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2005年12月22日

ジャグリングとお勉強の関係

ちょっと前に仕事で“オープンコースウェアプロジェクト”というものを調べました。プロジェクトに参加する大学が、講義の資料やレジュメ、ノート、講義の動画、試験問題などの一部をフリーで公開するという試みです。もともとアメリカのマサチューセッツ工科大学が2001年にはじめたもので、今は世界中に広がっています。「知」は自由にアクセスできるように広く公開するべきだという理念のもと、利用料は取らず、そのかわり卒業資格なども認めないという条件でオンライン学習素材を提供しています。

こうした試みは途上国を中心に世界中から注目を集めています。試しにMITの生物学や物理学の講義を動画で眺めてみましたが、けっこう臨場感があって楽しいです。初回の講義は学生たちで席がいっぱいになっているのに、回が進むにつれて空席が目立つようなる様子なんかも手に取るようにわかります(笑)。高分子化学の講義では分子構造を表示するソフトなんかも配られています。

大学時代、あれほど講義をさぼりまくっていた(というか、出た講義数を数えたほうが早い)のに、えーと、何というか、ノスタルジーに浸るというか……。「ああ、もっとあのとき勉k(ry」という感じというか。

MITに続けとばかりに世界中で同様の試みが進んでいて、日本だと阪大、京大、慶應、東工大、東大、早稲田の6大学が集まって、春頃からプロジェクトを立ち上げています(日本OCW連絡会のページ)。東大が講義を動画で公開していたりして、ちょっとおもしろいです。

で、この6大学のリストをみたとき、ぼくは「あれ?」と思ったのです。なんだ古くからジャグリングサークルのある大学リストじゃないか、と。

慶應には奇術部があるのみで、ジャグラーはそう多くないと聞いています(残念。うちから歩いて5分なのに!)。このあいだ早稲田大学の構内で練習していたとき(なんでや)、声をかけてきた人によると、早稲田にもジャグリングサークルはありません。しかし、ぼくは早稲田出身なのでした。

というわけで、この符合に、何か偶然以上のものを読み取ったりしなくもないのです。にしのさんが2004/1/28に「趣味のジャグリング」で、こう書いています。

ジャグリングに興味を持ってやる人の傾向として、好奇心旺盛で、積極的に自分でやることが好きで、いろいろ工夫するのが好きな人だという特徴があります。で、こういう人は自ずと「かしこい」人だったりします。学校の勉強ができるというのとはちょっと違うかもしれませんが、デキル人なのは確かなようです。

オープンコースウェアプロジェクトに名前を連ねる大学名のリストを見たときに、ぼくも何か似たようなことを感じました。


お勉強ができることと、ジャグリングは関係があるでしょうか。あるいは、お勉強ができるタイプの人はジャグリングに惹かれやすいとか、上達しやすいとか、そういう相関は?

理系の人、とくに数学や物理の人が放物線や物理法則と付き合うジャグリングに心惹かれるというのはあるような気がします。端的に言えばオタクでしょうか(違)。

上達速度という点では、勉強ができるかどうかとか、ほかのスポーツができるかどうかといったことは、どうも無関係らしいです。

前にも何度か書いた運動学習理論の本で読んだのですが、アカデミックと運動学習のパフォーマンスの間には相関は見られないらしいです。相関がないというのは負の相関もないということで、世間によくある青白きインテリといったステレオタイプな見方、「優等生は運動音痴」というのもある種の偏見に根ざしているということです。勉強をがんばった人の一部が運動の学習に割り当てるべき時間を犠牲にしたために運動が駄目ということはあるでしょうが、それは遺伝的にどうこうという話ではないのでしょう。練習しなければ、できないのは当然というだけです。それに、本当に勉強ができるヤツは、むしろ時間的に余裕があるので運動だっていけるものです。勉強しかできないヤツは、もともと大したことないヤツというのが、ぼくの経験的な観察です。

その運動学習理論の本でもっと驚いたのは、運動一般で「スポーツ万能」というような人はいないという指摘です。指摘というか、実験から得られたデータですが。

ある運動学習課題Aの成績がいい人と、別の運動学習課題Bで成績がいい人と、そういうのをグラフにプロットすると、すべての運動で成績がいいという人はいないというんです。これは経験的直観にすごく反します。

ぼくの観察では、運動のできるヤツというのはバスケをやっても野球をやってもマット運動をやっても結構できたりしたものでした。その本にも、常識と異なると書いてありました。

運動学習理論の教科書でいう「運動」は、一般に言う運動よりも、ずっと広い概念のようです。ドアノブに手をかけて回転させるとか、お箸の使い方を学ぶとか、あるいは足で円を描くとか、そういう四肢を使った動きの学習全体を指しています。ところが、ふつう運動といえばスポーツ、それも球技を指すことが多いです。これがスポーツができる人はスポーツ全般に長けているとする常識と、「運動学習に万能選手はいない」という実験結果の齟齬の原因かなと思いました。実際のところはわかりません。

ともあれ、運動全般でバランスよく好成績を出す人はいないというのは結構驚くべき指摘だと思いました。

ジャグラーのみなさんは、どうでしょうか。運動音痴と言われてきた人もいるでしょうか、それとも割と運動はできたほうでしょうか。ぼくは運動音痴っぽい顔をしているらしいのですが、子どもの頃から運動はできたほうです。

投稿者 ken : 2005年12月22日 11:39

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