the other side of my days
ご意見,ご感想,ごいちゃもんなどございましたら
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>まで。


2000/10/01(Sun) 締め切り佳境
2000/10/02(Mon) サーバダウン
2000/10/03(Tue) 赤坂焼肉モード
2000/10/04(Wed) カレー続き
2000/10/05(Thu) 脱稿
2000/10/06(Fri) One way ticket
2000/10/07(Sat) 秋
2000/10/08(Sun) 逃げて行く雨
2000/10/09(Mon) 霧
2000/10/10(Tue) 4年分の掃除
2000/10/11(Wed) 130kgぐらい
2000/10/12(Thu) プチ同窓会
2000/10/13(Fri) 出勤最終日
2000/10/14(Sat) 1年に少なくとも1度は13日の金曜日があることの証明
2000/10/15(Sun) 今さら
2000/10/16(Mon) 3週間も何するんだっ!
2000/10/17(Tue) 不幸な日はもっと多い
2000/10/18(Wed) 10年ちょっと経ったら年寄りか
2000/10/19(Thu) 壮行会
2000/10/20(Fri) 今日も壮行会。なぜかチンチンのサイズ話
2000/10/21(Sat) 古いゲーム
2000/10/22(Sun) デジカメ買っちゃった
2000/10/23(Mon) 一向に準備が……
2000/10/24(Tue) 一足お先に引越し
2000/10/25(Wed) Il n'ya pas le temps.
2000/10/26(Thu) ホームステイ先が決定
2000/10/27(Fri) いよいよ明日出発
2000/10/28(Sat) 到着
2000/10/29(Sun) 晴れた日曜日
2000/10/30(Mon) 学校初日
2000/10/31(Tue) クラス初日


2000/10/01(Sun)

締め切り佳境

今日もバス。バス停でリンゴをほおばる。午後2時出社。どどどっと仕事。10時過ぎ,早めに退社……,早めだったつもりが,すでに終バスは終わっていた。なんてこった。やっぱり地下鉄にすれば良かったと思いつつ,タクシーを拾う。帰宅後もまだまだ仕事。いよいよ佳境。こういう仕事のリズムも,今月を最後にしばらくお休みか。

2000/10/02(Mon)

サーバダウン

自宅でメールが読めない。それは部内サーバをメール転送用の中継サーバとして使っていたから。
クソ忙しい時期にいきなり部内のLinuxサーバが不調に。SCSIディスクのパリティエラーが出まくって止まってしまった。といっても,カーネルが止まったわけじゃないってのが,やっぱりLinuxだなぁと思うわけで。めちゃくちゃクリティカルなハードウェアのエラーなのに,OS自体は死なないという。
いったんは復活したように見えたディスクも,メシを食って帰って来たら,やっぱり死にかけてた。ディスクが死んだのかとも思ったけど,そうでもない。ケーブルかと思ったけど,そうでもない。なんだか復旧も原因解明も中途半端なまま,データの救い出し。ケースの蓋をあけてディスクをいくつか切り離してみたり。だからファイル交換用のサーバをデータのプライマリの保存場所にするなって,いつも言ってるのに。
ディスク周りのトラブルに違いないけど,原因を探ってる暇はない。代替サーバとして,急きょWindows2000 ServerをバイトのNに立てさせる。これが失敗。やっぱり運用経験がないから,Windows 9xクライアントからのSMBマウントができないというトラブルに。そ,それって超基本的なコトやんか……。それどころか,なぜかNetBEUIを入れないと,ワークグループ中のほかのマシンがまったく見えないという事態に陥る。おいおい,いまさら何でNetBEUIなんだ……。NetBEUIを入れるしかない,それが効率的でもあると,バイトのNが言うので「そんなこたないだろ」と思いつつも,面倒くさいので,まいっか好きにしてね,と投げやりな気持ちになる。プロトコルのバージョンに問題がって言うバイトNの言葉を聞いて,世の中にはぼく以上に曖昧な推論を自信たっぷりに言う奴がいるもんだと思った。SMBもTCP/IPも,OSのバージョンで,そんな極端な不整合はないだろう。Windows 3.1で日本語ファイル名を使うとSMBにバグがあるとは聞いたことがあるけど。
どうも,W2KがNetBEUIをデフォルトだとしてしまったらしく,一時は完全に部内のファイル交換ができなくなってしまう。あ,別にTCP/IPでブロードキャストができないわけでも,互いにコネクションが張れないわけでもなくて,単にNetBEUIで互いに名前が見えないという状況なんだけど。頼むぜ,おい。いまどき,誰もNetBEUIなんて入れてないって。いまどきTCP/IPでしょうが。
Linux上で動かしているsambaサーバをブラウズマスターにしていると,NTとの共存で思わぬトラブルがあるという話を聞いて,とりあえず,Linuxはただのファイル共有してるマシンにしてみる。W2KのNetBEUIもはずさせる。それで,やっと部内に光りが!
この際,自分でふだん使ってるLinuxマシンを代替サーバに仕立てようと試みる。CPUは2個あるし,メモリも256MB,ディスクの空き容量は20GBぐらいあるから楽にサーバになれる。作業時間の見積りは30分。ところが30分で済まない。
MacとWindowsのファイル交換の橋渡しをする必要があるので,AppleTalkプロトコルをしゃべれるようにカーネルをリコンパイルして,netatalkを入れる。ところが,ちゃんと動いてくれない。単に設定ファイルのミスなんだろうと思うけど,SMB関係のトラブルにハマって,時間を食ったりしてるうちに,焦る。もうこれ以上時間食ってる暇はないぜってなもんで,あきらめて中途半端なW2Kに後は任せることに。ぼくがいなくなった後,サーバは誰が管理するんだか。
どうせ部内サーバは,いずれぼく以外の誰かが運用しなきゃいけなくなるのだから,いまのうちからW2Kにするのは悪くない。PC-Unix系が安上がりだと思うけど,Unixな人はぼくしかいないし。まあ,安定してしまえば,部内サーバごとき何でもいいし管理者なんていなくても何とでもなる。
そんなこんなで,自分の仕事がストップ。

2000/10/03(Tue)

赤坂焼肉モード

午後,とりあえず緊急の仕事を片付けて,夜は米国から出張で来ているH氏と,なんだか何かとご縁のあるK氏と赤坂見附で待ち合わせ。D社のI氏にごちそうになる。I氏,こんなご時勢に交際費もタクシー券も使い放題なんだとか。ありがたく,たらふくコリアン・バーベキューを頂く。なんでか赤坂では焼肉ってパターンが多い。ビールとカクテルを少し飲む。
K氏が,ぼくを手下にしてくれると言うので喜ぶ。H氏とはLinuxの話しをあれこれ。同じLet'snoteユーザーというのを発見して喜ぶ。「このマシン,バッテリ持ちますよね」「そう,それがいいんだよね。ぼくなんて,いつも飛行機の中でコンパイルしまくりだよ。こないだギリシアに飛ぶ間にXFree86 4.01をコンパイルしたりしてね」「うがっ,飛行機でmake world! 初めて聞きました」。
K氏の23歳になる息子さんというのが,これがK氏に似ずいい男。ちょっとびっくり。にしても,23歳の息子ってことは,つまり息子とぼくのほうがはるかに年齢が近いってことか。

店を出ていやにケータイに着信がたまってると思ったら,やっぱり編集部からだった。会社に戻ると,あれを読め,これを見ろ,コメントしてくれ,技術的なウソがないか見てくれと,どんどん他人の原稿が机に山積みにされてる。ああ,ぼくって信用されてるのかしら。そんなことでいいのかしら……。こんなことでいいのかしら……。
結局,朝まで人の原稿を読んだり直したり。今月も,後もうちょっとと思ってから,何だか予期せぬ仕事が増えすぎ。むはー,最後の1ページを書く時間が取れない。

2000/10/04(Wed)

カレー続き

入校シーズン真最中でも行かないわけにいかないので,夕方,ビザのことで大使館へ。帰りがけ,元同期のクマダに電話して麹町アジャンタでカレーを食う。元同期のモリナツもクマダと一緒に自転車で登場。2人,仲良さそうだな。今日のキーマは辛かった。

2000/10/05(Thu)

脱稿

やっとなんとか仕事は片付いたか。原稿を書くという生活が,もうこれっきりで終わりになるというわけじゃないと思うけど,ひと区切り。いよいよ休職か。考えてみれば,5年以上も,毎月毎月よくもまあ追われ続けてたもんだと思わなくもない。明確なリズムのある今の仕事,気に入ってはいるんだけど。
するすると,脇腹あたりから解放感のわいてくる深夜2時の脱稿。書き終わった。
ひと段落した自分へのごほうびってわけでもないけど,深夜4時,ビールを飲み飲みチャーシューメンを食うという非ダイエットなメニューを自分に許す。途中まで幸せな気分だったけど,食べ終わるころには食べすぎたことを後悔。げっぷ。

2000/10/06(Fri)

One way ticket

午後早めに出社したけど予想どおりゲラはまだ。待ってても仕方ないので,会社を抜け出して新宿のマップツアーへ行く。やっと航空券を手配。今まで会社の出張か,親父の社員優待チケットばかりだったので,実は自分で航空券を買うのは生まれて初めて。成田を28日に発つことに決める。ということは3週間後の出発。ノースウェストのサンフランシスコ直行便。
入国審査で審査官の心証があまり良くないという噂もあるけど,片道切符を購入。帰りの日時は未定なのだ。うまくすれば,帰りは約1年後。
片道……。なんか,ちょっとセンチメンタルな響きがあるな。というわけで,今日は1日中頭の中でニール・セダカの「恋の片道切符」がリフレイン。♪ Choo Choo train a chuggin' down the track. Gotta travel on never commin' back. Woo oh, got a one way ticket to the blues.
チケットをゲットしたその足で,高田馬場のスポーツセンターへ。久しぶりにプール。800m泳ぐ。不思議とあまり疲れてなくて,ぴちぴち泳ぐ。
夜9時。最後の1ページのゲラが出る。いつものように,原稿はハミ出しまくり。削る削る。深夜2時,校了。
2時過ぎ,編集長とバイトU君と連れだって,麹町アジャンタへ。今日は1日2食だ。あれ,一昨日もアジャンタだったか。キーマを食べる。あれ,一昨日もキーマだったか。アチャールを食べすぎて,舌がヒリヒリする。あれ,一昨日もヒリヒリしてたっけ。

2000/10/07(Sat)

バイクで都内を走る。爽やかな秋。久しぶりに有楽町にあるイトコの中華料理の店に食べに行く。

2000/10/08(Sun)

逃げて行く雨

バイクに乗るようになってから,天気予報にとても敏感になった。夕方雨が降りそうな日はバイクに乗らないようにするし,雨が深夜0時以降に降りそうなら,早めに会社から帰って来るとかする。自宅が常時接続環境になったこともあって,ことあるたびにWebで天気予報をチェックしている。
気象庁というのは,向こう24時間,3時間おきの地域ごとの予報を発表しているようなのだけど,これをこまめに見ていると,ものすごくコロコロと予報が変わっていくことに気づく。典型的なのは,雨の降り出す時間がどんどん先延ばしになっていき,いつのまにか「降る」という予報,雨マーク自体がなくなってしまうことが結構あるということ。
だから,よく会話に「朝,天気予報では午後は雨だと言ってたけど,ハズレたね」というのが出て来るけど,これはちょっと正確じゃない。「朝の予報では午後は雨だったけど,今の予報だと雨は夜以降なのかね」と言うべきなのだ。さっきまで12時,15時,18時の欄に書いてあった3つの雨マークが,12時の直前になって,それぞれ18時,21時,24時に移動したりしているというわけ。カオス的振る舞いをする天気というのは本質的に予想するのがむずかしいのだろう。香港で羽ばたいた蝶が起こしたちょっとした空気の揺れが,数カ月後にニューヨークでハリケーンを起こすきっかけだったということさえありうるという。スーパーコンピュータをもってしても,原理的に正確な予報はできっこない。

生きていく方法とか道筋も,あるとき突然枝分かれして,それまでの予想が狂うことは,まったく普通に起こり得る。人生が天気と違うのは,変化のきっかけを自分で作れること。小さなきっかけでも,後の大きな変化につながるところは天気に似ている。

2000/10/09(Mon)

3連休最後の1日。夕方,雨があがるのをみはからって,プールへ。いつもより遅い時間。いつもバイクで通り抜けする公園が暗く,霧が出ていた。

2000/10/10(Tue)

4年分の掃除

会社で机の周りを片付ける。最後の引っ越し以来,4年分のゴミ。雑誌や書籍はほとんど古くて意味がないし,資料や,今まで取材してたまったポジ,テープなんかも,もう使うことはない。こんなに大量にあったかしらと思うほど,ゴミ捨て場にゴミの山を築き上げる。よりわけてる時間もないし,もったいないかなと思えるものも全部捨てる。MDもCDも全部捨てる。何かのときのために,自分の書いた記事ぐらい取っておこうかとも思ったけど,バックナンバーもまとめて捨てる。
机の中にたまっている地層の,比較的上のほうにある名刺は救いあげてみたけど,どれもなくても構わない感じ。過去に1通でもメールやりとりしてれば,その人の名刺は要らない。過去半年の間にメールをやりとりしていない人なら,その人とは縁がないってこと。名刺は捨てても構わない。1000枚以上はありそうな名刺の山を見ながら,そんなことを考える。パラパラと名刺を繰ると,1度しか会ったことのない人でも,妙に顔を覚えている人がたくさんいるのに驚く。人の顔を覚えるのが苦手なのに。
捨てまくっているうちに気分はすっきり。机の周りもすっかりキレイに。すでに周囲に何もなくなった状況でも,まったくふつうに仕事ができそう。なんだ,もっと早く掃除すれば良かった。

『進化――宇宙のはじまりから人の繁栄まで』(岩槻邦男/柴崎徳明/今井竹夫/林蘇絹/西田治文),読了。1998年ごろの立教大学の一般教養のコースとして組まれた講義が元になった本らしい。ビッグバン,星の進化,惑星系の進化,原始地球で起こった化学反応,生命の起源,真核生物の誕生,性の分化,種の分化,ヒトの登場といったことまで,「進化」という1つのストーリーとして扱う。文系の学生も対象だったという講義だし,細かい知識は別として,概要は結構知ってることばかり。ふつうの展開。ちょっと退屈。でも,良くまとまっているし,当然知らなかったこともいっぱい。とくに動植物が互いに影響しあって進化してきたということの実例が面白い。裸子植物が被子植物にとってかわられたのは,恐竜の絶滅によるのだとか。恐竜のような大型動物は大量の草食でエネルギーを摂取できるけど,小型で高エネルギーを必要とするホニュウ類は果実や種子を選択的に食べるしかない。すると,たわわな果実を実らせる被子植物の種子拡散戦略は相対的に有利になる。なるほど。
植物がどうやって陸上にあがって,最初どんな姿をしていたか,それからどうやって葉っぱや根っこを進化させてきたのか,といったあたりも面白い。なるほど,葉っぱにも2種類の進化の経路があったのね。ところで維管束って,確かに小学校で習ったけど,この言葉を聞いたのは10年ぶりぐらいの気がする。道管と師管があるのを覚えてますか。さて,どっちが水を運ぶのでしょう。
糖,脂質,アミノ酸の,とある代謝経路を眺めていたら,まるっきりそれが東京近郊の電車の路線図じゃないかと思えて来た。まんなかに円環状の閉じた経路があって,山手線みたい。ぼくが住んでるとこの最寄り駅はヒドロキシアセトリン酸あたりか。

2000/10/11(Wed)

130kgぐらい

バイクで二人乗り。70kgと,それなりに体重のある人間を乗せるのは初めて。ぼくと合計すると130kgぐらいで,ほぼバイクの重量と同じか。1人で乗ってるときと比べると,さすがに小回りが効きそうにないので,ちょっと緊張する。
不動産屋へ。ぼくの不在中に部屋を又貸しすることになる会社の後輩を連れて行く。ふむふむ,問題はなさそう。

東急が,電車内での携帯電話の利用マナーの呼びかけをやめて,奇数車両のみ利用可という方針を決めたらしい。全然気にならないというと嘘だけど,はじめっからぼくはパブリックスペースでの携帯電話の利用に関して,マナーうんぬんという議論は変だと思っていたので,結構なコトかと。

2000/10/12(Thu)

プチ同窓会

いやに盛りあがったプチ同窓会。ちょっと帰りが遅くなったので,写真その他報告は明日にでも。

2000/10/13(Fri)

出勤最終日

休職するまでに決めておかなければいけないこと,処理しておかなければならないこと,片付けておくべきことなんかが,まだ少し残ってる気がするけど,いちおう今日が最後の出勤日。来週月曜日からは,いよいよ休職だ。あ,休職期間中も,ken-ni@ascii.co.jpの会社のアドレスは有効です。送ってもらうなら,nis@bigfoot.comのほうがいいんですけど,今のところどっちも同じようなものです。
次の締め切りまでに1ページの原稿を2つ書けばいいだけ。こんな気楽な週末はない。というか,2週間も休みがあるんだよな。まだあれこれ準備しなきゃいけないことがあるとはいえ。

2000/10/14(Sat)

1年に少なくとも1度は13日の金曜日があることの証明

昨日,焼肉の席で「1年に少なくとも1度は13日の金曜日があることの証明」というのを話題にした。確か小学校の算数の問題だった気がする。その場では考える気力もなかったけど,あらためて数えてみた。
いま仮に1月13日を月曜日とすると,2月13日は木曜日。31日は4週間+3日なので,曜日を3つ進めればいいだけ。同じようにして数え上げると,
 
  1月13日は月曜日
  2月13日は木曜日
  3月13日は木曜日
  4月13日は日曜日
  5月13日は火曜日
  6月13日は金曜日
  7月13日は日曜日
  8月13日は水曜日
  9月13日は土曜日
 10月13日は月曜日
 11月13日は水曜日
 12月13日は金曜日
 
 
となり,すべての曜日が登場するのがわかる(後日談:結論は偶然正しいけど,これは嘘。11月13日は木曜日で12月13日は土曜日)。これは1月13日が月曜日以外の何曜日でも同じことが言える。だから,1年に少なくとも1度,何月かの13日は金曜日であると言える。また,うるう年の場合,月曜日を1,日曜日を7として各月の13日の曜日を番号で並べると,「1,4,5,1,3,6,1,4,7,2,5,7」となり,うるう年でもすべての曜日が登場することがわかる。
これを良く見ると,13日の金曜日は1年に1度か2度あるのが普通だけど,うるう年で,しかも1月13日が金曜日のときだけは,1年に3度,13日の金曜日があることがわかる。実際,1984年には1月,4月,7月の13日がすべて金曜日だった。うるう年を含む4年は365×4+1=1461日。これは208週間と5日。5と7は互いに素だから,あるうるう年に3度13日の金曜日があるとすると,次に3度の13日の金曜日が含まれる年は,7回後のうるう年,つまり28年後ということになる(後日談:これはまちがい。正解はこっち)。1984年の28年後,2012年のカレンダーで確認したら,確かに1月,4月,7月の13日は全部金曜日だった。2040年,2068年,2096年も確認したので間違いない。でも,その次の2124年は違う。これは2100年をまたいでいるから。2100年は,4で割り切れるけど,100でも割り切れる年で,うるう年じゃないから1日ずれる。2096年の次に,3度13日金曜日のある年は,2096年の40年後,西暦2136年。まあ,22世紀にもなって「13日の金曜日」を口にする人がいるとは,とても思えないけど。

年に2,3度しかしないネクタイを締めて,新宿西口高層ビル街へ。さぞ夜景が美しかろうと,Sさんとワインの飲めるお店へ。いわゆるひとつの壮行会か。いやぁ,壮行会続き。
いつも仕事で訪れはしていたビルなのに,一番上まで登ったことはほとんどない。待ち合わせたビルの地階。広い,吹抜けのホールの壁にかかる巨大な仕掛け時計を,のんびり眺める。下に動力源の水車。5m以上はあろうかという振り子がゆっくりと左右に振れる。ちゃんと機械仕掛けで動いているらしいことを発見。10秒おきに,ギッコンと大げさな音をたてて,巨大な歯車が1歯だけ回る。いつもは駆け足だったから,たぶん振り子がひと振りもしないぐらいの時間で通りすぎていたんだろう。そんな仕掛けになってるとは思いもしなかった。
ガラスの箱でできたエレベーターで一気に最上階へ。地上何メートルくらいなのだろう。隣に青白いビルがそびえたつ。いくつものビルの,赤い標識灯がほんのりと明滅する。見下ろすと,ナトリウム灯のオレンジ,水銀灯の輝く白。アルゴンやタングステンの黄色い灯,車の赤いテールランプ。都会の宝石たちが眼下に広がる。というほどロマンチックでもないけど,ややおおげさに書いてみました。
地上に降り,2軒目に入る。さらに3軒目。3丁目をさまよう。湿っぽくて,ひんやりとした夜気が酔った頬に心地よい。結局,3時過ぎまで飲んで,仕上げにラーメンまで食ってしまう。結婚式の2次会帰りというSさんは黒いワンピース。あらわな肩が,ちょっとセクシーだった。

2000/10/15(Sun)

今さら

ビデオ,『ヒマラヤ杉に降る雪』,『スターウォーズ エピソード1』。かなり今さらなスターウォーズ。

2000/10/16(Mon)

3週間も何するんだっ!

海外から家賃を大家に振り込まなきゃいけないので,三和のインターネットバンキングに申し込むべくWebを見る。前に1度,途中であほらしくなって申し込みを中断してしまったことがあるけど,今回もまた呆れてしまってボーゼン。
オンライン登録に見せかけて「申し込み書を送るからハンコをついて送り返せ」というのもひどいけど,ハンコをついた書類を返送してから,3週間後にやっと登録カードが送られてくるというのはもっとひどい! 一体3週間もかかって何をやるっていうんだ。ガーシュ,ディスイズクレイジー!! やっぱり海外送金の手数料(ふつう3000〜4000円)が無料になるCITIBANKにしようかな。
3週間もかかってたら出発に間に合わないじゃないか。ややアクロバチックではあるけど,登録カードは留守番係に受け取ってもらうことにするか。
銀行に比べて大学の窓口は,ふつうにオンライン化されている。卒業証明と成績証明を,それぞれ1通ずつ念のために取っておく。

夕方,プールで1000m。淡々と泳ぐ。

2000/10/17(Tue)

不幸な日はもっと多い

すでに休職期間に入ったとは言え,そんなにスッパリ終えられるような仕事ばかりでもなく,午後,出社。新規連載の引き継ぎというか立ち上げというか……,打ち合せ。連載のタイトルを考えないと。デザイナがページレイアウトの都合上,「リライトしていただくしかないですね」と,なんの躊躇もなく言うのに,カチンと来る。冗談じゃないぜ,レイアウトは大切かもしんないけど,レイアウトのために文章を削れだの足せだのって,そんな気軽に言ってくれるなよ。
仕事で使っていたメインマシンのHDDをフォーマットする前に,バックアップを取っておこうと,ノートPCへ,あれこれデータを流し込んだり,机の周りに残留していた最後のゴミを整理したりとかやってる間に,プールに行く時間がなくなってしまった。
20時過ぎ,元編集部にいたMさん,進行のTさん,隣の編集部のAさんと連れだって,新宿の某パスタ屋へ。店員の愛想は悪いけど,料理はなかなかうまかった。ワインをひとくちだけ。

焼肉の席で「13日金曜日問題」を話題にした知人からのメールで,13日金曜日のカウントはまちがっているとの指摘。確かに11月と12月の曜日を数えまちがえていた。「1年に1度13日の金曜日が必ずある」という結論自体はまちがってないけど,前もって結論を知っていての偶然とゆーか……。
もう1つ,結論がかわってくる。うるう年じゃない年でも,2月,3月,11月は同じ曜日になるから,1年に3度,13日の金曜日がある年は28年に1度どころか,3,4年に1度と,はるかに多い。不幸な日は,もっと多かったのだ。
教えてもらったカウント方法は,「for i in `seq 1940 2037`; do for j in `seq 1 12`; do date -d "$i-$j-13" +"%a %Y %m %d"; done; done|grep ^Fri|cut -d" " -f2|uniq -c|sort -k1 -nrs」という感じ。単純なカウントは計算機に任せろってことですね。
これって1行に書き連ねるコマンドで,実際には複数のプログラムが協調して動くんだけど,これで1940年から2037年までの各年にある13日の金曜日の数を,数の多い順に表示できる。こういうちょっとした処理って,計算機使ってるって感じだよなぁ。コマンドを適当につなげて柔軟な処理ができるUnixって,やっぱり便利だよなぁ。って,ぼくは手で数えたんだけど……。ちなみに,このコマンド,ぼくのCeleron-450MHzのLinuxマシンでは7秒ほど。
と,2038年問題が! 上のコマンドで,2000年〜2999年の間に,何度13日の金曜日があるのか数えようと思ったら,dateコマンドがエラーをはきまくった。Unixで扱う日付って,1970年1月1日を起点に,経過した秒数を符号付き32bit整数でカウントしていってるので,たかだか68年しかカウントできないというトンデモナイ仕様なんだよね。2038年1月19日午前3時14分7秒の次は,1901年12月13日午後8時45分52秒。Webで検索してみたら,これってANSI Cのtime_tデータ型の制約でも同じで,かなり広く存在する問題みたい。まあ,30年後に,time型が64bit以上になってないなんてありえないので,ほとんど問題はないんだろうけど。
ちなみに,この日記に付いている曜日は,日付から計算して挿入してるけど,このプログラムに2038年問題はない。ぼくは70歳になっても,安心して日記を続けられそうだ。

2000/10/18(Wed)

10年ちょっと経ったら年寄りか

40歳そこそこの知人が,どうも某編集部に誘われてるのじゃないかという噂が立って,直接そこのボスに話を聞いたら「えっ,引っ張ってなんかないよ。ははは,ウチは年寄りなんか取りませんよ」とのたまった。あんなに優秀な人でも,40歳を超えたら年寄り呼ばわりされてしまうのか……。「年寄りは金がかかる」ということ。まあ,コンピュータ出版の世界,確かにその通りかも。

今日届かなかったら大使館に問い合わせようと思っていたけど,ようやくパスポートが返って来た。ビザが下りた。5年間有効の学生ビザ。これでヒト安心。

突然体重が1kg減って,58kgに落ちた。うん,身体が軽い。これでBMIが20を切り,「やや痩せ型」に分類される計算。日本肥満学会による定義だと,BMIが18.5以下になるのが痩せすぎというから,55kgぐらいまで行ってもまだ健康上は問題なさそう。もう少し脂肪を落として筋肉をつけて,57kgあたりで安定させるのが落としどころかな。ちなみにBMIの計算はここなんかでどうぞ。ぼくの結果は「30歳男性 171.0cm/58.0kg,平均よりも0.8cm高く,9.3kg軽いあなたは,BMI:19.8,肥満度:-9.8%,標準体重:64.3kg。やせ気味。もう少し食べてもいいですね。1日あたりの標準的なカロリー摂取量は2060〜2250kcal」だそうな。

夕方,プールで1km泳ぐ。また少しクロールがうまくなった気がするのは気のせいか。だいぶ楽になってきた。

2000/10/19(Thu)

壮行会

夜,部内の壮行会。まだ修羅場前だけど,忙しい中,編集部や隣の編集部からたくさん人が集まってくれる。まあ,「かこつけての飲み会」かもしれないけど,うれしいもの。昔の上司が顔を出してくれたのもうれしい。送り出されるような立場って,そういえば初めてだ。照れ臭いような。バカラのクリスタルのグラスをプレゼントにもらう。って,グラス持って飛行機に乗るの!? あ,マイグラスなのか。そうなのか。
送り出すといっても戻って来るのだし,戻って来られる場所はあるのだし,「お前だけ何で半年や1年もアメリカで遊べるんだ,ずるい。オレも行きたいよ」の声がたくさん。いや,遊びに行くわけじゃないけど……,確かに運とタイミングが良かった気がする。渡米の話をボスに切り出したとき,「辞められるより休職を許可するほうがマシ」と,ボスが判断する可能性は五分と読んでいたけど,考えてみたら,そんな読みに大した根拠はない。そもそも休職制度が利用可能かどうかも知らなかった(休職のことに関しては人事部に同期がいて色々と助かった。ヨシロー君ありがとう!)。だから本当のところ,ぼくにあったのは辞める覚悟と,ぎりぎり1年分の学費と生活費の貯金だけという寒い状況だったのに。
元上司が,最近手掛けた本だといって3冊ほど本をくれた。うち1冊を見て驚く。「えっ,アノ平積みになってたコノ本って,Nさんが編集者だったんデスか! 1度は手に取ったけど,帯のうたい文句を見て,ああ柄谷行人ってモウロクしたのかなぁって思って,買わなかったんですよ」と,興奮気味のリアクション。言った直後,帯の文句を見て買わなかったって,帯の文句を考えただろう人の前で言っていいことじゃあないと気づく。ア,アホや,オレ……。そもそも読みもせずに批判的なコトを口走るなって。
2次会は3時過ぎまで。良く食ったし,良く飲んだし,良くしゃべった。解散後,元上司と,きんかん亭に行ってソバを食う。自転車でふらりとついてきたU君は,さっきまで激しい口調であれこれ言っていたと思ったら,ソバを食い終わるなり,うたた寝を始めた。

2000/10/20(Fri)

今日も壮行会。なぜかチンチンのサイズ話

なぜかまだ出社。夕方,会社の地下ライブラリに詰めて作業。2時間あればできるだろうと思っていた作業が終わらず,月曜日の出社も確定。アメリカ出発前,早めの休職にしておいて良かった。きっと,直前まで仕事をしていたら,ものすごいバタバタすることになっていたんじゃないかとぞっとする。今までの出張経験からしても。
夜,新宿で内輪の壮行会。たいへんごぶさたな人,ちょっとお久しぶりな人,毎日顔を会わせてる人,仕事でお世話になった人,昨日も一緒にビール飲んだやんかって人なんかでベルギービールを飲む。飲む飲む。しゃべるしゃべる。2次会もビール。声のでかいK藤さんを中心に大下ネタ大会。下ネタといっても,オトナの話す内容と,中学生の話す内容は必然的に違うだろうと思いつつ,なぜかみんな中学生みたいな幼稚な話で喜ぶ。ことあるたびに,チンチンのサイズの話ばかりするK藤さんは,よほど自信があるか自信がないかのどちらかと思うけど,思春期を過ぎてふつうに男の自覚と経験があれば,サイズの自慢や比較なんてしなくなるものだから,よほど実証経験に乏しく,声の大きさとサイズ自慢ってのは,その不安の裏返しなんじゃないかと勘ぐりつつ,やっぱり負けじと,ちょっと大きめのサイズを申告するボク。というかサイズと言われても女のスリーサイズと違って聞かれて即答できるようなもんじゃないと思うけど。まあ,サイズより体力,体力よりテクニック,テクニックより愛情! うわ,なんかオヤジくさい! まだ酔っぱらってるかも。ヘコたれるどころか,平然悠然泰然と笑って突っ込むT内さんは,さすが,年の功ってやつか。しかし,なんのかんの言って,三十ン歳にして化けモノ的若さと可愛いらしさをもったT内さんの存在が,阿呆なオトコたちの競争心に火をつけていたことは間違いない。
女の人は気づきづらいかもしれませんが,男って,使用時のサイズの比較を,男同士で実証的にやる機会がほとんどないので,結構不安とか好奇心を持ってる人が多いのです。「平静時のサイズではふつうだと思うけど,オレは使用時のサイズもふつうなんだろうか?」とかね。下手すると,使用時のサイズを知ってるのは自分のだけってこともありえる。今やWeb上に比較対象はいくらでもあるし,人種間比較もかなりできるけど……,あっ! そういえばTOTOが最初にウォシュレットを作ったとき,女性の性器の位置の統計的なデータを手に入れるために,設計者は女性社員に頭を下げてまわってアンケートを取ったという話があったけど,今や,いくらでも数字は取れるんだな。いい時代になったもんだ。あいや。
宇宙飛行士が着る宇宙服って,当然カスタムメードで,個々人にぴったりのサイズを用意するわけだけど,男の人のサイズだけは困ったことになるらしい。直接寸法を取っても良さそうな気がするけど,チンチンのサイズは自己申告らしいんだよね。今はどうか知らないけど,少なくとも十年前とかは,そうだったらしい。すると,みんな実際より大きめに申告しちゃうもんだから,宇宙に飛びたってから,おしっこがじゃじゃ漏れになったりして,結局「大きめ申告」がバレる上にたいへん困った状態になるという話。大きめに申告するというのは,男の一般的傾向で,これは人種や知性(宇宙飛行士は知性高いって言っていいよね)に関係ないってこと。宇宙服を作るときでさえ,見栄から虚偽の申告をしてしまうのだから,いわんや,その場で「今すぐおっ立てて見せてみろ」という話になりそうもない酒場で,無責任に競争心から申告するときに,サイズが上乗せされないわけがない。いくら女の子が「サイズなんて問題じゃない」と言っても,いくら本人が「サイズなんか気にしたことない」と言ってても,やっぱり申告するときには,だいたい大きめに言う傾向にある。「若いころはボトル2本飲んだ」という酒飲み自慢とか,「3日で5時間しか寝てない」とかいう睡眠不足自慢と同じで,数字が正確に申告されることは少ない。
セックスにまつわる調査や数字って,聞き取り調査や自己申告制が基本なので,あんまり信用できないわけで,そんなのは1950年代アメリカで,初めて大規模に人間の性行動を調査したというキンゼー報告の時代から変わってないんじゃないのかしら。

2次会の席を立つころには幹事は大酔っ払いでフラフラと帰ってゆく。集まった人々もサンサンゴゴ,散っていく。5人ほどで3次会に流れて,渋谷のラ・ボエムに。朝4時半ごろまでおしゃべり。

2000/10/21(Sat)

古いゲーム

Webで調べモノをしていたら,1982年ごろに出て一世を風靡した名ゲーム「ゼビウス」のページに行き当たった。めちゃくちゃ気合いの入ったそのページを眺めていたら,猛烈にやりたくなって,駅前のゲーム屋に走ってしまった。プレステ用の復刻版があったはず……,と,思ったのに,ゼビウスではなく20周年記念というパックマンの新バージョンみたいなのが安かったので,パックマンのほうを買ってしまう。
しかし,この3D版パックマンというのは,クラッシュバンディクーそのものじゃないのか? 単にクラッシュがパックマンになっただけで,ゲームシステムはほとんど同じだ。なんかちょっとだまされた気分。面白いけど2時間ほど遊んで飽きてしまう。

2000/10/22(Sun)

デジカメ買っちゃった

久しぶりにデジカメを買ってしまった。フジフイルムの「FinePix4500」というコンパクトな可愛い奴。MP3再生機能つきで,IXY Digitalの人気を抜き去ったFinePix40iという機種のMP3機能省略版。でも,なんでか知らんが,メーカーはもちろん,Webにはほとんど情報が何もない。まあ,買えたからいいけど。4万9800円なり。
最後に買ったのがフジフイルムの35万画素デジカメ「DS-20」という機種だったから,ずいぶんブランクが長かった。といっても,長らく80万画素のデジカメを人に借りっぱなしで,それを使っていたから,実際には100万画素,130万画素,200万画素と,2〜3世代ほどブランクがあるだけだけど。あ,それでもやっぱりブランクは長いか。単焦点なのと,高解像度での画質が今ひとつという話だけど,仕事でも十分使えるレベル。

2000/10/23(Mon)

一向に準備が……

なんかいろいろやらなきゃいけないことがある気がするけど,何も準備が進まないまま時間が過ぎて行く。ビザがおりて安心してしまったのかも。アメリカなら,最悪,身体だけ行っても何とかなるかって。
ノートPCに入れたLinuxの設定をあれこれ。さすがに1日がかりで設定したので,一気に快適な環境に変身した。いよいよ,デスクトップを離れてノート1本の生活か。

2000/10/24(Tue)

一足お先に引越し

やり残しの仕事を片付けに出社したら,某プロジェクトの取材対象としてK氏が来ていた。せっかくなので同席して,話に耳を傾ける。ちょっとご挨拶だけと思って顔を出しただけなのに,結局1時間半ほどの取材に,ずっとつき合ってしまう。ああぁ,今日も気づけばライブラリが閉館間際。もう1回出社しないと。でも,暴露話が面白かったのでいいか。
ノートPCに,ほぼ環境を移行完了。このWeb日記も,これからはノートPCで書くようにします。とくに問題がなければ,アメリカに渡ってからも,この日記は続くことでしょう。
驚くことに,いまだにホームステイ先の住所がわからない。メールでは「早く知らせろ」と,矢のような催促をしているのに。これがアメリカ人的な事務処理のいい加減さなのか。それにしても,メールがあってホントに良かった。

2000/10/25(Wed)

Il n'ya pas le temps.

20歳という若さで決闘で死んでしまった19世紀フランスの天才数学者,ガロアは,決闘前日,殴り書きの手紙の余白に「時間がない」と書いたそうな。友人シュバリエに宛てたその手紙に,研究のアイデア,数学の証明なんかを全部書き留めるだけの時間が残されていなかったという。「時間がない」って文字が切ない。
そんなガロアみたいなおおげさなものではないけど,日本を離れる前にやらなきゃいけない仕事が終らないまま,出発の3日前になってしまった。時間がない。そもそも,まだほとんど準備ができてない。
新宿のヨドバシカメラで,慌ててアナログのPCカードモデムを買う。いまさら56kbpsの通信のために,なんで7000円も払わなきゃならんのだと思いつつ,やっぱり頼りになるのは最後はアナログ電話だよな,なんて思ったりもする。最悪,電話があればインターネットが使えるという強み。
ついでに,前から気にはなってた電子辞書が欲しくなる。研究社の英和,和英とLONGMANの英英辞典,類語辞典の入った奴で3万円。すでに英和と和英の入った電子辞書は持ってるし,パソコンの中には立派な辞書がいくつか入ってるんだけど,辞書って,いくつあっても欲しくなるものだったりするし,持ち歩ける英英辞典ってやっぱりあったほうがいい。例文が豊富な,コローケーション辞典って必要かも。時間的にも経済的にも,割と大きな投資をするのだから,いまさら数万円の辞書代をケチってどうするという気もするので,明日改めて買いに行こうと思う。
今日が最後の壮行会か。渋谷で大学時代の友達と遅くまでビールを飲む。

2000/10/26(Thu)

ホームステイ先が決定

担当者からメールの返事が全然来ないので,昨日の深夜,ついにシビレを切らしてサンフランシスコの学校に電話で問い合わせた。そうしたら,すぐにメールで送るよといってホームステイ先の情報が送られてきた。文句を言って,すぐに送ってくるものなら,もっと早く電話すればよかった。結局,ホームステイ先の情報が書かれたメールを受け取ったのは出発の2日前だよ。こんなもん? なんかちょっと今まで聞いた経験談と違う気がするけど。
ちなみに受け取ったメールには以下に情報を添付しますって言って,MacintoshのWord文書が貼りついていた。まったく! もちろんWindows上のWordで読めるんだけど,何を考えてるんだか。まあ,何も考えてないんだろうな。
ホームステイ先は,Noe Valleyというところ。地図を見ると,サンフランシスコのダウンタウンから,4kmほど南に行ったところで,電車かバスで30分で学校に通えるらしい。夜景がきれいなことで知られるツインピークスの近くで,ゲイストリートとも呼ばれる,カストロストリートも近い。んー。
紹介文によると,ホームステイ先の家は,常時,数人のホームステイの学生を迎え入れてるイタリア系のおばさんらしい。16歳の姪と一緒に住んでいるとしか書いてないので,家族構成は,パパがいてママがいてという感じではないのかも。夜にでも電話して挨拶しておかないと。連絡先にメールアドレスが書かれてなかったので,もしかしたらインターネット環境は期待できないかもしれない。ああ,シリコンバレーで働くIT系企業の人のところにホームステイという夢はもろくも崩れ去ったか。まあ,そんな人は忙しすぎてホームステイの学生なんか受け入れないのかもしれないけど。
ホストマザーのマリアーノさんは病院勤務らしい。まあ,ホームステイに期待は禁物だっていうし,最低限の寝食環境さえ保証されればよしとしよう。ふと,時差を計算してみたら,日本の昼過ぎが向こうの夜と気づいたので(もっと早く気づけよ),さっそくマリアーノさんに電話してみる。ぷるるる……。
うーん,ぼくよりはるかにナマった英語……。Rの音が巻き舌やんか。なんとなく40〜50歳ぐらいの人かと想像してたけど,声の感じではもうちょっと年配かも。でも,応対は親切だし,良さげな感じ。とりあえずは安心かな。ぼくが着く時間に家にいるのかって聞いたら,ドアを開けて待ってるわよと笑ってた。

行き先の不安はなくなったけど,部屋のこととか,あれやこれやとか,仕事のことなんかは心配がまだたくさん。約2週間もあった出発前の休職期間なのに,なぜこんなに準備が進んでないのか。うー。

2000/10/27(Fri)

いよいよ明日出発

近所の銀行の窓口で米ドルとトラベラーズチェックを購入。トラベラーでもないのに,トラベラーズチェックってのも,面倒くさいなぁと思って,結局手で持って行く20万円のうち,12万円も現金にしてしまった。このあいだの出張のときの残り紙幣と合わせると,結構な額だ。
窓口で米ドル紙幣を手際良く数えるお姉さんを見ていたら,ふと疑問が。「どこの国の紙幣が一番数えやすいですか?」。「それはやっぱり日本のですね(笑)。慣れもありますし,品質がいいです。これはきれいなお札だからできますけど,流通している米ドル紙幣で,日本式の数え方はできません。そもそもお札をピンピン弾いて数えるのは日本人くらいなんですよ。それと米ドル紙幣はどれもサイズが同じなので,そういう意味でも扱いづらいですね」。
なるほど,確かにアメリカのお札って人生ゲームの子供銀行券並みに小さくて,しわくちゃだからなぁ。ぼくは財布を持たずにお札をポケットにねじ込んでしまう人だけど,米ドルだとひどいことになる。日本のお札なら20枚ぐらいポケットにあっても,だいたい自分で金額や枚数を把握できるし,出したい枚数がすぐに取り出せるけど,米ドル紙幣は,1ドル,5ドル,10ドル,20ドル,50ドル,100ドルが全部同じ色と大きさだから,20枚を越えたあたりで何がなんだかワケがわからなくなってくる。そもそも,1ドルや5ドルという日本で言えば100円や500円がお札なので,あっという間に30枚ぐらいお札がぐちゃぐちゃにポケットに入ってることになってしまう。まあ,何でもかんでも現金で支払いを済ませようという発想が日本的なのかもなぁと思いながら,掃除の最中に出て来たマネークリップをポケットに突っ込む。日本で電子マネーとかデビットカードが普及しないのは,現金が便利だからという話があるな。現金取り引きが当り前の,治安の良い国というわけ。でも,それにも増して,日本で現金が良く流通している理由は,自動販売機の認識システムや,鋳造精度の良さがミソなんじゃないかという気がしてきた。

どたばたと部屋の片付け。ゴミ袋5つ分のゴミを捨てる。ほとんどは古い衣類。荷作りをはじめる前に,持って行くモノを床に並べてみたら,ほとんど荷物のないことに気づく。

次にこの日記が更新されるとしたら,それはサンフランシスコからのはずです。それじゃあ行って来ます。あでゅー。

2000/10/28(Sat)

到着

とりあえず,着きました。メールは何とかなりそう……,といいながら,ちょっとうまく行かなくてテスト中。あーあー,本日は晴天なり。いや,サンフランシスコは雨です。風も強いです。

2000/10/29(Sun)

晴れた日曜日

3ブロックほど歩いたところに巨大なグロッサリーストアーがあって,そこで石鹸,シャンプー,メンボウなどを買う。肝心のドライヤーがなかったので,さらに隣の店に。ドライヤーと,コンパクトなサンフランシスコの地図,折り畳み式の傘を買う。
冬の間,サンフランシスコは雨期で,3日に1日は雨というシーズン。といっても,日本の6月のようにたくさん降るわけじゃなく,パラパラ降ってはやんで,またパラパラくるという感じみたい。だからなのか,街ゆく人のほとんどは傘をささず,パラパラ来たなと思ったら,帽子とかフードをかぶるだけという人が多い。
傘を持っていても,頻繁に開いたり閉じたりすることになるからか,売られている傘のほとんどはワンタッチ式の折り畳み傘。折り畳み傘というと「面倒」というのが,子供のころのぼくの記憶だけど,ここらで売られてるのは,うまくできたワンタッチ式で,なかなか使い勝手が良い。え,日本でもいまどき折り畳みでもワンタッチ? そうなの?
同じ家にホームステイしているのは,ぼくと同じ日に到着した,パリから来た25歳になるグレッグと京都から来た21歳のケンタロウの2人。2人ともめちゃくちゃ英語がうまい。ケンタロウがしゃべってるのは,とても日本人の英語に聞こえない。ケンタロウに聞いたら,とくにアメリカで生活したことはないっていうし,日本人でもやればできるんだなぁと感心。と,同時にちょっと自信喪失。こういうのを才能の差というのか,それとも努力の結果なのか。京大法学部っていうし,頭はキレそう。できる奴はできるのか。
まあ,でも自信をつけるためにアメリカに来たのだからと,開きなおってがんばろう。ケンタロウは,純日本人でも,これだけしゃべれるのだって良い見本。……,と思って,最初はケンタロウの自然なスピードと発音に感心していたけど,2日目になって,大阪弁で話す機会があって,改めてどこで英語を勉強したのか聞いたら,実は帰国子女だったことが判明。むー,昨日聞いたらそうは言わなかったじゃないかー。あ,そっか,ぼくはアメリカに住んでたことはあるかって聞いたのか。ケンタロウは11歳のころから,ドイツのアメリカンスクールに4年間通ってたらしい。奇妙なことに,今は話すのはそこそこ楽でも,聞くのが苦手なんだとか。うーん,子供のころに覚えた外国語というのは,そういうものなのか。
最初は気遅れして,2人の会話を聞いてるだけだったけど,2日目になってあれこれ話してみると,やっぱり2人ともネイティブとは大きな隔たりがあって,言いたいことの7割ぐらいしか言えてない感じ。そしてぼくは言いたいことの半分もしゃべれないけど,それでも簡単な会話を続けてるのが新鮮で楽しい。
なんだか異様に眠い。明日はいよいよ学校だ。

2000/10/30(Mon)

学校初日

爽やかな天気だと思っていたら,突然パラパラ来るというのがサンフランシスコ。やや雲がある程度の明るい空から,霧吹きで吹いたような細かな雨が落ちて来る。日本で言うお天気雨が頻繁に降る。ビルの谷間に輝く細かな水滴は,ちょっときれいで新鮮。
学校,初日。たくさん生徒がいるのかと思ったけど,意外に少ない。ぼくと同時期に入学したのは,ぼくを含めて全部で6人。フランス人が3人,韓国人が1人,日本人が2人。
あれやこれやのガイダンスとテストを受ける。リスニング,リーディング,スピーキングのテスト。オーラルテストは,ちょっと緊張したけど「ここに来たばかりの日本人で,これだけきれいな発音で話す生徒には初めて会ったわよ」と褒められる。「ヨォ,イングリッシィーズ,サーゥ,ビュゥゥゥーティフォッ」。アメリカ人特有の褒めちぎり系と思っていたら,7つあるクラスのうち上から2つ目のAdvanced2というレベルでいいのじゃないかと,そこにいれられてしまったので,言動は一致している。でも,いつも口にしているような自己紹介系の話だったから一見流暢に見えただけで,ちょっと評価が甘いんじゃないかと思ったり。ただ,あるレベルが自分にはむずかしいと感じて下のレベルに行くのは簡単だけど,その逆は面倒だというので,多少背伸び目のクラスでもいいかと考え直す。ついていけないぐらいで,ちょうどいい。ホームステイで一緒のグレッグとケンタロウも同じレベルだったようなので,仲良くやっていけるかも。
コンピュータルームにあるパソコンがひどい。8台くらいあるCOMPAQのマシンは全部PentiumIIみたいだけど,メモリが32MBしかない! スワップしまくり。目と鼻の先にシリコンバレーがある土地柄と思えないシリコン不足……。今や128MBのメモリが秋葉原では7000円台というのに。
何台かのマシンには日本語モジュールが入ってて,日本語のWebも表示できるけど,10時から16時まで,つまりオープンしてるほとんどの時間は英語以外利用禁止ということになってる。ま,そりゃそうなんだろうけど。
翌日からのスケジュール表を受け取って,午後4時に散会。まっすぐホームステイ先に戻って,ようやく原稿を1つ書く。即メール。いくら何でもちょっと遅れすぎた。何やってんだか……。
ホストマザーは使っていいよと言ってくれてるけど,あまり電話を占拠するのも悪いし,気を使ってしまう。というように,ネット環境が最悪に近いので,あれこれ方策を物色中。どうやら市街地だけでなく住宅地でも無線系が非常に発達してるらしい。場合によっては,日本のフレッツISDNより,はるかに快適になる可能性もありそうだ。

2000/10/31(Tue)

クラス初日

クラス初日。あれこれ感想を書くつもりだったけど,眠いのでパス。
ホントは今日はハロウィーン。カストロストリートは,ゲイが派手に着飾って練り歩く,お祭り騒ぎってことらしく,あちこちから大勢の人が来るらしい。ちょっと見てみたかったけど,おとなしく家に帰って原稿を1つ……。ふぅ。やっと肩の荷が降りた。これでようやく生活がスタートするという気がする。

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NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>