。早速1品,発送するために仕事の後,郵便局へ。新宿郵便局って24時間営業で,ちゃんと窓口に人がいるのね,知らなかった。深夜0時過ぎに行ったのに,たくさん人がいて,なにやら忙しそうに梱包してたり,発送作業をしている人が結構いた。
驚いたことに,その郵便局の作業台に資料と原稿用紙を広げ,うなりながら原稿を書いている人もいた。締め切りなんだろうなぁ。しかし,まさか郵便局で書いたあと,郵送するってことなのか? ファクスはないのか? ていうか,メールじゃないのか? え,速達? あ,レタックスっていうのがありましたね。
いや,本当に驚いたのは,2枚分の原稿用紙に消したり修正したりした後がなく,ペンで一直線に文章をつづっていたこと。エディタで文章を書くことになれた人間の目には,神業に見える。

2002/03/26(Tue)

ジンバブエの不正選挙

同僚と晩ご飯に出た先で,テレビがなにやらかしましい。いかにも楽しげな政治スキャンダル。鈴木さんのことは新聞で知ってたけど,辻本さんのことは,ぼくは知らなかった。不正を糾弾していたその本人に,不正があったのだったら,そりゃ構図としてはおもしろいけど,不正の純度というか度合い的には,やっぱり鈴木さん。たぶん。金額的スケールがまったく違う。
次々と流れてくるニュースを見ながら,同僚たちが「これねぇ,△△で××だよねぇ」「そうそう,これもねぇ」とか批評を口にするのを黙って聞いていたら,なんだか自分がものすごく浮き世離れしている気がしてきた。日本のニュースに疎い。ふつうにテレビを見ていれば,誰でも知っているはずの数日以内のホットな話題を,ぼくは全然知らない。実は小泉さんがしゃべるのさえ,ぼくは久しぶりに見たってぐらい。石原さんにいたっては,動くのを見たのは1年ぶりの気さえした。
CNNではジンバブエの非民主的な不正選挙を繰り返し報道はするけど,鈴木さんも辻本さんも,どこにでもあるローカルで些細な政治スキャンダルなので,ちっとも出てきやしない。CNNで報じられる日本のことと言えば,不況と雇用問題ばかり。
別に日本のメディアがイヤなわけでも,国際派を気取ろうなんて考えもないけど,テレビや新聞はなるべく日本語で見ないことにしている以上,こういうのは仕方がない。

日本語の本より英語の本,と思ってたけど,とてもじゃないけど英語だと読める速度が遅いし,カバーできるバリエーションも狭すぎて我慢できない。で,気づくと日本語の本ばかり読んでいた。テレビのニュースや新聞も,遠からず日本語に戻って行かざるを得ないのかもしれない,と思う。英語では拾える情報量が少なすぎる。
「あれ,あのニュースは日本語で見たんだっけ,英語だったっけ?」と,言語の違いがほとんど無意識になるレベルまで行けば……。not likely.
そういえば不思議なことに,ブリティッシュ英語とアメリカ英語の違いはあまり気にならなくなってきた。

サンフランシスコにいたとき,台湾から来たヤツも,北京から来たヤツも,広東から来たヤツも,みんな同じことを言っていた。「いま上海に行かないヤツは馬鹿だ。中国では古くから商売には3つの正しさが必要だって言われてる。正しいタイミング,正しい場所,そして正しい人使い。いま商売するのに上海みたいに魅力的な場所はない」。アメリカ人も,「政治腐敗はあるけど,うまく立ち回れば莫大な利益を上げられる場所」と,投資先としての魅力を語った。
北京出身の富裕な友人の1人は,ぼくに言った。「いつか中国に戻るんよ。ケンも上海に来なよ。住むとこは見繕ってあげるし,金の心配もないよ。市長につてがあるからレストラン経営だって,すぐに始められるんだよ。社会が狂ってるとか,そんなの関係ないんだ,ケン。人生は短いんだ。稼げる場所でたくさん金を稼いで,それで人生を楽しむんだよ」。汚職や腐敗を倫理にもとる「汚いもの」と感じる感覚は,どうやら途上国の人たちには乏しい。いや,身近に利用できる権力があったとき,それを利用しない人間などいるだろうか。赤貧かミリオネか,選べと言われれば,それは自明。清貧なんて,本当の貧しさを経験していない豊かな国に暮らす人間の戯言じゃないか。
上海という響き……。日本さえ成し遂げなかったほどのスピードで経済成長を遂げた中国の中でもひときわ活力あふれる海岸都市。奇跡の2桁成長を後10年続けたところで,まだ日本の1人あたりのGDPには追いつけそうもないけど,ともかくチャンスと勢いはありそうな場所。食い物はうまそうだし,近代的なビルが中華的猥雑さで建ち並ぶさまにはアジア的ロマンを感じるし,いつしかぼくは「そうだ,いつか上海に行こう!」と根拠なく思うようになっていた。
新聞ではユニクロ現象が語られ生産拠点は次々に中国へ移る。ソフトウェアさえ,いまや中国で作ろうとしている。「中国はすごいことになる」,それがぼくの漠然としたイメージだった。でも,どうやら中国へ行くとしても,それは「ガソリンの湖」に火がついて,この巨大な国がいったん崩壊しきってからのほうが良さそう。5年もかからないかもしれない。
やがて中国の崩壊がはじまる』(ゴードン・チャン,栗原百代・服部清美・渡会圭子訳,草思社) 1700円 ISBN-4794210892,読了。まことに恐ろしい。一触即発というのは,こういう状態を言うんだろう。今にも火の手はあがろうとしているじゃないか。

2002/03/27(Wed)

禁酒

3日も飲まずにいたのに,お寿司を食べるというのでビールを飲んでしまった。まあ,1人で馬鹿みたいに飲むのをやめるというのが目標だから,いいかって気もするけど,じゃあ,いまこうやって日記を付けながら飲んでるのは何だって。
そうか。「いや,ぼくはお酒飲まないから」と言えばいいんだ。次からそうしよう。ともあれ,今夜はすぐに寝付けそうだ。

2002/03/29(Fri)

落ち込み

某シリコンバレー企業のCEOにインタビュー。一方的なプレゼンの間は広告代理店の人が日本語に逐次通訳。専門分野だし,CEOって人種はアーティキュレーションが良いのでリスニングに不安はない。で,日本語に訳されるまえから,うなずきつつメモを取っていたからか,いざ質問という段になって,日本語で質問しようとしたら見放された。代理店の人のほうをちらっと見ると「ご自分で直接どうぞお聞きになってください」って。あれ,全部通訳してくれるんじゃないんだ。
話がちゃうやんか。と,急に英語で質問しなきゃいけなくなったことに焦る。焦るし, アガるし,ドギマギ。ゆっくりゆっくりと自分に言い聞かせながら話すものの,異常に緊張してしまう。同席していたほかの5人の日本人は口を開く可能性はなさそうだから,それなりにまとまった発言を織り交ぜつつ意見を引き出そうと話はじめたりするものの,トンチンカンなことを言ってしまった。
さてお開きってことで雑談モードに入れば,それなりにおしゃべりも。でもやっぱり緊張しっぱなし。語学力もそうだけど,もっと何か違うモノが足りてない。まだまだ修行が足りん。ガックリ。
語学ってのは,心底落ち込むような体験がないとレベルアップしないと言ってる人がいた。そう思いたい。

2002/03/30(Sat)

パキ

以前とあるチャット系サイトで「パキの奴らは何でこうもうるさいんだ」と言ってるアメリカ人がいて,ちょっと偏見が入ってるのかなと思ってたけど,確かに出会うパキスタン人はみんなうるさい。押しつけがましく,せまってくる感じがある。インド系にも似たにおいを感じる。
すぐに「オレと友達になりたいか? いつでもパキスタンに来たら家に来るといいよ」と,やたらまじめにで性急な交友を迫ってくるのはうざい。ちょっとメンドくさくなって適当なことを言ってごまかそうとすると,すぐに「おまえは嘘をついた!」とあつくなる。なんなんだ。
またしても,うるさいのにつかまったなと思いつつも,比較的まじめにチャットしてみた。22歳と若い男の子で,どうも彼女の浮気を気にもんでいるという。「信じられない。もう一生人を好きになれないと思う」なんていう。ああ,こういうのって万国共通の悩みなのねと思って,ぼくはこう返事をした。「ぼくは君よりずっと年上だからわかるけど,きっとまた好きな人はできるし,その人は君を簡単に裏切ったりしないよ」。
ところが,どうも話がかみ合ってるようでかみ合わない。「なんで30歳を越えてるのに結婚しないの?」「別に結婚は必須じゃないし,する必要もないでしょ」「でも,子どもがほしかったら,結婚しなきゃ」「結婚しなくても子どもは作れるよ。作り方知らないの?」「知ってるよ! だけど,イスラムではそれは許されない!」「(まずい)ああ,そうだね,そうだね。結婚せずに子どもだけ作るのは,良くないことだと思うよ,子どものためにも」。そうなのだ,イスラムの人は全然違うのだ。と最近読んだ『常識の世界地図』という本のことを思い出した。
「彼女が浮気をした」とハッキリ断言する。でも,彼女にはふれたことさえないというし,彼女が好きになったらしい別の男だって彼女にふれてもいない。イスラムだから。どういう状態なんでしょう……。もっと不思議なのは,「彼女は何人かいるよ」と最初に言ってたこと。もう意味が分かりません。
怖くて童貞かどうか聞けなかった。インシャー・アッラー。

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NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>