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2005年12月17日
テニスボールルーチン
テニスボールルーチン(MPEG形式)
テニスボールと円筒のボール入れを組み合わせたルーチンです。ノーミスなのはいいなと思いましたが、特に目新しくは感じませんでした。2ボール+1ケースですが、3ボール+1ケースのほうがよく見かけます。
このテニスボールジャグリングって、アメリカでは割とメジャーと聞きますが、どうなんでしょう。テニス部の人たちが何となくジャグったり、あるいは入門ジャグラーが手近な道具を取り上げたりして自然と発達したジャンルということでしょうか。……と思ったら、このビデオの人は、このスタイルのテニスボールジャグリングの創始者とも言えるぐらいの人らしいです。ってホントかな。
ところで「クラブ」って、非ジャグラーはボーリングのピンと呼びますよね。あれ、無理もないなと思うわけですが、どうにかならないのでしょうかね。
もともとアメリカでジャグラーたちががクラブを投げ出したとき、世の中はフラフープブームならぬクラブスインギングブームだったと、以前西川さんに教えていただきました。身近な道具、誰もが知っている道具を使ったわけですよね。
このあいだ江戸大神楽の道具を間近でみて思ったんですが、あれ、太鼓のバチを投げますよね。あるいは茶碗や升を傘で回す。見ている人たちにとって、それらはすべてきわめて身近な道具だったはずです。シガーボックスだって、ジャグラーにとってすらジャグリング道具でしかありませんが、もともとは文字通り桜の木かなんかでできたシガー入れの箱で、最初に3つ並べて投げ始めた人たちには身近なモノだったわけですよね。ハットにしても、そんな帽子かぶってる人、いまどき見たことないよという帽子だったりします。
何が言いたいかというと、太神楽の一部の道具もそうですが、こうまでも非ジャグラーがクラブを「ジャグラーたち向けに設計された専用道具」としてしか認識しなくなった以上は、もっと身近なモノ、誰もが見て何かがわかるものに変えてもいいんじゃないかと思ったのでした。
もちろん、どんな文化でも様式化され、抽象化され、洗練されるという部分はあるのでしょうから、クラブはもはや棒、シガボは箱と見るべきかもしれません。でも、テニスボールのルーチンを見ていると、「身の回りの何気ない道具を使う」というのも、もう少しあってもいいのかなと思ったりするのでした。
マラバリの秋の祭典、MJFではビニ傘を投げる人が何人かいました。デビステ風だったり、クラブ風だったり。そういう話です。ペットボトルとか空き缶に、ちょこっとバランス上の工夫を施したり穴を開けたりした道具って、どうでしょうね。先進国の現代人になじみ深いもの……DVDの板とかテレビのリモコンとか、あるいはヘッドフォンとか。ヘッドフォンはかぶったり、絡ませたりできるし、つかむ場所があってキャッチもしやすそうです。バランスも不思議でおもしろいかもしれません。
うーん。ダメか。やっぱりクラブがいいですね。ははは。といっているぼくは、球という形に文化や時代を超えた普遍性をみていたりするのですが。
道具を固定することで技の洗練が進むという部分は大きいと思います。いくらヴォヴァが天才でも7ヘッドフォンカスケードはできないだろうと……。あと、大量生産や本格的な工業の時代がはじまったので、何もわざわざ既存の道具を使わなくても専門道具を安く提供できるようになったという事情もあるのかもしれません。違うかな。
投稿者 ken : 2005年12月17日 11:31
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コメント
私は普通のボーラーハット持ってます。
さすがに軽すぎてまともにジャグリングできないと思われます。まーなかなか見ることないでしょうねえ。
いまどきのものを投げるのならなんといっても携帯でしょう。
投げながら電話するなんて芸はないのかな。
いま、100円ショップで買ってきたおもちゃのマラカスで、投げながらリズムを刻めないか検討中です。
投稿者 くろせ : 2005年12月21日 21:17
むむっ、ケータイ。ちょっと軽いですかねー。
しかし、肩と耳(あご)で挟むってのは誰しもやるわけで、
その延長上のトリックができれば、一般人も「むはー」と
なるかもしれませんよね。
投稿者 西村 : 2005年12月22日 02:27