2000/02/05(Sat)
終わったかな
ようやく今月の仕事も終わりかと思ったころ,追加で原稿を書けと言われて,ややげんなり。追加原稿といっても,30分で書ける短いもの。ざくっと終わらせて,ざくっとゲラを見て……。うわーぁぁぁ。なんだこりゃ。ページによって文字詰めがバラバラじゃん。こんなのシロートが見ても不自然だって分かるぜ? いったいデザイナーは何を考えてるんだ。もういやっ……。
夜にもう1度出社することにして,朝9時に退社。今日は日曜日か。いやに暖かい。このところ,裏道はやめて甲州街道を使って帰宅しているんだけど,仕事がほぼ片づいたことによる解放感と,天気の良さで,気分良くバイクを飛ばしてしまった。きょろきょろと白バイの気配がないかだけ確かめながら,すいすいーっと。えへへ。
コンビニに寄って巨峰サワーと赤ワインを買う。ちょっとの距離だけヘルメットを付けずに,上着の前を閉めずに走ってみたら,風のほどよい冷たさが気持ちいい。
なんだか冬のバイクってスキーを思い出すんだよね。風をほほに受ける感じ,加速度,風を切る音,重装備,グローブの感じ……。バイクから降りて歩くときにパンツがすれる音(バイク便の兄ちゃんみたいに,最近はバイク用のパンツをはいてるんです)を聞いていると,第2リフト下のロッジで,カレーの食券を手に空いている席を探している気分だし,ヘルメットをつけて建物の中を歩くときのちょっとなま暖かいムレる感じは,これからゲレンデに出るというときの乾燥室にいる感じ。家の近所まで戻って,ヘルメットやグローブを脱いでバイクに乗るのって,ホテルへの帰り際に,やっぱりゴーグルやサングラス,グローブを取って,滑ってる感じに似ている。ほてったほほを,夕暮れどきのシャープな空気で冷やすのって気持ちいいんだよね。夕映えのオレンジシャーベットみたいに輝くゲレンデをだらしなく流しながら滑ったりして。夕方のスキーって,ゲレンデコンディションも悪くなり始めてたりして,しかも疲れてるから,あんまりいいものではないはずなんだけど,特にそれが最終日だったりすると,名残惜しさいっぱいで,シャリシャリ音を立てる雪が,猛烈に愛おしくなったりするんだな。あ,スキーの話じゃなくて,バイクの話だったはずなのに。
こんな時期に,かつて本を読めたことがあったかしら。『一億個の地球』『はじめてのイタリア語』,
読了 。イタリア語って,確かにフランス語にそっくり。名詞に性があるのも同じ。ボキャブラリーとか,かなりダブってるし,活用の仕方もどことなく似ている。日本人の目から見れば英語ともかなり似てる。本の最後の節で外来語として取り入れられた言葉の紹介をしている箇所を読んで,ものすごいめまいがしてきた。西欧言語はみんな多かれ少なかれラテン語を源としている上に互いに影響を及ぼし合いながら現代にいたってるから,あたり前といえばあたり前なんだろうけど,ものすごく語彙が混交している。いや,文法というか,文の組み立て方も似ているところがある。I have 〜という過去完了は,フランス語では,J'ai と,やっぱりhaveを使ってるし,イタリア語でも,haveにあたるものを使う(ああ,いま読んだばかりだけど,もう忘れたよ,ふん)。といってもイタリア語では,過去完了ではなくて,半過去形というものだけど。
たとえばbanca(バンカ)って,フランス語のbancを経て,英語のbankに入っていったもので,もともとはゲルマン人の言葉で「腰掛け」って意味。そういえば英語のbankには傾きとか土手って意味もある。とか,camera(カーメラ)がイタリア語で「部屋」を意味するはもともとラテン語でcamera obscuraが「暗い部屋」を意味しているところから来たものなんだって。で,cameraが英語でなぜか写真の意味になっている理由は,それは暗い部屋に小さな穴をあけると壁に逆さまの像が写るというのが,写真の原理そのものだからだそうな。砂糖を意味するzuchero(ズッケロ)はsugarと同じく,アラビア語から来た言葉。cappucino(カップチーノ)は,頭巾を意味するcappuccioから来ていて,それは修道士のある一派に頭巾がトレードマークの「Cappuccini」というのがいたからだとか。その語源は,ラテン語のcappaで,そのcappaは,ポルトガル語を経由して日本語にも入ってきてる。雨ガッパというときのカッパです。合羽は,なんとカプチーノのカプと同じものだったってことだ。
あまりに感動したので,ほかにももう少しメモしておこう。イタリア語で,chiava(キアーバ)といえば「鍵」のことらしいけど,それはラテン語のclavisから来ている。さらに,その元はclaudereで「閉める」という意味。これは英語のcloseに入っている。イタリア語でlibro(リーブロ)は本のことで,もとはラテン語の「木の皮」。これって,フランス語のlibreだし,英語のlibraryに違いない。イタリア語で病院を意味するospedale(オスペダーレ)は,ラテン語のhospitale。客を意味するhospesから来ている。で,フランス語のhotel(オテル)を経由して英語のhotelになり,日本語のホテルになってる。ユースホステルも,黒服のホストも,全部語源は同じってこと。1765年に世界ではじめてパリにオープンしたristorante(リストランテ)は,イタリア語にそのまま,英語には,restaurantとして入った。語源はラテン語で「修復する」という言葉だって。おなかが減ってボロボロの人を修復するってこと。で,英語で修復はrestoreだ。レストランとrestoreは同じだったんだ。英語で店を意味するstoreも,ここから来たんだとか。negozio(ネゴッツィオ)はイタリア語で「店」。それって英語のnegotiateと同じ語源でnec otium(暇なし)ってことらしい。時計のアラームは,英語のalarm(警告)から来たのは日本人なら誰でも知ってるけど,それはイタリア語のallarme(アッラルメ)から来ていて,もともと「武器(arma)を取れ!」という号令だったらしい。なんだ,アーマーとアラームは同じことだったんだ……。
ボキャブラリーの混交と,微妙なスペリングの化け方を見ていると,言語の本質は「音」なんだというのが分かる気がした。まず,音で伝わる。人が入っていくと同時に音が入っていく。それがその地なりのスペリングに取り込まれ,意味が変わったりしながら,またさらに伝播していく,っていうこと。そう考えると,イギリス人がスペルにこだわるのとか馬鹿野郎って思わなくもない。theatreをtheaterと書いたっていーじゃんよ,いまさら。どーせ,滅茶苦茶に入り乱れてきたのが言語なんだから。
しつこく,もう少し。Napoli(ナポリ)って,new city,neo polisってことだったんだ。siesta(シエスタ)って,英語のsix,フランス語のsix,イタリア語のseiの「6」ってことだったんだ。イタリア語で,9月〜12月まではそれぞれ,settembre,ottobre,novembre,dicembreという。英語のseptember,october,november,decemberだな。たとえば,octoberって,octopasと同じオクトで「8」なわけでしょう。なんで10月なのって,それは昔1年が3月から始まったから8番目の月だったわけで,フランス語でも確か似たようなスペリング,octobreとかだったかな。フランス語だと,sept(セット)が7で,dix(ディス)が10だったりして,そっか,septembreとかdecembreとかって,そういうことだったのかとか。あれこれ,つながりまくってる感じが急に頭の中でスパークした。
ともかくいろいろ驚いたわけで,Mamma mia! なのです。マンマミーアって,英語に直訳すれば「Mother my」,つまり「my mother」。「my goddes」とか「my god」というわけで,「ああ,ビックリした」という意味になるそうな。なるほどぉ! でしょ。驚きました?
メモの最後に,美しいところを1つ。香草のローズマリーってrosmarino(ロズマリーノ)という。このmarinoって,海を意味するmarine(-inoは小さいものを指すときの接尾辞)。ロズマリーノは「海の露」って意味らしい。ああ,なんと愛らしい名前。
日本人が「日本語」といったときに思い浮かべる標準語にあたるような言語は,「イタリア語」といっても存在しないらしい。どれも方言だし,揺れが大きい。やっぱり言語というものは非可算名詞なんだと,改めて思った。山を越えると,そこには微妙に違う言葉を話す人たちがいる。そういう連続した差異が,国家という枠組みとメディアによる統制であたかも1つの共通言語として考えられたのが,イタリア語なりフランス語なりスペイン語と呼ばれるってこと。そういえば,オランダ語はドイツ語の方言と言えるものらしい。きっと言語って,ふつう思われているよりも,ずっと混沌としていて流動的なものなんだと思う。
ホントのさわり部分だけしか書かれていない入門書を,このところいくつか読んだだけだけど,それでも,やっぱり言語観はずいぶん変わった。と,後まだドイツ語とアラビア語とスペイン語の本が残ってるな……。
あれ,なんでこんなに長く書いてるんだ。いや,イタリア語入門が面白かったからなんだけど……。
『1億個の地球』も,それに負けず劣らず面白い本だった。こんなに汎惑星系の理論や観測が進んでいるなんて,知らなかった。天王星が,なぜ天王星のような姿になったのか,その説明も,今やかなり説得力がある。太陽系が,いま見えるように進化したのは偶然や幸運じゃなかったのか。地球と月のビックリするような関係に,読み進みながらゾクゾクしてしまった。
2000/02/08(Tue)
半月板損傷
今朝,急に左の膝が痛み出した。もう10年ぐらい前のこと,ある朝起きたら突然たてなくなって,病院に行ったら半月板の損傷だと言われたことがある。
激痛で歩けない日が1週間ぐらい続いた。半月板って,膝から上と,膝から下の骨の間にあるクッションの軟骨なんだけど,いったん割れたりひびが入ったりすると一生治らないらしい。ただ,割れてるからといって,すぐにどうにかなるわけじゃなくて,それが神経に「痛い」という信号を送らない限り,別段どうということはないんだとか。若いころのスポーツとか長年の疲労で,半月板が傷ついている人というのは,世の中に少なくないらしい。ぼくはきっとスキーかサッカーでやられたんだと思う。
10年前のぼくの場合,まったく歩けないほど痛かったので外科手術で半月板を除去することになった。年を取ってから,やや足の長さが変わることもあるかもしれないけど,別に取りのぞいてしまっても,どうということはないというのが担当医の説明だった。当時現役だった巨人の槙原投手も半月板は取っているのだということを,担当医は言った。ぼくは密かに「でも,槙原の手術をしたのは,一流のスポーツ医じゃないか」とか思ったけど,あまりに痛いので手術に同意するしかなかった。
ところが手術を1週間後に控えたころ,突然歩けるようになってきた。それまでの痛みが嘘のように,2,3日で,まったくふつうに走れるようにまでなってしまった。
それ以来10年近く,膝のことでは医者にかかっていない。年に数回,特に冬になると,ちょっと膝が痛いなとか,膝から嫌な音が聞こえるなということはあっても,1,2日もすれば,また何でもなかったように痛みがなくなるのが常だった。
今回も,きっとそんなところだろうと思いながら,今日は,びっこを引いて歩く1日だった。「足,どうかしたの?」と,たくさんの人に言われたけど,きっと明日には何でもなくなっているはず。いっぽうで,明日まったく立てなくなっても,まったく不思議じゃないと思うとぞっとする。
『世界の究極理論は存在するか』,
読了 。これは面白い。読みながら,思わずハッとして本を閉じてしまうような箇所がたくさん。すごすぎる。
2000/02/10(Thu)
いたたた
うわああ,締め切りだ。部署の人がみんなさっさと帰っていく中,他部署の原稿を書くために1人で編集部に残る。結局朝までかかってしまった。なんでこんな余裕のあるはずの時期に20時間も仕事してるんだか……。いたたたた。
なんちゃって。20時間といっても,ホントは2時間ぐらいは
アジャ にカレーを食いに行ってたんだけど。深夜1時のインド料理屋で,昔の上司にばったり会ってビックリ。
けどなぁ。朝帰りでヘロヘロ。寝て起きたら夕方でしょ。休日返上して書いたに等しい原稿なのに,見返りがアジャのカレー1回ってのもなんだか寂しいもんだ。社内人脈づくり,ギブアンドテイク,そんな意味合いも,まあホントはあるんだけど。とはいえ,ふつうのライターだったら,5,6万円の原稿料になっているくらいの分量だし……。ナニモノかに搾取されていると思うとやりきれんから,やっぱり好きでやってるんだと思うことにしないと。そういえばe-commerceとかe-businessのeって,exploitationのeだって言う話もあるよな。ネットバブルの陰で大勢の若者ハッカーが奴隷労働してるはずだよね。ストックオプションというニンジンを目の前にぶら下げられて,今夜も一生懸命走ってるんだよな,きっと。
ポケットに突っ込んであった2万円を落としてしまった気がする。いたたたた。
引っ越し準備,まだなんもやってないのに,明日大丈夫かな。あいやー,まずい。
よく考えたら引っ越してから,すぐにはガスが使えないからシャワー冷たいし,電話も駄目だからインターネットできないじゃん。いたたたた。
2000/02/11(Fri)
営業結び
むかし,上司(昨日ばったり会ったばかりの上司だ)に教えてもらった「営業結び」が思い出せない。10〜20冊本を縛るのに,がっちりと崩れないように簡単に縛る方法があって,出版社の営業の人間なら,誰でもできる縛り方だって聞いたんだけど。
親指と人差し指のまわりにひもを回転させて,そのまま親指と人差し指で,どこかのひもを引っ張るのだということとか,なんとなくは覚えてるのに,何回やってもすぐにほどけてしまう。
こういうときのインターネットと思って検索してみた。「営業 and (むすび or 結び)」では出てこない。もしかして「営業しばり」だったかなと思って,さらに検索してみるけど,ぜんぜんだめ。
多量のノイズは覚悟で「結び方」で検索してみたら,ひもの結び方がたくさん出てきた。船舶系,釣り系,キャンプ系,着物の着つけ系があって,それぞれ面白い。ネクタイの結び方,靴ひもの結び方なんてのもあったな。思わず画面の前で,いろんな結び方を学んでしまった。
そのうちの1つの結び方がトポロジー的には「営業むすび」と同じじゃないかと気づいて,なんとかかんとか,それっぽく本を縛ることができた。
2000/02/20(Sun)
鯨のベーコン
「さぁ食おうぜ」。ちょっと不良っぽくて面倒見のいい兄貴のように,彼はぼくに鯨のベーコンを勧めた。鯨のベーコンを食べるのは,これが生涯で2度目だと思う。1度目は親戚のおじさんに勧められて食べた,たぶん15年ぐらい前。「うちらの若い頃はさ文句たれて食ってたけど,これが懐かしいんだわ。特別うまいもんじゃないけど,月に1回は,この店に来てこれを食うのが楽しみでさ」。
タクシー運転手をやっているというホリウチ氏は,初対面のぼくに気前よく鯨を分けてくれた。「おかあさん,これもう1つね」と,彼は鯨につけるお酢を頼む。これまた愛想のいい「おかあさん」が,元気よく返事をする。お店の名前は「おかあさん」。人なつっこい40がらみのおばさんが,店を切り盛りする。テーブル席には,くたびれきった水商売風の女が4人,あーだこーだと男の話をしている。こういう雰囲気,ぼくは嫌いじゃない。ホリウチ氏は景気が悪いこと,単身赴任で田舎に残してきた家族のこと,浮気論なんかを次々と話した。いつの間にか,おかあさんもカウンターにかけてあれやこれやと話し始める。
馬鹿にしてたSIDNEY SHELDONをはじめて通読。『MORNING,NOON&NIGHT』,
読了 。まさに赤川次郎の世界。見え見えの伏線,あほくさくて,わざとらしい展開。陳腐な表現。邦訳で読んでたら5分で投げだしたと思う。もう1冊,『量子論の宿題は解けるか』。書名を「量子論の謎」としなかったのはうまいと思ったけど,あまりにもツッコミが足りない。31人もの物理学者にインタビューをしているというのはすごいけど,それぞれが3,4ページしかなくて,これじゃあ一言ふたことが精一杯じゃん。ともあれ,解釈問題に対して,現場の物理学者の見解に相当な幅があることは分かった。多世界解釈も,思ったほど広く受け入れられているわけじゃないってことか。
2000/02/22(Tue)
どこにでもあって,どこで買うのかよく分からないモノ
よく道路に面した車庫の前なんかに,斜面を作るための金属板や石のブロックが置かれてある。車のサスペンションを傷めないための工夫らしいけど,あれ,名前をなんというのか分からない。ちょっと気を付けて眺めてみると,街中いたるところにある。どこにでもある。なのに,名前が分からない。もっと分からないのは,どこに行けば買えるのかということ。車のディーラーに聞けば教えてくれるのかもしれないけど,彼らはそんなものは,たぶん扱ってない。
日用雑貨の帝王,ドンキホーテに行ってみた。いかにもありそうだけど,愛想の悪い店員が,ぼくの質問にほとんど黙って首をふるだけだった。東急ハンズにも行ったしオートバックスにも行った。ハンズには,そのものずばりはないけど,木材関係は充実していて,使えそうなものはあった。はたで,店員がほかの客とやりとりするのを聞いていて,世の中に「木材おたく」みたいな人がいるんだなぁと思いつつ,その店員に相談してみると,合板がいいとのこと。ただ,合板はみんなサイズが大きくて,自分で鋸をひくか加工してもらうかしないといけないので,ちょっとめんどう。
オートバックスには,車用の横長のものはあるにはあった。強化プラスチックの奴。でも,バイクだから,タイヤ1つ分あればいいのに……。そういうのはいくらでも見かけるのに,なぜオートバックスにないのか。わざわざ出向いた五日市街道のオートバックスからの帰りに,街道沿いに見つけた花屋に寄ってみた。もしかしたら適当なブロックがあるかもしれないと思って。
花屋には使えそうなものは何もなかった。ふと見ると,通りを挟んだ向かい側,ちょっと離れたところに材木屋がある。角材の切れ端みたいなもので,段差にちょうどいいものがあるかもしれないと思って,今度は材木屋に足を向ける。
間違っても,バイクを廊下に乗せるのに使う「何か」を,材木屋が売ってるわけがない。どういう風に説明したもんか,ちょっと悩みつつ,カンナを使ってる職人風の初老の男に声をかける。ぼくの要領を得ない説明を最後まで黙って聞いていたかと思うと,その男は,おもむろに遠くに向かって指をさした。「ここをずっと行った先に,角材やってるとこがある。あるとしたら,そっちだな」と,愛想なく答える。ちょっと希望の光が見えてきた。お金なら,いくらか払ってもいいし,そもそも,そんなに立派なものがほしいわけでもない。ただ,そこそこ頑丈な材質でできた,そこそこ適した形状の何かがほしいというだけなのだ。木材を扱ってるところなら,なんでもあるだろう。そう思ったぼくは甘かった。
角材屋の老夫婦は,狭い事務所の中でなにやら口論していた。はいりづらいなぁと,のぞくともなしに中を見ていたら,奥さんのほうと目が合ってしまった。怪訝そうな顔をしているので,思い切ってガラスの引き戸をあけて中に入ってみた。石油ストーブのにおいがする。
やっぱりうまく説明できずに,ともかく角材の切れ端でもゴミみたいなもんでもいいから,何かあったらほしいと話してみた。ちょうどぼくの母親ぐらいの奥さんのほうが親切に作業場を案内してくれる。「うちはこんなんばっかりだけどね,このへんのは全部ゴミだから持ってっていいよ」と。「うーん,角っこがまるいほうがいいんですけどねぇ,それか,もう少し小さいの」。「いやぁ,うちは角材だから,そりゃ角は四角いよ」。結局,木材屋では収穫がなかった。意外に画一的なサイズしかない。
この際,街のあちこちでみかけるそのブツの持ち主,誰でもいいんだけど,とにかくそれを1度は買ったことがあると思われる人に聞いてみるのが手っ取り早そうだと思いつつ,バイクにまたがろうとすると,今度は工事現場のがれきの山が目に入った。
子どもの頃,こういうところで遊んではオトナに怒られたもんだなぁというような工事現場に足を踏み入れた。建物を建てているような現場ではなくて,どうも廃棄物を集めたり,材料を置いておいたりするのに使われている場所らしかった。
作業は休み中らしくて人の気配はない。ふつうに考えたらいい年の男が昼間っから工事現場をうろちょろしてるなんて,不審人物に見えるよなとと思って,ややドキドキしながら奥に入っていく。100m四方程度の敷地は簡易の塀で囲われていて,なかに入ってしまえば,誰にも見つかりそうもない。
パワーショベルで掘り返したアスファルトが,細かいがれきになって山を作っていた。この中に,ちょうどいいサイズのブロック状のものがあるに違いない。そう思って,がれきの山を登り始める。ぼくは子どもの頃から廃墟フェチというかゴーストタウンのような光景に興奮を覚える傾向があって,無機質ながれきの山が妙にうれしい。周囲を囲っている塀に防音効果もあるからか,静かだし。
よく見ると,アスファルトだけじゃなくて,地中に埋まっていたらしい土管や鉄板のようなものもある。これだけあれば,ぼくがほしいと思っている適当なモノもあるに違いない。
あれこれ探すものの,アスファルトはアスファルト。どうも,ごてごてといびつなモノばかりで,とてもバイクのタイヤによろしくなさそうなものしか見つからない。何個目かのアスファルトの塊をほうりなげて後ろを振り返ると,木材の山が目に入った。これだ。
これはいかにもありそうだ。と,材木をひっくり返そうとしたとき,「おいっ,どうかしたんかっ!」と背後から声がかかった。ビックリして振り返ると,現場監督らしいおじさんが思い切り疑い深い目でこちらの様子をうかがっている。それまで気づかなかったところにプレハブの建物があった。最初からそこに人はいたらしい。
あわてて直立不動の姿勢をとる。1秒ほどためらったものの,ここは素直に話すのが得策と思って,事情を説明してみた。ぼくとしては不必要に説明を長引かせながら,相手の表情をうかがうわけだけど,そのおじさんは,いつまでも怪訝そうな顔をしている。これ以上馬鹿みたいに説明を長引かせてもしかたないと,あきらめてぼくは話しを終える。それでも,やっぱりまだおじさんは疑りの目で見てる。ところが,おじさんは表情とはうらはらに,とても協力的に動いてくれた。
「こういうのがいいんじゃねぇか,これなら,ごせんかろくせんぐらいはあがんだろ」。「えっ? ごせんって?」。「5cm」。「あ,センチ」。「このへんの材木でもまあいいかもな」。「なるほどぉ……,あっ! この鉄板が良さそうです,これもらっていいですか?」。「あー,それな,あれの鉄板な。いや,どうせゴミだからもってってもいいけど,こういうのはどうだ,これならナナセンぐらいはいけるぞ。これも持ってったほうがいいよ」。世田谷区のマークが入ったその鉄板(40cm×20cm,厚さ1cmぐらい)がぼくにはピッタリ理想的に思えたので,内心ではもうその現場に用はないって感じだったのに,なぜかおじさんは,さらにあれもこれも持っていけという。親切に協力してもらった手前,「これだけでいいです」とはなんとなく言いづらくて,結局,鉄板と扁平した角材をもらって帰ることになった。
結局,いまは鉄板と角材の両方を使って,毎日バイクを廊下に乗せたり降ろしたり。結局,よく見かけるアレを何というのか,どこで買えばいいのか,いまだに分からないままだ。
2000/02/26(Sat)
深夜の卓球場
そろそろ仕事を切り上げようとしてたら電話が鳴った。やっと連絡の取れなかった筆者から電話が来たと思ったら,大学時代の友達からだった。いまから卓球やろうよというお誘い自体はいいけど,そろそろ日付が変わろうという時間に,なぜ卓球かね。でも,どっちみち,そろそろメシをと思っていたので,広尾あたりまでバイクを飛ばす。深夜だから会社のある新宿から20分もかからないけど,寒い。
凍えそうな身体。天現寺交差点にほど近い,その(彼女いわく)豚汁の店は結構人が一杯だった。ほかほかご飯と,豚汁がうまい。深夜に家庭料理風の和食を食べさせる店って,はやってるのかね。といっても,昨日,環七沿いに見つけた,いわゆるホントの定食屋じゃなくて,おひつのご飯と岩海苔,明太子なんかを売りにしている飲み屋なわけだけど。
西麻布の卓球場というのは,なぜか卓球ができる小洒落たバーだった。薄暗い洞窟のようなうねうねとくねった店内のあちこちに,ポーカーテーブルがある。うまい演出だなぁと,廊下に据えられたテーブルやろうそくを眺めたりして,長らくこういう夜遊びスポット的な店に来てないなぁとか考える。
さらに地下へ続く階段を下りると,突如蛍光灯の白々しい明かりが目にまぶしく飛び込む。卓球台,ビリヤード,ダーツなんかがあって,どれも人でいっぱい。結局,待ち時間が長すぎて卓球はできなかったけど。
2000/02/27(Sun)
例のアレ
禁煙が5カ月を越えた。といっても実は,年末年始,ヘベレケのときに3本ほど吸ったんだけど……。これがものすごくウマかったんだ。でも,だからといって2本は続けて吸わなかったし,もう習慣にはならないと思うけど。
例の
アレ の名前,あるメーカーの商品名では,「ロードベース」というらしい。メールをくれた人がいて,こんなことになってるらしい。
店頭,ガレージ等の道路との段差にご使用ください。
JIS A 5306コンクリートL形溝にマッチします。
本品はダクタイル鋳鉄製なので一般車両・バイク等の乗り入れも可能です。
連結もできます。
サイズ幅250×500高さ100mm
ふぅーん。考えてみれば,ぜんぜん不思議じゃないんだけど,コンクリートブロックがJIS規格なのに,ちょっと驚いた。いっつもJISと言えば,X系しか気にしてないから。あ,X系というのは情報通信関連の工業規格です。日々,パソコンに向かって打ち込んでいるのが,JIS X 0208という文字コードなのです。
久しぶりに,マシン環境をアップグレード。といってもハードウェアじゃなくて,ソフトの話。OS本体であるカーネルを割と新し目のものに換えて,さらにアプリケーション関係も,一気にバージョンアップ。コマンド一発,寝て待つだけ。一晩で70MBもダウンロードしてしまった。ぼくのマシンに入っている,唯一お金を払わないと使えないソフト,ATOK12SE for Linuxが動かなくなってしまった。原因は心あたりがあるけど,この際あきらめることに。これで晴れて,純フリーソフトウェアな,GNU/Linuxのマシンになった。
仕事で使える作図ソフトとして,Linuxで動く「dia」というものを使ってみたら,これが非常にいい感じ。でも,おしいことに明らかなバグがあって,ジグザグ線だけがうまく引けない。どう見ても,期待と違う動作をしているとしか思えない。線分を3等分したところに2つの点が現れてしかるべきなのに,ただのまっすぐな直線になってしまう……。どうもオブジェクトの初期化の段階で,内分点を設定し忘れてるとか,かなり原始的なバグっぽい。
ジグザグ線が引けないと,レイアウト指定の作図が ものすごく面倒になってしまう。そのためだけに,Windows(PowerPoint)を使うのも嫌だなぁと思って,少し考え込んでたら,突然オープンソースってことを思い出した。ここまで明らかなバグだったら,もしかしたら自分で直せるかも。
初めて叩くコマンド「apt-get source dia」。これだけで,diaのソース一式が勝手に降って来る。ソースコードへのアクセスが物理的にも精神的にも容易なのって,やっぱりすごいことなんだと思う。
とりあえず,深く考えずに,make を試みる。ぜんぜんコケまくり。どうやら,ツールキットやグラフィック関連のライブラリがないらしい。warningにある名前を見ながら,適当に開発に必要なパッケージを推測して,がんがん入れていく。3つか4つぐらい,あれこれ入れて,もうそれ以上何が必要なのか分からないというところまで行って,つまってしまった。
何か1つだけ,ヘッダファイルが見付からないということらしい。そのファイル名をインターネットで検索してみたら,FAQだった。バグというか,バージョンが変わってファイルの置場が変わってるというだけのことだった。対処療法的ではあるけど,シンボリックリンクを張ってごまかす。
ようやく make が通る。ちょっと感動。
ソースを見てみると,ツールキットやライブラリに頼りまくってるってことが分かって拍子抜けした。なんだ自前でやってることはそんなに多くないじゃんって。こんなにすごいライブラリがあるのかってのも驚き。Imlibっていう画像処理のライブラリなんだけど。
久しぶりにまともにC言語のコードを読んだ。コメントがまったくないけど,変数名や関数数名は機能と比較すれば,一目瞭然。ぐんぐん目標のコードに近付いて,ここを何とかすればジグザグ線が引けるようになるんじゃないかって関数にたどり着いた。動作が似ているベジェ曲線の関数と見比べれば,おかしなところが分かるかも……。
あ,g_malloc で内分点のオブジェクトのメモリを確保しているところが,ベジェ曲線のものと違ってる! も,もしかして,これかっ! あやしい! 直るかもっ!!
Segmentation fault……。やっぱり,にわかにソースを見てバグを直せるほどプログラミングの世界はあまくない。ふぅぅぅ。でも,あれこれ勉強にはなった。時間ができたら,作者にメールでも書いてみるかな。そういえばこの作者って,どこの国の人間だろう。少しはソースにコメントを入れておいてほしい。
そういうことをしてる場合じゃないってときほど,そういうことをしてしまうもの。まいっか。
2000/02/28(Mon)
性処方
久しぶりに頭の悪いかな漢字変換を使っていて,がっくり来る誤変換を連発してくれるのが嬉しい。タイトルに書きたかったのは「正書法」。ふだん使ってたATOKなら,このぐらい変換結果を目で確認するまでもなく,100%信頼して確定できたのに……。確定してみて,なんじゃこりゃって驚く。
もともと日本語には,あまりこれという正書法がないという話。段落を分けて順を追って書くというのも欧米から採り入れられたもので,そんなに古いものでもないし,読点の位置なんて,個人の好み。どこに「,」を打っても,あいつはまともな点の打ち方もしらないとは馬鹿にされない。
で,Webやメールで書く機会が増えると,世の中文章の書き方も変わるんだろうなぁと思っているのです。たとえば,段落の頭には空白を1文字入れるのが正しいと学校では教わるけど,Webの世界は,たいていそうはなっていない。英文にならって,段落で1行あけるのがふつうになっている。
同期の友達が,Webで日記を書いていてそれがやたらと改行が入っている。それは,どうも電子メールの制約から来てるんだと思うけど,<br>ではなくて,<pre>タグを使ったCR+LF。ホームページ作成ツールで,この形式が,どういう言葉で説明されているか分からないけど,<pre>タグは,見た目をそのまま表示するというもの。改行位置は保たれるので,書いてるほうは安心ということなんだろうけど,横幅が狭いブラウザや文字を大きくして見ている人には,画面を横スクロールさせないと長い行が読めないってことになる。
段落は<p>か,<div>あたりを使ったほうがいいのじゃないかと思って,ちょっとエラそぶって教えてあげようかと思ったものの,意味構造から考えると,それはそれで1つのスタイルになっていることに気づいてやめてしまった。物理的な改行が,緩やかな話題の転換として使われていて,そもそも段落というものの輪郭も,いわゆる段落とは違う。中国の山のように真中あたりの行が膨らんだ形になっているひとかたまりのセンテンスが段落に相当するんだろうと思う。メールだと,そういうスタイルの人が多い。
別にそれが変だとか,おかしいという気はなくて,こういう風に言葉というのは変わって行くんだなぁと思ったということです。
よく,電子的なモノによって,従来の習慣が変化を被るのは本末転倒で,従来の習慣を守るようにワープロなりテクノロジーなりは気を付けるべきだということを言う人がいるけど,それこそ,そういう議論の仕方こそ本末転倒なんだと思う。メディアが変われば表現方法も変わって当り前だ。
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>