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2006年03月18日
ぐちゃぐちゃでもいつかは
代々木公園へ。今日はクラブジャグラーが3、4人ほど。いつもコンタクトやってる人が集まって何やらクラブ談義をしていたらしい。初対面のウダガワさんという髪の長いクラブジャグラーが、超パフォーマータイプだったようで、肩の位置が0.1ミリずれたら云々かんぬんという話が聞こえてきた。ホビージャグラータイプのぼくは0.1ミリの世界は興味ゼロ。やっぱり練習方法に対する信念には2つの方向性がありますよね。
身体の微妙な動き、美しい動きの談義をしているクラブジャグラーを遠巻きに見ながら、ひたすらグチャグチャの4クラブファウンテン。指が痛い。腕が痛い。ツメが割れる。左手が気づくとヘッド側を握っている。けど、気にしない。落としても落としても、ほとんど何も考えずにドンドン投げる。姿勢もあんまり気にしないし、「フラッシュだけキレイに投げて止めよう」なんてことも思わない。ともかく、のべ回数を最大にすることを考えてドンドン投げる。それが最善の上達方法だと信じています。ヘタに考えながら100投投げるより、無心で1000投投げた方が、たぶんいいと思っています。これは信念です。
「何も考えずに投げる」とは言っても、当然なにかしらは考えて投げています。「どうも左手の2投目の回転が速すぎる。何でそうなるんだ?」とか「なんで広がるんだ? そっか、シンクロで2本そろえて投げたときの軌道に沿うように投げなきゃいけないから、もともと最初の2投の幅が広すぎるのか」とか、そういうことは常時、考えています。空間上に軌道をイメージして、それに沿うように投げたりも、もちろんしています。ただただ投げまくってるようなときでも、手首、肘、膝の動きの不自然さに対して、「どうして無理な力が入るんだろうか」というようなことは考えています。
言語的な思考だけじゃなくて、もっと感覚的な思考が頭の片隅で進行しているなという実感もあります。そして、その感覚的な思考の1つが奏功して、パターンがピタッとハマることがあります。こういう感覚をジャグラーは「あ、なんかわかったかも!」と表現しますよね。でも、分かった<何か>は言葉では説明が難しかったり、面倒だったりします。あるいは、「まっすぐ投げればいいのか!」というように、あまりにも当たり前のことだったりもします。言語で説明しずらいような<何か>を捕まえるのは身体の仕事だろうと思います。ある程度は前もって「こうあるべき」「こうなるはず」「あのパターンのとき、こうだったから、これはこうなるはず」というのは考えるべきとは思いますが、それはそれとして後は投げるだけ。そこから先は投げまくる。「何でできないんだろう?」の答えは、十中八九、「練習不足」にしかありません。
ぼくはそういう発想なので、パフォーマータイプの人とは話がすれ違い気味です。
「いやー、クラブなかなか上手くならなくて」
「どうすれば上手くなるか分かりますか?」
「いやー、練習していないから上手くならなくて当たり前なんですけどね」
「うまくいかない理由を考えればいいんですよ」
「いや、そうじゃなくて、練習してないから……。練習すれば上手くなりますよ」
「(笑)、そんな甘いもんじゃないですよ」
「でも、やったぶんは上手くなってますよ」
完全にすれ違っています(笑) まあ、「オレはオレの信じる道を行くから、おまえはおまえの信じる道を進め。グッド・ラック!」ってことだと思うんですけどね。
投稿者 ken : 2006年03月18日 23:43
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コメント
すれ違い!
よくありますねえ、俺もよくします。
時期がくれば気付くことかもしれないし
はたまた、わからなくてもいいことかもしれません。
ウダガワにあったのはまたある意味、災難でしたね(笑)
彼にはしばらくあってませんが、なにせ「こだわり」君ですから。
俺は好きですけどね、アノ考え方もジャグリングも。
ただ、「上手くなる」の意味が人によって違うのかもしれないです。
どんなことでもそうですけど練習するのは当たり前、
その上でどうなっていきたいのかってのが個性だと思います。
ただ数をたくさん投げたい、自らの3カスケードを追い求める、などなど
目標は人によってまったく違う可能性がありますからね。
個人的に経験してきて、
ジャグリングを始めて4年くらいたったある日のことです。
それまではがむしゃらに投げ、とりあえずキャッチを増やすことを
主目的にやってきた自分が、7ボールで109キャッチを出しました。
そしてふっと自分の3カスケードを鏡で見たとき
「ああ、俺って汚いカスケードやってるなあ」っておもったんです。
このときの自分のショックはでかかったですね。
人には言いませんでしたが本当に絶望的でした。
それから3年ほどかけて今では、少しずつですが
自分の納得行く形を見つけれそうなところまではきました。
そしてその過程において、ジャグリングの技術を高めるために
必要なことがたくさん見えてきたと思うのです。
もちろん、がむしゃらに練習したあのころがなければ
7ボールなんてできなかったでしょうし
いろんな技も覚えなかったと思います。
でもそう思い始めたとき、自分の今まで見てこなかった世界を
いやでも研究することで本当に様々なことを学びました。
だから人には全てタイミングがあると思うんです。
やっぱりお前の信じた道も良いじゃないか、っておもえる日がきたら
それはそれでおもしろいとおもいますよ。
(いつも長文すみません・・・)
投稿者 すえきち : 2006年03月20日 00:13
最近、のべ回数、かなと思います。
が、やっぱり回数が同じでも上達の速い遅いの違いはあるんですよね。それが悔しくて、より良い方法を模索してします。
それは才能の差かなぁ、、(;_;)
で、ジャグリングパンドラの公式を作りました。
上達度=才能×やり方×のべ回数
回数さえ増やせば、誰でも、やりかた間違ってても、それなりにちゃんと上達するのは間違いないです。そこに最後の希望が残っているのでパンドラです。
(あ、才能がマイナスだったらどうしよう…)
投稿者 にしの : 2006年03月20日 00:15
すえきちさん、
長文コメント大歓迎です。ありがとうございます。
> ウダガワにあったのはまたある意味、災難でしたね(笑)
> 彼にはしばらくあってませんが、なにせ「こだわり」君ですから。
> 俺は好きですけどね、アノ考え方もジャグリングも。
そういう感じでした。すごいこだわりが強そうな……。
で、ぼくがこれまた、ある意味ではこだわりがゼロというか(笑)
いや、パフォーマータイプの人には、ぼくはこだわりがゼロに
見えるかもしれませんが、ぼくはぼくでもちろんこだわっている
わけです。
> ただ、「上手くなる」の意味が人によって違うのかもしれないです。
> どんなことでもそうですけど練習するのは当たり前、
> その上でどうなっていきたいのかってのが個性だと思います。
> ただ数をたくさん投げたい、自らの3カスケードを追い求める、などなど
> 目標は人によってまったく違う可能性がありますからね。
目指す方向性にはいろいろ違いがあるでしょうから、そういう意味では
おっしゃるとおりです。なので、やや極論ですが、「自分がやりたいことを
やりましょう」というだけで十分じゃないかな、と。
ぼくは軌道が汚かろうが足が動こうがお構いなしに激しいサイトスワップを
投げまくるピーター・ボーンみたいになりたいと思っています。
いや、なれっこないんですけど……。
> それまではがむしゃらに投げ、とりあえずキャッチを増やすことを
> 主目的にやってきた自分が、7ボールで109キャッチを出しました。
> そしてふっと自分の3カスケードを鏡で見たとき
> 「ああ、俺って汚いカスケードやってるなあ」っておもったんです。
すえきちさん、それはきわめてゼイタクな悩みではありませんか? ^^;;
そこまで技術を究めてから、ふと根本を反省するっていうのは
あり得ることだろうなぁと想像します。
> もちろん、がむしゃらに練習したあのころがなければ
> 7ボールなんてできなかったでしょうし
> いろんな技も覚えなかったと思います。
(snip)
> だから人には全てタイミングがあると思うんです。
こういう体験談は説得力がありますね。まあ、ぼくは少なくとも数年は
がむしゃら系で行くと思います。そもそもハタと反省するほど
技術を究めるところまでは行かないようにも思うんですけど ^^;
にしのさん、
> 上達度=才能×やり方×のべ回数
お、ドレークの方程式みたいなのが出てきました。式自体には
たぶんおおかた同意が得られるでしょうけど、係数の範囲については、
それぞれ意見が異なりそうですよね。
ぼくは才能の個人差は大きそうかなと思います。ただ、一般的に言えば
倍の開きはないかなぁと……。
やり方や、のべ回数が同じであれば、倍の差はつかないんじゃないかと
いう気がします。とてつもない技術をもっている人は、例外なく
とてつもなく練習した人たちだと、そう思っています。
「やり方」による上達度の差は、せいぜい1、2割の範囲に収まるほど
小さいんじゃないかと、そんな気がしています。よほどひどい練習を
すれば、いくらでも効率は落ちるでしょうけど、普通にやっていれば、
普通じゃないかなーと。逆に、一般的な方法と比べて極端に効率の
いい練習方法というのもない気がします。たとえばセルゲイ・イグナ
トフJrが、WJFのインタビューで言ってる言葉に、ぼくは説得力を
感じます。「みなさんね、よく誤解するんだけど、ジャグリングって
練習、練習時間がすべてですよ」と、そんなことを言ってました。
5リングパンケーキにはコツも才能もへったくれもない、それだけ
たくさん練習したからできるんだよと言いたげでした。
うーん、「のべ回数を増やす才能」というのがあるかも(笑)
短期的にも長期的にも、しつこくしつこくやり続ける執拗な性格って、
必要ですよね。あ、才能というより、「しつこい性格」か ^^;
投稿者 西村 : 2006年03月20日 14:23
パンドラの公式はちょっとパラメータが足りませんね。
ただしくは、
上達度=才能×やり方×のべ回数/(年齢*年齢)
私の観察では(笑)上達度は年齢の二乗に逆比例してます。
だからとにかく早く始めるのが吉。
かといって1歳は10歳の100倍上達が早いというつっこみはなし
でよろしく。この公式の適用下限はあるように思われます。
しつこい性格は一般人にとっては才能以上に大切ですよね。
どんなトリックも頑張ってればたいていはできるようになる
のですから。
私も情報が十分にある状態で、やり方による上達度の差は
さほどない気がします。でもねーそもそもどうやったらいいか
わかんない場合はそれ以前の壁にぶちあたってしまいます。
誰か私に縦ループ@トリックロープを教えて!
投稿者 くろせ : 2006年03月20日 22:36
くろせさん、
> 私の観察では(笑)上達度は年齢の二乗に逆比例してます。
まあ、そのくらいでしょうか。ただ、こういう話をするときの
常として、「そうそう、そんなもん」といって、数字を受け入れることで
かえってその数字で自己暗示にかかることってある気がしますですよ。
言い方を変えると年齢を言い訳にしやすくなる、ということです。
ぼくはさしあたり、18歳以下を例外として、年齢による差はないと
思うことにしています。実際には、そんなわけないんでしょうけどね。
若い人たちは、上達して当たり前なので、そのことがプレッシャー
(あるいは動機付け)となってよく練習するという逆の暗示が
働いていそうです。
投稿者 西村 : 2006年03月21日 12:34
いやいや、パンドラの第二公式に年齢項がはいっているということは、「どんな難しい技でも年をとっていても練習さえすればできるようになる」という希望をあらわしているのです。たとえ5倍10倍時間がかかっても練習すればできるようになるとわかっていれば、練習に励みが出るじゃありませんか。
投稿者 くろせ : 2006年03月21日 22:37
くろせさん、
> 「どんな難しい技でも年をとっていても練習さえすればできる
> ようになる」という希望をあらわしているのです。
御意(笑) しつこくジャグって行きましょう!
投稿者 西村 : 2006年03月22日 15:15