the other side of my days
ご意見,ご感想,ごいちゃもんなどございましたら
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>まで。


2000/03/01(Wed) ひとのフリみて
2000/03/02(Thu) 日暮里
2000/03/03(Fri) SM投稿写真
2000/03/04(Sat) 30代
2000/03/06(Mon) 締め切り
2000/03/07(Tue) 終った
2000/03/08(Wed) ゲラ待ち
2000/03/09(Thu) 日記について
2000/03/10(Fri) 送別会
2000/03/11(Sat) やわらかく,ほそい,君のその肩
2000/03/13(Mon) デモクラシー?
2000/03/14(Tue) 体に悪い晩ご飯
2000/03/15(Wed) 最近どう?
2000/03/16(Thu) 長い1日
2000/03/17(Fri) 私用NR
2000/03/18(Sat) 会いたい気持ち
2000/03/19(Sun) 引っ越し祝っておくれ
2000/03/20(Mon) 生命が永遠でないとしたら
2000/03/21(Tue) OSを航空会社にたとえると
2000/03/22(Wed) 不倫を希望しています
2000/03/23(Thu) チクテン
2000/03/24(Fri) 歩く速さで見えて来る
2000/03/25(Sat) 半ドンのドンって何のドン?
2000/03/26(Sun) 引っ越し会
2000/03/28(Tue) 月末に近いと
2000/03/29(Wed) 読むのは楽しい
2000/03/30(Thu) ぼくのヒーローズ
2000/03/31(Fri) 歴史嫌いだった


2000/03/01(Wed)

ひとのフリみて

にわか評論家風情がガタガタ偉そうにいいやがって,と,そんな風に言われたくない。かといって,あれこれ考えてなんかいたら,黙りこむことしかできそうもない。

2000/03/02(Thu)

日暮里

徹夜続き。といっても,徹夜して朝を向かえるころに寝てるので単に生活が反転しているというだけ。朝6時,近所にできたばかりの松屋で健啖ぶりを発揮。今日は起きてから寝るまでに3食も食べてしまった。

ナナセンの謎に対して,メールをくれた人がいた。どうも土木業界では7cmをナナセンなどと発音するらしいことが分かったんだけど,そればかりか,1m50cmは,1エン50センと発音するらしい。たぶん,センチ→センは短縮で,100銭=1円という連想なんだろうけど,これは部外者が聞いたら,さっぱりわからんぞ。まあ,出版業界でも文字の大きさを「8Q,9Q,10Q」などと書いてハッキュー,キューキュー,ジュッキューなどというし,文字の間隔のことを,10歯送り(ジュッパ送り)などと良く分からない単位を使ったりするけど。Qは「級」,「歯」はもともと歯車で紙を送っていたからということだったかな。ぼくがこの世界に入ったころから,もうほとんど印刷はDTPの世界だから,プロのような顔してる割に,ぼくは,そういう単位には非常にうとい。

忙しいはずの月末でも本屋にはこまめに立ち寄る。立ち読みしてて驚いたこと。関西出身のぼくとしては,日暮里って,妙な地名があるもんやな,ぐらいに思ってたけど,やっぱり変なものは変で,完全な宛て字らしい。新堀と書いて,にいほりが,もともとだったんじゃないかという話。
そのくらいでは驚かない。日本にある,ハル,ホリ,ハラ,ハレ,ホロと下につく地名って,ぜんぶ語源が同じ。「集落」を意味する,古代の○○語なんだそうな。○○が何か,忘れちゃった。カタカナ2文字。インド・ヨーロッパ語族の元となったとか。
びっくりは,イタリアのナポリ。これがNeo Polis,New Cityの意味だっていうことをこの間,イタリア語入門を読んで知ったばかりだったけど,この「ポリ」は,日暮里のポリと同じだとか。ええぇぇぇ! しかも,ニッポリ,ニャッポリ,ナッポリ,ナポリ……。な,なめらかに移行できる!! おやぢ駄洒落の世界やんか!!! ほんまかいなっ!
立ち読みしたときは,えらく感心したけど,改めて考えてみると,ちょっと眉につばつけたくなってきた。そういえば,ハル,ホリ,ハラ……,って並べかえると「はらほろひれはれ」みたいやんか。

本屋で5冊,オンライン書店で6冊。月末の切羽詰まった時期,ついストレス発散に本を買ってしまう。

2000/03/03(Fri)

SM投稿写真

編集部のあるフロアと,1つ下の階にあるプリンタとの間を十数往復してしまった。デジタルカメラの画質比較写真を作るのに,被写体の選択から撮影,印刷,印刷所入れまで,ものすごく気を使うわけです。そのプロセスのどこに不備があっても,メーカーからクレームがつく。読者にも,申し訳がたたない。
そういう状況で,深夜4時ごろ,たぶん社内で一番高価なプリンタの前で,今か今かとキウィフルーツの拡大画像の出力を待っていたら,A3サイズの専用紙に,「素人SM投稿写真」と題された,ものすごい画像(ぼかしなし)が次々に吐き出されて来た。
打ち出すだけで,1枚数百円かかるというプリンタで,誰が夜中にこっそり趣味の画像(ぼかしなし)を,こんなに大量に打ち出してるんだ,こっちは,ピリピリ仕事してんのに,まったくもう,でもこーゆーカゲキなのも,たまにはナカナカ……。しかし,こんなことに使っていーのかッ。会社のお金を無駄にしていいのかッ! いや,許されんだろう。
先輩Kの監視(!?)によって,まもなくSMマニアは捕まった。と,思ったら,単なるSMマニアではなかった。ちゃんと,それはそれで雑誌作りの仕事としてやってるSMマニアだった。「いやぁ,すごい画像打ち出してますね」「いや,もちろんこのまま掲載はできませんよ」「あ,そりゃそうですね,ぼかすんですよね」「そーです」。
「しかし,昼間でもこんなの打ち出してるんですか? ここ,隣が庶務じゃないですか。若い女の子がたくさん通りますよね?」「いや,昼間は打ち出しませんよ。昼間はね,投稿ビデオテープだって,こっそりヘッドホンつけて聞いてるんですよ」。
そうなのだった。うちの会社は最近パソコンエロ雑誌を作ってるんだった。そういえば,雑誌って作ってて一番楽しいのはエロ雑誌という話がある。実験的な企画とか,個個人の編集者の裁量で遊べる自由度が高いらしい。

とても情けないことに,オンラインで注文していた本と同じ本を,本屋でも買っていたらしい。本が手元に届いてから気づいた。あぁぁ。

2000/03/04(Sat)

30代

久しぶりの雨。今日はバスで出勤。昼間でも12分に1本しか来ないバスを待っていたら,アンケート調査のおばさんにつかまった。ひげそりについて。
どことなく「ものみの塔」を持って来る気の弱そうなおばさん風(って,どんな風?)。時間もあったし,珍しく答えることにしてみた。街頭アンケートって,答えるのはじめてのような気もする。
「あのアンケートをですね……」「いーですよっ(ニッコリ)」「あ,良かった。あなたこのへんの人?」「えぇ,方南2丁目です」「あ,すごく良かった,このへんを調査してるんです。これ,500円分の図書券です,どうぞ」「えっ,あっ,そりゃどうも(ニッコリ)」。
「えーと,あなたおいくつ?」「29です(ニッコリ)」「もうすぐ30歳?」「そーですね,あと半年です」。と,おばさんは調査用紙の年齢層のところ,「30〜34歳」に丸をつけた。えっ? えええっ? がーん。そそそ,そーなん? ぼくって30代前半に分類されちゃうの?
やや驚きつつも,愛想良く答える。週になんべん,どんなのを使ってひげをそってるか,どこのメーカーがいいのか,そのメーカーには問題がないのか,などなど。メーカー別のカタログを見ながら,「ああ,いつもこれ使ってますよ」とか。いくつか質問に答えたころに,住所と名前を聞いて来た。住所は大雑把なものだけ答えて,ごまかしたけど,電話番号を聞かれて,ちょっとドキッとした。聞き方も妙な感じで「電話番号は拒否なさいますか?」と,ちょっとオドオドした遠慮がちな聞き方。断られても仕方ないと言わんばかり。
どうやら,調査会社が,後日,おばさん調査員のデータがでっちあげでないことを確認するために,アトランダムに電話をかけるときに使うためのもので,他意はないということ。と,そういう説明と,調査会社の名前,電話番号,おばさんの名前,電話番号が書かれたペラの紙を,最初に手渡されていた。でも,読む間もなく質問に答え始めたから,いきなり「電話は拒否しますか?」と言われると,思わず,警戒してしまう。
冷静に考えてみれば,ほとんど何の心配もないのに,とっさに焦って黙ってしまった。そのときちょうどバスが来て,おばさんは「いいですよ,どうぞどうぞ」と言って,電話番号をあきらめようとした。ぼくはなんとなく申し訳なくなって,電話番号を教えるつもりになっていた。ところが,このおばさんに早口で言っても,たぶん8桁は復唱できないし,かといってゆっくり番号を確認しながら書きとってもらってたらバスの扉はしまってしまう。
待てよ。その前に,自分んちの電話番号を思い出せないじゃないか。「あ,えーとですね,えーと,引っ越して来たばっかりなんです。自分でも番号を良く覚えてないんですうぅううーぅー」と言いながら,バスに乗り込むぼく。
たぶん,こういうことじゃないかな。電話番号を尋ねても,ある割合で,教えることを拒む人がいると。それが結構高い割合で,だからこそ,最初かなり控え目に聞いて来たんだと思うし,ぼくが「覚えてない」などと第三者が聞いたら白々しくて笑っちゃう言い訳のようなことを言っても,おばさんは,それが当り前のような顔をしていたんだと思う。おばさんを泳がせている調査会社も,拒否の割合が,ある割合を越えなければ,それでよしとしているんだろう。

突然,とある都内のパソコンユーザーに取材させてくれと依頼して,即取材。ほとんど国内ではじめてのADSLユーザー宅へ。紙媒体じゃ,これが多分日本初のADSLユーザーレポートになるはず。締め切りに滑り込み。ニュース差し替えだッ! 即差し替えッ!
常時接続,高速インターネットはホンモノだった。下り1.5Mbps,上り270kbpsほどが,フルスピードで出ている。動画もグリグリ。これが月8000円(いまのところ月5500円の640kbpsコースのほうが得かも)。
いよいよ,すごい時代がやってくる。本当のインターネット時代がやってくるんだなと思って,感慨に浸りつつ会社に戻ろうとすると,初台駅の構内にNTTのドデカイ広告が出ていた。SMAPの中居くん。「ISDNだと,インターネットはこんなに速い」と書いてある。嘘だ。猛烈な嘘だ。今日見たADSLはISDNの20倍以上も速いぞ。将来的にはさらにその4,5倍速くなる可能性がある。
問題は,ISDNとADSLの相性が悪いこと。どっちをあきらめるか? そりゃISDNだ。NTTがなんと言おうと,ISDNはもういらんのだ。考えれば考えるほど,NTT(NTT地域会社か)のやっていることに,腹が立ってくる。いったい,いままで何をやっていたんだ。もしVoiceOVER DSLが使えるようになんかなった日には,NTTはどうなっちゃうんだろう。高いばっかりの交換機なんて,もう誰も用ナシになっちゃうぞ。大丈夫かね,NTT?
というようなことを,ある時ポロっと話したら,とあるライターが言った。「でもな,考えてもみな,NTTってグループ企業を含めると10万人を養ってるんだぜ。もし万万が一NTTが倒れるようなことになったら,どうなると思う?」。倒れるかどうかの議論は置いといて(まあ倒れることはないよね),少なくとも倒れるべきところを倒れるままにしないから,社会全体の生産性がさがってるんじゃないか。企業にしろ個人にしろ保護政策的な暫定措置が長引くと,かえって誰の保護にもならないのは明白なことに思える。

2000/03/06(Mon)

締め切り

締め切りって,ホントにありがたい存在。締め切りがあるから仕事ができるんだよな。
10人ぐらいが集まってフリースペースで団らん状態。のんびりとした編集部の光景。みんなでカレーを食べている。でも,それが平日朝4時の風景ってのが。

2000/03/07(Tue)

終った

今月もようやく仕事に区切りがつきそうだ。かなり余裕があったわりに,最後の最後はかつかつ。やっぱり1度は徹夜はしないと原稿は書けない。さらっと書けると思っていた原稿も,やっぱり悩むところは悩む。
「今月の仕事が終ったら……」,あれもしたいこれもしたいと思っていたはずなのに,いざ終ってみると,何がしたかったのか思い出せない。こうやって,時間というものは過ぎていくんだろう。

『優生学の復活?――遺伝子中心主義の行方』(ブライアン・アップルヤード),読了。自由主義市場と遺伝学の発展の当然の帰結として,歯止めのきない個人レベルでの優生が行われるようになる。難病を持って生まれると分かっていれば,いまでも中絶をする。あらかじめ 「背が低く育つ」ことが分かってる子どもを持ちたがる親はいない。ゲノム解析によって,遺伝情報の知識が増えれば,人々が理想的と思う人間ばかりの世界になるのだろうか。頭が良くて人あたりのいい,成功する人生を歩む子ども。ホモセクシュアルを子どもに持ちたいと思うかどうか。
遺伝学が進歩しても,どのゲノムが良いゲノムで,どういうゲノムが理想かという答えなんて,あるはずもない。病気は直したほうがいいに違いない。でも,ホモは病気か? 背が低いことは病気か? 21世紀,人類がよってたつべき規範や道徳といったものは崩壊の危機にさらされる。
うーん,主張は一貫していてうなずけるけど,全体にちょっと話が大げさな気がする。特に最後のほうはあまりに信念的な話が多い。「科学的になるには,非人間的になる必要がある」「非科学的な価値観を作る必要がある」なんて,一体何の話をしてるんだろう。「新しい科学に見合う価値観を模索する」の間違いじゃなかろうか。

2000/03/08(Wed)

ゲラ待ち

ゲラ待ちの間に,Emacs Lispで遊ぶ。初めて作るメジャーモードにしては,結構実用的。いきなり便利になった。やっぱりEmacsはすごい。
世間はプレステ2で大騒ぎだけど,ぼくにとっては ,やっぱりパソコンのほうが,ずっと面白いゲームなんだと思う。

2000/03/09(Thu)

日記について

仕事でも何でも,何かある作業になれて来ると,人それぞれスタイルというものができるんだろうけど,そういうものは,常に壊さないといけない気がする。効率的にできるようになるのは,そのスタイルのおかげではなくて,単に「慣れた」だけかもしれない。ほかのスタイルで慣れれば,もっと効率が上がる可能性がある。そういう可能性をはなから考慮に入れないのはもったいない。
久しぶりに指輪をしようとしたら,ハマらなかった。太ったかもしれん。と,思ったら寝起きでムクんでただけだった。昨日は朝方のビールとラーメン&ギョーザで,寝る前にはお腹がはちきれそうな状態だったからなぁ。やばいやばい。

毎日のようにWebに日記をさらしていて言うのもナンですが,膨大な日記系サイトのゆるやかな連帯のようなものを見て(なんでここまで組織化したんでしょう),なんだか妙な感慨に浸ってしまった。自分は完全にそこから外れてるのだなぁと思うことで安心したり,ちょっと疎外感を持ったり。なんだかね,文章の書き方とか独特でしょう(伝染力あるよ,アレ。アレってドレ? ほら,この段落はもうウツり気味でしょ)。日記系サイトって。日記リンクサイトに登録している人は,みんな視聴率を気にしているし。変ですよ,あれ。ホントは,この日記もつけはじめてある程度したら,日記系サイトに登録しようかなんてことも,ちらっと思ってはいたんだけど,たまに日記サーフィンやるたびにウンザリした気になる。
この日記を見ている人は,検索にたまたまひっかかったか,膨大なこのWebの世界に3つか4つしかないリンクからたどり着いて,たまたまなんとなく見ている人か,なんらかの形でぼくに関係する人ぐらいしかいないはず。もしぼく自身にもともとの興味がない人間が,トップページからこの日記にたどり着くのに,「CONFUSION」というその先に何があるか分からないアイコンをクリックするとしたら,よっぽどの暇人だと思う。あのCONFUSIONって,なんであんな名称になってるのか,いまではよく分からないし,ずーっと変えなきゃと思いつつここまで来てしまったんだけど。
たぶん,なんらかの形で,もともとぼくに関係する人でもないかぎり,ぼくの書く日記なんて見たって面白くもなんともないと思うわけです。なにかぼくのことを知ってて「あ,あいつ今日は会社休みやがったのか」とか,そういうチロっとした感想を持って,それは別になんでもないことなんだけど,なんとなくまた見てしまうという程度のことだと思うんです。読む方もつけるほうも癖になるのが,Web日記の変なところ。つけたことない人には分からないでしょうが,中毒性がありますよ,これは。
なんの話かってね,とりとめもない話。うーん,カタクナな奴はキライ。だから,近々,日記系サイトに登録しようと思う。だって,楽しそうじゃん。「つけるアホウにみるアホウ。同じアホならつけなきゃ損」なのです。もしかしたら,文体も変わるかも知れません。というか,たぶん,今までのこの日記はどっかにしまい込んで,別物として扱うことになるでしょう。もそっと,ジェネリックな書き方で,もそっと読む人が読んで笑えるようなこととか,そういうの書いてみたくなった。文章には2つあって,1つは自分の考えをまとめるため。言葉って便利な道具だから。もともと,古い意味でいう日記というのはそういうものだったと思う。もう1つは,他人に読ませる文章。要はサービス精神です。この日記には自分のために書いている部分に,たまーにサービス精神的なものが顔をのぞかせるという,中途半端なスタンスになっているわけです。【人気のある日記系サイトの何が気持悪いかって,Webの日記のくせにサービス精神を前面に押し出してる,そのスタンスなわけです】。もともとは自分のために書き始めたし,好きで書きちらしてるわけだ。別に読んでもらったって,読まれてなくったって,どっちでもかまやしねーや,ふん。という気取りが,ぼくにはあるんです。「来てくれてありがとう」「読んでくれてありがとう」「また来てくださいね」とか,そういうのを見ると,しゃらくせーやと思ってしまうんです。ましてそれが正真正銘ウンコみたいな文章だったりした日には,ゲンナリするんです。だからぼくは来なけりゃ来ないで勝手にしヤガレ,という猫的なスタンスでやりたかった。だから,被リンクもほとんど唯一なのがなぜか勤め先のページからの1つだけだったりしたわけです。
つまり。上の段落のブラケットでくくった部分,これは負けおしみなわけです。
95年とか96年とか,そのぐらいのころだと思うけど,垂れ流し系日記が,ずいぶん悪く言われた時期があった。今でも頭のカタイ人たちは,そう言ってるかもしれないけど。マスターベーションだとか,ノイズだとか,とにかくウザいとか。うーん,でもねぇ。
うーん,あれこれ書いたそばから,日記系サイト登録,やめることにした。
でもまた気分が盛り上がって来た。でも,また無駄なことに思えて来た。うーん。

2000/03/10(Fri)

送別会

会社に十ン年いたMさんの送別会。締め切りも何も関係なく365日24時間編集部にいて疲れ切ったMさんの姿しか,ぼくには印象にないけど,ちゃんとお化粧してそれなりの服を着てると,きれいな人。もともと美人なんだ。いつもよりきれいなMさんに向かって,年配系の女性から「あら,Mさん美容院いってきたでしょ」との突っ込み。そんなデカイ声で突っ込むことないじゃん。何だかいやだね,女って。素直に「そーなんですっ,キメてみました」と笑えるMさんは可愛い(なんてね,10歳近く年上の女性ですが)。
3次会のカラオケは中座して3時すぎに帰宅。

2000/03/11(Sat)

やわらかく,ほそい,君のその肩

ひとけのない立体駐車場で車から降りる。ぼくは少しキョロキョロあたりを見渡してから,素早く湖子(ココ)のおでこにキスをした。寒さに震える彼女の息が,ぼくの耳にかかる。細い肩を強くだきしめると,やわらかな肉の感触と暖かな彼女の体温が伝わって来る。
耳たぶを軽く唇でかんでみる。かみちぎらずにいられる自分が不思議なほど,かわいい耳。彼女はぼくの腕の中でぷるぷると2,3度ふるえたえたかと思うと,言葉にならない声を出した。
「あっ,ああっあっ……,うぃぇーん」。
「はーい,湖子ちゃーん,ママが来たでしゅよ〜」。ぼくのかなり一方的な,そしてつかのまのロマンスの夢は,母親の登場であえなく打ち切られるのだった。たった8kgしかない彼女の体重が,ぼくの腕から抜けただけで,ぼくはとても寂しい気になる。さっきまでぼくのひざの上で,キョトンとぼくを見上げてたのに。
もう,湖子ちゃんがかわいくて,かわいくて。今日3カ月ぶりに会ったら,髪が伸びてて,なんだか少しほっそりとした印象。まだ言葉は話せないけど,明らかに何かを言おうという意図は感じられる。ぼくがパクパク口をならすと,きちんとパクパクを復唱してくる。これは,かわいい。もう君のために何日でも言葉のレッスンをしてあげようって気になって来る。湖子ちゃんは,1回目の誕生日(5月7日)までに,いくつの言葉を覚えるんだろうか。
引っ越しを手伝ってくれた友達がスキャナを買うというので,吉祥寺の大型パソコン店,LAOXまでアドバイザーとしてついて行ったんだけど,夫婦のやりとりがほほえましくもあるし,おかしいやら,ゾッとするやら,いろいろ。ともかく子どもがかわいい。
Windowsの使いかた,Photoshopの使いかた,ICQの使いかた,Outlook Expressの設定と使いかたと,にわかパソコン先生になって,エラそうに教えまくる。Windows 98と95の意外な使い勝手の違いにいまさら気づいたり。パパよりママのほうがずっと熱心で,覚えも早い。ちゅーか,パパは早々とワインを1本あけて寝てしまった。

2000/03/13(Mon)

デモクラシー?

Web上にあった,とある対談にこんなフレーズが。「近代啓蒙思想って,デモクラシーと表裏なわけでしょ。主体的個人が意志決定をして投票なんかを通じて民主政治をやっていく。で,その主体的個人をカンヨウするのが教養。でも,それはYさんも認めるように単なるフィクションでしかない。私に言わせれば,そのフィクションそのものが一種の統治技術に過ぎないわけ」。
ずばり。薄々そうじゃないかと思いつつも,あんまりにも誰も明確にそのことを言わないので,ぼくが間違っているのかと思っていて,あるとき誰かの発言で勇気づけられるということは良くある。
やっぱりどう考えてもデモクラシーなんて虚構だし不可能だ。少なくとも日本に,そんなものがあると思うのは大間違いだ。

『富のピラミッド』(レスター・C・サロー),『文化大革命と現代中国』(安藤正士/太田勝洪/辻康吾),『脳と心をあやつる物質』(生田哲),読了

2000/03/14(Tue)

体に悪い晩ご飯

となりの編集部の先輩と,となりのとなりの編集部の先輩と,編集部の後輩とでビール。仕事じゃなくてもPC談義。雑誌作り談義。
コロナ×4+カールスバーグ+クアーズ,シーザーサラダ,チキン&チップス,ミックスピザ,ソーセージもりあわせ。そののちバーボンをストレートで。これはかなり体に悪そうだ。

2000/03/15(Wed)

最近どう?

近況をお知らせください――。そんな書類がカード会社から送られてきた。そうだった,そういえば住所変更を電話で連絡したときに登録個人情報を確認したら,ぼくの情報はずいぶん古かったんだ。30まぢかの男に対して,「現在でも学生さんでいらっしゃいますか」と,スマした声で聞きやがったのだ。バカにしてんのか,JCB。もうJCB使ってないし,やめようかな。
ああ,手書きの書類ってホント面倒くさいやね。起こすのも提出(ポスト)するもの。大きな声じゃ言えないけど,引っ越し1カ月にして,まだ住民票をうつしてなかったりする。移転2週間以内に役所に届けないと,あとで家庭裁判所の裁判官あてに始末書というか理由書を出さないとイケなかったりするんだよね。でも,笑えることに,理由書の選択肢には「めんどうくさかったから」というのがあるだよね。今回も,それにマルするか。
疲れて家に帰って来て,こっちゃーまだ本も読みたいし,パソコンでメールも書かなきゃいかんし,ビールも飲まにゃあならんのに,ポストにゴチャマンとガスだ電気だの請求書やら銀行の取り引き履歴やら電話の領収書やら,軽自動車税の督促状やら,なんかのモニターのアンケートやら(電子マネーとか電子書籍とか,いろんな実証実験に参加だけはするものだから,次々とぶあついアンケート用紙が送られて来る),ともかく開くのもおっくうな封筒がいっぱい届いてて,宅配ピザのメニューもろともゴミ箱に捨ててやろうかと思ってしまう。前の独身寮に比べて出張マッサージ(風俗)系の投げ込みチラシがなくなった分,非常に分量は少ないんだけど。だけどまあ,どれも見たくない。ふつう見ないよね?

2000/03/16(Thu)

長い1日

目が醒めてがばっと飛びおきた。時計をわしづかみにして,まだ開き切らない目で時間を見ると,待ち合わせの時刻のわずか5分前だった。やってしまった!
ウチがいくら新宿に近いとはいえ,ふとんから抜け出て5分後に新宿駅の雑踏を歩くなんてできるわけもなくて,絶望的な気持ちになる。なぜかU先生と一緒に取材に出かけるときに限って遅れることが多いので,かなり自己嫌悪。「こんどはなんて言い訳しようか……」。と,悩んでても仕方ない。急げば新宿まで10分ぐらいではいけるはず。実際の取材先とのアポは,待ち合わせより10分余裕があるから,急げばちょっとした遅刻で済むはず。
そんなことを考えながら1分後には部屋を飛び出してバイクを出そうとすると,なんと今朝は雨だった。「こんな日にかぎって……」。
いいタイミングでやってきたバスは,朝だからか,全部のバス停で止まる。じじばばの乗り降りに,あまりにイライラしたので3つめのバス停で飛び降りて,後ろから来たタクシーを捕まえる。ところがこれまた渋滞。やっぱりバイクって都内じゃ速い乗物なのだということを実感しつつ,電車のほうがよっぽど速かったかなと後悔する。後悔はするけど,こういうときは何をやっても裏目裏目にでるものだと悟りを開いて,U先生に電話。「すっみませーん,また遅れそうですぅ,すっみませーん」。
結局,目的のビルは間違えるし,やっと入ったビルのエレベータは間違えるしで,20分ほどの遅刻になってしまった。でも,取材は合計3時間半ぐらいに及んだので,最初の20分ぐらい誤差範囲だった。よかったよかった。
良くないのは,3時間も話を聞いたはずなのに,あんまり実のある話しじゃなかったってこと。外資系のマーケティングや広報の人間って,しゃべりはイケるんだけど,いまひとつ話しに実がないんだよなぁ。「ある意味ではそういった面もありますが,逆に言えば,アーリーアダプターのかたたちは,もっと違うものを求めているというですね,そういう部分もあるのが事実かと,まあ,我々はそう認識しています」。ほぉ,なるほど。で,何が言いたいんですか,とか。「ブラジル語版は,あのへんはスパニッシュですからね」「えっ,ポルトガル語ですよね…?」「あ,,,そぉーですね,そうでしたね,えぇえぇ」。というやり取りがあった後は,あまり話を続けても,この人からはこれ以上何も出て来ないなぁと,ぼくは思ったんだけど。
夜,某プロジェクトの構想会議。うーん,話がでかくなってきた。ようやく具体的にはなってはきたけど,うまく行くんだろうか。言い出しっぺだけに,何とか形にしないと。朝4時まであーでもない,こーでもないと打ち合せ(打ち合せ前半は麹町のアジャでカレーを食いながらのヨタ話だったりするんだけど)。面白くなりそうだ。
その打ち合せでボスがある優秀な若人をくどこうとして何気なく言った言葉が印象的。「会社ってね,幼稚園みたいなとこなんですよ。誰だれちゃんがどこそこで泣いてるよ〜とか,誰それが新しい遊びやってるよとか,そんな話してるわけですよ。でね,声が大きい奴が予算てゆーか,お金を動かせる世界。でね,ぼくらね,要は何かイタズラしたいってことですよ。一緒に何かできませんかね,何かオモロイことやりまへんかってことですよ。こんな時代にさ,君さぁサラリーマンになっても,しゃーないでしょ」。彼はキャリアの出だしとして,ウチの会社でいきなりボーケンするよりも,賢明にも某大手企業のサラリーマンになることを選んだようなのだった。しかしなぁ。ボーケンの保険のつもりだったのかもしれないけど,まさか,25歳の大学院卒が初期契約に5000万円もふっかけてるなんて思わなかったよ,ぼくは。いや,桁は間違えてないですよ,ゴセンマン。さすが自信のあるヤツは違うね。でも,人件費としてはさすがに5000万円は出ないでしょう。なんかのプロジェクトで会社を起こしてというのでもないかぎりねぇ。逆に言えば,ネット関連の会社を起こせば,そのくらいホイホイ金が集まる時代なんだろうけど。

2000/03/17(Fri)

私用NR

会社にホワイトボードってありますよね,自分の所在とか行き先とか,そういうの書くヤツ。うちの部署ってあんまり機能していなくて参考にならないと言われてるんだけど,それでも見てると面白いのがたくさんある。「地下で仮眠」というくらいは序の口で,「洗濯&めし帰宅中」とか「風呂」とか,そういう普通の会社じゃ絶対に書かれないようなものが結構目に入る。もちろん「発表会,取材,打ち合せ」というのが一番多いんだけど。
で,今日,19時ぐらいにあれを見たら,「私用NR」って書いてる人がいるんです。「打ち合せNR」なら分かるわけですよ,打ち合せした後に「no return(戻らない)」という意味ですよねぇ。でも,私用NRって,つまり「もう帰らせてもらいますっ!」「遊びに行ってきまーす」ってことだよね。15時すぎに来て,19時に帰るってどーゆーこと? みたいな。会社にいる時間が短いのはゼンゼン問題ない。やることやってりゃ問題ない……。
……。
思わず仕事のグチが大爆発してしまった。大爆発後,いくらなんでもパブリックスペースに置いてはまずい文章だなぁと自覚して削除。でも,ホントにやりきれん。

2000/03/18(Sat)

会いたい気持ち

電話をとると,彼女は黙ったままぼくの言葉を待っていた。彼女は状況を理解しているようにも見えるし,そうでもない気もする。
「もちもちぃー,ココちゃんでちゅかー?」。ぼくがニッコリ笑ってそう言うと,彼女はキョトンとしながらも,ぼくの反応を逐一観察しはじめる。上下がさかさまなのもおかまいなしに,彼女は携帯電話を耳に押しあてる。ぼくは大げさに微笑んで見せて,さらに,「もちもちぃー」を繰り返す。「物体を耳に当てる」「"もちもち"と言って,相手の顔をのぞきこむ」「物体を耳から離す」「笑う」「その動作の一部でも彼女が真似ればぼくは大げさに笑う」,そういうのを繰り返すと,やがて彼女は物体を耳にあてるようになった。まだ声を出すということを分かっていないようだけど,明らかに彼女は規則を理解しようとしているように思えた。
エサをもらえるわけでもないし,なんの報償もないのに,彼女はとても熱心に,ぼくの調教を受けていた。これがヒトに生来そなわっている好奇心,共感,コミュニケーションの本能というものなんだろうか。飽きっぽい上に,ママが見えなくなると泣き出す10カ月の赤ん坊だけど,この電話ゴッコのやり取りだけは,ずっといつまでもぼくの相手をしてくれた。アンテナを伸ばしたり縮めたりということも何度もゆっくり実演してみせれば,上手に真似るんだ,カワイイ。ときおり,意味もなく彼女は笑みを作る。きっとまだ彼女は笑い顔の意味を把握できてはいない。
きっと彼女は,まだよく理解できないコミュニケーションの不思議な感触を感じているに違いない。さすがにもう母親と自我の区別が付くようになってんだろけど,他者としての,ぼくという存在を,彼女は物質世界と区別して認識してくれているんだろうか。
彼女はいまにでもハイハイから一歩進んで歩き出しそうだし,いまにも意味のある言葉を発しそうだ。
じっと,ぼくの表情を観察しながら,彼女はぼくにオモチャを手渡す。彼女はまだ,観察している自分が,ぼくに観察されているとは夢にも思わない。ぼくは大げさに喜んで見せる。彼女は何度も何度も,いくつもオモチャをぼくに渡す。ぼくは順にオモチャを彼女に返しながら,何かしら言う。「これはココちゃんにあげるよ」「ハイ,ありがとう」「これ,返すね」「この人形は何だろうね?」。考えてみれば,ぼくの言葉はかなりバラついている。だから,彼女が物体をぼくによこしながらモゴモゴと声を出すというのは,ある意味ではパーフェクトな模倣に違いない。情報を伝達しようという意図があると相手に分からせることの大切さは,もう理解している。
「彼女はこう感じてるはず」というぼくの心の動きは,あくまでもぼくのものであって,まったくの推測なわけだ。近い将来,彼女が何か意味のある言葉を発したとしても,彼女が<意味>を理解したかどうかなんて分からない。それは永遠に分からない。
言語によるコミュニケーションって,世界を映し出す<言語>というものがあって,それを使って,情報を交換することだと考えるのは,やっぱり無理がある。大人同士のやり取りも,実は言葉を話す前の赤ん坊と大人のコミュニケーションと本質的に変わらないものじゃないかと思う。唯一の違いは,大人同士の場合,自分が話している相手が「分かっているに違いない」という幻想を互いに持ちあい,持ちより,入れ子構造のピラミッドを作ること。ぼくらはピラミッドの上で安心してコミュニケーションをしているけど,実際のところ,ピラミッドには土台なんてない。ただただ相手の反応から「この相手は理解しているに違いない」と思う,その幻想だけに頼っている。
いよいよ,ぼくは帰ろうとして立ち上がる。Photoshopの使い方と,プリクラシールへの印刷設定という大義名分でココちゃんに会いにきたぼくとしては,そう長居するわけにもいかない(といいつつ,今日も料理上手なママの手料理をごちそうになってしまったんだけど)。
ふと,ベッドの上でママに抱かれている彼女を見ると,コードレス電話の受話器を耳にあてて,ぼくの目をまっすぐに見つめている。
友達とはいえ,言ってみれば他人の子どもなんだけど,本当にかわいい。自分の子どもができたら,果てしない親馬鹿になる自分は想像できるけど,自分の子どもというのはまったく想像できないし,持ちたくもない。もし,子どもというのが人生という謎をとくジグソーパズルの重要なピースなんだと教えられたとしても,ぼくはそんな言葉は信じない。

2000/03/19(Sun)

引っ越し祝っておくれ

(ぼくの)引っ越し祝いをしようと,とつぜん思い立って,同期の友達数人に声をかけたのに,なんだかんだでみんなNG。すっかりみんなで焼肉を食いにいくつもりになっていたのに,さびしい休日になってしまった。

1カ月ぶりに行ったお店でタクシー運転手のホリウチ氏に再会。このヒト,本当に兄貴肌で気持ちいいヒトなんだよな。でも,相当酔っ払っていて,相当精神的にまいってるみたいで,飲みまくっていた。なんと離婚調停がもう3年もかかって,まだもめてるらしい。ホリウチ氏の話しには,問わず語りの明るい人生論に,やんちゃなバイク論や釣り論が混じって,聞いていて楽しい。

2000/03/20(Mon)

生命が永遠でないとしたら

L.M.クラウス/G.D.スタークマン「知的生命体は永遠か」(日経サイエンス2000年4月号)によると,宇宙空間において生命は永遠に存在を許されているわけではないという。10の100乗という時間がたつと,宇宙は膨張のはてに,物質もエネルギーも,うすーく引き延ばされた状態に達し,エネルギーと情報こそが本質である生命は生きながらえられないというのが,その趣旨。観測可能な宇宙の半径におさまる物質が極端に減ってしまう。端的に言えば,宇宙はスカスカになってしまうわけ。ブラックホールを作って巨大重力を操ったとしても,必要な物質をかき集めるには足りないのだとか。
ありゃりゃ? そもそも「宇宙は将来膨張の速度をゆるめていき,いずれ収縮に向かう。収縮して,すべての物質と空間が押しつぶされて1つの火の玉となり,最後は質量無限大の大きさのない1つの点となる」というビッグクランチが,宇宙の将来像だったんじゃないのかしら……。明確にビッグクランチか無限膨張のどちらが正しいのかを支持するような観測データは,まだないと思ってたけど,そうでもないのかしら。ドイッチュの本には,ビッグクランチの地点に向かうとき知的生命が何を経験するのかという考察が書かれてあったのになぁ。
ドイッチュの結論は楽観的。ビッグクランチに達する直前の瞬間は物質やエネルギーの密度が極端に高くなって行くので,無限回の計算が可能になる。計算は知的生命の思考過程にほかならないから,結局知的生命は主観的な時間としては「無限の時間」を生きることになる。無限の計算が可能ということは,たとえば過去の歴史をすべてを計算することもできるわけで,何兆年前に地球上にいたヒトという生物の1匹,ぼくの脳味噌の一生の計算分すら,すべて把握することだってできる。ぼくが何を考え何に悩み生きたか,そのすべてが分かる。つまり,それはまるで神のごとき存在になるということだった。
ビッグクランチか無限膨張かという肝心なポイントが違っているけど,どっちの議論も,非常に気にかかる。もし,生命が永遠の存在でないとしたら,一体有限の時間に人類は(人間は,あるいはぼくは)何をすればいいのか。すべてが無になることが明白なら,一体いまの世界に何の意味を与えることができるのか,信じることができるのか。極論するつもりはないけど,自分に関係するすべてのものが,いずれあとかたなく消え去るのだと分かっていて,なお生きることを選ぶのは不条理な気もする。もし,ドイッチュがいうように知的生命の末裔が神のごとき存在になるのだとしたら,ぼくらごとき原始的生命の1個1個の存在に一体どれほどの意味があるというのだろう。人類にとって,原始の海でただよう自己複製する高分子の1つ1つに,たいした必然性も意味もないのと同じじゃないのか。
宇宙論にかぶれはじめた10年以上前から同じ疑問を持ち続けてるけど,10年前に耐えがたい絶望感と恐怖を覚えたはずの,この手の思考も,いまや平気になってしまっている。ぼくにとって,これはこれでまた1つのナゾではある。「平気なこと」がナゾか,「恐怖を覚えること」がナゾか。どっちも異常な精神状態だと思う,というのが,いまのぼくの考えかもしれない。「死」や「完全な無」を思わないのは,あまりに楽観的で刹那的態度だし,逆に,それにとらわれて生活や発言がおかしくなるのは(たとえばこの文章は日常的な意味から言うと,ちょっとキてますから),またちょっと変だ。
生命は永遠かを考えるというのは,すごく魅力的なテーマなんだろう。でも,いまの物理学,生物学なんかの知見で,あれこれ可能性を論じることは興味深いし,それが不当だと思わないけど,知的生命の末裔がとりうる戦略について議論するのはむちゃな気がする。もし現在の文明がそのまま突き進むなら,1万年後のテクノロジーだって,信じられないほど高度なものになっているはずだし,まして1億年後や,太陽が燃え尽きる50億年後のテクノロジー,もう星が生まれなくなるような遠い遠い未来の宇宙における知的生命の持つテクノロジーなんて,想像できるわけもない。確かに,物理法則の制限は100億年後も同じに違いないだろうけど,それにしても議論に違和感は否めない。
論文は池内了先生の翻訳だった。論文の最後の数行が切れたまま印刷されているというビックリするようなミスがあった。同業者としては見本誌でミスを発見したときの編集者の動揺に同情するけど,ちょっとねぇ。

2000/03/21(Tue)

OSを航空会社にたとえると

仕事中,ふと見付けたWebページに,うまいなぁと思えるジョークがあった。Windows,Macintosh,LinuxといったOSの特徴をうまくとらえている。というより,うまくおちょくってる。個別にはたいして感心するほどでもないけど,OSを航空会社にたとえるあたりが絶妙。勝手に日本語に訳して,Webで公開してみた。きっとLinuxびいきの人が書いたに違いないから,Linuxシンパのぼくにはおおいにおもねるものがある。最後の段の軽い自嘲が気に入った。逆に,Linuxを良く知らないユーザーは,最後の段落のおかしさが分かりづらいかも。Linuxユーザーにとって,seat-HOWTO.htmlとかって,爆笑だもん。笑いごとじゃないぐらい,身につまされる思いなわけです。読みこなしてパキパキッとシートを設定しさえすれば,こんな快適な空の旅はないと,ぼくは思うのです。いや,ぼく自身,HOWTOにウンザリくることもたくさんあるし,誰にでも読めるなんて思っていないけど。

ショックなこと。3カ月分の髪を切って,自分ではスッキリとイイ男になったつもりで出社したら,ある女性に「カッパみたいになったね」といわれた。か・・・っぱ。か・・・・・・っっぱ。
ショッキングなこと。髪を切ったついでにブリーチしたのはいいけど,黒い髪のままでちっとも色が抜けたなかった。まあ,そんなこともあろうかと思って,1液(推定アンモニア比率80%以上)と2液(推定Ph.6)をまぜたブリーチ剤を,「使用後,残った混合液はすみやかに捨ててください」と説明書にあるのもおかまいなしに,ひそかに洗面台にとっておいた。やたら髪が短いんだから,1ボトルで3回はイケるだろうと,貧乏くさいことを考えてしまったのだった。
1日経ってみたら,ブリーチ剤が小さなボトル容器からあふれだして,こんもりと表面張力いっぱいに洗面台にたまっていた。一瞬いやな生命体でも発生したのかと焦ったけど白いぶよぶよしたスライムは触り心地が良さそうに見えた。実際に触ってみると,表面だけが皮をはっていて中身は純粋な液体だった。掃除は明日することにしよう。

2000/03/22(Wed)

不倫を希望しています

わりとメールアドレスを露出することに抵抗感がないからか「スパムメールもらい歴」は長い。いちばん多いのは出会い系やH系で,次が儲け話し系。その次が悪意のないチェーンメール。ちょっと傾向を分析してみた。
Webで先端テクノロジーを取り入れるのが一番速いとされるH系は,さすがに洗練されている。思わず,「お」と思って開いてしまうタイトルが付けられている。初期のころ(といっても,94〜95年ごろだと思うけど)は,ストレートに欲望むき出しのタイトルが多かったけど,去年の頭あたりに多かったのが「おひさしぶり,ひとみです★」というタイプ。名前に心あたりがなくても,思わず見てしまうのが男の悲しい性。書き出しは「最近元気? わたしは最近仕事でマイってます」と,あたり触りのない文章であるのが特徴。はじめてこの手のメールをもらったときは,5行目ぐらいまではスパムメールだと気づかなかったほどである。
ぼくの研究によると,この手の「名乗り系スパム」には,なぜか平仮名3文字の名前が多い。「みゆき,みどり,ひかる,まりこ……」。AV系ではやる名前が1世代おくれていると思えば正しんじゃなかろうか。この手のメールの本文には笑えることに「このメールが要らない人は,ゴミ箱に捨ててね。怒って恐いメールを送ってこないでね。恐いんだから……」と,ものすごくリアルな言い訳がついていることが多い。きっと,ぼくと同じように仕事中に思わず開いてしまって,イカり狂って「コ・ロ・ス……!」というようなメールを返信する人が多いんだろう。
出会い系サイトのスパムで最近感心したのが「不倫を希望しています」というサブジェクトのもの。思わずクリックしたね。見るさ,そりゃぁ。気になるさね,そりゃぁ。内容は,
「LOVE AFFAIR」は、中部・東海地方限定の大人の秘密交際サイト。愛知、岐阜、三重、静岡を中心に、富山、石川からの参加も大歓迎!不倫?アブノーマル?熟女との交際?すべて「LOVE AFFAIR」ならOKです!
というようなもので,全然スパムなんだけど,これはヒット。ここまでしてやられると爽快ですらある。
意外に地道に精進してるなぁと思うのが,ねずみ講系のスパム。最初のころは「5分だけ以下の説明を読んでください」と書き出されたものが多かった。読むだけでもエラく時間のかかる奇妙な理屈で塗りかためられたもので,誰がどうみてもねずみ講って奴。無限連鎖講は,1年以下の懲役または30万円以下の罰金だってね。なんでこうも次から次へとやりますかね。というか,ひっかかる奴がいるんだろうか。
ねずみ講系でも,タイトルは時間とともにだんだん洗練されてきていて,「X日でooo万円!」というありがちな文句から,最近は「貧乏にさようなら!」などという痛いトコをついてくるアグレッシブな売り込みまで見られる。貧乏にさようなら,は笑ったな。いや,笑いごとじゃないって。
あと「儲かりまっせ系」で最近多いのは米国のネット関連株バブルにあやかろうと,株式公開前の株を買いませんかと持ちかけてくるタイプ。ものすごくアヤシーおすみつきが,その企業なりテクノロジーなりの説明についてきたりしている。「極秘情報です! 公開前に情報をお知らせしています! さあ,急いで」みたいな感じ。思うに,できごころでやっちゃった中・高校生が考えた文面という感じなのが,この手のスパムの特徴。もし文面を考えたのが社会人だとしたら,よほど頭の悪い奴だな。少なくとも頭の悪い奴に分かるように書いた,ずる賢い奴の文章にはとても見えない。ぼくなら,もう少しうまく書けると思う。
最近,日に2,3通はスパムを受け取っているような気がするけど,そんなスパムより何より一番迷惑なのは,悪意のないHTMLメールだったりする。あと,悪意のない台湾からのBig5コードのメールにも困ってたりする。おーい,中国語表示できないって言ってるじゃんって。表示できても読めんっつーのにな。

2000/03/23(Thu)

チクテン

やってしまった,チクテン。あるいはチクデン。変換できないのをいいことに,あえて漢字にせず。まあ,深く追求してくれるな。今日の東京は雨だ。

ぼくも結構そうなんだけど,コンビニで妙に滞留時間の長い人っている。ぢっと冷凍棚の前で弁当をにらみつけて動かない人。思い切ってボリュームハムサンドを手にとったな,と思うと,しばらくしてまた戻って来てサンドイッチを棚に戻す奴。おいおい。

『優雅なる衰退の世紀』(佐伯啓思/筒井清忠/中西輝政/吉田和男,文藝春秋),『愛と幻想の日本主義』(福田和也/宮崎哲弥,春秋社),読了。どちらも対談集だけど,はからずも2冊を並行して読んだことで,50代のオトナのややアカデミックで落ち着いた議論と,まだ勢いのある40歳そこそこで,どちらかというとラディカルな発言がウリの2人のコントラストがなかなか……。その違いは見事に書名に現われてる。これはまあ編集者の意図するところなのか。京大の先生っぽいな,優雅なる衰退なんて。でも,やんごとないような顔(表紙デザインや書名のことだけど)して,かなり強烈な発言してるよな。中西センセーの文明史観にたった国際政治の分析に,ものすごい思考の力強さを感じるわけです。『愛と幻想の日本主義』は,村上龍の『愛と幻想のファシズム』を思わせるタイトルだな。そんなもんとダブらされるなんざ,たまったもんじゃねぇと福田,宮崎両氏とも思うんだろうか。ともあれ,ぼくにはどっちも消化不良。議論が深い。知的コーフンを覚えるいっぽうで,ちょっと疲れてしまった。実はぼくがずばりと言った発言の主は宮崎氏なんだけど,少し宮崎氏の本を読んでみたいと思った。

2000/03/24(Fri)

歩く速さで見えて来る

最近巷で話題のゲーム「Typing of the dead」の取材で渋谷へ。取材というか取材同行と称して単にゲーセンにゲームをしに行っただけんだけど,いちおう体裁的には忙しい時期に,「編集部でタイピングが速いって言ったら,まずアンタなんだから取材同行してくださいよ」の言葉に「まあ,仕方ないか」でついていったことになってるわけで。
まあ,さすがに良くできたゲームですね。パソコンソフト売場にはタイピング練習ソフトが,いまや山とつまれているわけですが,はっきり言ってMacromediaのDirectorで作った,非常にしょぼいデキのものばかりだったから,このゲームにはショックを受けたね。アーケードゲームとなると,こうも完成度が高くなるのかと思った。ちゃんとゲーム性がある。これはPCとアーケードゲームの処理能力やグラフィック性能とはまったく無関係な話しだから,PC版でこのゲームを出せば,伸びつつあるタイピング練習ソフト市場のシェアをかなり奪えると思う。

夜,むだな立ち話をしていたら,終電を逃してしまった。いつもはバイク通勤だから,終電の時間を把握していないってだけのことなんだけど。
最近,自分としてはかなりツメに火をともしているつもりだから,1400円ほどのタクシー代より,何分かかるか分からない徒歩帰宅を選んでしまった。深夜の街を歩くのも悪くないなと,なぜか思えた。まあ1度はやってみないと。予想は40分〜1時間。
しかしなぁ。29にもなって1400円のタクシー代をけちろうって経済感覚も,ちょっと情けない。「ほかの交通手段がなかったから」というだけの理由で3000万円のジェット機をチャーターしてスイスから,くそ面白くもないイベントに参加するソンマサヨシなんかのことを思うと,人間って? おカネって? 人生って? と,思いたくなる。
カネだけがすべてじゃないなんていう,いかにも心許ない寝言に,内心では嘘だと分かりつつも,すがらざるをえない身分とか,平等幻想の中で無自覚に中流貧乏に甘んじている生活より,誰から負け惜しみの遠ぼえ(=3000万円のジェット機か,チェッ,なんでぇ。バッカじゃん)されようとも狂乱のマネーゲームの世界に身を投じようとアガクほうが,よっぽど健全なんじゃないかと思えてくる。シアワセとは,お金のこと。お金とはビジネスだ。ビジネスって,つまり他人のお金のことだ。
とかなんとかどうでもいいことを考えつつ深夜の水道道路を歩いていると,焼きそばパンをほおばりながら歩く若いスーツ姿の男とすれ違った。同世代だ。直観的に思う。思った瞬間,なんか猛烈に切くなる。せめてビール飲み飲みギョーザぐらい食おうぜ,なあサラリーマンよ。メンズ・プラザ・アオキで2着で19800円てゆー,いかにもうだつのあがらない感じのグレーのオヤジコートが,パセティックですらある。他人のファッションとやかくいえる恰好なんてしてないけどさ。
いつもは80km/h,つまり1秒で20m以上も進むような速度で走り抜けている街だから,歩いてみると景色は違う。意外にいろんな店が深夜営業していることを発見。小洒落た店がいっぱいあって,なんかどこも楽しそうに酒を飲んでる人々が……,あっ,今日って給料日で金曜日!? むきーっ。
仕事をしすぎたなんてあまり思わないけど,ぼくは20代後半,仕事場にいる時間が長すぎたんじゃないかという気がして来た。いまさらなわけですが。
いまさらといえば。「若いころ,もっとチョメチョメしてれば良かった」という言葉。若さは相対的なものであって,それはちょうど昨日今日明日の昨日みたいなもの。ぼくらはいつだって今日に生きてるんだ。「明日こそ」なんて言ってる人に絶対明日は来ないし,「昨日やってれば」と過去を悔やんでばかりの人には今日だってすぐに昨日になってしまう。そりゃそうだ,過去を悔やんでるんじゃなくて,現在のテイタラクを過去のせいにしているだけなんだから。
「ダイエットは明日から」と「若いころに……」は,構造的にはまったく同じ。とても簡単なことで,思った瞬間,つまり今日にやらねばならんというだけのことです。やらない言い訳が2つの決まり文句なわけで。これ,自明ですが自戒であります。若いとき,もっと勉強してれば良かった……。じゃあ,今すぐビール飲むのやめて死ぬほど勉強しやがれっ。そーゆーことです。というわけで,ぼくは明日からビールをやめると宣言する毎日なわけです。明日からね。あした,あした。
でも,そういえばタバコをやめてもう半年になる。

2000/03/25(Sat)

半ドンのドンって何のドン?

別に決められてるわけじゃないんだけど,土曜日の半ドンというのが月末近くの週末の仕事パターン。16時出社24時退社。仕事,破綻する前にちょっとは進めとかないと。ところで「半ドン」って,死語? そもそもドンってなんじゃ。
半ドンのドンって「ドンタク」のドンらしい。なるほど。で,ドンタクとは? 「博多どんたく」ってそういう名前のお祭りがあるのは知ってるけど……。「ドンタク:オランダ語で日曜日のこと(zondag)。転じて,休日」。おぉぉ。いままで知らなかったよ,岩波国語辞書君。「ドタキャン」が広辞苑の第5版に入って,なんだか気持ち悪いと言ってた人がいたけど「どたんばcancel」を略してドタキャンというぐらい,「半分zondag」にくらべたら全然いいじゃんね。
仕事の帰り,ご飯がてらに肉ジャガのおいしい店でビール。今日はマグロがうまい。

創刊号から飛び飛びで何冊か読んで「ダメだこりゃ」と思ってた雑誌,「サイゾー」がひじょーに面白い。うーん,マイッタ。これは,まったく歯が立ちません。歯を立ててもしょうがないんだけど。

2000/03/26(Sun)

引っ越し会

大学時代の友達を集めて引っ越し会。みんな仕事をはじめて3年とか4年で,それぞれ不満やら不安やら野望やらをかかえつつ,あれこれおしゃべり。焼肉がウマイ。

『痛快!税金学』(野末陳平,集英社),読了。売れてるらしい「痛快シリーズ」の1冊。コンピュータ学はちらっと読んで,ハイ分かりましたって感じだし,経済学のほうは悪評を耳にしているので読む気がないんだけど,税金のこととなると,あんまり本を読もうというほどには興味がないから期待するところもあって。
いかにもワカモノ向けの冗長な文体にうんざりするものの,予想以上に面白かった。税金のことなんてくだらない問題だと思っていたし,いまでも心のどこかで「勝手にしてくれ」と思ってるけど,逃げられない運命という点では「死」と同じ。少しは考えたほうがいいのかもしれない。税制は社会をうつすから,じつは純粋に面白いものだ。読みながら怒ったり,納得したり,感心したり。そういえば,うちの兄貴って税理士だったなぁ。こんど兄弟でお酒を飲むときに議論をふっかけるネタがたくさんできたよ。ははは。

2000/03/28(Tue)

月末に近いと

月末でそろそろ仕事がつまってきた。あれもこれも一気に来てしまう。結構どうしようもないかも。はふぅ。

To my english readers. You know, those pages are now no more available. I've removed the links. I owe you my thanks for messages you gave me though I don't think I can restart, keep on writing the english diary. Type at you later, maybe in different way. Someday. Ciao.

2000/03/29(Wed)

読むのは楽しい

のっぴきならない事情のために徹夜で仕事。眠さ爆発で,ふらふらと倒れ込み,椅子を並べて1,2時間横になる。こういうとき,とつぜんパワーがみなぎることがある。寝たか寝ないのか分からないまま起き出してバリバリと仕事。シュクシュクとやるスタイルは性にあわないんだ,結局。あるときドバーッとやっつけるわけ。1カ月の仕事の3分の1を2日でやった気分だ。てことは,ぼくの仕事は死ぬ気でやれば1週間で終わるのか。わはは。そんなわけないけど。

最近,何を読んでもおもしろい。雑誌,本,Web,なんでも。できればひたすら読んでいたいと不毛なことを考えてみる。読むというのは他人の頭で考えること。ニーチェがそんなことを言ってたな。

2000/03/30(Thu)

ぼくのヒーローズ

夕方,突然あるライターさんに声をかけられて外出。急な話だし,ホントは仕事がつまりまくっててそれどころじゃなかったけど,ちょっとはずしたくない集まりだったので,とるものもとりあえずバイクを飛ばして20分ちょっとで六本木に到着。
シリコンバレーを拠点とし,文字通り世界を飛び回っているHさんが,めぐりめぐって日本に立ち寄るときに集まるメンバーの末席に,いつからか加えさせてもらう機会が多くなっている。雑誌にも何度かそのメンバーのシャベリを記事にしているから,「あいつも呼んでおくか」といった風に,ぼくも呼んでもらえるらしい。たいへん光栄に思うわけで。
肩書きから言えば実際スゴイ人たちの集まりで,向こう十年くらいのインターネットを支える基盤技術になるとぼくが思っている(まともな判断のできる人なら誰もがそう思ってるとも思う)UnicodeとかXMLを中心にした領域で取材するとしたら,まずこの人たちを抑えなきゃ嘘だよね,という人たちなんだけど,「オレたちが権威なんて笑わせるなっ」という,どこかアナーキーっぽい雰囲気がある。それが,とても好きだな。IT産業界では超大手のグローバル企業にいても,そういう私企業なんていう枠組みなんかから,ぜんぜんはみ出した活動エネルギーと自由さ,ポリシーがあって,ぼくの中ではちょっとしたヒーローという人たち。かっこいいんだ。
下心を持って(プロ意識を持って),90分テープと120分テープの2本を回したけど,今回は記事にできそうもない。1つだけ,カナダ少数民族が文字コードにいれろと提案したという「漢字」の話だけ,これは非常に面白いので何らかの形で記事にしようとは思う。カナダの国を代表して出て来た人間が「カナダには,日系人で,これらの漢字を必要とする人間がいる」と主張して,Unicodeに入ってない漢字をいれようと,かなり姑息な手段で画策したらしい。その漢字というのは,俗にIBM漢字と言われているもので,カナダ代表の人間というのは,なんのことはないIBMの人間だったという話。とても変な話だよ,カナダIBMにいるインド人技術者が,自分とはなんの関係もない日本ローカルな事情とIBMという企業の利益を考えた漢字を提案しなきゃらない立場に立たされるんだから。
国益ってなんだ? グローバル企業ってなんだ? と,そういう分かりやすいオチというかテーマが見えるわけです。インターネットの世界,グローバリズムと称した国際戦争の場面では,そういうやりとりが日々行なわれているんだね。戦う主体は,もはや国同士ではなく,国家という仮面をかぶった企業という構図だな。全地球を覆い尽くした巨大企業にとって,地理的な国家という区分は,単に便利に使い分けられる投票ユニットになりはてる。そんなことがあっていいのかっ!
デジタルと文化の狭間で,いろんな摩擦音が鳴りはじめている。不謹慎な言葉で言えば,「だから面白いんじゃん」ということになるんだろうか。

2000/03/31(Fri)

歴史嫌いだった

朝早く携帯電話が鳴った。まだ2,3時間しか寝てないんだから無視させてくれよと,ぼんやりした意識の中で呼び出し音の回数を数えはじめる(いや,着メロ使ってないのよ)。3……,4……,5……。10回を超えたあたりで,意識はだいぶ覚醒する。会社からかな? でも,それほど急な呼び出しは考えられないし,かといって10回を超えるシツコイのは,ほかにあまり思い付かない。と,思ってるうちに15回,20回と続いてもまだ切らない。ロフトで寝ているぼくにとって階段を降りてまで電話を取るなんてのは非常に面倒。「かけなおしやがれ」と思いつつも,30回を超えるころには,もうすっかり目が醒めてしまった。30回を超える電話の呼び出しなんて滅多にないから,心理的なプレッシャーは結構大きい。「この相手は,明らかにぼくを起こす目的で呼んでいる」。とうことは,なんか悪いことでもあったのかな? 「こんちくしょう」と思ってフトンを抜け出し,階段を降りようとすると,見計らったように40回目で電話は鳴りやんだ。むむむ……。
ほどなくまた鳴りだした。いかにも寝おきの,機嫌の悪さを演出した低い声で,ぼくは「はい……?」と答える。おふくろだった。いままで何度,徹夜明けに朝の電話で起こされたことか。ぼくは家族の中の標準語である大阪弁でまくしたてる。「なんやの? 朝電話せんとってってゆーてるやんっ! もう,せやからなんやのっ。そんなんメールしてくれりゃええやんか。あーあー,うんうん,また電話するわ。じゃ」。さっさと切る。
いい歳こいて,大人げないよなぁと思う。どうやら,ぼくは自分の家の電話番号を間違えて教えていたらしく,いっこうに連絡がつかなかったらしい。ぼくが悪かったよ,おかあさん。

『ローマ人への20の質問』(塩野七生,文藝春秋),読了。本自体は面白いのに,なんか鼻につく嫌な書き口,語り口で,ちょっとへき易。熱っぽすぎるんだな,きっと。でも,子どものころに,こういう熱っぽさを持った人に歴史を教わっていたら,ぼくは歴史嫌いにならなかったんじゃないかとも思った。60歳ぐらいのおじさんが書いた本だろうと思って読み終えてプロフィールを見たら,60歳のおばさんだった。

やっぱり週末の花見は参加できそうもない。

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NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>