the other side of my days
ご意見,ご感想,ごいちゃもんなどございましたら
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>まで。


2001/12/01(Sat) 紀伊国屋の思うツボにすっぽり気持ち良く
2001/12/02(Sun) オペラツリーに降る雪
2001/12/03(Mon) 人間はトポロジー的には管
2001/12/04(Tue) 世界に降る雨
2001/12/05(Wed) お風呂の友
2001/12/06(Thu) 「びよういん」と「びょういん」の違い
2001/12/07(Fri) ツリーの輝き
2001/12/16(Sun) 生成文法って,そーゆーことだったのか
2001/12/17(Mon) 悪口雑言
2001/12/18(Tue) 自分リスナー限定,自分放送局
2001/12/19(Wed) インド系カレー最高峰
2001/12/20(Thu) 歩いて1分の取材先
2001/12/21(Fri) 文章とプログラム
2001/12/22(Sat) ちょっと切ないイブイブ
2001/12/23(Sun) イブイブは今日か
2001/12/24(Mon) 見慣れない人ごみ
2001/12/25(Tue) ぼやーん
2001/12/26(Wed) バタイユ,青空
2001/12/27(Thu) 待ち待ち待ち
2001/12/28(Fri) 本の仕事
2001/12/29(Sat) がつーん
2001/12/30(Sun) アメリ


2001/12/01(Sat)

紀伊国屋の思うツボにすっぽり気持ち良く

Webでとても面白そうな本を見かけて,久しぶりに紀伊国屋BookWebで検索。いつのまにか購入システムが変わってて,検索結果とか購入経緯から,関連したオススメ本リストを表示するようになっていた。Amazonっぽい。
『日本語学のしくみ(加藤重広)』という本をクリックしたら,言語学関係の本が出て来た。柔らかそうな入門書から,難解そうな専門的な本まであって,あれこれクリック。どうやら入門書をたくさん書いてる町田健という人の本がどれも面白そう。どんどん関連する本が表示されてしまう。しかもどれも面白そう。クリック,クリック。
イカンッ,この調子では止まらない。そう気づいたときには,『自然科学としての言語学(福井直樹)』『生成文法がわかる本(町田健)』『新しい日本語学入門(庵功雄)』の合計4冊がショッピングバッグに……。
紀伊国屋の思うツボ。でも,ちょっとストレス解消になったかも。仕事が落ち着いたら,久しぶりに日本語の本を読んでみよう。

2001/12/02(Sun)

オペラツリーに降る雪

会社そばの巨大ツリー
会社の隣にあるオペラシティーというビルの吹抜けには,クリスマスツリーが飾られてる。かなり巨大。写真に写ってる人の背丈から比べると,7〜8mはありそう。
毎年,このツリーが設置されるタイミングが早くなってきてる気がする。正確には覚えてないけど,今年は11月10日過ぎだったかな。いくらなんでも,そりゃひどいと思ったもの。
今日そのそばを通ったら,人がちらほら集まって空を見上げてるので,何かと思ったら,3階のてすりにせりだしたサンタ人形あたりから,雪が降って来た。周囲の人の口から「ほぉ」「ぉ」「ぁぁ」と声がもれる。

早々とクリスマス気分に浸ってるカップルたちを横目に,ぼくは会社なわけで。

2001/12/03(Mon)

人間はトポロジー的には管

3日ほどぶっ続けで仕事してたような気がするのだけど,なんで日記の日付が連続してるんだろう。眠くならないのがとても不思議なくらい,ずっと起きてた気がしたけど,たいして時間は経ってなかったのか。
どんなに徹夜が続いてもご飯だけ食べてれば大丈夫。そう信じてぶくぶく太った上司がいたけど,ぼくはどうも水分を採れば大丈夫と思ってしまうタチらしい。過去30時間に3リットルぐらいコーヒーを飲んで,合計2リットル以上のお茶とコーラを飲んだ。で,30回ぐらいおしっこに行った気がする。自分が,一本の,ただ水を通すだけの管になってしまったのじゃないかと思えるほど,透き通ったおしっこが出続けた。トポロジー的にはもともと人間は単なる管なんだ。
疲れた。愛がほしい。

2001/12/04(Tue)

世界に降る雨

アメリカで生活をはじめたときに,「ああ,その場に身を置く,外国で生活するってこういうことだな」と思ったのは,テレビで天気予報を見た時。アメリカの天気図。もちろん広い国だから,いろんな気候があるわけだけど,何日か天気図を見ていて,全体的にアメリカってのは寒い国なんだと分かった。華氏表示が肌で分かるようになるまで半年ぐらいかかったけど。いや実は低いほうの温度,たとえば水が華氏何度で凍るとか,華氏何度くらいだとバナナで釘が打てるとか,そういうの,未だに分からないんだけど。ぼくが肌で分かるのは50度〜100度くらい。
今日CNNインターナショナルを見てたら,南米の天気図が出てきた。あ,さすがインターナショナルと名乗るだけあって,華氏じゃなくて摂氏を使うのねとか思って,ウルグアイだのアルゼンチンだのの気温を見てみると,24度とそれほど暑くない。南米って暑くないのね。続いてアフリカが出て来た。なんかゆったりした前線のカーブを見てると,大陸が,すごく小さく感じられてくる。かなり広域にわたって雨。そっかアフリカも雨が降るのね。ブリティッシュなまりの黒人女性キャスターが「イベリア半島に前線があるのにお気づきですか……」なんて言ってるのを聞きながら,なんだか不思議な気がしてくる。
東京に住んでたら基本的に北海道の天気なんて関係ないわけですよね。でも,札幌にいつ初雪が降っただとか,今日は北海道だけは雨が降ってないんだな,とか日々の天気予報で知ってたりする。
人間の足では北海道もイベリア半島も,しょせんどっちも行けないような場所,どっちも海外(ちがう)。出張で行く可能性も同程度に低い。じゃあ,どっちの天気予報も,ぼくにとって情報価値としては本質的に変わらないんじゃないのか。
うまく言えないけど,地球がキューッと目の前で小さくなったような気がした。

2001/12/05(Wed)

お風呂の友

防滴ラジオとアヒル
もともとシャワーしか浴びなくて湯舟にお湯をはるなんて1年に数回という人だったのに,最近は1日2回お風呂に入ってる。その入浴時の友が,このラジオとアヒルちゃん。
相変わらずアヒルちゃんは泳げない。けど,なんかホッとするんだよな,このちょっとあさっての方を見てるような平和な顔が。

FOXの深夜で暗ーい映画。古いアメリカの映画かな。タイトルもわからんけど(FOXのWebサイトが死にっぱなし!),たぶん70年代前半。これが非常にいい。犯罪と陰謀と情愛と裏切りと。味わい深いコーヒーのような映画を,かつてはアメリカでも撮ってたんだなぁ。サウンドトラックの音楽のピッチが,ぐらぐら揺れる感じがまた「古き良き」というのを連想をさせる。

2001/12/06(Thu)

「びよういん」と「びょういん」の違い

たぶん3歳か4歳のころ,母親が「今日は美容院に行ってくるからね」などというたびに,ぼくは嬉々として「いまのはビヨーインやんな?」とか「えっ,ビョーインってゆーたん?」とか聞き返していた記憶がある。なんとなく,それを聞くのが楽しみだし,母親も母親で,そう聞かれるのが楽しいらしく,笑いながらいつも丁寧に発音してくれた。たぶんある時期,半年から1年くらい,子どもだったぼくは「美容院」と「病院」の区別がうまくできなかった。
これは実は「モーラ型」という,日本語がコミュニケーションツールとして使われる上で決定的に重要な働きをしている言語的特質と,それを学習していく子どもの習得過程に関係しているエピソードだったと知ったのは今日。モーラというのは「拍」のことで,日本語話者はあまりそうは意識してないものの,ある語が何拍であるかというのは,その語を発話し,認識する上で決定的に重要なんだという。美容院と病院が簡単に区別できるのは,音の発音の違いよりも,拍子の違いによるところが大きい。「びよういん(○○○○○)」に対して「びょういん(○○○○)」。子どもや,外国語として日本語を学習している人は,このモーラの認識がうまくいかないことが多くて,「岡さん」と「お母さん」が区別が付かなかったり,「坂」「作家」「サッカー」が良く分からなかったりする。「モーニング娘。」を略した「モー娘。」が「モームスメ」じゃなく「モースム」と読まれるのは,日本語では省略語は4モーラ,という無意識の原則が働いてるからだとか。なるほどー。
『日本語学のしくみ』(研究社,町田健編,加藤重広著)を読了。これはおもしろい! 目からウロコが5枚ほど落っこちた。語学留学中,いろんな言葉を話す人,外国語として日本語を話す人にたくさん会って,かなり言語観や日本語観がゴロンと変わったけど,そのゴロンに匹敵するくらい,この本でまたゴロンって感じ。つまり,ぼくは日本語を客観的にはまるで知らなかったということ。方言とか,自分の母語である関西方言,それから日常使っている東京方言についても,あまりに無知だった。
それにしても日本語で書かれた本はスラスラ読めるなぁ。

2001/12/07(Fri)

ツリーの輝き

オペラシティーのクリスマスツリー
仕事が片付いて晴れやかな気分。ほんの数日前に見たツリーも,このくらい違って見えましたということで,写真を加工してキラキラさせてみました。12月2日のどよーんとした感じのツリーと比べてみてください,はは。
色校待ちの間,石巻弁(東北弁の1種らしい)で書かれたエスペランティストのページを読みふける。ヒトコトで言えば変人の書いたページだけど,かなりおもしろい。
エスペラント語って,「すべての人にとって第二言語となる」という理想はともあれ,あまりに現実離れしすぎという印象を持っていたけど,世界中の誰もが英語を勉強するよりかは,誰もがエスペラントを勉強するほうがずっとマシという気がしてきた。といっても,エスペラント語って,ぼくには単なるヨーロッパ系言語の人工的亜種にしか見えないんだけど。膠着語っぽい文法もあるっていうけど,そんなん何の意味もない。アジア系言語を考慮するっていうなら,漢字を入れろって感じ。ともあれ,Esperanto FAQによると,英語話者なら,スペイン語やイタリア語の5倍くらい簡単に習得できるらしい。ロシア語の10倍。中国語の20倍。日本語の無限倍!
文法に例外規則が少なく,やたらめったらな変化を覚えなくてもいいってことが,エスペラント語のアドバンテージの1つという。確かに入門してからあるレベルに達するのに,例外規則が少ないってのは学習者の負担を考えるとものすごく大きなメリットだろうけど,いっぽうでそれがどーしたって思わなくもない。最近思うのは,外国語学習でもっとも本質的なのは,語順や活用,テンスといったいわゆる文法の習得なんじゃなくて,実は語彙体系の習得じゃないかということ。文法の習得というか体得は,語彙体系の習得に比べれば,ずっと容易なんじゃないかという気がする。まして発音がどうしたこうしたなんていうのは,もっとどうでもいい瑣末な問題。とすると,ヨーロッパ系言語から語彙を借りてきているエスペラント語は,しょせん欧米人にとって学びやすいというだけで,日本人をはじめ,アジア人にとって,英語と比べてどれだけ学びやすいかは疑問。

関係ないけど,ふと思った。日本語にはおもしろい本が多すぎる,あるいは世界のおもしろい本はたいてい翻訳されている。だから,日本語ができればそれでオッケーという側面がある。んじゃないか。

2001/12/16(Sun)

生成文法って,そーゆーことだったのか

10日近くも日記があいてしまった。ちょっといろいろテストのために,3台あるPCの接続を変えてしまって,日記をつけてるノートPCがネットワークから切断されてしまっていたのでした。
『生成文法がわかる本――もうチョムスキーはこわくない! はず』(町田健),『自然科学としての言語学――生成文法とは何か』(福井直樹),読了。両方おもしろかったけど,とくに「自然科学〜」のほうはひさしぶりに目がさめるような刺激があって,おもしろかった。普遍文法研究って,そういうことだったのか。言語研究って,そういうステージにあるのね,というのがなんとなく見えた気がした。

2001/12/17(Mon)

悪口雑言

帰宅して見たasahi.comで。バカだの阿呆だのと仕事の同僚に1時間半にわたって罵られた男が,裁判で勝って30万円という話。利害のかかわる仕事なのだから,そりゃいろいろと厳しいわけで,バカやろうだの,ふざけるなだのと厳しい言葉が飛ぶのは,まあ日常どこの職場にもある風景。
ただ,それが社会的に妥当と思われる許容範囲を逸脱し,人格への配慮を欠いたモノだった,というのがこの判決。罵られた男は返す言葉もなく,ただ涙していたという。どうやって数えたのかわからないけど,74回にわたって,バカだのアホだの言われたらしい。すごい。
そんなわけで,たった1回,「お前みたいなバカがいるから」と職場の全員の前でたしなめられただけのぼくなんて,30円分くらいの精神的ダメージしかない。
ウキャーッ! と,一方が叫び,叫ばれたほうがウキッとひるむ。人間の社会生活というか,人間関係って,猿そのものだ。

もともと日本びいきのパリのアラン君から久しぶりにメールが来たと思ったら,なんと「日本人の女の子と結婚しました」って。びっくり。

2001/12/18(Tue)

自分リスナー限定,自分放送局

そんな製品があるとは知らなかった。オーディオテクニカとかが出してるもので,イヤホンジャックにさすだけでFMチューナーで聞ける77MHzあたりの電波を飛ばしてくれるという製品をWebで発見。会社帰りにドンキホーテに寄って即購入。2980円。手の平に載るほど小さくて単3電池1つで動く。
この製品,もともとはカーラジオにMDとかポータブルCDなんかをワイヤレス接続するというのがコンセプトの車用品。車用品店で取り扱われてるみたい。どうりでぼくの物欲圏内に入らなかったわけだ。
もちろんぼくが使うのは,車の中じゃなくて,ウチの中。お風呂に置いた防滴ラジオに対して,部屋の中からCDなりMP3なりの音源を飛ばす。すると,お風呂のラジオで自分の聞きたいモノが聞けちゃうのだ。
そもそもお風呂にラジオを置いた理由って,AFNを聞くためだったけど,このAFNが全然つまんないし音楽もイマイチなので,なんとかならんかと思ってたところだったのです。
で,さっそくテスト。まずテレビにつないでみる。おお,CNNがラジオで聞ける! 続いてCD。おお,問題なし。
難点はお風呂に入ってからCDなんかの制御ができないこと。いったんプレイボタンを押したらそれっきり。で,さっそくお風呂で聞いたのは,なぜか中国語発音トレーニングのCD。この中国語の本,勢いで買ったはいいけど,まだ「1日目」までしか読んでないので,CDで模範を聞いてわかるのは最初の1分くらい。お風呂の中でぶくぶくいいながら,なんだか何の練習をしているのかさえ良くわからない発音を延々聞くはめになってしまった。

2001/12/19(Wed)

インド系カレー最高峰

秋葉へ取材に。取材先でやったビデオチャットには美人韓国人と美人中国人が登場。2人とも開発者だというからびっくり。日本語も上手でまたびっくり。思わず覚えたての挨拶をば。カムサムニダー。ところで,Vchatというそのソフト,スゴイかも。これは滅茶苦茶いい。1時間半も話を聞いたけど,限られたページ数でとても紹介しきれそうにないのがおしい。
帰り,久しぶりに麹町アジャンタへ。1人で行くような店じゃないなと,来るたびに思うものの,東方面へバイクで行ったときにはつい寄ってしまう。キーマカレーのほどよい辛さに汗がじんわり。

ぼんやり聞いてたサスペンス映画で,「What exactly do they have on the tape?」という質問に,「Me killing him...」という受け答えがでてきた。文頭に動名詞がくるとき,その形式主語は目的格は取らないものだと思ってたし,文法書的にはそういうことになってるはずだけど,会話の流れのなかで相手のセンテンスを受けて,あたかもそれを続けるような言い方をするなら,こういうのもありなんだな。会話で良く文頭のwhichで相手の文を受けたり,that節を単独で使って質問に答えたりするけど,あれと似てる気がする。
ちらちらと日本語字幕を見てて最近気づいた。ある程度英語が聞けるようになったら,実は英語字幕よりも日本語字幕のほうがイイところもあるかもしれない。意味の分からない単語がうなるほど出て来たり,まったく聞き取れない文があるわけじゃないし,結局未知の単語は1文に1個か,多くて2個。で,まったくスペルの予測もつかないとか,何を聞き逃したのかさえ分からないということよりも,比率としてはスペルがパッと頭に浮かんで「あ,その単語知らんぞ」というもののほうが多い。となると,たとえ意訳されてるにしても,対応する日本語訳を見れば,単語の意味は推測できる。そしてさらに,「なるほど,そう訳すのか」という勉強にもなる。日本語は見た瞬間に意味が頭に入るので,先に意味を理解してから英語が聞ける。面倒くさがり屋のぼくには,辞書を引かなくて良い,ただ見てるだけーというスタイルがいい。結局,英語と日本語の両方の字幕を同時に表示するのが一番いい気がして来た。今月の仕事が落ち着いたら,何とかやってみよう。

2001/12/20(Thu)

歩いて1分の取材先

交差点をわたったら,そこ,という場所にあるオフィスを取材で尋ねる。エレベータに乗ってる時間のほうが長い。
素晴らしいソフトウェア。これが普及しなかったら嘘だ。

2001/12/21(Fri)

文章とプログラム

Too many programmers jump too quickly to ``the'' solution to their problems; they think for a minute and code for a day rather than thinking for an hour and coding for an hour. --- Jon Bentley
課題にたいして,あまりに性急に「解決」に飛びつくプログラマが多すぎる。そういう人たちは,考えるのに1分,コーディングに1日を費やす。1時間考えて1時間でコーディングする代わりに。
プログラミングに関する,とっても示唆に富む発言なわけですが,最近,文章作成も同じだなと思う。

2001/12/22(Sat)

ちょっと切ないイブイブ

最近,会社にいるときはMSN Messengerを起動して,Passportにサインインしっぱなし。夜,大学時代の友達がサインインしてきて,ふたことみことやりとり。「3連休って3連休なの?」とぼく。「3連休じゃなくて,オレは今日から19連休だよ」。がーん。聞くんじゃなかった。
深夜1時,山手通りに暴走族出現。なんか小人数。中途半端な爆音を立てながらゆるゆると蛇行運転する彼らの後ろをバイクで走りながら,なんとなく切なくなる。人生いろいろだけどさ。爆音のさびしい暴走行為はむなしそうだ。次々と赤信号無視をするわりに交通量の多い交差点でためらいがちにUターンする暴走行為はむなしそうだ。そもそも,この季節,ヘルメットなしじゃ寒いだろうに。
冷蔵庫のビールが切れてたかな,いや確かあと1本あったぞ,と考えながら走る。でも,なかったらダメージが大きいので,念のためとコンビニに寄る。
麒麟淡麗500ml×2本。409円。もぞもぞとポケットから取り出したコインの合計が,ひぃふぅみぃよぉ,ぴったり409円! やったぜザマアミロとカウンターに,威勢良くぶちまける。が,良く見ると408円。一瞬固まる店員。「あらっ」とぼくが間抜けな声を出した瞬間に,店員は「ハイ,ちょうどですね」と言ってコインに手を伸ばした。前からヌケた顔した奴だと思ってたけど,瞬間,奴の顔がナスビに見えた。
オトナになったぼくは,最近正直の美徳を信じはじめてる。1円足りてないことを正直に申告すべきだと思った。でも,自分に正直なぼくとしてはそんな面倒なのはイヤッという自分に正直にしたがって黙っていた。1円ごときでためらった分,損した気分になる。
かき集められるコインを見たら,やっぱりちゃんと1円が4枚,合計409円あった。ナスビに見えた店員の顔に,かすかに笑いが浮かんだ気がした。「お前こそナスビ」,そう言われた気がした。
うちに帰って冷蔵庫を空ける。がらんとした庫中をみて,「イーーェスッ」とガッツポーヅ。なんか寂しいイブイブだ。

2001/12/23(Sun)

イブイブは今日か

昨日はイブイブではなく,イブイブイブだった。どうでもいいけど。どうやら原稿は書き終わった。無事に年を越せそう。って,越せなかった年はないけど。

2001/12/24(Mon)

見慣れない人ごみ

会社の隣のオペラシティ,毎年飾られる巨大なクリスマスツリーの知名度があがりつつあるのか,今日はやたらと人が一杯。こっちゃー,いつも通りメシを食いに行っただけなのに,なんで休日の夜8時にトンカツ屋で「お待ち」なんだ。

2001/12/25(Tue)

ぼやーん

ゲラ待ちのぼんやりした空き時間。やたらと眠い。職場の本棚から雑誌をごっそり抜き取って読みはじめる。眠い。なんでこんなに眠いんだ。本棚のそばに落ちていた知恵の輪をやりはじめたら,急に目がさえてきた。
結局,ゲラは出ず。早々に帰宅。

2001/12/26(Wed)

バタイユ,青空

タイトルと装丁と著者名に引かれて1年以上前に購入した本。寝床で読みはじめたのは昨日。ジョルジュ・バタイユ,『青空』(天沢退二郎訳),読了。「ぼくは踏みにじられたぼろ屑だった。不幸を自分の身に引き寄せ,死にかかっていた……。スペイン戦争前夜。真っ黒な予兆をはらんだ青空の下で,破滅に瀕したひとりの男。彼をうちのめした苦悶とはなんだったのか。嫌悪と倦怠と恍惚と――。「黒いイロニー」をもとめつづける孤独な魂の彷徨を,息づまるばかりの切実さで描く。著者自信によって発表まで20年間遺棄されていた,思想的作家バタイユの危険と魅惑にみちた傑作」。
うーん,黒いイロニーって何だろう。久しぶりに読んだ小説,純ブンガクなのに,なんか,それほど感じるところがない。暗い時代精神に呼応する混乱とか,精神的地盤の脆さ,思想的危うさとか,決してやって来ない革命を前にした徹底した自嘲とシニシズム,そういうものがないまぜになった意識の混濁。放蕩と感能に身を委ねる生活とか,ハイ,それで? って。「危険な作家バタイユの恐るべき魅惑」ねぇ。1935年ごろのヨーロッパ人にとっての危険って,この程度のものだったのかしら。
ずっとむかし,フランス文学にかぶれそうになったぼくとしては,バタイユって読んでみたい,もっとも気になる作家の1人ではあったけど,なんか期待外れ。そもそも,読むのが疲れる日本語だった。これ,絶対に翻訳文体だと思う。これは日本語じゃない。『眼球譚』を読んでみたい。

2001/12/27(Thu)

待ち待ち待ち

すでに再校もあがってて最後の差し替え画面待ち。先方には2日も前にお願いして,さらに昨日も念押ししたのに「準備中です。用意でき次第」とか。で,待ってでも全然来ない。連絡も来ない。間に合わないので差し替えなしでOKなのかどうかとメールしても,それすら返事がない。
しびれを切らせて電話をしたら,のんびりした返事。「そうですよねぇ。画面ですよねぇ,どうするか考えてたんですけどね」って,だからもう考えていただける時間は過ぎてるって言うのに分かってるのかしら,この人はって。結局,一番妥協したくないところで妥協せざるを得ない状態に。あー,格好悪ぅ。でも,ともかく校了。

小学校,中学,高校と一緒だった友達と神田の焼肉屋へ。安いお値段なりの肉だけど,うまい。食う食う。ビールも飲む飲む。
久しぶりに会ったHは,オトナみたいなスーツ姿で登場。これが部下を使ってる貫禄みたいなもんか。外観にも貫禄が……。「あれ,また来てるんちゃう?」と視線をあげつつぼく。「わかってんねんっ,ええねん」。「ちょっとオデコの髪あげてみてーや。うわっ,アカンッ,来てるでオマエ」。
店をかえて2時過ぎまで。飲みながら話すのは,仕事のことが多い。互いに近い業界にいるから話は刺激的。
近い将来の見通し,漠然とした不安や諦念,まだまだ若さが残るりきみ。遠い将来の泡みたいな絵。2人ともやけにさめて話す恋愛事情。現実味のない結婚観。なぜ結婚が現実的じゃないのか,そのロジックが2人とも似ているから,あまり語るべきことはないのだけど,同病相哀れむってことろ。「相手うんぬんやなくて結婚なんかでけへんで。したないわ」「オレもせや,分かるわ」。
週末に弾くアコースティックギターがなかなか上達しなくて,むかしと変わってないという。思い出したように,ぼくもロフトの奥から古びたギターを引っ張りだしてジャラーンと弾いてみたけど,コードを思い出す間もなく指が痛くなってやめた。

2001/12/28(Fri)

本の仕事

元上司,元先輩,現後輩と待ち合わせて渋谷で忘年会。じつはほとんどみなさん1年ぶり以上なので「忘れましょう」と言える共通した1年があるわけでもなく。
最近会うたびに「はい,これを」と手土産持参の元上司。新書1冊とマンガ1冊。どっちも良く売れた本だとか。でも,ホントに本が売れないんだよーと,話題はやっぱり出版不況に。せっかく売れた新書が,人文系出版社の倒産のために債権回収の見込みがつかないんだとか。うーん。『論文マニュアル』という,その学生にむちゃくちゃ売れた本,見た目のノウハウ本然とした体裁にもかかわらず,実は「最近もっとも売れた形而上学の本」だと,冗談だか本気だか分からんコメント。中を見ると,確かに不思議な感じ。表面上は単々と文章技法を述べてる本に見えて,文字を読んで見ると例文や要点整理の言説が,かなりヘン。

2001/12/29(Sat)

がつーん

エルデシュという数学者の一生を書いた本が最近急に気になっていて新宿南口の紀伊国屋へ。Amazonで買えば安くていいんだけど,なんとなくその場で手にしたい本というのはある。それに年末に読みたい本を,今からAmazonで買っても遅い。
残念ながら見つからず。エルデシュの本と同じくらい気になっていたサイモン・シンの暗号に関する本に心を奪われるものの,結局英語の本は1冊も買わず。
いっぽうで買うつもりのなかった日本語の本だけど,ふと1冊手に取ったら止まらなくなって7冊も買ってしまった。
『日本人はなぜ英語ができないか』(鈴木孝夫著),読了。これはまた,がつーんと,インパクト。
タイトルからすると,社会言語学者で外国語学習の方法論にもきっと詳しい著者が,日本人のおかれた言語的な状況を,言語学的に客観的に説く本かと思ったけど,全然違う。これは英語教育改革に関する提案の本で,その背後にある歴史観や言語観に,めまいがするほどのインパクトを受けた。
「英語をやらなきゃ」とは誰もがいうけれど,誰もが危ういほどに,言語とは何か,外国語とは何か,日本人にとって英語とは何かに関して無自覚だとますます思うようになった。
興味深い論点はいくつもあったけど,1つだけ。日本人が英語を話すとき,それはイギリス人やアメリカ人のように考え,話すということなのか,それを英語の勉強をする前に日本人はちゃんと考えないといけない,という。
ぼくはアメリカ英語をとりあえずの目標にはするけれど,ホントはそうじゃない。ぼくは日本人として,日本人の英語を話したい。せめて国際語としての英語が話せるようになりたいと思う。でも,その両方とも,非常に実体が見えづらいし,日本人の英語というのは,そもそも実体がほとんどない。普段話している言葉,慣用句や語彙がすらすら英語で出て来なくて,なんで英語が自分の言葉になんかなるもんか。
以下,メモとして。著者の主張する日本の外国語教育改革の柱は3つ。まず英語を中高など年齢を問わず,完全に選択制授業にしてしまうこと。やりたい奴だけがやればいいという。2つ目は,英語,フランス語,ドイツ語だけじゃなくもっと多様な外国語を教育課程に採り入れるということ。3つ目は,英語を通して欧米のことを知るとか,国際感覚を磨くなどという発想を捨てろ,ということ。かわりに,日本の歴史なり文学なり,ともかく日本のことを英語で勉強するのがいいという。

2001/12/30(Sun)

アメリ

映画,『アメリ』。うん,なかなか。

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