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2007年12月25日

25年前のジャグリング(その2)

5ボールカスケードの映像をYouTubeで公開している数学教授のジャグラーに、どうやって5ボールカスケードを習得したのか聞いてみました。1982年、17歳のときに5ボールができていたというのは、ちょっと驚きです。

やっぱり予想通り、誰に教わるでもなく、自分で5ボールカスケードを思いついたという話です。すごすぎる。

紙の上にいろんな瞬間のボールの位置を書いてカスケード軌道を「想像した」というんですね。5ボールのやり方を自分で思いついたということです。映像を見たわけでも、アニメーションを見たわけでもないというわけですから、すごいです。

さらに、卓球テーブルを傾けてボールを転がす練習をしたそうです。テーブル上だとボールがゆっくり動くので、いきなり投げるより簡単だからで、その練習方法も自分で考案したといっています。

テーブル上のボールの動きに充分慣れてから、実際に空中にボールを投げたと言っています。

欧米人のかなり多くの人がジャグリングとの出会いは「Juggling for Complete Klutz」(超ぶきっちょのためのジャグリング)とか「Beyond the Cascade」(カスケードを超えて)の2冊の本のいずれかだと答えます。この2冊は1990年代前半の出版ですから、やっぱり1982年には、書籍の情報すらまともになかったんじゃないかという気がします。

ぼくは、こういう人こそ、本物のジャグラーだと思います。ある種の天才がなければ、こんなこと絶対に無理です。

ぼくは子どものころに3ボールカスケードや2イン1ハンドはできたので、4ボールのやり方も、実は分かっていました。要するに片手ずつ2個やればいいんでしょ、と。シンクロファウンテンとスプレッドまでは自明ですから、実際に試してみたこともありました。ただ、まったくできる気がしないんですよね。それで3分以上練習したことはありませんでした。「きっと、これはやり方が違うんだ。こんなことは人間にはできない」と思ってしまったんです。あるいは、子どものときにサーカスで学んでいないとできないことなのだろうと思ってしまいました。

もちろん、「おそらく5個のジャグリングは可能」ということ自体は、1982年にアメリカに住んでいた17歳は知っていたでしょう。でも、それにしても「自分にできる」と思えたところあたりに非凡さを感じます。「理論的には」と結果を想像して、そこに突き進めるというのはある種の才能ですよね。

この数学教授は4x4x4のルービックキューブをやりながら歌っている映像もYouTube にアップしていますが、もしかするとこれも自分で解法を見つけ出したのじゃないかしら。聞いてみよう。

投稿者 ken : 2007年12月25日 10:30

コメント

おひさしぶりです、すえきちです。

興味深い映像、また西村さんの考察ですが
引っかかる部分がいくつかあります。
前回のエントリーでも推測から推測を重ねている部分があるのではないでしょうか。
多少事実と異なる可能性があるのではと思いコメントします。
少なくとも9年は日本でジャグリングに携わってるものとしての感想です。

5ボールを見たことがあったか否か。
彼の言い分を信用しないわけではないですが
サーカスの人以外に見る機会がなかったかどうか。
(5ボールのカスケードをおもいつく、という部分です)

いくらなんでも当時すでにテレビは普及していたでしょうし
ジャグリングの映像を見る機会がないわけではないと思います。
JJFに毎年参加されている大阪のプロジャグラー三好さんは
若いころ(1990年代半ばのはず)NHKに少しだけたまたま流れた
ポール・ポンセの映像を頼りにジャグリングを学んだと聞いています。
(それでいて99年当時には5クラブができていました。
 私の目の前で500キャッチを見せてくれた記憶があります。
 わたしも当時は信じられませんでしたが・・・)


以前ディックフランコにインタビューしたことがあります。
彼はすでに50歳を超えるジャグラーですが
最初ジャグリングに出会ったのは20歳のころ
ビーチで誰かがジャグリングしてるのを見たから、と。
(彼いわく、できたらもてるんじゃないか?みたいなよこしまな気持ちがあったから練習してみたとかだった気が)
このことからもアメリカではずいぶん(日本よりは)ジャグリングに
親しむ機会があっただろうと私は思います。

欧米ではジャグリングの歴史は古く
EJCが開催されだしたのが1979年、
IJAは1969年です。
このようなフェスティバルが開催されるということは
アメリカではサーカスプレーヤー以外でもすでに相当数のアマチュアの存在があったということでしょう。
IJAの古いビデオ(80年代後半からしかないですが)をみれば当時のアマチュアの量や実力がわかりますが相当なものです。
欧米で90年代前半の書物でジャグリングにふれたと答えるジャグラーが多いのは
単純に彼らが若いジャグラーだからではないでしょうか?

IJAの歴史のページを見てもわかりますが
1982年当時、すでに5クラブの耐久で分単位の記録が出ています。
日本の現状を考えると5ボールをジャグリングできる人は十分にいたのではと考えられます。

よって彼の話が本当かどうか知る由もないですが
当時アメリカのジャグリング環境自体はそれなりのクオリティをもっていたのではないかと推測されます。
彼自体がガラパゴス的な生活をしていたならば関係ないですけど
アマチュア母体の規模をこういう面から推測するに
5ボールを思いついたというにはちょっとひっかかるんです。
確かに情報の伝達に関する環境は80年代と90年代でも大きく異なると思いますが。
イメージは今ほどあふれた情報でないにしろ見たことがあり
練習方法を自分で試行錯誤しただけ、なら十分理解できます。


ちなみに私の個人的な90年代後半のジャグリング感ですが。
96年にアメリカに短期留学していた友人が3つのカスケードを見せてくれました。
そのホームステイ先の青年は5つのお手玉をしていたといいました。
カスケードかどうかはわかりません。
私と同じ高校の6つ先輩であるナランハの中嶋さんとその友人が
わたしの高校在学中に母校に遊びに来た際7ボールを投げようとしていたと
私の友人は語っていました。私は見てません。
私がジャグリングを始めたときは(1999年)日本語の書籍はなかったのではないかと思います。
インターネット環境も一般には整っていませんでした。
ジャグリングは大道芸では見たことがありました。
サーカスでは見たことがありませんでした。
テレビでは見たことがあったように記憶しています。
5ボールの少しできる(100キャッチくらい)先輩がいました。
99年当時19歳だった私は、ジャグリングをはじめて10ヶ月弱で
5ボール112キャッチを達成しました。
練習方法はほとんど確立されておらず、試行錯誤しながら
ただ投げ続けるといったものでした。
これは京都のドーナツでの環境であり、東京のマラバリスタでは2歩ほどすすんだ環境だったようです。

3×3×3、4×4×4のルービックキューブは
私も一切の解法を見ずに自分なりの解を数日かけて導き出しました。
私は数学はやりませんがすこしでも数学をやる人なら十分に可能だと思います。
これは5ボール習得よりははるかに簡単な作業ですよ。

投稿者 すえきち : 2007年12月27日 02:31

すえきちさん、こんにちは。

ご指摘ありがとうございます。
いちいちおっしゃること、ごもっともです。
ちょっと長くなりそうなので、また別にエントリを
書いてみますー。

投稿者 西村 : 2007年12月27日 09:58

ひとついえるのは、25年前って少なくとも日本ではビデオデッキの世帯あたりの普及率がまだ数%の時代です。
何かに興味を持っても、それが実際に行われている様を見るのはなかなか難しい時代でしたよ。

投稿者 セバスちゃん : 2007年12月27日 23:47

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