2000/11/01(Wed)
銀行口座,ラジオ,コンタクト,ワイヤレスモデム
レッスン2日目。うん,楽しいし,ちゃんとまじめにやっていけば結構イイ線いけるのではないかという気がして来た。
ホームステイ先もレッスン開始日も,レベルも,選択クラスも全部同じで,一緒にレッスンを受けているグレッグの英語は,ことごとく「H」の音が抜けてるので(フランス語はHを発音しないので,HOTELはオテルだし,HERBはアーゥルブとなる),いちいち聞き返さないとわからなかったりする。
そのグレッグはちょっと暗くて気難しい奴だと思っていたけど,レッスン中,あれこれ話てるうちに,急に心を開いて来た感じ。で,思い出せる限りのフランス語で,あーだこーだ言ったりしてみる。エグザクトモーン!(そのとおり) チュアレゾーン!(君が正しい) ジュヌコンプラァーンパッ!(わかんないよ) ケスクチュフェスソワール?(今晩どうするの),ジャリーブ(今行くよ),ジュシファティゲェ(疲れたよ)……。
Intensive course(集中コース)といっても,1日6レッスン,時間にして5時間しかクラスがないので,1日おきに午前か午後があくことになる。今日は午後が空いていたので,あれこれ買物。
Radio Shackでポータブルラジオを買う。通学時のおとも。やっぱり語学は,いかにたくさん聞くかだよね。
コンタクト。コンタクトって,行けばすぐに買えるのかと思ったけど,日本同様に処方箋みたいなのが要るってことなので,明日もう1度検査を受けに来るという予約だけいれる。しかし,検査だけで45分かかって,$94も取られるって,こんなもん? 日本でもそんなもん?
ワイヤレスモデム。PCショップで,
Ricochet のデモを見る。あれこれ説明を求めるんだけど,どうも店の兄ちゃんは,あんまりPCに詳しくないようで,Linuxという言葉を口にした途端に「サポートしてないよ」の一言。うーむ。しかし「ATコマンド」も知らない店員って,一体何の役に立ってるんだ? ワイヤレスモデムはもう少しあれこれ調べる必要がありそう。
Bank of Americaで,銀行口座を開く。なんというか,やりとりしてると結構気が狂いそうになる。金の数え方は下手だし,間違えるし,計算は超遅いし,ちょっと変なこと聞くと露骨に嫌な顔しやがるし。で,日本で言う普通口座,saving accountというのが,ぼくに適してるようだったのでさっそく口座を開いてもらう。実は日々1000ドルほど持ち歩くという落ち着かない生活を続けていたので,その現金を預けられただけで,ちょっとほっとした。
2000/11/02(Thu)
人生には見なくていいものもたくさんある
生まれて初めてのコンタクト。と言えば,コンタクト経験者なら,もう「人生には見なくていいものもたくさんある」ということの意味はわかると思うけど,一気に世界が開けた感じ。
遠く,ビルの合間からのぞく山とか,丘の途中の家とか,全部見える。ビルの窓ガラスが1つ1つ美しい。たぶん,視力1.5を取り戻したんじゃないかってほど,すばらしくよく見える。
でも,良く見えてみると,またあれこれ違った風に見えても来る。結構カワイイ子がいるなと思って見てたスペイン娘でも,あー,なんかお肌があれてやしませんか……,とか。もちろん自分の顔を鏡で見てもやっぱり違った感想が。久しぶりに,こまごまと自分の顔が見えたもんだから,急に自分が歳を取った気がしてしまった。人生には,きっと知らなくていいことや見なくてすむものなら見ないほうがいいものもあるのでしょう。
それにしても,コンタクトを外すのが,どうにも時間がかかる。入れるほうは,すぐにできたけど,外すのは大変。「とてもできると思えないんですけど」といくら言っても,店員さんは,にっこり笑って「とにかくできるまで続けて」と見守るばかり。5分以上かかって,やっとポロリ。ふぅ。1日を終えてコンタクトを外すのもやっぱり5分はかかったし……。ま,そのうち慣れるんだろうけど。自分の目の玉を指で触って感触を感じたのは,生まれてはじめてかも。中には,目の玉が性感帯だという女の子がいるらしいけど,何か少しわかる気もする。ゾクゾクするんだろうなぁ,きっと。あ,もちろん目の玉は指で触るのではなくて,舌でなめるそうなんですが。
コンタクトを買ったその日のうちに眼鏡を作れば$85安くなるという言葉に乗せられて,眼鏡も作る。そう,眼鏡を日本に忘れて来てしまったので,あれこれ困ることがあるんだよね。これで目を細めなくてもホワイトボードの字が読めるし,ファストフードのメニューの細かな字も見える。
2000/11/03(Fri)
今週のクラスは終わり
ここ2,3日のサンフランシスコはパーフェクトな天気。とくに今日の昼間は半袖Tシャツで平気なほど暖かかったし,ものすごく空がクリアだった(ように思えたのは,コンタクトのおかげもあるかもしれないけど)。
午後はグレッグとケンタロウと,すっかり観光気分でゴールデンゲートパークに。ちょうど同じ方向に帰って行く先生がいたので,一緒にバスに乗り込む。これぞ本物の現地観光ガイド。ありがたいこってす。しかし,ゴールデンゲートパークって公園なんだけど,これといって何があるわけでもないなぁ。博物館とか日本庭園とか。ふーむ。
とあるクラスで1人あたり5分間のプレゼンをするというのがあっったので,ぼくは日本の出版業界の話を。アウトラインしか考えてなかったので,5分も話が持つかどうか心配だったけど,意外にも7分ぐらいしゃべり続けていたらしい。着いた日に比べると,口から出て来るセンテンスが,だいぶ長くなってきた気がする。ともかく今日で1週間のクラスは終わり。いや,学校は楽しいですなぁ。いい感じ,いい感じ。
メール環境が最悪。なぜか,うまく受信(POP)できないことが多くて,3日に1度くらいしかメールが見れない。ネットのない生活,お酒もタバコもコーヒーすらない生活。かつて,こんな生活がありえただろうか。ははは。しかし,ネットだけは早くなんとかしないとなぁ。
2000/11/04(Sat)
カリフォルニアワインツアー
サンフランシスコに来て1週間。初めて週末。ちょうど日本から出張で来ているK氏がサンノゼ在住のH氏などと一緒にナパ・バレーツアーを企画しているというので,一緒に連れて行ってもらう。DT社のI氏やDS社のS氏,O氏など,総勢6人のツアー。
ナパは広い。1日で回ろうというのは無謀かも。土地が余ってるからか,みはるかす限り葡萄畑というわけではなくて,だだっぴろい土地に思い出したようにポツリポツリと葡萄畑が広がっている。それぞれの畑は,どこかのワイナリーの所有で,各ワイナリーで,いろんなワインがテイスティングできる。だから,テイスティングツアーとなると,ワイナリーのはしごをするわけだけど,これが意外に大変。それぞれ離れているし,道は簡単じゃない。結局,1日の半分の時間は道を探すことに費されていた感じ。
やや遅めのブランチは,風通しのいいレストランで食べるフレンチ。サンフランシスコに来てから,ロクなものを食べてないから,手のこんだ料理にちょっと感動する。シャンパンもワインも確かにおいしい。
あれこれテイスティングしたけど,だいぶカリフォルニアワインのイメージが変わったかもしれない。ぼくがおいしいと思っていて,日本で毎日のように飲んでいたのは,ぜんぜんカリフォルニアワインではなかったらしい。というと,本場で飲んで「これがホンモノか!」と感動したと思うかもしれませんが,逆です。あんまりおいしいとは思えなくて,むしろ東京で600円で買えるワインのほうがおいしいと思えたから始末が悪い。好みなのか,慣れなのか,あるいはぼくの舌がプラスとマイナス(って何の?)を間違えてるのか……。
ナパの帰りがけ,Fry's(巨大な郊外型コンピュータショップ)に立ち寄って,PCカードシリアルアダプタを買う。これで後はワイヤレスモデムを買えば,なんとかネット環境は手に入るかも。少しだけ立ち寄ることになったK氏のホテルでワインを飲みすぎて,そのまま泊まってしまった。
2000/11/06(Mon)
微妙なズレが……
素晴らしくいい天気。クラスの終わった午後,ランチを食べに学校を出るところで,とうとうグレッグとお別れ。どうも,たべものや飲物の嗜好が大きく違うようで,どうにもならん。プライドが高いのか,フランス料理以外はどうも料理だと思ってない節があるのが気になる。うーん。といっても,彼の好みはバーガーキングのチーズバーガーだから,ちょっとアレなわけで。
アジア料理のレストランが豊富にあるのがサンフランシスコの大きな特徴なのに,まったく受け付ける気がないらしい。もったいない。別に日本やアジアの食文化をどう思われようと構わないけど,あまりに心が堅く閉じてるので,やや閉口。
ケンタロウはケンタロウで若い。21歳の学生だから仕方ないけど,一緒に食事をしてると,あまりの経済感覚の違いにズレを感じてしまう。昼メシが$8だろうが$10だろうが,たいして違わないと思うんだけど,学生にとってはそうでもないらしい。そうだったかなぁ,学生時代。うーん。
グレッグもケンタロウも,あんまり飲み歩くような人ではなくて,「タコスとビールをたらふく流し込みに行こうぜ」と言っても,「あのエリアはメキシカンだらけで物騒だから近付きたくない」とか「レストランはチップがいるから嫌だよ」とか……。ああ,日本の飲み友達諸君,サンフランシスコにおこしの際は,是非ビールに誘ってください。まあ,夜は早々に家に帰って,まじめに復習をしつつ宿題をこなすというのも悪くないけど。そのほうがお金かかんないし。
2000/11/07(Tue)
課外学習
ダウンタウンの朝市にでかけて,マーケットで野菜や果物なんかを売ってる人,買ってる人たちに,あれこれ質問をするというのが今朝の授業。「すみません,日本から来た学生で,英語を勉強しています。御迷惑でなければ少し質問に答えていただけませんでしょうか」とかやって,知らないproduce(生鮮モノ)があったら,名前や調理法,育て方を尋ねたり,マーケット全体のことをあれこれ聞いたりする。ついでに,大騒ぎの大統領選挙のことに関しても,コメントを求める。
しかし,サンフランシスコのファーマーズ・マーケットというのは,アジア系が5割,ヒスパニック系が2割,アングロサクソン系が2割とかそういう比率だし,英語といってもいわゆるアメリカ英語というものを話す人のほうが少数派。
こっちの英語は下手でナマってるし,向こうの英語はうまくてもナマってるしで,なかなか大変。もともと日本語でやったとしても,政治の話はぼくは苦手なので,選挙に関してはほとんど何も話が弾まない……。こちらに来てから,ようやく上院と下院の議員数とか選挙制度を知ったという有り様なもんで。
ワイヤレスモデムのRicochetを購入。モデムが$99で,月々$79でつなぎ放題。サンフランシスコのベイエリアなら,どこでも128kbps出るというので,まあ悪くない。コンパクトなモデムをノートPCと一緒に持ち歩けば,公園ででもスターバックスででもネットが使える。これで事実上インターネットのない生活もやっと終わりかと思ったら……。なぜか20kbpsもでない。遅すぎる! しかも,Linuxでは300bpsぐらいしかスピードが出なくて使いものにならない!! ああ,まだしばらくはメールがまともに使えそうにないのでした。
2000/11/08(Wed)
チョムスキーは日本語を知らなかった
20世紀の偉大な言語学者,チョムスキーによると,人間の操る言語全般には普遍的な原理・原則・操作・概念の体系があって,それは人間の遺伝的資質に根ざしているという。あらゆる言語には普遍的な,共通の根っこみたいなものがあって,各言語というのは,その根っこから出て来る種類の違いに過ぎないという。生成文法理論。
そのチョムスキーは,もちろんさまざまな言語を覚え,研究したのだそうだけど,晩年になって韓国語と日本語の文法を勉強して,たいそう驚いたという。この2つが,あまりにも彼の理論とかけ離れた言語だったんだとか。
言語と言語の距離というものを考える。共通する語彙の数,音素がどのくらい共通しているか,文法的にどれだけ似ているか,などなど。そうやって言語間の距離を定めると,たとえば大阪弁と,東北弁は,かなり近い言語ということになるし,イギリス英語とアメリカ英語はもっと近い言語ということになる。フランス語と英語は,日本語と英語よりは近いけど,フランス語とイタリア語ほどには近くない,とか。
そうやって,どんどん言語と言語の距離をはかって,うまくならべてやると,アフリカを中心にして,ヨーロッパから日本や韓国に至るまでの言語がきれいに直線に乗っかる。そんな研究報告を見たことがある。これはちょうど,ミトコンドリアDNAを調べて,人種間の距離をはかってもアフリカを中心に,物理的に離れるほどDNAの違いが大きくなるというミトコンドリア・イブの話とも一致する。その昔,ホモサピエンスはアフリカの熱帯林が乾燥するにしたがってサバンナに暮らすようになり,やがて,北へ東へ広がって行ったのかもしれない。そうして少しずつ,言葉が変わって行ったものとすると,何か妙に納得できるものがある。
何の話かって,もちろん語学学校のクラスでの感想です。ヨーロッパ系の奴は,リスニングとスピーキングが総じてうまい。というか,母語と変わらないスピードで話すし聞くことができる。スウェーデンとかデンマークとかから来てる奴らが,一番うまくて,フランスとかスペインがその次。日本人と韓国人は,だいたい発話が遅いし,不自然。ものすごいハンディを感じる。10分ほどのテープをリスニングで聞いて理解度をチェックすると,ほとんどヨーロッパ系の奴は苦労もなく理解していることがわかる。
ところが! 彼らは,ものすごく基本的なことを知らなかったりするので,なお驚く。たとえば,deserve,deliberatelyなんていう単語を知らないのはまだいいとして,tiredとかtoughなんていう単語を知らなかったりする。そんなんで,なんでテレビのニュースがわかってしまうのだ!? It'sがIt hasの省略系とも知らない奴もいれば,worryの過去形のスペリングが分からないという奴もいる。それにヨーロッパの奴らの発音は,お国ナマリがひどくて滅茶苦茶なのもいる。学校の初日に,発音がきれいだとぼくがホメられた理由が,よくわかる。これを見ている日本人諸君,発音に関しては自信を持っていいぞ。LとRの区別がついて,thとsをちゃんと使い分ければ,ある意味,それでもう十分なのだ。
うまく英語を話すために必要なのは,単語をたくさん覚えることとか,いろんな言い回しを覚えることじゃなくて,ごくごく基本的な文型を徹底してパターン学習することなんだと思った。読むにしろ聞くにしろ,自然なスピードで理解して,自然なスピードでアウトプットすること。これしかないんじゃないか。
もともと日本語の中で育った人の頭の中には,英語風の文型パターンを認識する回路はまるっきり用意されていない。日本語とか韓国語って,動詞の語幹は変化せず,語尾が変わったり助詞がやたらとくっついたりする「膠着語」で,英語とかドイツ語なんかは,単語の形そのものが変わる「屈折語」だから,まるっきり違うのだ。語順もまるで違う。
ちょっと悔しいのは,たとえばフランス人が「フランス語と英語は似ているといっても,せいぜい3割ぐらい単語が同じなだけだよ」とかスウェーデンから来た女の子が「スウェーデン語は,英語とはまるっきり違う言語よ」とか言ってるのを聞くとき。彼らが言ってるのは,語彙や発音の違いであって,文型や文法のことではないし,彼らは日本語や韓国語,あるいはアラビア語や中国語がどんな言語であるのか,まったくカケラも知らないのだろう。ほんの1冊でも入門書を読めば,あまりの違いに衝撃を受けるに違いないと思う。ぼくがアラビア語の入門書を読んで衝撃を受けたように。あるいは,かつて英語に単数と複数の違いがあることに驚いたり,フランス語の単語に男性女性の区別がいちいちあることを知って驚いたように。そうやって言語を相対化して見ることができれば,フランス語と英語が似てないなんて,恥ずかしくて2度と言えないと思うんだけどなぁ……。
なんていう負け惜しみを言ってても仕方ないので,並のヨーロッパ人よりは,絶対に英語うまくなってやるもんね。
左目だけコンタクトの度数があってないみたいだったので,ちょっと強めのものに換えてもらう。
2000/11/09(Thu)
チャイナタウンのプールで出会った不思議な紳士
ぼくが通ってるASPECTという語学学校はチャイナタウンの玄関,ドランゴンゲートの隣にある。だからこちらに来てから毎日のようにチャイナタウンは目にしていたし,中を少しぶらついて店を眺めたり,マーボードーフを食ったりしたこともある。
それで,チャイナタウンはこんなもんかというイメージが早々にできあがっていたんだけど,今日ちゃんと奥のほうまで歩いてあちこち散策してみて驚いた。滅茶苦茶広いし,本当に中国人だらけ,聞こえて来るのも中国語だらけ。とくに中国文化センターとかなんとか言う巨大なビルがあって,その下にある公園は,ほとんど純度100%の中国人の世界。おじいさんたちが中国将棋(あれは何と言うんだろう。日本の将棋とも結構似てるけど持ちコマが使えなかったり,「馬」がチェスのナイトと同じ動きをしてた)に興じてたりする。それぞれのゲームには人だかりができていて,みんな激しくヤジを飛ばしている。「ダメだっての! んーなとこに駒やったら食われっちまって,すぐに負けるらぁ」とか,どうもそんなことを言ってるらしい。中国語わかんないけどさ。まるで北京にいるみたいだ。北京に行ったことはないけどさ。
チャイナタウンにあるジムに行って会員になる。ジムにある設備は全部使えて月に$45。これ,学生割引というか,学校割引。3日に1回も泳げば1回500円ぐらいだから,まあ悪くない。でも,目的はプールだったのに,なぜかプールが使える時間帯が1日に3回,それぞれ2時間半と,妙に限られているのが悲しい。
すぐに泳ぐつもり,やる気まんまんだったのに,プールが使えるのは17時からと,ひょっこり中途半端な時間ができたので,チャイナタウンを抜けてコイト・タワーを目指してみた。コイト・タワーというのは,サンフランシスコのランドマークの1つで,丘の上に立つ古い古い塔。かつて街の景観を美しくするために,とある金持ちが1933年に私財で建てたものらしい。別に電波を飛ばしているわけでも,灯をともしているわけでもない,ただの塔。だから別にコイト・タワーと言っても別に見るほどのものでもないのだけど,いっぽうではサンフランシスコに長期滞在してコイト・タワーに登らないというのは,ちょっとまずいという思いもあって。横浜に住んでいてマリンタワーに行ったことがないというのと同じでまずいのです。あ,ぼくは昇ったことはないけどね,マリンタワー……。
コイト・タワーは市内のどこからでも見えていて,すぐそこ,近くにあるように見える。だからチャイナタウンを歩いていて,ふと目指す気になったんだけど,これが想像以上に大変。サンフランシスコの坂というのは半端じゃなくキツい。ガイドブックも何も持ってなかったので,だいたいタワーの見える方向に歩いていくわけだけど,道を間違えて戻るのはやっぱり坂。息切れしながらタワーに近付いていくと,近すぎてふと見えなくなるし……。
住民らしき人に道を聞いて,ようやく最後の階段を登ると,塔のふもとにたどり着いた。振り返ると,すばらしい景観が眼下に広がっっている。夕映えのサンフランシスコ。金融街のビル郡も美しいし,坂をぐーんと下って,ぐーんと登った先に見える住宅街もいい雰囲気。サンフランシスコの北東,ロシアンヒルやノブヒルといったあたりには富裕層が多く住んでいる。正面にはサンフランシスコ湾。遠く見下ろす海では,波が光をゆっくりと揺らしながら運んでる。フィッシャーマンズワーフにヨットがたくさん停泊している。カモメがちらちら飛んでいる。ややモヤがあるものの,左手にはゴーデンゲートブリッジ,右手にはベイブリッジ,そして正面にはアルカトラズ島が浮かんでいる。コンタクトレンズを使うようになったからか,なんだか望遠鏡を使って景色を見ている気がしてくる。
一旦学校に戻ってケンタロウと合流する。一緒にプールへ。20ヤードプール(18mくらい?)というから,小さいのだろうとは思っていたけど,予想以上に小さい。4人ぐらい並んで泳げばもういっぱいという感じの幅しかない。でも,学校の事務の女の子の話では,いつも人がほとんどいないらしく,実際,ぼくとケンタロウのほかに泳いでいるのは2人だけで,1時間ほど泳いだ後,あがるころには,泳いでいるのはぼくら2人だけだった。これだけ空いてるなら,まあ文句はない。
ロッカールームで50がらみの銀髪の紳士に声をかけられる。年齢の割にタフなようで,ほとんど休まずに30分泳ぎ続けてた人。何でも,そこのジムの奥でJETSという名前のクラブのミーティングがあるので,参加してみないかとか。JETSというのは,Japanese English Toast Masterの略で,なんというかおしゃべりクラブというか交流会というか,そんなようなもの。月に2度集まってるらしい。半分が日本語ネイティブで,半分が英語ネイティブの人たちが集まって,それぞれの言語で,1人あたり持ち時間6分で話すミーティングをした後,みんなで食事しに出るというのが定例という。何だか良くわからないまま参加してみたら,日本人がみんな流暢にいろんなことを話しているのでちょっとびっくり。「今日は何人かゲストが来ているので,ゲストの方は簡単に自己紹介してください」と言われて,どっきり。
ぼくはなぜここに居て,知らない人たちの前で突如自己紹介なんかしてるのだろうかと不思議に感じつつも,なんだか楽しそうな予感が。ただ,すでにホストマザーが晩ご飯を用意してくれてるはずの時間だったので,食事会に参加できなかった。残念。こういう融通の効かなさが,一人暮らし生活の長いぼくには,どうも不自由に感じられて仕方ないんだよなぁ。ま,JETSは次回。
ちなみにJETSに来てるアメリカ人も,次の定例会では日本語で話すらしいけど,それを聞くと自分の英語に自信が出るらしい。要するにアメリカ人の話す日本語は滅茶苦茶だって。そりゃまあ,そうだろうなぁ。
2000/11/10(Fri)
いくつに見えました?
プールで30分ほど泳ぐ。ジムに置いてあるアヤシイ体重計で久しぶりに体重を測ってみたら,131ポンド弱……って,59kgに欠けるぐらいか。あんまり体重は変わってないようだ。
ほとんどお酒を飲まない生活を続けている。まったく飲まない日がたくさんあって,自分でも良くやって行けてるものだと思ったりする。ステイ先のマリアーノおばさんは,タバコもアルコールもコーヒーも,紅茶さえ受け付けない人で,必然的にお酒を飲む機会が少ない。一緒にステイしているグレッグもケンタロウも,あんまり飲まないみたいだし。
ところが週末だけは,マリアーノおばさんは気を使って,(そこそこ?)手の込んだ料理を作ってくれて,自分では飲まないワインまで出してくれる。月に500ドルで,部屋と朝晩のご飯代というのだから,これは結構なサービスだ。で,そうやってワインを出してくれるのはいいのだけど,1杯だけなんだな。飲まない人には分からないだろうけど,1杯飲んだら2杯,3杯と飲みたくなるのが酒飲みというものなのだ。
で,とうとう近所のグロッサリーストアに,こっそりワインを買いに行ったんだけど,何かIDを持ってないかと言われてしまった。わーい。21歳以下に見えるらしい。苦笑いしながらポケットを探っても,手持ちは名前だけしか書かれていない学生証と日本の免許だけ。せめて日本の免許が生年月日を西暦で表示してくれてたら,なんとか説明のしようもあったかもしれないけど,ぼくの生年は45年と書かれてあるのだった。「パスポートは家に置いてあって,いま何も持ってないんですが」と,ちょっとニコニコしながら言ったら,思いきり疑りのマナコで見られてしまった。
ステイ先の家から歩いて30秒のところにある店なので,「じゃあ,ちょっと取りに戻ります」といって,パスポートを持って来る。「いくつだと思いました? 1970年生まれの30歳ですよ」と言ってパスポートを見せたら,笑ってた。20歳に見えたって。中国人だと思ったらしい。
ワインも安いけど,びっくりしたのはワインオープナー。例の翼を広げて押し下げる方式の奴,一番安いのだと2ドル弱,なんと200円なんだよね。日本だと安くても5,600円ぐらいするよね。
1人で飲むワイン。久しぶり。満月です。こちらはディーゼル車がゼロで空気がとてもきれいです。カシオペアがくっきり空に浮かんでいます。
2000/11/11(Sat)
That's life! Life moves on. And so should we.
3連休の2日目。あ,昨日はVeteran's Dayという,退役軍人のための祭日だったのです。で,今日土曜日はコインランドリーで洗濯して,ダウンタウンに買い物に出かけて,公園に行って本を読んだりと,とても休日らしい休日を過ごしてました。あぁ,時間のある生活っていいものだね。まるで学生みたいな生活です。日本にいた先月までの,あのあわただしい日々は一体なんなのだろうかと,夕暮れの公園で目を細めて物思いに耽ったりしています。アラモ・スクエアという高級住宅街にある公園は,芝生がとてもきれいです。
小リュック1つ,中リュック1つ,合計2つのリュックという軽装でアメリカに来たもので,ほとんど服がない。で,GAPでたくさん買い物。渡米しようと心に決めた日から,ほとんど買い物らしい買い物をしてなかったので(酒代だけはケチらなかったけど),セキを切ったように物欲が炸裂するのを感じる。こっちに来てから買った物は,ほとんど買わずに済ませるわけにいかない必需品ではあるのだけど,コンタクト,メガネ,ドライヤ,シェーバー,ワイヤレスモデム,洋服なんかを買い込んで,合計10万円ぐらいをあっという間に使った気がする。日本を出る前にもあわててあれこれ買い物したしなぁ。まあ,おかげで生活はだいぶ落ち着いて来たけど。
『Who Moved My Cheese?』(Spencer Johnson著),
読了 。これって邦訳されてたっけか。なぜか良く見かけた気がする。amazon.comでいつもトップぺージにあったのかも。ともかくちょっと前のベストセラーの本で,今でもやたらと本屋に並んでる。アメリカには再販制度(日本では本とか新聞って値引きがないのです,基本的に)がないので,ベストセラーの本は安い。30%オフで,20ドル。
いわゆる1つのアレゴリー。寓話です。さらっと読めるぐらい短くて,文章もやさしいし,それでいて内容はそこそこ示唆に富んでいて飽きさせないので,英語の勉強にはもってこいという感じの本。
2000/11/12(Sun)
まさかゲイ?
いつまでもメールが読み書きできないのは困るので,あきらめた。背に腹は代えられないというわけで,とうとうWindows上の20kbps接続環境でメールを読むという情けないネットワーク環境に甘んじることにした。この日記で使っている処理スクリプトはLinux上のPerlで書いたものだったので,ほとんど使えなくなる。何か更新の仕方を考えないと。
曲がりなりにもメールが読めるようになったので,改めてここ2週間ほどに届いていたメールをざっと読んでみた。会社の仕事関連の連絡メールがたくさんあって,その中にちょっとさびしい記述を見つけてしまった。
ちょうどぼくが日本を出てくるときぐらいに計画されていたフロア内の引越し計画が,いよいよ動き出しているらしい。引越し通信というメールが部内を飛び交っていて,それに「……旧西村席には○○さんが移動することになりました。周辺の片付けをお願いします」,と書かれてあった。ああ,交通事故で死んじゃって,でも死んだことに気づいてない本人の魂が,かつて自分のいた世界を外からのぞいてる気分。って,どんな気分なんだろうか。まあ,席を1つあそばせておくほど余裕のある会社なんてないし,あけておく意味もないから,そのほうがいいのだろうけど。会社を離れて,もう2週間以上だしなぁ。
今でもアメリカの大学生がガールフレンドを見つける代表的な場所は図書館で,「すみませんが,何か書くものを貸してもらえませんか」のヒトコトがきっかけという話を聞いたことがある。ふむふむ,出かけねば。というわけで,ステイ先の部屋よりはるかに快適なサンフランシスコ公立図書館で,宿題と復習なぞをする土曜日の午後。
「そのモデムは,どのくらいのスピードなの?」。そういって声をかけてきたのは,残念ながら50代後半と思しき人の良さそうなおじさん。ぼくのノートPCの液晶の背中には,小さなモデムがアンテナをおっ立ててへばりついていたのだった。「私もRicochetユーザーなんだけど,古い奴でね。28.8kbpsだよ」。
アメリカ(だけに限らないけど)には妙に親日的な人がいるもので,そのおじさんは,かつて横須賀に住んでいたことがあると言って,愉快そうに,あれこれ話を続けた。数年後に定年したらUC BerkeleyのESL(ノンネイティブ向けの英語コース)の先生になろうとしているということで,どうやらぼくが「Focus on Grammar」という本を持っていたことも声をかけてきた理由らしかった。人に何かを教えることが好きな人なのか,ボランティアで,文盲の人たちに読み書きを教えたりもしているらしい。
ネイティブと話せるいいチャンスだからと,いろんなことを話す。といっても,8割ぐらいは聞いてる側なんだけど。ずっと微笑みを絶やさないおじさんは,結局,2時間近くにわたって,サンフランシスコのことやら自分の職業のことやらを教えてくれた。GEの子会社に勤めてる人で,倉庫関連の仕事をしてるらしい。
「電話してくれるといいよ,今度一緒にご飯でも食べに行こう」と,名刺の裏に自宅の電話番号を書いて寄こしてくれた。人好きのする年配の知合いができたことを,ちょっと喜んでいたんだけど,その話をケンタロウにしたら,「それってもしかしてホモとちゃうん?」と,もしかしら鋭いかもしれない指摘が……。「え,だってめっちゃおじさんやで!?」と言い返したものの,考えてみたら,年齢と性的嗜好は無関係か。人口の2割がゲイとレズビアンという街だから,多いに可能性としてはありうる。そう思うと,急に話している最中,ただ単にニコニコしていただけじゃなくて,もしかしたら見つめられていたのじゃないかとも思えて来て,ちょっとゾッとする。そういわれてみれば,奥さんの話とか,息子自慢とか,あってしかるべき話題がなかった気もする。まあ,たとえゲイだったとしても紳士っぽいので,別に恐がるようなものじゃないのだけど。毎週末図書館に来てるというので,きっとまた会うことになりそう。
2000/11/13(Mon)
客室数は1550,従業員は1000人を超えます
今日の課外授業はホテル見学。ダウンタウンにあるMarrotという比較的新しいホテルの舞台裏やスィートルームを見学。なんか小学校のときの社会見学みたい。別にこれといって際だった特徴も見当たらないし,驚くような発見があったわけじゃないので,見学自体はちょっと退屈。でも,30分ほどの見学を案内してくれた広報担当のお姉さんの話し方がとてもキュートで,熱心に聞き入ってしまった。アメリカで生まれ育った人って,話しをするときの動きや表情が豊かなものだけど,今日のお姉さんは,とくに身ぶりが軽快で好印象。さすがにホテルで働いてるだけあって,笑顔も自然。
サンフランシスコに来てから,一番高いところに登ったのかも。最上階のラウンジから見える景色はとてもきれい。ちょっと高いところに登ると,すぐにベイが見えて,ベイブリッジが見えるのがサンフランシスコ。雨上がりの濡れた道路が日差しをキラキラと照り返している。
No obligations。抱えてる仕事はない。少しばかりの宿題を除いて,さしあたり,すぐにやらなきゃいけないこともない。のんびりとカフェでコーヒーを飲みながら本を読む午後。悠々とテーブルの下に足を伸ばす。
2000/11/14(Tue)
Who wants to be a millionaire?
毎日,規則正しい生活。朝は6時から7時の間に起きて,夜は7時に食事,そして遅くとも12時には寝るという生活。寄り道するなりしても,ご飯の時間には家に戻る。そしてご飯を食べ終わると,ちょっとしたダンランの雰囲気。マリアーノおばんさんと一緒にみんなでテレビを見る。マリアーノおばんさんのリアクションは,いかにもおばさんチックなんだけど,いろいろ分からないことを教えてくれるので,ちょっと嬉しい。基本的に面倒見のいい人なんだな。
チャンネル権はないので,あまりあれこれ見てるわけじゃなく,だいたいCNNかクイズ番組か,コメディードラマか。で,こっちに来てびっくりしたのが「Who wants to be a millionaire?」という番組。日本では「ミリオネア」だっけ? みのもんたが司会やってて,倍々に賞金が上がって行く奴。「Is this your final answer?」って。あれとまったく寸分違わず同じ番組なわけです。音楽もセットも司会の雰囲気も何かも同じ(といっても,日本でその番組を見たのは2回ぐらいしかないけど)。たぶん日本のテレビ局が企画を買ったんだろうと思うけど。
唯一最大に違うと思えるのは最高賞金。日本では1000万円だったっけか。アメリカでは1億円。ついこの間,5000万円まで行った女の人がいたけど,みんな1000万円ぐらいザクザク持ち帰ってるぞ。うーん。
で,そのミリオネアに,今日はチャーリー・シーンが出て来た。ふけたね。それはいいんだけど,「緯度0度と経度0度のクロスするポイントに一番近い大陸は?」という問題に答えられないって,いかがなものか? 電話でマイケル・J・フォックスに尋ねても,彼も「確かじゃないけど,オーストラリアかアフリカの2つに1つなら,アフリカじゃないかと思うんだけど……」なんて答えたりして。いくら何でも地理に弱すぎる。これって単にたまたま彼らがアホウだっただけ? いやね,アメリカ人って,自分の国のことしか興味がない人が多い気がするんだけど。
一方で英語ネイティブの人たちが鼻で笑って答えるような問題でも,ぼくにらには難しい。「多いに物が売れることを,他の表現で言うと?」。答えは「sell like hot cakes」。グレッグいわく,フランス語では「小さなパンのように売れる」と言うのだとか。へぇ。日本だと「飛ぶように売れる」だね,もちろん。
2000/11/15(Wed)
裁判大国
今日の課外授業はサンフランシスコ高等裁判所の傍聴席で,裁判大国アメリカの実態を観察すること。陪審制度の裁判を見るのは初めて。というか,そもそも日本で裁判を傍聴したことがなく,裁判自体が初めて見るものだったので,なかなか興味深い。
アメリカといえば,猫をレンジに入れて死なせるというお馬鹿をしておきながら,レンジメーカーに対して「注意書きに猫を入れるなと書いてなかった」と訴えた人が勝訴してしまうような国。自分でコーヒーを膝にこぼした人が,裁判に訴えて大金をせしめてしまうような国。離婚することなく,自分の奥さんを合法的に訴えることができるという訴訟社会……。
飛行場並みのボディチェックで,またしてもぼくは警告音を鳴らしてしまう。デジカメ,携帯ラジオ,電子辞書はあらかじめポケットから出していたけど,ベルトにぶら下げてたPalmを取り出すのを忘れていたのだった。
民事(civil court)と刑事(criminal court)で,それぞれ1つずつの裁判の一部を傍聴。変な言い方だけど,これが結構映画で見た裁判そのまま。ということは,映画が本物に近いというべきなんだろうけど,弁護士の陪審へのアピールの仕方,異義の申し立て方,証人の宣誓の仕方,裁判官の冷たい異義却下の仕方などなど。なかなか面白い。ただ,意外だったのは裁判官がカップのコーヒーを裁判中に悠々と飲んでいたり,陪審員のうち何人かはあくびしたりしていたこと。なんというか,大げさに言えばリラックスムード。もうちょっと緊張感のあるものかと思ったけど。
1つめの民事は,列車内の消火器の爆発事故以来,回復困難な呼吸器官の障害が残ってしまった車掌が,鉄道会社の「アムトラック」を訴えている裁判。いかにも老練そうな弁護士が,事故の起こった日の様子を克明に描写し,それに続いて着々と原告の病歴や事故後の経緯を説明していく。事故(会社側の過失)と疾病の因果関係を立証するために,原告がかつて高校時代にフットボールで鼻を痛めて以来,鼻の手術を2度受けていることや,それが今まで仕事に影響したことが一度もないことなどを明かす。熱心に聞き入る陪審たちの横で,なぜかそれ以上に熱心にメモを取るぼくら(笑)。やがて被告側の弁護士に変わると,話はどんどんディテールに入っていく。結局,医学的あるいは化学的に,疾病と消火器の内容物に因果関係があるかどうかが争点らしく,そこまで分かってしまうと,もう後は退屈。中身の92%は重曹(sodium bicarbonate。Na2CO3だっけか)で,これは昔胃薬として使われていたものから特別人体に悪影響を及ぼすものじゃないとか,残りの8%は言ってみれば「シリコン・オイル」で,これも単なるダストだとか,そんな話。ずらっと医学博士の名前がリストアップされ,それぞれの立場をサポートする証言が披露される。病名は聞いてもさっぱり分からないけど,それは陪審たちにとっても同じようで,「これは言ってみれば喘息のようなものです」とか,そういう説明がいちいち付いて来る。
2つ目の刑事は強盗。最初に証言台に立った警官があまりにボソボソと小声で話すので,あっと言う間に睡魔に襲われ,襲われるままにしてたら,ほとんど事件の内容を理解することができなかった。「hearsay objection」とやらで,何度も裁判官に質問をさえぎられていた弁護士が,「……。私の質問は以上です」と,やや狼狽する様子だけが,ほんのりまぶたに残りつつ。
2000/11/16(Thu)
カフェイン中毒になりそうな
ホスト先の人たちが,誰もコーヒーを飲まないので,アメリカに来てからほとんどコーヒーを飲んでなかったけど,あちこちに居心地の良いカフェを見つけたので,最近はがぶがぶコーヒーを飲んでる。
ぼくはSサイズで十分なんだけど,これがどこでも安くてうまい。ダウンタウンでも$1もあればコーヒーが飲める。ステイ先のもよりのカフェだと何と80セント。スターバックスも,日本のに比べるとはるかに安い気がする。やっぱりコーヒー文化健在ってことか。なんかカフェイン中毒になりそう。
ビールも安い。コロナの350mlが$1! ミラーの500mlが$1.20!! これはまあ,税金の違いが大きいんだろうけど。
今日もクラスの後,プールで30分ほど泳ぐ。晩ご飯はビーフン。
2000/11/17(Fri)
初めてのケーブルカー
学校の後,午後はSFMOMA(San Francisco Modern Art Museum)へ。のんびりした時間。ゆっくりと近代芸術,現代芸術を眺める。立体造形もたくさん。意外に日本人の作品も多い。見ていて楽しく,思わずニヤッとしてしまうのは,やっぱり分かりやすくてメッセージ性の強い作品。逆に,これといって何も感じられないアイマイモコとした抽象画なんかは文脈が分からないと子供の落書きと変わらないので面白くない。
お土産物屋でリキテンシュタインの解説書とモダンアート入門とかなんとかいう感じの本を購入。
夜はステイ先のグレッグに誘われて,フィッシャーマンズワーフへ。フランス人が4人,日本人が3人という組み合せでイタリアンなお店へ。フランス人もやっぱり英語を勉強しにアメリカに来ているので,フランス人ばかりの集まりになるより,異国人がいたほうが英語を話さざるを得なくなるので好ましいと思ってるらしい。というわけで,合コンの男女の組合せのように,席につくときには「交互に座ろう」なんて話に。……なったはずなのに,ディナーの席はフランス語がいっぱい。なぜかヒロミと名乗る日本人の女の子は,英語よりフランス語のほうがうまい。一体どういうことなんだと思ったら,ダンナがフランス人でパリに住んで3年なんだとか。はぁ,どうりで。
みんなでケーブルカーに乗ってダウンタウンに戻る。実はケーブルカーに乗るのは今日が初めて。で,いきなりステップ乗車。例のてすりにぶら下がって半身で乗るスタイル。夜風が心地良い。スピードこそそう速くはないものの,サンフランシスコの坂は半端な傾きじゃないから,ちょっとしたジェットコースター気分。ケーブルカーが急勾配の下り坂にさしかかると喚声が。たぶん乗客の7割くらいは観光客。
車掌が「左手に間もなくダウンタウンの美しい灯が見えます!」とアナウンスする。坂の中腹,交差点あたりはどこも水平になっていて,ケーブルカーは,そこで一旦停車する。ケーブルカーが交差点にさしかかり,視界が開けるたびに,喚声が。サンフランシスコの夜景は確かにきれいだ。
2000/11/18(Sat)
ぽかぽか陽気の土曜日
先輩思いの会社の後輩が見本誌を送ってくれたので,日本での発売日とほとんどタイムラグなしに雑誌が届いた。ちゃんとぼくが書いた原稿が載ってるのを見て,不思議な気分になる。今までゲラ(校正刷り)を見ることなく,いきなり印刷物として自分の書いたものが活字になっているのを見るということがほとんどなかったから。それに,メールで送ったテキストが,日本のどこかで印刷されて,それが飛行機に乗っかって瞬時にやって来たのだと考えると,妙に地球が小さく感じられる。いま自分で使えるプリンタがなくて,パソコンで書いたりWebで見たりしたものを何も印刷できないというのに,ぼくが書いたものが,はるか海の向こうで印刷されて,海を越えて届くというのは,一体どういうことだ。
ぽかぽか陽気の土曜日。午後,コインランドリーで洗濯を終えた後は,近所のカフェで原稿を書く。いつでもどこでもさらりと書ける,ある意味とても楽な原稿。巨大なカップになみなみと注がれたコーヒーを飲む。ものすごくゆったりと時間が流れている感じがする。数カ月もこんな生活をしていたら,ボケてしまうんじゃないだろうかと,ちょっと不安になる。
先は長いのだし焦ることないかと思って3週間も過ごして来たけど,そろそろエンジンをかけなきゃと思いはじめる。といっても何のエンジンだかわからんけど。まあ,まずは年が開けてからどうするか考えないと。
2000/11/19(Sun)
穴ぽこだらけの靴を捨てる
ソールが完全にすり減って,なんだか穴ぽこがたくさん靴の裏にできてるのを発見。ソールの内部構造が露出してしまったらしい。穴のいくつかには,なぜかぴったりサイズの石ころが詰まってて驚く。いったいどこで君達はそんなとこに入り込んだんだ?
ダウンタウンには,なぜか靴の安売り屋みたいなとこがたくさんあって,妙に値段が安い。アメリカ留学帰りの女の子の友達が,20足近い靴を日本に持ち帰った理由が分かった気がした。ふだん靴なんて興味のないぼくでも,日本で買えば1万円ぐらいはしそうな,そこそこまともな靴が,1足$15〜$30程度だと,2,3足買っておこうかという気にもなる。とりあえず,$29の靴を1足だけ買って,その場で履きかえる。穴ぽこ靴はゴミ箱にさよなら。
サイズが若干大きかったのか,慣れないだけなのか,新しい靴はなんとなくカポカポ言ってる気がするものの,機嫌良く図書館へ。1週間分の復習を少しだけ。あれこれ出て来た単語や言い回し,例文をまとめておさらい。辞書を引きまくる。ロングマン英英辞典が入ったSIIの電子辞書,SR-8000が大活躍だ。英語を勉強する人には,この辞書は超オススメです。検索機能,画面分割機能,参照リンク表示なんかが非常に高機能。
サンフランシスコには明確に雨期と乾期の区別があって,10月を過ぎて雨期に入ると雨ばかり降る。というのが,前もって聞いていた話。実際,ぼくが到着した日はひどい雨と冷たい風で,とんでもない土地に来てしまったもんだとちょっと後悔したけど,実はぼくが到着したその2,3日だけが異常だったらしい。
ちっとも雨なんか降りゃしない。よくよく降水量のグラフを見てみると,冬の間は東京よりちょっと少ないぐらい。冬の東京は雨が少ないから,ということはつまり,ちっとも「雨ばかり」じゃないってことだ。あくまで比較の話しで,カリフォルニアは1年中ほとんど雨が降らず,サンフランシスコも,夏の間は1日たりとも雨が降らないから,そういうのと比べてしまうと,冬のサンフランシスコは「いつも霧が出てて,雨ばかり」ということになる。
というわけで,サンフランシスコに来てすぐに買った傘を,まだ1度も使ってない。それに,ずっと最高気温が18度くらいある日が続いているので,秋用の薄手のジャケットだけで過ごしているのでした。
チャイナタウン,Jackson St.にあるGreat Eastern Restaurantのクンポウ(Kung Bowと書いてあったからクンボウと発音するのが正しいのかしら? 宮保です)がスマッシュヒット。辛くてうまいて安い($5.50)。そして量はアメリカンサイズ。むはぁ。
2000/11/21(Tue)
Promoted!?
ふつう1クラスで10人程度はいるはずのところ,全部で5人という,もともと少ない人数でこぢんまりとやってきたぼくの所属クラスが,空中分解。5人中3人が,今週いっぱいでクラスを去る。で,ぼくともう1人残った韓国人のサラ(というのは英語名だけど)という女の子は,上か下のクラスに移らざるを得なくなった。学校全体での生徒数がそう多くないので,7つあるレベルのどこかのレベルが欠けるということは,ままあることらしい。
「最後のクラスだし,残りの30分はみんなでお茶しに行くというのはどう?」と,文法担当の先生,メアリーが切り出す。こぢんまりしたクラスだったし,5人のうちぼくを含めて3人は,ステイ先も同じだったから妙に連帯感があったのかもなぁと思い,お茶の提案に,ぼくは賛成。ところが「練習を続けたい」という意見もあって,サイコロを振った結果,練習を続けることに……。
文法のクラスでは,今さらのように,時制だの冠詞だの節だのと勉強しているわけです,このところのぼくは。合計20時間ちょっとの授業で何ができるはずもないけど,かつての文法知識の記憶をほじくり返すには悪くない。ちょっと自信なく口にしていたようなセンテンスでも,文法のおさらいをした後なら,自信を持って言えるので,こういうのは必要かも。「あ,そうそう,時間や条件に関係する節では未来形は一切使わず,現在形を使うんだったよなぁ」とか,「正式な国名や序数には定冠詞を付けるんだったなぁ」とか。Waterにtheが付く場合と付かない場合の違いって,そんなの長らく考えたこともなかった。
airportがthe airportかan airportか,なんていちいち考えていては喋れるわけがないというのは事実だけど,文法や言い回しが正しいかどうか判断できなくては,短時間で正しく話せるようにはならない。放っておいても文法が脳味噌にできあがっていく子供じゃないのだから,オトナは文法をやりつつ学ばなきゃならんのだ,たぶん。たぶん。
メアリーの説明を聞いてると,かつてぼくが中学校で習ったことと,だいぶ違うことを言ってることもある。たとえば現在完了と過去形の用法の違いの説明や,willとbe going toの違いの説明は,明らかにぼくが知ってた文法知識と違ってる。あるいは「大過去というのは現代英語では使わないこともある」と,教科書で読んだ記憶はあるけど,それがどういう使い分けによるのかは知らなかったし,どのくらいの頻度で大過去を使わないのかは分からなかった。不定詞を文頭に持って来るのは文法的に正しくても,話し言葉でそんなの使わないとか,言われてみればそうだよなぁと思いつつも,あんまりそうは意識してなかったし,口にしてた気もするし。あ,こうやってあれこれ書いてみると,意外にいろいろとあるもんだなぁ。安心なのは,先生が「その言い方は,ちょっと変。あたしならこう言うわね」と言えば,きっとそうなんだろうと信じられる点。ネイティブが感じる正しい正しくないという判断は,どんな文法書よりも正しいはず。と,こう書くと,まるでぼくがたまに変な英語を話すことはあっても,だいたいオッケーな英語を話していると思うかもしれませんが,我ながら,かなりの部分は文法の崩れた英語を話してる気がします。いやはや。
空中分解が決定した最後のクラスが終わってから,次に行くべきクラスについて指示をもらいに面接へ行く。さすがに一番上のクラスに入ることはないだろうし,そうすると1つ下のクラス……。仕方がない状況とは言え,なんか「下に落ちる」って気分のいいものじゃないなぁと思って面接にのぞんだら,「あなたの担当の先生は2人とも,KenはFluencyでいいんじゃないかと言ってるけど,どう思う?」と言われる。むむむ? 「いや,でもヨーロッパから来てる子たちほど流暢には話せないと思いますし,ちょっと……」と躊躇してると,最初に学校に来たときと同じことを言われた。「もし付いて行くのが大変だと思うなら,レベルを下げるのは簡単だから,1週間だけでもやってみれば? 私は大丈夫と思うわよ。ホントに」。
ちょっと戸惑ったものの,やっぱり最初に来たときと同じように,付いて行けないぐらいのほうがいいかと思い直して,「OK,やってみます」と答える。安くない授業料を払ってるんだし,さっさとレベルアップするに越したことはない。
というわけで,入学4週間目にして1つレベルアップすることになりました。一歩,目標に近付いたか。うーん,いや……,ホントかなぁ。ぜんぜん先は長い気がするけど。正直言って。まあでも一方で,いつも通りたいした根拠もなく楽観的な気分でいられるぼくではあるのだけど。
2000/11/23(Thu)
ホームステイは,さっそく限界かも
手元が暗くて買って来た小さなライト。自分で買って来て自分でベッドにつけただけだから何も言われないだろうと思ってたら,ホストのおばさんに使わないようにと言われてしまった。代わりにこれを使えと,ぼろっちい蛍光灯をわたされる。いや,もう買ってしまったのだし,これで……と言うと,今にもおばさん自ら取り外しそうな勢いで,ともかくそれを外してこれを使え,と。
なんだかちょっと怒ってる気配。「何か困ったことがあったら,まず,相談しなさいよ。あなた私に何も言わなかったじゃない。それに契約では食事と部屋と,備え付けの家具,それを提供するのが全部。それ以外のことを勝手にされちゃ困るのよ。契約内容を読まなかった? あなたの学校は紙をわたさなかった?」。そんなのもらってないぜ,と思いつつも,まあ,勝手に取り付けたのはそのとおりだから,今度からはちゃんと前もって相談します,ごめんなさいと謝る。でも,なんでそこまでおばさんが自前の電灯にこだわるのか,すぐには理解できなかった。
やや興奮気味で早口になってるおばさんは,こんなことを言った。あなたが通ってる学校はけちくさくて,1日あたり$17しかもらってない。別の学校だと$25ぐらいなのに。$17という値段でベッドと部屋を提供して,食事まで出してて,私らは部屋の掃除もして食器も片付けて洗い物もしてるのよ,わかる? ほとんどタダみたいな値段よ,$17なんて。どこでもいいからサンフランシスコでホテルに行ってごらん,そんな値段じゃ誰も泊めてくれないから。
電灯ぐらいで何でそんな話に? 電灯は自分で買ってきたものだし,取り付けたからってベッドに傷が付くわけでもないし,いつでも取り外せるし,何がいけないのかわからない。「あたしが,何を言ってるかわかる?」と言われて,ややムキになる。「何を言ってるのか意味がわかりません」と,なるべくつっけんどんにならないように,つっけんどんに言う。
問題は電気代だった。50Wの電球と15Wの蛍光灯……。いったいどのくらい電気代が違うのかわからないけど,電気を余計に食われるのが,おばさんは我慢ならないようだった。よほど電気代にこだわりがあるようで,「冬の間もステイの料金は変わらないけど,暖房費が余計にかかってるのよ,あなたそれが分かってる?」なんてことも言う。
ぼくは公共料金とか,そういう細か目のお金の勘定に弱いというか,割と無頓着なので,たまに他人をイラつかせることがあるらしいとは経験上知ってるのだけど,さすがに50Wと15Wの違いで,めくじらを立てられたのにはビックリ。なんで,パソコンはいいんだろう……? あ,パソコンが電気食いって知らないのかも。
おばさんは,ぼくが通ってる学校のことをstingy(けちんぼ)と言ったけど,要するにおばさんがstingyだったようで,お金の話に妙にうるさい。
電灯トラブルの直後,ぼくが髪を切るのに$40払ったという話をすると,「なんで先に相談しないのっ! $40なんて高すぎる,異常よ。あなたダウンタウンのど真ん中で髪なんて切るもんじゃないって。いくらでもほかにあるわよ。……に行きなさい,あそこいいから。とにかくそういうのは私に聞きなさいよ。ね? まず私に聞いて。とにかく聞いて」という反応。確かにダイゴローカットで$40はちょっと高いなぁとは思ったけど,取り立てて騒ぐほどの値段でもない。「ぼくはそんなに高いと思わないですよ。東京なら,そんなもんですよ」と言うと,「ここは東京じゃない! あなたは私に聞くべきなのよ,わかる? $40! オーマイッ」。
無断(?)散髪事件発覚直後,こんどは食事をしているとき。隣でおばさんが「誰がパロアルトになんて電話をかけたのかしら……」と目を細めて電話料金の明細を見ているのに急に気づいた。やばい。「あ,それはぼくですよ,コンピュータのホストにつないだんですよ,あのインターネットの。ほら,ここに来たばかりのころ,電話使わせてもらったじゃないですか」。「あなた私にそんなこと言わなかったわよねぇ」。えーっ,あとから明細を見ればパロアルトへの電話は区別がつくから,そのときにお金を払えばいいって提案してくれたのはおばさんやんかー,忘れてしまったの? ……。「まず,とにかく私に相談してね」って言われても,毎晩目の前で電話線をひっこ抜いて,ちまちまとダイヤルアップしてたぼくの姿を忘れたのん?って。「$17.60に税金を付けた分,あなた私に払うのよ。いい? 忘れないでね(笑)」。心配ご無用,払いまっせ。$17ごとき。コンマ1秒,即金で。
あなたの契約は今週末で終わりよねと,突然おばさんがケンタロウに確認する。えっ? 1月までのはずじゃあ……。慌てたケンタロウが「そんなはずはない,もうとっくに延長手続きもしてるし,お金も払ってあるはず」と答える。「学校側からは誰もそんなことを言って来ないし,ここにある書類では確かに契約は週末までになってる。あなたの学校は何も言って来ない。このあいだ来るはずだったフランス人がキャンセルしたことも知らせて来なかったし,一体どうなってるんだか!」。「いや,でも確かにぼくは1月までのはずで……,月曜日に学校に確認してみます」と,やや戸惑い気味のケンタロウ。たぶん,最近担当が変わったばかりという学校のアコモデーション担当者が悪い。そもそもステイ先の住所を知らせて来たのは催促してようやく2日前に教えてもらったような状態だったし。
要するにぼくの通ってる学校は払いが良くない上に,重要な契約条件の確認がいい加減で,しかもやって来る学生は勝手に部屋に電灯を付けるわ,相談もなしに髪を切りに行くわというので,おばさんとしては,「あんたのとこの学校はもうこりごり」と思いはじめてるらしい。ああ,こんなことになるとは心外。
しかし,こっちはこっちで「安い値段で安い値段で」と,あまりうるさく言われるのも気分が良くない。ぼくは,そこまで貧乏じゃないし慈善事業と思ってるなら,やめてくれってなもんだ。いや実際,おばさんは「giveawayみたいなもんだ」と言ったのだけど,そう言われると急に自分が貧乏学生のように思えてきて情けなくなった。まあ,貧乏学生を目標にしていたので,それに我慢できなくなったというのが正解かもしれないけど。
などと思い始めると,安いのだからと我慢してきたあれこれが,急に嫌になりはじめる。食べものが目的で来たわけじゃないのだからと,我慢してシュクシュクと食べて来た朝晩の食事や,不自由きわまりないアレやコレや。
たまにあることなんですが,こうやって文章にネガティブな感情を書き付けてると,どんどんエスカレートしてしまいがち。ここまで書いてくるうちに,だんだん気分が盛り上がって,思わず来週には契約半ばにしてホームステイを出て行こうかと考え始めてしまった。でも,せめて12月中旬の契約切れまでは我慢しよう。
2000/11/24(Fri)
ダイゴローカットを掲載
ダイゴローカットを載せます。「
これ 」が髪を切る前,「
これ 」が切った後。
『Tuesdays With Morrie -- An old man, a young man and life's greatest lesson』(Mitch Albom著),
読了 。「それ,いい本よ」。スターバックスで読んでたら,知らないおばさんにそう言われた。どこの本屋にもずいぶんたくさん並んでるので,てっきり最近のベストセラーかと思ったら,実は3年ぐらい前に出た本で,邦訳も出てるらしい。年を取って不治の病に侵された大学教授と,元教え子が重ねた会話のやりとりをベースにした本で,実話。「Mitch,いいかい,私は間もなく死ぬんだよ」「ええ,分かってます」「ああ,それなら……。それがどんな風か,話してもいいかい?」「どんな風って,死ぬことがですか?」「そうさ」。私は気づいてなかったけれど,そのとき私たちの最後の講義が始まったのだった――。
毎週,火曜日に著者であり教え子であるMitchがMorrieを訪ねる。16年ぶり,2人だけしかいない最後の講義。人生,年を取ること,感情,恐怖,死,結婚,家族,社会,人生の意義,他人(自分)を許すこと,などというのが,最後の講義のテーマ。ややストレート過ぎる気がしなくもないけど,Morrieの言葉はそれぞれ深い。筋萎縮という病が,少しずつMorrieの身体の自由を奪い,やがて呼吸麻痺で死に至るまでの描写が生々しいけど,そういった痛々しい病状の進行の描写にもかかわらず,この本は明るい。死にゆこうとしているのに,Morrieは生きることの喜びと明るさに満ちている。
本の中には,「まずできるだけいろいろな感情を感じつくすこと,それに慣れ親しむこと。そして仏教徒がそうするように,感情から自分を切り離すんだ」なんてくだりがあったり,若干,哲学者の言葉の引用があるものの,基本的にこの本を貫いているのはキリスト教のトーン。悪くはないけど,なんかね。
USB接続のワイヤレスモデムを使うために,Windows 98を2000にアップグレードして,VMware for Windowsを入れる。で,Windowsの中でLinuxをブート。動いた,動いたと思って喜ぶのもつかの間。Windows 2000は不安定でフリーズするし,IPのルーティングをどう設定すればいいのかわからなくて,VMwareの中のLinuxからインターネットが見えない。もしかして,Windows 2000でIP Masqueradeするのって,Windows 2000 Professionalじゃなくて,Windows 2000 Serverがいるのかしら? むー。このさい,HTTPとFTPだけでも通ればいいやと思うものの,どうすればWindows 2000でHTTPプロキシが使えるのか不明。
なんでアメリカに来てまで,こんな設定なんかで苦労してるんだろう……。素直にWindowsで暮らしていけば,それなりなんだろうけど,やっぱり使い慣れた環境,あれこれ設定済みのLinux環境が手放しがたいのだなぁ。うーん。
2000/11/25(Sat)
アジア人は礼儀正しい
「もう1人はどこにいるの?」「ダウンタウンにモーターショウを見に行くって言ってましたよ」「あらー,私は何も聞いてないわよ。どこかにでかけて遅くなるときには,前もって言うのが普通じゃない? あなたの国ではそうじゃないの? 両親にそう言われなかったの? アジア人はだいたい礼儀正しいと思われてるもんだけどねぇ」「えっ,だって,まだ6時10分ですよ? 晩ご飯は7時から8時の間ですよね?」「へぇ,じゃあ,あなたはケンタロウが7時までに戻って来ると思うわけ?」「当り前ですよっ。間もなく戻るでしょう」。
7時から8時というのが晩ご飯の約束の時間なのに,6時10分に呼ばれて,その時間にルームメイトがいないからって,何でぼくが厭味を言われなきゃならんのだ。ぼくは自分では,あんまり感情加速型ではないと思ってるけど,これにはカチンと来たのだ。
意図的じゃないかと思えるほど,少しずつ食事も扱いも悪くなってる気がする。最近ではテレビもほとんどずっとタガログ語の番組にしかチャンネルを合わせない。ところが不思議なことに,おばさんの愛想の良さだけは変わってなくて,タガログ語の番組を見ながらでもフィリピンの政治のことを楽しそうに話したりする……。
ケンタロウは学校のアコモデーション担当者に相談して,週末に出て行くことにしたらしい。まあ,彼のほうが長くいることになるはずだったから無理もないか。
2000/11/26(Sun)
死刑
ものすごい臨場感と現実感。究極のバーチャルリアリティは,それと気づかずに見ている夢。たまに「これは夢だ」と夢の中でわかることもあるけど,そうじゃない場合は,まったく現実そのものとして夢を経験するわけで。
ゆうべは,追い回されて逃げまどううちに射殺される夢を見て,二の腕を撃ち抜かれるというのがどんな感じか初めて知ったし(知ってないって),今日は今日で死刑の夢。死刑判決を受けるときの衝撃とか,死刑執行を3日後に控えた囚人の絶望感とか恐怖が,恐ろしいほどリアルにわかった(わかってないって)。噂では,死刑は目隠しをしてうつぶせにさせられて,その後に何かをされるらしいことだけは分かってるけど,それ以上のことはわからない。その瞬間は痛いのかとか,その瞬間は「はい,チーズ」みたいに知らされるのかとか,どのくらいの時間苦しむのかとか,そういうことは分からない。どうせ死ぬのだから,そんなことが分かってもどうなるものでもないと頭では考えるんだけど,殺され方を知らされないということの不安が,非常に大きいものだと初めて知った(だから知ってないって)。
2日,1日,あと半日と残された時間が減っていくうちに,やり残したことの多さに呆然とする。結局ほとんど何もできずに時間が過ぎて行き,あと半日しか時間がなくなったとき,死刑じゃなかったとしても,どっちにしても時間は足りなかったんだと考えるようになる。いよいよ,執行が30分後に迫ったときに,トイレへ。これから死ぬというのにトイレに行く意味って何だろうかって,夢の中ながらも真剣に考えてしまった。ほとんどの死刑囚は,執行当日の朝ご飯は食べれないというけど,食事と違ってトイレは死ぬ前でも我慢できないのかもなのかもしれない。どうやっても逃げ出す方法はないのだろうかと,トイレについた小さな窓を,絶望的な気持ちで見つめる。ウトウトと……。半分目が覚めながら,半分寝ながら。汗をいっぱいかきながら。
2000/11/27(Mon)
Fluency class
Fluencyのクラス初日。さすがに授業のテンポが速い。たいがい語学学校の先生というのは,基本的には発音は明瞭だし,複雑な言い回しのときは少しスローダウンして話してくれるものだけど,Fluencyというクラスでは,そういうことは,まったくお構いなしらしい。問題文の説明や例文を読むのはネイティブの早口だから,かなり速い。解答を求められて,1,2秒後に,やっと問題文の意味がわかる始末で,もうドキドキ。「……,というわけで,このセンテンスは文法的に間違ってるわけだけど,ケン,どう間違ってるか説明できる? どう言い替える?」。むむむむむ。「……で,このエッセイを書いた筆者は,人々が甘いものを止められなくなる理由を2つ挙げてたわけだけど,それぞれ何だったか説明できる?」。むむむむむむむむむむ。いや急に言われても,コ,コ,ココロの準備が……。だ,だめカモ。
テープで5つのストーリーを聞いて,続きのストーリーを,分詞構文(というのだっけ……)をできるだけたくさん使って創作するという練習では,5つのストーリーのうち2つで状況の詳細が聞き取れずに,お手上げ。周囲の生徒が熱心に文章を書き付けてるのを見ながら,落ちこぼれ気分を味わう。子供のころから勉強はできたほうだったから,ここまで落ちこぼれる感じは初めて。ぅぅぅ。
でもまあ,語学のことだから「別に頭が悪いわけじゃないし,これからさ」と思えるわけだけど。やっぱりオランダとスウェーデンの奴が圧倒的に流暢。なんでこんなに迷いなくしゃべれるのかってほど,スラスラとしゃべりまくるよ,彼らは。くぅ。
宿題がやたら一杯でるようになったし,いきなり授業について行くのが大変だなと思っているところなのに,今後のことをインストラクターに相談しに行ったら,「延長はもちろんいいと思うけど,あなたはもう一番上のクラスにいて,後2,3カ月もやったら,きっと授業に飽き飽きすると思うし,私はそういう風なあなたを見たくないのよ」というアドバイスを受ける。「別のこと考えてもいいんじゃないの? マイクに聞いたわよ,あなたラボのコンピュータの設定直してくれたんだってね。コンピュータの知識があって,それだけ英語ができるなら,インターンシップの仕事も簡単に見付かると思うし,興味があるならやってみたら?」とか。やっぱり語学学校って数カ月で飽きるものなのかぁ。Fluencyのクラスに1人,滅多に出席しないという日本人が1人いるみたいだけど,彼は実は飽き飽きしてしまった1人なのかもしれない。
語学学校の次は,インターンシップか,短期の大学講座に入るかかしら,などと考え始める(あ,インターンシップというのは無給のビジネス体験みたいなものです。学生ビザなので有給の仕事はできないのでした)。UC Berkeley extensionという成人向けの講座が地理的にも近くて良さそうだけど,UCBって名前があるだけあって授業料が高いんだよなぁ。うむー。4カ月で授業料80万円は,ちょっとぼってるんじゃないかと思う。海外からの留学生は一番高くて,カリフォルニアの人間だともっとずっと安いらしい。生活費を入れると4カ月で150万は見とかないと……。
1年という滞在予定を短めにするなり,最低限のつつましい生活をするなりして頑張るという手もあるけど,どっちか言うと,もっと気ままなクラシ方を選びたいもんだ。かつてサンフランシスコで会社の研修を受けたという兄貴の友達が,いつもムーンビーチというところでサーフィンしてたって話しを聞くと,なんだか自分の語学学校な日々が,とてつもなくつまらなく思えて来たりもする。いかんな,鬱屈気味だ。
2000/11/28(Tue)
テンダロインという地域
「MSNコンパニオン」というアメリカでしか売られていない,いわゆるネットアプライアンスと呼ばれるカテゴリーのPCを買いに,ダウンタウンの外れまでテクテク歩く。買うといっても,自分のためにじゃなくて,上司からのリクエスト。買ってすぐに日本に送れという指令。次号の表紙写真の有力候補。
ダウンタウンの外れにある「Circuit City」という大型電気店まで歩く間に,景色が何度か変わる。サンフランシスコに着くと,誰もがすぐに受ける注意として,「テンダロインあたりは行っちゃだめ」というのがある。ドラッグ,買春,大量のホームレスと,かなり危ない地域。昼間でも女の子は1人で歩かないほうがいいと言われる。で,そのテンダロインは,何もダウンタウンの端にあるわけでもなくて,ダウンタウンの脇腹あたりに,ぽっかりと穴があいたように存在する,ほんの十数ブロック四方の地域。
旅行者が行くような地域ではないし,地元の人も避けて通る地域と言われると,ぼくとしては,「せっかく長期滞在してるのだから,1度は行っておこう」と思うわけで。
通り抜けただけだけど,確かに一歩踏み込むだけで全然違う雰囲気。明るくて健康的なサンフランシスコのイメージとは正反対。臭いし,街全体が汚れてる。意味もなくたむろしてる人がいると避けて歩きたくなる感じ。建物は落書きだらけで,壊れてるのもいっぱい。うーん,ぼくの頭の中にある「ハーレム」の香り。店はほとんどやってなくて,やってるのは性風俗っぽい店と,地元の人たちのための理髪店とレストラン。不思議とタイ料理とかベトナム料理系では安くておいしそうな店がたくさん。
こういう奴には声をかけられたくないという奴に声をかけられて,面倒だなぁと思ってすたすた歩くと,急に明るい通りに出た。テンダロインというのは,サンフランシスコの街に,ぽっかり空いた穴みたいな地域。
2000/11/30(Thu)
JETS
Japanese English Toastmastersのミィーテングにゲスト参加。2回目。今回は日本語オンリーのスピーチセッションがあって,その後に英語オンリーの2次会という構成。アメリカ人の日本語がどのくらい下手なのか内心楽しみにしていたのに,司会進行役のおばさんの流暢さに驚く。ぼくの英語より,おばさんの日本語のほうがずっとうまい。
といってもまあ,みんながみんな,日本語がうまいというわけではもちろんなくて,ほとんど何を言ってるのか分からない人もいるわけで。
状況を反対にひっくり返してみると,自分の英語,あるいはノンネイティブの英語がどういう風にネイティブに響いているのかが,なんとなく分かる気がして面白い。やっぱり文法上の小さな間違いというのは,文脈上内容が理解可能である限り,ほとんどコミュニケーションの妨げにはならない。「この人はうまいな,分かりやすいな」とネイティブに思われるのは速度が速いことより,発音の丁寧さ,正確さなのかもしれないとも思った。周囲の早口なヨーロッパ系の生徒に引きづられて,自分の能力以上のスピードで話そうとして文法が壊れまくってる最近の自分を反省。
日本語の「えーと」「あのー」,英語の「Well」「,you know」という,それ自体で意味のない場もたせ的な言い回しは禁止されていて,それぞれのスピーカーが1回のスピーチで何度そういう言葉を使ったかを,数えてる役目の人がいたりする。you knowを連発するぐらいなら,しゃべらないほうがいいってことかもしれない。そういえば語学学校でも,あまり英語がうまくない生徒に限って「....things(something) like that, you know」なんて表現を良く使ってる。日本語で言えば「……とか,まあ,そんな感じの……」って感じなんだろか。確かに高い頻度で口にすると,かなりヘンかも。
予告なくテーマを与えられて即席で2分間スピーチをするというセッションの直前に,司会担当者から「指名してもいいですか?」と聞かれて,「No way!」と答えるあたりが,我ながら,まだまだ度胸が足りんなぁとは思うのだけど。うーん。
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>