the other side of my days
ご意見,ご感想,ごいちゃもんなどございましたら
NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>まで。


1999/03/06(Sat) やっと帰宅……
1999/03/10(Wed) ライダーになるのかな
1999/03/11(Thu) 適性検査。あれ?
1999/03/12(Fri) オフレコ
1999/03/13(Sat) ノンネイティブの日本語
1999/03/14(Sun) 初めて乗るバイク
1999/03/15(Mon) 恐い人?
1999/03/16(Tue) ニューオータニ
1999/03/17(Wed) 前言撤回
1999/03/18(Thu) Wittgenstein
1999/03/19(Fri) やっぱりバイクは危ないよな
1999/03/20(Sat) よく寝た
1999/03/21(Sun) 3連休だけど
1999/03/22(Mon) 昆虫バイク
1999/03/23(Tue) 恋愛事情
1999/03/24(Wed) 時間
1999/03/25(Thu) WorkPad買ってしまった
1999/03/26(Fri) 24時間
1999/03/27(Sat) SETI@home FAQ
1999/03/28(Sun) デジタル共産主義
1999/03/29(Mon) 逃げる


1999/03/06(Sat)

やっと帰宅……

昼過ぎにやっと帰ってきた。ちゃんちゃんと毎日終電で帰って来ていると書いたばかりだったのに,いきなり会社宿泊モードに突入。やっぱり見積もりが甘かったか。すぐに書けると思っていた原稿にえらく手間取る。書き上げる前に何人かの人に意見を聞くと,結構まちまちのことを言う。視点もスタンスもバラバラだ。結局,船頭多くして原稿まとまらず。悩んでも仕方ないのでエイヤでぶっ飛び原稿を書いて読み返さずにレイアウトに突っ込む。まあ発売されてから読み返しましょう。そんなこたないか。
ある段階を超えるとほとんど寝てない自分,風呂にも入ってない自分が気にならなくなる。そんなもん構ってられないし。今月も結局最後はそういう状態になってしまった。
深夜2時半ごろ,筆者さんから来たメールに返事を書いたら「遅くまで仕事してますね」だって。時間に追われているこの時期,後何時間で何をしてこれをして,という意味では時間を気にしているけど,深夜2時も昼の2時も,僕にとって大した違いはないのだけれど。やー,でも疲れた。

サンノゼに出張中のK氏と頻繁に連絡を取る。連日の睡眠不足で,アメリカに行っても,やっぱり夜はフツッと眠りに落ちてしまうらしい。あ,夜寝るのはフツーのことですが。昼間取材して夕方から夜にかけて原稿を書いて日本に送ってるんだから,それが終わって寝てしまうのも無理もない。原稿催促の電話の頻度をちょっとずつあげていくが,結構無茶なスケジュールだったから催促が申し訳ない感じ。でも,引き受けて頂いた以上……。いざとなったら,僕が何とかしないといけないわけだけど。
K氏はとにかく多忙で,去年やったインタビューを記事をずっとまとめていなかった。アメリカ行きの飛行機の中でテープ起こしをして記事にまとめるという話(これも無茶だったか)だったのに,K氏はテープを忘れてアメリカに旅立ってしまった。慌ててK氏の奥さんにテープを会社に届けてもらい,音声をwaveデータに落として,ftpでアメリカにいるK氏へ! 100MBのwavデータをmp3データにすると,8kHz,16bitモノラルでしかエンコードできなくて40MBのファイルになってしまった。いくら何でもこれは送れないと思って目を付けたのが,RealAudio。ぐっとサンプリングレートを落として5MBのファイルに。うーん,オーディオテープをFedexで送るのとどっちが早かったんだろう。いやでも,やっぱりインターネットすごいぜ。5MBのファイルをサンノゼにいるK氏にダウンロードしてもらって,記事を無理無理頼む。ほとんど鬼だな。

(何日やったか分からない)徹夜明けで,今日もやっぱりチキンを買いにケンタッキーへ。徹夜明けのチキンとビールがうまいこと。でも,またしても,「譲り合い」のことでちょっと悩む。混み合う昼時のケンタッキーで,バラバラに順番待ちしている人の中で,僕はちょっと不安だった。
やっぱり後から来た人が,何となくそれとなく僕をかわしつつレジへ向かう。30歳ぐらいのカップル。夫婦かな? 休日の恋人同士かな? あ,子連れか。ねえ,どうして僕が並んでいるのを見てみない振りして先にレジに向かうわけ? よっぽどひとこと言ってやろうかと思ったけど,じっと大人しく待っている僕。
結局,1組+2人のおばさんに先を越された。まあ,僕は帰って寝るだけだし(といっても夜は出社だ),死ぬほど腹が減ってるわけでもない。彼らがどのくらい急いでるのか僕には分からないけど,いま僕は5分10分の時間を,どうこういうほどは焦ってない。もともとレジ待ちの時間など,いらつくほど長い時間にはなりえない。だからまあ,譲ればいい。社会全体で見たとき,それは結局利得を大きくするはずだ。譲り合いの精神は美徳じゃない,打算だ。トータルの利得の増大分は,最終的に個人に還元されるはずだ。譲れるときには譲ればいい。眠たいアタマで理屈をこね回そうとする僕。馬鹿じゃないかと自分で思う。
ちょっと情けない気分になったけど,今日は天気がいいさ。ぽかぽかと,春のような陽気。まあいいじゃない。譲り合いの精神は,きっと僕が自分で思うほど計算のものじゃない。だって競争して奪い合うより,気分がいいじゃない。それでいいじゃないか。ごりごりの利己主義をアメーバ以下だと攻撃する必要はない。互恵的利他主義を他人に強要する必要はない。

1999/03/10(Wed)

ライダーになるのかな

やっと教習所に行った。普通二輪(かつて中免と呼ばれていた400cc以下のバイクの免許)の申し込み。ふふ。春になる頃にはライダーかな。一生,縁がないと思っていたバイクライフに足を踏み入れることになるのかも。といっても,せいぜい90か100のスクーターでいいんだけど。まあ,実用主義者だから,荷物が積めなかったり,コンビニにちょっと出かけるときに使えない400ccなんて要らんのだけど。問題は,ちゃんと教習所に通えるかどうかだな。英会話のレッスンもまだ夏までに60時間以上残ってるのに。

電話料金を滞納していて,電話が止められてしまった。あっさり止められるものね。6日の支払い期限は知っていたけど,掃除したときに請求書を捨ててしまったらしくて,結局NTTの窓口まで行ってしまった。3年近く住んで,ようやっと銀行引き落としの手続き。前に2回ほどやったような気がするんだけど,どういう書類上の不備か,いまだ銀行引き落としになっていなかった。まあ,とにかくこれで未払いの請求書をどこにやったかと思い悩む必要はなくなる。何と言っても,電話がとまって困るのはインターネットが使えなくなること。それ以外はあんまり困らないんだけど。

TOEIC申し込んだ。5月の試験。さて,勉強しなきゃ。

ジャン・ボードリヤール『消費社会の神話と構造』を読み始める。くらくら来そうな転回。薄々そうじゃないかと誰もが感じてるけど,僕らは自らの欲求でモノを買っているわけじゃないのかもしれない。消費という行為は消費社会における新たな生産活動にほかならない。少なくとも社会システムとして消費の理論を作るには,消費が消費者の効用を極大にするように働く合理的,合目的的なシステムだという,経済学が前提とするような常識を捨てる必要があると。なるほどね。で,消費とは何か。それは,個人が社会の無限段階の階梯の中に組み込まれるために必要とされる記号に過ぎないんだと。自分の位置を,消費という行動を通して確認することができる。豊かさは決して民主主義的平等を達成し得ないのだと。個性,個性というけれど,そんなものは社会が生み出した神話に過ぎない。それは他人との差異でしか認識できない。あらゆる「消費」は,それらが組み込まれる社会における差異としてしか意味をなさない。僕らは欲望は無限だと知っている。車を買えるようになれば,もっと良い車。良い車に飽き足らなくなれば家,別荘。キリなどないのは初めから知っている。無限に続くヒエラルキーを突き進もうとする,昇ってゆこうとする衝動は,僕らの中にあるものではなくて,高度消費社会からの要請であり,それは強制であるのかもしれない。仕事をしているときばかりでなく,僕らは余暇を過ごしているとき,カラオケで歌っているとき,くだらない飲み屋で管を巻いているとき,新しい本を買って,ちょっと嬉しく思っているとき,教習所に無駄な金を払って,免許を取ろうとしているとき,すべてそれは消費であり,同時に新たな消費を生産しているという意味で,生産にほかならない。過剰な豊かさの中で,過剰な浪費と過剰な労働が,僕らに課せられた宿命なのだね,きっと。社会的な平等なんてものは検証しようがないから明らかに幻想であるし,直感的に言っても,嘘だ。どうしてそんな頼りないモノを,僕らは信じているように見えるのか。幸福というモノを,僕らは形式的にしかもはや認識できないから,タダひたすら「幸福」を表わすとされる記号を追い求める。飽くなき欲望と消費。高級住宅,高価な調度品,家具,余暇,文化的たしなみ,教養。それらは本来幸福の基準などではなく,幸福の記号に過ぎない。

1999/03/11(Thu)

適性検査。あれ?

午前中はウチで仕事。キーボードを叩くのが妙に気持ちよくて,さくっと仕事が進む。午後,教習所,出社は夕方。へんぴな場所にある教習所(あ,上北沢自動車学校ってホームページがないやんか。ダセ)なので,シャトルバスを利用。訳あって早めに教習所についた。妙に暗い待合所で読書など。古びた歯医者とか,30年ぐらいやってそうな不動産屋とかもそうだけど,どうしてこうも蛍光灯が暗いかね。ものすごい沈鬱な気分になっていくんだよな。
そういえば,鮫洲の試験場も僕の感覚から言えば,20年前のまま時間が止まってるよーな感じだったな。免停講習のとき。OHPに手書きで描かれたグラフとか交通事故の統計表とか見せられると,何でExcelとかPowerPointでプロジェクターじゃないねんと,思ってしまう。もちろん思い違いをしているのは,僕のほうだけど,それにしても何とも言えない違和感がねぇ。僕ってやっぱりなんだかんだ言って情報産業に肩までずっぽり浸ってるハイテク系の会社に勤めてるってことかね。
で,今日は適性検査。ボロボロになるまで使い回してるらしき試験問題の小冊子(解答用紙はマークシートだから新しいけど)が配られて気づいたけど,21の時,7年ほど前に横浜の教習所でやったのとまったく同じ問題。
7年前に適正検査受けたときは「とてもスムーズに頭が働く方です」という評価だったから,まあ今回も余裕かなと思ってた。ロールシャッハテストや社会性を見てるらしきテストの設問も,だいたい,どういう回答がスムーズな教習所生活を送るのに必要なのかは分かる。今回もまた神様のような性格と診断されることでしょう。
試験官が長ったらしい説明をしてるとき,ふとマークシートを見ると,なにやら意味ありげな凡例がある。すぐに問題を思い出した。△とか□とか,それを変形したような簡単な幾何図形が,0から9までの数字と対応していて,たくさん並んだ図形を見てそれを数字に変えていくというテスト。これは先に図形と数字の対応を覚えないと埒があかない。で,説明を聞いてる間に図形と数字の対応を覚えてしまう。実はIQテストというのは,こういうズルさえも,それができるかどうかも点数としてとらえている場合があるのだよね。IQテスト慣れてると,人によって5ポイントから10ポイントは成績が上がるというのも,そういう心構えに余裕があるかないかの違いなのかも。
今回も大抵の問題で時間が余ることになるんだと自分では思ってた。だって,まったく同じ問題だし,前にやったときはほとんど全部時間内に答えられたし。それが……。なぜだか全然時間が足りない。どの問題も7割くらいしかマークできない。この手の問題が全問時間内に回答できないように作られていることは知ってるけど,それにしても前にやったときとのあまりの違いに自分で愕然としてしまった。2問目,3問目と進むにしたがって焦ってしまって,ますます効率が悪くなる。焦る。別にどうでもいいテストであるはずなのに。たとえ成績が悪くて,それで教習に関わるような話でもなければ,それで「お前は頭が悪い」と言われる訳でもないのに。この焦りは何だってほど焦る。
くだらない想像かもしれないけど,頭の回転が鈍ってるんじゃないかと本気で自分を疑ってしまった。IQテストの成績(頭の良さという意味じゃなくて,IQテストではかることのできるナニモノか。ま,一般的な意味での頭の良さと相関は高いんだろうけど)は20歳過ぎをピークに緩やかなカーブを描いて落ちていくというけど,それにしたってホントに緩やかなもんでしょう。まさか,アルコール摂取過多で僕の脳細胞が死にまくってるのか? 煙草? 老化? いずれにしても,ちょっとげんなりな気分。7年といえば,全身の細胞が入れ替わると言われるほどの時間だ。僕の脳細胞は全部ホップに置き換わったのかもしれない。エチルアルコールは脂肪(脳細胞って脂肪でしょ?)を溶かすっていうし。あいや,脳細胞は死んだ後は生まれないか。

浜崎あゆみって,今日初めてちゃんと聴いてみたけど何がいいのん? ワカラン。宇多田ヒカルのほうがずっといいじゃん。今日はSomething Elsemp3に落とした。

1999/03/12(Fri)

オフレコ

今日,日記XMLにオフレコタグ(<offrec>)を追加した。といっても,僕の日記XMLにはDTDがあるわけでもないし,XMLプロセッサを使ってるわけでもないから,Perlスクリプトを書き換えただけですが。なんだかんだ言って,Web日記をたくさん書くようになってきて,最近ちょっと不便に感じはじめてたのです。純然たる意味で自分のために書いているようなこととか,意味不明の言葉,公開したくないプライベートなこと,そういうことも,この日記の中に書きとめたくなってきたのですね。パソコンで文章を書くというのは,ホントに楽だから,そういう習慣ができると,くだらないことでも何もかも書き留めたくなるわけですね。ほとんど記録魔。けど,さすがに私生活のある部分,日々密かに思っているようなことは,ここに書くことができないので,日記の中でWebに載せたくない部分を<offrec>〜</offrec>タグで囲むと,その部分はHTMLに吐き出さないようにしたわけです。
で,さっそく昨日書いたIQテスト関係の話をオフレコタグで囲んで消してみました。昨日の更新から今日の更新の間にこのWeb日記を見た人は,そこに何が書かれていたか見たかもしれませんが,まあ気にしないでください。ちょっと変なことを書いてしまったかなと思ったわけです。過去にさかのぼって日記に加筆・訂正を加えるというのも変な話で,誤字脱字以外は,なるべく直すまいと当初思ってたんですけど。まあ,新しいタグを作ったので動作確認。だから,元のXMLの日記データファイルには,消した話が残っているというわけです。

ある人に言われて気になったこと。僕の日記を見た人に,いい生活をしてるねと言われたんです。午前中に英会話にいったり,平日の夕方に教習所に行ったりと,時間が自由になるからという意味で。まあ,その通りかなと思うんですけど。だけど,どうやら僕の知り合いの多くは僕の生活を誤解しているようで,「締め切り後の暇な時期はぷらぷらしてて,あんまり仕事してない」と思っているようです。それは事実とちょっと違うんです。正確には「締め切り直後ぐらい,時間に余裕があるんだと思ってぷらぷらしたって罰があたらんだろう」という感覚なのです。やりたいこと,やらなきゃいけないことなんて山ほどあるわけで,2週間後の締め切りというのは,常に強烈なオブセッションとして意識せざるをえないわけです。こまごまとした仕事もいつだって山積みなわけです。平穏な気持ちで過ごせる日々というのは,締め切りが落ち着いた直後の1,2日だけで,それ以外は常に追われているわけです。ある意味ではずっと仕事のことを考えているわけです(好きじゃないとやってられないでしょうね)。だから,締め切り直後に,「ちきしょ。やってられっか」とかいって3,4時間しか仕事をしないで飲みに行ってしまう日も確かに2日や3日はあるんですけど,そうでない日は,最低でも9時間ぐらい,もっとも忙しくない時期でも12時間くらいは仕事してるんです。仕事のことを考えてるんです。それにもっと言えば,僕らの仕事,時間で計られちゃたまらんとも思うわけです。専門性を切り売りしている商売だから,絶対的な労働時間なんて,たいした意味も持ってないはずなんです。

1999/03/13(Sat)

ノンネイティブの日本語

今日は代々木で行われたセミナーに参加。土曜日だってのに,10時から18時まであるようなセミナーに技術者が100人以上集まる。この不況にねぇ。2万円も払ってくるんだねぇ。会社も良く払うよなぁ。まあ,セミナーの内容が理解できて役に立つような人なら2万円以上の価値があると思うけど。12人ぐらいの発表で,どれも滅茶苦茶面白い話だったけど。懇親会で聴いた裏話がまた面白い。
そのセミナーで発表したアメリカ人の日本語が,妙にハイトーンで独特の節ながらも実にを流ちょうなのに驚いた。昨日,会社に来たあるUSに本拠を置く企業の幹部も,2人とも日本語を十分実用レベルで使いこなしたけど,ホント,最近日本語を話すビジネスマンは多い。日本人が英語を話せて,英語を母語とする人たちが日本語を修得できない理由はないのだけど,まだ日本語でジョークを言うアメリカ人に慣れない。ケント・デリカットやデーブ・スペクターはレアな存在じゃないんだよね。アメリカ人だけじゃない。ある台湾のマザーボードメーカーの営業の人は,「仕事ですからね」と苦笑いしながら日本語をペラペラ話したっけ。やっぱり心のどこかで「日本語は日本人が話すもの」と思っているんだよね。そんなことないんだって,頭で分かってても感覚としてなじめないんだよね。
方言の相違が大きくて互いに言葉が通じない地方の台湾人同士が日本語を共通語として,コミュニケーションするようなケースもあるっていうし,在日のイラン人とアメリカ人が日本語でコミュニケーションするというのも,当たり前の話なんだけどね。気持ち悪いのは文化的背景に深く根ざしてるような,ことわざ,慣用句あたりだよね。イラン人が「袖すり合うも他生の縁」とかいってアメリカ人と会話したりしてるとしたら,それはやっぱり違和感を覚えるよなあ。あ,でも,この「他生」って仏教的な発想なのかな? だとしたら,もともと日本固有のもんでもないか。日本国民=日本語=日本の文字=日本の文化みたいな錯覚って身体の奥底まで染みついてしまってるのかも。もともとそんなスタティックなもんでもないはずなのにね。

1999/03/14(Sun)

初めて乗るバイク

午前中,教習2コマ。午後,英会話2コマ。英会話は,くだらない会話ばっかりで,たいして練習にもならない。土日は人が多すぎて,あんまり役に立ちそうにない。やっぱり自分で勉強しないと。

適性検査が終わって,最初の技能教習。車の免許があるから,学科は免除なのねん。転んだバイクを起こしたり,エンジンを入れたり,ギア操作を試したりというので50分。初めて触った400ccのバイク(YAMAHAのバイク。アレは何だろう)は思ったより,ずっと軽かったし,シートの高さも低かった。バランスさえ良ければ1本指で支えられるというのを,どこかで読んでいたので,試してみた。確かに1本指でも倒れない。一緒に初心者教習を受けていた小柄な女の子が小型(125cc)のバイクを支えきれずに,絵に描いたようにドテーンと転んでた。自分が立っている側と反対側に倒れ込むバイクを引き戻そうとして,バイクごと地面に引っ張られたものだから,瞬間,お尻をつきだした姿になる。ある意味ものすごくエロティックなあられもない姿になったのだけど(女性のみなさん,男というのは,そうやって女性を見ているものですよ。って,ぼくだけ?),あまりも戯画的な「ステーン」という感じの転びかたに思わず吹き出しそうになる。ほほえましくすらある。
ギア変速のやり方を試し,クラッチのつなぎかたを覚えたら,2コマ目。次は何をやるんだろうと思ったら「じゃ,教習所のコース内に出て3速ぐらいまで入れてみてください」とか。ええーっ。だって,ギアチェンジとか,まだ自信ないっすよ。てゆーか,やったことないですよ。下手したらコケちゃうんじゃないですか? と思わず聞いてしまった。「そう。コケるよ。これからたくさんコケるよ。だからバイクの起こしかたを覚えてもらったんじゃない」とかいって,ニッコリほほえまれてしまった。うーむ。
まあ,男の子さ。思い切って行ってみるべ。と,ウィンカーを出して教習車の流れに割り込む。走り出して2速に入れるまでは,結構ドキドキしたけど,クラッチがうまくつながってスピードが出てしまえば,なあるほどって感じ。2つカーブを曲がったところで前を走っていた車がどいたので,一気に3速まで入れてみる。おお,すごいパワー。ぐんぐん走るぞ。スクーターとはまったく別世界だな。ああ,初めての教習日が良い天気で良かった。暖かくて良かった。とっても気持ちいい。5分ほどぐるぐる外周を回って,ギアをあげたり下げたりしてて,やっと,バイクの1速(ローギア)が,一番下に用意されている理由が分かった。知らない人のために書きますけど,バイクのギアって,「1→N→2→3→4→5」という具合に左足でレバーを上げ下げすることで変えるんですね。で,ニュートラルの下が1速で,1速から1つあげると2速。もう1つあげると3速,4速とあがって行くんですね。で,止まるときは,3速で走ってようが4速で走ってようが,1速に落としてエンジンブレーキで止まるんです。だから,とにかく何回か左足でギアレバーを下に蹴れば1速に落ちるように設計されているわけなんですね。走りながら,「そういうことだったのか」と納得。ちなみにクラッチは左手,アクセルは右手です。右手が前輪のブレーキ,右足のステップが後輪のブレーキ。ブレーキは右手7割右足3割の感覚で,だそうです。
教習所の中を走ってる車って,こんなにみんなトロトロしてたっけと思いながら,目の前の道に車がなくなった瞬間,4速まで入れてみる。キュイーン。エンジンの回転数が上がってぐんぐん加速する。すっごいエエ感じ。ブレーキも,スクーターなんかに比べると良く効く。いちおう教習所内だから,暴走してると思われたらやばいし,カーブではぐっと速度を落とす。しかし,天気がいい。いい気分。教習所から外に出て走ってみたい……。一生縁のない乗り物だと思っていたバイク(だって,ライダーって何かねぇ。バイク乗ってる奴ってさえない奴が多いんだもん)が,急にいとおしい愛馬のように思えてくる。どうどうどう。
15分ほど走って,だいたい車体の重さ,パワー,バランスが分かり始めたなと思っていたら,教官が寄ってきて(それまで別の人につきっきりで僕は1人で走ってた)「じゃ,付いてきて」と言い出した。何をするのかと思ったら,いきなり教習所の中をぐるぐる引っ張り回される。クランク,S字,パイロン。のたのた走ってる車を避けるように,右に左に。わわわ,そんなに車体を寝かせるの? わちゃちゃ。まだ僕にはこれは早すぎるぞと思いながらも,教官の走ったライン通り,同じ速さで走ると,だいたい問題ないことを発見。当たり前か。ギアを入れ損なって焦ったりするものの,車体を右に左に,タンクを膝で挟みながら倒すと,遠心力とタイヤが路面にグリップしてバランスする感覚が思ったより分かりやすく,扱いやすいことを発見。180kgぐらいある車体もバランスさえ崩れなければ,重心を移動させるのも苦にならないのね。S字に走るのは,スキーのヴェーデルンと同じ感覚。シュプールを描くつもりで,思い切って車体を大きく寝かせてみたりする。うーん,結構楽しいかも。スキーと違って,坂じゃなくても加速できるしね。
そうなるんじゃないかという予感はあったけど,バイクが好きになりそう。もともと,通勤の足という意味で,90か100のスクーターに乗るために免許を取ろうと思い立ったわけだけど,250とか400もいいのかもしれない。遅まきながら,男の子的な意味で,バイクの魅力にちょっと目覚める。
こんなにすぐに慣れるものなら,非公認の教習所に行って,乗り慣れたところで一発試験を受けるのも悪くなかったかもしれない。半日も乗れば,だいたいイケるような気がする。クラッチ操作とか,車とほとんど同じだし。まあ,安全運転のノウハウとか,教わることはいっぱいあるんだろうけど。14万円の教習料金で,より命を無駄にしない乗り方を覚えられるなら,安いもんだと思うことにしないとね。

1999/03/15(Mon)

恐い人?

先月原稿を依頼したある人が,たまたま隣の編集部に打ち合わせに来ていたので,ご挨拶。特集や新しく始める連載の構成を考えて打ち合わせとそれの下調べをしなきゃいけないし,メーカー問い合わせ,原稿料の支払いや見本誌の発送(今月はまたたくさんあるぞ),さらに,とあるイベントもいい加減に話を進めなきゃいけないという忙しい時間帯。一体何十通メールを書けば仕事が終わるのだろう。そろそろ自分の原稿も書かないと。てな状況だったけど。食事がてら日本酒を飲みに編集部を抜け出す。ふはっはっは。マイッカ。とりあえず飲みに行ってしまえ……。で,その人。ホームページ,その他のエッセイ・訳本などで知る文体や語り口から,ちょっと恐そうな人だなあと思っていたけど,実際に会ってみると意外に穏やかな柔らかい感じの人。
びっくりしたのは,見た目は働き盛りの渋めのサラリーマン風なのに,眉,耳,鼻(鼻はなかったかな?)にピアスをしてたこと。微妙なアンバランスさが,かえって好印象。だって19,20の渋谷にいそうな男の子じゃなくて,むしろ霞ヶ関にいてもおかしくないエリートサラリーマン,35歳だもん。耳以外のピアッシングって,痛々しくて,やっぱりそれは強烈な主張があるわけですね。結局,最近流行のタトゥーもそうだけど,もはや衣服で個性を主張(差別化)できない以上,身を傷つけるぐらいしか方法がないというわけなんだろうね。一般的な感覚から言えば「そこまでする?」という感じ。そこまでできちゃうっていうのは,自分に自信があるからなんだろうと思う。向こう見ずな若者がするピアッシングとはちょっと違う,オトナのピアッシングという印象かなあ。
その人のことは,そんなに詳しく知っているわけではなかったけれど,幅広い活動(それも副業での活動というのが凄い)は超人的なバイタリティの証だし,化け物的な頭脳と文体の切れ味は,見ていて気持ちいいやら,こっちとしてはやる気がなくなってしまうやらって感じの人。世の中には頭のいい人がいるんだなあと思う。いっぽうで,そういう傍目には凄い人が,実際に会ってみると,少なくとも普通に話している限り,特別に普通の人と変わらない印象であることに,僕はちょっと不思議な気分になるのです。特に経済関係に強い人なので,ここぞとばかりに馬鹿みたいな質問をぶつけてみたりするわけだけど,スパッと分かりやすい答えが返ってくる。「それは誰にも分からないわけです」と言われると,なるほどと納得してしまう僕。アジア危機の話。経済援助の話。そういえば,その人が翻訳した経済関係の本を手にとって,よっぽど買おうかと思ってやめたのは,まだ昨日のことだったりする。さすがに,そのことは言わなかったけど。

良く本が出てからびっくりするものだけど,僕が書いた記事のイントロダクションに「編集部きっての天才(???)」って書いてある。何なんだ,それは……。やめてよー。誰が天才(???)なんだ。はずかしぃー。

1999/03/16(Tue)

ニューオータニ

朝10時半から赤坂のニューオータニで,某社のセミナー。何度来ても,このホテルの中では迷子になる。本館と別館が,それぞれ別の階でつながってるから,なんだかわかりづらいんだな。会場につくまでに3人のベルボーイに道順をたずねてしまった。好きになれないなぁ,このホテルの雰囲気。調和のとれすぎた廊下の造りが落ち着かないんだよね。カフカの「城」を思い出したりして。
セミナーは,10個ぐらいあるセッションのうち,気になるのは2つだけだった。30分ほど遅れていったので,もしかして終わってたら悲しいなあと思いつつ会場に入る前にスケジュール表を受け取ると,なんのことはない,お目当てのセミナーは,16時半から18時半なんて時間。まいった。
会社に戻って,もう1度でかけるには,ちょっと中途半端な時間。しゃーないかと思って,赤坂見附駅前のマックで仕事することにした。と,MobileGearを取り出す。朝,出かける前に家で読んで返事しなきゃと思ってたメールを,改めてMobileGearで受け取ろうとして,はたと困ってしまった。PHSのPCカードアダプタがないっ。最近,出先でメールを読むことが減ったからなぁ。家にアダプタを置きっぱなしだった。まあ,つながらないものはしかたない。

夜,会社に戻って打ち合わせだの何だのといってる間に,今日も終電の時間。うーん。まだ月の真ん中なのになあ。この切羽詰まり感は何だ。

20人を超える人と仕事関係のメールで打ち合わせ,依頼,問い合わせなんかをやっててつくづく思う。メールがなければ,こんなに仕事はできない。人付き合いは,それほど苦手ではないほうだと思うけど,人と会ったり話したりしていると,それなりにエネルギーを使うものだし,やっぱりストレスはたまるもの。メールの返信の意味ありげな文句に,ちょっと胃が痛む今日この頃。

1999/03/17(Wed)

前言撤回

午前中,教習所2コマ。楽勝っぽいことを言った前言撤回。バイクで平均台(一本橋)を渡るという練習をしてみたら,ちっともバランスが取れなかった。ホントはまだ平均台をやる時間じゃないので,勝手にやってみただけど,それにしても想像以上にうまく渡れない。スピードコントロールができないのが一番大きいかな。これはちょっと練習しないと。教官は,片手を背中に回して,片手のクラッチ操作だけで橋を渡ってみせた。さすがプロ。思わず拍手。ご機嫌な教官。でも,おかげで分かった。操作するのはクラッチだけで良いわけね。低速走行ではアクセルなんて関係ないってわけか。今度やってみよう。
一緒に教習を受けている大学生が,急制動(急ブレーキですね)で,1時間やり直しさせられてた。クランクとか,クラッチ操作も,どうも下手くそ。ビビりすぎだな。後で聞いたら「恐くて泣きそうだった」って。がんばれー。
子供の頃に,自転車で公園のベンチの上を走ったり,山道を走った経験ってやっぱり役に立ってるのかも。理屈を教えられて,そういうことだったのかと納得するようなことがある。たとえば,コーナーを曲がるとき,身体の傾きをバイクの傾きに比べて垂直に保つことで,回転半径を小さく抑えられるというのがある。その姿勢をリーン・アウト(lean out)というそうだけど,言われなくてもクランクでは,そういう姿勢を取ってたしね。そうしないと曲がれないもん。

1999/03/18(Thu)

Wittgenstein

今日は朝から記者発表。10時に大手町。そのままLinux関連イベントの取材。午後,早めに取材を切り上げて会社に戻る。たまっていた伝票書きとメール書きをやって,夜は編集部を抜け出した。すまん(誰に謝ってるんだ)。アジアへ旅立つ同期の送別会で渋谷へ。しかし,もうそいつの送別会は2度目だ。まだ日本にいたんかって感じも,ある。世界中どこにいたってメールで連絡取れるし,ある意味ではメールを使っていない友人なんかより,ずっと密なコミュニケーションができるんだもんね。送別会ったってねー。

普段ICQを立ち上げているので,たまに知らない人からメッセージが飛んでくる。今日はブラジルから。「Wittgensteinに興味があるというプロフィールを見ました。良かったら話しませんか」とか。哲学科の学生らしい。僕はWittgensteinに興味があるなんて,どこにも書いた覚えはない。けど,いかにも書きそうだった時期は,まあ確かにある。うーん,書いたのかも知れない。
実際には,『論考』もまともに読んでない僕だから,何を話すこともできないのだけど,何となくそういうような曖昧な返事をしたら,チャットモードに突入してしまった。彼は24歳の学生で,言葉の意味について知りたいんだとか。「僕の疑問は極めてシンプルだ。意味の意味を知りたいんだ」。そりゃ,僕だって知りたいさ。そんなもん僕に聞くなよって,ちょっと思った。そもそも,その設問こそ,やってはいけない根本的な間違いの典型じゃないのかとも思った。
せっかくだから,少し話してみることにした。地球の裏側(大げさだな。もうそんな遠い世界じゃないんだよね,ブラジルなんていったって)の若人の思索が,どんなもんだかね。極めて丁寧な語り口で,気分の良い奴だ。議論をふっかけようとか,論理的欠点をついてやっつけようとか,そういう悪趣味は一切ない。自分の問題意識を押しつけてくるようなこともない。純粋に問題意識をシェアしたがっているようだった。後からログを読み返してみると,彼は僕の言葉を引きだそうとして,つまり僕を混乱させようとして熱心に質問を繰り返していたように見える。「なるほど,良く分かったよ。でも,それが正しいとしても,僕らはまだ未解決の問題を抱えている。だってさ,あなたが言ってるのは……」。というような調子。眠かったから,最後はお茶を濁してまたねと言って切ってしまった。彼とは,また会うことがあるかもしれないと思った。

『消費社会の神話と構造』読了。久しぶりに読むのが辛い本だった。面白いんだけど,何かいちいちくどい。回りくどいような気もする。全体にセンテンスも長くて,込み入りすぎ。あ,そういう読後感想じゃなくて,もっと印象が残っている間に書きとめたいことがあるんだけど。眠い。

1999/03/19(Fri)

やっぱりバイクは危ないよな

午前中,教習2コマ。そろそろ仕事が詰まってきて教習所に通ってる余裕がない時期になってきた。だいたいいつも,生徒数に対して教官が少ないから,何人かまとめてコースを一緒に走ることになる。で,僕より先に進んでる生徒と一緒に今日は坂道発進も試してみる。想像通り,車と同じ感覚だから難しいことはない。これは余裕かな。
で,今日は平均台(一本橋)。やっぱりスピードコントロールがうまくいかない。ついアクセルを開けたり閉めたりするのだけど,それだとガクガクいってバランスを取るどころじゃない。何度か繰り返していて,どうやらゆっくり行こうとしすぎだと分かった。普通二輪は10mぐらいの平均台(といっても,幅30cmで5cmぐらい地面から盛り上がってる細い道ですよ)を,7秒以上で渡ればいいらしい。僕のペースは8秒ぐらい。で,スピードを落とさずに真ん中あたりまですいーっと走って,クラッチを切れば非常に安定するということが分かった。ガクガクいわなきゃバランス取るのも難しくない。結局,一本橋の直線低速走行は,バランスよりも,スピードコントロールがミソなのだね。なるほど。
どうも,クラッチにしても後輪ブレーキにしてもつま先を載せていると,向こうずねが突っ張ったままで痛すぎるので,ついつま先を外側に向けてしまう。つま先が外側に向かうと,当然タンクを挟む膝の力が弱くなって,車体はふらつく。それがいけないんだと教官に指摘された。とはいえ,滅茶苦茶辛いんだよね,そのつま先をクラッチレバーと,ブレーキレバーに載せている姿勢が。後で編集部のバイク乗りに聞いたら,それはフットペダルの位置を調整すればいいだけの話だと分かった。なーんだ。教官は,「そういうもんだ」としか言ってくれなかったぞ。
人によっては,つま先がどうしても開いてしまう場合があるんだとか。「3カ月前にいたんですよ。徳永英明さんがね,ウチの教習所でバイクの免許を取ったんですけど,彼はつま先が開いてた。それは子供の頃に怪我をして,そうなってしまったもので,どうしようもなかったんです」だって。なんと。徳永英明が来てたのか。後ちょっと早く来てれば会えたなあ。
バイク雑誌を買って,あれこれカタログを眺める。編集部でバイク乗りの人たちとバイク談義。さんざん脅される。ヘルメットはフルフェイスじゃないと,事故ったときに顎がなくなるよ,とか。死ぬときは死ぬよ,とか。うーん。フルフェイスなんてかぶりたくないなぁ。ジレンマなんだなぁ。便利なのは125とか250のスクーター。ヘルメットばかりじゃなくて,荷物が一杯はいるから,取材でカメラを持っていくようなときでも重宝するし,ワインを買いに行くようなときでも一杯はいる。でも,さすがにちょっと格好悪いと思う。クラッチ操作がない方が都内では楽に違いないけど,「バイクに乗っている」という楽しみもないだろうしね。
だから,結局,2つのジレンマがあるわけですね。スクーターの便利さを取るか,ちょっと遠乗りしたくなるような,いわゆるバイクを買うのか。それから,身の安全を守ってくれるフルフェイスのヘルメットをかぶるのか,風通しがよくて気持ちよい半帽のヘルメットにするのか。うーん。

1999/03/20(Sat)

よく寝た

8時頃いったん目が覚めて,二度寝。久しぶりにお昼まで寝た。うーん,よく寝た。で,12時過ぎに奇妙な電話で起こされる。日記に書かないでくれと釘をさされたので,どう奇妙かは書かない。しかし,この日記のことを口にするということは,その人は結構僕の日記を読んでいるようだった。
いや,今日は寒かった。だからというわけでもないけど,1日部屋にいて炊事,掃除,洗濯。ご飯炊くの久しぶり。で,やっぱり夜は,ぷらっと飲みに行ってしまう。やや飲み過ぎ。

1999/03/21(Sun)

3連休だけど

昼過ぎ,会社に行こうかと思ったけど,やめて,ウチでちょっと原稿書き。思ったよりはかどらない。まずいな。大学時代の友達と夕方,麻布で待ち合わせだったけどパス。連絡するの忘れてて,家に電話がかかってきた「アレ。家にいるじゃん。何やってるの? 今日来ないの?」「あ,うん。そう。今日行かない。ごめん」とか。

1999/03/22(Mon)

昆虫バイク

夕方,秋葉へ買い物にいった後,上野のバイク街へ。今まで目もくれなかったようなバイクたちも,ずいぶんもう見慣れて,「いかにも」なバイクも悪くないような気がしてきている。Voltyが可愛いなあとか,YAMAHAのBroncoもスッキリしてていいかなぁとか。でも,Voltyは特にそうだけど,何だか昆虫っぽいんだよな。

夜,自宅で原稿書き。けっこうはかどる。

1999/03/23(Tue)

恋愛事情

朝一番で教習1時間。今日は,曲線での姿勢。バイクの傾きより身体を大きく傾けるリーン・インと,反対にバイクより身体を垂直に保つリーン・アウトが課題。うーん,なるほどね。順調。

『ハイエク――マルクス主義を殺した哲人』を読み始める。僕の中でわだかまっていた何かがとけたような気がする。

100億光年彼方の天体,パルサーのを初めて聞いた。

ふとした拍子に,見てはいけない愛の表白に出くわした。あまりもストレートで,あまりにも純粋な言葉。文章読本に「結論は頭に持ってこい」と書かれていたりするけれど,まさにそれ。頭にいきなり書いてあった。
僕に向けられた言葉じゃないし,僕の目に触れてはいけないものだったので,慌ててしまったけど,一瞬のうちに目に焼き付いた。手順的な誤りで目にしてしまったので,慌てて見ないようにしようとしたけれど,慌てれば慌てるほど,うまく閉じられない。閉じられない,というのは……。まあ,ハッキリ言うと,ある人に頼まれてUNIX上でメールボックスを表示させたのだけど,何故かそこに古いメールが残っていたのです。表示させてしまってから,しまったと思って消そうとするのだけど,端末設定がされてなかったので,Ctrl+Lも,Ctrl+Pも,何も効かなくて画面消去もできなかったのです。lsを3回も打てば表示されている文字はスクロールアウトするのに,そのときは焦って,どうにもコマンドが思いつかなかったのです。
横で見ていたメールボックスの持ち主は,少しも慌てる風もなく,「古いメールも残ってるのね」などと言ってます。しどろもどろしながら,僕はキーボードを一生懸命に見つめていたわけです。僕はかつて(もう3年近く前だけど),その人に恋心を抱いたことがあるので,その人に対するストレートな愛の言葉に,とまどいを感じたわけです。今の僕に嫉妬を感じる理由はないけれど,ほとんど爽やかなまでの愛の言葉に,僕は打ちのめされたような気分になったものです。
その人が,当時そのメールの言葉を受け止めていて,いまもやはり受け止めているのだと思うと,僕は少なからず心中穏やかではなかったりしたわけです。嫉妬でも失望でもない。少しの羨望と,悔しさ。そんな僕のまごつきにはお構いなしに,mboxを消してほしいと,その人は僕に頼むのです。つまり,それは物理的な記録に頼る必要がない恋人たちの記憶であり,mboxを消しても良いのだという判断は,現在も進行形である恋愛の証なのだと,僕は感じたわけなのです。

卒業のシーズンだからか,駅前で学生らしきカップルが熱烈なキスをしている場面に出くわしました。当人たちは周囲の目を気にする必要なんかないんだと言わんばかりですが,いっぽうで,深読みすると,それはまったく逆で,「僕らは愛し合っているんだ」と公言せんばかりのキスなのでした。公衆の面前で強く抱き合うくらい純粋な熱っぽさに,ちょっと羨ましくなったりします。たぶん,そのキス,彼ら2人の初めてのキスだったはずです。
こんなことを書いたからと言って,僕が恋愛に焦がれていると思わないでください。

1999/03/24(Wed)

時間

ボードリヤールによると,僕らは自由時間など持っていないのだとか。余暇の遊びにしても,それは「時間の投資」であり新たな「消費活動」だから,僕らは時間を所有しているわけではないのだと。そう思えるのは錯覚だと。

あ,明日はもう給料日か。どおりで忙しくなってきたわけだ。はあ……。

1999/03/25(Thu)

WorkPad買ってしまった

このくそ忙しい時期に,WorkPadが届いてしまった。ふふ,買ってしまったのだ。すげー,楽しそう。でも,いぢってる時間はあんまりない。

原稿遅れまくってるのに,会社を抜け出して教習所へ(わひー)。1段階みきわめ終了。順調順調,楽勝楽勝。後8時間。

1999/03/26(Fri)

24時間

この時期,朝の6時ともなると,すっかり明るい。仕事を終えて会社を出る頃には,もう明るく柔らかい光が射していた。前日の雨も上がり,見上げると朝靄の上,ビルのずっと上のほうに快晴の空が見える。何とも気持ちの良い朝。
WorkPadのスケジュール帳では,朝9時から23時というのが1日の区切りで,どうやら24時以降の管理ができないらしい。ま,そんなもん必要とする人は少ないか。しかし,生活時間なんて,いまや人それぞれなんだから,もうちょっと融通が利いてもいいじゃないか。やっぱり,SWATCHの提唱する.beat時間を採用すべきだ。なんてね。

1999/03/27(Sat)

SETI@home FAQ

昼過ぎに起きて,うんとこさスパゲティをゆでる。うんとこさトマトソースをかけつつ,うんとこさタバスコをかけて食う。うまい。

夕方,教習所。わひー,そろそろ仕事片づけないと本気でヤバいんだけど。しとしとと雨が降る中,第2段階教習開始(今日が終われば後6時限だ)。寒い,寒い。もう普通に動かすのは慣れた。と,思っていたら,雨に濡れまくった路面を,ギュンギュン走る教官。こんなに加速したりスピード出したりしていいのかってぐらい,走り回る。やっぱり焦るとギアを間違えたり,ふらっとしたりする。うーむ。で,急ブレーキのテスト。確かに後輪がロックして滑る。滑るけど,滑ったからといって,バランスを取り戻せないほど滑るわけじゃないのね。ちょっと安心。もちろんロックしないにこしたことないけど。

先月,途中まで書いて「前編」とした,SETI@homeに関する記事の後編を書こうと思って,FAQページを眺めていたら,日本語訳が英語版の更新に追いついてないようだったので,勝手に訳して勝手に日本語版の管理者(?)に送りつけてしまった。役に立つかしら。こういうのも一種の現実逃避ってか。何だかんだで1時間半ぐらいくってしまった。はあ,原稿書かないと。しかし,今日は頭が痛いぞ。とても珍しいことだ。

1999/03/28(Sun)

デジタル共産主義

ふむ日曜日。夕方頃出社。夜,うんと調子に乗って仕事がはかどったてたものだから「もったいない」と思ったけど,やっぱり終電で帰宅。バイクがあれば,2時でも3時でも帰宅できるのに。残念。でも,無理してそのまま朝まで仕事しても,翌日の効率を考えれば帰るにこしたことはない。
Linuxに関する原稿を書いていて,いま読んでるハイエクの本と照らし合わせていろいろ考えてしまった。例によって僕の原稿は,いつもあふれてしまうのだけど,あふれた分の続きを書いてみようと思ったりして。文体もめちゃめちゃだし,筋も通ってないかもしれないけど。

日本Linux協会発足の記者会見で,IntelとかIBMといったメーカー系の人たちが右側に,Linuxユーザーグループ系の人たちが左に並んでましたけど,見事なコントラストでしたね。で,会場から「Linux協会に加入する企業のメリットは何ですか? 会費払って,貢献して,疲れて,それで終わり? 会報だけじゃ企業は元が取れないでしょう」という質問が出た。そのとき,会場にいた1人のLinuxerがたまりかねて質問者のマイクを奪い,「そうじゃないんだ。Linuxを作っていくのは楽しいからやるんだ。それが報酬なんだ」なんて力説したりして(笑)。どっちの意見も分かるけど,どっちも本質から少しずつズレてると思うんです。要はLinuxって共産主義なんですよ。それが企業の倫理,つまり資本主義と相容れないと,企業側の人間は戸惑っている。でも,そんなことはない。情報は価値,財です。そしてデジタル情報は複製が無限に出来るという,いままで人類が持ったことのない特徴を持つ財です。だから,どんどんコピーして共有したほうが,結局全体として生産性が高く,豊かになるのだっていうことでしょう? 実際のモノ作りをしている第一次産業が偉くて,第三次産業は人間らしくないなどと考える風潮が,一部いまだにあるようですけど,現代社会の豊かさは紛れもなく分業の恩恵なわけですよね。資本主義社会の高度な分業によって社会が豊かになったように,OSなんていうみんなが共通して使う部分は,みんなで協力して作ったほうがいいかもしれないわけです。つまり,Linux協会に企業として参加するというのは,このコミュニティに対して貢献する代わりに,使いやすく安定したOSを得られるという十分な恩恵が得られるわけです。少しずつの貢献でも,それが何千万人にコピーされる情報としてインターネットを流れる。これは巨大な価値を産み,それが再分配されることを意味するわけです。誰もがOS作りに参加できるという意味で,これは特定私企業のOSを使っている世の中よりも,はるかに自由主義的ですらあるわけです。Windowsを作っているMicrosoftは,ある意味では社会主義的,独裁主義なわけです。ユーザーは,こういうOSを望むだろう。だから,我々はそういうOSを作っているのだと,Microsoftは主張するでしょう。でも,誰かが「これがいいだろう」と考えたOSしか使えない,そんな社会は命令型の社会,つまり社会主義なのです。もちろん,現実的にはユーザーはMacOSを選ぶこともできる。しかし,市場を見れば分かることで,OSとアプリケーションは分かちがたいもので,OSは市場を寡占化する方向に進まざるを得ないのです。Javaもアプリケーションが動くプラットフォームと考えれば,広い意味ではOSです。だから,Javaも,Sunだけが策定するのは良くないと,みなが指摘したわけです。
国家としての共産主義というイデオロギーは,計画経済の明白な破綻(今の日本も,これに近いのか),個人からの自由の剥奪,強すぎる官僚の権力,不平等,経済の弱体化などによって否定された。共産主義が,必然的にファシズムへと向かうのだということも歴史が示すとおりだ。僕らはヒトラーの恐ろしい独裁を知っている。ソ連の貧しさを見た。東欧の高級官僚の贅沢三昧も見た。官僚主義国家,日本の衰退の危機を見つつある。
共産主義が,全体主義へと向かうとき,誰かが全体を見て価値判断する必要がある。それは絶対に間違った方向にしか進まない。スターリンにせよ,毛沢東にせよ,ムッソリーニにせよ,「これが正義だ」などと言ったところで1人の人間が考えられる価値観など,これほど複雑になった文明,経済に対しては無力すぎる。ハイエクはそう主張したそうです。マルクスの言葉が,いかに魅力的に聞こえたとしても,その実践である共産主義,社会主義は決定的に失敗した。しかし,である。
しかしいっぽうで,デジタルな財(情報)に関して,共産主義が機能しないとは限らない。デジタルデータは,ネットワークを通して共有(無限にコピー)できる。Linuxの成功で分かるように,極めて自由主義的な共産主義という,一見,形容矛盾とも思われるようなシステムも運用可能かもしれない。特にOSやワープロといった誰もが使う基本ソフトウェアに関して,共有財産として,みんなで開発したり,意見を言ったり,そういう世界ができないとは限らない。GNUのStallmanにインタビューしたとき,彼は「ソフトウェアを作る企業などなくていいのだ」と言ってのけた。僕はまったくそれが現実離れした絵空事だ思った。そんな経済システムなどあり得ない,と。しかし,今では感想はちょっと違う。もしかしたら……。彼の言葉は正しいのかもしれない。

1999/03/29(Mon)

逃げる

締め切り1日過ぎ。ライターの原稿はもう1週間以上遅れてる。自分も原稿をせっつかれる立場だから,せっつかれるのがとっても嫌なことが分かる。それだけに厳しくせっつけない。で,こんなに遅れてる。その遅れによって,自分の原稿がますます遅れる。
逃げ帰るように終電に走る。徹夜したところで,効率が悪そうだという表向きの理由も,もちろんある意味本当なのだけど,半分はウチに帰れないと,お酒が飲めないからだったりして。我ながら,世の中なめきっとるな。
とはいえ,帰宅後はもちろん仕事の続き。IE5を自宅のWin98マシンにインストール。しかし,インストール後の再起動でいきなりexplorer.exeが落ちる。何だよ,それ。まったくもう。
あれこれ文句を書こうと思いつつ,IE5のCSSの実装を試す。ついでに,このページのスタイルシートも変えてみる。日付周りとタイトルを変えてみたけど,雰囲気変わったかな。どっちにしろNetscape Communicatorの人には,あまり綺麗に見えません。Gecko……,じゃなくてMilestone3を使ってください(嘘)。ブラウザ技術面白いね。ウォッチするの。まだまだインターネットは,これから爆発的に発展するよ。どう発展するのか,それにIE5がどう関わっているのか,そういう原稿を書きたいな。
ずっと以前,編集長が「面白い技術とか製品があったら友達に説明したりするでしょ? そんな風に書けばいいんだよ」と言っていた。そっか。僕はここでメモ書き代わりにIE5の説明を書いて,それをまとめれば良いのかもしれない。

IE5ね。とりあえず良いよ。すべてのユーザーにインストールすることをお勧めします。とはいえ,インターネット経由だと大変だよ。標準インストールで,58.3MB。これってダウンロードできるサイズじゃない。INS64で1MBが約1分だから,だいたい1時間。33.6kbpsモデムだと2時間弱か。さすがの僕もCD-ROMから入れたね。DOS/V ISSUEの付録CD-ROMね。ちなみに完全インストールだと,98MB。韓国語入力とタイ語入力が必要な人は少ないだろうから,これは意味のある数字じゃないけど。そういえば,標準インストールだと,JavaVMが入ってない。これってすごいことだよ。MSは本気でJavaをはずしてきたんだから。
IE5がIE4と何が違うか。インターフェイスはこなれているね。さすが良くできてるよ。Intellisense(入力補助)とか,Webページの保存で画像ごと保存できるとか,「移動ボタン」がついてるとか,そういうのって細かい変更だけど,使ってて全然便利になった感じがするもん。と,僕はそういう表面上の変更に関しては,書かないのだけど。
僕が興味があるのは,ブラウザのエンジン部分。HTMLを解釈して,それを表示する部分ね。見た目にはIE4とほとんど変わってないけど,IE5って,まったく別物といっていいほど進化している。XML,XSL,DOM,DynamicHTML,DynamicProperty,Behavior,SVG(VML)あたりがキーワードかな。逆に,CSS1,RDFといった点に関しては,ネガティブな評価をせざるを得ないのかなぁ。MSは,もっと真面目にインターネット標準技術をサポートするべきだ,なんて声もあがっていたりする。
けどまあ,要するに,IE5には,ものすごいいっぱいテクノロジーが詰め込まれているわけ。ちょっと大げさにいうと,そこには21世紀のインターネットの姿があるわけなんだよね。まだ,そういう最新仕様に対応したコンテンツがないから,その恩恵は見えづらいけど。W3Cは,今あるインターネット,Webの標準化を目指しているだけじゃなくて,未来のWebを構想しているんだよね。で,W3Cが決めつつある標準に,どれだけ対応しているかってところが,IE5は問われている。普通に使ってる分には,ブラウザなんて最低限の機能があれば良いと思いがちだけど,インターネットの発展はもうとどめがたく未来に向かって突き進んでいるんわけ。実際にIE5を触ってみると,なるほど良くやってるなって部分と,何だ全然ダメじゃんって部分がある。MSが何を考えてIE5をデザインしているのか,どうしてIE5がダメだったりするのか。問題はそこですね。
一言で言えば,XMLがインターネットの未来を支えるテクノロジーで,IE5は,これに対応しつつあるということ。XMLは次世代HTMLと言われるけど,それは誤解だからね。ちょっと実際と違う。
ふむ。やっぱりこんなことを書いてる場合ではなくて,原稿を……。はぁぁぁ。

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NISHIMURA Ken <nis@bigfoot.com>