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2006年03月29日

失敗の修正法

5カスケードから5シャワーのトランジションは、両手2個ずつのマルチプレックスによる縦並べが分かりやすいですが、「678{91}450」とか「9692{91}450」というのもありますね。9692は、ファウンテンから4シャワーへのトランジションである74と同系列で、これがいちばん簡単っぽいです。試したことないですけど。

5個のハーフシャワーも少しずつ練習しています。最初は5のハーフシャワーで始めて、すぐに(6x,4x)に移行し、調子に乗って73にまで高さの差を広げるということをやってます。理屈上は、73から9を連続で投げれば、そのまま91のシャワーにも持って行けますが、当分できそうにありません。

(6x,4x)のハーフシャワーでは、右からアウターで投げた6xが十分に左側に行かず、徐々に身体が右へと移動していくという現象があります。この現象は53のときも経験しました。いまでも油断すると、そうなります。

これの解決は「思い切り左に行き過ぎるように投げる」ことです。シャープに、強めに、頂点から左にずれたポイントを思い切って狙うと、「あ、なんだこれぐらいでちょうどいいのか」とわかります。

あまりにも当たり前の処方箋ですが、これは一体、もう少し早く気づけばマシになったことなのか、それともやっぱり練習時間とともに直ったことなのか、よくわかりません。いや、もちろん「もっと左に」というのはいつも気づいてはいるのです。ただ、あまり思い切った修正を試みるこがなかったというだけです。

理詰めで考えて修正すべきだったのか、それとも「理詰めで考えていれば修正できたはず」と思うのは錯覚なのか、それが気になります。

上級者のアドバイスをいろいろ読むと、「もっとああしていれば上達も早かった。だから、自分はそうしなかったけど、こうするのがオススメ」というタイプのものがよくあります。そういうものはたいてい、理屈からすると妥当なアドバイスに見えますが、だからといって本当に有効なアドバイスなのかは、ぼくは疑わしいと思っています。多くの場合は錯覚に基づくんじゃないかと疑っています。


このあいだb17131を練習していたら、そばで見ていたYoshiakiくんが「いくら何でも、それは7が低すぎですよ(笑)」と指摘してくれました。言われてみれば、その通りでした。「コンパクトにしないと間に合わない」という考えが強すぎたのか、いつの間にかぼくは7を5ぐらいで投げるようになっていました。で、ちょっと意識を変えて7を高くしたら成功率が上がりました。

これは自分でさっさと気づくべきことだったのでしょうか。ちゃんと分析的な思考を怠らずに練習していれば、気づいたような気もします。が、これも錯覚かもしれません。

あるいは……、すでにできる人の指摘を受けたほうが、つまらないところで行き詰まったりせずに済むのでしょうか。これについても、「遅かれ早かれ自分で気づいたこと」という推論も、それなりに妥当にも思えます。

ぼくは徹底して「要は練習。練習してれば気づくし、できるようになる」というタイプの人なのでした。でもなぁ、もう少し分析的にパターンのことを考えたほうがいいような気もしてきたのでした。

そうそう、ルーク・バラージが失敗の修正法について、もっともらしいことを言ってました。たとえば5カスケードで、いつも左で投げるボールが前に飛ぶというような失敗がりますよね。そういう何度も繰り返してしまう失敗があるなら、まずその失敗を誇張します。次に、その失敗を大げさに修正します。誇張と修正をともに大げさにやれというのです。すると、どうやって修正すべきかがわかって、ちゃんとボールは飛ぶべきところに飛ぶようになるから、というようなアドバイスです。

もっともらしいですよね。説得力があります。でも、これが実際に有効であるかどうかは分かりません。まあ、気休めでしょうか。試す価値はありますが、うーん、どうでしょうね。

投稿者 ken : 2006年03月29日 11:32

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コメント

目上の方に生意気なことを言ってしまったようですみません・・・
しかしそれをあたたかく受けとめていただいてありがとうございました。

いつもこのブログでジャグリングに関する技術的、精神的なことについて学んでます。あとそれらを文章にどうやって表現するかもとても勉強になります。

これからも参考にさせていただきたいと思いますのでよろしくお願いします。

投稿者 Yoshiaki : 2006年03月29日 20:46

あー、いやいや生意気なんて、とんでもない。

ぼくが書いた文章から受けるYoshiakiくんの印象が悪そうだったので
「いくら何でも、それは7が低すぎですよ!」を
「いくら何でも、それは7が低すぎですよ(笑)」に変えておきました。
このへんが、しゃべり言葉と違って書き言葉の怖いところです。
にこやかに言ってた雰囲気を漏らしてしまうと、とても生意気な感じが
するよね。

間違えたまま練習するのは、非効率的じゃないかと思うので、
それを指摘してもらえるのは、ありがたいことです。

投稿者 西村 : 2006年03月29日 21:17

私は、「アドバイスは役に立つ!」、の、先人の知恵派です。

余計に直す方法は「オーバーコンペンセーション」と言う名前がついていて、わりと古くから推奨される方法です。右に回るくせがあるなら、止めるのではなく左に回る練習をせよ、というような考え方です。人にも勧めてます。
時速120キロ出る車にしないと、安定して100キロで走れないということと思ってます。

「こうすれば良かった、はず」という経験が錯覚かもしれない、という考えは一理ありますが、その錯覚すらも錯覚かもしれず、ちゃんと確認しないと分からないですね。
ただ、やっぱり、おおきくつまづいたときにはちょっとしたアドバイスが役に立つことが多いのも経験的事実です。7が低い、のように自分では気づかない癖を指摘してもらうのも良いし、自分でも気づいているけれどついそのままにしていることを指摘してもらうのはなお役立つと思います。

投稿者 にしの : 2006年03月29日 22:34

にしのさん、

「オーバーコンペンセーション」ですか、なるほど、なるほど。
ちょっと調べてみます。心理学用語ではすぐに発見できましたが、
これがスポーツ科学でどう言われてるか、興味あるところです。

「アドバイス」と一口に言っても、いろいろですよね。
たとえば、「初めてボックスを練習するときには、左右別々に」という
アドバイスは有効です。あるいは「リズムに注意」という初心者への
アドバイスも普遍性があります。あるいは、おっしゃるように、間違った
フォームやパターンで練習している人に「違ってるよ」とアドバイスする
ことには意味がありそうです。

その一方で、たとえば「ファウンテンで左右がバラバラになる問題が
あるなら、片足立ちで練習すると治る」というようなオカルト的な
ものもあります。ジャグリングのアドバイスの中には、かなり
オカルトが混じっている、というのがぼくの実感です。

明らかに有効なものと、明らかに意味がなさそうなものと、
その中間のものとがあって、これらをすべてフラットに
扱うべきではないのじゃないかと思うのでした。

たとえば「552や55550、50505を練習すると5の習得は早い」とかは、
眉唾ではないでしょうか。確かに55550が上達すれば5も上手くなりますが、
多くの人が証言するように、これらは互いに兄弟関係にあるだけです。
一方ができれば他方の習得も早いというだけじゃないかと思うんですね。
で、55550をやらなかった人は「やってれば5も早かった」というわけ
ですが、これって、うーん、何と呼ぶべきか分かりませんが、
錯覚っぽいです。552はまだしも、「51(3シャワー)は5にいい」という
のは、ほとんど根拠なしと思ってます。「5があるパターンをやれ」
というのは論理的に妥当に思えますが、経験的にはまったくの
ナンセンスに感じられるのです。3シャワーではなく、53や4シャワーが
5に効果的というのなら、まだわかるのですが、51の5は、5の5と
ほとんど何の関係もありません。同じ5でも、パターンが違えば
まったく違うスローだというのが実感ですが、、、
うーん、まあ、これも経験上の話ですね。

みんな自信をもって「これがいい」「あれがダメ」というわけですが、
ぼくが思い出すのは10年ほど前の日本陸上の快進撃の話です。短距離走では、
それまで「膝を高くあげればいい」ということで、それをひたすら
膝上げフォームの練習していたらしいんですね、10年ぐらい前まで。
ところが、あるときスポーツ科学の研究者を招集して研究させてみたら、
それは全然意味のないことだと分かったというんです。大切なのは
ストライドを広く取ることと、足の回転速度を上げることだったと
わかり、ストライドを広くしても安定感を保つための筋トレメニューと
イメトレを取り入れたところ、日本の短距離走者は、いまや黒人に
ついでもっとも速いグループにまでなったという話です。
ぼくも記憶がありますが、学生時代、陸上部はみんな膝を高くして
走っていました。地面を蹴っていました。いまでは地面は蹴るものでは
ないと言われているのに、当時はみんなそう信じて疑うことさえ
しなかった。なぜかというと、それが「ホントっぽいから」じゃないかと
思うんです(この話って、いつかブログに書いたような……)。

ホントっぽいから信じるというのは、非常にまずいですよね。
だからともかく実証的データがないかぎりは、すべて疑おうと。

うーん、あ、そっか。ぼくは別にジャグリングのどのアドバイスが
どうだとか思ってるわけじゃなくて、そうやってあまりに安易に
「このアドバイスは正しい」というふうに言い募る非科学的な
態度が受け入れがたいだけかも。

投稿者 西村 : 2006年03月30日 14:42

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