the other side of my days
ご意見,ご感想,ごいちゃもんなどございましたら
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>まで。


1999/09/01(Wed) 防災の日
1999/09/03(Fri) カンテツ
1999/09/04(Sat) うぐ
1999/09/05(Sun) だめです
1999/09/07(Tue) 5・7・5
1999/09/08(Wed) ビデオを観た
1999/09/09(Thu) Somewhere over the rainbow bridge
1999/09/10(Fri) 対談
1999/09/11(Sat) 8年ぶり
1999/09/13(Mon) 汗
1999/09/14(Tue) 記憶の中だけのメール
1999/09/16(Thu) 29歳になった日
1999/09/17(Fri) バナッハ・アレルギー
1999/09/18(Sat) 直肌
1999/09/19(Sun) 雀荘
1999/09/20(Mon) ギター
1999/09/21(Tue) キーボードを叩けない
1999/09/22(Wed) 腹痛
1999/09/23(Thu) 秋のようだね
1999/09/24(Fri) 禁酒禁煙
1999/09/25(Sat) 駄目かもしれません
1999/09/26(Sun) 3日目
1999/09/27(Mon) 青山
1999/09/28(Tue) ひどい月末
1999/09/29(Wed) 朝帰り


1999/09/01(Wed)

防災の日

新学期。夏休みの宿題をやってない小学生なみに,ユーウツな気分。大幅に締め切りをブッチ切ってしまいそうな気配。

仕事にでかけようとしたら,母親から電話がかかって来た。深刻そうな声。なにごとかと思ったら,パソコンが動かなくなったのだとか。ウンともスンとも言わなくなって,壊れたのかと思ったらしい。
話を聞けば,すぐに原因は分かる。「メモリ不足です。いくつかのアプリケーションを終了させてからやりなおしてください」という例のメッセージが出て,マウスカーソルも動かなくなってしまったとか。スイッチも切れないんだと,切実そうに訴える。
Windowsが悪い。メモリ不足なんて嘘つけよ。うちのオフクロは,まだ複数のアプリケーションを同時に使えるほど,パソコンになじんでないよ。64MBもメモリがあって,一体何がメモリ不足なんだ? かつてビル・ゲイツは言ったんだよ,「コンピュータを自分の母親でも使えるようにしたい」とね。本気かね? 今でも本気で,そう思ってがんばってるのかね?
強制終了のやりかたを教えて「そういうものだ」と言ってはみるけど,「パソコンというのは,たまに動かなくなる。そういうものだ」とは教えたくない。まだまだ,パソコンって変わんなきゃいけないよな。少くとも,OSは飛んじゃいけないと思うのだな,つくづく。電話越しに,スキャンディスクの様子をうかがいながら,だんだん不安定になっていくだろうWindowsがうらめしく思えた。

1999/09/03(Fri)

カンテツ

いったん帰宅。うぅむ。

1999/09/04(Sat)

うぐ

うーん。

1999/09/05(Sun)

だめです

たぶん,駄目でしょう。

1999/09/07(Tue)

5・7・5

締め切りと・いう名のドミノを・なぎたおし。やっと終わりそうな気配。

1999/09/08(Wed)

ビデオを観た

「6days, 7nights」「ジョーブラックによろしく」。

1999/09/09(Thu)

Somewhere over the rainbow bridge

幕張で開催されているWorld PC Expoに,とあるキーマンが来ているというので,午後は取材に出る。NasdaqでIPOを果たしたばかりの,絶好調の企業の社長で,ビジネス的には調子が良いけど,とうぜんその分悪口を言われることも多い。いろいろと良くない噂も書き立てられている彼らに,直接話を聞こうと,いくつかの編集部と合同でインタビュー取材。

はじめてのレインボーブリッジ。なるほど,天気も良くて気持ち良い。実は首都高速に乗るのもはじめてだったりして。渋滞の高速をバイクで走る気分というものをはじめて味わった。確かに車が止まっていても,バイクは進める。でも,ちょっと怖い。下手な車がいて,急に車線でも変更されたら,簡単にひかれちゃうよな。
混雑する首都高速を抜けて,千葉方面に向かう東関道路をひたはしる。天気は良いし,道もすいてるけど,滅茶苦茶疲れた。どうやらぼくのバイクは110kmぐらいが限界で,120kmも出すと,ハンドルがグラグラいいはじめるし,基本的に背筋をのばした姿勢で走ってるから,風の抵抗に耐えるのにハンドルを握る手の力が結構必要だったりする。肩が凝る。さらに命知らずなことに,半キャップにサングラスで走ってるから,目はしょぼしょぼと泣きっぱなしだし,ほっぺたの肉は風でブルドック状態。それなのに車は130kmとか140kmぐらいで走ってる奴もいる。かんべんしてよー。こわいよー。みんなゆっくりはしろーよー。
砂を積んだトラックのそばを走ると,小さな砂粒がいっぱい飛んで来るんだよね。これって車の人とかフルフェイスのバイクの人は気づかないと思うけど。スピードが速いと,痛い痛い。
今日は横浜−東京−幕張と良く走った。このくらいの距離を走るには,やっぱり 大きなバイクか車がいいんだろうなぁ。

1999/09/10(Fri)

対談

夕方,渋谷で仕事。世田谷の自宅から直接渋谷へ向かう。246がひどい渋滞で,遅刻するかと思ったけど,何とか時間ぴったりに到着。今日は楽しみにしていた,対談。
いつも使ってたインドネシア料理の店がいきなりツブれていて,予約もしてなかったことを後悔した。せめて予約ぐらいとっておけば,ツブれてることに気づいたのに。不手際で汗をかきながら,別のお店に。
入った店がずいぶんスマしたところで,いかにも高そう……。大丈夫かなぁと心配しつつ,まあ,会社の経費だし多少のことならと開きなおって,はげしく飲み食い。
いつもはあまり口をはさまない対談だけど,今日は熱心に話に加わって,聞きたいことをいっぱい聞く。120分テープが1本半だから,約3時間。うん,面白い記事になりそうだ。

「男はどんな女ともうまくいけるものです。彼女を愛さない限りは」(O・ワイルド)

1999/09/11(Sat)

8年ぶり

小学校を卒業するのが12歳で,成人式は20歳だから,その間は8年。今日は8年ぶりに,大学のときにスキーサークルで一緒だった友達と飲み会でした。ホントに会うのが久しぶりの人たちばかり。メールは偉大だ。世界中で,こうした「再会」がメールをきっかけにして行なわれていることでしょう。
女の子が2人いたんだけど,間違っても「うわっ,ふけたねぇ」の一言だけは言うまいと心を落ち着けてから待ち合わせ場所の下北へ。過去の経験からすれば,そういう風に心の準備をして行っても「う……,時間って残酷だね」という表情をしてしまうことが,ままあるわけなのですね。ポイントは早目に目をそらせること(笑)。細いところを見なければ,人の年齢なんて,わかりゃしない。とかいいつつ「いやー,変わらないねー」の言葉は咄嗟に言えなかった今日だったのでした。だって,ぼくの記憶にあるその子たちは,ぼくが21歳のときに19歳とかだったわけだから,当時のぼくには,いやに子供コドモして見えたわけで……。当事者が読む可能性もあるので,いちおうフォローしておくと,まあ26歳とか27歳の妙齢の乙女と言われて初対面だったとしたら,ふつーにそう思ったってことですね。って,それじゃあ,まるで「ふけた」と言ってるのに等しいから,あんまりフォローになってないかもしれないけど……。
「自分のことを棚にあげてヒドいこと言うよね」なんて女の子の声が聞こえてきそーですが,いや,別にぼくはギャップのことを言ってるのであって,相応に年齢を重ねることで,女性の魅力が減っていくと言ってるのではありませんから,念のため。
ぼく以外に3人集まったうちの1人は男で,27歳。5年勤めた某大手銀行を去年やめて,医大を目指して勉強中なんだとか。いまは代々木ゼミ通いの浪人生だって。おお,やるなぁ。
こういう同窓会(!?)の常だけど,誰と誰が今度結婚するらしいとか,その手の話題がテンコ盛り。衝撃的な組み合せも,いくつかあった。

1999/09/13(Mon)

ものすごい汗をかいて目が醒める。風邪ひいたかな。

午後は某社研究所に取材。近未来のマン−マシン・インターフェイスの研究をしている人。いろんな実験的研究をやっていて,たとえば,スクリーンを投射した机の上に,ウィンドウやらアイコンが表示されていて,それをドラッグして,手元のノートパソコンにドロップできたりする。なるほど,面白い。

夜,軽くビールを飲みにいって,そのままダーツ。

1999/09/14(Tue)

記憶の中だけのメール

なんだか送ったはずのメールがたくさん行方不明になってるらしい。必ず送信メールはbccで自分宛にも送っているから,届いてないのじゃないかという気はしてたけど,確かに何だか変だ。で,1回書いたメールって,もちろん自分で書いたから内容は覚えてるんだけど,もう1回書くとなるとおっくうなもので,結局10通ほど,ぼくの記憶の中にしか残らないメールになりそうな気配。

今日は早めに帰るつもりだったのに,夕方,突然編集長のお共で某社との打ち合せに出向くことになった。帰りにアジャによって編集部に戻ったのは,もう12時近かった。

1999/09/16(Thu)

29歳になった日

朝9時半。渋谷のマックでコーヒーを飲みながら読書。出勤前の予備校生たちが,タバコをぷかぷか。参考書を開いたり,くーだらない噂話してたりする。職さがし中らしきくたびれたオジさん。目をしょぼしょぼさせながら,窓の外を見てる。化粧直ししてるOL。すごく不健康そうな顔に見える。余計なお世話か。
ぼくは端から見ると,何者に見えるのだろう。今日でぼくは29歳だ。
朝11時。初台のオペラシティ(って会社の目の前)のベンチで,カバンを枕にして,寝っころがった。読書の続き。今日の東京は天気がハッキリせず,いつ降り出してもおかしくない,曇天。ちょっと肌寒い。
昼休み時になると,肉体労働者が,わらわらと集まって来てベンチを占拠する。えげつない食欲で弁当をモリモリ食べるを見て,ちょっと空腹を感じる。煙草を2本,3本とたてつづけに吸う。
ベンチで横になるのって,あんまり行儀の良いもんじゃないなぁと思いながら,ふと寝返りを打つと,隣のベンチでサラリーマンが昼寝してる。おいおい,もう昼休み終わる時間だよ。大丈夫かな。と,他人の心配をしつつ,ようやく出社。
たまりにたまった伝票を書いたり,あれこれと連絡を取ったりと,単調な仕事がいっぱいで,ちょっとうんざり。早めに帰ろうと思ってたのに,結局終電の1つ前とか。
駅を降りると小雨が降り出した。早足でいつものコンビニに駆け込む。29歳になって,誕生日記念にお酒をやめてみるのも悪くないかと,夕方ちょっと考えてたけど,もう日付も変わったし,やっぱりいいか。少しの間,いろんなお酒の置いてある棚とにらめっこ。「今日は誕生日だし」と自分に言い聞かせて,いつもより高めのワインを買う。

1999/09/17(Fri)

バナッハ・アレルギー

出社すると,ぼくの椅子の上に『バナッハ・タルスキーのパラドックス』という本が置かれてあった。何について書かれてある本かということと,誰が置いたのかはすぐに分かったけど,内容のほうは,なかなか理解できない。ひととおり読んでみたけど,肝心のところがいまひとつ分かった気になれない。巻末に付けられたバナッハ・タルスキーの定理(本のタイトルはパラドックスだけど,実際にはれっきとした数学上の定理で現代数学のビックリするような成果の1つ。パラドックスでも何でもない)の証明は,さすがに読み飛ばした。「大学の数学科2年生程度の知識があれば,理解は可能なはず」と序文に書いてあるから,ぼくだってそのくらい……,とは思うのだけど,わずか12ページの,かなり丁寧な証明すら読む気が起きない。そもそもバナッハという名前を聞いただけで,大学時代の苦い想い出がよみがえる。バナッハって,バナッハ空間の,あのバナッハですよ。ぼくって,関数解析をやってる先生の研究室にいたんですね。そのくせバナッハと言われると,アレルギーを起こしてしまう。カントールの対角線論法を見たのは何年ぶりだろう。
そのバナッハ・タルスキーの定理ってのが,どんな定理かっていうと,それは言葉にするとまったく簡単なもので,「球を適当に分割して,そのバラしたものを集めると,元の球とまったく同じ球を2つ作れる」という定理。つまり1つの球を元にして,いくらでも同じサイズの球を作ることができるってことだから,明らかに日常的な感覚からズレてるんだけど,数学的には正しいってのね。しかも,3次元の球で成り立つからって,2次元の円では成り立たない定理だってんだから,ワケが分からん。さらに付け加えて言うと,「具体的なやり方は示せないけど,ともかくできることは間違いない」なんて,無責任なことを数学者は主張するんだな。
そんなわきゃーない。体積が倍になったり無限に増えたりするもんか。体積が倍になるってことは質量が倍ってことで,それはエネルギーも倍だから,エネルギーの保存則と矛盾するやんか。てゆーか,1つのテニスボールが2つになるわけないじゃんよ。ねぇ。
もちろん,そういうことじゃないらしい。球といっても,物理的な実体とは何の関係もない抽象概念だし,そもそも体積ということだって,日常感覚で把握できるものとは基本的に別物。結局,この本を読んで分かったことは数学が「無限」の概念とどう付き合って来て(ゼノンのパラドックスのギリシアにまでさかのぼるわけだけど),やがて開きなおって(!?),公理に無限の概念を採り入れて,そこから生まれる矛盾をどう解決してきかたという歴史。そして,それによって現代数学が花開いたということ。そういえば,大学1年生のときに集合論をやったことになってるから,ひとくちに「無限」といっても,いくつか無限の種類があることぐらいは聞いたことはあるんだけど。なるほど,そういうことだったのかと,いまさらながら,ちょっと目から鱗が落ちそうな気がしたのは,無限の要素を含む集合というのを,どう考えればいいのかということ。集合という言葉を用いるからには,それに含まれる要素がハッキリしてなくてはならない。でも,ハッキリできないときはどうすればいいのか? たとえば,ある自然数を素因数分解すると,有限個の素数の積で表わされるわけだど,そのときの素数の個数をkとして,k個の素数に分解される自然数を要素とする部分無限集合をAkを定義する。Akの性質は明白だけど,Akに含まれる要素を数え上げるとなると,それは無限の手続きを必要とする。人間は有限の時間に生きているのだから,無限の時間には付き合えない。とゆーことは,これは「集合」と言うには,ちょっと心許ないのではないか? すべて数え上げることができる全能の神を仮定してもいいのか? ここで,選択公理が登場して……,とか書いてて,やっぱり良くワカランぞと思った。本棚の奥に眠っている『位相・集合入門』でも読んでみるか。こんな面白そうな議論を放っておいた学生時代の自分を,ちょっと残念に思う。でも,ほかに面白そうなことがいっぱいあったのだから,それも仕方ない。

ある人の名刺をまじまじと良く見たら「代表取りみだし役」と書いてあった。やられぱんち。

1999/09/18(Sat)

直肌

昨日,今日と関東は涼しくて,半袖では寒いぐらいだった。そろそろバイクには良い季節かと思ったけど,そうでもないのかもしれない。長袖のシャツで出かけたものの,それ1枚で高速に乗るには寒そうだったので,ちょっと大げさかと思ったけど,ジャンパーをはおった。
もちろん夏でも,特に大きなバイクに乗る人とか,ちゃんと自分の身の安全のことを考えている人は,革のジャンパーを着てるものだし,それでも走ってる限り暑いものでもないから,このくらいの季節ならジャンパーぐらい,ちっともおかしくないのだよね。
でも,どうもジャンパーを着て走っていると,バイクに乗っている感じがしない。バイクは春と秋が良いっていうけど,Tシャツ1枚で走っていた夏のほうが,ずっと良かった気がする。もちろん信号待ちとか渋滞で,自分のバイクや周囲の車のエンジンの熱をもろに受けてクラクラくることを考えると,涼しいに越したことはないんだけど,肌で風を切る感じは捨てがたい。真夏の太陽とアスファルトの照り返しの中を,それを帳消しにするくらいの風を受けながら走るのは,やっぱり気持ちがいい。

もう5カ月ほど切っていない髪をどうにかしようと思っていて,「どうにかしたいなぁ」と,ボソっと言ったら,ある人に「え,別にどうにかなってるじゃん」と言われた。伸び放題のはずなんだけど,意外と普通にまとまってみえるらしいんだよな,昔からぼくの髪って。そんなこともあって,よく長髪になりがちだったわけだけど。
髪がたくさんあるのを見ていて,黒々としすぎてないかと我ながらギモンに思った(10年後,20年後も,同じコト言ってたいね)。で,髪を切ることはせずに,久々でちょっとブリーチしてみた。
「10分でほんのり,20分でハッキリ,30分で思いきり」というブリーチ剤の説明書にしたがうと,ほとんど1時間ぐらいブリーチ剤をつけっぱなしにしたぼくの髪は,もう真っ黄色になってもおかしくないはずなんだけど,せいぜいオランウータンの毛の色ぐらいにしかならなかった。前もそうだったけど,ブリーチ剤の効きが悪い。とはいえ,髪や頭皮は1時間,薬剤をベットリ塗られて,かなりヤバいことになってるんだろうなぁ。強烈なアンモニア臭をかぎながら,そんなことを思う。
1時間経って,ブリーチ剤を洗い流すとき,2回続けてシャンプーしてやろうと思って意気込んだ。待ってろよ,頭皮! いま洗い流してやるからなってなもんです。1回目,いやにシャンプーが泡立つのにビックリ。さすがブリーチ剤(の残り)+シャンプー! と,思ったら,泡の正体はボディーソープだった。ひえぇ。ぼくの髪はどーなってしまうんだろ。

1999/09/19(Sun)

雀荘

「じゃあ,3,4ハンチャンぐらい行っとく?」。そう言い出したのは閉店間際の飲み屋のママだった。店の常連客同士で,なんとなく麻雀の話で盛り上がって,店が終わってから,雀荘に行こうという話になった。一番乗り気に見えたのはママだった。
ぼくはもう4年ぐらい麻雀牌を触っていない。でも,そこいらの人となら,まず負けない自信があるから,勝ち負けや賭け金を気にせずに余裕で遊べると思ったし,久々に麻雀牌を握ってみたいという気になっていた。襲って来る眠気や,お酒を飲んだ後のケダるさもあったけど,久々の麻雀にちょっとワクワクしはじめていた。
常連の1人,64歳になるトダ氏が,ああだこうだと昔話をして,麻雀は博打だからと,さんざん講釈を垂れていた。いわく,「いや,麻雀は短い時間でやると運だから」とか「ぼくらのころはリャンハンシバリで,ルールが違うから」とか「当時,中国のルールでもやったけど,ぜんぜん違うんだよね」と,ちょっと及び腰になっているようにも聞こえた。もう25年も牌を触ってないという話はすごいけど,要はあまりメンバーに加わりたくないということのようだった。かといって,加わりたくない理由が麻雀が下手だからだとは思われたくないということのようだった。
トダ氏は,ン十年前のお金でン百万とか,そういうレベルの大金が飛び交う戦後麻雀の修羅場を見て来た遊び人だ。当時1ゲームがサラリーマンの月収の何割かだったっていうボーリングに毎日通っていたという話しなんかも聞いたことがあるから,どっちにしても「若いころは遊んだよ」というタイプの人らしかった。だいたいにおいてトダ氏は話がデカくて,「ユウジロウはさ,あの当時ね……」とか,「あの2人はさ,実はさ」とか,ずっと昔の芸能関係者とねんごろだったのか,過ぎし日の想い出話を昨日のことのように話すのが常だった。そういう業界に勤めていたのかもしれない。「若い人に話しをあわせなきゃね」と口癖のように言っているが,考えてみれば,どう頑張っても,そうそうあわせられるわけもない。トダ氏は,ただ,いつも若いころの話しを若かった当時のまま話すだけだったのだ。
いつもより早い時間に店がハネて,ママがそそくさと帰り支度をはじめる。麻雀のこととなると,目の色が変わる人というのは,本当にいるものだ。もう深夜1時半を過ぎようとしているのに,目がランランと輝きだしていた。ぼくもやぶさかでないから,さっさと席を立つ。
もう1人のメンツであるノベさんは,気の良さそうな30代後半のサラリーマン風の色男だ。ゲーム業界に身を置いてるらしいことは聞いたが,それ以上は何も知らない。ビールに氷を入れて飲むのが好きで,いつも水っぽそうなビールをうまそうに飲むのだった。ノベさんとは,以前何度か店であったことはあったけど,まさか一緒に麻雀に行くことになろうとは思いもしなかったものだ。
店に片付けの女の子を残してママとぼくを含む3人は,店からほど近い雀荘に向かった。いつもぼくが食べに行っているラーメン屋の3階に,ママのいきつけの雀荘はあるらしかった。そんなところに雀荘があるとは思ってもみなかったので,ちょっと驚いた。通りに面した階下から見上げると,明りがついている。当然風営法で12時以降の営業は禁止されているので,正面の入口を見ると,看板もひっこめてあるし,閉店しているように見える。
「以前,しょっちゅう通っていたころだったら,シャッターが閉まってても,勝手に鍵をあけて中に入っちゃうんだけどさぁ……」と,雑居ビルの階段をのぼりきったところ,店の扉の前で,見えない中の様子をうかがいながらママがひとりごとを言う。休業らしかった。明りがついていたように見えたのは,店のある3階ではなく,4階だった。
ママにはほかに3軒ほど心あたりがあったらしいが,結局トダ氏が「よそう」と言い出した。ぼくは黙って,ほかの3人にしたがった。
雀荘の下にあるラーメン屋で,4人でラーメンをすする。店の片付けを済ませた女の子が1人,あとから入って来る。何だか妙な縁だ。ここにいる5人は年齢も職業も育った環境も,たぶんかなり違っている。いったい,ぼくはここで何をやってるのだろう。でも,ぼくは,こういう不思議な付き合いが嫌いじゃない。ぼくはどこの土地にいっても,あまり変わらないことをやってる気がする。
そもそも,誰も本当のところ,ぼくが何者かまったく知らない。よほど世間的な意味でいう付き合いよりも,ずっとお互いがお互いに知らないことを良く知った関係ということになる。
すっかりやる気になっていた麻雀のことを忘れようとするかのように,ぼくを除いた3人はプロ野球のニュースに夢中になっていた。ぼくは野球のことなど,これっぽっちも興味がない。清原は駄目だ,槙原は駄目のという言葉にあいまいにうなずきながら,ラーメンをすすった。トダ氏がしたり顔で長嶋監督を批判する。
ふと見ると,何故かトダ氏は「男はつらいよ」のビデオテープを2本もテーブルの上に出して,ママに貸そうとしているところだった。「原本に近いものだから,ダビングものとは違うから」。いかにもトダ氏の口から聞こえてきそうなセリフが,いつものように早口で聞こえて来た。たぶん,本当のことなんだろうとは思う。困惑した様子を微塵も見せずに「嬉しいー。見てみるね,ありがとー」なんて言うところは,さすが長年,水商売をやってきたママのことだけあると,感心しながら,ぼくは見るともなしに見守っていた。こういう場合,1割でも本心があれば,相手に誇張を感じさせずに嬉しさを表現できるのが水商売の女性というものだろう。ママは2割ぐらい本心から,寅さんのビデオに喜んでいたんだと思う。
通りに面したそのラーメン屋には,2つの出入口がある。通りの反対側の入口は裏口というほどではないが,あまり人が通らない道に面していて,深夜にそこから入って来る客は,必ず地元の常連と相場が決まっている。プロ野球ニュースで話が盛り上がっているところに,店に入って来たのは,短髪が爽やかな40歳ぐらいの小太りのおじさんだった。どうやらママとは知合いらしく,愛想良くママに挨拶すると,ママがふたことみこと,チャカしたことを言って笑う。地元の付き合い。
「また機会があれば」。そういって別れた人たちが,それぞれ街の蔭に消えて行くのを,ぼくはじつはじっと見ていた。ふと見上げると,めずらしく世田谷の夜空に,いくつか星がまたたくのが見えた。

だから何だって。書いてて,私小説調になりはじめたので,つい調子にのってしまった。たいした意味はありません。

1999/09/20(Mon)

ギター

今日は思いきり仕事するぞ,と意気込んで,いつもより早く出社した。あれとこれとあれも片付けてと,やる気はまんまん。結構調子良く仕事をこなしつつある感触が得られはじめたころ,夜になって,悪魔が来た。いや天使か。
食事に誘われてしまった。今日こそ死ぬほど仕事してやろうと思っていたのに,甘い誘惑。マイッカ。てなもんで,同期の仲間3人でパスタ&ギターフリークス大会。スイマセン,ちゃんと仕事しますです……。

1999/09/21(Tue)

キーボードを叩けない

テープ起こしのために,ばりばりとキーボードを叩いていると,どうにも指がいたくて,仕事を続けられない。キーボードが悪い気がする。スペースキーが壊れぎみらしくて,そのために,無理な力が入ってる。2,3センテンス書くたびに,指をプラプラさせなきゃいけないほど疲れる。どうも,痛いだけじゃなくて,まともに運指ができなくて,そのことにストレスを感じてるような気もしてきた。いよいよアルコールで脳味噌がやられちまったか。いや,たぶんキーボードが悪い。
ぼくは右利きのわりに,意図的に,いくつか右手を使わず左手を使うようにしていることがある。たとえばアイロンがけ,歯磨き,自動改札に切符を入れるとき,居酒屋で右の人とあまり距離がないときのお箸を持つ手,そんなところは左手を使う。さらに,スペースキーも,左手の親指を使うようにしている。まあ,お箸以外は,もう習慣になってしまったので,あまり意識することはないけど。
使ってみれば分かることだけど,意外と世の中のキーボードというのは,右利き用に設計されている(というよりも,世の中ことごとく右利き用になっていることは右手を怪我してみれば嫌というほど分かる)。いやもちろんテンキーやリターンキー,カーソルキーや各種機能キーが右に配置されているのは右利きの人でも気づくと思うけど,スペースも,実はかなり右手用に配置されていることには気づかないのじゃないかと思う。真ん中にあるように見えるからね。
だけど,特に横に長いスペースキー,つまり101(104)キーボードで,左手の親指でスペースキーを押そうと思うと,左の端っこのほうしか押えないことになってしまう。そうすると,ちょっとデキの悪いキーボードだとバランスが悪くてキシみ音が聞こえる。無理にそうやって使っていると,だんだんにバネがバカになって,キーの働きが悪くなる。これはもう2,3個のキーボードで経験してることだから,たぶん間違いないと思う。
そんなわけで,まだ春に買ったばかりのキーボードのスペースキーの調子が悪い。いま自宅のPCの106ミニキーボード(スペースキーは幅3cmぐらいと短い)で書いてる分には,キーボードを叩くのが心地良いから(キーボードを叩くのが好き,というキーボードフェチなのだ),やっぱり今日の指の痛みはキーボードの故障のせいだと思う。
ともかく僕の脳味噌的にはキーボードを叩くことが,文章を推敲するってこととイコールなわけで,指が言うことをきかないと,まったく編集作業がはかどらない。段落をどう入れ換えても,どのセンテンスを削ってみても,言い回しを変えてみても,ぜんぜん文章がまとまらない。とあるライターさんからもらった1ページの原稿を1時間以上もかけて,こねくりまわしてしまった。

明日も雨の予報。電車通勤の日が続きそうだ。

1999/09/22(Wed)

腹痛

がばっと目が醒めてすぐに体調が悪い気がした。吐き気。胃腸がいじめられきってるらしい。二日酔いではありません,ちなみに。
お昼を過ぎる時間になっても,起き上がる気になれなくて,トイレに走ったり,ふとんの中でうなったり。

1999/09/23(Thu)

秋のようだね

台風一過,秋のような青空。今日バイクに乗らなくていつバイクに乗るんだ。てなもんで,バイクに乗るんだけど,向かう先が会社ってのはさ……。秋分の日,旗日ですよ。

1999/09/24(Fri)

禁酒禁煙

関西弁なまりが混じりつつしゃべりまくる,アメリカ人にインタビュー取材。陽気な性質が,もともと関西弁になじみそうな感じだ。しかし,ホントに日本語を話す外国人が増えたよな。

むかし,ある国の王子さまが,朝起きて庭に出てみると,いつも庭の手入れをしている庭師が,真っ青な顔で呆然と立ちつくしていました。様子がおかしいことに気づいた王子さまは,庭師に向かって,何か問題でも起こったのかと聞きました。
庭師は,急に我に返ったかと思うと,王子さまの元に飛んで来て,泣きすがるように訴えました。
「けさほど,そこの庭先で死神のうしろ姿を見たのです。私がその姿に気づくと,死神は振り返って,おどかすような,すごい顔をしたんです。ああ,きっと私は今夜死神にとらえられてしまうんです。このままここにいては私は死んでしまいます。何とか遠くに逃げさせてください。ずっと遠く,そう,イスパハンの国まで」。
心やさしい王子さまは,驚きながら,すぐさま,国で一番足の速い馬を庭師に与えてあげました。庭師は,王子さまに何度もお礼のことばを述べると,馬に乗って,猛スピードで走り出しました。「もうお昼だ。何とか日の暮れる時間までにはイスパハンに着かなければ……」,と庭師は先を急ぎました。
庭師が去ったばかりの庭に,ふたたび死神が現われました。王子さまは,死神にたずねました。
「どうして庭師をおどかすようなことをしたんだ。つれ去るならひと思いにつれ去ればいいじゃないか」。
死神は答えました。
「おどかしたんじゃない。驚いたんだ。今夜,イスパハンの国でとらえることになっているヤツが,まだこんなところにいたもんだから」。

これって,元ネタは,確かジャン・コクトーの短篇か何か。だいぶオリジナルとは違ってるかもしれないけど,10年ぐらい前に読んだ割りに良く覚えてるんだよな。何で突然,そんな話かって? それは運命の人を見てもらえれば。あ,見ても分からないか。

たまたま小銭がなくてタバコを買えなかった。そのとき思い立って禁酒禁煙してみることにした。とりあえず両方とも1日目はクリア。ふむ,ふむ。さて,眠れるかなぁ。

1999/09/25(Sat)

駄目かもしれません

お酒は結構つらいかも。そうなるんじゃないかと思ったけど,昨日の夜は寝つくまでが大変だった。どうやって寝ればいいのか,まったく分からない。確かに,かなり疲れて眠くなってはいたけど,だからって横になったところで,どうやったら眠りというものが訪れるのか,もう長らく,そういうことを考えたことがなかったから分からない。とても不思議な気分になる。
禁煙は,かなりつらい。過去に何度か,1,2カ月単位の期間限定の禁煙をやったことがあるし,まあそんなに大変じゃないと甘くみてたんだけど,今回はぜんぜん駄目だ。ふとタバコが吸いたくなると,しばらくは,そのことが頭から離れない。ゆっくり落ち着いて深呼吸をしてみても,駄目。思いきり息を吸い込んで,そのまま息を止めてみたりするけど,効果ゼロ。相当時間が経つか,ほかのことで考えが忙しくならない限り,タバコのことが気になって仕方ない。10年以上だもんな,いよいよ中毒なんだよな。この文章を書いてて,ますますタバコが気になってしかたない。目の前に置いてあるんだけど……。
昼間,仕事をはじめると,とてもタバコなしでやっていけるように思えない。意味もなく喫煙室の前をうろうろ歩いたりして,落ち着かない。仕方ないから,ともかく一生懸命仕事に熱中することにした。指が痛い。
指が痛いし,小腹がすいて来たので,ちょっと早めに仕事を切り上げて帰宅。自分が危険な状態にあることは理解している。やらなきゃいけない仕事が,月末のこの時期にも大量に残っているということ。それ以上の危険は,もちろん誘惑。
ラーメン,ギョーザ,ビール。かんぱちの刺身,イワシのタツタ揚げ,やまかけマグロ,ビール。ビール,バーボン,タコス……。どんな組み合わせを考えてみたところで,お酒を飲まないものなんてない。バイクに乗ってると,ああ,あの店しばらく行ってないなぁ,あそこのラーメンもしばらく食ってないなぁとか,そういうことばかりが頭をぐるぐる回る。まだ時間も早いし,お店もおおかたやってるだろうし(といっても,10時過ぎだけど)。
通勤路にあって,いままで入ったこともないような店のメニューまで,信号待ちのときに,食い入るように眺めてしまった。うまいもん食いたいなぁ。ビール飲みたいなぁ。てゆーか,こんな時間に家に帰って,酒も飲まず,寝るまで一体何をやるんだ? いやもちろん仕事すればいいわけだし,いろいろやんなくちゃいけないことがあるだろうってもんだけどさ。そもそも,やることやるために,馬鹿みたいに毎晩飲むのをやめようと思ったわけじゃないか。
この渇きはビール以外で癒されるものなのか? 休日出勤の後のこのムナシサは酒なしで癒されるのか?
エイヤっと自分をおさえて,とりあえず無理無理帰宅。やっぱり仕事をするしかない。と,その前に日記でも更新してみるか,というわけなのでした。水をがぶがぶ飲んで……,さて仕事するか。
いつまで続くか。まあ,お酒のほうは,もう一生飲まないってわけじゃあ,もちろんないんだけど。タバコは,もう一生吸うのをやめようと思ってます。で,明日になったら,すぱすぱタバコを吸っていて「新しい人生の始まりなんだよ」とか言ってるパターンなんだろうけど。とりあえずサブゴールとして,今月の仕事が片付くまで,かな。

1999/09/26(Sun)

3日目

家で仕事をしてたら,本格的にキーボードが打てなくなってきた。小指が痛い。会社のキーボードが悪いのだと思ったけど,そういうわけでもないらしい。とにかく仕事にならんぞ。こんなときに限って,テープ起こしがたくさん残っていたりする。
先月と変わらないか,それよりひどい状態になりつつあるような気がする。毎月のことだけど,かなり煮詰まってきた。

禁酒禁煙は今日で3日目。と,思ったけど禁酒はやめ。まあ,お酒は徐々に飲む日と量を減らせばいいや。毎日飲む,とか,空が暗くなってきたら当り前のように飲むとか,とりあえずは,そのへんをやめれば。

1999/09/27(Mon)

青山

夕方までバタバタともがきつつ仕事。夜は某キーパースンの取材。お久しぶりで,お久しぶりの人達と宴会モード。こんな時期に悠長なことをやってる場合ではないのだけど,これは逃せないビッグチャンス。こんなに面白い話,内情の話が聞けていいのかっ。来月号では絶対ページを作って,記事やるぞ。

禁煙4日目は大丈夫。お酒は,,,。まあ,いいでしょう。

1999/09/28(Tue)

ひどい月末

夕方,某社内覧会と懇親会。ああ,忙しい時期なのに「ちょっと食事だけ,いかがですか」の言葉に,ふらりとついていってしまった。これも仕事のうちとはいえ,時期が時期だけに,お断りしても良かったか。早めに戻って仕事をするつもりが,会社に戻ったのは10時前だった。ああ,いかんいかん。

禁煙5日目は,なんなく終了。禁煙してみて,タバコなしでも生きられるのだってことに,いまさら気づく。

1999/09/29(Wed)

朝帰り

いよいよ仕事がつまりまくり。やってもやっても,まだ山積み。5時過ぎに帰宅しても,まだ原稿を書こうとしてたりして。ふぅ。

禁煙6日目は無事終了。

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NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>