« 25年前のジャグリング(その2) | メイン | あけお »
2007年12月28日
25年前のジャグリング(その3)
25年前の時点で独自に5ボールカスケードを思いついて習得した人の話を書きましたが、すえきちさんから「事実と異なる可能性があるのでは」とツッコミをいただきました。
本人は「正直にいって、自分で5ボールのパターンを想像したよ」と言ってますが、本当に5ボールカスケードを見たことがなかったどうかは分かりません。本人にしか分からないというか、本人すら分からない可能性もあります。例えば、ぼくはきっと1996年ごろに横浜で5ボールカスケードを見たことがあったはずですが、記憶にはありません。ただ、大道芸ではよくジャグリングを見たし、確かにナンバーズ系を最後にやった人がいたなという感触だけは覚えてるんですね。まあ、それはいいです。
すえきちさんのお話は、ジャグリングを、たまたま見かけて習得するというのは、テレビがあった時代なら珍しいことではなかった可能性があるということです。たとえば、こんな例が。
JJFに毎年参加されている大阪のプロジャグラー三好さんは若いころ(1990年代半ばのはず)NHKに少しだけたまたま流れたポール・ポンセの映像を頼りにジャグリングを学んだと聞いています。(それでいて99年当時には5クラブができていました。 私の目の前で500キャッチを見せてくれた記憶があります。 わたしも当時は信じられませんでしたが・・・)
以前ディックフランコにインタビューしたことがあります。彼はすでに50歳を超えるジャグラーですが、最初ジャグリングに出会ったのは20歳のころ、ビーチで誰かがジャグリングしてるのを見たから、と。(彼いわく、できたらもてるんじゃないか?みたいなよこしまな気持ちがあったから練習してみたとかだった気が)このことからもアメリカではずいぶん(日本よりは)ジャグリングに親しむ機会があっただろうと私は思います。
また、ヨーロッパのジャグリング大会、EJCがスタートしたのが1979年、IJAは1969年で、すでにアマチュアの数は相当あったのではないかということです。そして1982年ですでに5クラブで分単位の記録が出ていたと。
確かにIJAの古いビデオを見ると、80年代ファッション、80年代の髪型の人々が、それなりに高度なジャグリングをやっている映像が入っていたりします。
アマチュア層もそれなりの厚みを持っていただろうことから推測して、「5ボールを思いついたというにはちょっとひっかかるんです」というのが、すえきちさんの指摘です。
でも、どうでしょうね。3ボールカスケードができている人が、演繹的に図を描いて5ボールカスケードを想像する、というのはありえそうな気がします。まあ、本当に本人にしか真相は分かりませんけどね。
投稿者 ken : 2007年12月28日 10:49
コメント
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
すえきちです。
さて3ボールカスケードができている人が5ボールを想像すること自体は私も理解できます。
5ボールができれば7ボールを・・・とおもうこともありうるでしょう。
奇数個から偶数個へと増やす過程で若干まようかもしれませんが
たしかに想像可能な範囲と思います。
西村さんは以前のエントリーで周囲にサーカスの人でもいなければ
実際に5ボールを見ることもなかったのでは、
という意味のことを書かれておりましたが
時代的にそうでもないのではと思ったんですね。
「事実」とはその点についてです。
80年代後半から90年代前半のIJAジュニア部門のレベルなど見れば
インターネットが未整備の状態であれほどのスキルを得るには
それなりの基盤があったのだろうと感じられるかと思います。
当時IJAに出てくる人たちは決してみながサーカスプレーヤーではないとおもわれます。
88~89年、14~5歳のJASONもとても初々しい姿を見せています。
http://jp.youtube.com/profile_videos?user=JasonRGarfield&p=r
が、すでにスキルは現代日本でも十分トップクラスですね。
私はこのようなことから82年当時、
一般人である17歳の青年が5ボールを投げていたということは
特に驚くべき事実とは思いませんでした。
年配の方にジャグリングを見せると
「昔はわたしたちも5つくらいは投げていたものよ~」と言われることがあります。
初めて聞いたときはまた冗談を・・・とおもいましたが
50年ほど前の日本で、シャワーの形での5つのお手玉が
普通の人の間に存在したことは十分に信憑性があると思うようになってきました。
実際に70才近い女性に4シャワーを見せてもらったのは驚きでした。
(もちろんそんなには続かないですよ、昔こうやって投げていたという程度です)
その方は「私は安定したのは4つまで、でも友達は5つは投げられた」と。
日本ではシャワー形式が広まったように
アメリカではカスケード形式がなんとなく広まったとしてもおかしくないですよね。
方言としてであれば例えばですけど
なぜかすべての個数で基本形がハーフシャワーになってしまっている、
(奇数偶数関係なく形は維持したまま数を増やして投げられる)
とかだったらより興味深いですね。
実際そんな感じのジャグラーの話を聞いたことあるような気がしたんですが
どんなはなしだったか忘れてしまいました・・・
投稿者 すえきち : 2008年01月01日 23:59
すえきちさん、明けましておめでとうございます
いま実家でケータイなので一点だけ。
うちの母がお手玉5個できたというのは
信じてなかったんですが、昨日4シャワーの
リズムと軌道を見て考えが変わりました。
3キャッチぐらいなんですが、確かに
できてるんですよね、ロシアンで。
ありえるなあと、思いました。
ジェーソンはジャグリングクラブで覚えたん
ですよね。それなら驚きません。レベルは別として。
ぼくが驚くのは孤立したジャグラーです。
現代は情報的に孤立する可能性が低い
ですが、当時はアマチュアのクラブが
あると思い付くか、偶然知るかしないと、
孤立したでしょう。そうした人の多くが
3カスケード止まりで5個は想像も
つかなかっただろうことを考える、
やっぱり一人でやったのはすごいのでは?
昔の日本人の女の子は、集団でやってた
わけですし、競争心もあったでしょうから、
だいぶ条件が違いそうです。
投稿者 西村 : 2008年01月02日 06:03
おそくなりましたー。
すえきちです。
おかあさんのはなしからも
やっぱり日本ではお手玉(シャワー)は5つがある程度できていたと考えてよさそうですね。
おもしろいなあ。というかすごいです。
5シャワーは技術的にも相当難しいと思います。
どれくらいできたんでしょうね?
(安定して100キャッチできる人は今でもそれほどいないのでは)
そういえば私が高校生のころ90年代半ば過ぎかな?
テレビで(特報王国?とかいうタイトル)
7シャワーをやる日本人青年の映像が流れたそうです。
またアメリカの彼の話ですが
ひとりで5ボールを習得したことはすごいことだと思います。
それはたとえどこかで5ボールを見たことがあったとしても
周りにジャグラーがいなければ並大抵の努力ではなかったと推測されます。
ちなみに彼の出身地は結構田舎なんでしょうか?
だとすればなおさらですよね。
またそれと時代背景に関する話はまた違うと思うんですよ。
西村さんの
「1982年、17歳のときに5ボールができていたというのは、ちょっと驚きです。 」
「そして何より、周囲にサーカスの人でもいない限り、現物のカスケードを見ることはできなったんじゃないかと思います。」
というこのあたりの発言は若干主観的かなと思ってのコメントです。
西村さんがジャグリングをはじめるより昔のJJFやIJAなども
昔の映像資料として十分面白いですよ。
機会があれば是非。(今は販売はしていないですが)
私は初めて上記のJASONの映像を見たとき
80年代後半の映像ですが10代半ばまでにここまでのジャグラーが
アマチュアからそだったことに驚きました。
とくに3クラブです。
いかにジャグリングクラブで学んだといえ、このことからもすそ野はひろかったのかなーと思ったわけです。
そこで話は少し変わりますが
改めてそんなIJAの7オブジェクト(当時はリングもボールも同じだったのかな)の記録をみると面白いですよ。
(たしかJJFのナンバーズとはルールが違うので比較できませんが)
80~82年あたりは7秒前後で推移しています。
大体30~40キャッチくらいでしょうか。(100キャッチ=20秒くらいとして)
5クラブが分単位で続くこともあったようですから
5クラブと7オブジェクトの難しさの差が歴然と当時にもあったということでしょうね。
83年に一気に7オブジェクトが20秒に延びます。
82年(7秒程度)の優勝者と同じ(トニー・ダンカン)なんですが
2位のダン・ベネットも一気に伸びます。
彼らのプレースタイルからおそらくボールの記録と思われます。
ガットー効果かもしれないですね。
トニー・ダンカンは3ボールやコンタクトで知られていますが
80年代前半はバリバリのナンバーズもやっていて
私が実際にワークショップ受けた2000年には
5ボールのリバースバッククロスを軽々とやっていました。
もちろんバッククロスも。
当時で40歳は超えていたように思います。
ジャグリングは19歳のとき大学ではじめたといっていたような・・・
この辺はうろ覚え情報です、すみません。
7ボールはひじの調子をあるとき悪くしてからはあまりやっていないという話でしたが、一度入れば100キャッチは出せる感じでしたね。
ちなみに84年にアルバート・ルーカスが7オブジェクト(おそらくリング?)で1分36秒をだし
翌年には7オブジェクトがナンバーズから外れました。
トニー・ダンカンも自己ベストは(何年かは聞いてませんが)400キャッチを超えたそうです。
本人談。
投稿者 すえきち : 2008年01月07日 02:54
すえきちさん、
いやいや、けっこう古い映像見ていますよ、ぼくは。
ジャグリングを始めたばかりの2004年の暮れに
1984年から2004年まで全部のIJAをDVDで注文して
一気に見ました。1999年の分だけ在庫切れ
で買えなかったのですが、それ以外は全部
見ています。1999年の分はYouTubeなどほかで
少し見ています。
ジェーソンの映像も、まだ髪があったころに
裏庭でアルバートを練習する風景とか、
大学の発表会で投げる映像とか、本人が
公開しているものは全部見ていますですよ。
だから、1980年代とか1990年代のアマチュアの
レベルがどの程度だったかということは
それなりに知っています。IJAの映像の中には
ワークショップとかフリーパフォーマンスも含まれて
いますしね。
ぼくがすごいと思うのは、孤立した環境で高度な
ジャグリングを発見・習得する人がいるということです。
例えば、2008年の現代でも、まったく孤立した
環境で5ボールを習得したという人がいれば、
ぼくはその人こそ本物のジャグラーだと思います。
ただ、YouTubeのある現代では、それはかなり
ありえないことですよね。ぼくのYouTubeの映像って
アフリカの途上国にまで見ている人がいたり
するんですよ。
ガットーの驚嘆するのとはまったく違うベクトルで、
孤立した環境で5ボールを発見・習得する人に、
ぼくはやっぱり驚嘆します。
投稿者 西村 : 2008年01月07日 10:42
7ボールの記録が、徐々に伸びてきたというのは
おもしろいですね。ガットーは、気づいたときには
もう安定、という感じでしたよね。
投稿者 西村 : 2008年01月07日 10:45
なるほど。
ということは彼がジャグリング関係の情報から
いかに孤立していたかを客観的に示せればより興味深いですね。
私は個人的に知る情報などから
趣味でやってる人が当時からそれなりにいたのかなあ
と推測し、そうであれば彼が情報に孤立していたという点が
どれほどのものだったのかがわかっていないだけなので。
7ボールですが、ガットーも最初のナンバーズ(83年)では
12秒の3位に終わっています。
86年には7クラブをひっさげて信じられないほどの成長を見せていますが。
しかしナンバーズに関してはIJAでもさほど進歩していないですね。
本当にガットーのみが突出しています。
その他は8ボールなど84年の18キャッチ以降、
20年ほど20キャッチ程度でずっと停滞しています。
ときおり9ボールも20数キャッチ出ていますが
これも90年代前半よりあまり変わっていません。
そう考えると最近のVOVAの7クラブは改めて
かなり目覚しい成長のひとつだとおもいます。
今年のJJFの記録を見ると8ボール、23キャッチ。
9ボール13キャッチ。
観ていないですが、日本の計測方法は1分の間にチャレンジとのことなので
IJAのそれより条件が厳しいです。
そのなかでこの記録はかなりのものだと思われます。
また話は飛びますが
今年のJJFの5と6のボールエンデュランスを見るに
上位3人がまったく同じで(1位の人は5を意図的にやめたと聞きましたが)
記録は大体6が5の60分の1なんですよね。
ちょっと興味深かったです。
話がずいぶん変わってきてしまいました。
すみません・・・
投稿者 すえきち : 2008年01月07日 22:29
むっ、1ヶ所だけ妙に反応を。
> 記録は大体6が5の60分の1なんですよね。
こういう比率って、だいたい信用ならないんだよねという
ことをルーク・バラージが言ってましたが、ぼくはかなり
比率ってあると思っています。そうか、60分の1か。
つまり6を1分続けたかったら、5が1時間続くぐらい
じゃないとダメってことですね……。うむむむー。
100キャッチ(20〜30秒)とすると、5ボールが
20〜30分。なんか、それっぽい数字な気がします。
投稿者 西村 : 2008年01月08日 10:36