欲しい本があって,会社のそばの紀伊国屋に立ち寄った。目的の場所につくまでに『新・シングルライフ』(海老坂武)という本が目に入った。一見して何の本だか分かる。まさに,最近のぼくの問題意識にかかわる本。すぐに手に取ってしまった。
独身を意味する「シングル」って,唯一「シングルマザー」という言い方に残っているだけで死語だと思ってた。いや,どうりで死語と思うはずで,いまから15年も前に出版された『シングルライフ』というベストセラーになった本が,シングルという言葉の,そもそもの出どころらしい。その著者が15年経ち,老年を迎える前に書いた本が,この本らしい。読んでみようと思ったのは冒頭に書かれていた著者の若いころの話。
フランス文学者でもある著者の海老坂氏は,高校生のときにカミュやサルトルを読んだことで,結婚なんてくだらないという漠然とした考えが固まったのじゃないかと自己分析している。とくにカミュの『異邦人』。そういう考えに結びついたといって著者が引用している箇所が,ぼくの脳裏に焼き付いているのとまったく同じ箇所だった。いまでこそ,ぼくは「結婚するつもりはない」と言ってるけど,少し前までは「いずれ誰かに結婚してほしいと言われたら,結婚するかもしれない」と言っていた。そういうぼくの言葉の元になったのが,カミュの『異邦人』に出て来る会話で,著者も引用していたこんな会話。
主人公のムルソーが恋人のマリーに「私を愛しているか」と聞かれると,「そんな言葉には何の意味もないけど,たぶん愛していない」と答える。また,マリーが「私と結婚する気があるの」と尋ねると,「どっちでもいいけど,君が望むならしてもいい」と答える。
この会話が引用されていることを見ただけで,読んでみようと思った。独身主義者という言葉があるなら,結婚主義者という言葉があってもいいじゃないかという著者が,結婚,恋愛,子どもについて語るところには多いに共感できることがあった。勇気づけられもした。
ジジクサイことが書いてあるのかなぁと,それほど期待していなかったから,その分,発見は多かったし,多いに共感もできる本だった。結婚というのは実にヘンな制度じゃないかと感じるぼくの考え方は全然特殊ではないのだ。
帯に「哲学」と書いてあるほど堅苦しいことを言ってるわけでもなく,むしろ軽妙だし,良い意味で枠組みにとらわれない自由さがあるのがいい。65歳を過ぎた著者が描くシングルライフは,ぼくにとってはかなり具体的で参考になる。結婚せずに一人で生きていくというのはこういうことか,と思った。一人で老いていく,一人で死んでいくというのは,こういうことか。いや,こういうことを考えなきゃいけないということか。
シングルライフをやりおおすのに,老年を迎える前の自死がベストなら,それもいいじゃないか。介助が必要になって肉親にうとまれたり,配偶者に面倒をかけるぐらいなら,自分で何とかならなくなる前に自分のことは自分でケリをつけるというほうが,いいじゃないか。孫がいくらいたところで死ぬときは一人。フカフカのふとんで大勢に見取られて死のうが,近親者もなく人知れず孤独のうちに死んで行こうが,人間の死にざまなんてたいした違いはない。
ぼくは自分で主張しているほど,自分が結婚しないとは信じきっていないところがあって,実際,これまで2度ほど結婚という言葉を口の中でころがしたことがあった。けどやっぱり。