the other side of my days
ご意見,ご感想,ごいちゃもんなどございましたら
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>まで。


1999/07/01(Thu) お疲れ
1999/07/02(Fri) 雨
1999/07/03(Sat) 今日も雨
1999/07/04(Sun) 情けない週末
1999/07/07(Wed) 七夕ぼたもち,,,さむ
1999/07/08(Thu) 自宅休養
1999/07/10(Sat) 熱
1999/07/13(Tue) ハリがない
1999/07/14(Wed) 6年ぶりのダーツ
1999/07/15(Thu) 飲んだくれ
1999/07/18(Sun) オーバーホール
1999/07/20(Tue) 中毒
1999/07/21(Wed) 法律と仁義
1999/07/22(Thu) キーマカレー
1999/07/23(Fri) 紙数が尽きた?
1999/07/24(Sat) daybreak
1999/07/25(Sun) 朝焼け
1999/07/26(Mon) ハイジャック
1999/07/27(Tue) ディーゼルと税金と朝のイライラ
1999/07/28(Wed) ダーツ
1999/07/29(Thu) 右ページと左ページ
1999/07/31(Sat) 編集権


1999/07/01(Thu)

お疲れ

仕事,遅れまくり。うーん。

1999/07/02(Fri)

梅雨だね。小降りになたころをみはからって,深夜1時ごろ帰宅。朝7時過ぎまでごちゃごちゃと仕事。仕事とはいえ,Linuxがいじりが楽しい。長らくWindowsをメインに使っていて忘れていた,環境を作っていくことの楽しさ。なかなかステキなMP3環境ができあがったぞ。

1999/07/03(Sat)

今日も雨

最近,ちょっと食べすぎ。これといって,特別なものを食べるわけじゃないけど,食べるのが楽しみ。オシャカさんは,「口を楽しませてはいけない」なんて言ってたような気がする。セックスと生殖を切り分けたように,食事とエネルギー摂取を切り分けられればいいのに。

MP3データを作るのに,宇多田ヒカルの曲の正式なタイトル名とアルバム名を調べようと,オフィシャルサイトに行ったらびっくり。日々,日記のようなものを書いていて,けっこうこれが内容も文体も普通の女の子。なんだこのギャップは。顔文字まであるやんか。Webの検索で何も知らずにたどり着いたら,音楽好きの普通の女の子が書いた日記だと思うに違いない。でも,普通じゃないのは「もうなにがなんでも今ライブやりてぇーーーーーー!!!!!おうおうドーム貸せーーーー!!!」とか書いてあって,それがシャレじゃないってところあたり。

1999/07/04(Sun)

情けない週末

土曜日は正午に退社,夜9時に出社。で,その次の昼に退社。いまは5日。こういうときって,一体いつの日付で日記を書けばいーんだ? それにしても,ホントにつまらない週末だ。もっとこう,さ。女の子とデートしたり,StarWars見に行ったり,せめて本でも読みつつ部屋の掃除をしたり洗濯したり,なんて。
にしても,仕事が終らない。そろそろ出口が見えてもいいはずなのに……。なんとなく見えてても量があるから,大変だ。

1999/07/07(Wed)

七夕ぼたもち,,,さむ

やっと帰ってきました。2日で2時間と3時間の睡眠時間。うーん,眠い。久しぶりにすれ違った庶務の女性に「あ,ヒゲのばしてるっ!」と言われた。違うんです,のばしてるなじゃなくて,のびてるんです。はぁ疲れた。朝方椅子で寝てて冷え込んだからか,風邪を引いてしまったらしい。
でも,ともかく仕事は区切りがつきそうな気配。

というわけで,深夜12時に出社して,朝5時帰宅。仕事,おわりました。鼻がぐずぐず。アタマ痛い。熱っぽい。風邪だ。

1999/07/08(Thu)

自宅休養

12時ごろ目が醒めたけど,風邪が悪化してて,起き上がる気力がない。頭が痛い。フラフラするので寝てることに。ああ,せっかく仕事が終ったのに,何もする気がおきないよ。

1999/07/10(Sat)

風邪なおらず。熱っぽい。汗かきまくるから,どんどんTシャツを替える。

1999/07/13(Tue)

ハリがない

久しぶりに同期の仲良しさんで下北で飲み。ToDoリストには,すでにやんなきゃいけない仕事がいっぱい書かれてたりするけど,まあいっかと,いつもの調子で8時には退社。こんなことではいかんと思いつつ。
体調が崩れたついでに,生活のリズムも完全に崩れてしまった気がする。といっても,もともとそんなリズムはありはしなかったんだけど。

1999/07/14(Wed)

6年ぶりのダーツ

隣の編集部の先輩と焼肉にいった後,会社のそばのダーツ・バー「D」というところに行きました。雑居ビルの3階にあるその店は,ぼくにはとても懐かしい感じがしました。暗い店内。Millersのロゴを型どったネオンライト。大理石を模した素材の,ちょっと安っぽいカウンター。ひんやりと冷たいスツール。常連客の笑い声。効きすぎの空調。むかし毎日のように通っていた,横浜のバーに雰囲気が似ていました。
あまり知られていないことかもしれませんが,日本ダーツ連盟という全国規模の協会があって,ぼくは横浜のリーグに参加していたことがあるんです。学生時代,もう6年も前のことです。参加していたといっても,バーの常連客でチームを組んで,みんなビールを賭けたりして,飲んだくれながら,ダーツを投げてただけなんですが。ぼくらは,もっともランクの低いCリーグに登録していて,その中でもいつもビリを争うような情けないレベルでした。それでも,たまには真面目に練習したり,真剣に遠征試合にのぞんだりしたもんで,それはそれで,なかなか楽しかったものです。もちろん,遠征だとみんな「マイ・ダーツ」を持って行くわけです。矢のうしろについてる羽はフライトっていうんですが,変わった柄のフライトを集めたりしてね。悪い友達もいっぱいいて,マリファナの葉っぱが描かれたフライトを,喜んでつけてたりしたのを思い出します。ぼく!? ぼくはマリファナ吸いませんでしたよ。1回だけ誘われてためしてみただけで。
ホントかどうか分かりませんけど,実はダーツ連盟といっても,日本のダーツ人口なんて少ないから(だって,ダーツやってるなんて聞いたことあります? まだしもビリヤードのほうが多いでしょう),裾野はたかが知れていて,横浜で5本の指に入れば,全国でも10番ぐらいの実力なんて言われてたもんです。ダーツやってる人は,東京と横浜に多いって話だった。たしかに横浜にはダーツチームを持ってる飲み屋が腐るほどあった気がします。
まあ,そんなマイナーな遊びに出食わすとはあまり思ってなかったわけで,6年ぶりとなった今日のダーツは,久しぶりで楽しかったわけです。常連さんたちも熱心に投げてたし,みんなうまい。
ぼくは性格的にわりと物事を投げ出すのが早い方らしくて,ビリヤードもダーツも,たくさんやったわりには人に自慢できるほどの腕前にはならなかったんですね。だもんで,久しぶりにやっても,やっぱり下手は下手。いちおう投げるフォームが安定していて,それっぽいからか,「どこかでダーツやってたんですか?」なんて聞かれるけど,恥ずかしくて「やってました」とは答えにくかったりして。「いや,ずいぶん昔,少しだけ……」とか曖昧に答えたりすると,もう矢は四方にテンデばらばらに飛んで行ったりして。
ひとくちにダーツといっても,いろんな種類のゲームがあって,その店では,ある2種類のゲームで,決められた得点をクリアすると,Dランク認定ってのでマイダーツがもらえるシステムになっていました。E,D,C,B,A,SA,鉄人と7つのランクがあって,ぼくはさすがにDランクは余裕だろうと思ってたんです,やる前は。ところが,やってみると,30分以上かかって,やっとクリア。ぼくって,こんなに下手だったっけ,と思ってしまいました。まあ,最終的にはマイダーツももらえたし,よしとしておこう。ちなみに,一緒にいった会社の先輩は,ぼくより先にDランクに認定されてましたけど……。かつて,あれほど投げた夜ごとのダーツの矢は,いったい何だったんだと,ちょびっと情けない気持ちになるのでした。

結局,2人ともムキになって矢を投げまくって,気づいたらあたりはすっかり明るくなっていたのでした。こういう夜更しも久しぶりです。帰り道,まだやや酔っ払い気味で,湿った朝の空気に鼻をひくひくさせながら歩く感覚も,ほんとに久しぶり。

1999/07/15(Thu)

飲んだくれ

今日は,ちょっとした関係で知り合った人と下北で飲みに。

1999/07/18(Sun)

オーバーホール

しばらく更新が止まってましたが,じつは今,自宅のパソコンが止まってるんです。
いま自宅で動いているパソコンは1台しかないんですが,軸がブレたのか,もともと安物だから,寿命なのか,最近妙にCPUファンがノイズをたててうるさかったことと(24時間運転なのです),サウンドカードを,Linuxで使えるPCIのもの(S3のVibra)に変えるためにパソコンをばらして掃除したんですね。
それで,ついでというわけではないけれど,OSも入れ換え。Windows95 OSR2とVine Linuxを両方とも消して,Windows98とDebian GNU/Linuxに入れ換えようと作業をはじめたわけなのでした。これが難航。もちろんDebianが。ずいぶん前に買ったDebian本についてたCD-ROMに収録されているものが,バージョンが古いことを知って,入れ直し。で,どうせだったらと思って,ftpインストールを敢行。ブートイメージから,ベースシステムから,そしてバイナリパッケージまで,すべてftpでゲットしようっていう,割とむちゃな話なんです。
約10MBのベースシステムまで入れてしまえば,後はftpサイトを指定して,直接インストールできるんですけど,さすがに合計180MBほどのバイナリイメージ(展開すると400MB)をゲットするとなると,これが大変。夕方はじめたインストールが夜中の3時にようやく終了したぐらい。64kbps接続じゃ厳しい。
ところが,インストールしたpotatoと呼ばれるDebianの最新バージョンは,手を出してはいけないものらしかったんです。perlのバージョンの問題で,なんかヤバいらしい。たしかにxemacsのインストールスクリプトがコケたし,dselectではperl関係でいっぱい怒られた。
とまあ,いろいろとありまして(PPPもうまくいったりいかなかったりするし,そもそもdselectでエラく疲れる),まともなPC環境が自宅にないんです。まあ,Windows98はあるにはあるんですが,いまさら使いたくないってのと,Windowsには,わずかに800MBしか領域を割り当ててないってので,日常的な使用には使えないんです(Windowsは周辺機器用というわけ)。
そんなわけで,もし,まだしばらくここの更新が滞るようなら,動き出せば楽チンと言われるDebian GNU/Linuxも,インストールは,結構面倒なんだな,とでも思っていてください。

1999/07/20(Tue)

中毒

やっぱりまだLinuxのインストールが終らなくて,メールが読める,書けるという状況にはなったものの,いろいろダメダメ。めんどくさいけど,楽しんだな,これが。これって中毒性があるよなぁ。
これも仕事の肥しってなもんだろうけど,とっとと仕事しないとまずいなぁ。

1999/07/21(Wed)

法律と仁義

ぼくが担当したある記事に某社からクレーム(というほどのものではないけど)がついて,謝罪文を書き送ることを電話で口約束した。法的なことを言えば,文句を言われる筋あいはまったくないのだけど,指摘された問題ってのが,雑誌の常識的にも人情的にも,ビジネス的にも,まあ,もっともなもので,心情的にはごめんなさいって感じだった。落度というほどではないけれども,配慮に欠けてたと思う。で,出版社同士(そう出版社からのクレームなんです),会社人同士の仁義,いや常識ってものがあるでしょう,とか。
最初のクレーム電話では,「ちょっとあんまりじゃないですか」ぐらいだったのが,同じ部署の別の人からの2回目の電話で「問題が起こった経緯をですね,できれば書面でお送りください……」てな感じで,慇懃な口調でお願いされたのでした。どうやら,社内的な立場として一筆こちらからなにがしかあったほうが,その部署の顔が立つって雰囲気のようなんです。謝ってください,というよりも,謝っていただけると,うちの会社で怒ってる人をなだめる材料になるんですが,というような雰囲気。たぶん社内から,「お前の部署はちゃんとやってるのか。あの雑誌では●●だったけど」みたいなことを言われたんだと思う。上司の顔色をうかがい,社内的な立場を小心翼々と考えながら仕事してる人の顔が見えてくるようで,気の毒に感じたりもした。
でも,ごめんなさいという気持ちはあったし(1回目の電話ではひたすら「おっしゃる通りだと思います」と答えてたし),次の号で善処するって話にしてたけど,さらに一筆書けって言われると,さすがに「何でやねん」と思うわけで,やや逆ギレ状態。「もう1度,確認させてください。問題は●●●ですね? それと記事は無関係ですね?」と,ぶっきらぼうに聞いてしまった。
著作件や法律関係の処理を専門にやってる法務部ってのがあるんですが,念のために資料をもって相談しに行くと,「書面なんて送る必要ないですよ。というより,法務部としては送らないでくださいと言いたいですね」と言われた。「書くとしても下手に謝らないでください」とか。さすが,法務。ドライなもんです。ぼくが「人情的には」とか「常識的には」とか言うと,「法的にはまったく謝罪文なんて要りません」と言う。ドライなもんです。「仁義? 仁義なんて●社に言われる筋あいは,それこそ全然ないですよ。ひどいことやってますよ,あの会社も」。うーん,そうだったのか。
この際だから後学のためにお聞きしますけどとかいって,電話口での口約束について法務部の人達に聞いてみた。ぼくは知らなかったけど,口頭だろうが何だろうが,約束ってのは,法的には契約は契約だそうで,それが後々もめごとに発展したとして,そのときにその契約条項が確認・証明できるかってのは,法的に言えば「立証」の議論であって,「契約」とは別次元で議論すべきなんだそうな。おお,なんとクリアなお話し。
結局,謝ってるように見えて,良く読むとあんまり謝ってない長〜い謝罪文をぱぱっと書いて,編集長に読んでもらって,ファクスを流してその件はおしまい。しかしまあ,毎日いろんな細かい仕事が日々入ってくるもんです。

1999/07/22(Thu)

キーマカレー

久しぶりの,朝5時のアジャンタのキーマカレー。このところ,どんどん帰りが遅くなってて,とうとう今日は朝帰りになってしまった。

1999/07/23(Fri)

紙数が尽きた?

ある人のオンラインエッセイを読んでいて笑った。Web上に掲載されたテキストであるにもかかわらず,「紙数が尽きたので,ここらでごめん」なんて書いて締めくくってあるんだもん。原稿用紙に書いてるわけでも,紙媒体に書いているわけでもないのに,紙数ってなんじゃ?
紙と違って,何文字書こうが,それほど問題にならない電子メディアで,紙数って言葉を持ち出すのは,案外さえたジョークかもしれない。

1999/07/24(Sat)

daybreak

うちの会社や部署に限らず,編集部と言われるところはだいたいそうだと思うけど,タイムカードがないんですね。会議や打合せ,記者発表に遅刻するという言い方はあっても,会社に遅刻する,という言い方はあんまりないんです。ついでにいうと早退という概念もない。形の上では,何時から何時までは就業時間であるという規則はあるんで,事実上ないということですけどね。
つい昨日の話ですが,うちの編集長がこんなことを言いました。朝5時ごろ,打合せスペースでカレーを食べながらです。「あいつ,最近残業してるの見かけるようになったけど,考えてみたら,昔はもっと仕事してたんだよなぁ」。ぼくはまさか編集長の口から「残業」などという言葉が出て来ると思わなかったので,エラく驚いて,「うちの会社で残業ってあったんですか?」と聞いたんです。ぼくがまだカレーを半分も食べてないのに,早々とマトンカレーをたいらげてしまった編集長は,ちょっとダラしない恰好でシーシー言いながら,答えました。「そりゃキミ,あれだよ。朝まで仕事するってゆーか,まあ徹夜するってことだよ」。なるほど,そういう意味だったのか。
で,今日,土曜日のぼくは15時ごろ出社して朝の4時の帰宅。これは残業だろうか。まあ,ともかく休日出勤には違いない。いつも,週末に仕事をするときには,この日記に時間を書くことが多いんですが,じつは,コレ,自分のために書いてたりするんです。タイムカードがないから,あとから休日出勤届を出すときに,自分が何時から何時まで,あるいは何日に仕事をしたか,すぐに分かるようにってことなんです。自己申告制なんです。
夏至を過ぎて1ヵ月になるとはいえ,まだ朝4時ともなると空は明るくなりはじめる時間なんです。今日の東京は,この夏いちばんの暑さってニュースで言ったけど,夜型生活者のぼくには関係がない。
新聞配達でもやってる人をのぞけば,ぼくはふつうの人よりたくさん夜明けを見ていると思う。そしてぼくは「黎明」と言われる夜明けの時間が結構好きだったりする。今日はちょうど夜明けの時間,ほんの10分ほどのあいだに空の色が何度も変わる時間帯にバイクに乗って帰宅したんです。
信号待ちしているとき,ふと空を見ると,前方はまだ真っ暗なのに,後ろを振り返ると天頂から地平線にかけて濃紺から紫,青と変化して,地平線が白っぽいオレンジの朝焼けに染まっていたんです。もう1度前を見ると,やっぱり黒。そこは夜なんです。ぼくが向かっている方向は夜,背後から朝が迫って来る,というわけです。ぼくはちょうど夜と夜明けの境目にいたわけです。
地球の円周は約4万kmで,それを24で割るとだいたい1600km。東京は北緯35度ぐらいだから,1600×cos(35)……,いくつぐらい? たぶん時速1200kmほどの速さ,つまり音速で走れば,いつまでも夜と夜明けの境目にいることもできるはず。でも,ぼくのバイクはたぶん出せて時速120kmなわけです。そんなくだらないことを考えながら走っていました。
とうぜん夜明けは,すぐにぼくの頭上を通り越してしまいます。とらえがたい時間なんですね,黎明って。ぼくの好きなランボーの詩に「Aube(黎明)」ってのがあるんですが,まさにその詩にうたわれている時間のことを思い出したのでした。

1999/07/25(Sun)

朝焼け

ふと見ると,文字どおり燃えるような朝焼けが,あまりにもすごい色してたので,思わず窓を指さして「すごいですよ」と叫んでしまった。窓にかけよって開け放つと,思ったより暖かい外気が編集部に流れ込んで来た。
ガラス張りの高層ビルが,朝日に照らされてオレンジ色に輝いている。背の低いビルたちは,まだ黒っぽい背中を見せて静かにたたずんでいる。ビルの合間を縫うように走る首都高速には,まだ車のかげもまばらで,静かなもんです。背後に流れるファクスの音が嫌に新鮮に聞こえる。
ようやく仕事のお尻が見えて来た。

8月に日本に遊びに来るといっていたAlain君にひさしぶりにメールを書いた。パリに行ったときは,ずいぶん世話になったし,案内もしてもらったから,東京案内してあげなきゃ。

1999/07/26(Mon)

ハイジャック

しばらくテレビも新聞も見てなくて,ハイジャックのニュースに気づかなかった。で,今日の昼ごろ,何気なくasahi.comを見たら,機長死亡なんて報じられているじゃないですか。それも全日空の機長が。
ウチの親父って,パイロットで全日空の機長なんです。来年定年退職なんだけど,まだ現役で飛んでるはず。見出しには,確か「◎◎機長死亡」と名前が書いてあったから焦らなかったけど,かなりドキッとした。もしかしたら,親父の良く知ってる人って可能性はある。
ワイドショーで詳報が伝えられるのを見ていたら,機長の奥さんが報道陣に囲まれている映像がうつった。機長死亡。その第一報を聞いた関係者が,家族にその事実を伝えにいく瞬間だった。そのときの奥さんの反応,表情をとらえようと,いくつものカメラがじっと奥さんの顔を狙う。もちろん誰も,安易に事実を伝えたりはしないんだけど,奥さんは雰囲気から良からぬことが起こったことを察して,青い顔で「何か嫌なことでも起こったんですか?」と周囲に問いかける。
もちろん誰も口をきけないで,ただカメラを向け,奥さんを取り囲むだけ。数秒もすると,とてつもない不幸に襲われつつあることを悟った奥さんが,同じ質問を繰り返した。「何か起こったんですか?」。表情はこわばっている。
あまりにも痛ましい姿だと思う一方で,悲しみのあまりに崩れ落ちる人間の姿,その表情を見てみたい思っている自分に気づく。「こんなときにカメラを向けるなんてひどい」と思うけど,カメラを向けさせているのは,テレビ局なんかじゃなくて,明らかに,ぼくのような無責任な他人の好奇心なのだ。これからカメラに映るのは,ドラマや演劇の作りものじゃない,本物の人間の悲しみなんだと思うと,やっぱり見てみたいと思ってしまう。
亡くなった機長の奥さんの顔に母親の顔が重なる。うちの母親が映っていてもおかしくなかったんだよなと思うと,倒れ込み,泣き崩れる母親の姿が目に浮かぶ。で,やっぱり見ていられなくなってテレビを消してしまったのでした。

1999/07/27(Tue)

ディーゼルと税金と朝のイライラ

昼間はどっちみち,暑いし,アスファルトの照り返しが強いし,渋滞だし,あんまり走っててもいいことないんだけど,明け方,まだ涼しくて車も少ない時間だと,気持いいから,その分だけ目立つんだよね,ディーゼルエンジン車の真っ黒な排気ガスが。
ほんとにひどいよ。あれは。特に走りだす瞬間に後ろにいたりなんかすると,むわわーっと煙に包まれてしまう。地球環境がうんぬんって話をおいといても,やめてほしいぜって思う。
どうしてディーゼル特別税はないんだ? タバコ特別税が決まったとき,嫌煙家の人達は「喫煙者は余計に社会的コストを増やしてるんだから当り前」ぐらいに思ってることが多かったみたいだけど,冗談じゃないぜ,ディーゼルのがよっぽどひどい。間接喫煙で肺癌になる? あなたディーゼルのせいで,どれだけの都会の子どもが喘息になってるか,知ってますか? 花粉症だって,排気ガスに含まれる煤塵が原因じゃないかって言われてるわけでしょう?
これは別に「あいつだって悪いんだから,あいつからも金を取れ」という議論じゃあない。タバコ特別税は旧国鉄の債務返済にあてられるんだって聞いて,ホントあたまきたもんね。なんで誰も「おかしい」と言わないんだって。いや,喫煙者だけじゃくて,非喫煙者だって,そのことを指摘してもよかったはず。何の関係もないんだもん。タバコと国鉄なんて。
ディーゼル特別税なんていったら,トラックやらダンプやらの,この国の重要な輸送網がダメージを受ける。産業界からの猛反発は必至ってんで,そんなことができるわけがない。でも,タバコを吸う人間は,いまや社会的弱者だからね。強く文句いえない。明らかにトチ狂った論理なのだけど,そのことを指摘できない。これはつまり「タバコ=悪」という図式が政治的に利用されているわけだよね。
ちなみに,ぼくは累進課税制度ってのも,トチ狂ったシステムだと思ってるんだけど,トチ狂ってると思ってる人は,ぼくが思うよりずっと少ない。ぼくは最低税率の部類に属するわけだから,トチ狂ってると言わないほうがいいと思うかもしれないけど,狂ってるものは狂ってるんだから仕方ない。なんで所得の多寡によって税率が変わる必要があるのか,まったく理由が分からない。所得の再分配って,なんで必要なんだ? 低所得者が飢えて死ぬわけでもなし。たくさんかせいでるんだから,たくさん取ったってかまやしないだろうってのは,あいつは背が高いからひざから下を切ったって,まだ人より背が高いじゃないかというのと同じ。みんな一律で足首を切りゃいいじゃん。痛みはおんなじ。
要は,ねたみとか憎しみとか,そういった感情が論理的な思考を停止させているってことが問題だと思うわけで。
で,タバコの税率なんだけど。フランスってタバコが1箱500円ぐらいするんだよね。半分以上が税金。ぼくは日本のタバコ税がそのくらいだって,別にいいと思う。だけど,一般会計でいいわけでしょう。なんでよりによって旧国鉄の債務の,それも利子分の支払いにあてられなきゃなんないんだ。
よりによって,ディーゼルエンジン車の後ろばかり走って帰ってきたもんだから,思わず朝っぱらからイカってしまった。

1999/07/28(Wed)

ダーツ

部分的には,そうでもないけど,もしかすると今月,ぼくは人より劇的に早く仕事が片付いたのかもしれない。というわけで,今夜は,またダーツを投げに行きました。
2週間前に行って以来,結局今日で3回目になるんだけど(と,こういうことが正確にわかるのは日記に書いてあるから),なんだか面白くなって来た。まだフラフラしてて安定しないけど,おおまかに狙ったところに飛ぶ感覚を思い出せてきた。
でも,少しだけビール飲んで帰るつもりで,最初のうちは楽しく投げてたのに,そのうちだんだんムキになってきて,気づけば夜明け……。あちゃ。

1999/07/29(Thu)

右ページと左ページ

出版業界用語で,ページ数のことをノンブル(nombre:フランス語でnumberという意味で,まさに「数字」のこと)というんですが,ぼくはいまだにノンブルを見て,それが右ページか左ページか,ピンと来ないんです。この仕事をするまで,ぼくは知らなかったんですけど,ノンブルって,通し番号だからって全部機械的につけられるわけじゃなくて,明示的に「これは何ページ目」というのをレイアウトする段階で,文字として入れなきゃいけないんです。校正刷りを見るとき,ノンブルの確認は大切な仕事の1つなんです。
別に難しい話ではなくて,表紙が1ページ目(ヒョウイチなんて言います),めくって次のページが2ページ目,以後はずっと同じ調子で続きます。ぼくが編集している雑誌は,表紙を上にして置くと,左側が背表紙になるので,2ページ目というのは左ページになって,以降,偶数ページは必ず左ページになるわけです。
頭では分かっていても,これがどうしても,ぼくには気持悪くて……。いつも,間違えてしまいそうになるんです。だって,普通の感覚だったら「偶数=右」でしょう?
あれ? そうでもないですか? 偶数って右でしょう? 奇数が左で。偶数の「ぐ」,奇数の「き」っていう音からしても,そうだし,偶数は「赤」,奇数は「青」っていう数字の色からしても,偶数は右に決まってるような気がするんです。偶数って丸みがあるから,やっぱり右だし,奇数はとんがってるから,左でしょう。
もしかして,ぜんぜん話,通じません? ぜんぜんぼくと感覚を共有できません?要は数字のイメージの話なんですが。奇数と偶数,右と左。その色。
奇数って,odd numberですけど,oddって「風変わりな,奇妙な」って意味がありますよね,英語では。偶数はeven numberで,「同一の,整然とした,平等の」とかって意味がありますよね。で,右ってrightでしょう? これは「正しい,正確な」とか「権利」という意味があるから,やっぱりevenはrightのイメージと結び付くわけなのです。確かフランス語だと,この違いはもっと露骨で,gauche(左)というと,「ぶきっちょな」とか「間違い」って意味があったはずです。つまり,右きき文化で言えば,2つに割ることのできるお行儀の良い偶数は,右なんです。器用で,聞き分けのいい右(手)なわけです。
左っていうのは,わりとどこの国の文化でも,あまり良くないものとして見られていて,歩いていて蛇が目の前を横切るとき,それが左側からだと不吉なことの前兆とか,前髪を分けるとき,右分けにしないと親不孝だとか,そういう民間伝承がたくさんあると,ロジェ・カイヨワが何かの本で言ってた気がする。
でも,考えてみると,ぼく自身の中でもおかしなところはあって,ぼくはsin関数は赤で偶数,cos関数は青で奇数というイメージがあるんですが,実はsinは奇関数で,cosが偶関数だったりするんですね。高校生のときに「これは許せん」と思ったのを思い出したりします。
数字って,その人のバックグランドによって,いろんな色と結びついていると思うんですけど,どのくらい共通項があるのかって,興味ありません? というわけで,「俺はぜんぜん違うよ」という人がいたら,メッセージでもくださいな。においとか音と結び付いているかもしれませんね。ぼくにとっては,ド(C)は青,ファ(F)は左とか良く分からない結び付きもあったりします。ラ(A)はもちろん赤で右,とか。ラは,辛いですね,味としては。ソ(G)は刺激臭かも。あ,分かったようなこと書いてますけど,絶対音感があるわけじゃありませんので,念のため。
πは偶数か奇数かと聞かれたら,ぼくは偶数だと答えたいし(もちろん無理数に偶数も奇数もないですし,別に3.14と,2桁目が偶数だからっていうわけじゃないですよ),自然対数のeだって,やっぱり偶数という気がする。eって,母音だし,母はやっぱり右だ。たとえば,0(ぜろ)が黒っていうと,納得する人が多いような気がするんですが。え!? 黒は8だろうって? そうですね,そうすると1が黄色で,2が青。5がオレンジですね。あ,一貫性がないや……,って,これはビリーヤードの玉の色の話。

1999/07/31(Sat)

編集権

自分の文章を勝手に改変されるのは,誰だって,あまり良い気分じゃないものだ。明らかな誤字・脱字は直してくれて良いし,意味の取りづらい文章に手をいれて,より良いものにしてくれるなら,それはそれでいい。でも,自分が意図したのと違ったものになってしまうと,これは悲しい。
文章=作品,というような文芸誌なんかは違うのだろうけど,編集者というのは,ある程度の文字直しや言い回しの変更は,みずからの判断でやるものだ。読点の位置を変えるなんていう小さな変更から,段落を削る,センテンスを入れ換える,漢字を平仮名に開くなんてことは当り前のように,ガシガシやってしまう。言い回しを変えたり,語調を弱めたり,説明不足のところを補ったりということも日常茶飯事。文字数調整のために,文章を縮めたりなんてこともある。
最終的には書いた人間に,変更点や改変した箇所を示して,それで良いかどうかおうかがいをたてるわけだけど,細かいところ,明らかな間違いなどは,いちいち確認しないこともある。名前が出る記名原稿だと,最終確認をするのが常識なわけだけど,だからって,句読点の位置を変えましたってことまでファクスでやりとりするのかっていうと,そんなことはない。じゃあ,どこまで勝手に変えていいものか,それが難しい。編集権,つまり編集者の裁量に任されるのは,どこまでかって話。
これは編集者と筆者の関係によって変わってくるもので,つき合いの長い人で,ある程度こちらを信頼してもらえてるとなると,「後はお任せします」の一言で,済む場合もある。
ふだん,ぼくは文章を直す側にいるか,あるいは書くと同時に自分で直すという完全自前モードで文章に接しているんだけど,こないだ久しぶりに後輩の編集者に,ぼくが書いたある原稿を丸なげしたんだね。「あとは適当によろしくねん」といって。
文字数はほぼぴったりだし,変更されることはないだろうとタカを括っていたんだけど,色校正(印刷所から出て来る最後の最後の確認用印刷物)を見てびっくり。
誤植(というか,半角スペースがあるべきところにアキがない)はあるし,ぼくが書いた文章の構造を全然理解せずに改変した痕跡がある。長いセンテンスを区切って2つにするのはいいけど,意味を取り違えてるから,これは全然違う文章になってるよって。これはショック。
署名原稿の扱いって,軽く考えちゃいかんのだなって思った。自分のことだとしたら,かなりヤだもんな。

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