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2005年12月27日
WFJの採点基準論争
WJFの宣伝用動画が2本公開されていますね。
- WJF2005その1(QuickTime形式、約27MB)
- WJF2005その2(QuickTime形式、約23MB)
ヴォヴァとトーマスの活躍が目立った、というか、この2人以外の人はどうしちゃったんだという結果になったWJFですが、どうも順位と採点を巡って異議を唱えている人が多いようです。
あまりちゃんと話をフォローしていないのですが、ドロップによる減点が甘いために、実際の演技の完成度が順位に正しく反映されていないと言ってる人たちがいます。具体的には、たとえばクラブでのヴォヴァとトーマスの順位です。何でもヴォヴァは、緊張のためにドロップやミスが多く(6~9ドロップと言われてます)、トーマスのほうはノードロップだったといいます。それでもやろうとしたルーチンの難易度が高かったことから、ヴォヴァが勝ってしまうという「ねじれ」が起こったようです。会場にいてふたりの演技を見たら、誰しも「これはトーマスの勝ちだ」と思ったはずだというほどの違いだったらしいです。ヴォヴァ自身も「あーっ、昨日の夜は、めっちゃボロボロだったよ。オレは1位になるべきじゃなかった。無意味な勝利だ」とチャットで漏らした、と伝え聞きました。
ドロップによる減点は5クラブのルーチンで相殺され、さらにヴォヴァの3クラブのトリックは、技と技がつながっていたから高得点だったという話です。
あまりに主観と採点結果に開きがあったために、最終的にヴォヴァを1位として発表する前には審判団とジェーソン・ガーフィールドは話し合いさえしたと言います。結果的にはルールはルール、ということで採点結果優先としたということです。
トーマスを勝たせるべきだった、という主張には2つの側面があります。まず、採点結果はどうあれ、明らかに優れていたトーマスをWJF2005のクラブの勝者にするべきだったという主張がありえます。でも、ぼくはこれは論外だと思います。ルールや採点方法を明確化、客観化したのがWJFの本義ですから、ここで超法規的措置なんかをして、その立場を動かしたらWJFのアイデンティティ自体が一気に崩れます。
もうひとつは、来年はWJFの採点基準を修正したほうがいいという主張です。これは大いに検討すべきなんでしょう。でも、これにしたって、自明な採点基準などというものはありません。今回、WJFのドロップ減点が甘すぎたということはあるかもしれませんが、だからといって、減点に寛容な方針自体が悪いとはぼくには思えません。ジャグラーは、自分たち自身も投げる(落とす)ので、一般の人たちよりドロップに寛容だと言います。で、WJFは、もはや一般人に完成した「芸」を見せるためにやってるジャグリングなんかでは初めからないはずです。限界を見てみたい、人々が競い合って、限界を突き破っていくのを見たいんだとジェーソンは言っていますが、そういう観点から言えば、ドロップに対して寛容な採点基準を採用するのは合理的です。極論すると、IJAと同じ順位結果が出るようならIJAでいいじゃないですか、という話です。競技会はステージとも違うはずです。
今回たまたま「ねじれ」が起こったのは、みんながまだルールを飲み込めてなかったからだとも言えます。何をやれば高得点かが分かってくれば、こういうねじれはなくなるでしょう。そのとき、あまりにみんながドロップしまくる競技会になって、「これはもうジャグリングじゃないぞ」と思うなら、それはルールの設計ミスでしょう。でも、競技者の平均ドロップ数が5回で全体のレベルが1段階上がるなら、それはそれで見てみたいと思います。
完成度に対する要求は、個々人の感性によるものです。で、感性というのは「慣れ」の別名じゃないかとぼくは思ったりするので、ドロップ寛容路線も、定着しちゃえば、それなりに受け入れられると思うんですけどねぇ。
とはいえ、WJFだって、やっぱりテレビが入って一般人に見せる方向を目指すとすると、うーん、やっぱりドロップはダメだな(どっちやねん)。
投稿者 ken : 2005年12月27日 11:46
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コメント
はじめまして。
シンクロニシティというジャグラーの片割れ、
らがぁと申します。
いつも興味深く拝見させていただいてます。
またこれからも楽しみにしております。
さて、WJFの採点基準の件ですが興味深いですね。
今までジャグリングの採点に関してはおそらく明確なものなど
ひとつとしてなかったとおもうのです。
IJA、JJFの採点なんていってしまえば
単なる主観に過ぎないと思いますし。
ドロップに関する感覚も年によって「?」と思いますし。
そういう意味ではWJFにはある程度基準はあるのでしょうが
まだまだ歴史が浅すぎて、未知のトリックや複雑なトリックには点数を明確に表示できないんじゃないでしょうか?
他のジャンルに目を向けてみると
フィギュアスケートでも、体操でもたくさんの技があるんでしょうけど
実際に演じるトリックの数はジャグリングほど多くはないと思います。
そのトリックの完成度を上げてミスをほとんどなくして
望むのが各ジャンルでの世界選手権ですよね。
WJFはどの位置づけなんだろう。
やりたいことは自由に、しかしそれを採点します、ドロップもまああり、と。
そうなった場合、実際どうやって採点しているのかなぁ。
なんかあやふやな気もします。
個人的にはもうピルエットならピルエットに得点、
ダブルピルエットなら2倍ではなくそれなりの得点、
それが5ボールでなら~点、7なら~点、・・・
という風にやる演目もある程度まで決めてしまってその中でどういう風に演技を組んでくるかを競わせてみる。
そのなかに少し複雑な技があっても基本点はその基準で採点する。
そういう、他の既存の競技にならってみてもいいと思うんですけどね。
ちなみに他のどんな競技でも、もちろん人間の限界に挑戦しているわけですが
ミス、つまり体操なら着地失敗や落下、フィギュアなら転倒など、ジャグリングならドロップがわかりやすいでしょうか、
そんなものは大きな減点にしておかないと
社会的に認めてもらえるような価値は出てこないと思います。
勿論、そこに主点がないのならいいですけど。
究極的にはジェイソンの言ってる事はジャグリングというものの社会的価値向上だと思っていたのですが、ちがうかな?
メディア戦略もしているし。
とすれば、やはりきれいなジャグリング(って言うとまた御幣があるかもしれないですが)にもある程度採点してほしいですね。
昔ジャグラーでない友人に身体が崩れた状態で何かやっていても美しくないから何も思わないと言われたことがあり、
う~ん、厳しいこというなあと思いましたが、今では勿論理解できます。
ま、ようはそのバランスですけかね。
どんなものにしろ、その価値が本当に出てくるのは10年以上かかるんだろうな。
そういう意味ではWJFにはより方向性を明確にして、長く続けていってほしいとは思います。
それができないならジャグリングにはそういう方向があっていないっていうことかもしれません。
いきなり長々とすみませんでした。
またこれからもよろしくお願いいたします。ではでは。
投稿者 らがぁ : 2005年12月28日 14:09
はじめまして。
俺もらがぁさんの意見と同じですね、今までなかった明確な採点基準なんて数回のコンペティションでは確立すること自体に無理があるし。しかも同時に社会的地位向上も目指すというのはかなり難題ですよね、結果は結果として、誰が一番優勝すべきだったかは本人もわかってるのならそれが選手達の結果なのでは???
ジェイソンには来年もその次もがんばってほしいですね!
しかしトーマスすごいですね~~・・・。あんな崩れたフォームでよくできるなぁ・・・。
投稿者 るりけっと : 2005年12月29日 07:41
らがぁさん、
はじめまして。コメントありがとうございます。
シンクロニシティって、お名前は存じておりますが、
パフォーマンスは拝見したことがありません。
すみません、きっとぼくはモグリですね…… ^^;
WJFのドロップやミスに関係する減点基準は、それなりにハッキリ
していて、ドロップやミスは数段階に分かれているようです。
「いまのは危なかった。身体の軸がぶれた」といったことも
少しの減点対象になりうると読んだように思います。その段階の
判定自体は主観ですが、そういうことをちゃんと明文化したのは
ジャグリングの歴史はじまって以来なんじゃないでしょうか。
でも、ご指摘のとおり、歴史が浅すぎて、まだまだおかしなところが
いっぱいあるんでしょうね。「だからダメ」だといってジェーソンを
批判するのは簡単ですが、どうしていくべきか、どうすれば
ジャグリングが受け入れられるかを、考えていくべきですよね。
最初はワンマンでいいと思いますし、ワンマンでなければ、WJFなんて
スタートすらしなかっただろうと思いますから、それだけでも
ジェーソンは評価されていいと、私は思っていますけど。
なるほど、すでに受け入れられているフィギュアスケートや
体操と比較すると、話が分かりやすいですね。
確かにこうした競技では、トップの人々は、数度に1度は完璧な
演技をしますよね。5ドロップが優勝というのは、こういう競技と
比較して考えると、ちょっと違うよなーという気がしてきました。
「社会的価値」というのも大事ですよね。視聴者(ファン)も
スポンサーもつかないと、結局、成長しませんし。
いまネット上にいろんな動画が溢れてて、そういうのを紹介する
サイトってありますよね。そこで8リングのジャグリングの動画が
紹介されていたんですね。紹介者いわく「最後のところ、ちょっと
ごまかしているような……」というので見てみたら、確かにやや
甲斐性的なキャッチはしてるんですが、ドロップではないし、
乱れたというほどでもないんですね。いやー、厳しいことを言うなと
思いました。が、それがふつうの人の感性なんでしょうね。
るりけっとさん、
はじめまして、コメントありがとうございます、いやー、なんだか
急にプロの方々にコメントをつけて頂いて恐縮です。
るりけっとさんは、夏のJJFでは黒いTシャツを腕まくりして、
高い高い3クラブの練習をされていた方でしょうか、ひょっとして。
やや短髪、金髪の。違っていたらすみません、どうもぼくは、
いまだにジャグリング界の有名人を知らなさすぎで……。
> しかしトーマスすごいですね~~・・・。あんな崩れたフォームで
> よくできるなぁ・・・。
崩れたフォーム、、、厳しいですね ^^;;;
でも、確かにトーマスはいつもちょっと傾いてますよね。
ぴょんぴょん飛び跳ねてるし。それで激ヤバなのがスゴイ。
投稿者 西村 : 2005年12月29日 18:57
非常に興味深いですね。らがぁと飲んだ時も出た話題です。ボクもこれに関しては思うところは多々ありまして、いずれコラムで書きたいとも思っています。
様々な視点からの意見がでていて、非常にうなずけることばかりです。ただ、もうひとつドロップに対する立場を挙げさせてもらいますと”ジャグラーにとってのドロップはサーファーが波に飲まれるようなもの”です。
ステージにたつジャグラーとは対極の考えでしょうか?
投稿者 ゆーた : 2005年12月29日 23:26
あけましておめでとうございます。
らがぁです。
シンクロニシティ、既にジャグリング界では過去の遺物です。
気にせずいてください、ははは。
しかしながらせっかくなので、
ここでしばらく議論できれば面白いですね。
よいですか?西村さん。
また長文になりますが・・・
>「いまのは危なかった。身体の軸がぶれた」といったことも
>少しの減点対象になりうると読んだように思います。
いや、これは難しい議論ですが面白いです。
現段階で誰がソコまで判断できるのかはあやしいですが
みれるとしたら、サーカス出身の身体的訓練をある程度受けた
ステージジャグラーくらいでしょうか?
いづれにせよ、そこまで明確な論点があるのは興味深いです。
また他の文化として、フィギュアや体操などの肉体的な部分に主点をおいた競技のほか世界的に広い裾野をもつ分野に
「奇術」という非常にジャグリングに近いものがあります。
こちらは肉体的・技術的限界とともに演劇的な演出力にも
重点を置いています。
ただし、こちらには技術的なミスを容認する姿勢は一切ありません。
マジックにおいて種がばれるということは
今後その種を用いたマジック全般の死を意味するからです。
奇術ステージで種がばれるくらいなら
照明を消すこともある、という話も聞いたことがあります。
今までのジャグリングコンベンションはいわゆるアマチュアが
ミス(ドロップ)を容認し、それを前提としてうけとめ
「楽しむ」ことを主としているフェスティバルの中の話ではないでしょうか?
プロジャグラー主催であれば、そもそもミスを前提になどありえないと思います。
ゆえにそういったコンベンションを安易には開催できないのでは。
ジャグリングにはミスがつき物、よくジャグラーからは聞く言葉です。
しかし、それはいかなる場所においても、アマチュアでもプロでも演じる側としては容認してはいけない言葉でしょう。
個人的に楽しむ分にはまったく問題ないと思います。
>”ジャグラーにとってのドロップはサーファーが波に飲まれるようなもの”です。
例えば、サーフィンなどにおいては
自然の力を相手にしているため、人間自らの力でコントロールしきれる範疇を超えているでしょう。
しかし、ジャグリングは純粋に自らの肉体によって
物体をコントロールする技術です。
(もちろん屋外であればある程度自然も付きまとうでしょうが)
ステージや屋内において(環境が整った中)ミスをするのは
力量不足であることを指摘されても仕方ない気がします。
勿論その上で、ジャグラー自身が楽しむイベントはたくさんあるべきというのが
個人的な見解ではあります。
ただ、それを社会的に認めてもらうというのはまた別の話ではないか。
外界に理解してもらわなくともかまわないある種のフェスティバルと、
社会的に価値を認めてもらうための競技会はまったく別のものである、と。
ここを一緒に議論するとうまくかみ合わないのではないでしょうか。
(余談ですが・・・今のフィギュア界のようにスポンサーの絡みが若干感じられるようになったら
純粋にフィギュア好きな人はどうおもっているのでしょうか?)
もちろん逆に、外界に価値を発信しない競技会ならば好きなようにすればいいとは思います。
その場合は「世界一」、「日本一」という言葉を安易に使わないようにするべきなのかもしれません。
世界の中のメジャーリーグみたいにならないよう。
そして、自戒の念をこめて。
投稿者 らがぁ : 2006年01月02日 00:51
らがぁさん、
あけましておめでとうございます。
コメントの長文、ぜんぜん大歓迎です。
> こちらは肉体的・技術的限界とともに演劇的な演出力にも
>重点を置いています。
そ、そうなんですか? マジックに技術が必要なのはわかりますが、
肉体的にそんなに要求レベルが高いとは思いませんでした。
マジックとジャグリングだと、「新規性」に対する評価も
ちょっと似ているかも知れませんよね。いくらタネを知らなくても、
非マジシャンが見ていて「もう見飽きた」というマジックは
たくさんあります。
ジャグリングでは、技術レベルはそう高くなくても、新規性は
評価されてしかるべきだろうと思います。
> 今までのジャグリングコンベンションはいわゆるアマチュアが
> ミス(ドロップ)を容認し、それを前提としてうけとめ
> 「楽しむ」ことを主としているフェスティバルの中の話ではないでしょうか?
> プロジャグラー主催であれば、そもそもミスを前提になどありえないと思います。
> ゆえにそういったコンベンションを安易には開催できないのでは。
確かにプロであれば、ミスの数はぐーんと減るでしょうね。
ところでジャグリングコンベンションは、登竜門なのかもしれませんね。
そこで優勝して名前を売って、そのタイトルを経歴に書いて
ナンボって感じだったりして……。現にIJAやWJFでトップに立っても、
ジャグラーたちはみんな、世界にはもっとすごいヤツがいっぱいいる
ということを知っているんじゃないかと思います。JJFでも一度勝ったら
後進に道を譲るというような感じがあるんですよね? 違うかな?
> ジャグリングにはミスがつき物、よくジャグラーからは聞く言葉です。
> しかし、それはいかなる場所においても、アマチュアでもプロでも
> 演じる側としては容認してはいけない言葉でしょう。個人的に楽し
> む分にはまったく問題ないと思います。
むむむ、厳しいお言葉です。
でも、演じるって、そういうことなんですよね、きっと。
> 勿論その上で、ジャグラー自身が楽しむイベントはたくさんあるべ
> きというのが個人的な見解ではあります。
そう思います。いろんな方向性があっていいと思います。
ただ、コストの問題がありますから、むやみに数を増やせませんよね。
たとえば、日本でJJFレベルのものを別個に立ち上げるのは非効率です
から、もし「社会的に認めてもらう」という方向を目指すのであれば、
JJFを変えていくことを考えるのでしょうね。
というところで、考えの異なる人たちが議論したり、派閥に分かれて
権力闘争をしたりで、やがて別団体として分離独立するとか、
あるいは内部から変革していくとか……、あるいは人気を競って
廃れていく大会あり、盛り上がる大会ありということになっていくとか。
いずれにしても時間のかかる話っぽいですね。
ほかのマイナースポーツや競技を見ていると、ジャグリングは普及
云々とか以前の状態に思えます。
ゆーたさんがコラムで書いていたように、まずは
「ジャグラーってカッコイイ」というイメージ戦略で(笑)
波にのまれるサーファーって、それなりに絵になるじゃないですか。
そういう感じで、ドロップするジャグラーも……。うーむ。
投稿者 西村 : 2006年01月03日 11:18