1998/12/08(Tue)
この1年で一番怒った日
この1年で一番怒った日は,一番長く,速く走った日でもあった。
会社で僕の後ろの席に座るAは,僕のタイムキーパーだ。
電波時計のように,いつも正確に時刻を把握している。帰りは小田急線の同じ方面に向かうので,電車で一緒になることが多い。たいてい終電だ。終電で彼と会わない日は,僕がスクーターで会社に来て夜半に帰宅する日か,彼が朝まで仕事をする日である。もちろん僕が朝まで仕事をすることもある。でも,それは締め切りが迫っている月々の後{半の話である。12月は年末進行モードで,無事にクリスマスを迎えられるかどうかと早くも心配する向きも編集部には多いが,今日はまだ徹夜するほどにはせっぱ詰まった状>態ではなく,普通に帰える時期なのである。普通に終電で。
長い打ち合わせから戻り,長いメールを書いていると,12時半をまわっていた。参宮橋発の下り最終電車は12時56分。会社を10分前に出れば,のんびり歩いても間に合う。その10分前に出る,というのが,いつもできずに走ることになる。「あと1本メールを書いてから」というのが,いつものパターン。往生際が悪いんだね。
タイムキーパーの彼が時計をちらちら眺めだすと,決まって僕は尋ねる。「あとどのくらい大丈夫?」。彼の答えは正確だ。「いまなら歩いて余裕」「いま出ると会社を出て2つ目の交差点まで走れば,駅の階段を昇るころに電車がホームに入ってくる」。
今日の僕はメールを書くのに夢中で,時間のことを気にしながらも,彼の動きに気づかなかった。ふと壁掛け時計を見やったとき,彼の後ろ姿が通路を曲がるのが見えた。彼がのんびり歩いているところを見て,今日は余裕を持って出たんだなと,僕は了解する。まもなく僕は長いメールを書き終え,彼の後を追おうと帰り支度をした。
「お,ニシムラが逃げようとしてるっ」。気配を殺して帰ろうにも,そうもいかない。うちの編集部は見通しがよく,いろんな人に見とがめられてしまう。別に自分のペースで,ちゃんと仕事を終わらせていればいいのだけど,終わってない仕事をほっぽらかして帰ろうとするときには,なかなか帰りづらいものがある。いっぽうで,徹夜して終わる仕事なら徹夜もするが,効率の悪い仕事をするぐらいなら,明日早めに来て片づけるさと自分に言い訳しながら帰るわけである。
まさに帰らんとしている僕と視線がぶつかったのは,2人。夜に打ち合わせをやりましょうといっていた人,今日中に原稿をくれるようせっついていた人。かなりまずい。はっきりと非難されたわけでもないが,さすがに僕はしどろもどろしながら,愛想笑いなんかを作ってみるわけである。
エレベータに乗ったときには,すでに12時50分をまわっていた。かなり走らないと。いや間に合うかどうかも分からない。終電に乗ろうとしているという意味では,いままでで一番遅い退社時刻かもしれない。5分しかない。
いや,走ったね。僕は昔からずっとマラソンとかランニングが嫌いだったけど,それを思い出すぐらい走った。空気の匂いが変わるんだよね,身体が酸素を欲しているときって。だいたい終電を目指して走るといっても,途中でペースダウンして早歩きに切り替えるのが常だったけど,今日ばかりは,会社から駅まで全力疾走。
駅が見えた。券売機のシャッターが,いままさに降りようとしていた。もう切符は買えない。駅員が「そのまま入って,乗ってくださいっ!」と,僕に向かって叫ぶ。僕は間に合ったと思って,改札をダッシュで駆け抜ける。
向かいのホームに電車が滑り込んでくる瞬間だった。僕は階段を昇りはじめた。足が……,筋肉が言うことをきかない。こんなことがあっていいものか。まったく力が入らない。手すりをひっつかんで,無理矢理身体を引き上げる。普段なら4段飛びで昇れる階段が,もう2段飛びがやっと。それでも,まだ完全に停車するまで数秒ありそうな最終電車に,僕は間に合うと思っていた。
やっと階段を昇り切り,反対側ホームに向かって走るころには,もう電車は停車してたと思う。ホームに向かって階段を降りるとき,扉が開いて乗客がぞろぞろと降りてきた。たくさんの疲れた顔とすれ違いながら,僕はホームに飛び出した。瞬間,目の前で扉が閉まった。それでも僕はてっきり,もう1度開くものだと思っていた。車掌がいると思われる方を向いて,僕は乗りたいんだ開けてくれとアピールしてみた。
ほとんど扉が開くことを確信してたもんだから,電車がゆっくり動き始めたとき,にわかには車掌の判断が信じられなかった。僕は目が良くないから見えなかったけど,車掌から僕の姿が見えなかったとは思えない。最後部に乗っている車掌が,電車から半身を乗り出して通り過ぎていくのを,肩で息をしながら,僕は精一杯の抗議のまなざしで眺めやった。
路上に唾を吐く人が嫌いだけど,ホームから階段に戻りながら2,3度唾を吐き出した。走った後で痰が絡む。まだ息は荒い。
怒ったというよりも,怒らないとサマにならないと思った。切符はいいから飛び乗れといった駅員に向かって,「ひどいじゃないですかっ!」と自分でも驚くほどの大声で毒づいた。肉体的な興奮でテンションも高い。「確かに車掌からは僕の姿が見えていたはずですよ,あんまりじゃないですか」。おおいに抗議しようと,身勝手にも,根拠もなく思っていた。でも,そういいながらも,いっぽうで実際には最初の言葉を言い終わった時点で,怒るよりも,もう僕の中では情けない気持ちのほうが大きくなっていたのも事実。
自分の脈拍が聞こえるほど運動した後とあって,しばらく興奮状態は続いたけど,やがてそれが軽い吐き気に変わると,もうすっかり鬱状態。誰のせいでもない,自分が終電に遅れただけなのに思わず怒鳴ってしまったことを,少し恥ずかしく思う。それから,ほぼ全速力とはいえ,5分ほど走ったくらいで階段が上れないほど疲れてしまったという,己の不甲斐なさに悄然とする。
1998/12/10(Thu)
ネットの距離
知り合って1年になるというと何だか変だけど,もう1年ぐらい前にインターネットでメッセージを交わすようになったyeeという女の子がいる。オーストラリアに留学中のマレーシア国籍の女の子で中国人(かな?)。たしか20歳ぐらいかな。いま夏休みでゴールドコーストにいるんだとか。
ICQを入れてるので,日本とあまり時差のないオーストラリアの彼女とは,深夜にネットでよく会う。忙しいときにおしゃべりな彼女につかまると面倒くさいので,挨拶だけのときが多いけど,たまにチャットもする。InternetPhoneでビデオチャットというのもある。「偉門」が名前だとホワイトボードで教えてもらったっけ。
うぬぼれじゃないと思うけど,彼女はどうも僕のことを気に入ってくれてるみたいで,なんやかんやと話しかけてくる。それはいいのだけど,ちょっと彼女は何か変だ。どうも僕との距離を測りかねてるようだ。
インターネットとは言え,いい歳の男と女だし。僕は男だし。まったく中性的なやりとりなんてあり得ない,それはそうだと思う。でも,僕は一生会うことがないバーチャルな知り合いとして彼女を位置づけているのに,彼女はそういう物理的な関係に,お構いなしなのだ。遊びに来いだの,いつか会おうだのとか。しばらく音沙汰がなかったからといって,恋人みたいなすねかたをしてみせる。かといって,僕に血道を上げてるというほどでもない。なんだかワカラン。
別にどうでもいいんだけど,時々怒ったように突然チャットを中断したりされる。何となく後味の悪いチャットが多いのだな。
1998/12/12(Sat)
パソコンの話。仕事の愚痴。ゴミ処理問題
冗談じゃない,もうコリゴリだ。泥仕事を頼まれた。Web上にある膨大なHTMLファイルをローカルで使えるように変換するという話。CD-ROM収録用データを作るわけだ。適当にリンクを張り直して,画像のタグを外したり,バナーを取り除いたりもする。そんなものスクリプトでチョイチョイでしょう,なんて思う人が多いかもしれないけど,この手のテキスト処理はハッキリ言って滅茶苦茶手がかかる。それが泥臭いテキスト処理をやったことのない人には,どのくらい工数がかかるのか分からないのだ。半日でやれと言うのだ。内心では「5分でできるだろう」と思っているかもしれない。
生兵法は怪我のもと,とは良く言ったもので,かつて僕はテキスト処理には自信があった。sedやawkで正規表現はお手の物だったし,sortf,uniq,headあたりのフィルタをパイプでつなげまくって,7段パイプなんてことをするのが好きだった。Perlも覚えた。100MBくらいあるテキストデータを加工することの楽しさに目覚めたころだった。そんなある時,CTSデータをEPWING(正確にはEPWINGの1歩手前)に変換する仕事を気軽に引き受けたことがある。数十MBあるそのデータを一瞥して,これは大変そうだとは思いはしたけれども,せいぜい1週間の話だと思った。ある会社のデータ処理のエキスパート達の,「処理には3カ月ください」という言葉に対して「ご冗談。このくらいちょろいでしょ」と内心で思いながら。
果たして,その処理には延々と3週間ほどかかった。他にも何冊分か処理すべきデータがあったので,トータルでは3カ月ほど,朝から晩まで死ぬ思いでCTSデータやテキストデータと格闘する日々を過ごした。
かつてテキストファイルこそ,後々再利用可能な唯一のデータで,データはテキストファイルで保存するべきだと思っていた。でも,テキストデータは参照するときには便利でも,加工はほとんど不可能。数十KBの小さなテキストファイルを加工する分には,確かにちょっとスクリプトを書けば済んだけど,今やテキストデータでも数十MBあったりする。改行とかインデントとか記号のマークなんかがあって,一見構造があるように見えるけど,実際にはうんざりするほど例外があって,機械処理になじまないのだ。
もはやテキストファイルはゴミなのだ。参照と検索しかできない(検索だってインデックスがないと実用にならないほど,いまやデータ量は増えてる)。HTMLはタグが付いてるから処理できるなんて思ったら,とんでもない思い違い。書き方にもよるけれど(*),HTMLもテキストファイル同様,ほとんど完全なるゴミだ。データとは呼べない。
(*)ちなみに,このHTMLのソースは下のようになっている。<H1>や<H2>といった,何を表わしているのか分からないタグは使わない。こうしておくことで,後からインデックスを作るときに,dateとtitleを簡単に引っ張ってこれるというわけ。本当は<日付>というタグを使うのがいいんだろうけど。本のページはXML風のタグを使って書いたデータをPerlでHTMLに変換している。パリのページも,XMLでデータを作って,一気に複数のHTMLファイルを自動生成している。いちいち手でやってたらやってらんないもんね。
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<DIV ID="date">98年12月12日(土曜日)</DIV>
<DIV ID="title">パソコンの話。仕事の愚痴。ゴミ処理問題</DIV>
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だからHTMLから別のHTMLを作るっていうのは,ゴミの山から,えっちらおっちらゴミの山を作っているようなもので,泥仕事以外の何ものでもない。精神衛生上も非常によろしくない。せめてCSVにしてほしいのだ。
どうしてこんなことになるのか。それは泥仕事をしたことのない人が,ゴミをゴミだと思わないからだ。日々ゴミデータを入力しているのに,データが蓄積していると思っているらしいのだ。
僕は便利なPerl屋さん。ゴミ処理係だよ。と,愚痴りつつもテキスト処理にはやっぱり自信がある。Perl(テキスト処理),HTMLなんかはパソコン雑誌編集者なら必修項目だと思うんだけど,出来ない人が多いもんね。さらに,XMLやDOMが分かって使える人は強い。きっと1,2年後,あちこちで重宝されることになると思う(希望的観測って奴か。5年くらいかかかるのかなぁ,XMLが普及するのに)。デジタル処理の時代,Webの時代だ。紙を切ったのは貼ったのする時代は終わって(もう終わってるけど,ワープロやエディタでカット&ペーストしてるのも本質的には同じようなもんだもんね),DOMで切ったの貼ったのする時代が来る。それはデジタル化されたメディアの編集者にとってノリとハサミみたいなもので,DOMが自在に使えるか使えないかで,仕事の効率はまったく違ってくるはずだ。今でも正規表現やテキスト処理言語を使えない人が,信じられないほど面倒な手作業をしているのを見かけるけど,それと同じ。Perl用DOMモジュールも登場したことだし,そろそろ本気でDOMを勉強しなくちゃ。
そんなことよりも原稿を書かないと。訳の分からないHTMLにうんざり来て,思わず現実逃避モードに入ってしまった。今日はもう12日。まだまだ仕事はたくさん残ってる。
1998/12/13(Sun)
酒なくて,何でこの世が浮き世かな
起きると,ちょっと胃がむかついていた。飲み過ぎではない。目が覚めるのが早すぎたからアルコールが抜けきってないだけで,飲んだ量はいつも通り。ビール1本,ワインをボトル半分ちょっと。毎日飲んでる量か,むしろ少な目だ。煙草の吸いすぎと,暖房による乾燥で,むかついているだけのような気もする。喉の渇きが,身体の中全体の乾きに感じられる。冷たいお茶をがぶ飲みして家を出る。寒い日が続いてたけど,今日は穏やかな良い天気だ。
風邪を引いても二日酔いでも,食欲だけはなくなったことがない。胃のむかつきを初めて経験したのは,25歳ごろだったと思うけど,28歳になった今でも,多少の胃のむかつきでは,僕の食欲はなくならない。「胃がむかつく」と思って目覚めた今朝も,朝からケンタッキーの脂っこいチキンをほおばっていた。
僕は心のどこかで,自分を不死身だと思っている。体重には気を付けてるけど,時に暴飲暴食をやらかす。逆に,毎日カレーパン1個とワイン1本というむちゃくちゃなダイエットをやることもある。生活のリズムが乱れきって,ほとんど睡眠をとらない生活が続いても「睡眠不足で死んだ奴はいない」と割り切って頑張ってしまう。頑張りすぎてしまう。食欲や睡眠欲は,生理的なシグナルにすぎないから,最終的に帳尻さえ合わせていれば,一時無視したところで,別段何と言うことはない。こういう傾向は危険だと薄々思ってはいる。まだ若いからできることで,いずれツケがまわってくると脅す人もいる。
幼稚な万能感といってしまえばそれまでだけど,これは僕の気質だ。体質的にあまり強くないからアルコールの量はたかが知れてるけど,浴びるように飲んで正体をなくしたまま泥のように眠りたいと思うことが多い。味や雰囲気を楽しむよりも(それも好きだけど),ただ酔うことが目的だから,渇酒症に近いんだと自分では思う。ビールは喉で飲むというけど,僕はアルコールを胃で飲んでいると思うことがある。ワインやバーボンが胃に落ちる瞬間の感覚がたまらないから,空腹で飲むのが好きなのだ。
つい煙草を吸いすぎてしまうのも,何か通底する理由があるように思える。どちらも自傷行為で,心の弱さの裏返しだ。いま僕の周囲には,ドラッグがほとんどないから良いけど,時代が時代なら,あるいは場所が場所なら,僕はドラッグにハマっていたのじゃないかと思うことがある。強い刺激がないと生きていけない。人が絶対に食べられないような激辛料理を好むのも刺激を渇望しているからだ。タナトスなんて言うと,ちょっと大げさかもしれないけど,壊れてしまいたいという心理があるのだと思う。
もう飲めないと思うことはあっても,もう飲みたくないと思うことはない。
1998/12/16(Wed)
午後5時のFourRoses
そろそろ,せっぱ詰まった時期なのに現実逃避。仕事する気になれなくて,取材帰りに会社から少し離れた喫茶店で,コーヒーを飲む。午後4時半。アルバイト学生らしき店員もスノッブなら,Jazzyな音楽もスノッブな喫茶店。ふーん……。モカを頼むと,すぐに僕は本を読み始めた。
馥郁たるコーヒーの香りに,読んでいた文庫本からハッと目を離した。フィルターに落ちるポットの熱湯が,じゅぽじゅぽじゅぽっと良い音をたてている。絵に描いたような白い湯気。かぐわしい芳醇な香り。僕は読書をやめた。
素っ気なく「どうぞ」と差し出されたコーヒーだが,とてもうまい。久しぶりにまともなコーヒーを飲んだ。
初老の紳士が入ってきた。言葉もなく,僕から2つ離れたカウンターの席に腰掛ける。身のこなしが上品だ。何をやってる人だろう。早速僕は興味津々。すぐさま,オーダーもなしに老紳士の前にFourRosesのボトルとショットグラスが置かれる。夕方5時に1人で喫茶店に来てバーボンを飲むなんて,ナニモノだろう。若い店員とふた言みこと言,言葉を交わすだけで,その老紳士は30分ほどで席を立った。
「こんな帰りがけの1杯もあるのか」,そう思いながら,僕は仕事に戻るのだった。
1998/12/18(Fri)
理不尽に憤慨する理不尽さ
12月18日金曜日と思って出社したら,僕のPCのカレンダーは12月18日の木曜日! ラッキー!! 締切に追われる身に24時間は嬉しい誤算だ。でも良く見たら2098年……。これって2000年問題か!?
理由は分からないけど,PCの時刻が一気に100年進んでたワケ。不思議なもので,2098年のカレンダーを眺めていると,ちょっと時間旅行でもしているような気がしてくる。
筋を通そうとするのは立派だが,筋が通る世の中だと考えるのはいただけない。通さなくていい筋を通そうとするナイーブさは,はた迷惑である。理不尽や不条理は,日常生活にありふれてるじゃないか。いちいち目くじらをたててどうする。
正当な理由を述べて相手を非難していると思えるときほど,控え目にした方がいい。相手が認めざるを得ないような正当な理由で罵っても,相手をひどく傷つけるだけだし,逆に,相手が非難の正当性を理解しない場合,それは何の役にも立たない。いたずらに不和を招いて得することが,何かあるだろうか。
誰かがあることを論理的に理不尽だと断じる場合,論理以外に目を向けないと,必要以上に事実をゆがめて見てしまうことになる。理不尽だと感じる感覚は,理屈ではなく多くメンタリティーによっている。理屈など,後から何とでも付けられるものだ。
巧妙な理論武装に隠蔽されたコンプレックスを,至る所に見いだすことが出来る。
日付はもう土曜日。朝11時前に帰宅。とても良い天気で,スクーターが気持ちいい。こんなにいい天気の土曜日なのに,僕は帰って寝るだけ。起きたらまた会社に行くだけ。馬鹿みたいに自分で仕事を増やしてる。まあ,誰もやらないからやるしかない。ホントに馬鹿だ。こんな天気なのに,買い物に出かけるわけでも,デートに出かけるわけでもない。最近,3キロほど太ったから,朝帰り(昼帰りか)の愉しみであるビール&回転寿司もパス。
1998/12/24(Thu)
Richard Stallman
いちおう原稿は書き終わっているとはいえ,まだ全部終わっていない。夕べはほとんど朝帰りだったのに,昼前に会社に行く。ゲラのチェックもあったけど,それ以上のビッグニュース。うちの会社に,あの
GNUのRichard Stallmanが来るという。翻訳本の版権の打ち合わせか何からしい。それっ,取材だインタビューだっ。
Stallmanは13時の予定にやや遅れて登場した。僕はどきどきしながら,部屋に入ってきた彼の一挙手一投足を見守る。インタビューの前に,まずは仕事の話から。翻訳に関するやりとりを脇で聞きながら,Stallman観察。
一歩間違えれば,「尊氏」という風貌のstallmanはヒッピーそのもの。長髪,髭づら。極めてゴーイングマイウェイな会話のやりとり。まあ,明晰ではあるけれど。のんびり構えているが,爪をかむ仕草,女子高生が枝毛をチェックするような仕草で髪をいじくり回す仕草は,見ているこっちが落ち着かなくなる。
汚らしい。初対面の印象は,こんなコキタナイおやじが,あんなエレガントなEmacsを作ったのかというところ。とはいえ,この時点では,僕はやっぱりまだオーラを感じていたのだった。何しろすごいヒト,ある種の人々にとってはヒーローそのものだ。
使っているノートPCは48650という(聞いたことのない)古い型番のDynabook。いったい,いつごろのマシンだろう。型番からすれば,486DX2-50MHzか。デカくて重そうなノート。バッテリもすぐに切れそうだ。
銀行がしまる前にアメリカに送金したいというから,僕ら(僕と,とあるライターさん)はインタビューを待つことにした。ところが銀行に行くだけのはずが,いつまで経っても戻ってこない。どうやらトラブルらしかった。1000ドルほど失したらしい。1時間半ほど経って戻ってきたStallmanは,暗い表情だった。落ち込んだ様子のヒトにインタビューをとるのは気が進まない。
19時の成田のフライトに間に合うには,17時の新宿発NEXに乗らなくてはならない。会社のある初台から新宿まで,タクシーで5分だとはいえ,Stallmanが戻ってきたのは15時半だから,もうほとんど時間がない。だのに,彼はメールをチェックしたいと言う。がーん。ほとんど何も聞けないかも知れない。
結局,新宿へ向かうタクシーの中と,新宿の駅ビルでパスタを食べながらインタビューはすることになった。この日の顛末と,ちゃんとしたインタビュー記事は後日書くとして,書きとどめておきたいのは,彼の最終的な僕の印象。「どこにでもいる,ちょっと偏屈なシェアウェア作家のひとり」。freedomが大切だという主張は分かった。でも,それではeconomyがたちゆかない。夢を語るのはいいけれど,実践的な方法論を説いてほしかった。きっと,そんなものはありはしない。
1998/12/28(Mon)
休日
完全なる休日。まったく予定のない休日は久しぶり。といいつつ,前日深夜のメールで元先輩編集者のNさんから,忘年会のお誘い。軽く飲みましょうという誘いは,僕がまだ今日,月曜は仕事しているのだろと思ってのことだろう。26日の取材を最後に,僕の今年の仕事はおいしまい。思えば長い1年だった。
前日の深酒もあって,目がさめたのは1時前だった。少しだけ掃除して,シャワーを浴びる。本格的な掃除と洗濯は,明日でいいや。のんびり何もやらずに午後を過ごそう。
溜まっている「積ん読本」の,どれから手をつけようかと迷う。年末年始の15連休は,まとめて本を読めるいい時間。チケットが取れるなら,旅行に行こうという考えもまだあるけど,とりあえず正月をはさんで数日は実家に帰省するし,帰るまでの年末は予定なし。無為徒食の日々がいいや。
プレステの電源を入れて,専用コントローラまで買ってしまったビートマニアを始める。30分ほどやるが,どうも興が乗らない。まだまだ練習が必要。そこまでやる気はない。そこまでやる気を起こさせるゲームでもない。それとも僕がトシをとったのか。面倒くさいのは嫌いだ。
早々にゲームに疲れ,上着のポケットから読みかけの文庫本をとり出す。中央公論の「砂時計の七不思議」。粉流体の話は,ひととおり読み終わっていて,最後の章,筆者の物理歴史観が展開されるところ。カオス的現象や三体問題を引き合いに出して「物理学者は,いまだにほとんどの現象を説明できていない」とするのは,ちょっと言い過ぎのような気がする。盲目的科学主義を批判するのはいいけれど,こういう本で,こういう文章を書いても,オカルト科学に与することになるばかりだと思う。確かに直面する現象の説明という意味では,定式化できっこない現象のほうが多いというのはわかる。でも,天気予報や生命現象の記述は物理学の仕事じゃない。とまれ,粉流体の話は興味深いものだった。固体でもない,液体でも気体でもない,流体でもない,粉流体。不思議な性質の数々。
メールの返事を数通書いてから,講談社の「現代思想の源流」を読み始める。とりあげられているのは,マルクス,ニーチェ,フロイト,フッサール。初めはマルクスから。読み始めてすぐに眠気に襲われる。現代日本のわれわれがマルクスを読む意義は何だとか,マルクスその人自身,その人の思想と,そこから変形,派生していった,いわゆるマルキシズムが,歴史的にいかにカイリしてきたのかと議論が展開される。
夕方,Nさんからメール。まだ仕事中なのだとか。ご苦労様です。夜,渋谷で待ちあわせ。やっぱり僕がまだ職場にいると思っていたらしい。結局,いい年した男が2人,年末の渋谷でビールを飲むことになった。もう東京はだいぶ寒いけど,スクーターで出かけた。夜風を切るのは気分がいい。
なんやかんやと仕事の話,コンピュータの話をしてたら12時過ぎ。経堂に戻って,またひとりで飲みに行ってしまう僕は,完全に休日モード,お酒好き。