2009年03月22日
休日の外出
家にいても仕方ないし、かといって出かけるにしても、まだ小さいので可能なアクティビティは限られるといった状態から、だんだんだんだん休日の行動範囲が広がってきた。ムスメは2歳半を超えて、ますますかわいい。散歩、プール、買い物、映画、博物館と、いろいろと出かけている。もう冬も乗り切って暖かくなってきた。
2009年01月11日
スイミング昇進
ムスメがスイミングでレベルアップした。親と一緒に入ってジャブジャブするベビークラスから、2歳半から入ることのできるリトルクラスに移行。水着も指定のものを買って、いよいよスイミングスクールの生徒っぽくなってきた。

親と引き離されてスイミングのレッスンなんて想像もできないし、現にコーチに聞くと、最初は泣くものだという。「最初の3、4回は泣き叫ぶと思いますよ。でも、親子レッスンで一緒にやったところで最後には泣きますから最初から1人で放り出したほうがいいですよ」。初めて保育園に預けたときのようなものかと思って、泣かせることにした。
ところが驚いたことに全然泣かない。新しい水着でご機嫌なのをいいことに、知らん顔してコーチに預けたら、何事もなかったかのようにクラスにとけ込む。プールに出ても、行儀良く指示に従う。水をかけられても「いやーん」という程度で、むしろ親のぼくのときには単に甘えてただけだったらしいことが発覚。ちらちら後ろを振り返り、ぼくの姿を探しているものの、途中で1度泣いた程度でレッスン終了。途中で泣いた話はムスメの証言なのでホントのところは分からないけど。「うん、りさちゃんのぱぱーって呼んで泣いたの」と笑っていた。
「ひよこ級」の課題は「泣かずに練習できること」「名前を呼ばれたら返事ができること」というのがあったけど、この調子だと余裕でクリアできそうだ。やっぱり保育園で団体生活に慣れていて社会性があるのかもしれない。見ず知らずの人たちとでも、なれ合いでなくルールに従って楽しく生きていくって重要な能力だぞ、ムスメえらい、と親ばかのぼくは目を細めつつ、物陰に隠れて様子をうかがっていたのだった。
それにしてもひよこ級は別として、20級から1級まで、個人メドレーが泳げるようになるまでの遙かなる道のりを見て驚いた。いったい何年かかるんだ。水泳って難しいのね。ひよこ級の隣でバタ足をやってる子たちを見て、妙な感慨にとらわれた。よく設計されたメニューを大量の子たちに流れ作業で適用していく。血が通わないレッスンってことはないけど、見慣れない子どもたちの顔、顔、顔を見ていると、過剰にホモジーニアスな「市場化」の違和感を覚えるとともに、こうした教育をアウトソースすることに一抹の罪悪感も感じる。自分が子どものときには親にレッスンしてもらったわけだけど、こんなに手間のかかるものだったのかと思う。
2008年12月28日
豊洲でウォーリー
豊洲ららぽーとで映画「ウォーリー」。コンピュータグラフィックスの進歩に感嘆はするけど、内容はお粗末。騒がしいシーンが多くて小さな子どもにもイマイチ。うちのムスメは「音が大きかったねー」というぐらいしか感想を言わず、帰り道ではすでにポニョの歌を歌っていた。
そういえば、「ウォ」という音は日本語には少なく、ムスメはウォーリーと発音する代わりに「ボーリー」といってるようだった。一部の外来語はじつはけっこう難しい。しかし、発音が違っても、けっこう近い音になるっていうのが不思議。今日は「東京タワー」を「教頭たわわ」と言っていたけど、発音してみると、けっこう響きは近い。
今日は無風の快晴。穏やかな天気。暖かいので外で散歩。

2008年12月21日
デジカメ
ニコンの新しいデジタル一眼レフカメラ「D90」を買った。秋葉原のはずれのほうにあるダンボールしか置いていないようなお店で7万4000円。ビックカメラでは10万6000円(20%還元だから18%オフの8万7000円程度か)の値札がついていたから、それよりだいぶ安い。デジタルガジェットは、アキバの裏通りが最安値だ。彼らは基本的に通販しかやってなくて、日々Web上で価格競争を繰り広げて全国に発送業務だけやってるような人たち。通販だと納期が不安だったり支払いでカード非対応だったりして嫌だけど、直接いって現物があればオッケーだ。
D90はD80の後継機種。D80は2年ほど使っている。1000万画素が1200万画素になったといっても、それほどの機能差はないけど、特に室内や暗い場所での高感度撮影でのノイズがだいぶ改善されている。ISO1600がちゃんと使えるので、妻のキヤノン20Dにやっと追いついた感じだ。デジタル技術の進歩でダイナミックレンジが事実上あがり、白いところと黒いところがちゃんと色潰れせずに写る率があがっているのもうれしい。D90は一眼レフのくせに動画も撮れる。コンシューマ向け製品としては初めて、まともなレンズで動画が撮れるということで、映画のようなビビッドでボケの美しい映像も撮れてしまう。これまでは、そんな映像は数百万円のカメラじゃないと撮れなかったということらしい。
デジタルカメラの性能は日進月歩なので、カメラといっても昔のように5年も10年も使えない。まだまだD80も現役で使えるけど、カメラは半ば趣味でもあり、仕事でもヘビーに使うので、このぐらいの出費は(自分に)許してもいいかと思ったりしている。
シャッターも速く、軽快になっているし、液晶ディスプレイもかなり大きく綺麗になっている。ディスプレイの解像度が上がっているのは、目で見てどうこういう話ではなかったけど、画面が大きくなっているのはいい。
連写速度がD80では秒3コマだったのがD90では秒4.5コマになっている。買う前はこれはたいした違いじゃなくて、しょせん中級機では連写は無理と思っていたけど、実際に撮ってみるとシャカシャカ押す気になれるのがすごい。



2008年11月09日
二枚舌
ムスメがだんだん知恵を付けてきた。チーズをねだるときに「ママ、チーズくださいな。パパと半分こするのー」と言って大きなチーズを受け取り、いざぼくのほうにくると「パパはご飯を食べるからね」といってチーズは寄越さず全部自分で食べる。食べ物を人とシェアすることに関しては寛大で、何でも分け与えてきたはずのムスメががめついことをするのにややショックを覚えつつも、知恵をつけてきたことに感心。子どもの発達はすごい。あとで聞いたら、保育園では「パパ、チーズいらなかったのと」と周囲には言っていたらしい。
手先も器用になって、ボタンの開け閉めや、プチプチ潰しが上手になった。

2008年09月21日
電動自転車
電動アシスト付き自転車を買った。下り坂での追加充電の機能でパナソニックやヤマハをリードしているというサンヨーのエナクルにした。聞いた話ではサンヨーはアシストが強めで、年寄りには必ずしもお勧めじゃないという。確かにパナソニックのヤツに試乗した感じでは、「ふーん、電動ってこんなもんか」という感が強く、あまりアシスト感がなかったけど、サンヨーのほうは最初のひと踏みからシッカリとアシストしてくれてる感じがある。ギアを一番重たい3速にしたまま漕ぎ出しても、平地ならまったく苦もなく瞬時に巡航速度に加速してしまう。

サンヨーの電動自転車
朝の保育園へムスメを送るとき、いつもベビーカーを押して急坂を登っていた。この坂がなかなかキツくて、12kgのムスメを載せていると坂道の半分を超えたあたりで息が切れてくる。雨の日や猛暑の日となると朝からかなりツラい思いをすることになる。
そんな坂も1速なら立ちこぎ不要でスイスイ。やや前傾姿勢を取る程度で、むしろ歩いて登るよりも楽と来たもんだ。自転車が22kg、ムスメが12kg、ぼくが65kgと、100kgぐらいあるのに楽々。これはすごい。ほどよい風を受けながら後ろに乗ったムスメと大声で歌いながら走るのが気持ちいい。
しかし、微妙にケチってバッテリをリチウムイオンじゃなくニッケル水素にしたのは失敗だった。1回の充電で31km走るというスペックを鵜呑みにしてしまったけど、これはかなりトリッキーな数字だ。ぜんぜんそんなに走れない。都心部は信号だらけでストップ&ゴーの連続だからというのが理由のようだけど、それにしても電池がもたなさすぎる。実感としては15kmがせいぜいだ。
片道30分でスイミングに行った帰り、バッテリが切れてしまって死ぬかと思った。ムスメは後ろで寝てしまうし、近道しようと思ってかえって道に迷って遠回りしてしまったりで、ひどい目にあった。バッテリ切れの電動自転車は、噂に聞いていたほど重たくはないけど、それにしても百メートル以上も続くような緩やかな坂を登るのは、かなり辛い。立ちこぎで充分バランスが取れるほどスピードは出ないし、かといって座ってこぐと太股への負荷がすぐに耐えがたくなってくる。
電動自転車は基本的に楽ちんだけど、それでもかつて自転車と聞いて思い浮かべるような感覚を、いまのぼくは持ち得ないのだなと改めて思った。
かつて自転車といえば、手足のような存在だった。子供時代から大学生時代まで、スピードもバランスも思いのままで不安を覚えるようなことは1度もなかった。クルマに混じって交差点の真ん中で右折信号を待っていたものだし、人ごみをスイスイと抜けていくのに不安を感じたこともない。自転車に乗るのは歩いたり走ったりするのと大差なく、ただ違うのはスピードと楽さだけだった。
その手足のようだった自転車が、いまや慎重に扱わないと転んでしまいそうに感じる乗り物になってしまった。重たく、加速が悪く、止まりも悪い。これは制動能力の高いバイクに慣れたせいもあるだろうけど、何といってもムスメと荷物の重さが大きい。ゆっくりしたスピードでは非常にフラつくので、人ごみを抜けられる気がしない。品川あたりは歩道が狭く、電柱や歩行者のために、まともに走れない。
1人で自由に自転車を乗り回したり、バイクですいすい走るのと比べて、ずいぶんな違いだ。この違いが、自分のライフステージの変化を象徴しているような気がしている。
2008年09月04日
数独とオレムカ議論
iPhoneで少し数独をやってみた。けっこう楽しい。iPhoneは数独のためのデバイスじゃないかと思うほど操作は快適だ。

iPhone向けの数独って、すでに何種類もある。、有料のも無料のヤツも
子どものころ、世界文化社のパズル雑誌「パズラー」の愛読者だったぼくにとっては数独というより「ナンプレ」といってもらったほうが馴染みがある。あれは1984年ごろだったと思う。で、25年ぐらい前のナンプレと比べると、いまの数独は、問題も、解法のための技術も、すっかり進化しているという印象を受ける。
もはや解法のための手法も研究されつくされているし(実は大別すると4つぐらいしかないらしい)、ネット上にはそうしたアドバイスやティップスであふれている。解法が一意となるのに必要な最小の数字の数はいくつだろうか、ということを分散コンピューティングで調べている人たちまでいる。
問題を解くアルゴリズムから、人間にとっての難易度を判定するアルゴリズムまである。人間が「これはおもしろい」と感じるものを機械判定できないというところには、まだパズル作家の活躍の場があるのかもしれないけど、もうとにかく研究されまくっている。
これはルービックキューブと同じで、数独には、むき出しの謎かけといったパズルに本来備わっているべき何かが欠けているということだと思う。もちろん、意図的にそういう情報に接しないままに数独に取り組めば、そこには相変わらず言葉少なで魅力的な謎かけが待っているわけだけど、すでに先人たちが素っ裸にしてしまっているという感じがあるのは、パズル好きにとっては燃えることができないん状況じゃなかろうか。
ルービックキューブの解法を自分で研究し、17歳のときに初代世界チャンピオンとなったJessica Fridrichは、コンピュータが最善の解法を計算してしまえるようになった今、もはやキューブにはかつてキューブが持っていたミステリアスな魅力はなくなったと言っている。今やキューブには手順を記述する記法ですら標準的なものがある。
もはや数独はテクニックの獲得と、その習熟という感じになってしまっている。少なくとも、そのだいたいの様子が最初から見えている。それはそれで上達感を楽しむという意味では楽しいのかもしれないけど、よく整備された舗装道路を歩くような感じが強い。
数独だけがブームになっているのも気になる。数独だけでもマトリックスを拡張したものや、さまざまな制約をかけたバリエーションがいくらでもあるだろうし、数字とマトリックスを使ったパズルはゴマンとある。パズラーという雑誌には、毎月誰も解法を知らない斬新なパズルがたくさんあって、ぼくはそういうのにワクワクした。高度なテクニックを洗練させ、スピードを競ったりするよりも、むき出しの謎かけに取り組むほうが楽しい。
2、3年前に友人の1人が数独にハマっているというので、ぼくは思わずネガティブな反応をした。たぶん時間の無駄だというようなことを言ったと思う。パズルというのは総じて壮大なる時間の無駄だ。いい大人が何時間も時間をつぎ込むようなものじゃないというのが、ぼくのパズルに対する見解だ。いっそ趣味として本気で楽しむなら、それだけの価値はあるだろうけど「暇つぶしになる」というような理由でやるには、あまりにも虚しい。
数独の話になると、ついぼくは「オレは昔ハマったことがあるけど、キミ、イマサラ?」という反応をしがちだ。こういう反応は実によくあることで、ぼくはこれを「オレムカ議論」(オレは昔)と名づけている。中二病とか呼ばれてるヤツに含まれる症状だ。あるときぼくが「キミ、イマサラ数独?」とトゲをさした友人は、別の機会にiPhoneを自慢するぼくに対して「あ、オレずっとiPod Touch使ってて経験済みなんだけど、なんか違う?(キミ、イマサラ?)」という反応が返ってきた。iPod Touchと違ってiPhoneはオールウェイズコネクテッドだからまったく別物だよ! と、顔を真っ赤にしてぼくは反論したが、どう考えても2人とも中二病だ。
自分が応援していたインディーズがメジャーデビューしたときに思わず「オレなんてX年前から注目してたよ」といい、さらに本格的にメジャーになると、すっかり応援する気がなくなるような心理と、どっか通じてる。
本当は、メジャーになったことを遅れてそれを発見した人と一緒に「そうだよね、すごいよね、いいよね」とコーフンし、昔話などおくびにも出さずに話を合わせるのが大人ってもんだろうなと思う。その人がこれから発見するだろう欠点で、自分がとっくに気づいていたものを指摘したくなる心理もあるけど、あえて言う必要もない。何かに喜んでいる人に対して、その対象を少しでも貶めるようなことは断じて言うべきではない。まして、オレムカ議論をすることで何かしら自分の先進性のようなものをひけらかすのは、実にさもしい心理に根ざした行為だ。何か新しい買い物をしてきて高揚している人に対して、実に良く行われる蛮行だと思う。「みてみてー、これ買ったのー★」「あー、それすぐ壊れるよ」とかいうのはサイテーだ。
数独に関するこのエントリは典型的なオレムカ議論だ。
2008年08月25日
女の子、男の子
同じ2歳で比べると女の子は圧倒的に言葉が早い。うちの子はもう歌も何十曲か歌うし、電話で田舎の祖父母ともそれなりに会話ができる。一方、個人差はあるけど、男の子は2歳ではあまりしゃべれない子が多い。男の子を持つ親とスイミングで一緒になると、あまりに違うので驚く。「うち、ぜんぜんしゃべりませんよ……」と、なんだか心配げに話す。
ところが、運動能力となると逆だ。
言葉のやりとりでぼやっとしてるなと思ってた男の子が、ひとたび腕に浮き輪を巻けば、もう自分の意志でもがいて進みたい方向へ進めちゃったりする。うちのムスメは単に浮いてるのが精一杯。「きっくー、きっくー」と促しても、すぐに足を忘れてしまうらしい。
浮き輪で浮かんでいることもについても、最初はご機嫌でも、やがて力の抜けきったクラゲのように漂流するしかない我が身を嘆いて叫び出す。目の前に大好きなアンパンマンが浮いていても、叫ぶばかりだ。
品川シーサイドにあるイベントスペースで、子ども向けの巨大マリオの中に入った。なんと呼ぶのか知らないけど、中空の風船人形のようなもので、中は比較的安全なトランポリン遊びの場となっている。
保護者同伴なら年齢制限はないというので入ってみた。ムスメを入れてみてあげたい気持ちが3割、自分が入りたい気持ちが7割ぐらいだった。入ってみたはいいけど、うちのムスメは飛び回り転げまわる年長の男の子たちの勢いにビビってしまって隅のほうで正座しているばかりだった。ジッとしていても目の前に男の子が転がってきてボヨヨーンと自分の座っている場所が揺れるもんだから、座っているのもやっという状態。よく泣き出さないものだと思った。
いくらうちの子が走り回るといっても、5歳とか6歳の男の子と比較すると、まだ赤ん坊と大人ぐらいの差があるのだなと改めて思った。と、同時に、いったいどの程度が年齢による差で、どの程度が性差なのだろうかと、ふと疑問に思った。めちゃくちゃに飛び跳ねて一緒に遊ぼうと思ったら、やっぱり男の子のほうがいいのだろうか。

久しぶりにこういうのに入った

年長の男の子の激しい動きに呆然とするムスメ
2008年08月16日
ムスメとデート
連休の真ん中、土曜日の今日はムスメと2人でデート。オムツさえ取れていれば(あるいはそう主張すれば)2歳でも入れるというプール目当てで青山の「子どもの城」へ。
2歳を過ぎたあたりからのムスメの知恵の付き方がすごくて、一緒に遊んでいると楽しいという状態から、あれこれお話してると楽しいという状態になってきた。見ず知らずの人の会話に割って入り、ちょっとおかしなことを言うのが微笑ましい。
(サウナの中で) 8歳ぐらいの女の子:ねぇ、ママ、さうなってなに? ママ:何かな。身体を温める部屋かな。 女の子:どうして暖かいの? ママ:どうしてかな。サウナって暖かいのね。 (1mと距離をおかずじっと会話を見ていたウチのムスメが割ってはいる) ムスメ:サル? サル? (サウナ全体が笑い) ぼく:そうだね、りさちゃん、サールーナだねぇ。 ムスメ:ちがうよ、りさちゃん2歳! ぼく:そうだね、2歳だよね(笑) (女の子が木の格子でできた暖炉?のほうへ) ママ:xxちゃん、熱いから触っちゃだめよ! ムスメ:さわっちゃめーよっ! ムスメ:何もいないよ! にゃんにゃんいなーいよっ! 女の子:猫がいたら死んじゃうよ。 ぼく:死んじゃうよね(笑)
プールでひととおり泳いだ帰り、お隣の国連大学の裏手でムスメと2人でサンドイッチを食べた。必要以上に整備された感もある広い敷地、人通りの少ない場所。吹き抜ける爽やかな風に、しきりにムスメは「すずしーねー」を繰り返した。実際にははしゃぎすたせいで汗ばみ、髪が額に絡み付いている。涼しげな顔ではない。
ふと見上げると、旅客機が飛んでいた。午後5時過ぎ、まだらな雲の浮かぶ夏の空はまだ青い。ビルの合間の透き通るような空を切って飛ぶ銀白の物体にムスメも歓声をあげた。手を出して「とどかなーい、とどかなーいっ」と飛行機を追う。
「いちっ、にっ、さんっ」。ぼくが座っている場所から離れて階段を駆け上がると、ふいに振り返り、ムスメは歯を見せて笑った。
2008年07月27日
6月から7月頭にかけて
すっかりブログの更新が滞ってしまった。6月から7月頭にかけて、いろいろあった。
ムスメが7月の頭で2歳になった。その前あたりから「いくつ? もうすぐにしゃい!」というのを教え込んでいたら、誕生日を過ぎてもしばらくは「もうすぐにしゃい」と答えるようになってしまったりして相変わらずかわいい。言語能力の発達も相変わらず目を見はるものがある。週に1度か2度は、ムスメが言うことに夫婦で目を見合わせて「すごいね」と言っている感じだ。最近だと、2つものを見比べて「おなじ!」と主張するところから一歩進んで、似ているものを見て「なんかちがうね」「ちょっとちがうね」というようになった。「りさちゃんのパパの眼鏡」というように、「の」が二重になるようになったのも最近のこと。出来事の記憶や「きのう」という言葉も、何となく理解しはじめいてるような兆しもある。夕立に降られて雷が近くに落ちた翌日は「あめがふってね、ごろごろーてかみなりがなってね」ということを熱心に話す。
そんなムスメとスイミングに通い始めた。毎週土曜日の11時から準備体操も入れて1時間のクラス。最初はキョロキョロしていたムスメも、1カ月ほどしてもうすっかりプールのファンに。平日に「プ」と言おうものなら、「プールいこうよう! プール! プール!」と言って、プールの歌を歌い出しそうな勢い。
0歳から2歳半までのベビークラスでは、常に何らかの歌を歌いながら、体操したり、水の中でゆらゆらしたりしているものだから、ムスメもだいたい歌をぜんぶ覚えてしまった。「♪1丁目のウルトマン、2丁目のセブン、3丁目の母に、4丁目の父、5丁目の怪獣やっつけろ、空の方なたへ飛んでいけ、ジュワッチ!」と歌いながらプールサイドから水の中にいる親に向かってジャンプする。キックの練習も上手になって「キックー、キックー、もっと速くー」と言うと地上でも水の中でも足をばたばたさせる。たいしたもんだ。
基本的に水の中にいるときにはずっと子どもを抱えていたり、水面に持ち上げたりしているものだから、親はけっこういい運動になる。うちのムスメは10キロ半ぐらいのはず。初日は腕が筋肉痛になった。
ベビークラスに来ている同世代のパパたちを見ると、みんなお腹周りがブクブクのメタボ。そういうのを見て、自分は全然マシじゃないかとちょっと安心したというのはあるけど、一方で「いや、まだあんなのと一緒にされてたまるか」という気持ちもあって、ムスメのスイミングとは別に水泳を再開した。週に2度は難しくても、1度ぐらいはと思って通勤途中の駅のそばにある区民プールに通い始めた。
数年ぶりで泳いだ1日目は、自分のペースも泳ぎ方もよく思い出せないまま無理をして1200メートルほど泳いだところで足がつった。情けない。それから3、4回ほど泳いで、ようやく身体の使い方を思い出したようだ。1000〜1500メートル程度であれば気持ちよく泳げるし、時間さえあれば2000メートルもいけそうだ。ピーク時に67kgまで行った体重を、60kgぐらいに落としたい。

ベランダで。プールがすっかりお気に入り
6月の第3週には出張でボストンに行った。地味目のイベントだけど、アメリカのIT業界で起こっている大きな流れを感じることができた。1兆円かけて使えないシステムをいじくり倒してきた国と違い、金融でも証券でも医療ネットワークでも、もはやコモディティ化したx86サーバを使ってクラスタリングするという流れはハッキリしてきた。
ここ数年はアメリカといえばサンフランシスコばかりだったから、ボストンの街は新鮮だった。どことなくヨーロッパに近い雰囲気があって、さすがピルグリムファーザーズゆかりの地という感じ。歴史があるから教会だとか図書館だとかの建物が嘘くさくない。サンフランシスコは100年前に地震で壊滅して再生した街だから、そういう影響もあるのかもしれないけど、アメリカの建物って「ヨーロッパの真似はしてみたけど、なんか安っぽいし違うよね」という雰囲気が強いものが多い。そんな風に思ってたから、ボストンの落ち着いた自然な風景、古い建物と近代的建造物が混ざった風景はぼくの目には新鮮に映った。街の人々も、なんだかおっとりして感じられる。浮浪者がいないのは冬が寒いからか。うっかり迷いんでしまったハーバード大学近辺の街並みも、上品でいい感じだった。
それにしても今回の出張はACアダプタを忘れてえらい苦労した。乗り換え空港で買ったアダプタは規格が合わなかった。ThinkPadの新しい機種ってACアダプタが旧モデルと違う、ということを店員に説明しても「そんなはずはない」というので79ドルも出して買ったのに……。さらにボストンに到着した足で街を探し回ったら、3軒目にあることが分かったものの行ってみたらちょうどお店が閉まったところだったり。結局、アマゾンで急いで注文したり、翌日にイベントを抜け出してBestBuyに買い物に行ったりした。電源が入らないと、パソコンって何の役にも立たない。

ボストンの古い教会

古い建物とモダンな建物が混在するボストン

あんまり騒々しくない

出張にACアダプタを忘れてえらい苦労した。
大学時代の友人らと山中湖の保養所に行った。保養所といっても、高級リゾートの一部を健保で買い上げたようなところで、けっこうゴージャス。みんなもう子持ちで、しかも小さい子どもばかりなんだけど、たまにはこういうところもねってことで、いい部屋に泊まり、それなりのお食事を楽しんだ。やっぱり自分たちと同じく、小さな子をつれた家族連れも多くて、多少ディナーの席で子どもたちが騒いでも気にならない「お互い様よね」という雰囲気が、ちょうど良かった。湖を見たり、少しプールで泳いだり、久しぶりに深夜までビールを飲みながら親同士で駄話をしたりというだけの、あまり内容のない旅行ではあったけど、「子どもがいるのに、がつがつイベントをこなすなんて疲れるだけだよね」という共通認識があって、ほどよい旅行となった。
1年ぶりで半日人間ドックの健康診断へ行った。腎臓の結石予備軍の石灰化した白い固まりが1つから2つに増えていた。視力が0.3、0.1から、ついに両目とも0.1に落ちてしまった。血液検査の結果がまだだけど、前回やや問題があったコレステロール値が気になる。
アップルの「iPhone 3G」を買った。歴史的な成功となるかどうかは別として、騒ぎの大きさからして歴史の一コマとなるイベントであることには違いない。
大騒ぎの発売日当日、表参道のソフトバンクショップに並ぼうと思って朝5時半に起きてみたら、ぜんぜんぼくはヌルかったらしく1000人以上が並んでいた。ネット見たらすでに深夜3時半の時点で初日入荷分の割り当ては終わったらしかった。念のためと思って地元の田町のショップの様子を調べたら、なんだか余裕がありそうだったので行ってみたら、7時前の時点で列の9人目。整理券もらってふつうに買えた。16GBが12台、8GBが6台あったらしい。表参道に並んでテレビで放映された人たちって結局はアップルの絶妙なマーケティング戦略に動員されただけちゃうんかいなという気がする。都心の大型店以外であれば、けっこう10時とか12時でも買えたという話を聞く。
「これは革命だ」「こんなの日本のケータイに比べたらうんこだ」となぜか両極端で感情的な評価ばかりが目につく毀誉褒貶相半ばするiPhone 3Gだけど、ぼく的には高いオモチャを買ってしまったかなという印象だ。日本のケータイにない優れた操作性やアプリケーションの類には感心するし、PCっぽいアプリ選択・設定の自由さにもわくわくするんだけど、その一方で、日本のケータイを捨てられないというジレンマはいかんともしがたい。auの契約を切れないとなると、これはエラい出費だ。どうせauでも今すでに7000〜8000円払っているんだから、完全に乗り換えれば同じことだと思ってたけど、さてどうしたものか。
ぼく的には3年前のPC並みのインターネット対応PCがポケットに入るということで一括払いで8万円を払ったけど、月々の通信費を考えるとやや重たい。それでも何とか運用を工夫してauの契約を切ることを考えている。いろいろやり方に工夫の余地がある。工夫の余地があるっていいことだ。使えば使うほど馬鹿げているアップルのクローズドな囲い込みに嫌気がさすけど、それでも従来の手も足も出しようがないケータイに比べれば、よほどオープンだ。ぼくが期待するのは、実はiPhoneはパンドラの箱を開けるきっかけとなることで、これで誰もが「あ、PCなんだからもっと自由にソフト作ったり改造したりしたらいいよね」と気づいて、オープンなモバイル端末の市場が広がっていくことだ。

朝っぱらからiPhoneを買いに

PCと同じWebが見られるだけでもiPhoneはすごいけど
2008年07月25日
おじいちゃん先生
ムスメがひどい咳をしている。熱はないものの久しぶりの風邪かと思って病院に行くと、かかりつけの小児科が2週間ほど前に閉鎖となっていたことを発見した。医院の閉鎖を告げる告知には「先生はとうとうおじいさんです」とあった。

「とうとうおじいさんです」と閉鎖を告げるかかりつけの小児科の病院
ずっと小さなときからお世話になっていたおじいちゃん先生は、もう80歳近かったと聞いている。いつ病院をたたんでもおかしくないとは思っていたけど、ここ半年ほどムスメは鼻水1つ出さない健康優良児だったものだから、前触れにすら気付かなかった。1カ月前に病院に行っていたら、お礼ぐらいは言えたのかもしれない。
先生からすれば、ぼくら夫婦ですら自分の子どもより若いもんだから、なぜかいつも微妙に説教された。「1日じゅう子どもと頬ずりしている父親なんかいるらしいけど気持ち悪いね! 男親っていうのはね、たとえば子どもが転んで泣き出しても飛んでいったりしない。じっと見守るだけでいい。その代わり男親はね、家族を守る義務があるんだよ」と、イマドキの感覚するとジェンダー差別的な発言が忘れがたい。「母はラ・メール、海だよ、うん」と妙に詩的で意味不明の表現が飛び出したことも忘れがたい。あまり急き立てるように質問をすると全部無視されて定型の答えが返ってくるというもどかしいやりとりも、今となってはちょっと懐かしく、やっぱり先生の引退が寂しい。
朝9時前に医院に着いて、ステッキをつきながら先生が登院してくるのを「おはようございます」と迎えたものだった。

注射も含めて、いつも手際はよかった
2008年05月19日
ムスメとスイミングへ
ムスメと遊ぶのがだんだん楽しくなってきた。公園に行けば、もう1人でブランコに乗れるし、長い滑り台も彼女にとっては「絶叫マシン」らしく、きゃーきゃー叫びながら、いつまでも遊んでいる。

近所の公園にある長い滑り台を、まるでこの世で一番すごい絶叫マシンであるかのように喜ぶムスメ
世間的には「魔の2歳児」といって、2歳ごろの子どもは難しいとされる。何でもイヤイヤといい、なかなか言うことを聞かない。1歳10ヶ月になるムスメも確かにそういう傾向はあるけど、想像していたよりもはるかに説得が効く。ドアの前で「しゃんぽ! しゃんぽ! じぃーぶんであるく! あけて!」とぐずっているようなときでも、「まずベビーカーに乗って、それから公園でお散歩しようね。自分で乗れるよね?」というと、少し考えてから、黙ってベビーカーにひょこひょこ乗り込む。「〜してから〜しようね」ということが通じる。
公園で遊んだり、あちこちの子ども向け施設に行くのも楽しいけど、親子でできるアクティビティとして、ムスメと2人でスイミングに通うことにした。比較的近所にコナミが運営するスポーツジムがあって、保育園で同じクラスの子のお兄ちゃんが通っている。評判が良さそうなので見学に行ってきた。
見学したベビーコースは、1歳前後の赤ちゃんとパパもしくはママが一緒に受けられるクラス。親が子どもを抱っこして水に浸かり、じゃぶじゃぶ遊ぶという程度のものだけど、なかなか楽しそう。

コナミの赤ちゃん向けスイミングスクールの様子
しかしプールが狭くてびっくり! それでも、8コースある25メートルプールというのは都内のジム系としては極めて広いほうらしい。いろいろと調べてみたら、確かに大手町や銀座にあるジムのプールはジャグジーみたいな感じで、とても泳ぎたい人のための施設ではないようだ。東京体育館などと比べるからイケないらしい。ムスメが1人でスイミングのクラスに入れるようになる来年になったら、ぼくも久しぶりに水泳をやろうと思ってたけど、どうも狭っくるしい割に料金ばかり高くてストレスが溜まりそうだ。
それにしてもコナミ、料金が高いのは仕方ないないにしても、ビジネスのやり方が前時代的だなと思った。月謝の支払いにコナミが指定するクレジットカードの申し込みが必須であるかのような説明を受けて、思わず「それはヒドい。今どきありえませんよ、キャッシュでもVISAでもだめなんですか」と口にしてしまった。ところが、しばらくあれこれやりとりしていたら、実はちゃんと銀行口座の引き落としにも対応しているという。「ただ、銀行口座の引き落としだと明細が出ませんが、それでもよろしいでしょうか」とかいう。
こういうのっていい加減にしてほしいと思う。あなたのとこのクレジットカードなんか作りたくないんだよ、と叫びたくなる。「会費は無料です」という文句にもイラつく。無料とかそういうことじゃなくて、もはや迷惑なんだということが分かってないらしい。分厚い「情報誌」を「無料で配布していますー」といって街角で配るホットペッパーと同じで、人にサービスや情報を受け取ってもらうのに「無料であること」は、もはや何のメリットにもならない。
いざ申し込んでみると、月謝とは別に、腕に巻きつける浮き輪を買わされた。まあ必要なものだし、買うのはいいんだけど、どうみてもダイソーで1つ100円で売ってそうなシロモノを、2つで2400円で売りつけるのはヒドいんじゃないか。印象悪すぎ。
もう1つ、まるで絶対に必要であるかのような説明を受けて「あ、じゃあそれも」と買ってしまった800円の連絡ノートにいたっては、もうまったく意味不明。800円って何だ。実際のノートを見て、そのあまりのヒドさに驚いたので、苦情とともに返品することにした。ウチの子には、あんぱんまんのノートでも持たせよう。
と、やや先行きに不安を覚えつつも、ムスメと2人の親子スイミング、今から楽しみだ。
2008年05月15日
飛び降り自殺
サンフランシスコ出張中に飛び降り自殺しようとしている男を見た。取材先からホテルに戻ろうと早足で歩いていた15時ごろ、交差点に人だかりが少しできていた。人々の視線の先を見ると、それほど高くないビルの4階あたりに窓から外に出てきたと思われる人が立っていた。

ビルの4階に男の姿が見えた
カメラの望遠を向けてみると、片手で窓の取っ手を握り、しわくちゃな顔をしている30代半ばの男が目に入った。少し部屋のほうを見たり、うつむいてギュッと目を閉じたりしている。気温は15度程度でどちらかといえば肌寒い。それなのに半袖Tシャツ姿の男の顔は、涙なのか汗なのか、顔が塗れているように見えた。
シャッターを切り、液晶モニターで拡大してみた。手首には血で真っ赤に染まった包帯が巻いてある。どうも両方の手首を何度も切りつけたらしい。耳にはiPodの白いイヤフォンのようなものをしている。何を聞いているのかは分からない。もしかしたら何も聞いていないのかもしれない。説得されて気が変わらないように、前もって耳をふさいでいたのかもしれない。
人や警察官の集まり具合からして、ぼくが通りかかったのは男が窓から外に出てきて5分から10分後というところか。徐々に人だかりが大きくなり、イラついた車がクラクションを鳴らす。交通整理が始まった。

男を上から引っ張り上げようとしたのか説得しようとしたのか、消防士が近づく

人だかりがだんだん大きくなる

手首は血まみれ。耳にはイヤホン
観光客がビデオやカメラを向ける。多くは心配顔という風でもない。隣にいたヒスパニック系のティーンエージャーは、「さあ、早く飛べよ」とヘラヘラと笑っている。他人事だし、世の中には迷惑な話だし、バカな負け犬だ。そう思う気持ちは、ぼくにも理解できた。
急いでいたので10分か15分ほどで立ち去った。ためらい傷の多い自殺志願者だから、飛び降りる決心さえつかないだろうと思っていた。
男は、ぼくが立ち去った5分後ぐらいに飛び降りた。一緒に仕事できていた仲間が、ちょうど通りかかった瞬間に視線を向けると飛び降りる瞬間だったという。
その後どうなったかという話は新聞でもテレビでも出てこない。気になってネットで検索したら、ヤフーのQAサイトで、やはりぼくと同じように気になって質問している人がいた。回答には「死んだよ。背骨が折れる音が1ブロック先からでも聞こえたと思う」とあった。
Flickrに飛び降りるかどうかためらっている男の写真をアップしたら、その場にいた人からコメントが3つほどついた。そのうち1人は、死んだ彼のために現場に戻り、メモリアルを作って、そこに誰でも何か書き込めるようにしたという。誰しも死ぬべきでない人が死んだら、その不条理さに何かを感じるものだ。
夜にビールを買いに出た。ドラッグストアから出るとき、目の前にいたホームレスの紙カップに、衝動的に1ドル紙幣を突っ込んだ。
今まで、そんなことをやろうと考えたことはなかった。都会のホームレスほど卑しいものはないと、そんな風に考えていたこともある。なのに、なぜかそのホームレスと話してみたくなった。路上に寝ているにしては、笑ったときの白い歯が妙にきれいだなと思ったというような印象も影響していたかもしれない。物乞いをしているはずなのに、彼の言葉の端々には何かサービス精神のようなものが感じられた。気の使い方や、1ドルに対する感謝の仕方が非常に自然。そもそも目の輝きがホームレスらしくない。

なぜかホームレスのように見えない笑顔
もう1ドル出して話はじめた。プエルトリコ系の移民で軍隊にいたこともある45歳という。とても45歳には見えない。ヒゲを剃り、帽子でもかぶれば年相応に見えるのだろうか。ニューヨークからグレイハウンドバスで流れてきて、もう半年ほどサンフランシスコにいるという。サンフランシスコはニューヨークほど寒くないから、という理由もあるという。
なぜ仕事がないのか。どのぐらい1日にお金は集まるのか。ほかの仲間はどういう人達なのか。彼は一生懸命に説明する。自分では仕事に対する真面目さでは誰にも負けないという。見たところ健康そうだし、いくらでも仕事はあるのじゃないかと言ったら、「みんな見た目で判断するんだ」と、だいたい想定どおりの答えが返ってきた。
どうして彼がホームレスという境遇にあるのか、ぼくには理由がよく分からなかった。自己申告どおりだとすれば、犯罪歴は事実上ないに等しく、ドラッグもやらない。ホテルに戻って彼からもらったNPOが発行するホームレスの情報紙をざっと眺めてみても、何も分からなかった。彼の一番の問題は、やるべきことが分かってないということじゃないかという気がした。ただ、もしそうだとしても、その責任が彼にあるとは、ぼくには到底思えなかった。
飛び降り自殺を選ばなければならなかった男は哀れだと思う。彼の境遇や、彼の生まれ持っただろう精神的な性質、そうしたものの責任を、彼の「魂」は負わなければならないのか。
日本だけでも年間3万人が自殺している。と、そのことをビジュアルに想像してみた。
2008年05月05日
サンフランシスコ出張
久しぶりに出張でサンフランシスコ。
機内でぜんぜん眠れずにエビについて書かれた本を1冊と映画を2本見た。SFホラーの「I am Legend」とお涙ちょうだいコメディーの「The Bucket List」。I am Legendはポスターで微かに内容を知っていたけどまったく想像していたものとは違って、ホラー映画だった。地球上(というのはアメリカ人にとってはマンハッタンだけらしい)に1人だけ残された生き残りのサイエンティストが人類を救うレジェンダリーなお話。嫌になるほど怖い映画だけど、シーンのつなぎ方や映像がよくできてるなぁと感心してしまった。もう少しSF的ディテールを真っ当にしてもよかったんじゃないかと思うけど。特別天才的な何かがあるようには感じはしないけど、才能のある人たちのアイデアと職人たちの安定した仕事がつまった感じはある。
The Bucket Listは余命数ヶ月の宣告を受けたジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンが「生きてるうちにやりたいことリスト」を片付ける旅に出るお話。ビジネスで成功して家族との関係に失敗した自己中心的な富豪と、自動車修理工だけど、知的で生涯の愛を貫けた男のデコボコ感がいい。たまには人生最期に何を思うかということに思いを馳せたほうがいいなと思った。文学、小説、映画の類から遠ざかると、いずれ自分が死ぬのだという単純な事実すら忘れがちになる。
サンフランシスコは少し肌寒いぐらいの爽やかな天気。アジア系のメディア関係者の集まるディナーで、インドから来た経済新聞の人にインドの話を根掘り葉掘り聞いてみたり、同業他社の人とメディアのあり方の話をしてみたり。
2008年04月27日
HDD載せ替え
ノートPCのHDDを載せ替えた。自分のThinkPad T60と、妻のVAIO Type-SZの2台とも100GB(5400rpm)だったものを、200GB(7200rpm)に変更した。買ったドライブは日立GSTのもので、秋葉のパーツショップで税込み1万4000円ほどだった。安いなーと思ったけど、ふと見たら1TBの3.5インチドライブが2万円を切っていて驚いた。
ぼくのThinkPadは出荷時状態から60GB、100GB、200GBと増やしてきたことになる。最近CPUはたいして速くなってないし、HDDさえ載せ替えれば結構使い続けられるもんだなと思う。
引っ越しソフトでWindowsもLinuxも一撃でコピー終了。ThinkPadのほうはネジ1本はずして、ガチャコンと抜き差しするだけでHDD交換は完了した。
VAIOのほうは結構たいへん。ググッて出てきたVAIOファンのページを参考に、写真を見ながらネジやフィルムケーブルを順番にはずして慎重に作業する必要があった。それでもまあ何の手がかりもなしに、「要は思い切りだよ」と言いながらカンだけでノートPCをバラしていた時代に比べれば楽なもの。作業は1時間ほどで終わった。リカバリDVD作成やHDDコピーを含めると全部で所要時間は4、5時間ぐらい、作業時間は2時間ぐらいか。
最近のHDDは7200rpmでも静かだ。

2008年04月02日
宮崎の実家
3月の連休を使って宮崎に帰省。帰省といっても、家族の誰も宮崎には縁がないのでふるさとなどという感じは全くない。単に父親が定年後に再就職した会社が、宮崎と東京を結ぶベンチャー航空会社で、宮崎に仮住まいしているというだけ。
チキン南蛮発祥の店という「おぐら」に行ってきた。チキン南蛮は宮崎名物というのだろうか。郷土料理というには新しすぎるし、他県や全国に向かって誇るほどの料理にも思えないけど、ほかに何もないものだから宮崎に来る観光客はみんな食うことになっている。おぐらには観光バスでどやどやと客が押し寄せるんだとか。
950円でライス付き。立派なチキンだ。九州らしくタルタルソースは甘い。チキンカツも合わせて頼んだけど、こっちもソースが甘かった。どっちも特筆するほどの料理ではないけど、値段のことを考えると満足感は高い。会社のそばにあったら毎日行ってもいいぐらい。って、30代後半になっても「量」を求めるぼくはメタボ予備軍か。

これがチキン南蛮発祥の店(のうち1つ?)と言われる「おぐら」

チキン南蛮。でかい。やや甘いけどおいしい。添え物の「スパゲッティー」が懐かしい感じ。満足感は高い

おぐらの店内。廃れた観光地の大衆食堂といった風
その翌日には「値段が高い」ことで有名な焼き肉店「幸加園」へ。
信じられないような極上の脂身カルビにビビった。宮崎牛は総じてうまい。宮崎牛はブランドが確立していないだけで、非常にうまい。それが地元宮崎の経済レベルに合った価格で出荷、消費されているものだから、東京から来たぼくのような人間からすると、価格と質のバランスが大いに狂っている。
地元宮崎の人たちが「幸加園は値段が高い」というのは、地元レベルの話であって、メニューを見た感じでは都内の叙々苑と似たようなものだった。それでいて肉は2、3段階ぐらいレベルが違うという印象だった。
スーパーに行ってもうどん屋でうどんを食べても、食べるもの関係はともかく安いという印象だ。土地やマンションも安い(そしてきっと給与水準も安い)。土地は広々してるし、地元の人たちはみんなのんびりしている印象だ。広い公園や砂浜に子どもは大喜びだった。

広々とした公園。芝生に思わずゴロゴロしてしまうムスメであった

おじいちゃんと浜辺で砂遊び
2008年03月28日
ミカン、こんばんは
眉間を指さして「みーけーんっ」と教えると、ムスメはうれしそうに自分の眉間を指さして「ミカン! ミカン!」と連呼する。
小鼻を指さして「こーばぁなっ」というと、ムスメは小鼻を指で押さえ、軽く会釈をしながら「こんばんはっ、こんばんはっ」と挨拶する。親に似ず、礼儀正しい。
語彙が増えたというより、もうたいていの言葉は耳にしたそばから自分で発するという状態になってきた。外で覚えてきた言葉を使って驚かされることもある。
所有を示す助詞「の」を使い始めたのは早かった。「ちゃーちゃんの」「ぱぱの」「ままの」などと所有の概念にうるさい。いつもぼくが座っている椅子に妻が座ると「パパの! パパの!」と、まるで権利の番人のように小うるさく執拗に指摘してくる。これはウチだけではないらしい。ある時期の幼児は、みなうるさいらしい。近代社会を支える私的所有権という概念は自明ではないという議論があるけど、あれは嘘じゃないだろうか。
「の」の次に出てきた助詞は「に」だ。といっても、成人が使う「に」の多様な用法が分かっているわけではなく用法は1つだけ。「パパに」とか「先生に」という用法で、どうやら所有の移転を表現しているものらしい。何らかのモノを誰かに手渡せということを言っている。その意味では「の」の延長にある。しかし、所有権が一時的な帰属でしかなく移動することがあるということを理解し始めているということだから、概念操作のレベルで進化が感じられる。
ぐんぐん頭のサイズが大きくなっている。結局、脳みそのサイズが大きくなることが言葉を覚えるということなんじゃないかとすら錯覚する。母語に関して言えば、言葉は覚えるものではなく、脳のモジュールの発達段階に応じて、それに対応した概念とか文法構造が発現してくるだけで、脳内には生得的な言語習得器がある。そういうチョムスキー的な言語観は、やっぱり説得力がある。
昔、国立国語研究所でfMRIの実験に参加したことがある。不穏な動作音のする筒の中にヘッドマウントディスプレイを付け、横たわったまま入っていく。MRIが生み出す磁場はすさまじく、金属でできた消化器を近づけると、猛スピードで吹っ飛ぶ凶器となってしまう。そんな強烈な磁気に包まれていても、当然人間に自覚はない。自覚がないことでかえって不安になりながら、パワーポイントで作成した動詞の活用表を見せられる。被験者のぼくはは、それを指示に従って黙読する。
言語を処理している脳の活動をリアルタイムでモニターするというような実験だった。カ変やサ変のような不規則動詞と、規則動詞の活用は、脳内の異なる部位で処理してるのだろうかとか、そういうことを調べているという話だった。詳しくは知らないけど、文法処理だけではなく、脳内の認知的処理が高度にモジュラーな構造で行われていることは間違いないように思う。
所有に関する「の」と「に」が脳内の近い場所で処理されているとしても驚かない。ムスメの言葉の進化を観察しながら、そんなことを考えた。子供の成長を見るのは楽しい。
2008年03月25日
肘内症
ムスメの腕が抜けた。「肘内症(ちゅうないしょう)」というもので、よくあるらしい。手首と肘をつなぐ2本の骨のうち1本が肘とつながるあたりで、すぽんと抜けてズレてしまうというようなものらしい。靱帯の発達段階にある3、4歳ぐらいまでは、ちょっと手を引っ張ったりするだけで抜けてしまうことがある。
1度目は状況がよく分からず、泣き叫ぶムスメを見て慌てた。肩の脱臼なのか、ひょっとして骨折なのかと心配した。2度目も泣き叫ぶムスメの声を電話越しに聞きながらいたたまれなくなった。
いろいろ話を聞くと手こそ動かさないものの泣かない子もいるらしいから、泣き叫ぶほどの痛みが継続するものではない気がする。だからうちの子は、ちょっと大げさじゃないかと思うんだけど、それでもまあ泣き叫ばれると、自分まで辛くなるのが親心。
1度目のとき、近所のかかりつけの小児科に電話したら、その病院の向かいの整形外科を紹介された。すぐにタクシーで乗り付けた。出てきた先生は、かかりつけの小児科の先生同様に70代半ばかという年寄りで、一瞬「しまった」と思った。でも、実はこれが正解だったことが後で判明する。
ぶらんと垂れ下がったムスメの腕を見た瞬間に、ニコニコしたまま説明を始める先生は何もしない。のんびりと人間の腕の構造の話をはじめたりする。ぼくはせめて袖ぐらいはまくったほうがいいだろうと思って手を出そうとすると、もう診断は終わっていた。整形外科医にしてみれば、腕が抜けたときの状況説明と患者の年齢、腕の垂れ下がりのアングルを見ただけで肘内症というのは自明だったらしい。隣にいた小うるさい看護婦ですら、「ちゅーないしょーですよね、先生、ね、ちゅーないしょーでいいんですよね」というぐらい、誰が見ても分かるようなものらしい。
骨折などと違ってレントゲンに写るようなものではないらしいけど、骨折でないことを確認する意味でレントゲン撮影。レントゲン室から出てきたムスメは相変わらず泣き叫ぶ。痛いのか怖いのか不安なのか、パニック状態らしい。

レントゲンには映らない
相変わらずニコニコとしたまま先生はいう。「いいですね」。とっさに意味が分からなくて「どういう意味ですか?」と聞いたら、「このぐらいのことはあったほうがいいですよ、親になるってそういうことですよ」というようなことを先生は言った。肘内症は後遺症の心配がなく、年齢とともに起こらなくなる症状だから、そういうことも言える。
ニコニコしたまま年老いた先生はムスメの手を握った。「やーっ」と叫んでムスメは腕を引いた。引いた腕は胸の位置にまで戻っていて、一瞬で「はまった」らしいことが分かった。合気道の達人が指一本で人を吹っ飛ばすマンガチックな早業のような感じで、あまりに簡単に治療が終わったので拍子抜けした。年老いてもこういう能力は衰えないんだなと思った。レントゲン撮影をしている間にケータイでググりまくって、大体のところは理解していたけど、それにしてもあっさり治る。
みるみる間にムスメは落ち着きを取り戻し、何事もなかったかのようにご機嫌になった。我が身に降りかかった朝の不幸とか、両親の心配なんてことは、まったく自分には無関係だというぐらい、ムスメにとって肘内症は過去のできごとになったらしかった。
2008年03月02日
大連出張
出張から戻ると、ぱっと顔を明るくしてムスメが駆け寄ってきた。
2泊3日で大連ソフトウェアパークを見てきた。実際に見ることができたのは、そのパークのなかのごく一部だけだし、街のほうも少ししか見れなったけど、非常に刺激を受けた。
大連は「ここをシリコンバレーにするのだ」という政策上のポリシーと経済的援助も手伝って、いまやアジアの一大オフショア拠点となっている。街には建設中の高層ビルが多くあって活気が感じられた。
同行した大企業のお偉いさんたちとITの話をたくさんできたのも収穫。
大連は、最初にロシア人がやってきて港湾都市としての基礎を作った110年前からずっと、東西南北から人々がやってくる土地だった。天然の良港があったこと、背後に広い平野があったこと、アジアのおへそのような「真ん中」にあるという地の利があったことから、帝国列強がこの地を奪い合ったのも分かる。
成田からは3時間弱、偏西風に吹かれる帰途は2時間半という近さだ。時差も1時間だけ。いまやネットもケータイもつながり、街には日本語を話す中国人がたくさんいて、とても外国にいるように思えない。
40年にわたった日本植民地時代に建てられた多くの建造物が街の中心部に点在していて目を引く。「五族協和」という理念を掲げて国家建設を目指した当時の人々の狂気にも近いパッションが、重厚な面構えの建造物に今もまだ宿っているように感じられる。
欧米の猿真似に過ぎない独善的帝国主義といえばそれまでだけど、何とも不思議な気分になるのは、当時目指した人工国家とは、こういうものだったのではないかと思えるようなマルチリンガル、マルチナショナルな人々の融和が、小さいスケールではあるもののIT拠点としての大連に現前してしまったように思えること。
満州の当時と現在の大連には、皮肉な共通もある。ある製造業系のグローバル企業の人が、各国の拠点を回った経験から、こんなことを言った。「アジア人は素直ですよ。組織作りをして日本人が上層部に立っても、それで不平は言わない。これがヨーロッパだと、何のかんのと文句を言う」。搾取とまでは言わないけど、大連の地では国籍や話す言葉によってある程度ランクが決まってしまう面がある。
そうした「民族」による分断が、五族協和を口にしながら官庁の要職を日本人官僚だけで独占してしまった満州のダブルスタンダードな統治戦略に重なって見える。
2000年ごろアメリカにいたとき、オフショアリングが話題だった。連日のようにテレビで議論をしているのを、ぼくは文字通り対岸の火事のように眺めていた。インド人をはじめとする途上国の労働者に自分たちの仕事が取られてしまうという危機感を、多くのアメリカ人ホワイトカラーが感じていた。しかし、それと同じことが、日本の凡百のJavaプログラマにも現実に起こりつつあるのではないか、という印象を受けた。大連では、3分の1程度の給料でトップレベルの優秀な人材を確保できる。この人たちは上昇志向が強く、英語や日本語といった語学にも熱心に取り組んでいる。震撼すべきは日本の有象無象のSEたちじゃないか。ITにおいてローカルなカルチャーやアーキテクチャに依存する部分が、どんどん減ってきて、ソフトウェアのデリバリー方法も大きく変わってきた今、日本のIT産業が言語の壁で守られているなんてことはない。パッケージソフトで起こったことは、受託開発でも起こる。
出張中、ぼくの中国語がいくらか通じた。中国語の勉強を再開して1ヶ月ちょっと。今のところ、きわめて細々と続いてる。どこかの時点で楽しくなりそうな気もする。

植民地時代に日本が建てた体育館。今は五輪のマークがついて、やっぱり体育館として使われている

市街地の中心部にある公園には、何ともセンスの悪いサッカーボールが……。夜にはディズニーの電飾パレードのように輝く

植民地時代に日本が建てた銀行(?)。今はホテルになっているらしい
2008年02月19日
ひとり読書会
ムスメの成長が著しい。言葉の量が増えて、だいぶ話が通じるようになってきた。人形を使ったごっこ遊びや、ハンカチをたたむような動作に驚く。今朝、離れた部屋に一人でいたムスメが椅子に座って、大きな声を出して絵本を読む「ひとり読書会」をしていてビックリした。
保育園の先生に「りさちゃんはジョークが好きですね」と言われた。確かに、あれこれ実験的な悪ふざけをしてきてニヤッと笑うことが増えた。最近のお気に入りはハート型の眼鏡をかけて「Yo! Yo! Yo!」と言って笑うこと。このヨゥヨゥヨゥの言い方が、なぜかヒップホップスターのようで笑ってしまう。教えた気もするけど、とてもそれっぽい。
食事中、満腹になると食器や食べ物を使って遊び始めることが多い。戒めるために注意しても、なかなかやめないことがある。そういうとき、大人でも驚くぐらいの大きな声で叱ると、さすがにビクリとして表情が変わる。一瞬、顔に「ヤバイ」という表情を浮かべて、それからムスメは神妙そうな顔をする。ややうつむき加減で目をそらす。それでもしばらくこちらがジッとにらみつけていると、やがて泣きそうな顔になる。顔が少しクシャッとして、小さな顔の眉間にしわが寄る。その表情があまりにも愛らしいので、むしろあまりいい子になって叱ることがなくなると寂しいな、と思う。
ここのところ、急に目が二重になった。2度の手術で切除した、ほっぺたのホクロの痕跡も、ほとんど気にならなくなってきた。



2008年02月18日
バイク処分
バイクを手放した。正確に言うと、半年以上も放置してあったものを処分した。いつも勝手にミラーに広告をくくりつけるのがうっとうしいと思っていた中古バイク屋の広告がついに役立つ日が来た。電話をしたら、すぐその夕方にやってきて、そのまま持って行ってくれた。駐車場の契約更新もあったし、自賠責保険も切れる直前だったし、これで良かったのだ。
エンジンの調子が悪くて、何度調整しても少し乗らないとダメになるような感じだった。だから値段がつくとも思ってなかったけど「処分には2万円かかります」と言われて、ちょっとひるんでしまった。タンクには値がつくんでしょとか、使える部品ほかにないんですかとか、いろいろと言って1万2000円にしてもらった。あるべき登録証が見つからないので、その分、あまり値が引けないんだとか。書類仕事ごときでねぇと思うけど、心理的に面倒な陸運局とのやりとりをやってくれるんだったら、その場で引き取ってもらってプラス2000円を出したほうがいいと思って1万4000円。
スズキのバイクってエンジンがダメらしい。3万キロを超えてると、もう値段が付かないんだとか。特に途上国向けとしては人気がないエンジンという。なるほどなぁ。
1999年4月11日に中古で買った250ccのスズキのVolty。今はもう生産してないそうだ。あれからもう9年も経っていたのか。どうやら死なずに済んだし、事故もなかった。
2008年02月05日
中国語学習熱再燃
パスポートの再申請を準備中。証明写真を撮影。古いパスポートと並べると、20歳、27歳、37歳の自分の顔と直面することになった。ふつうに老けた。
急に大連出張が決まって、何度目かの中国語学習熱が再燃。久しぶりに文法書を開いてみたりしている。いつもくじけてしまっていたピンインは後回しにして、文法書中心にせめてみることにしよう。
Webサイト上でピンインをクリックするとmp3ファイルで音声を確認できるようなところもあるけど、ブラウザだとちょっとレスポンスが悪いので、PCにインストールする「いきなり中国語」というソフトを買ってみた。
2008年01月22日
オリジナルあんぱんまん
テレビで見たこともないのに、あんぱんまんの絵やおもちゃを見てムスメが「パンまんまん」といい始めたのは1ヶ月ほど前。保育園の園内のあちこちに描かれているうえに、上のクラスの子たちに絶大な人気があるので、自然と覚えるらしい。
徐々に「ぱんぱんまん」という発音に変わり、最近はたまに正確に「あんぱんまん」と発音するようになった。まだまだ語尾が消え入りそうで、妙なアクセントがあるのがかわいい。
オリジナルのあんぱんまんの絵本を買った。やなせたかしが1976年に上梓したもの。これが、何とも言えず不気味というか、暗い。

古いあんぱんまんの絵本
やなせ氏があとがきで書いているのは、当時人気が高かったスーパーマンや正義のヒーローが、あまりにきれいだということ。服が汚れるでも傷つくわけでもなく、いつもきれいなまま。でも、本当は正義を行うには自己犠牲が必要だし、ボロをまとうようなこともあるでしょう、と。初期のあんぱんまんのマントは、確かにつぎはぎだらけのボロだ。そして、顔がすっかり全部なくなってしまうほど、自分のあんぱん顔を人々に食べさせてしまう。
やなせ氏は、あとがきの最後に「さて、こんなあんぱんまんは、果たして子供たちに受け入れられるでしょうか」と書いている。もう30年も前のことなのか。
自己犠牲という基本テーマ自体は変わってないんだろうけど、あんぱんまんは変わった。明るい雰囲気になったし、手もなぜか指がなくなってドラえもん風の丸い手になり、愛嬌がある絵になった。
それにしても絵本類の出来、不出来には恐ろしいまでの差がある。救いようのない駄作や凡作から、数十年も売れつづけている傑作まで、非常に差がある。親としては、中途半端に説教臭いメッセージが込められたり「知育」的なノリの強い教育的な本よりも、親子のコミュニケーションの助けとなるような、そういう本がありがたい。ページを繰る前から、子供が次のページの展開を待ちきれずに叫んでしまうような、そんな本はいい。
あまりに気に入ってしまってムスメが片時も手を離さない「ももんちゃん」シリーズなどは、けっこういい作品揃いだ。朝、寝ぼけたままで「もーもんちゃん、もーもんちゃん、ないっ、ないっ」と泣きそうになりながら探し回るムスメの気持ちも少し分かる。
2008年01月20日
ららぽーと
豊洲ららぽーとへ。豊洲には初めて行ったけど、東京とは思えない駅前のだだっ広さに驚いた。ららぽーとの建物の中も、広々としていてベビーカーで行くにはありがたい場所。しかも、ほとんどの客が子連れじゃないかというぐらい子連れだらけで、「泣き叫んでもお互いさま」という雰囲気があるのが楽だ。
入っているテナントや客層も、だいぶ都内とは違う。あ、豊洲は都内か。どっちかいうと千葉あたりの匂いに近い。
2008年01月11日
物理万歳
「物理学」と聞いても、何となくほろ苦い思い出しか甦らなかったりする。今でも好きだけど、大学で専攻を間違えたのかと思うほど片思いにしかならなかった。
そんなぼくでも、以下のビデオにあるMIT教授の授業をみて、思わず画面の前で「Yes, physics works!」と叫びそうになった。このマッドサイエンティスト風の白髪オヤジは、すごいエンターテナーだ。パフォーマンスとしゃべりの才能が半端ない。工夫を凝らし、身体を張った実験も、どれもかたずを飲んで見守りたくなるようなものばかり。久しぶりに「物理万歳」という気持ちが少し甦った。
古典力学、電磁気学、回路理論といった辺りで直感に反する実験や、まさか教壇でできると思わなかったような磁性体の実験まで、いろいろとYouTubeに上がっている。
驚いたのは、以下の実験。2つの筒に水滴を落とすだけで、大きな電位差が生まれ、スパーク! これは確かににわかに信じがたい現象だ。愛すべき訛りのある教授の早口な実況中継が素晴らしい。この教授の興奮っぷりは、子どもが「見て見て!」と叫んで親の手を引っ張るときのような、そんな感じだ。
MITが講義のマテリアルを「Open CourseWare」のプロジェクト名の元にネットで公開しはじめたのって、いつだったっけな。日本でもMITに倣えと東大や慶応あたりが熱心に公開してたっけ。東大の授業は1度ビデオで見たことあるけど、うーん、もっと穏やかなものだったな、って当たり前か。
MITの授業じゃないけど、関連して見つけた以下のデモンストレーションも衝撃的で萌える。水とコンスターチを混ぜた粘度のある液体に対して120Hz程度の周波数で様々な加速度を加えてシェイクすると、信じられないような性質が生まれる。液体上にポコンとあけた穴が、そのままそこにとどまるというのはまだいいとして、モコモコと液体が盛り上がって水面全体に樹氷のような柱が成長するって一体なんなんだ! 粘菌みたいだ。
2008年01月08日
赤ん坊の天才
ムスメが「あなっなぁー」(バナナ)と「ぱんちゃん」(パンダ)という言葉を覚えた。1日で2語も増えた。それで、ふと気になって、どのぐらい語彙があるかと頭の中で数えてみたら、すでに50〜60語に達していることに気づいて驚いた。何となく十数語程度だろうと思っていた。いつの間にそんなに語彙が増えたんだ。
自分で発音はできないものの認識する語彙ということなら優に100語は超えているような気がする。例えば「上着、取ってきて」というと、ちゃんと上着を持ってくる。
成人する20歳ごろまでに5〜6万の語彙を獲得するとなると、平均しても年間3000語。つまり1日10語というペースになる。語彙獲得が一様なペースで進むとは思えないから、ピーク時には1日30語ぐらいの習得速度に達してもおかしくないのかもしれない。
これが驚くべき数字なのか、そうでもないのかよく分からない。30歳を過ぎたぼくでもピーク時には英単語を推定30語/日ぐらいの勢いで覚えたしなぁ……。それは比較にならないけど。
そろそろ2語がつながったセンテンスらしきものも出てきた。「ママ、ててて(開けて)」とか「こっち、あなな(バナナ)、ちょーでっ(ちょうだい)」というように、自分の意志を伝えることもできるようになりつつある。声帯を使った発話の発達とズレがあるために錯覚しがちだけど、1歳半でも語彙習得は、かなり進んでいるらしい。いや、語彙の理解よりも、シチュエーションや文脈の理解が想像以上に進んでいて驚かされることが多い。
手先の器用さとか、語彙の獲得とか、身体のバランスとか、どれをとってもその発達の速度には目を瞠るものがある。昨日できなかったことが今日できるようになっていたりする。どこの親でも「うちの子は天才じゃないかしら」と思うのも道理だ。
2008年01月06日
紙の新聞
1998年ごろ、あるネットワーク機器メーカーの営業マンが自慢げに言った言葉を未だに鮮明に覚えている。「もううちは新聞とってないんですよ。全部ネットで読めますからね!」。そのときのぼくの感想は、「今頃おっさん何ゆーてんの、そんな当たり前のことを自慢げにいーなや、恥ずかしい」というものだった。
まだ128kbpsの常時接続が月額3万円以上した時代ではあったけど、夜間の定額制もあったし、ぼくの周囲では、すでに誰もがネットは使い放題に近い状態にはなっていた。天気予報を見るのもネットになっていたように思う。
太平洋をはさんだ北米の西海岸にasahi.comが立ち上がったのが1995年。それからすぐに他紙も追いかけて、1998年当時には、すでに速報系の短信ニュースは溢れまくっていた。
それから10年近くが経過した。逆に、ぼくは最近は紙の新聞をよく読むようになった。一番の理由は「ネット上に全部ある」というのが、未だに全然事実とは異なるということ。これは、ネットに対してコンテンツを出し惜しみする新聞社各社が不甲斐ないとしかいいようがないけど、ぼく個人としては嘆くほどのことでもない。3000円とか4000円を出して、どこでも読めるプリントアウト済みのコンテンツを買っていると思えば安いもの。
紙の優位性も健在だ。ポータビリティという点では電子メディアは、まだもう一歩。紙は解像度やコントラストも高いから、レイアウト情報による情報圧縮効果はバカにならない。
持ち歩いてよく読むようになってみると、なんだかんだいって新聞のコンテンツって質が高いなということが嫌というほど分かる。日本の新聞メディアが、いかに旧態依然としていて滅びゆくものだとしても、現時点ではネット上には相応のメディアがないんだから、しょうがない。SNSやブログ、掲示板といったCGMは質が低くてノイズだらけで、もうウンザリ。アルファブロガーと言われる人たちで、読むに耐える文章を書いている人が、いったいどれだけいるだろうか。
子どものころ、新聞といえば朝日や毎日だったけど、最近、日経にしてみてその違いにも驚いている。読んでいて少しもイライラしない。特別何かがすごいというのでもないけど、不信感とか不満を感じずに淡々と情報に接することができるメディアって、今の時代には貴重じゃないだろうか。
2008年01月05日
気づけばみな子持ち
アメリカに留学中の友人が日本に戻っているというので、大学時代の友人らと集まる。「全員が子持ちになったね」と口々に言ってはみたけど、実は子持ちになってない友達の会合への参加率が下がっているだけというのも事実であることに、みんな気づいていたはずだ。
前日に妻と一緒に仕込んだローストビーフが好評だった。ローストビーフは、その派手なサイズと赤身が絶妙に残る美しいグラデーションから、「手が込んだ本格料理」というイメージを持つ人が多い。でも、実際には焼くだけ。パーティーは盛り上がるし、嫌いな人は少ないし、何というか、コストパフォーマンスが高い。凝ろうと思えばいくらでも凝れるけど、手を抜こうと思えば、「フライパンで焼き、蓋して蒸すだけ」というところまで簡単にできる。ふつうのスーパーで買えない大きな肉塊を入手するところだけが味噌。
留学中の友人は「4月には終了予定(笑)」で、晴れてPh.Dのはずだけど、同時に8ヶ月の息子を抱える母でもある。黒人とのハーフのジン君は8ヶ月と思えない巨大サイズで、頭部がやけに小さい。身長は1歳半のうちのムスメと同程度なのに、頭のサイズは4ヶ月になる別の友人の子より一回り小さい。やっぱり「人種」ってあるよ。

8 ヶ月なのに、もう7kgもあるというジン君
2008年01月04日
ちゃんとしたハンバーガー
ムスメを保育園に預けて夫婦で映画へ。ある意味では年末年始で唯一の休日。
最寄りの映画館があるってことで六本木ヒルズで『ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記』を見る。これまで見たニコラス・ケイジの映画で、はずれが少なくてイメージがいいからというぐらいの理由で選んだ映画だけど、ちょっと驚いた。事前にgoo映画で調べたレビューを見て抱いたイメージと、まったく違う映画だったのだ。
goo映画にはすでにその映画を見た人のレビューがたくさん載っている。内容のないべた褒めから、嘲笑系の酷評まで、いろいろとある。そうしたレビューを見ていると、個々には主観的でバランスが悪いものばかりであっても、だいたいどんな映画か分かってくる。「CGM万歳だ」と思った。
ところが、それは甘かった。10個ほど見たレビューの、そのことごとくが、肝心のポイントを外していた。そんなことも知らないぼくが映画に疎すぎるだけかもしれないけど、『リンカーン暗殺者の日記』というのはローティーンを狙った映画なのだった。少なくともローティーンが見ても充分にディテールも楽しめるというレベル設定だ。
ディズニーらしい子ども向けの演出とストーリーの映画。そのことを分かって見る分には、まあ大人が見ても別に悪くない。
ところがgoo映画にあった酷評には「陰謀系の話がお好きな人はどうぞ(笑)」とか、「矛盾だらけ」、「ツッコミどころ満載」とか、そういう的外れな評が多くて驚く。最初から、いい大人が突っ込むべき映画じゃない。それはドラえもんの映画に対してツッコミを入れるようなものだ。
まさか、そんな低レベルの勘違い野郎ばかりだと思わないもんだから、てっきりぼくは細かいところに目をつぶれば、楽しめる映画なんだろうと高を括って見てしまった。謎解きも演出も全編が文字通り子供だましだし……。
たまの映画なんだし、もうちょっと事前に調べてから見れば良かったとも思うけど、最近はもう家にいても夫婦ともネットを見ている暇がない。わっと調べてわっと出かけるパターンが多い。
一方、同じく適当に調べて「近いから」という理由で行ったグランドハイアットのレストラン「オークドア」は意外にヒット。高級和牛や米、豪のお肉をたっぷりサイズで焼いてくれるアメリカンなステーキハウス。お昼のアラカルトで、ハンバーガーとステーキサンドイッチを頼んだら、どっちもうまかった。ちゃんとした肉で作って、ちゃんとした火で焼いたハンバーガーはうまい。
何気なく頼んだグラスワインが2500円だったのには閉口したけど、ステーキもそこそこの値段だし、また来てみようと思った。

肉汁が滴るハンバーガー

朝11時半の開店と同時に店に入ったので、貸切状態だった
2008年01月03日
上野動物園
絵本やぬいぐるみを見て「じょーさん」(象さん)を連呼するようになったので、ムスメに本物を見せてあげようと上野動物園へ。三が日だけど、上野は人でいっぱい。
象は6頭ほどいて、それなりに見えたけど、ムスメは一向に反応せず。偽者の象でも見せられたと思ったんだろうか。
上野動物園で一番の人気者のパンダは、穴に顔を埋めて背中を向けたまま、じっと動かなかった。しかも見物客は3列になって足早に通り過ぎるばかり。つまらんじゃないか。
動物たちが遠すぎて、ちょっとムスメには何が何だか分かってなかった感じ。1歳半では、まだ早かったか。

6頭ほどいた象のうちの1頭

うーん、なんて猿だったか

大量の見物客。混雑しすぎで見てられない

赤ちゃん連れなので説明どころか名前も読む暇がなく、なんてトリか不明。写真だけ

ペンギン

ホッキョクグマ。人気コーナーで大量の人がいた

分かっているのかわかってないのか

猿山は見てて一番楽しかった
2008年01月02日
食い正月
年末年始は実家の熱海へ。以前、正月といえば年に1度だけミステリー小説を読むことにしていた。今年は危なっかしく階段を上り降りするムスメから目が離せなくて、本を読むでもなく、おもに食っちゃ寝の日々。

女の子は1歳でもすでに女なのか

息子のゲームで飛行機を飛ばす、元職業パイロットの父
2007年12月21日
「ルールはりんご」
保育園に子どもを預けて駅へ抜けるとき、近道なので役所のエレベータを使う。エレベータ待ちで見かけたポスター。交通安全をテーマにした子どもたちの作品。
最優秀賞の「ルールはりんご」というのが断然目に止まる。シュールな謎かけ。と、思ったら、りんごというのは描かれているトラックの積荷のことであるらしかった。「ルールはルール」と書いてあるらしい。
それにしても、このすべてが平面に投影されたシュールな構図はただ者ではない。交差点に突っ込んで北時点でトラックが横転しているではないか。小学6年生だというし、狙って作ったとしたら、すごい。狙ったわけないけど。
倫理、道徳、社会のルールといったものが個人個人に内面化される時期独特の、優等生的なメッセージが多い。小学生でも、すでにそこに自明でない何かがあると感じ取っている奴もいるだろうけど、そういう奴の作品は選ばれないんだろうなぁ。

ルールはりんご?
2007年12月18日
失敗者
最近週末は家族で過ごすことが多くて、1人で出歩くことが減った。独身時代の自由を懐かしむ気持ちもあったけど、長い人生のなかで今は貴重で幸福な子育ての時間なのかなと思うようになった。
70歳になる遠縁の親類と話す機会があった。法事の席で、酒宴が好きだったという故人を偲んで楽しく語らってくださいというので、ぼくはその人と遠慮なくビールやワインを飲みながら話し込んでしまった。
義父と同じ会社に勤めた人で、ある種、昭和世代のサラリーマンの典型。
その人が、こんなことを言った。「自分は失敗者ですよ。昔は自分のことしか考えてなくて子供なんて構ったことがなかった。男親は給料を稼ぐのが仕事だと思っていたからね。でも、子供が一番かわいい時期に1分でも一緒にいたほうがいいよ。これは失敗した人間からのアドバイスです。自分もできることならやり直したい」。大企業で役員まで勤めたというから、「当時はみんな仕事中心だったんじゃないですか」と聞いたら、「そうじゃない人もいましたよ」という。
3歳までのかわいい盛り、手がかかる時期というのは、長い目で見ればほんの一時期。そこの体験が充実しているかどうかで、年をとってから目を細めて思い出せるか、「失敗者ですよ」と悔やむことになるか決まるものなら、今は子供のために時間を使ったほうがいいのだろう。10歳を過ぎたムスメに父親が相手をしてもらえるどうかは定かではないし、成人すれば会える機会も減っていく。自分を失敗者だというおじさんは、遠く香港に暮らすムスメとその孫とは主にネットでコミュニケーションしているという。
夜寝かしつけるために一緒に布団に潜り込んだ。ころりと横たわったムスメは、やんやん言うでもなく、すぐに寝てしまうでもなく、パッチリと目を見ひらいたままこちらを見つめていた。ふいに、「パパ、ちゃっちゃん、パパ、ちゃっちゃん」と何度か自分と父を順に指差す。「そうだね、パパだね、りさちゃんだね」とぼくは返す。するとムスメは、舌足らずな裏返りぎみの声で「ちゅ」と言って小さな顔をぼくに押し付けてきた。相好を崩す父親を見て満足そうに笑うムスメ。今はただ単にかわいいとしか思わないけど、きっと、こういう経験が貴重なんだ。
2007年12月12日
感染症
感染症を引き起こすウイルスは、近年劇的な症状を宿主に引き起こさない方向で進化してきたという。かつて激しい嘔吐や下痢を起こさせて、近隣にいる人々に感染していった時代と異なり、下水が完備され、衛生学的な常識も浸透いた今では、ウイルスにとってこれは有効な戦略ではなくなった。
代わりにマイルドな症状でやたらと咳が出る種類の感染症が増えた。元気のいい人は「なんだか咳が出るな」というだけで会社に行き、そして周囲にウイルスを広げる。ウイルスにとっては現代は宿主に寝込まれてしまっては困るのだ。
乳幼児が罹患する感染症は、どうもこの限りではないらしい。激しい下痢や嘔吐をともなうロタやノロといったウイルスは、家庭内であっという間に伝染してしまう。どんなに注意して消毒しても、赤ちゃんのおむつを交換するときに接触感染するものらしい。アルコールに加え、ロタに有効という消毒液も使っているのに。
週明けにムスメがミルクをぴゅーっと吐いたところから始まって、続いて妻が嘔吐。ぼくだけ平気だと思っていたのは1日だけで、すぐに激しい腹痛で寝込んでしまった。3人の症状のピークに時間差があったのが救い。
2007年12月10日
Linuxでスライドショウ・ガジェット
Windows用のグーグルデスクトップで写真をスライドショウさせるデスクトップガジェットがお気に入りだった。忘れていたような古い写真がたくさん出てくる。HDDに大量に写真を眠らせていたんだなと気づく。
Linuxで同じことをしようと思ってGNOMEガジェットなんかを探したけど、どうもぼくのニーズに合うものがない。いっそRuby/Gtkで書いてみるかなーと思っていたけど、そんな大げさな話じゃなくて、findとimagemagickでいいのだった。
find ~/Desktop/Pictures/2006* -iname *jpg | xargs display -resize 200 -delay 1000 &
とかすれば、10秒おきに指定ディレクトリ以下のJPEGファイルが横幅200で表示される。
しかし、きっちりディレクトリ順に出るよりもランダムに出る方がうれしい。有限行数の標準入力を受け付けてランダムに並べ替えるようなコマンドラインツールってあったっけなーと、ちょっと考えてから、まあいっかと思ってRubyで書いてみた。
#!/usr/bin/rubylines = Array.new
num = 0while gets
lines.push($_)
endwhile (lines.size >= 1)
num = rand(lines.size)
print lines[num]
lines.delete_at(num)
end
これをrandlines.rbというファイル名で保存して、
find Pictures/* -iname *jpg | randlines.rb |xargs display ...
とやったらうまくいった。グーグルデスクトップと違って、いくつでも好きなだけ起動できるというメリット(?)があるらしい。
Linuxにはflickrをローカルのファイルシステムにマウントしてしまうflickrfsというのがあるので、flickr上の写真も、まったく同様にデスクトップに表示できそうだ。
つくづくUnix文化ってすごいなと思う。こんな単純なスクリプトとコマンドの組み合わせ程度のことでも、Windows上では手も足もでないことが多い。

右側に2つスライドショウを表示
2007年12月09日
何のための行列か
新宿サザンテラスに「クリスピー・クリーム・ドーナツ」の日本1号店がオープンしたのは2006年12月15日。それら、ちょうど1年前ほど経つというのに、いまだにすごい行列だ。平日の朝10時に通りかかったら、店舗を半分取り囲む2列の行列。50分待ちだそうだ。

新宿サザンテラスのクリスピークリームドーナツ。いつもすごい行列

エレベータから見下ろしたら、行列は店舗の横に回り込んでいた

平日の午前中でも50分待ち
普通に考えたら、ドーナツごときで1時間近くも待つのはおかしい。「なんで平日やのに、こんなに並んでんねん!」と関西弁でいいながら通り過ぎる人たちを見て、やっぱり観光客が多いのかなと思った。ガイドブックや雑誌なら、確実に掲載されてるだろうしなぁ。
それにしてもドーナツごとき。ぼくはかなり好きだけど、しかし5分以上は並ぼうとは思わない。
行列に並ぶ人たちが得たいのが、ドーナツそのものとだけ考えるのは不自然。じゃあ何のために行列しているかと、やっぱり話のネタということなんだろう。ネタは新鮮なものに限る。ので、スタバにしろバーガーキングにしろ、1号店はだいたい大騒ぎになる。
じゃあ、そもそも話のネタってなぜ必要なのか。と、考えると、周囲の人とボンディングやコミュニケーションするためじゃないかと思う。そもそも人間の社会に言葉が存在するのはコミュニティの紐帯を維持するためのもので猿社会のグルーミングと同じとした説に真実が含まれるのだとすれば、ドーナツは猿の毛にあたる。毛づくろいそのものも気持ちいいのかもしれないけど(ドーナツはおいしい)、それだけじゃないんだよね、コミュニケーションのためのネタなんだよね、という。
クリスピー・クリーム・ドーナツって、本国アメリカでは、もはや閑散としている店舗もあるという。飽きられたということとか、類似店が増えたこともあるかもしれないけど、話のネタとして賞味期限が切れたということなんだろう。東京の人にとっては、とっくに新宿のクリスピークリームドーナツの賞味期限は切れてるけど、地方から来る観光客には、まだ何かがあるんだろう。クリスピークリームドーナツって、もはや川口店とかができているぐらいだそうだから、人気凋落も時間の問題じゃないだろうか。
と、いうことを考えると、自分がやっている情報サービスの仕事も、そういう消費のされ方をしてる面はきっとあるはずだなと思ったりする。情報はファクトが重要な面もあるけど、ぜんぜんそれだけじゃない。「思わず人に言いたくなる」ようなネタは好まれる。
2007年12月08日
エコ・ブディズム
義理の祖母の1周忌で浅草へ。お寺のあちこちにある立て札がどうも気になる。そこのお寺だけじゃなく、自宅周辺のお寺でも同じことがいえるけど、どうも低俗で陳腐な人生哲学の類が増えている気がしてならない。文字通り「俗」っぽい感じ。
「世界人類が平和でありますように」というような例の立て札はいいとしても、例えば「人生は、悔いるな今日を生きてこそ」的な文言って仏教寺院にあっていいようなものなのか。禅宗にして、この程度。世襲制で寺を継いでれば、凡庸な僧侶や住職が増えるんだろうけど、それにしても、ちゃんと仏典を読み込んでいたら、もう少し言うべきことがあっていいのじゃないかとも思ったりする。
同じ浅草のお寺で見たものでも、多少は仏教的だなと思うものもある。「悟りの花はどこに咲く。迷いの池の中に咲く」などと挿絵入りであると、ああ、ちょっといいなと思ったりする。特別な深みこそないものの、噛み締めるべき普遍的な教えがある。
環境とか人権とか、やたらと今風なことで何かを言うのはいいけど、「地球をきれいにすると、ほとけさまにほめられる」はないだろう……。これは曹洞宗全体の見解なのか。愕然とするような凡庸さ。禅宗っていつの時代もエリートに尊敬されるテイストを持っていたものだと思ってたけど、これじゃあ頭の悪いロハス系にしか受けないと思った。
2007年12月06日
成長
数ヶ月前に撮った写真を見ると、えらくムスメが成長しているのが分かる。うちは両親ともがカメラ好きなので、やたらと写真点数がいっぱい。

女の子だけどクルマ好き
2007年12月03日
はっぴょうかい
先週の土曜日は保育園の「はっぴょうかい」。ムスメは生まれて初めての発表会。リハーサルと違い、大勢の保護者を前にすると驚いて泣き出すかもなと心配したけど、泣くでもなく、かといってノリノリになるでもなく淡々と。
0才児クラスは、みんな、ほげーっとしていた。舞台狭しと自由にハイハイしまくる子もいたりとか、一生懸命振り付けどおりに踊っているのはよく見ると保育者たちだけとかだったりして微笑ましい。
帰宅後に撮影したビデオをムスメに見せたら、テレビの前では「結んで開いて」の振り付けをやっていた。うちの子は本番に弱い。
2才児クラスあたりでも、まだ舞台に上がっても訳が分かってない感じがあるけど、4才児や5才児ともなると、和太鼓の演奏だとか、ちょっとしたミュージカルだとかが、ちゃんと見せ物になっていて驚く。たった数年で自分のムスメもあんな風になるのか、というのが信じられない。

左の子は生来の自由人で、発表中つねに逃亡を試みていた

それなりにシャカシャカ振るムスメ

「裸の王様」。王様役はみんなの意見で決めたんだとか。確かに王様っぽい貫禄がある。

天気がいいので外で散歩
2007年12月02日
新宿御苑の紅葉
紅葉を見に新宿御苑へ。燃えるような真紅に色づいた紅葉もあったりして、 園内でも著名な木の周囲には、たくさんの写真好きがカメラを構えていた。
よく手入れされた広々とした芝生でシャボン玉やったりジャグリングやった り。ジャグリングは目立ったようで、立ち止まる人や喚声をあげる人もいた。 なぜかインド人らしき家族連れの子たちに好評だった。シャボン玉は少しコツ をつかむと、かなり巨大なものも飛ばせることが分かって、飛ばす方としても 楽しかった。





2007年11月29日
眼鏡を購入
眼鏡を購入。渋谷のZoffで1万円弱。近視矯正手術のレーシックを受けるには、手術前の一定期間コンタクトをはずした生活が必要だというのが理由の1つ。やっぱりコンタクトで仕事をするのは目がつらいという理由もある。
あまりにフレームのバリエーションが多くて選ぶのが面倒だったので、売れ筋ランキングで1番のものを買った。それだけで、なんか今風の顔立ちになった気がする。と、いうことは、この眼鏡で写真を撮ると10年後には「うわっ、時代を感じる」という風になるんだろう。
過去2年ほどはネットでコンタクトを買っていたから、自分の視力がどのていどで矯正視力がどの程度かということはよくわかっていなかった。改めて計測してみたら両目あわせて裸眼視力が0.15しかなかった。
驚いたのはコンタクトを入れた状態でも0.9〜1.0程度しか見えていなかったこと。自分では両目裸眼では0.3〜0.5程度、矯正視力は1.2ぐらいなのかと思っていたけど、実はぜんぜん見えていなかった。人間というのは徐々に変わっていく変化には気づきづらいということか。もはや1.5とか2.0の世界はまったく想像できない。
自分の視力を実際以上によく思っていたのには、年々視力が低下していっているという事実を認めたくないという心理も働いている。心のどこかで「裸眼でも0.8。生活は大丈夫」という10年前の印象を大事に守ろうとしている。
できれば人生最後の眼鏡にしたい。いや、あと10年もしたら老眼が来るからそうもいかないかもしれないけど、近視矯正の眼鏡はこれっきりにしたいところ。
2007年11月28日
混雑の周期性
朝、JR目黒駅で山手線を待っていたら遅れているとかでホームに人があふれていた。やってきた電車を見るとすでに乗車率120%かというほどの混雑。それでも乗り込む人々。
山手線は3分とか5分おきに来るのだから慌てなくていいやと1本やりすごしてみた。すると、通常よりも早い間隔で次の電車がやってきた。たぶん1分ほどしか待たなかった。乗車率は30%程度。たった1分の違いで満員電車でキューキューいわずに済んだ。
ここまで極端じゃなくても混雑した電車の次には空いた電車が来るもの。そういう一般的な法則というか周期性って、どの程度のもんだろうか。30分ぐらいホームのベンチに座って観察してみたい。
2007年11月27日
keyconfig.xpiが動かなくなるわけ
毎度毎度、Firefoxがセキュリティアップデートとかでいつの間にかアップデートされるたびに、keyconfigというエクステンションが動かなくなる。これは困る。特にホイールの効かないLinux環境ではキーボードショートカットで操作しないとまだるっこしくてしょうがない。そんなわけでFirefoxでもviようなOperaのようなキーバインドでブラウザを使っている。
大したことやってるわけでもないくせに、なんで2.0.0.3を2.0.0.10にバージョンアップしたぐらいでkeyconfigは有効にできなくなるんだと思ってkeyconfig.xpiを調べてみた。
keyconfig.xpiというアーカイブに含まれるinstall.rdf中の以下の記述が問題だった。
<targetApplication><rdf:Description>
<id>{ec8030f7-c20a-464f-9b0e-13a3a9e97384}</id>
<minVersion>1.5.0.6</minVersion>
<maxVersion>2.0.0.3</maxVersion>
</rdf:Description></targetApplication>
バージョンの上限をきっちり2.0.0.3に決めてるし……。確かにリリース時に存在しないバージョンを含めるのは正しくないかもしれないけど、何だかなぁ、そんな偉そうなエクステンションじゃないだろうに……。動かなくなったら動かなくなったでいいじゃん。
というわけで、2.0.0.3を2.0.0.10に書き換えて、keyconfig.xpiをブラウザのウィンドウにドロップしたら、また有効になった。
2007年11月26日
熱海へ
連休は熱海へ。直前になって調べたら、どんなに寂れていると思われている土地でも、どこも宿は予約でいっぱい。誰が犬吠埼なんて行くんだと思ったけど。
最後の手段として空っぽで使われていない両親の家がある熱海に泊まり、その代わり食事で贅沢をすることにした。
小さな子どもを連れていては食事で贅沢といってもしれている。すし割烹だ懐石だなんて無理。それでも何とかお寿司を食べたり、名物のあじの叩きを食べたり。
網代や多賀のあたりをぶらり。のどかな漁村というような風情がある街でもなく、どちらかといえば、過疎を免れて何とかやってる漁港の一角という感じ。
「ひもの銀座」と呼ばれているあたりで適当に入った「笑ぎょ」という店がヒット。1400円から2000円で新鮮な魚をさばいたおいしい定食が食べられる。アジフライが信じられないほどふっくらしていた。
アジフライにあじの叩き、中トロ炙りだ、いくら丼だと、初めて口にするものばかりのムスメもご満悦の様子だった。連日、ムスメと同じ時間に寝て同じ時間に起きるという長時間睡眠が心地よかった。毎日10時間ぐらい寝た。
一眼レフのバッテリを忘れた上に、コンパクトデジカメのバッテリが切れてしまい、ケータイでしか写真が撮れなかった。悲しすぎ。
2007年11月22日
アマゾンの過剰梱包
アマゾンの容れ物が無駄にでかい。ムスメに買った、みかんのおもちゃ1個が、いつもの段ボールに入って送られてきた。

人間ドック
久しぶりの人間ドック。受付で直腸の触診検査を希望するかと聞かれて、思わずひるんでしまった。「それって噂には聞いたことがあるんですが、そのー」というと、担当の看護師は「ええ、そうです、お尻に指を入れて検査します。もし抵抗がないようでしたら、どうぞ」。
選択肢があるとは知らなかった。有無を言わせず、わけも分からないまま患者を四つん這いにさせて、ぐりぐりやるもんだと思った。
選択肢があるとなると悩む。減るものでも疲れるものでもないし、検査なんてやったほうがいいに決まってる。でも、噂で聞いただけでやったことがないし、どうも躊躇する。
考えてみたら触診で分かるのは肛門まわりのトラブルだけ。血便だとか痔だとかの自覚症状があるなら受けた方がいいという看護師の話を聞いて、パスすることにした。「そうですよね、別に大腸がんが分かるわけでもないですよね、お尻はいたって快調だし……」。なぜか、すっかり言い訳調。
超音波検査機で内臓をチェック。イカの姿焼きをスライスしたような陰影で、腎臓の輪切りが映し出される。輪切りにされた内臓壁に映る、何やら小さな白い物体。黙って矢印マークをつける看護師。「それって何ですか?」。「うーん、コメントするほどのものでもないんですけど、ちょっと硬くなっている部分ですね」。「てことは腎臓結石の初期ですか?」。「そんなに大げさなものじゃないです。痛みがなければ問題ありません」。「できたり消えたりするもんですか? 成長するんですか?」。「成長するかもしれません。1度できたものが消えることはありません」。
腎臓なんて自分の目で見たのは初めてだし、まして生々しく呼吸とともにグニャグニャ動くのを見たのも初めて。そうか、オレも一通りの内臓がそろった人間だったのかと思った。そろそろどこかにガタが来てもおかしくない年齢。
コンタクトが痛いので2、3日ほど裸眼で生活してたけど、裸眼視力は0.3(右)と0.1(左)しかなくなっていた。いよいよ近視矯正手術のレーシックを受けようという気になってきた。少しずつ周囲に「受けるよ」「やるよ」と宣言することで自分をその気にさせはじめている。
2007年11月21日
Diablog
雑誌でいうところの対談をブログで行う「Diablog」というのを考えた。トラバだのコメントだの、ブログはダイアローグのプラットフォームとしてはまだるっこしい。かといってチャットは取りとめもないしパブリッシュという概念がない。あるテーマに沿って、複数人が参加し、最終的にパーマリンクの残るような仕組みでダイアローグを作っていけるようなメディアプラットフォームがほしい。チャットと違って時間的に前の発言でもWikiのように修正できる。どちらかといえば、共同作業で1つのドキュメントを完成させるイメージ。
ネット上のコラボツールというWeb 2.0的なツールでありながら、古代ギリシア以来、4000年以上の歴史をもつ対話形式という優れた表現形式を使うのが味噌。Lingrの江島さんに実装してほしい。
公開討論のような場も作れるかもしれない。外野のやじや、質問などをうまく絡めるUIもありえるかもしれない。テキストのストリームのあり方には、まだ未開のフロンティアがあるような気がしてならない。
2007年11月20日
古川氏と前島氏の対談
昔の同僚に月刊asciiの最新号をもらった。どういう魔法を使ったのか、雑誌としての体裁が妙に整ってきた。誌面のレイアウトや情報のまとまり具合が数段レベルアップしている。しかし特集を組んでいるFXって「下流」っぽいネタだと思うんだけど、どうなんだろうか。
インテルとマイクロソフトの時代った90年代にIT業界を眺めていたような人間なら、必読の対談。未来に向かうような話じゃなく、昔話でしかないけど。
2007年11月19日
マグナムの写真集
p>マグナムの写真集「Magnum, Magnum」が出るらしい。日本語版は2万3000円と高いのでAmazon.comで英語版を見たら141ドル。それでも高い。20世紀の歴史的記録となる瞬間を抑えまくった伝説の写真家集団も、今では芸術指向の人も増えたりして、ずいぶん変わってきたという。確かにジャーナリスティックな写真家って、もうあんまり流行しない感じもする。歴史は終わった。と、フクヤマさんも言っていたしなぁ。
2007年11月11日
キッチン
JR新宿駅南口から甲州街道を西へ下る1kmほどの範囲の道は、キッチンやバス、トイレ関係の「ショールーム街道」なのだった。サンウェーブ、INAX、YAMAHA、クリナップ、タカラスタンダードなんかのショールームが立ち並ぶ。あれほど何度も歩いた場所のはずなのに、そのどれ1つとして意識にとまらず、まったく存在を知らなかったことに驚く。
いつもは「ダメ!」と言われるキッチンの引き出しの開け締めがやりたい放題のムスメは、実に楽しそうだった。
2007年10月28日
ネットショッピング
今さらネットショッピングって便利だなと思っている。「シェービングフォームがなくなりそうだったな」と思い出した瞬間にケータイでクリックして買えるのはいい。無線LANルータの情報をネットで調べて、そのまま注文できるのもいい。ハンディカムのAVケーブルを、わざわざ量販店の店頭で店員に型番を聞いて買うなんて面倒するぎる。ググッて出てきた型番をアマゾンにコピペしてクリックするほうがずっと楽だ。
身につけるものとか、どうしても見た方がいいもの以外は、もうネットで済ませたい気分。270円の整髪ジェルを楽天で注文したら送料が490円だったけど、買いに行くことの手間や精神的な煩わしさから解放されるなら490円ぐらい安いもの。つい買い忘れてしまい、2、3日ほど残りのジェルを絞り出すためにチューブをひねりまくってイライラするよりいい。
すでに生鮮食品も通販生活だし、ユニクロも通販だし、どんどんリアルな買い物が減っている。ベビーカーに乗った赤ちゃんを連れて、貴重な週末の半日をつぶして人混みの中に身を投じる気になれない。
買い物体験の楽しい面を再現しつつ、しかも手間を減らすような、そんなリッチクライアントの市場が伸びそうな気がする。単純なSQL+Webブラウザじゃダメだ。既存の各種オンラインショップに対して、インターフェースだけラップするようなマッシュアップクライアントを作り、アフィリエイト収入でもうけるってどうかしら。
家電量販店の店員の給料というのは専門知識というエキスパティーズを使って顧客に対してコンサルティングサービスを提供することで得ていると考えられる。そこを置き換えるような、インタラクティブでリッチなUIを備えたクライアント。
例えば、デジカメ購入専用クライアントというのを作る。その時々で最新のデジカメの情報をネットワークリポジトリから引っ張ってきて、
- 自分が気になるスペックだけを一覧にして比較表を作ってくれる
- イエス・ノーだけで自分にぴったりの機種を推薦してくれる
- 3Dの製品写真が見られる
- 撮影サンプルが見られる
- 購入を決めたら、ネット上でいちばん安い店に発注してくれる
- 実は掲示板機能ももっていて評判情報も蓄えられる
これ、kakaku.comあたりが投資して開発すべきクライアントかもしれない。というか、AIRを使ってやってるところが、すでにあった気もする。
商品点数が楽天のように膨大だと、インデックスをローカルに持ってこれないけど、特定ジャンルの製品であれば何とかなりそう。むしろ、サーバの負荷も減るし、検索時のレスポンスも良くなるし、提供側、ユーザー双方にメリットがありそう。
というか、それこそがSilverlightやAIRが目指している世界そのものか。楽天がある今、WebでECサイトを作っても勝ち目はないけど、ECリッチクライアントのレースは、まだ始まってもいないから、案外チャンスあるのじゃなかろうか。今またプラットフォーム変動が起こっているから、次の10年でデファクトとなるべきものの原型が、向こう1年ぐらいで出てくるのじゃないだろうか。EC以外だと何だろうか。
ECリッチクライアントは、かつてカタログ雑誌が持っていた機能も果たすわけで、そう考えるとflipbookみたいな電子雑誌が目指す領域とも重なる。うーん、でも電子雑誌は雑誌のメタファーを引きずりすぎな気もする。消費者は果たして雑誌のようななじみやすさに流れるのか、もっと革新的な新しいUIの買い物に早々と適応するのか、というところか。
雑誌のようなメディアも統合ということになることを考えると、情報系サイトも、自分たちの専用リッチクライアントを開発して、そこに物販を統合していくといいような気もしてくる。
Torrentプロトコルをしゃべるようにして、インフォマーシャルのような映像も扱えるといいなぁ。
2007年10月27日
ハロウィーン
ハロウィーンっていつだっけ。


2007年09月18日
アメ横
37歳。誕生日。ここのところ、大トロを買い込んで食べたいだけ食べるというファンタジーが頭を離れなかったので、やってみた。
上野のアメ横。信じられないような安売り。1万円以上もするトロが1000円とか2000円とか。前々から気になっていたけど、買ってみた。
大トロ、中トロ2柵、それになぜかウナギもついて3000円。安すぎる……。けど、お値段なりとしかいいようがない。ずっと10年ぐらい気になってきたトロを食ってみて、話のタネがひとつできたかなという感じ。
新宿の地下街で、5センチぐらいしかない2500円の大トロを買うんだった。しかしまあ、上野のように戦後の闇市の混沌とした雰囲気を残す、いかがわしい街もあっていいのかも。だまされたという感じよりは、やられたけど、まあいっかという感じが強い。
2007年09月01日
コスプレ
フーテンの寅さん風コスプレ。


2007年08月10日
時計購入
時計を購入。腕時計市場というのは不思議だ。高いほど機能が乏しく視認性が悪い。いや、少なくとも価格と時計としての機能はほとんど無関係だ。そろそろ大人だしいい時計を買おうと思ったけど、10万円も20万円も出して、なんで曜日の1つも表示できないかなー、とか、なんで自動巻とか電波非対応とか意味の分からないことを言うかなー、とか思う。ケータイなんてゼロ円で秒単位まで毎日時間があっててバックライトもついてアラームもなるというのに、何で腕時計ってこうも不便なのだろうか。かといって太陽電池付きの電波時計でチタンバンドとかになると選択肢が少なかったり、CITIZENとかSEIKO、あるいはCASIOというブランド名がデカデカと書いてあって、なんかガッカリするものばかり。日本人としてこれらのブランドには高い信頼を寄せているのだけど、それはあくまで物作りの部分。いや、デザインも結構いいのがある。でも、そうじゃないんだよ……。国内メーカーは、どうして気づいてくれないんだろうか。ぼくらがほしいのは、着けて恥ずかしくない高性能な時計なのだよ。築き上げてきたブランドなのかもしれないけど、「恥ずかしい」と思われてるということを認識してマーケティングするべきだと思う。
よほどデジタルの機能盛りだくさんのものを買おうかと思ったけど、結局ぎりぎり許容できるところで機能とデザインのバランスが取れてるCASIOのオリジナルブランド「OCEANUS」シリーズの、いちばんいい奴にした。マンタのロゴマークがかわいい。CASIOって書いてあるけど、まあこのくらいならいいと思う。チタン、薄型、太陽電池で電池交換不要、電波受信は日米欧に対応。それに世界時計とストップウォッチ、日付、曜日表示あたりもついている。5気圧防水。ガラス面は、傷が付きづらい加工もしてあるとか。
しかし、アナログの悲しさで、世界時計といっても、2地点の時刻を同時に表示できない。2つのタイムゾーンを切り替えると、針がぐるぐる回るので時間がかかる。海外出張で2つの時刻が分かるのは便利なのになぁ。このへん、機能的には1万円のデジタル時計にも負けるわけで、ちょっと悲しい。ストップウォッチも20分の1秒の針が、ほかの針と重なると読み取れないし……。そもそも10分の1でも100分の1でもない、20分の1秒って何の意味があるんだか。
というようなもどかしさはあるけど、新しいモチモノってのは、うれしいもので、時計ばかり見ている。
2007年07月29日
和太鼓
堂々とつく太鼓。撮った写真の全部ピントがはずれていた……。
お祭り
近所でお祭り。どうせしょぼいだろうと思ったら、なかなか盛り上がっていた。
2007年07月16日
婿の市民
顔文字や記号類を使った文章にイライラするという気持ちも分からなくはないけど、全否定するのはバランスが悪い。話し言葉によるコミュニケーションと、文字によるコミュニケーションには情報量に圧倒的な違いがあって、それを埋めようとする行為は自然なもの。「使う必要がない」と主張する人は「書き言葉の不自由さを埋め合わせる行為」という自明の背景が単純に見えていないだけなのか、それとも心理的なもので見えなくなっているのか、よく分からない。それにしても、どうしてそんなに嫌うんだろうか。
東条英機の孫の東条由布子さんがテレビで、原爆と空襲による米軍の無差別殺戮について「無辜の市民が30万人も殺された、これは大虐殺です」としゃべったら、字幕に「無垢の市民が」と出てきた。ご丁寧に「無垢(むく)」とふりがな付きで。日本語の聞き取りができない人が字幕作ってるのか、あるいは、もはや無辜は死語なのか。
汐留のDOGHNUT PLANT NEW YORK CITYが、いつの間にか「オーガニックの店」になっていて、食べようと思っていたドーナツがなくなっていた。がっでむ。
スタバで隣に座ったアメリカ人とおぼしきリーマンブラザーズの社員2人が、所々に日本語を交ぜて会話していた。明らかに2人とも英語が母語。たぶん日本語もかなりうまくて、もし日本人相手に話していたとしたら感心もしたのかもしれないけど、まったく不要な場面で使っているわけで、とても頭が悪そうにみえた。
世の中にはまったくメールを寝かせない人がいる。ケータイなら、即返信もふつうだけど、ネットのメールだと内容によっては手紙のやりとりみたいなところがあって、あまり素早く返信しすぎると、かえって良くない場面もある。事務的なメールでもない限り、それなりにメールは手間がかかるから、相手が書けるペースでリズムを合わせてやりとりしないと、常にボールが相手側のコートにあることになる。これはやられるほうとしてはプレッシャーになるから、そのへんをくみ取らないといけない。来たメールに片っ端から返信して、常にメールボックスをすっきりさせるのは、スピード命の仕事ではいいことだけど、そうじゃないメールについては無粋な感じがする。1時間で5往復してセッションが終わるような、そういうやりとりになるときも、ままあるんだけど。
長い文章に付ける短い前文や導入部分は出版界では「リード」と呼ぶ。長らくそう思っていたら、最近「アブス」と呼ぶ一派もあると知った。だいぶニュアンスが違う。リードというのには、本文が読みたくなるような紹介文であって肝心のことは書かない。アブスといえば、もちろんアブストラクトだから要約文だ。結論を書かないと意味がない。もしかして、アブスは新聞業界用語だろうか。こういう業界用語は、自分が使っているのが実はその会社だけとか、その会社周辺だけの方言であるのに、業界全体で同じだと勘違いしているようなことがある。アブスという呼び方に慣れるのに10分ぐらいかかった。だって、略し方がヘンだし、かっこわるいし。あ、まだ慣れてないか。
赤坂で入った台湾料理というか中華料理の店で2本の掛け軸が目に飛び込んできた。1本には赤地に金色の文字で「財如旭日騰雲起」とあった。パッと見て「財をなすには朝早く、雲が立つ前に行動を開始せよ」、つまり早起きは三文の得という説教かと思った。でも、よくよく見てみると、どうも朝日がぐーんと昇り、雲が立ち上るように「財産がたくさんできますように」という意味のような気がしてきた。単に「中国語は分かるようで分からん」という話かもしれないけど、もしかして、一瞬誤読したのはぼくの中にある日本人の勤勉さというDNAが関係しているのかもしれないと思った。もう1本の掛け軸には「運似春潮任意来」とあった。「運は春の潮に似て、意に任せて来る」か。なんかケセラセラだな。
「TABLE FOR TWO」という運動があるのを知った。先進国で1人が1食を食べる際に、開発途上国の学校給食1食分(20円)を寄付する運動らしい。日本のメーカーや官公庁が実施した例があるんだとか。先進国の肥満、途上国の飢餓、そのアンバランスを解消するためにダボス会議で立ち上がった若きリーダーたちが始めたプロジェクト……、なんとなく胡散臭い。自己満足的で、実際の効力がなさそうなプロジェクトで、ホワイトバンドとか、ロックコンサートの類と同じじゃないだろうか。何とかしたいという気持ちを表明する手段として、一種の免罪符的に機能してしまっては本末転倒だろうに。実際には何にも変わらないのに、何かをした気なるという点で偽善的。運動を企画したり参加する当人たちはそう思っていないところが戯画的。しかし、現に毎日飢餓で死んでいく人がいるんだから、悲劇的な戯画だ。いったい先進国各国がODAや債権放棄で何兆ドルをアフリカにつぎ込んできて「単にお金を渡すだけじゃ解決しない」と反省していると思ってるんだ。日本だけでも過去10年で百億ドルを超えている。納税者人口で割れば2万円とかそういう単位。それで解決できない問題に対して、今さら20円で善人ぶってどうするんだ……、と思って、ちょっと調べてみたら、学校に給食を配るプロジェクトは良さそうに思えた。アフリカをはじめとする途上国を独り立ちさせるにはお金を渡すよりもほかに渡せるものがある。直接お金を渡すよりも貿易やオフショアリングを通して世界経済に組み込むことのほうが短期的には効果がありそう。長期的には教育。子どもたちにまっとうな教育を受けさせることがいちばん効果が高そう。給食があれば学校にだって出てくる。そう考えると2万円のODAよりも20円で給食だ。もしそれが有効なのであれば、偽善であってもかまわないし、むしろ先進国の偽善は利用するべきものだ。
「SERCH PAGE」(サーチページ)というスペルミスが堂々とタイトルになっているWebサイトを見つけて「SERCH」をググッてみたら、日本人が書いた「サーチ」のうち600万ページが正しい「SEARCH」で、110万ページで「A」が抜けていた。これはすごい数、すごい比率だ。21世紀の英語の運命は、英語を第二言語として話す人々が握っている。とすれば、こういうスペルの合理化は大々的に進んでおかしくない。「SEARCH」が「SERCH」となっていなかったり、「CALENDAR」が「KALENDER」となっていないことが、そもそも不合理。もしこういうスペルミスで英語母語話者が嘆いたとしたら、大いに言ってやるべきだと思う。そんなヘンな言語を押しつけられてる身になってみろ、でもオレたちがスッキリ正してやるから心配するな、と。
脳科学者の茂木先生が研究所のオープンラボの日に、べらべらしゃべりまくってるので、何となく立ち止まって拝聴。本はだんだんおもしろくなくなっている気がするけど、しゃべりはむちゃくちゃブッチャケていて、おもしろい。我々の性格というのは生まれてから今までに会ってきた人々の影響を大きく受けているという話に、ちょっとハッとした。親兄弟はもちろん、友達や同僚といった人たち。案外数は少なく、影響は非常に大きい。
30度以上に暖めると有色から無色になるインクというのを見た。そのインクで書類に捺印された会社のハンコやなんかに指先で触れると、スッと印影が消えてしまう。指をどけて室温にすると、またインクに色がつき、印影が浮かび上がる。ぱっと文字が消えて、また浮かび上がる。それが、あまりに新鮮で不思議な感じだったので、その場で10回以上、指を載せたりどけたりを繰り返した。ふと我に返ったとき、これは、飽きもせずに赤ん坊がオモチャの動きを延々と繰り返すのと、まったく同じだなと思った。
2007年06月30日
日々雑感
腕時計雑誌をあれこれ眺めてみた。ゼンマイを使った機械式時計で自動巻方式は是か非かという「ガチンコ対決」の記事があって驚愕。正確に時間を知るという点では、どっちもドングリの背比べでクオーツの勝ちに決まってる。でも、そういう世界ではないらしい。きわめてブルシットな世界だけど、積算ナントカ方式だとか垂直ナントカ軸とか、未だに技術革新はあるらしい。意味が分からん。
ウチのムスメは向こう見ずで元気がいい。1年上のクラスや2年上のクラスに混じって平気で年上の園児からオモチャを奪い取ったりしている。すばらしいゴーゲッターぶり。
最寄りの地下鉄の駅の入り口で階段を降りようとしたら、下から白いジャケットを着た50がらみのオヤジが上がってきた。エスカレータを登り切ったところには立て看板を持ったスーツ姿の若い会社員。その立て看板を見てオヤジは、「え、まだこの先で階段上るの? お金もらうのも楽じゃないね~」といやに大きな声で笑った。看板にはナントカ株式会社とだけ書いてあった。株主総会の時期なのだった。階段を上るぐらいでお金をもらえる身分になってみたいもんだ。
虎ノ門のスタバでダウン症とおぼしきスタッフを見かけた。タンブラーを振って、なにやらドリンクを作っていた。指示しているスタッフは付きっきり。作業が上手に終わると、そのコーチ役のスタッフはほほえみかけて拍手していた。CSR? それとも障害者の採用は義務なのだっけ。どっちにしても、接客に近いところに立たせたのはスタバの選択。いいことじゃないかと思う。
あれほどいつも周囲に転がっていたものなのに、最後にCPUを見たのはいつだろうかと思った。
ある会社がある発表を行った。内容にあまり具体性がなく、未定事項が多かった。そのことで、やたら得意げにウラの意図を読み取ろうとする同業者のセリフを聞いて「考えすぎじゃないでしょうか」と言いそうになった。深読みしすぎると、陰謀説っぽく響く。陰謀説に走りがちな人と話すのは、だいたいめんどくさい。
マクドナルドが地域の経済力を反映して値上げと値下げ。東京ではダブルチーズバーガーが550円から610円になった。山形、宮城、鳥取、島根あたりでは逆に値下げになったとか。さすが原田社長。やることが合理的で大胆だ。
それより最近気になるのはスタバのアズキフラペチーノが490円とかすること。よく考えると高い。毎日飲んでいてもいいんだろうかと疑問に思うことがある。
香山リカの劣化本を立ち読み。第1章を読んで、プチナショナリズム以上にひどい本だと思った。日本人が劣化したんじゃなくて、香山リカが老化しただけじゃないかと思った。まるっきり「近頃の若者は」という論調にしかなかっていない。
本を読みっぱなしで感想をまとめないのは気持ちが悪い。読み捨ては精神衛生上よくない。読み捨てに比べれば積ん読なんか別に何とも思わない。
2007年06月19日
コンテスト入選
おぉ、「デジタルカメラマガジン2007年7月号選考」の入門投稿部門で入選した。5枚まとめて応募したうちの1枚だけど、うーん、ISO3200で撮った友人の写真のほうがずっとお気に入りだったのになぁ。
コンテスト応募は、写真を撮ることへのいい動機付けになりそう。いい写真を撮るための条件って、ちゃんと三脚を使うこととか、ねばり強くシャッターチャンスを待つことというように、それなりの労力が必要な場合も多い。作品づくりだとでも思わない限り、なかなかそんなことはできない。
しかし、東京タワーの写真なのに、なんで撮影場所が兵庫県になっているんだ……。
2007年06月17日
あれこれ
ちょっと前だけど、mixiの会員が1000万人を超えた。2000年頃に@niftyの会員数が500万を超えたと聞いて、すごい数だなと思ったものだけど、その倍の数を獲得するのにmixiは、わずか3年3カ月。アクティブ会員の比率は微減を続けているらしいけど。
mixiもTwitterも、ついでにIMも、どうも使い続けられる気がしない。コメントやトラックバックのほとんど付かないブログというのが、いちばん気が楽だ。誰が見てるか分からないというのがいい。それまで見ていた人が、あるときを境に見なくなるというのも、書いてる側には分からないほうがいい。人間関係の距離は常に変化しているもので、同じ人同士でもある時は密にコミュニケーションしたかと思えば、数年ぐらい疎遠になったりということを繰り返すもの。
疎遠になることを許さないシステムは窮屈だ。誰かとつるんでいないとやり切れないティーンエージャーじゃあるまいし、同じメンツといつまでもベタベタしてたら嫌になる。
「メールを出す間柄」であっても、「1カ月以内にメールをもらって、すぐに書き送れる相手」、「アドレス帳に登録がある相手」、「古いバックアップからメールボックスを探せばメールアドレスの分かる相手」、「検索すれば出てくるアドレスの相手」、「知り合いに聞けば、たぶんアドレスが分かる相手」というように、心理的な疎遠度が、ちゃんと運用上の「面倒さ」に対応している。
mixiやTwitter、IMといったツールのデザインの背後には、人と人を最短距離でつなぐことがすべてで、そうすることでみんなハッピーになれるという素朴コミュニケーション論があるように思える。
例えば、マイミク、フォロワー、アドレス帳といったコンタクト情報が、コンタクト頻度と連動して徐々にグレーアウトしていくインターフェイスというのはどうだろうか。 1カ月接触がないと1段階レベルが下がり、インターフェイス上見えにくくなる。3カ月経つと、また疎遠度が1段階上がり、数クリック先の画面にのみ表示されるようになる。たとえ、この段階にある2人のうちいずれかが連絡を取っても、すぐにはレベルを戻さないようにする。チャットならやり取りが10往復以上、マイミクのコメントなら相互の日記に対してコメントがある場合のみ、というように仲良しレベルに簡単に戻らないようにハードルを設ける。ここのさじ加減は、きっとコミュニケーションツールの性質そのものに影響する。
よく分からないのは、ぼくがmixies(と、いきなり一緒くたにして複数形に)に対して感じている違和感が、新しいコミュニケーションメディアが出てきたときに人々が感じる違和感の一般的なものであるのかどうか、ということだ。それまで連絡手段として手紙を使っていた人々が、電話を使い始めた初期に感じた違和感は、どんなモノだったんだろうか。ケータイについて「いつも追いかけられるようで嫌だから持たない主義」と言っていた人種が絶滅したのは2005年頃だったように思う。普及から10年かかっている。
鹿児島あたりでは「薩摩揚げ」という食品名はない。天ぷらと呼ぶ。そういう話を聞いたことがあったけど、これは九州全域か、少なくとも宮崎でそうらしい。宮崎のうどん屋で「天ぷらうどん」を頼んだら、薩摩揚げが載ったうどんが出てきて脱力した。
選択肢があるのは不幸なこと。「あちらを選ぶことができたのに」と考えることが、すでにしてしまった選択についての満足度を下げる。引く手あまたの新卒は、入社後にそういう心理に陥りやすい。自分の選択は正しかったのかと思い悩む。むしろ、もう交換は不可能だという条件になると、人々は自分の選択したモノを慈しむ。この意味で、ヤフオクは購買行動の後にやってくるべき高揚感を著しく損ねていると思う。ヤフオクのおかげで、買ったものが気にくわなければ、たいした差額を失わずとも交換可能となってしまった。ぼくはニコンのカメラを買った後、半年間は「やっぱりキヤノンに買い替えようか、いやペンタックスのほうが……」と吹っ切れなかった。最初からオークションでの売却を想定してモノを買うのは、本当は不幸なことなのかもしれない。
いや、しかし、それはデジタルカメラになってから銀塩のときにあったシャッターを押す瞬間の緊張感や、現像のときの楽しみがなくなったと言って嘆く年寄りと同じで、実際には幸せの総量は増えたと考えるべきだろう。買い物の失敗が事実上なくなったメリットは、購買後の迷いが発生するというデメリットに比べてはるかに大きい。
日本列島は粟を撒いたような小国という意味で、おもに中国人が用いる粟散国とか粟散辺地(ぞくさんへんち)という言葉があるけど、プレートテクトニクス的に言ってそれは本当だったことを知った。海洋プレートが大陸プレートにめり込んだとき、海底に堆積していたカスがモコモコと盛り上がってできる「付加体」と呼ばれるものが2億年ほどたまってできたのが日本列島。アワのように生まれ出てきた岩なんだ。まあ、それを言えば地球上のどんな陸地でもアワのように生まれてきたものだろうけど。
「必ず必要」という言い方は、それほど違和感はないし、実際に自分でも使っているように思う。もともと「必要」が「必ず要する」ということだから「必ず」は重複だということになるけど、たぶん良くある類の言葉の変化。しかし、もう少し微妙なものが増えているように思う。「拡大化する」、「有効化する」、「分類分けする」、「機能性がある」……、これらは<必ず必要>と同じものではなくて、二字熟語全体に起こりつつある変化を示しているんじゃないかと思う。町田健は「~性、~化、~的」は、それが不要なときには取り除けと文章読本で書いていた。おっしゃるとおり、表現として冗長だしシマリがない。ものによっては誤用と言えるものもある。しかし、そういうことじゃなくて、熟語の名詞性が急激に強まっているということなんじゃないかと思った。
知人が「ナウいヤングにバカウケ」といった。この表現は二巡して古くなったと思う。1980年代に流行したこの言葉を1990 年代後半あたりに、あえてレトリカルに使うのは意味があった。それはナウかった。2000年になってからは、リバイバルとしてすら古くなった。次にもう1 度ナウが来る日はあるのか。死語はコンドラチェフの波に乗るのか。
議論には厚みと深みの2つがあって、「薄い議論」と「浅い議論」というのがある。薄い議論というのは事実や既存の議論に対する言及がなく重みがないもの。浅い議論というのは、思慮が足りずに短絡的に結論を出している議論。
アットマーク(@)やアステリスク(*)をロゴやネーミングに入れるのって、今さら感が強い。スラッシュも小文字のiも、もう古い。今後、コロン(:)はどうだろうか。「:e!」(コロン・イー!)とか「:DD」(コロン・ディーディー)とか、「:x」(コロン・エックス)とか、かなりギークっぽいネーミングでいいと思うんだけど。特にコロン・エックスはスマイリーにもなっているところが味噌。
外来語として英単語が激増している。外来語には、すっかり定着したものから、定着しているとは言い難いもの、日本人の半分ぐらいしか認識しないもの、英語が得意な人でも知らない可能性のある単語と、かなり幅広いスペクトラムを持つ。業界用語とか専門用語は訳すのが面倒で、そのまま使ってしまうこともある。たまに英単語が先に頭に浮かぶと、それがあまりにも言いたいことにぴったりで、対応する日本語が頭に出てこないために、えいやっで口にしてしまうこともある。そういうルーズでエキセントリックな外来語のユーセッジに対して、知的ファッションだとかペダンティックだとか言いつのって、良くない傾向だと指摘する人が多い。確かにファッションであり、ハッタリであったりもするのだけど、そういう嫌らしい心理というのは、今後1、2世紀かけて起こるであろう英語から日本語への膨大な語彙流入という言語変化の津波でいえば、波頭の白い部分に過ぎないのだと思う。共時的現象と見ても、やっぱり波頭の白い飛沫みたいなもんに思える。津波というのは飲み込まれつつある人の目には見えない。
山手線の中でベルリッツが提供するワンポイント英語レッスンみたいな映像を見た。「in a jam」は「困った状況にある」という意味らしい。そんなもの、ノンネイティブが覚える必要はゼロだと思うし、こんなイディオムを覚えたところで実用英語運用力が上がるわけがないんだけど、どうしてこういうのが喜ばれるんだろうか。自分で使えもしない口語とか、ネイティブ同士でも住む地域が違えば通じそうもない凝ったイディオムとか、やったってしょうがないだろうに。
ある人がプレゼンで、こんなことを言った。「これはね、英語で何と言ったかな、そうそう“ネピュラ”、いや何度聞いても忘れるんですよ、この単語。これ、聞いてすぐに意味が分かる人は英語がネイティブレベルですね」といった。で、それはセイウンという意味だという。青雲には、英語でそんな呼び方があるのか知らなかったなと思った。でも3秒後に気づいた。それは「nebula」(星雲)のことでしょう。この程度の単語を知らないからというよりも、この程度の単語は知ってて当たり前と思っていない事実からして、この人は外国語のセンスがないなと思った。中学生の9割が知ってるような単語ぐらい、知ってていいんじゃないだろうか。
大手メーカーに取材に行って、あれこれ話を聞いていたら担当者が内線で「お水を8つ持ってきてください」という。2人の「オー・エル」が登場してコップとペットボトルを丁寧に置いていった。驚愕。これが「日本」の「大企業」なのか。オーエルって何やってるんだろうか。
NTTドコモのN氏が、「今度は月9レベルを●人集めましたよ」と、気味の悪い笑みを浮かべたとき、ゲツクの人って、例えば誰だろうかと考えて、ただの1人も思いつかなかった。実際、ゲツクの人たちが出ているとおぼしきポスターを見ても、誰1人として顔が分からなかった。2001年にアメリカから戻ったときより、さらに強く自分が異邦人に思えてくる。
毎朝、ムスメを抱っこして登園している。気をつけていても、気づくとスーツやワイシャツ、ネクタイによだれの跡がつく。しかし、若いときのキスマークと同じで、まあ人に指摘されたら、それはそれで苦笑いすればいいかというぐらいの誇らかな気持ちだったりして。
アマゾンプライムに入った。1500円以下でも送料無料。さっそく1冊だけ買ってみた。でも価格は2600円だった。
2007年06月07日
さわやかな季節
梅雨に入る前の5月、6月はさわやかな天気の日が多い。
エンジンがかからないまま半年以上も放っておいたバイクを修理して、久しぶりに走ってみた。



2007年05月27日
最初の一歩
1週間ほど前、ふと見たら満面に笑みをたたえたまま1歩、2歩と歩きだしたのでビックリした。「あっ」と叫ぶと、むしろその声に驚いて凍り付いてしまった。
とうとう踏み出したなと思って見ていたら、みるみる間に歩行距離を伸ばし、2、3歩だったのが5、6歩となり、すぐに十数歩は歩くようになった。この勢いだと1才になるまでに走り出しそうで楽しみだ。




2007年05月20日
レンズ沼
またレンズを買ってしまった。明るくて広角の単焦点レンズ、「SIGMA 30mm F1.4 EX DC HSM」。kakaku.comで最安値の3万9370円。ビックカメラだと4万9000円の10%還元だから5000円ぐらい安い。
これまで使っていた50mm/F1.4に比べると、のけぞらなくても広い範囲が写るので、室内でも使いやすい。



2007年05月17日
出張雑感
サンフランシスコ出張は、今までしてきた出張の中でも、もっとも収穫の多いものの1つとなった。イベント、インタビュー、向こうの会社の人たちとのざっくばらんな話など盛りだくさん。現地で出会った他社やフリーランスの同業者との話も、非常に刺激的だった。海外出張は移動にも現地での活動にもエネルギーと体力を使うので、行く前には「やめておけば良かった」と思うことも少なくないけど、戻ってくるときにはたいてい「行って良かった」と思えるもの。
帰りのフライトは11時間。そして成田から家まで2時間、睡眠11時間というわけで全部を足すと、ちょうど24時間。丸一日じゃん。
フライトの11時間で4本+1本弱の映画を見た。
「The Holiday」。どうでもいいラブコメディ。LAで映画のトレーラー制作を生業とし、夫と別れたばかりのヒステリックなアマンダと、ロンドン郊外で出版社勤めの振られ女のアイリスが、休暇期間中だけ家を交換するという設定。新しい出会いがあり、非日常があり、心暖まる交流がある。ジュード・ローが、すごくいい味を出している……、というのはあるけど、これを映画館で見せられた怒るわな。それにしても、英語と米語が混じると、確かに英語が聞き取りづらいという気がしなくもない。
ロッキー・ザ・ファイナル。晩節を汚すというほど悪い映画じゃないのかもしれないけど、スタローンが、これを何のために作ったのか分からない。ファンはあれで満足するんだろうか。全体にトーンが淡々としている。息子に伝えた人生訓について自ら範を垂れるためにリングで何度も立ち上がるという筋書きも、何というか取って付けた演出という感じ。実際、ストーリーの中でも中途半端に取って付けたように挟まれている。後から足したんじゃないかと疑ってしまうぐらい。いずれにしろ「ロッキーという映画をもう1度作る」ために、ストーリーや演出を考えたっぽい感じが強い。中途半端なヒロイン役のおばさんとの関係も、意味不明。それにしても最近の映像は、デジタル処理のおかげで深い色合いの凝った映像が増えたなぁ。こってりした夜のスラムにたたずむ初老のスタローンの姿は、なかなか絵になっていた。
痴漢冤罪事件をテーマにした邦画、「それでもボクはやってない」(I just didn't do it)。裁判シーンなんかの演出のために、よく取材したらしく、取り調べや裁判のやり取りに妙にリアリティがある、ように思う。問題提起の仕方もいい。日本の司法制度が抱える矛盾や課題を、弁護士役の役所広司が無理なく語っている。日本映画を英語字幕で見るとどんなもんかと思って、そういう好奇心で見た面もあるけど、ああ、日本語というのは文法や語彙というレベルじゃなくて、もう1段上のレベルの談話構造という部分でも英語とは根本的に違うんだなと改めて思った。日本語の会話をそのまま翻訳しても英語っぽくはならない。いや、言語なのか文化なのかは分からないけど。
オダギリジョーのロードムービー「BIG RIVER」。まあ、酷い。僕ぐらいの年齢になってしまうと世界を旅する若者という設定だけでも、痛々しさというか、気恥ずかしさを感じる。こともあろうに、それを格好良いことだとでも言わんばかりの演出で映像にしてしまう恥ずかしさ。文無しで砂漠でヒッチハイクというアナクロとナルシシズム。「東へ向かうよ」ってさ、いつの時代だよ。これが映画なのかと驚いた。驚きながら30分ほど我慢して見続けてみたけど内容ゼロ。オダギリジョーの英語もひどい。
経済的、社会的などん底から億万長者になった実在の人物を元にした「Pursuit of Happyness」。HappinessではなくHappyness。妻に逃げられ、幼い子と2人。残金21ドルのどん底に落ち、これから成功が始まるというところで飛行機が着陸体制に入ってしまい、映像がとぎれた。むはー。Amazon.comで中古DVDを購入。
2007年05月10日
懐かしのサンフランシスコ
出張でサンフランシスコ。1年近く住んだ街だから懐かしい。6年ぶり。あんまり変わってない。季節外れの猛暑だったと思ったら、翌日はしとっとした冷たい空気で肌寒い日だったりするというよく分からない気候も変わってない。

2007年05月02日
ディストーション
光学的なディストーション(ゆがみ)というのが、よく分からない。広角レンズだと、周辺が「流れる」とか「ゆがむ」とよくいうけど、あれが正確に何を指しているのかイマイチ分からない。
以下の写真はレンズのゆがみ(タル型のゆがみ)を補正しただけのもの(1枚目)、平行線を無理矢理平行に補正したもの(2枚目)、さらに遠近感を変えて無理に建物の正面(長方形)が長方形となるように補正したもの(3枚目)。
3枚目は、ぱっと見ただけでも違和感が。



写真の建物は目黒の庭園美術館の旧朝香宮邸。アール・デコ様式の不思議な魅力を持った建物で、中もおもしろい。「大正シック」という展覧会をやっていて、大正時代の絵画、装飾美術、着物、流行歌の本が数多く展示されている。西洋絵画や写真表現に毒された目には、パースの狂った絵画がとても新鮮に見える。
うまくレタッチして日本画のような雰囲気を持たせた写真表現っていうのもありじゃないのか? と、思った。

上の作品の下段左から2番目の「T夫人」の構図で試してみた。ポイントは、元の写真でタイルの線が斜めに走っているものを、写真の2次元構図において、すべて垂直・水平に変換してしまうところ。脚が不自然に切れているけど……。


2007年04月26日
1枚のRAWからHDR
うちの近所にある古びた牛乳屋さんを帰宅途中に撮ってみた。カメラはNikon D80、レンズはNikkor 50mm 1.4D。ISO 400/F5.6/1.8秒。電柱にカメラを押しつけて2秒間息を殺してみた。
1枚目はRAWで撮影したものをDxO Optics Proでふつうに現像。2枚目は高彩度、高コントラストで現像。3枚目は+1ev、0、-1evと露出を変えて現像した3枚の写真をPhotomatix Basicで何も考えずに合成してHDR画像を生成。
けっこう不思議な色になった。しかし、このHDRはやりすぎだ。



2007年04月16日
ムスメは9カ月に
ムスメは9カ月に。
つかまり立ちを始めたなと思ったら、あっという間に伝い歩きし、伝い歩きを始めたなと思えば転び、転んでるなぁと思って眺めていると、つかまっている椅子から手を離して独り立ちしてみたり。子どもの進歩は早い。
パッと手を離して立つようになったと思っていたら、すぐに10秒や20秒は立つようになった。ここ数日は、どこかにつかまることなくいきなり地べたに座った状態から立ち上がるようになった。20~30秒は立つようになったし、手にしたおもちゃをブンブン振り回すようにもなった。見ていると、どうも「立つ」ことは、「笑う」、「バブバブ言う」、「つかむ」とは独立した動作であるらしく、「立ちながら○○する」というのは、難易度的には立つことと変わりないらしい。
「バイバイ」の仕草を真似るようにもなったし、「パッパッ、マッマッ」とも言うようになったし、もはや人間である。
先週から通い始めた保育園では、朝、園に残していく別れ際にわんわん泣かれてちょっと切なかったけど、今朝忘れ物を取りに帰って20分後に園に戻ったら、もう保育士たちとご機嫌に遊んでいた。それはそれで、ちょっと悲しい。
成長するさまを見るのは楽しい。
2007年04月08日
DxO Optics Proのレンズ補正
手ぶれ補正付きの高倍率ズームレンズ「AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm」は便利だけど、広角側の歪みがひどい。エッジの色がにじむとか、周辺の光量が落ちるとか、解像感が足りないとかいうことは我慢できるけど、幾何学的な歪みにはどうもぼくは敏感なようで、直線が直線として写らないのが、どうにも耐えられない。
倍率11倍で文句は言えないけど、あまりにもゆがむので、広角ズームを買うべきかどうかと思っていたのだけど、カメラの師匠にそんな話をしたら、「それはおまえ、DxOとか、そういうソフトを使うんだよ」と教えてもらった。
試用版を入れて使ってみたら、このDxOってのがスゴい。マウスカーソルを乗せれば、違いは一目瞭然。DxOはレンズごとに歪みデータを持っているので、EXIFデータを見て歪みをすべて直してくれる。色収差もパープルフリンジもビネッティングも、何もかも直してしまう。それってほどほどのズームレンズでも、神のような描写力のレンズにしてしまうってことじゃないのか? すごすぎる。今後メーカーはレンズ設計にお金をかけるよりも、むしろボディ内でソフトウェア補正する方向に進化するべきじゃないのだろうか。

左の窓枠とか右の銀色の柱とか、バシーッと補正されている。右真ん中に写ってる緑の鉢植えの葉っぱもクリアになっている

ぐにゃーんと曲がってしまった梁もガラスケースも、あるべき直線を描いている。文字もクッキリ

見よ、天板の歪みがすっきりストレートアウトされる様子を

これは50mm単焦点レンズで撮影した新橋。さすがにほとんど幾何的な補正は不要
2007年04月07日
スペイン語と英語
以前YouTubeにアップロードしたビデオ(Knoppix 5.1.1. with Beryl)に何語か分からないコメントがついた。
que efectos tan mediocres... he visto mejores efectos en beryl como el que quema las ventanas cuando se cierran, ademas que resolucion tan grande para la demostracion..
queとかlaとかあるので一瞬フランス語かと思ったけど、efectosとあるので、ポルトガル語かスペイン語かなと思った。でも、どっちか分からない。
何語か分からないけど意味はよく分かる。ぼくがアップロードした映像に対してefectos(エフェクト)が平凡だ(mediocres)と言ってる。tanは強調の副詞だろうということまで分かる。デモンストレーション(demonstraction)なら、もっと高い(tan grande)解像度(resolucion)のほうがいいってことまで、何となく分かる。
欧米の言語なんて、ほんとに似たようなもんだなとつくづく思う。自動翻訳でも、かなりちゃんとした英語訳が出てくる。
自動翻訳されたテキスト:that so mediocre effects… I have seen better effects in beryl like which burns the windows when they are closed, in addition that so great resolution for the demonstration.
英語母語話者でスペイン語だのフランス語だのが話せるのなんて、たいしたこっちゃないなぁと改めて思った。
4月になって書店に一気にラジオ語学講座の本が並び始めたので、何かやってみようかなという気になっている。
2007年03月20日
トラブル
大手町某社で打ち合わせ。テレビ会議システムでアメリカ西海岸の人としゃべる予定が、どうしてもテレビ会議がつながらない。朝10時、外はいい天気。隣のビルの屋上で作業している人たちがゴマ粒みたいに見える。平和だなと思った。
2007年03月15日
大人力本
「大人力本」と書くと、何かJISコード表の何列目かの先頭4文字という感じだけど、もちろん「オトナりょく」の本のこと(http://www.amazon.co.jp/大人力検定-石原-壮一郎/dp/4890362045って、国際化URIって、ちゃんと機能するのか)。2004年に出て、それなりに売れたのかな、ある時期は書店でよく見かけていた。
最近いろいろとケータイで遊びまくりで、試しに電子書籍など買ってみたのです。老舗のパピレスで525円ぐらいで購入した。高いと思ったけど、いまアマゾンで見たら単行本は1000円だった。
パピレスには5000冊強の品揃えがあるらしいけど、ざっと200冊ほどタイトルを眺めてみて、読んでもいいかと思えたのは、実に2、3冊。あまりにもクズ本揃いで驚いた。そんなわけで、ちっとも期待してなかった「大人力本」。ふつうに面白い。小学生じゃないんだから何が面白いか書けよって感じだけど、面倒なの割愛。これを元に英訳して日本人文化論の本にしたら、アメリカ人でも喜ぶんじゃないだろうか。しかし、同じ日本の大人でも恐らくこの本の解説を理解できない人が多いだろうしなぁ。いわんや毛唐をや。
選択肢から正解を選んでページをスクロール。それで答えと解説を読むという本なので、すごくケータイ向き。微妙にスクロールしすぎて先に答えが見えてしまうことが多々あったけど、まあ、そういうのはご愛嬌。
電子書籍を読んでみて思ったけど、もう通勤時に紙の本を持ち歩く必要はないなと思った。といっても、パピレスが、中高生とかエロおやじをターゲットにしたコンテンツ以外の本を、せめて数万冊ほど揃えてくれればだけど。
そういえば、海賊マンガのワンピースを買ってみた。105円。カラーだし、文字も読みやすいし、真っ暗な深夜の帰り道でも読めるし、なかなかいいもんだなと思った。でも、105円で買った1400KBほどのコンテンツというのは、実は1巻目の最初の10ページほどでしかなかった……。1巻読むには全部で14個ほどパッケージを買う必要があるらしい。1400円? どうも月額固定の会員にならないとダメらしい。読者をバカにするんじゃないぞと思った。あ、買ってから気づくぼくがバカなのか。それにしてもワンピース、さすがに10ページでもういいやと思った。よくできた冒険譚らしいけどセリフや演出が稚拙すぎて、とても大人が読めたもんじゃない。別に演出が子ども向けというのは構わないんだけど、書き手の底の浅さが透けてみえる感じ。
電子書籍じゃなく、Webのほうはもっと読むものがたくさんある。ちょっとブックマークを増やしたら、電車での移動時間は常に何か読むものがあるという状態になった。ジャグリングの掲示板もケータイで読むようになった。イギリス人が先方の朝の時間帯にポストしたであろうメッセージを、ほとんどリアルタイムで夕方に日本の地下鉄で読んでいると思うと、なんか不思議。今までパソコンでやっていて当り前のことでも、ケータイでやると妙に新鮮。
2007年02月27日
ケータイ買い替え
ケータイ買い替え。auで初の「全部入り」という噂の東芝製W52Tに2万7000円ほどで機種変更。Bluetooth搭載、3インチの800×480ドット液晶、内蔵メモリ1GBと狂ったようなスペック。
スペックはすごいけど、全体に使えなさすぎ。ワンセグの予約録画ができないなんて、想像も付かなかった。事前に調べろよって感じだけど。サンヨーも予約できず、カシオはできるらしい。
録画した映像については、なぜかBluetoothヘッドセットでオーディオが聞こえないとかいう仕様も、まったく意味が分からない。なんでそんな制限付けるんだ?
PCサイトビューワーは横位置で表示できず、結局横が画面からはみだす。
どれも、技術的制限というようなものじゃないから、意味が分からんぞ。USB端子が特殊でWindowsに専用ソフトを入れろとか言うのも意味がわからん。USBマスストレージでいいじゃん。汎用性の高い、オープンな技術を使ってくれよぉ。
AFで手ぶれ補正の340万画素のデジカメ内蔵だから、これでコンパクトデジカメが不要になるなと思ったけど、これまた……、使いものになりそうもない。
これに懲りて次は真っ白なホワイトプランにしようかな。この端末、2万7000円で手に入れたけど、実質的に支払うことになるのは8万円か9万円ぐらいか。バカらしいよ、日本のケータイビジネス。
といいつつ、会社にいるときに録画したニュース番組を見つつ、ニヤニヤしながら、これを書いてたりして。
2007年02月12日
友人の結婚式
大学時代の友人の結婚式で表参道へ。シェ・マツオというところで、結構なフレンチ。
写真撮りまくり。買ったばかりのフラッシュを試してみた。フラッシュをたくと味気ない写真になりがちというのは事実だけど、いいフラッシュを使えば、かなり自然でいい写真が撮れるらしい。プロカメラマンも、ぼくと同じフラッシュを使って天井バウンスで撮影してた。
写真の師匠に「ノイズがあるけどピンが来てる写真と、ノイズはないけどブレてる写真と、どっちがいい?」と言われて、必要とあらばISO3200でも使うのが正解だと思うようになった。
|
|
写真は暗めのグレーにするとアート。動画はスローにするとアート。あほくさいけど、まあ、そういう印象ってある |
|
|
フラッシュでもきれいに撮れた |
|
|
花嫁を送る父。万感胸に去来す、といったところか |
2007年02月11日
エプソン品川アクアスタジアム
品川の高輪プリンスの敷地内にある水族館、「 エプソン品川アクアスタジアム」に行ってきた。イルカショーとアシカショーがメインで、後はそこへ通じるトンネル状の水槽があるという程度。水族館という感じじゃない。魚について名前や生態の説明はないし、そもそも水槽の数や魚の種類が極めて少ない。くらげもいない。もともと古いほうの品川の水族館に行くつもりだったので、なんだかガッカリ。まあ、子ども向けだからこれでいいんだろうけど、水族館と言わずにイルカ&アシカショーとハッキリと言えばいいのにと思った。大人1800円は高い。
どっちみに、うちのムスメは寝ていたのだけど。
|
|
イルカショーは結構いい |
|
|
久しぶりに演技を見たけど、イルカの運動能力はすごい! |
|
|
イルカの肌はつやつや |
|
|
ムスメはマンタを見て何と思っただろうか |
|
|
水槽トンネル。トンネルの水槽は円形だから仕方ないとしても、ほかの水槽のアクリル板の平面精度が低すぎ。肉眼でも頭痛がしてくるほど像が歪んで見える水槽だらけ |
|
|
ペンギン |
|
|
手ぶれ補正のある望遠って楽しい。ぜんぶ手持ちというか、赤ちゃんを駄っこしたまま片手で撮った。片手で持つと、さすがに腱鞘炎になりそうな気がした |
|
|
やや流し撮り。よくみると口に何か石のようなものをくわえてる |
|
|
ペンギンは人気 |
2007年02月10日
運転手
このエレベータ、運転手がいるんだろうか。
|
|
操作方法の解説 |
2007年02月04日
銀座お散歩
いい天気だけど、風が強くて寒い1日だった。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
2007年01月28日
東京タワー散歩
暖かい。散歩がてら東京タワーへ。タワーふもとの豆腐屋で、豆腐を買って帰る。
|
|
豆腐屋の庭から |
|
|
足元から見上げて |
|
|
彩度を落としてモノクロトーンに。モノクロ写真は、それだけで上手に見えるという噂 |
|
|
バスのフロントガラスに映るタワー。タコの足のようにぐにゃぐにゃ |
|
|
100億円ってこんなもん。やっぱり高倍率ズームは歪がひどい。広角側はがっかりするほど歪んでいる……のが、よくわかる被写体だ |
2007年01月19日
撮影枚数って
カメラ雑誌のコンテストに入選している人のプロフィールを見ると、カメラ歴30年、1ヵ月の撮影枚数は100枚とか、そんな人が多い。つまり、いまやそこらの高校生のほうがシャッターを切る回数自体は多いってことだ。まあ、何を、どういう心構えで、どんなカメラで撮るかで、ぜんぜん意味は違って来るから比較してもしょうがないけど。ぼくも枚数だけなら、たくさん撮ってる気がするけど、そのほとんどは、仕事で撮る、どうでもいいオヤジの顔写真ばっかりだ。
|
|
恵比寿駅前の噴水 |
|
|
新宿西口の高層ビル |
|
|
溜池山王の首相官邸横あたり |
2007年01月18日
街歩き写真
仕事で移動中もカメラを手にぶら下げて、あれこれ撮ってみたり。
|
|
夕暮れ。代官山で |
|
|
大手町でみかけた銅像 |
|
|
東京駅脇の街路樹 |
|
|
六本木ヒルズのテレ朝ビルに映った街並み |
2007年01月17日
雨にけむる東京タワー
いま住んでるところは東京タワーのそばなので、これからは東京タワーを少し撮り続けてみようかと思ってみたり。ひとつ手前の駅で降りて、いろいろ撮ってみた。
雨降りでレンズに雨滴がつきまくり。それでも初めて三脚を使ってみた。どうもうまくアングル調整ができないなと思ったら、まったく使いかたを理解していなかったことが判明。三脚って前後左右が決まってるのね……。と、カメラが趣味の人に言ったら驚かれそうだ。ずっと三脚を前後逆に使っていたことに途中まで気づかなかった。
|
|
芝公園駅を降りたら目の前のビルにタワーが映っていた |
|
|
愛宕の森タワーにもタワーが映る |
|
|
真下から見上げてみた。露出を変えて2枚でHDR |
|
|
オフィスの窓にも東京タワー |
|
|
東京プリンスホテルのタワーにも東京タワーが |
|
|
三田国際通りから。雨滴がひどい |
2007年01月13日
望遠も楽しい
200mmという焦点距離は、望遠というほど望遠ではないのかもしれないけど、今まで最長でも50mmしか使ってなかったので、すごく楽しい。
|
|
まるで魚眼レンズ |
|
|
かすかに上の左右の隅が減光しているのが見て取れる。やっぱりレンズ性能ってこだわり出すとキリなさそう |
|
|
むはー、望遠 |
|
|
圧縮効果 |
|
|
さりげないカットも遠くから撮れる。手持ちでも手ぶれ補正があるので安心 |
|
|
近所のサーフショップ |
|
|
シールを貼るのって厳密に言うと道交法違反というか器物損壊とかになるんじゃないのか、サーフショップの |
|
|
けっこう寄って撮れる。しかし手ぶれしてた…… |
|
|
さくっと1/15秒のシャッター速度で撮ったのに、これは驚くほどシャープに撮れてる。NIKON D80は常に露出がオーバー気味なのを忘れてた |
|
|
これも等倍で見ると手ぶれ。最近は仕上げモードは「鮮やか」を選択 |
2007年01月10日
男子トイレの不文律
男子トイレにはオトコなら誰でも感じとっている不文律がある。端的に言うと「先客の隣に立つな」ということだ。例えば、
□□□□■□ ABCDEF
という並びでEの小便器ににだけ人が立っていたら、選択肢はふつうA〜Cのいずれかとなる。ちょっと気の利く人間であれば、Bには立たない。なぜなら、
□■□□■□ ABCDEF
となってしまったら、次に来た3人目が必ず誰かの隣に立たなくてはならなくなるからだ。
そもそも1人目がEに立ったというのはマズい。
最初に無人のトイレに来た場合、両端のAかFを選ばなくてはならない。もちろん、左右いずれの端を選ぶかについても決まりがある。入口がAの方面にあるとするなら、最初の1人目としては、もっとも遠い場所にあるFを選択するのがマナーだ。もしAを選んでしまうと、次から来るすべての人が1人目の後ろを通らなくてはいけないからだ。
ルールの根本にある原理は、「他人といかに距離を取るか」だ。自分のナサケナイものを見られたくないからなのか、他人のキタナラシイものを見たくないからなのか、あるいはその両方なのか、人によって、そこの解釈はいく通りかありそうだが、ともかく、「互いに見えない安心ポジションに立ちましょうや」、という決まりがあるということだ。
友人同士でツレションの場合に、
□□□■■□ ABCDEF
などとやるべきかどうかについては議論の余地がある。微妙な空気が流れる前に、さっさと離れるべきだろうが、かといって、
■□□□□■ ABCDEF
と並んだのでは、ツレションした意味がない。ツレションの醍醐味は、背後の個室がすべて空室であることを確かめつつ、ほんの10秒程度の間に、けっこうクリティカルな発言を交わすところにある。ツレションでなく、偶然の出会いであってもそれは同じで、相手がぷるぷるっと身体を振るわせて、今まさに立ち去ろうとしているその背中に向かって、「営業のAさん、またやったらしいよ。もうあれじゃ首はつながらないね」と早口でまくしたてる。ぷるぷるっ。人間、用を足すときは無防備になるもので、トイレというのは、結構やばい発言が出てくるところだ。
そんなわけで知り合いと並ぶ場合は、
□□□■□■ ABCDEF
ぐらいの距離感となるのが望ましい。またしても入口から遠いところを選ぶことで、よりディープな囁きも可能だ。「広告のKさ、昨日あの後Iとやっちゃったらしいよ」と、昨晩のできごとがあっという間に社内じゅうに噂となって駆け抜ける1シーンだ。ぷるぷるっ。
結構難しいのは、
●□□■□● ABCDEF ●はしょんべん中の知り合い、■は面識のないしょんべん中の他人
のように応用が求められるケースだ。あえてEに突っ込んでいってFにいる知人にヒトコト声をかけるのも、なにかわざとらしい。かといってCに立ってしまうと、AやFと会話が始まってしまいかねず、これはDにいる人に対してややマナー違反となる。Bも悪くないが、ここでの正解はCだろう。Cに立ち、あたかもAもFも他人だから話しなんかしませんよという孤独感をDに対して匂わせつつ、AやFに対しても毅然とした表情で「話しかけるな」オーラを出すことだ。つまり、やや上目使いで正面を向き、見る必要もないのに自分の股間や天井に繰り返しせわしなく視線を走らせるわけだ。
ことほどさように、ぼくは便器選びには結構気を使っているほうだ。そんなぼくに、今日信じられない出来事が襲いかかった。かなり個数のある並びで、ぼくは
□□□□□□□☆□
というように、ガラガラなのをいいことに端から2つ目という贅沢な場所で用を足していた。すると、同じフロアに入っているとおぼしきサラリーマンがどやどやどやとやってきた。ふつに考えれば左から詰めるところだ。ところが、3人はわらわれとぼくの両サイドをかため、
□□□□□■■☆■
と、ぼくを取り囲んでしまった! さらに大声で話す! こ、これはいったい!?
男子トイレの不文律とぼくが思っていたものは、案外ぼくのなかのオレルールでしかなかったのだろうか。
2007年01月04日
家具を買いもの
自由が丘、家具屋のUNIQ区[ゆにっく]へ。名前はダサいけど、家具はいい。木材の違いや特徴を、まるで自分の家族のクセについてでも話すかのような店員が好印象。「チェリーは、おっちょこちょいなんですよ。ヤニをね、外部に出さずに内部に吸い込んじゃったりするんです。だから、チェリーには独特の黒いシミができます。でもそれがチェリーらしさでもあるんです」。
楽しそうに、誇らしげに、家具を語る店員。デザイン上はヨーロッパのものでも似たようなものがあるけれども、日本の宮大工が培ってきた木組みの技法を使った家具作りの精度やデキの良さは、他国が真似できないものがあるらしい。技法の名前はぜんぶ忘れてしまったけど、確かに見事な技術が詰まっていることが端々に見て取れる。「100年前には接着剤なんてありませんでしたから、木を組みあげるだけで作っていました。今でも同じことはできますが、そうすると製作期間に半年くださいということになってしまいます。だから今は接着剤も使い、昔から伝わる木組みの技法も使い、両方のいいところを採り入れて作っているんです」。
説明を聞いていると1脚5万8000円も全然高くないことが良く分かる。つややかで、滑らかな曲線。一切の無駄やスキがなく組まれた精度の高い職人の技。あまりにいい部材を使っているために、かえって職人の中には「木目にシミがある自然なものを」と注文を出す人もいるぐらいだともいう。
|
|
自由が丘のUNIQ(区) |
|
|
椅子はぜんぶ手作り |
|
|
この接合部の精度と滑らかさにホレボレ。デザインにはCADやスケッチも使うらしいけど、基本は職人の手作業仕上げだとか |
|
|
一緒に背もたれのない椅子も購入。脚を台座と組む部分のピシッとハマった感じがすごい |
|
|
帰りにコーヒーを飲みながらパチリ |
2007年01月03日
熱海
熱海の実家へ。いつもより少しだけ早く行って3泊4日。床暖房のある広々としたフローリングの床で、ムスメはズリバイの特訓。ついこのあいだ寝返りを打つようになったと思ったばかりなのに、もう前に進み始めている。赤ん坊の進歩は早い。いとこのお兄ちゃんに相手をしてもらってご機嫌。
予約しておいたレンズが年末に届いたので持参。手ぶれ補正付きの高倍率ズームレンズ、「AF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18〜200mm F3.5〜5.6G(IF)」。いまだに予約しても1ヶ月以上待たされるベストセラー。8万円もするレンズだけど毎月10万本ほど売れているらしい。尋常じゃない。
望遠側での手ぶれ補正の威力は絶大だけど、部屋の中ではやっぱりちょっと使いづらい。ごちゃごちゃした部屋の中では広角側を使うことはあまりないので、事実上F4.5以上となってかなり暗い。手ぶれ補正も、被写体ぶれは防げないので、人を撮るスナップでは、あんまり意味がない。18-200VRは万能レンズというけど、室内撮影では18-50/F2.8のほうが、ずっといい。
|
|
ずっと空が晴れず切らずにモヤモヤ。ていうか、この写真、(文字どおり)水平線が右に0.3度ぐらい傾いている。 |
|
|
手持ちで何気なく撮ったらクレーターまで見えた。200mmの望遠って、こんなに撮れるのか。って、トリミングはしてるけど。それにしても手ぶれ補正すごい。 |
2006年12月26日
前後3世代
義理の祖父と祖母が相継いで他界。96歳と95歳と高齢だったから、家族も落ち着いているけど、やはり穴があいたような寂寥感は募る。
死者と向きあうと、いろいろと考えさせられる。祖母のほうとは生前に会ったことはなく、ほとんど知らないままだっただけに「どんな95年だったのだろうか」と断片的な逸話から想像してみる。95歳ともなると、もうほとんどの知己は先だっており、家族以外では、その死を弔うべき人も少ない。そのぐらい長生きすると、肉体より先に、社会的な存在として人は、ひっそりと消えていくということなんだろう。
0歳児の娘は95歳の曾祖母とはすれ違いになってしまった。96歳で逝去した曾祖父とも、ギリギリ生前に1度だけ手を握りあったけど、たぶん2人とも、そのことは分かっていないという状態で、これもすれ違い。
近しい家族が集って、0歳と95歳の間に挟まれていると、4〜6世代ぐらいの長い時間が急にリアルに感じられてきた。0歳の娘が95歳まで生きたとしたら、そのときまた0歳の曾孫と手を握り合うぐらいはできるかもしれない。すると、0歳の娘を中心に見ると、前後3世代までは手を握るぐらいはできる。合計6世代。人類学では1世代は30年で計算するらしいけど、すると180年だ。江戸300年なんて言っても、そんなもんか。
集まった家族はみな、0歳の娘が95歳になる95年後には、すでにあの世。それどころか、95歳になった娘を覚えているのは近しい家族だけになっているはず。ということは、そのころには、いま祖母のために集まった家族の誰一人として、世間の誰にも覚えてもらえていないという世界になっている。曾祖母の上の世代の人ともなると、よほど家系を大事にするお家か、社会的な業績でもない限り、ふつうは何ひとつ知らないもの。
死者を前にして、「いずれはみんな死んで、誰からも忘れられる」という当り前の事実に突き付けられた気がした。今ぼくの知る周囲の人々はほとんど例外なく、100年後には完全に忘れられている。漠然と「昭和の人なんて、想像も付かないね」と括られるに違いない。100年後には人々の記憶から消える。300年もすれば、たぶん名前と生没年程度の痕跡以外は全部消える。人間の生なんて、夏の暑い日に1日だけ池に湧いて消えていく微生物と何も違わない。池には何の影響もないし、湧いても湧かなくても何も変わらない。
そんなことを思う一方、「これは道中の魔除けです」と葬儀屋が棺に小刀を載せたりするのを見て感じる違和感なんてのもある。95歳のおばあちゃんが魔物相手に振り回せるように思えない。いや、そういうことじゃないんだろうけど。
なんでも三途の川を渡る例の「道中」、6箇所で1銭ずつを誰だかに渡す必要があるとかで、6枚の硬貨を棺に入れて一緒に火葬する……、のだけど、それは本来の形で、今は火葬場の施設の関係で、不燃物は棺に入れちゃいけないらしい。だから、1枚の紙ペラに、安っぽいコピーで6枚の古銭が印字されたものを棺に収める。似たような話で「道中楽に行けるように」と願って杖を入れたり、笠を入れたりする。手には手甲をはめ、足には足袋。
確かに今でも死者に対面して気持ちに整理をつける葬儀では、心の中で「さようなら」と誰しもつぶやくだろうし、どこかに旅立つんだという感覚は持っているから、そういう気持ちを表現する儀式はあったほうがいい。でも、どれもこれも江戸グッズというのは、どうなんだろうか。いや、日本語でも英語でも死後の世界の言葉は古語というか擬古文だったりするのと似た話で、そのほうがリアリティがあるということなんだろうか。見たこともない古銭の、それも質の悪いコピーにリアリティも何もないとも思うけど……。
そっか、リアリティがないから「あの世」なのか。500円玉じゃダメだ。「新500円玉は通用するのか?」とか思ってしまうから。こうした儀式に古い文物が残るのは、慣習というのは変化の速度が遅いからとかいう理由じゃなくて、むしろ、そのほうがこの世とあの世の距離を表現できるからに違いない。
ぼくが死んだら棺にはボールを7つ入れてほしい。それだけあれば、たぶん道中は退屈しない。といってるぼくは、90歳ぐらいまでは生きてやろうと思っているけど。
2006年12月23日
ボーダレス化
YouTubeで1つの動画を巡って日米のユーザーが交流したり(例えばこれ)、flickrでは住んでいる大陸の違うアマチュア写真家たちが互いの写真を巡って感想を述べあっていたりしていて、すごい時代になったなと思う。
2、3年前にはすでにSNSのはしりのfriendsterとかorkutがあったけど、そういう場所では、こんなに国境を超えたコミュニケーションはなかった。それどころか言語の違いを巡って、ユーザーグループが対立してたり、遠慮してたりしていた。friendsterはマレーシア人に乗っ取られたし、orkutはブラジル人に乗っ取られ、ポルトガル語だらけになってしまった。それを見たアメリカ人はかなり反感を感じていたように思う。日本人は無理に英語を使ってorkutでは萎縮していた。
YouTubeもflickrも、映像があるから違うんだと思う。映像は言葉を超える力を持ってるなとつくづ感じる。これまでもメールや掲示板では、いくらでもボーダーレスな交流をしていたし、チャットをしている人やビデオチャットをしている人はたくさんいたけど、そういう人は、もともとリアルの世界でも交流していたような人達で、いまYouTubeで「結果的に交流することになった」ような層とはだいぶ違う。
たいへん結構なことだ。グローバリズムまんせい。
2006年12月18日
夜の写真
カメラ好きは自然の風景や列車なんかを撮る人が多いけど、ぼくには断然、人間を撮るのが楽しい。
それにしても、F1.4というレンズはすごい。夜の街でも、まったくフラッシュなしでガンガン撮れる。ガンガンぴんボケも量産するけど、まあそういうのも雰囲気があっていい。
|
|
おーえさん、チンピラくさいぞ。「でもオレ、ふつうよか稼いでるぜ」(本人談) |
|
|
いい表情だ |
|
|
深夜の歌舞伎町 |
|
|
うーん、手持ちじゃこんなもん? |
|
|
露出もひどい、手ぶれもひどい。でも、これはこれでいい |
|
|
そっか、どうせ被写体ブレすることが分かってるので、こううときは壁にピントを合わせればいいのか |
|
|
どん底 |
|
|
カメラマンの大橋さんに言わせると「うーん、整いすぎだね」という写真。「露出変えるかホワイトバランス変えるかして世界観出さないと」と言われた。なるほど、さすがプロ! |
|
|
最近のぼくはネクタイ。勤め先は丸の内だし、まるでサラリーマン |
|
|
カメラマン大橋氏。暗い店内でもキレイに撮れる |
|
|
大橋氏の作例。うーん。 |
|
|
大橋氏の作例。ふーん……。 |
|
|
大橋氏の作例。さすがプロ、なんかいい |
|
|
ぼくの作例。おーえさんは、なかなか写真撮りがいのあるオヤジっぷりだ |
|
|
これがこの日の最高のショット。笑っちゃいけない。「肺癌? なんだよそれ」というコピーを付けてポスターにしたいな |
|
|
こんな顔も |
2006年12月16日
ムスメの0才?
ムスメの写真を顔の横に持ってきて「これ似てる?」と妻が言う。まあ、ムスメだから似てるよなと一瞬なんと答えるか考えて「うーん」と言ってみた。よくよく見ると、それは現在のムスメの写真じゃなくて、三十数年前の妻が0才のときの写真だった。てっきり、自分のムスメの写真と思い込んでしまうほど似ている。髪の跳ねかたまでソックリ。
|
|
上の写真は三十ン年前。下は2006年 |
2006年12月02日
イトコのお兄ちゃん
面倒見のいいイトコのお兄ちゃんに連れられてお散歩。慶応キャンパスにはじめて足を踏み入れた。イチョウが、美しく色づいていた。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
2006年12月01日
50mm単焦点とのおつきあい
仕事で持ち歩くときにも50mmの単焦点レンズをカメラに付けるようにしている。もともと手持ちのズームレンズも17-50mmということで、よく考えてみたら仕事で使っているのは50mmのテレ側ばかり。だったら、あまり違いがない。どっちにしろ、今の仕事での用途では、被写体に寄り切れなくてトリミングすることになる。画素数より鮮明さや明るさ命なので、明るいレンズのほうがずっと有利ということもある。ダンゼン軽いし。
仕事の移動中にもガンガンシャッターを押すようにしている。たいていの技能というのは数をこなすことで伸びると信じている。数をこなさないと、そもそも何が課題かすら分からないもの。AEモードの違いやシャッター速度優先のとき、いったい1/10秒、1/20秒の違いがどれほどのものなのか、そういったことは実際にに何度も撮影していくことで感覚的に覚えるしかない。あえて逆光で撮影すると、どういう絵になるかということも、いろいろ実験的に撮ってみるるまでよくわかっていなかった。
「50mmは肉眼で見た視野にもっとも近い」という意味がよくわかった。両目を見開いてファインダーをのぞくと倍率が1倍で、とても見やすい。左目は裸眼、右目はファインダーごしなのに、両目で見ている像が違和感なくつながっていてカメラなしで風景や人物を見ているような感じになる。で、見えている像の一部分に対してフレームがかかっていて、どの部分を自分が切り取ろうとしているのかがよくわかる。逆に久しぶりにズームの広角で17mmをのぞいてみたら、左目と右目が見ているものの大きさがあまりに異なるので、自分がどのあたりを見ているのかが分かりづらい。右目の像だけやたらと小さく見えるのだから当然。
いろいろ撮ってみると、やっぱり「これは50mmでは撮りようがない」と思えるような限界もある。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
2006年11月27日
カメラ雑誌購読中
カメラ雑誌やカメラ関連本を、どかどかと買い込んでニヤニヤしている。「そうなんだよ、今はそれを知りたかったよ、いい特集してるなぁ」とか言いながら雑誌を読むなんて、十数年前にパソコン雑誌を棚買いしていたとき以来だ。
50mm/F1.4の単焦点レンズが楽しい。やっぱり断然明るくて、日が暮れてからでもISO800なら手持ちでがんがん撮れる。固定焦点だと自分が前後に動いて被写体との距離を調整しなければいけないけど、やってみると、そんなに違和感を感じない。非ズームって、もっと不自由なものかと思った。要するに焦点距離が決まれば構図も決まるってだけのことか。構図の自由度は下がるけど、いろいろ撮る気になれば撮れるような気がしてきた。まあ、トリミングでどうとでも……(ダメじゃん)。
|
|
いい感じでボケて、ほっぺの柔らかい感じが出た |
2006年11月25日
AF Nikkor 50mmのF1.8とF1.4のレンズの違い
買ってしまった単焦点レンズ。しかも、ほとんどスペックの違わない2個を同時購入。どちらか一方は、試し撮りをしたら、売っ払うつもり。
ぼくと同じように「Ai AF Nikkor 50mm F1.4D」と「Ai AF Nikkor 50mm F1.8D」とで、どちらを買うべきか迷っていて検索してくる人もいるかもしれないので、比較した結果をメモ。
|
|
左がF1.4D、右がF1.8D |
そもそも話からはじめると、F1.4の威力は暗いところでも撮れることと、被写界深度が浅いこと。被写界深度が浅いというのはピントの合う範囲が狭いということで、撮影する主題以外の前後のごちゃごちゃがボケて、うまく画面を整理しやすい。
これはたぶん人間の主観的視界に近い。というのも、人間の目は視界の狭い範囲しか本当の意味では見えていないので、たとえば視界の中央以外で文字を読むことはできない。人間は見たい対象を視界の中央にもってきて、そこに注視する。周囲は見えているけど、見ようとしないかぎり、ぼんやりとした印象しか脳に伝わっていない。だから、広い範囲でピントが合ってしまうコンパクトデジカメでは、何となく不自然な、立体感のないノペーッとした印象を受ける。
|
|
コンパクトデジカメ(CANON IXY 900)で撮った例。背後にまでピントが合ってしまう。レンズが暗いこともあって、ISO感度が高め。結果、ノイズの乗った写真にしかならない |
|
|
F1.4のレンズで撮った例。背景がキレイにボケている |
|
|
顔(目)にピントを合わせると前や後ろがキレイにボケる。これがF1.4のレンズの威力。コンパクトデジカメの味気ない写真とは、だいぶ違う。暗い部屋でもフラッシュは不要 |
|
|
美しいボケが得られる代わりに、あまりにピントの合う範囲が狭いので、こういうモノを撮るときはF1.4でも絞りを絞って撮影しないとボケボケで変な写真になる |
で、F1.4とF1.8の違い。
価格は2万7000円と1万7000円で、F1.8のほうが1万円ほど安い。バカ高いレンズのことをおもえば、どっちも格安なので、誤差みたいなものだと思う。というか、これを誤差と思えないなら、こんなレンズは買わなくていいような気がする。
重さ。F1.4のほうが230g、F1.8が155g。単体で手にもっても、ボディに装着しても、それなりに違いがあるけど、これもまあ大口径レンズを使ってるぼくからすれば誤差みたいなものかなと思った。使ってみるまでは軽いほうがいいだろうと思ったけど、たいして違わない。
F値の違い。F3.5とかF2.8に比べると、どっちにしても極端に明るいのでF値の違いは、ほとんどぼくには違いが分からない。F1.4のほうが、ややシャッター速度が稼げるかな、という程度。
|
|
F1.4。ぬいぐるみの手もボケている |
|
|
F1.8では手のあたりまで焦点が合っている |
|
|
F1.4で文字を撮った例 |
|
|
ややアングルが違うけど、F1.8の例。確かに焦点の合う範囲がやや広い |
レンズの評価基準として解像感というのも非常に重要らしいけど、うーん、今のぼくの腕や利用の仕方で、それはどうも分かりそうにない。初心者が気にするようなことじゃないと思う。周辺歪曲やビネティング、色収差あたりも、まあ分かるような違いがあるように思えない。違いが分かるような構図や被写体があるのかもしれないけど、わざわざ分かろうと思わない限り分からない違いを血眼になって探すようなレンズおたくにはなりたくない。
もっと気になる違いはレンズのデザインと重さ。
F1.4は発売が1995年で、F1.8のほうは2002年。発売年に7年の差があるからか、どうもF1.4のほうのデザインは垢抜けない。F1.4のボディは金属製でF1.8はプラ製だから、F1.8のほうが安っぽいという人が多いようだけど、ぼくの印象は正反対。F1.4のほうの文字のプリントは、昭和50年代のデザインかよというほど古い感じがして安っぽく見える。F1.8のほうは、特別にカッコいいと思わないけど、グレーの文字のプリントがふつうに今っぽい。
最前面のレンズがぎりぎりまでせりだしていて大きいぶん、F1.4のほうが「レンズっぽい」。たぶん、レンズが引っ込んでいるほうが太陽光が入り込んだりしなくて光学的にはいいんだろうけど、デザイン上は、レンズが威張っているほうがいいように思える。
|
|
F1.4をD80に装着。「50mm」という白い文字がイマイチ古い感じ |
|
|
F1.8をD80に装着。グレーっぽいプリント文字のほうが好み。レンズが引っ込みすぎという気もする |
|
|
正面から比較。レンズの径はF1.4のほうがだいぶ大きい |
|
|
斜めから比較。このツルンと光ったF1.4の感じがレンズっぽいと思うのはシロウトだからだろうか |
とまあ、F値も重さもデザインも誤差みたいなもの。だったら、大は小を兼ねる式発想で、より明るいF1.4を選ばない理由はない。ただ、最初からF1.8だけ買っていたら、それはそれで幸せだっただろうなと思ったりもする。さすがに、ほぼ同等なレンズを2個もっておくほど富豪でもレンズマニアでもないので、F1.8のほうはヤフオク行き決定。
2006年11月20日
鏡のなかの自分
鏡のなかのパパやママに大喜び。と、思ったら、自分の姿にも大はしゃぎ。いつごろになると、それが自分だと分かるんだろうか。分かっていない状態というのも可愛い。
|
|
最近は鏡がお気に入り |
2006年11月19日
東京ドームの遊園地
東京ドームの遊園地。ジェットコースターがなかなか。
|
|
高い |
|
|
でかい |
|
|
ビルを突き抜けて |
|
|
やや、HDRっぽい写真 |
2006年11月18日
劇的に有効なアドバイス
F1.4以上の明るい単焦点レンズを使ってみたいと思って、数本のレンズをリストアップ。30mm、50mm、85mmと、いくつか候補を絞る。まずは30mmか50mmだろうけど、30mm近辺の選択肢は、価格を考えると事実上SIGMAの30mmしかない。これは、すごくいいレンズだという評判は聞くけど、やや高いし、デカいし、何というかセクシーさに欠ける。単焦点レンズみたいなものって、モノとして気に入って(悦に入って)ナンボみたいなところもあるので、所有欲をそそられない。同じ「高い、デカい」でも、カールツァイスのPlanarT* 1.4/50 ZFとかは、色気ムンムン。素人目にも、見た目が全然ちがう。実はNikkorでも、画質はほとんど違わないというので、3万円と5万円の価格差は、ブランド力と、質感やツクリへのこだわりといった部分。趣味のカメラなんだから、どうせなら持ち歩きたくなるPlanarを買えよって話だ。
|
|
この質感の違い! Nikkor(右)のピントリングのゴムのボコボコとか、ある意味ありえない…… |
ただ、PlanerT*はNikon D80で使うとAEが効かないという。ピントどころか露出も自分で合わせないといけない。これはNikkor F1.2Sみたいなレンズでも同様で、D80はハイアマチュア向けのD200と、そのへんが違う。後から知って悲しく思ったけど、まあ、D200みたいなゴッツいカメラを持ち歩くほどの気力はないし、そこらへんはバランスというものだろうか。
現行NikkorのAF 50mmではF1.4とF1.8の2つがある。安い店なら実売価格で2万7000円と1万7000円。F1.4のほうがいいに決まっているというものでもなくて、重さ、使い勝手、画質のシャープさを考慮して、むしろF1.8を選ぶ人も多いという。明るさで無理していないぶん、F1.8のほうが素直だという。軽いので散歩用レンズとして重宝するという意見には説得力がある。230gと155gでは、だいぶ違う。
ネット上のアドバイスを見ると、どっちを買うかは「何をどう撮りたいかによる」という当り前のものばかり。と思ったら、劇的なアドバイスに出会ってしまった。「安いレンズなんだし、両方買って試してみて、気に入ったほうだけ残して他方は売ればいい」。頭イイ! そうだ、ぼくらにはヤフオクがあるんだった!
というわけで、富士カメラというところのオンラインショップで2本まとめて注文してしまった。じっくり撮り比べもできるし、F1.4とF1.8がどう違うかを自分で確かめられるのだから、2000円前後になると思われる差損も、いい投資かもしれない。
カタログを見たりしているうちに、あのレンズもほしい、このレンズもほしいとなってしまって、レンズだけで何十万円も投資してしまう状態を「レンズ沼にはまる」というらしい。かなり危険だ。
2006年11月17日
カレンダー計算
サバン症候群患者が見せる天才的な特殊能力の例として、すぐに思い浮かぶのはカレンダー計算。確かに、「西暦2万4096年11月17日は何曜日?」という質問に、10秒ほどで正解を出せるというのは、ちょっとしたものだ。「いったいどうなってるんだ?」と思わせるのに十分なインパクトがある。
ただ、これはむしろマジックに近いものだったらしい。その計算手法を知れば、ちょっと算数のできる子どもなら、誰でもできるような計算でしかなかったことを、Mind Performance Hacksという本で知った。タネを知らないから驚くだけで、タネ明かしをすれば、「なーんだ」という類。
1年は365日(350+14+1)なので、曜日というのは1年で1つ進む。2006年11月17日が金曜日なら、ちょうど1年後の2007年11月17日は土曜日。逆に1年前の2005年11月17日なら木曜日となる。ただし、うるう日があるとずれる。2008年は2月29日があるので、11月17日の曜日は2007→2008年で2つ進む。この法則は「(YY + (YY div 4)) mod 7」という計算で表わせる。YY div 4は「年の下二桁を4で割った商」、mod 7は7で割った余り。
曜日は1年で1つ進む。では1ヶ月ではどうかというと、28日しかない2月は特殊で0。31日の月には3つ進む。30日の月は2つ。1月を起点として、何月はいくつ進むかというのを、あらかじめ暗記しておく。7つ進んだら、それは元に戻って0という意味だから表に出てくるのは0〜6の数字で、要するに0〜6で表わされる12個の数字を覚えるだけ。
100年ごと、400年ごとのうるう年の例外があるので、世紀ごとに調整パラメーターをあらかじめ計算しておき、これも表として覚える。これは、その場で計算したとしても、たいしたことはない。
ユリウス暦とグレゴリオ暦の移行時の問題もあるけど、それにしても単に1492年を境にパラメーターをプラスかマイナスするだけ。
というように、曜日を言い当てるだけのカレンダー計算は、実は単純な四則演算、それも1桁か2桁のものでできるような簡単なものでしかなかった。慣れれば10秒でできて当然だ。カレンダー計算に比べると、巨大な数字の3乗根を瞬時に答えてしまうような計算のほうが、ずっと驚きだ。
2006年11月11日
HDR
オンライン写真コミュニティーのflickrを見ていて、CGのように見える実写写真が多くあるのを不思議に思っていたけど、それはHDR(High Dynamic Range)と呼ばれる、計算機処理されたデジタル写真の新表現だったらしい。現在8ビットとかせいぜい12ビット程度で処理・記録されるデジタル画像を、各色32ビットで処理する。同じ写真を露出を変えて何枚か撮影し、それをPC上で処理することで、32ビット×3色の空間上で表現されたHDR画像を作り、それを再びPCで表示できる8ビットに落としこむ。すると、今までに見たこともないような、不思議な、美しい写真になる。
嘘っぽいと言えば嘘っぽいけど、もともと写真表現は嘘でしかない。技術とともに表現手法は変わって来たのだろうから、こういうのは全然ありだと思う。
これ、カメラ本体でやるべきじゃないだろうか。と、書いていて思ったけど、ペンタックスがK10Dでしきりに「画質革命」と言っている12ビット処理って、プチHDR処理ってことなんだろうか……、あいや違うか。ブラケティングするわけじゃなし。
HDR、楽しそう。作ってみたい。
CinePaintというソフトで、さっそく作ってみた。カメラの使いかたがよくわかってなくて、F2.8開放で撮ってしまったので、手前のおもちゃがボケている……。という失敗はおくとしても、ぜんぜんHDRっぽくなってないのは何故だ。光の加減と被写体が悪いか。
|
|
シャッター速度を変えて撮影 |
|
|
元の写真群と比較すると、確かに色が豊かに表現されている気もしなくはないけど |
|
|
モノクロにして切りぬいてみた |
2006年11月10日
バッタリ
東京で暮らしていると知人にバッタリ会うということは少ないけど、今日はなぜか2人の知人にバッタリ。日比谷公園で義理の姉に、六本木ヒルズのスタバで元同期の小川に会った。小川は前の会社が倒産したそうで、そのとき4ヶ月間も給料が出ない状況になるなど「貴重な体験」をしたらしい。
2006年11月08日
夜の東京
ヒルズの上。意外にコンパクトカメラでも良く撮れるなぁ。
|
|
六本木ヒルズから。月は合成。でかすぎた |
2006年11月07日
IXY DIGITAL 900 ISとLUMIX DMC-FX07の比較
またカメラを買ってしまった。今度は一眼レフじゃなくて、コンパクトデジカメ。用途が違うのでどっちも必要なのだ。ケータイのカメラじゃあまりに寂しいし、一眼レフじゃ大げさだというシーンはたくさんある。特にメモ代りの撮影で使うにはケータイのカメラは、かなりストレスが溜る。Webページやメールをプリントアウトする代わりに、ぼくは液晶画面をバシバシ撮るし、読んだ本のなかで傍線を引いた箇所もバシバシ撮る。そういう用途にはケータイはまったく向かない。
パナソニックのLUMIX DMC-FX07にするか、キヤノンのIXY DIGITAL 900 ISにするかでずいぶん迷ったけど、結局「同クラスなのにブランド名だけでIXYのほうが1万円高い。操作性はむしろLUMIXが上」というネットの評判を信じてLUMIXを2万8400円で購入。ところが使ってみると、画像送りが極端に遅くてビックリ。IXYはさくさく画像が切り替わるのに、FX-07は、モサッモサッとしか切り替わらない。いまどきプレビュー用のサムネール画像を作ったり、JPEGの展開回路を工夫して表示を高速化するのは当然だと思っていたので、がっくり。画素数を落としても変わらないので、購入翌日にはヤフオクに出品。
256MBのSDカードをセットにしたら2万7600円で落札された。購入価格が2万8400円だから、やっぱりヤフオクは売り手市場だなと改めて思った。256MBのSDなんて、今やゴミみたいなもんなのに……。
気をよくしてIXY 900を再購入。秋葉で数店舗を巡ったけど、3万9000円前後の安い店は、ほとんど在庫切れ(秋葉というより正確には末広町近辺。最近は末広町の倉庫系オンラインショップがアツい)。店員に聞いたら、やっぱり、よく売れてるらしい。やや高いなと思ったけど、4万800円の店で購入。「お客さん、運がいいですよ。たったいま、数台入ったところですけどね、全然ないんですよ」と言われた。確かに30分前に同じ店に来たときには「SOLD OUT」の表示だった。
IXY 900とFX07は、よく比較されている。でも、比較以前の問題でIXYの勝ちだ。それが使ってみた感想。1万円の差があるのは、ブランドやデザインだけの問題じゃなかった。画質のことについては、ぼくはコンパクトなんだから、どうでもいいと思ってる。ノイジーながら、そこそこの高感度が使えることと28mmの広角があれば、あとはどうでもいい。
やっぱり撮影画像のビュー機能については圧倒的にIXYのほうが速い。メニュー構成も含めて操作性はIXYのほうが格段に上だし、画像編集系の機能にもIXYは、おもしろいものが多い。たとえばワンポイントカラーという機能。プレビュー画面の中で指定した範囲の色を拾ってきて、その色以外の部分をモノクロにして撮影する機能。
|
|
ワンポイントカラーのサンプル。1色だけ彩色した写真が簡単に撮れる |
320×240ドット、60fpsで撮れるMotionJPEG動画というのも、ジャグリングの動画を撮影するぼくにはポイントが高い。スローで再生すると気味が悪いほど滑らかに動画が動く。もちろんVGAサイズの動画も撮れる。ただ、動画ではデジタルズームしか効かなかったりするのに使ってみて気づいた。これまで使っていた動画デジカメ、サンヨーのXacti C4では当然のようにできたけど、これは、動画をウリにする動画デジカメの面目躍如といったところか。しかしまあ、いくらMPEG-4が圧縮率が高いといっても、2GBの高速なSDカードが4980円で買える今、MotionJPEGのほうがむしろベターだ。圧縮率は低いけど、MotionJPEGは高画質だし、編集ソフトでMotionJPEGに対応してないものは、たぶんない。全フレームを馬鹿正直に撮ってるんだから、扱いやすいってことなんだろう。それにMPEG-4にしたければ、PC上でやれば簡単にできる。2GBのカードを使えば、640×480ドット、30fpsで16分半、320×240ドット、30fpsで44分半も撮れる。Xactiで256MBのカードを使っていたときと同じぐらいで、これは使いきらないなって感じ。
DMC-FX07にはUSB端子がなく、必ずカード経由でPCに画像をもっていく必要がある。ボディを小さくするためとはいえ、そりゃないだろうって思った。そんなことも調べずに買ったのも悪いけど、最近「まあヤフオクがあるから、万一何かあったら売ればいっか」で買ってしまいがち。
IXY 900にはUSB端子がついているけど、これはこれで微妙に曲者だった……。てっきりマスストレージクラス対応と思ったのに、PTP/IPというプロトコルを使っているらしい。IPベースだったり、サムネイルだけもってきたりもできる高機能なものらしいけど、うーん、微妙に面倒。ISOで標準化されてるし、XPには標準でドライバーが入ってるし、Windows用にはTWAINドライバーなんかもあるみたいだけど、Linuxなぼくは、結局gphoto2というソフトでアクセスすることになる。これだと、PCの写真保存フォルダとシンクロさせるスクリプトを書き換える必要がある。めんどくさい(書きながら思ったけど、これはLinuxの問題か)。
昔のIXYに比べるとボディーは安っぽくなった。最近、加工技術が進歩したからか、なんでもかんでもプラスティックで成形してしまうらしい。金属を使うよりはるかに軽くなるし、実は強度とか傷に対する耐性もむしろ金属より高くなるんじゃないかと思うけど、安っぽく感じられてしかたがない。これは慣れなんだろうなぁ。あと3年もしたら、「昔のデバイスって金属で重かったよね」と言いながら、レトロな機器を眺めたりすることになるんだろうなぁ。
しかしデザインは、まあ好きだし、なんか買って良かったなと思えるおもちゃだ。LUMIXを買ったときには「これで良かったんだろうか」、「ホントにこれが必要だったんだろうか」と思ったけど、IXYで、そんな煩悩はなくなった。
|
|
マクロは一眼レフよりも、コンパクトカメラのほうが、むしろいい |
|
|
買って良かったなぁ |
2006年11月02日
リサとガスパール
リサとガスパールというキャラクターのぬいぐるみ。元はフランスの絵本。
|
|
じっー |
|
|
じーっ |
2006年10月29日
近所の散歩
近所を散歩。今日も写真あれこれ。
|
|
「幽霊坂」。うちの近所には暗闇坂だの幽霊坂だの暗い小路が多い。 |
|
|
隣の4丁目は寺だらけ |
|
|
赤ちゃん地蔵!? |
|
|
公園には井戸が。今でも出そうな雰囲気 |
|
|
ベビーカーでご機嫌 |
|
|
目をアップにすると撮影者の姿が写り込んでいた |
|
|
高台には古墳跡があった。白々しい埴輪のレプリカ。散歩しないと、こういうの見落としてるなぁ |
|
|
柿がなっていた。空の青とオレンジをコントラスト良く撮りたかったけど、どうも白っぽい写真になってしまう。夕方じゃしょうがないか |
|
|
記念撮影 |
2006年10月27日
食べたもの
今日食べたり飲んだりしたもの。いろいろ写真。見ながら反省。
|
|
そばセット。パースききすぎ |
|
|
二八そば。被写界深度浅すぎ。 |
|
|
おさしみ。もうちょい絞らないと |
|
|
日本酒。手ぶれ |
|
|
かに。トリミングしてかにの赤を強調いたほうがいい |
|
|
サーモン? ピンが後ろ |
|
|
ごまだんご。もう2段ぐらい絞ったほうが |
|
|
ワイン。グラフのフチの向こう側より手前側にピンがあるほうがよさげ。右に0.5度ぐらい傾いてる |
|
|
ナッツ。色がヘン |
2006年10月26日
カメラ購入
買ってしまった、Nikon D80。ヨドバシカメラで11万9800円(ポイントで1万980円引き)だったものが、新宿マップカメラでは10万3800円。マップカメラのほうが5000円も安かった。ヨドバシ高いぞ。ハードディスクやメモリーは高くて有名だし、もはやヨドバシまったく信用ならず。
レンズはVR搭載の18-200が、えらい人気だそうで深刻な供給不足。向こう4ヶ月ぐらい入荷の予定がないんだとか。そのレンズが便利そうだったからニコンを選んだような感じもあるので、ちょっとがっかり。でもまあレンズは、おいおい買い足せればいい。とりあえずはタムロンの安くて評判のいい17-50mm/F2.8を購入。うーん、明るいし、ファインダーが大きくて見やすい。
|
|
ぐふふ、カメラ買ったぞ |
|
|
顔をいろいろ。ボケ味なかなか! |
|
|
夜の街をいろいろ。明るいレンズ、高感度イイ! |
|
|
にわかニコン信者 |
2006年10月25日
カメラ熱
デジタル一眼レフがほしくて、ものすごい勢いでカメラとレンズの情報をかき集めている。大人になるまでカメラには露ほども興味がなかったし、仕事でそれなりに写真を撮るようになってからも、必要だからシャッターを切ってるだけで、好きでも嫌いでもなかった。知識も最低限。「カメラってよく分かんないんですよね」というのが口ぐせで、編集長に「カメラの理屈なんてコンピューター機器に比べたら簡単なもんだよ。ちょっと勉強すれば分かるよ」と10年ぐらい言われ続けた。
むかし、バイクやカメラには手を出さないでおこうと思った。もともと興味がなかったというのもあるし、すでに相当なパソコンオタクだったので、これ以上オタク臭を身にまとうのはよくないだろうということで、あまり詳しく知ろうとも思わなかった。
カメラ雑誌やネットを読み漁って、だいたいカメラ業界の不思議な言い回しが分かって来た。「f1.4のトロけるような甘さはあるが、周辺光量不足が気になる。f2ぐらいまで絞れば使えるし、もっと絞れば、さすがニコンとうなるようなシャープな解像感を楽しめる」とかいうレンズ紹介の記事を読んで、萌えるようになってしまった。どうでもいいけど、カメラ系の人達って、結論がでっこないことで延々と同じ話をしてられる人なんだな。まあそれはどんな趣味でも同じことで、ニコン派とキヤノン派の確執というはMacユーザーとWindowsユーザーのそれに近いなと思った。
キヤノンやカールツァイスの、やたらと高いレンズがうちにはごろごろしていて、キヤノンマウントなら、夫婦でレンズを共有できるのに、ここはあえてニコンで。手ぶれ補正のあるVR高倍率ズームと、明るい大口径ズーム、中望遠あたりのマクロ、それに30mm、50mmあたりでF1.4の明るいレンズがあれば十分か。あ、やっぱり超広角も赤ちゃんを撮るには楽しそうだから、VR付きの10-20mmぐらいのレンズも。20cmぐらいまで寄れるやつで超音波モーターで。純正でそろえたらレンズだけで40〜50万円になりそうだ。
ともあれ、夫婦で共通の趣味をもつのはいいことだ。
ニコンは今どき搭載しててよさそうな手ぶれ補正機能をカメラ本体に内蔵していない。だからレンズ側に手ぶれ補正機構のあるやつがほしくなるわけだけど、そうするとレンズ2、3本で本体の価格超えてしまう。という話をしたら、「私のレンズは1本で15万よ」と妻が言った。夫婦で共通の趣味をもつのはいいことだ。
つくづくジャグリングというのは金のかからない趣味だと思う。若い人が多いのも道理。カメラ売り場に行くと20代ですらいなくて、40〜50代が中心という感じだしなぁ。カメラは金がかかる。ある程度年齢があがって使えるお金の単位が変わって来ると、なんというかジャグリングのような趣味では満たされなくなるという側面もあったりして。
趣味ってお金の使い道を考えるためのものという見かたもありえて、ブランドのカタログを見ながら、うなったり、ぽわーんとしたりするのが楽しかったりするもの。ビジネスマンがゴルフクラブを買ってにんまりするのとか、会社経営者がヨットを眺めてにんまりするのとか、単位が違うだけで、高校生がジャグリングショップのカタログを見て、ジャグリングクラブのブランドや色で頭を悩ませるのと、まったく構図が同じだ。
消費活動には、自己措定というか、アイデンティティを自分で再定義するための小道具という側面がある。天気のよい休日を使ってまで愛車の洗車をする人の気が知れないけど、所有による自己措定の儀式としみれば、なるほど、まあ理解できる。ペンタックスが斬新な機能を搭載してきたというのは分かるし、コストパフォーマンスがいいのも分かるけど、ペンタックスに欠けているのは、所有欲を満たすブランド力。とかいって、銀塩時代には長らくペンタックスを気に入って使っていたけど、まあそのときはペンタックスが、カメラ好きの間でどういうブランドであるか知らなかった。
そういえば、駅のプラットフォームでデジカメを落としたら、シャッターが切れなくなった。半押しでAFも動いているし、動画も撮れるので、電子的なエラーというよりシャッター部のメカニカルな故障という気がする。
困った。コンパクトデジカメも買わないと。困った。LUMIXなのか、IXYなのか。
2006年10月14日
名古屋への旅
熱海の実家へ。新幹線を乗り間違えて新横浜から一気に名古屋に。のぞみって、こだまの兄弟かと思った。父親が航空会社勤務だったもので、新幹線ってほとんど乗ったことがない。
名古屋駅で食べたきしめんがまずかった。駅前には高砂殿と河合塾本校が。12時品川発12時44分熱海着の予定が、名古屋で折り返して熱海に着いたのは4時6分。誤乗扱いで追加料金はなし。
|
|
名古屋!? |
2006年10月05日
くだらない記憶
最後の晩餐は傷みが激しいうえに、後年の修復作業で本来の絵と異なる絵柄が書き加えられていたり、キリストの表情が変えられていたりするという。
経年変化での損傷が激しいのは、ダビンチが、当時壁画でよく使われていたフレスコではなくテンペラという技法を使って描いたから。
フレスコはイタリア語でフレッシュの意味。下地の漆喰が塗りたてのところに描くので乾いたときの定着がいい。そのかわり、乾き切る前に描かなくてはならず、遅筆のダビンチは、これを嫌った。ダビンチは何度も何度も描き直したり、描き加えたりするタイプの画家だった。
最近の修復作業のおかげで、最後の晩餐のメニューが魚であったことや、キリストの口がかすかに開いていて何かをしゃべっていることなんかが分かったという。
……というどうでもいい雑学ネタに触れたとき、10代だったら、「テンペラ」「フレスコ」という技法名とともに勝手に覚えてしまっていたのだろうけど、最近は注意力が散漫だからか、本筋と関係のないことは素通りしてしまう。技法名は文字面の印象だけを見て覚えようという気には、あまりならない。
むかし、こういう雑学ネタは何も意識しなくても勝手に覚えてしまっていた。そんな風に感じていたけど、もう少しよくよく思い出してみると、どうもそれは「かつては記憶力がよかった」という先入観から来る錯覚に思えて来る。10代のころは、こういうネタをため込んで人に話すことに、けっこう労力を注いでいたように思う。よく考えると雑学ノートすらつけていた。雑多な領域の専門用語を覚え込むことが快感だった。10代というのは背伸びとかハッタリが好きなもの。
そんなことを思い出していたら、くだらなくて役に立たないことでも全部残らず一切合財覚える努力をしてみようという気になってきた。記憶というのはネットワークだから、覚え過ぎて困るということはなく、むしろ覚えまくったほうが記憶力はよくなるはず。
イエス・キリストが天ぷらの入った実験用のフラスコを不思議そうに見ているビジュアルをイメージするだけでいい。最後の晩餐はフレスコ(フラスコ)ではなくテンペラ(天ぷら)。freshとtemporaryという知識とも、なんとなく整合性があって覚えやすい。
2006年10月02日
自分という感じ
コミュニケーションの本能というのはすごい。赤ん坊も2ヶ月を超えて来ると、大人の肉声を聞いて、それにたいして口でモゴモゴ言いはじめる。モゴモゴ言いながら、こちらの反応を待って様子をうかがう。育児書によると、ここでちゃんと反応してやることがやっぱり大事らしい。こうしたことを繰り返して行くうちに、会話はキャッチボールなんだと理解する。
|
|
おしゃべりの雰囲気が出てきた |
赤ん坊とコミュニケーションしていていると不思議な気分になる。
成人のコミュニケーションは、事実や抽象的思考を表わす意味内容を、言語に載せてキャッチボールしていると見るのが日常感覚だけど、これはちょっと素朴な見かた。実際には意味を投げあっているというよりも、相互に相手の心にたいして作用しあっているだけで、相手の心の状態や、その変化の状態は、原理的には自分には分からない。なぜなら、それを知るにはなんらかのコミュニケーション手段に頼らざるを得ず、そのコミュニケーション手段の絶対性を知るには、さらにその検証が必要で……と無限後退が起こってしまうから。
そもそも相手にも自分と同じような心や意識があるということですら、その確実性は永遠に証明できない。日々のコミュニケーションや、MRIや解剖学の知見から、そう考えるのが妥当だと推論しているに過ぎない。
相手に心が存在し、その相手の心に期待した作用を与えることに部分的にであっても成功したという仮定を連続的に続けることで会話は成り立っている。日常的には疑われることがない、これらの仮定が実際に真である論理的な根拠はない。コミュニケーションが成立しているかどうかは、原理的には証明不可能だ。
赤ん坊と音のキャッチボールをしていて、不思議だなと思った。こちらが音を発すると、それをキャッチして音を返してくる。そこでぼくは、「この赤ん坊の心に作用を及ぼすことができた」と分かる。いや、分かる、というか仮定する。多数の刺激と反応のタイミングから言って、それが偶然ではありえないほど「呼びかけ−応答」のモデルに合致しているから経験的にそう判断しているだけだ。
「いま何時?」と聞いたら相手が時計を見て「2時前」と答える。このぐらいになると、もう心の存在を疑うこと自体ナンセンスに思えて来るし、やっぱりセンテンスというのは意味を運んでいるとしか思えなくなって来る。
だけど、果して成人と赤ん坊のコミュニケーションは、それほど違うのだろうか。音を出して戻って来た音から、あるモデルの存在を仮定しているだけで、その仮定は原理的には正しいかどうか証明しようがない。どっちも仮定のうえに「ある」と思い込んでいるだけの話だ。
この奇妙な感覚は、最近0才児、1才児、4才児と発達段階の違う子たちと音のやりとりをしてみて、なお強まった。確かに年齢相応の違いはあるけど、その違いは連続している。質的な違いと呼べるようなものはあるのか。じゃあ乳幼児のモゴモゴと成人の会話の違いは? 通じてると思ってるのは思い込みで、成人だって本当はモゴモゴしてるだけじゃないのか。
という発想って、素朴コミュニケーション論に対する批判としては意味があるけど、まあ、それ以上のものではない。「意味」と呼ばれているものは、特定の音や表現に付随する作用の集合で、その作用を受けたり観察したりする人々の幻想のなかにしか存在していない。それで別に何の不都合もないし、日常感覚ともそう違わない。
作用は入れ子構造になっていて、その入れ子の次元数が、赤ん坊と成人とでは大きく異なる。赤ん坊は親のなかに心が存在していることを、たぶんまだ理解していない。いや、推論していないというべきか(いや、推論していないことをぼくが推論しているだけ)。自分のなかに、心という外部から名称を与えられたナニカがあるとも知らない。その心を、親が読もうとしていることについては、まだ数年先にならないとわからないんだろうなぁ。
自分という意識、<セルフ>の感じって、どうやって混沌のなかから立ち上がって来るんだろうか。
2006年10月01日
オヅな映画
牛丼復活。今日から5日間だけらしい。雨の中、バイクでわざわざ買いに行って持ち帰り。いつもより100円高い、並380円という価格。そもそも牛丼を食うのは何年ぶりだろうか。かつて会社のすぐ下に吉野家ができて、最初の1ヶ月でイヤというほど食べて、実際イヤになった。それから何年も食べたいとも思わなかったけど、まさか、わざわざ雨の中を買いに行くほど食べたくなる日が来るなんて。人間の嗜好ってやつは、稀少性とか過去の記憶とか、いろいろ絡んでるんだな。ふつうにおいしかったけど。
|
|
15号線沿いの吉野家。混雑を予想してか警備員までいたけど、雨だから客足はそれほどよくもなく、悪くもなく。約20席中10席が埋まっていた程度。午後2時半。 |
|
|
大盛り。味気ない写真だ。文字どおり。カメラがほしい。NikonのD80か、PENTAXのK10Dか。あるいはKissとかist DL2とかもありか。 |
小津安二郎『東京物語』を観た。淡々とした文体の小説に風景写真をつけたような映画だなと思った。カメラはローアングルで固定。遠景をとるときも前景にごちゃごちゃ入れる。パンもズームもなし。なるほどなぁ。原節子ってはじめて見た。美人。今もう、85才ぐらいなのか。それにしても、昭和28年の日本の風景や言葉って、こんなだったのかというほど時代の違い感じる。50年前って戦後なんだよな。
自分で書いたコマンドでも書式を忘れてしまう。自分で使うだけだから、慣習にのっとってなくてもいいやーと、妙な引数を受け取ったのがよくなかった。というわけで、書式ヘルプを出すようにした。テンプレートとしてメモ。
def usage puts "USAGE: rename NEWNAME jpg *jpg" exit end usage unless ARGV.length >= 3
2006年09月27日
ヘンなナイフフォルダ
Thinkgeek.comで69ドル。うーん、さくさく刺してみたい。
|
|
ヘンなナイフフォルダ。抜き刺ししてみたい |
|
|
実用性はあるのだろうか |
2006年09月26日
まるで双子
P1010108.JPGというファイル名の変更。すぐに内容を表わす3つ4つの候補が頭に浮かぶ。iriguchi.jpg、ent.jpg、000.jpg、tenjikai.jpg、chie.jpg……。ちょっと考えてからchie.jpgにリネーム。ところがエラーで怒られた。すでにそのファイル名は存在しているという。見れば、50個ほど画像があるそのフォルダには、すでに、まったく同名で、まったく同じ画像のファイルが存在していた。
3週間前の自分は別人だ。リネームしたことは覚えていない。だけど、3週間経ってもやっぱり同じ画像に同じ名前を選んだことに、自分の思考回路の画一性を感じて驚いた。「やっぱり表玄関の写真もあったほうがいいよな」と考えた思考経路までまったく同じだと思うと、ちょっと不思議な感じ。
双子の実験で、「これらの色つきカードを好きな色の順に並べてください」とやると、あれこれ迷いながらも、最終的に双子の兄弟は、まったく同じ順番にカードを並べる率が高いという。そのことに双子たちは驚く。自分としては、自由意思に基づいて、そのときの気分で適当に並べたはずで、違った順番もあり得たというように、そこに恣意性や偶然性を主観的に感じているのに、それが錯覚に過ぎないと否定されるような、そういうオドロキを感じるんだろう。手品の原理で言うフォーシング的。自分で選んだハズなのに、実はすでに選ぶものは決まっていた、という。
同一人物なんだから当たり前だけど、同じファイル名を付けて狼狽したぼくも、それと似たようなオドロキを一瞬感じた。
ファイル名の命名というのは、ある程度、規則や方針があって、それがブレないほうがいいわけだけど。しかし、もはやファイル名なんていちいち付けたくない。なんとかならんのか。
2006年09月23日
DVD配達レンタル
TSUTAYAが始めたぽすれんのようなサービス、「TSUTAYA DISCAS」に入った。ネット上でCDやDVDを予約しておくと、向こうからDVDを送って来る。返却は同封されている封筒に入れて郵便ポストに投函するだけ。月間8枚で2000円ぐらい。
予約希望リストに20枚もリストアップしろと言われて呆然。そんなに見たいものがないというか、なんか面倒。たぶん、インターフェースの問題じゃないかと思う。必要なのは、ぶらぶら見ることができる感じの「棚」だろうなぁ。ネットの本屋も同じだけど、なんとなく背表紙をブラウズして、手にするものを選ぶという、あのリアル店舗のインターフェースはいいなぁと思う。
何を血迷ったのか、『スパイダーマン』を最初にリストに入れてしまった。後でまた考えようと5枚ぐらいリストアップしたら、いきなりリストの上のものから届きはじめた。そっか、そういうシステムか。
スパイダーマンは赤ん坊を抱えて、立ったまま見た。後悔した。くだらないにもほどがある。ヒロインがブスでびっくり。同時に届いた『戦場のピアニスト』も150分と長いばかりで退屈な映画だった。演出はしらじらしいし、絵作りもやりすぎ。砲弾が炸裂して「ドーン、ドーン」と言うたびに、お腹に抱えた赤ん坊と一緒にビクッとしてた。
キネマ旬報ベストテン(第31回~第40回)というのを参考に、古い映画でも見てみたい。
選挙ポスター
あまりに可愛いので立候補させることにした。選挙ポスター試案。
|
|
無所属新人(0)。感動、ニッポン。若いちからで、そんな国づくりをめざします! |
2006年09月22日
シアトル出張
先週のシアトル出張は2日の延泊を入れると5泊7日の出張となった。在米の元後輩にはシアトルに1日以上いても飽きますよと言われたけど、見るべきところをゆっくりと見たり、散歩したりで、ちょうどいいぐらいだった。
仕事のほうは展示会なんかと違って、歩き回ってくたびれるというのでもなく、日々淡々と順調に予定をこなすという感じ。
到着した日、宿泊先となったベルビューのハイアットに空港から向かうハイウェイの途中で、丘の上にぼんやりと浮かぶ城のような建物が目に付いた。夜霧の中、森の向こうにほの明るく輝く赤茶けた建物。ずっと遠くにそびえているように見えるのに、周囲を睥睨するような威圧感がある。廃墟やゴーストタウンといったうち捨てられた建造物フェチのぼくはすぐに心を奪われた。「あれ、Amazon.comの本社だよね」と同乗していたPRエージェントが口にした。Amazon.comの本社がお城だなんて聞いたことがない。
ググッてみても、Amazon.com本社の情報は出てこない。Amazon.comのサイトをつつきまわってみても何も書かれていない。この謎めき感、たまらんとぞと思って、さらに検索してみたら、Amazonに転職した人のブログが出てきた。まさかこんなところにあるこんな建物が本社だなんて知らなかったというような感想とともに、ぼくが見た古城のような写真が確かに載っていた。間違いない。
取材の最終日、ベルビューからシアトルのダウンタウンに向かうタクシーの運転手に、あらかじめGoogle Mapsで調べておいた住所を知らせてAmazon.com本社に行ってみた。「ここが世界最大の本屋さんって聞いたんですけど、ハリーポッターの本はありますか」と言ってみたい。果たしてAmazon.com本社で本は買えるのか。ところが行ってビックリ……。
という話をネタっぽく仕事で書いたら、すさまじい量のアクセスがあって驚いた。ウケるだろうとは思ったけど爆発的にウケた。
夕方、Amazon.comが良く見えるあたり、シアトル大学近辺を散策。大学生でもなければ用がなさそうな古着屋、すっかり日が暮れてしまったキャンパスの並木道を歩く学生たち、痴話げんかしてたと思ったらチューチューとキスをし始めた若いカップルがいるカフェ、夕方の退屈な時間に新聞を読む店主だけが窓から見えるベトナム料理店、交差点でバケツとワインボトルを叩くヒッピー風のドラマー、田舎くさいというのでもないし、寂れているというほどでもないけど、そこはかとなくうらぶれた感じの街。ふだん自分の住む世界とは違う、こういう場所をあてどもなく歩いているほうが、ショッピングモールや観光名所を見るよりも楽しい。そして移動しつつAmazon.com本社の写真をいろんなアングルで撮りまくり。
ずいずい丘を上がっていくと、ムスリム街っぽいところがあった。低所得者層の街という感じで、路地が狭い。路地は狭いし、家はあまり高級とは言えないけど、どの家にも立派な裏庭があって、うろうろと路地裏を歩いてみていて、その土地の多さがうらやましくなった。どんなに狭い家でも裏庭でジャグリングの練習ができるじゃないか。
シアトルという街には忘れられた地下通路がある。これまた廃墟、廃屋フェチのぼくにはググッと来る話だ。
19xx年ごろ、最初に入植した人々は低地に街を作ったために、潮の満ち引きによって家や道路が水浸しになったり下水が逆流してトイレから汚物が吹き上がるようなひどい環境に住んでいたらしい。街のあちこちに巨大な水たまりができて、溺れ死ぬ子どもが出たそうだ。19xx年の大火災でその街が全焼。きれいサッパリ焼けてしまった街の再興について市民会議を開いたところ、このさい丘を削って少し埋め立てようという案が出る。ところが、もともと金や材木を目当てに一攫千金を夢見てやってきた金の猛者だらけの街なので、土で地面を盛り上げる前に、さっさと建物を造り始める輩だらけになってしまった。ふつうなら、土地の整備をしてから建てるところ、建ててから土地の整備をした。
こうして、多くの建物で、もともと2階だった部分が道路と同じ高さになった。階段を使って、人々は道路から1階に降りたり、あるいは1階からあがったりしたという。道路脇に空いた1階への通用口には、子どもや酔っぱらいが落っこちるようになり、ある年には17人も落ちるというありさまだったという。
しばらくは地下通路には商店街が並び、上の街と同様に栄えたものの、徐々に地下には、地下に潜った方が都合のいい人々の住処となっていく。地下街は売春、賭博、麻薬売買といった犯罪巣窟となり、荒廃していく。やがて、人々は通用口にフタをし地下の存在そのものを忘れていく。
そうした地下の歴史があったことを忘れないために、シアトルの地下街を保存しようと、地下ツアーという奇特なアイデアを思いついた元新聞記者がいた。ツアーはメディアの耳目を集め大成功。やがて観光名所となっていく。
ぼくは、そのツアーに参加した。基本的には3ヶ所ほどの地下通路に入って歴史的な写真や壁面、銀行の金庫なんかを見るだけのものだけど、90分という長い時間、ひたすらしゃべりまくるガイドの話が実におもしろい。特にスタート地点のカフェで160人ほどを前にツアーの概要について説明した女性は、聴衆をうまい具合に話に引き込み、ジョークを交えてマシンガンのようにしゃべる。かなりの才能か、かなりの訓練のタマモノだ。
|
|
ハイウェイから。森の向こうにAmazon.com本社の頭が見えた。 |
|
|
少し寄って撮影。 |
|
|
そばに寄ると病院の看板。Amazonとは出してない。 |
|
|
やや離れた場所から。ライトアップされてアールデコ風の建物が美しく輝く。 |
|
|
Amazon.comの“麓”の街。古びた感じ |
|
|
Amazon.comの“麓”の街。古びた感じ |
|
|
Amazon.comの“麓”の街。古びた感じ |
|
|
Amazon.comの“麓”の街。古びた感じ |
|
|
違うアングルから |
|
|
宿泊先。シアトルのダウンタウンから東にクルマで20分ほど行ったベルビューというエリアにあるHyatt |
|
|
ちょっとした中庭もあってキレイ |
|
|
夜はクルーズディナー |
|
|
ビルゲイツ邸 |
|
|
ベルビューのあたり |
|
|
ベルビューのあたり2 |
|
|
ベルビューのあたり3。美術館 |
|
|
ベルビューあたり4。モール |
|
|
モールのなかで見かけたiPod自販機 |
|
|
取材中 |
|
|
シアトルのダウンタウン。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。イチロー発見 |
|
|
シアトルのダウンタウン。モノレール |
|
|
シアトルのダウンタウン。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。モノレール乗り場 |
|
|
シアトルのダウンタウン。モノレール休業中 |
|
|
シアトルのダウンタウン。観光地っぽい。ストリートミュージシャンのレベルが全体に低くてびっくり |
|
|
シアトルのダウンタウン。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。観光名所のパイク・ストリート・マーケット。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。マーケットはシーフードで有名 |
|
|
シアトルのダウンタウン。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。マーケットを抜けるとスターバックスの1号店が |
|
|
シアトルのダウンタウン。1号店のロゴ。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。1号店の店内。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。おみやげの定番、ロゴ入りマグカップ |
|
|
シアトルのダウンタウン。 |
|
|
シアトルのダウンタウンから南に少しいったところにスタジアムが2つ。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。スタバ前で歌ってたアカペラグループの1人。すっごいうまかった |
|
|
シアトルのダウンタウン。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。 |
|
|
シアトルのダウンタウン。 |
|
|
シアトルのシンボルタワー。スペースニードル。 |
|
|
けっきょく上には登らず。13ドルって高すぎ |
|
|
ニードルの下 |
|
|
scoop law! |
|
|
オブジェの中にニードルを収めたかった |
|
|
あんなところにもイチローが |
|
|
ニードルの前で記念ジャグリング |
|
|
ニードル近辺には博物館っぽいのがいくつか。でも全部いまいちっぽい |
|
|
7個。趣味がカメラの元ジャグラーに撮ってもらった |
|
|
公園で出会った初老のジャグラー。ボールパッシングをいろいろと教えてもらった。 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
散歩 |
|
|
観光名所、アンダーグラウンドツアー |
|
|
このマークが目印 |
|
|
ツアーの前口上 |
|
|
意外なところに入口が! |
|
|
地下といっても地面のすぐ下 |
|
|
配管の錆び具合、もう一歩ってところ |
|
|
40人ぐらいが1グループとなって歩く |
|
|
歴史的写真をみながら解説 |
|
|
採光窓。たくさん光が入っているけど上からはそうとはわからない |
|
|
いまみなさんが立っているのは、かつてこんな建物でした、という写真 |
|
|
出口 |
|
|
これが採光窓を上からみたところ。交差点のあちこちにあるのに、地元の人でもそうとは知らずに通り過ぎていることが多いという。で、地下ツアーに参加してびっくり! |
|
|
満ち潮のときに逆流したというトイレ |
|
|
火災後、焼け野原となったシアトル |
|
|
生前ひどいことをすると、“The Bastard”と書かれちゃう |
|
|
あちこちの建物にある地下街の痕跡 |
|
|
あちこちの建物にある地下街の痕跡 |
|
|
あちこちの建物にある地下街の痕跡 |
|
|
あちこちの建物にある地下街の痕跡 |
2006年09月15日
巨大マウス取材
シアトルM社でマウスなど取材。会社のキャンパスも広いし、マウスもでかい。
ラボ見学が楽しい。オタクのスクツだ。技術萌えだ。
Skypeでビデオチャット。1万kmぐらい離れてても、ふつーに話せる。赤ん坊がぐずってるのも、よくわかる。
2006年09月12日
出張
うむ、じゃあ行ってくるよ。
2006年09月09日
連番リネーム
写真のファイルを通し番号で整理してリネームすることが多い。bashとかseqでは微妙にゼロパディングが面倒くさそうなので、こんなrubyスクリプトを書いた。
#!/usr/bin/rubyrequire 'fileutils'
$name = ARGV.shift
$ext = "." + ARGV.shift
i = 0ARGV.each do |file|
i = i + 1
$newname = $name + sprintf("&03d", i) + $ext
print "renaming " + file + " ---> "
print $newname + "\n"
FileUtils.mv(file, $newname)
end
「rename party jpg *jpg」とやると「party001.jpg party002.jpg party003.jpg……」となる。
2006年09月08日
電子の世界のマエストロ
展示会取材。やたらめったらおもしろい。ここ2度ほど楽しい取材が続いた。ひとつはLED関連、もうひとつはミクロな世界の工作技術みたいな話。ものづくりって知恵が詰まっていておもしろい。
夜、同僚たちと御苑のボエムでパスタとビール。同僚のKが子どものころの電子工作の話をした。秋葉の若松通商でパーツを買って、エプソンのプリンタをスキャナに改造したり、パソピア用の拡張ボードを自作していたという。プリンタをスキャナに改造って、そんなこと可能なのか!
話を聞いていてやっぱり根本的にハッカーは違うなと思った。ぼくは8ビットパソコンで機械語は書いたけど、電子デバイスを自作してドライバーを書くとかいうようなことはやらなかった。確か80年代前半ぐらいには、ハード系をやらないマイコンユーザーが半分ぐらいいて、そのことについて恥ずかしく感じるような文化があったように思う。
Kは今、W-ZERO3に接続するために、Palm用の折り畳みキーボードをUSBコネクタに変換するハードウェアを自作していて、「でも、HIDだからデバドラも不要で簡単なんですよ」と言ってのけた。
モノ作りでもソフトウェア作りでも、現場には職人という人種が健在だし、そういう人達の知恵、創意工夫、努力といったアナログなものが、いまのデジタルな文化を支えている。
2006年09月07日
9/12出張
来週はシアトル出張。日本からアメリカだから関係ないだろうけど、9月12日出発で飛行機に乗ると日付変更線を超えて11日側に突入するんじゃなかったっけかな。到着は12日だけど。
|
|
2006年09月02日
エアコン
赤ちゃんがますます可愛い。まだ子音が発声できないはずなのに、「え、、、え、、えあ、、えあ、、、えあっ、、、ん、えあこん」と、エアコンとしゃべった。何度もエアコンというのでビデオに撮って見てみたら、やっぱりエアコンと言っている。うちの子は天才だった。
2006年08月19日
オリンピック
16年五輪招致>両都市とも開催可能 JOC評価原案概要というように、多くの新聞サイトがオリンピック招致問題で東京都が福岡市をリードしていることを伝えている。
元になった計画書をみようと検索しても一発では出てこない。おかしいなと思って、もう少しあれこれ検索したら、東京都公式ホームページの第31回オリンピック競技大会概要計画書の提出についてというページに計画書があった。このニュース記事は、もっとも重要なリンクが張られていないということで、ネット上での存在価値は半減している。新聞記事は、紙ベースのデータをネットに載せてるだけでは、もうダメだと思う。
2006年08月17日
しょっぱい感じ
さんまのぽん酢揚げとなすのアンチョビソテー。さんまが開いたやつしか売ってなかったので、サバで。大失敗。サバは干ぼしのやつで、塩がたっぷりだった。ぽん酢で下味をつけたはずが、たんなるしょっぱい龍田あげに……。アンチョビソテーのほうも、アンチョビを使い過ぎて、しょっぱい。労働者風、あるいは車夫風ってやつだ。
2006年08月16日
みりん
今日は肉じゃが。全体に味付けが濃くなってしまう傾向があったのけど、ちゃんと冷静に味見すれば大丈夫らしい。今日は上品な味に仕上った。「こんどこそ大失敗だ……、これはどうなってしまうんだろうか!」と思わなくなったことで、キッチンに立っていても冷静に味がわかるようになった。
何ごとも同じだけど「何をやれば何がどうなるか」という原因と結果の知識をたくさん蓄えることが大切だ。分量にしても、下準備にしても、野菜の切りかたにしても、微量の薬味にしても、それがどういう結果になったか考えながら食べていると、「なるほどそういうことか」とわかってくる。
かすかな味であっても、自分が入れた材料や調味料を確かめることは簡単で、「あ、これは全体のなかでこういう味になっていたのか」と今さらのように感じたりする。たとえば、チャーハンに入れる生姜って、どんな意味があるのかなと思っていたけど、食べながら「はっ、これか」とわかったりする。料理をするようになると、ひょっとして味に敏感になるのかも。人間は馴染が薄いもの、あいまいにしか認識していない対象の場合にはおおざっぱにしか認識できないもの。
伏木亨『コクと旨味の秘密』にも書いてあったことだけど、人間が好む味というのはたぶん決まっていて、濃い薄いというのはあるにしても、塩気、甘味、脂が決定打。それに各種素材固有のアミノ酸が加われば、だいたい料理というのは終わり。ただ、それは本能的なものであって、そこから先には文化的なものもある。限界まで薄味にして、かすかな味付けのなかに素材の香りを楽しむお吸い物のような、そういうのは嗜好品的な側面をもっているんじゃないだろうか。そういう食文化を享受するには、自分自身が料理について詳しくないといけなくて、これは、食べているだけじゃだめなのかもしれない。自ら作り、考える、という能動的な作業を通してはじめて、食文化への理解も深まるんじゃないかしら。いい料理人は例外なく食いしん坊だったりもするし、食べることと作ることの関係は深い。
たとえばワイン文化は、どちらかと言えば享受しないほうが人生のリスクが低くなる。食文化は、その享受が積極的な食生活のコントロールにつながるとしたら、それはたぶんよりよく生きることにもつながるのかもしれない。
それにしても、「みりん」って、こんなに活躍しているものだったのか。ムスメの名前を「みりん」にしなくてよかった。
2006年08月15日
ブリ
赤ん坊がますます可愛い。お風呂に入れるとご機嫌。頭を洗うとウットリとしている。ご機嫌斜めの顔や、奇妙な表情や声もまた可愛い。しかし、今日は寝てばかりだな。体重4250グラム。
お昼はツナキムチチャーハンと刻みワカメスープ。夜はブリの照り焼き、ワカメとキュウリの酢の物、なすの味噌汁。料理経験値蓄積中。ぼくにもできる! しかし、酢の物がしょっぱかった……。
2006年08月14日
男の料理か
義理の姉がシンガポールで、ナシゴレンの素を買ってきてくれたので、今日はナシゴレン(KIRINおつまみ道場 グルメ料理レシピ)。おっかなびっくり中華鍋。
エスニック倶楽部というページがよくできていてレシピやスパイスの解説がすばらしい。見ていると、エスニックに凝ってみたくなる。もともと東南アジア系料理が好きだし。パニールカレーとか、かなりいい感じ。パニールって、自分で作れるんだ!
でも、それってなんか、いちばんダメな『週末の男の料理』の典型だという気もする。「ちょこちょこ、手早く、ありもので、まいにち」でやってこそ料理。
2006年08月12日
料理
うちにカシューナッツがあるというので、クンポーに挑戦。宮保鶏丁のレシピとか、かぼちゃとベーコンのきんぴらあたりを見ながら適当に。ネット上には料理レシピが腐るほどあるなぁ。料理についての基本的なことがらも、いくらでも出てくる。
料理って、ほとんど経験がないけど、レシピがあれば何とでもなるもんだ。かぼちゃの色がサンプル写真と違って黒ずんでしまったけど、そのこと以外はばっちり。自分でも驚くほどふつうにおいしかった。
2006年08月11日
プログラミング言語遊び
2005年3月1日の日記で、こう書いた。
Operaは速くて気がきいていて使いやすいけど、基本的に、提供される機能を使う以外のことは何もできない。たとえば、「閲覧中のページのtitleタグの中身とURLの組合せを、キー操作一発で指定したテキストファイルに書き出す」という操作を、どうして自動化できないのか。あらゆるアプリケーションソフトは機能拡張用のスクリプト言語を用意するべきだ。
ぼくが無知だっただ。JavaScriptでブックマークレットを作れば、ほぼ目的のことができる。
javascript: void(prompt('下の欄をコピペしてどうぞ','<a href=\"' + location.href + '\">' + document.title + '<\/a>\n'));
というコードを新規作成したブックマークのURL欄にコピペするだけ。クリックすると目的の文字列が表示、選択された状態でウィンドウが出てくる。
URLからゴミを取り除いたり、サーバー名を置き換えるなら、文字列置換が使える。置換は正規表現も使える。
location.href.replace("server01","server02")
似たような不毛な作業が日々たくさん発生していたけど、いきなり楽チンになった。JavaScriptは実用的だ。やたら長くなることは別として、ドット記法は嫌いじゃない。
実用性は不明だけど、最近、Prologがおもしろそうだと思った。とっくの昔に死滅したCOBOLみたいな言語だと思っていたけど、どうもそんな感じでもないらしい。論理的な関係を定義していくだけで答えを探索してくれるというのはパズルの別解つぶし向きか。
関数型言語のSchemeやHaskell、OCamlも気になる。当り前だけど、こういうのは全部、Debianならaptitude一発で処理系がインストールできる。プログラミング言語遊びは、ちょっと楽しそうかも。日々の役に立つのはbashやRubyのスクリプトだったり、elispの関数だったりするんだけど。
2006年08月10日
ケータイにキーボード
タイヘン、かあさん! 会議で隣の席にヘンな人が座ったよ!
|
|
2006年08月08日
一所
「一緒に行く」という表現の「一緒」という漢字の当てかたは、むしろ明治時代以降に現われた新しいもので、もともとは「一所に行く」と書くことが多かったという。たしかに言われてみれば、緒はものごとの始めという意味だから、togetherを「一緒」と書くのは少し変という気もする。
という議論をわきまえた上で、「いっしょ」でも「一緒」でも「一所」でも、どれでもいいじゃんというスタンスが、いちばん好感がもてる。あ、しかし一緒懸命はダメか、少なくともあと5年ぐらいは。
というどうでもいい話は、ブログアップロードのテスト用。
|
|
2006年08月05日
誰でもジュリアン・オピー
Family Portrait Artistsというページのチュートリアルがすばらしい。ポップアート風の自画像が、パソコンで手軽に作れるんだということを端的に伝えている。
ベクトルグラフィックとレイヤーが扱える画像処理ソフトを使ったことのある人であれば、「あそっか、なるほどね」と、理屈はすぐにわかる。元になる写真を、適当になぞって色を塗ればいいだけで、ポイントはノッペリとした肌のトーンやつぶらな目というあたりだけ。それだけで、誰でもジュリアン・オピーのポップアート風のポートレイトが描ける。デッサン力がゼロでもいいし、デザインセンスも、あんまり関係なさそう。
不慣れなこともあって、最初は手間取ったけど、GIMPを使ってやってみたら、1時間ほどで下のような絵が完成。技術的な面、ジュリアン・オピーのクセの模倣といった面、いろいろ反省点がある。次はもっとうまく描けそう。
2006年08月01日
ebookjapan
かつて騒がれたほど電子書籍市場は立ち上がっていない。個人的にも青空文庫をたまにのぞく以外に、とくに見たいと思うものはない。だけど、ebookjapanだけは、どうしても気になる。特に「総合図書」のくくりで集めているコンテンツが、かなりいい。メルマガでも、いきなり白川静の『漢字の世界』なんて本をドーンと紹介したりする。インターネットは、やっぱりこうやって明確に定義できるニッチグループを狙わないと。ぼくはなんか狙われている気がする。しかし、専用リーダーが必要ってのがいただけない。Windowsじゃないと読めない。
|
|
2006年07月30日
親子亀
親子亀のようにお腹に載せて、ごろんと昼寝。赤ん坊は体温が高い。
|
|
|
|
2006年07月29日
結婚式
大学時代の友人の結婚式。今日もたくさん写真を撮った。
2006年07月24日
字が書けない
出生届けを出しに港区役所高輪支所に。もろもろの書類を書いたり、誤記を修正したりする。「一」と書いたところで手が止まる。「妻」という字が書けない。ちょっと恥ずかしいけど、いまどき手書きで字が書けなくても、誰もなんとも思わないだろうと開きなおる。目前にいた3人の担当者が一斉に近くの紙切れに妻という字を書いた。さすが日々手書き書類と格闘している人達は違うな。
妻という字が書けなくても恥ずかしくなかったけど、娘につけた名前の1字、「彩」という字を書こうとして手が止まったときは、かなり焦った。恥ずかしい。なんてバカ親なんだ。
このあいだ記者発表会でメモを取っているとき、ふと見たら「NEC、ふじつう、トEタ」とトヨタのヨが左右反転していた。もうぼくはこのまま字が書けない人になっていくのだなと悟った。
2006年07月23日
ジオプトリー
眼鏡やコンタクトの度数を表わす、「D」と書かれる単位はジオプトリーと言うらしい。英語だとジオプターかダイオプター。
ジオプトリー レンズの屈折度を表す量。Dで表示。Dioptrieはドイツ語。英語ではダイオプターdiopterという。焦点距離をメートルで表した数の逆数。凸レンズでは正,凹レンズでは負。39を眼鏡の度の数で割るとジオプトリーで表した数になる。【マイペディア】
眼科医の書いた、このページが詳しい。RV= 0.1 (1.0 S -1.0 C-0.5 A 90)というのが解読できるようになる。
2006年07月15日
超パソオタ
赤ん坊のおむつを替えてみたり、お風呂に入れてみたり、ほっぺたをつついてみたりしながら、パソコンおたくな1日。やっとLinuxで無線LANも動いた。ググッて出て来た決定版っぽいページにあった手順どおりにローレベルのドライバを手で入れ、各国の規制にそぐわない無線電波を出さないようにするための監視デーモンを入れ、Intelからipw3945のパッチをもってきて適当にインストール。ieee80211サブシステムは、新しめのカーネルに入っているものですら古いらしいので、最新のものをもってきてカーネルにパッチ。このへんは手順をよく読んで丁寧にやれば、すべて美しく動き出す。
カーネルにドライバをロードして、iwconfigでeth1として無線LANモジュールが見えてから、またひと苦労。周囲のAPのESSIDやチャンネルを自動で発見するツールがなぜかない。pythonで書かれているwifi-radarというGUIツールがmakeなしで簡単そうだったので入れてみた。どこかで見たようなGUIでAPが次々に表示される。うちのマンションはいつのまにかAPだらけだ。
WEP KEYって16進の数字で入れたり文字で受け付けたり、いろいろでややこしい。常に文字で受け付けるよう設計してほしいもんだ。そして自分の家のWEP KEYは無線ルーターに聞かないとわからない。ところが、ルーターの設定画面にログインしようとすると、なんとFirefoxではフレームが崩れて設定画面にアクセスできない……。どんな設計だよ、IODATA。
なんだかんだやってるうちに、無線LANのLEDがピッと光ったまま安定して、DHCPでIPが落ちて来て、ちゃんとつながった。後は切替えツールをどうするか。wifi-radarでいいか。
ACPI回りも同じだけど、無線LAN関係の設定にからんでドキュメントやスクリプトを追って読んでいると、今どきのPCのハードウェアの制御の流れみたいなのがよく見えて来る。これはこれで楽しいし、試行錯誤の末に何かが動くと、パズルが解けたときのような爽快感もある。
気づけば省電力モード関連も勝手にうまく動いてくれているし、ほぼシステム関係の設定は終わりか。後はデスクトップや作業環境のカスタマイズ。やっとPC盆栽の本番にとりかかれる。Emacsはすでにいろいろ設定して、かなり使いやすくなった。MTを更新するelispとか、メモ取りツールのhowmとか、いろいろ気になるものがいっぱい。最低限は設定できていて、もう仕事でもバリバリに使える。もうWindows XPが消えても悲しくないので、いっそVistaを入れてみようかという気になって来た。
すごいパソコンオタクだ。
2006年07月14日
退院
母子ともに退院。生まれて1、2日は、そばにいても死んじゃったのかと思うほど静かに眠ってばかりの赤ん坊だったけど、今ではお乳をねだって泣きまくる、すっかり元気な子になった。わんわん泣いてるかと思えば、ふっと悟ったように静かに虚空を見つめたり、「ひゃ」と声ともしゃっくりとも言えない音を出したりして可愛い。眉間にかすかにシワを寄せたり、口元に笑みの兆候を浮かべたり、そういう些細な顔の変化も見ていて飽きない。
2006年07月13日
めんどうだけど
もうくじけてWindowsに戻してしまおうかと思ったLinuxだけど、ちょっとずつ設定ができつつある。やっとサスペンドができるようになった。ThinkPad T60や新しめのT43なんかでは、HDDにSATA(SerialATA)を使っているために、サスペンドやハイバネーションからの復帰が鬼門。ググッてみると、みんな悲鳴をあげている。復帰後もSATAは眠ったまま起きて来ない。
それでも、ちゃんとSATAレジューム問題に対処するパッチを書いている人たちはいるし、UbuntuとかGentooといった勢いのあるディストロのカーネルには、すでに取り込まれていたりするらしい。
いろいろ試したら、HDDへの書き出しをともなうハイバネーションはできるようになった。AES暗号やLZなんとかという圧縮をしているらしく、カーネルでモジュールを作るか組み込んでおく必要があるとか、けっこう面倒。でも、やっぱりこうやって自分の手でLinuxを触っていると、「なるほど、そういうことをやるわけか。カーネルのAPIとしてAESを用意するのって、そういう意味があるのか」とか、そういうことが良く分かる。技術オタクにはたまらん。
ただ、HDDへ書き出すハイバネーションは、とてつもなく遅い。無意味に1.5GBもメモリーを搭載するもんじゃない。わざわざそのためにパーティションを切り直してスワップパーティションを追加したというのに……。
どこかでバッテリーテストを見かけたけど、ハイバネーションと、メモリに微弱な電流を流し続けるサスペンドって、たいしてバッテリーの持ちが変わらない。結局、電気を食うのは光るもの(バックライト)、回るもの(HDDとファン)、熱くなるもの(CPU)ぐらいで、メモリーなんて大したことないってことだ。PCを眠らせている時間は、ぼくの場合、せいぜい24時間程度なので、なおさらハイバネーションに魅力を感じない。
最新のカーネル、2.6.17.4をもってきて、Suspend2のパッチをあて、さらにBIOSのSATA設定でAHCIをCompatibleにすることで、メモリサスペンド(ACPIでいうS3)への移行と復帰ができるようになった。/etc/hibernate/hibernate.confでram以外の行をコメントアウト。これで「hibernate」と打つだけで、ちゃんとS3に遷移する。サスペンドも復帰も、異様に速い。Windowsのサスペンドと復帰と比べると、信じられないぐらい速い。Windowsは一体なにをやってるんだろうか。たかがHDDやファン、CPUを止めるぐらいの話じゃないのか。何か保険的な処理をやっているのだとは思うけど、もしWindowsでも、そういう処理の設定オプションを自分でいじれるなら、ぼくは全部オフにすると思う。落ちたら落ちたでいいから、1秒でも早くサスペンドしたり、復帰したりしてほしい。サスペンドに限らず、こういった選択の「自由」があって、選択についての説明が十分に与えられていることが、Linuxの魅力だ。
BIOSのSATA設定で互換モードのATA(hda)として使うと、DMA転送が効かず、信じられないぐらいディスクのパフォーマンスが落ちる。hdparmでリード速度をはかったら、1.5MB/secぐらい。「CONFIG_SCSI_ATA_PIIX=y」とやると、38MB/secに戻った。
Emacs関係を設定したり、サウンドを設定したり、ブラウザをカスタマイズしたり。うーん、いい感じになってきた。あとは無線LAN。
2006年07月09日
女児誕生
午前7時13分、無事に女児誕生。LDRに入ってから約12時間。「これは大安産ですよ」と助産師さんはいうが、ぼくも妻も、その言葉が信じられない。長かった。無事に出てきて良かった。
2006年07月05日
ひさびさLinux
ThinkPad T60はPC2-5300とか速いメモリなので、PC2-4300の3割ほど高い。HDDはSATAなのでATAの3割ほど高い。そしてLinuxは、SATAサポートが遅かったので、多くのカーネルでコケる。新しいとマイナス面も多い。
SATAもあるバージョン以降のカーネルではサポートされているので、たいした問題じゃないと言えばそうだけど、インストーラーのカーネルまで何とかして起動しようという気になれず、Ubuntuは断念。代わりに、Debianのtesting(etch)をネットインストール。
T60搭載のMOBILITY RADEON X1300は、新しめなのでATIのプロプライエタリードライバじゃないとXが上がらない。ドライバのインストールのためにカーネルをソースからコンパイル。どっちみちSMPサポートも必要だし、もろもろ考えるとカーネルを自分で作らないって選択肢はない。
それにしてもカーネルのmakeって何年ぶりだろうか。何か楽しい。experimentalなオプションのヘルプを読んでいるだけで、「そんなことになってるのか!」という驚きがたくさん。
いろいろ苦労しながらもATIのドライバーはちゃんと動いてGDMが起動した。GnomeやOpenOfficeの完成度がものすごく上がっていて驚いた。FirefoxやThunderbirdも、あまりにもふつうに動く。Windows上からブックマークをインポートしたり、ショートカットキー設定をいじったら、もうほとんどいつも通りの環境が再現できたり。Flashを入れたらYouTube.comも見れるし、totemというメディアプレーヤーでQuickTimeムービーもふつうに見れる。なんか、すごくあれこれ動きまくるのでビックリ。
「すごく動きまくる」とはいえ、無線LANやサスペンドあたりは、まだ自分で調べてカーネルだかドライバだかをホゲホゲしないといけないし、サウンドもまだ若干おかしい。
ロケールが最初からUTF8。ktermは今さら使う気がないし、Gnome系のアプリは問題がないけど、EmacsのUTFサポートがしょぼくて悲しい。Mule-UCSなんか使いたくないよなと思って、検索してみると、Emacs22系の最新版をCVSからcheckoutしてmakeすれば、かなりいい感じという話だ。なるほど。しかし、「何でそんな苦労してまで」という根本的なギモンが。Windowsと同等の環境を作って使うだけなら、Windowsでいいじゃないかと。
zshを使ってみたいというヘンな気持ちでLinuxを日常環境にしようと思っていたけど、それにしたって、実はGnomeのファイラーが良くできてるのでファイル操作は案外GUIに頼りそうだ。
ローカルでPostgreSQLを使いたいとかScheme遊びをしてみたいという、PCを使うことに対する遊びの欲求もある。しかし、非生産的かもしれない。
MovableTypeの画像アップロード処理があまりにヘボいので、画像ビューアーから右クリックで呼び出せるスクリプトをRubyで書いて何とかしたいとか、WindowsのEPWING辞書アプリにあきれかえっているのでEmacsのなかから辞書を引きたいとか、具体的なことも多くある。XMLの編集環境が欲しいとか、ちょっとした編集上の処理をスクリプトかelispで書きたいとか。しかし、やっぱり時間の無駄だろうか。
しかし、Windows的な発想、Windows的な環境に、もうホトホトうんざりだったりする。ちょっとしたことができなくてイライラする。
2006年07月02日
ThinkPad T60購入
ThinkPad T60を購入。VAIOでもLet'snoteでもなく、またしてもThinkPad。
直前まで買おうと思っていた機種ではなく、ショップ店頭で迷ったあげくに違う機種を買うという行動パターンは2年前と同じ。s30→X31→T60、つまり、B5(1.45kg)→B5(1.6kg)→A4(2.3kg)と買い換えるたびにサイズが大きくなっていく。小さいことにあまり価値を見いださなくなった。最近はDVDや音楽CDを扱う機会が増えたので、やっぱり光学ドライブも欲しいし。
15万円後半のT43を買うつもりだったのが、ショップ店頭で見てみると、T60も十分に安い。T43からT60の世代交代では、剛性もずいぶん上がっているし、細部でいろいろ変わっているので、新しいほうがいいに決まっているよなと思って、結局16万円後半になっていたT60の4AJを選択。Core Duo T2400(1.8GHz)、14.1インチ(1400x1050ドット)、512MB、60GB、RADEON X1300(64MB)という感じ。ドライブはDVDコンボだけど、まあDVDを焼くなら外付けで5000円のドライブでも買えばいい。メモリーを1GB追加。すぐにHDDを載せ替えるつもりで100GBのHDDを1万円ちょいで購入。なんてパワフルなマシンだ。
VMwareとかcoLinuxとかじゃなくて、ネイティブのLinuxを入れたい。Ubuntuが気になるところ。CPUが速いからGentooもありか。
2006年07月01日
結婚式パーティー
パーティーから3次会までずっとカメラ小僧になってしまった。150枚ほど撮った写真を適当に選んでzphotoを使ってフォトアルバムにしてみた。
2006年06月22日
トマトは果物だった……
飯を食いに外出。時間に余裕があったので、会社からやや離れた飯田橋方面を散策。裏通りには中華とインド料理がやけに多いことを発見。
何となくイケそうと思って入ったラーメン屋がはずれ。チャーシューはうまかったけど、麺もスープも、あまりにも昔の中華料理屋という感じ。期待が裏切られると、何か物足りなく感じる。気づいたら、ほっかほっか亭で鳥めし弁当を注文していた。たまに満腹中枢が壊れて食欲が爆発する。
ほっかほっか亭の弁当をくるむ紙袋には、トマトに関する豆知識が印刷されていた。また江戸時代に何チャラとか栄養がどうだとか、新品種はどうとか、そんなことだろうと思ってたいして興味を引かれなかったけど、ふと小さな囲みをみると「“野菜か果物か”を裁判で争った過去も」という短い文言が。
それは聞いたことがない。
さっそくグーグル。ずばり、裁判というのは“Nix v. Hedden”のことらしい。1893年の米連邦最高裁の判決で「トマトは野菜である」と決着がついている。1887年に果物に関税をかける法案が可決されて、あわてて「トマトは果物だからね」と訴えたのがNix一家らしい。
しかし一方、植物学者たちは分類学的には「トマトは果物の1種である」と結論づけている(Wikipedia:tomato)。植物学的には果物と見なすべきだけれども、一般家庭での調理法から見れば確実に野菜ということで、最高裁は訴えを棄却したとか。
トマトだけが境界線上にあるわけではなくて、ドングリ、アーモンド、キュウリも微妙な奴らだ。植物学者たちは、こいつらを果物だと言って恥じない。人をバカにするにもほどがある。
長年の煩悶が前触れもなく終わった。トマトは果物だったのだ……。しかし、そんなバカなことを主張するやつのフルーツパフェにはトマトだけじゃなく、ドングリとキュウリも入れてやれ。あ、アーモンドは最初から入ってるか。
だんぜん最高裁判決を支持する。
こういうとき、得意気に「トマトは学問的分類では果物だ」と言って、そのトリビアな、あまりにもトリビアルな知識のために常識的なやり方を認めないタイプの人間がいる。そういう人々を「トマト果物論者」と呼ぶことにしよう。
2006年06月04日
B級グルメ
銀座にある名古屋みそかつの老舗「矢場とん」。わらじとんかつを注文。Hanakoには200グラムだか220グラムとか書いてあったと思ったけど、もうちょっとボリュームがあったような気がする。いくらトンカツ好きのぼくでも飽きるなと思って、ふと横を見たら、同じわらじとんかつなのに、みそとソースのミックスが1列ずつ並んでいるのを食ってる男が! そんな応用技があったのかと悔やむ。昭和22年創業なんだとか。
前から気になっていた、西新橋の「カレーの店スマトラ」。ついに入ってしまった。530円で普通盛り。しかし、ぜんぜんおいしくなかった。粉っぽいカレー。昭和30年代から変わってなさそうな三角巾にエプロン姿の店員のおばちゃん(昭和時推定お姉さん)が3人。子どもが間違えてカーブを2つぐらい多く書いてしまった「S」の字のように、うねうねと店内を埋め尽くすカウンターテーブル。テーブルには、福神漬け、桜漬け、紅ショウガをもった小皿が、整然と20センチ間隔で並んでいる。小皿の数はざっと30~40個もあろうか。おかしいよ、この店。らっきょ60円とかサラダ60円ってのも。
客はみな常連っぽくて、オーダーの仕方や食べ方を見ていると「オレはもうここに通って20年だ」とか言いそうな感じ。
同じ老舗でも矢場とんは、これからも若い人が来て繁盛しそうだけど、スマトラのほうは、「この味が忘れられなくてね」という常連おじいちゃんとともに、後10年ぐらいで消えちゃいそう。
神保町、共栄堂のスマトラカレーが食べたくなった。
2006年05月30日
5辛カレー
投げるボールの軌道を考えていれば気づくと寝ているという幸せな入眠生活だったのに、急にまったく眠れなくなった。人並みにストレスか。案外自分も仕事のことで思い悩んでいるんだなと胃のあたりにムカムカするものを感じていたけど、実はそれは前日に食った激辛カレーのせいだったと、朝起きてから気づいた。いつもココイチでは3辛だけど、何年かぶりで5辛を頼んだ。毎日のように6辛だの7辛だの食べていたのが信じられない。やっぱり5辛以上は体調不良を来す。10辛食った翌日、寝込んだあの日を思い出した。10辛食った後にキムチをつまみにウォッカをストレートでがぶがぶ煽ったから、カレーだけが原因だったわけじゃないけど。
しかし、5辛を頼みたくなるぐらいにはストレスがあったりして。カレーを食い終わっても、まだ話の止まらない同僚も、相当いろんなコトにストレスを感じているようだ。
部署を異動して、もう3週間も経つ。
2006年05月20日
虹を吐く男
カナダから久しぶりに帰国している大学時代の友人らと持ち寄りランチパーティー。快晴なので屋上へ出てお茶したり。友だちの1歳と3歳の子らが可愛い。
突如、しめった風が吹き始めて、空が暗雲で覆われ始めた。生き物のようにうねり、立ち上るどす黒い雲は、雲というより、工場から吐き出される煙のようだった。まるでホラー映画を見るような不気味さがあって、「そろそろ退避したほうがいいんじゃない?」といって部屋に戻るなり、大雨が降り始めた。部屋の窓から外を見ると、雨の降っている領域と、降っていない領域の間に垂れたカーテンがダイナミックに揺れ動く様がみてとれた。久しぶりに青く晴れた広々とした空や、こうした雲や雨の動きを見たような気がする。都心から急行で30分も行けば、そんな自然にも出会える。
数時間後、雨が上がったと思ったら、くっきりと見事な虹が出ていた。副虹まで見えた。虹を吐く男になってみた。
投稿者 ken : 23:00 | コメント (3) | トラックバック
2006年05月19日
マグロマグロマグロ
久しぶりのヨーカ会。渋谷マークシティ横の魚料理店、福ちゃん。マグロ、貝類、かに、ウニ、ハマチ、もう食えないという量が出てくる。ご飯がほしかった。安い。

最近また月に1、2度はビールを飲むようになったというと、驚いて、なかぜショックを受けるという人が多い。「西村さんがやめたという話を聞いて、最近飲まないようにしてるのに……」とか。オレは変節漢だと常々言ってるじゃないか。
投稿者 ken : 23:22 | コメント (2) | トラックバック
2006年05月06日
結婚1周年、ようやく入籍
![]() |
婚姻届を手に | /tr>
![]() |
ここが入り口 | /tr>
![]() |
やってないー | /tr>
![]() |
ふーむ、裏口か | /tr>
![]() |
うん、こっちこっち | /tr>
![]() |
時間外受付 | /tr>
![]() |
守衛のおじさんが書類をチェック | /tr>
![]() |
時刻を欄外に記入。「10時3分」。 | /tr>
![]() |
何やら受け付け終了の書類を。後日電話で要受理確認 | /tr>
![]() |
しかし、ホントにこれで良かったんだろうか……。 | /tr>
![]() |
がっちり“捕獲” | /tr>
![]() |
地下鉄で若松河田へ移動 | /tr>
![]() |
旧小笠原邸。いまはスペイン料理のレストラン | /tr>
![]() |
75年前の建築当時には珍しかったというスペイン様式の建物 | /tr>
![]() |
ここは違う | /tr>
![]() |
前菜。うまー | /tr>
![]() |
パンツェッタにくるまったエビ。ソースを冷凍したしょっぱいアイスクリームにビックリ | /tr>
![]() |
魚のスープ | /tr>
![]() |
マス。パプリカのソースが薄味で上品。色鮮やか | /tr>
![]() |
子羊 | /tr>
![]() |
かにのパエリア。少ない…… | /tr>
![]() |
デザート | /tr>
![]() |
もう一発デザート | /tr>
![]() |
まったり | /tr>
![]() |
帰りは新宿でドーナツ | /tr>
![]() |
結婚1周年記念に急須を購入。無形文化財の玉川堂の鎚起銅器。いい色してる。 | /tr>
投稿者 ken : 19:29 | コメント (10) | トラックバック
2006年04月26日
香港の夜
香港在住7年というケータイマニア、山根さんの案内でケータイショップ巡り。お店もおもしろいけど、山根さんの話が興味深い。話を聞くなら、その道のマニアに聞けってことだ。
高感度でサクサクと撮れる一眼レフは、夜の街を撮るにはやっぱりいいなぁ。
投稿者 ken : 23:13 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月25日
香港出張
いいホテル。派手なイベント。
投稿者 ken : 23:52 | コメント (3) | トラックバック
2006年04月19日
インタビュー仕事
2日連続でインタビュー。1人は、いつも遊び心のあるGoogleのロゴの絵を描いている韓国系アメリカ人。1枚いかがですかと言われ、ロゴに直筆サインをもらってはしゃいでしまった。もう1人は、大手メモリーメーカーの合弁企業のCEO。CEOの女性と雑談で、サンフランシスコと東京の違いについて、あれこれ話していて、サンフランシスコがすごく懐かしくなった。
どちらのインタビューも和やかに、楽しく進んだ。内容もとてもおもしろい。こうやって人に話を聞いて、それをまとめる仕事がやっぱり好きだなと思った。技術を理解する力、文章を構成する力、語学力といったあたりが、やっぱり自分の強みに違いないし、それを活かせる仕事がいい。技術オタクが喜ぶネタを提供するというよりは、もう少し広い視野を持って、社会一般に先端技術やイノベーションを伝えるような、そんな仕事。市場の需要、個人や組織としての能力、ビジネスプラン、社内事情といろいろあって、やりたい仕事をやるというのはなかなか難しい。
思った以上に英語が大丈夫な自分に、いい意味で驚き。1つは通訳がそもそもいなかったし、もう一方では通訳の人に「ぜんぜん通訳は不要でしたね、失礼しました」と言ってもらえた。あまりしゃべっていないので、やや舌がもつれることはあるものの、読み書きが日常になっているからか、特に語学力が落ちたという感じはない。むしろ、ここ2年ほどは、ゆっくりゆっくりと伸びていっているように感じる。
投稿者 ken : 23:34 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月18日
バイクひさびさ
バイクを修理。キャブレター解体とかオイル交換。基礎点検料込みで1万9000円は安いのか高いのかよく分からない。
去年の夏以来、8ヶ月ぶりに乗るバイク。車両感覚がつかめるかどうかとか、クラッチ操作がスムーズにできるかが少し不安なので少し慣らし運転しようかと思ったけど、面倒だったので、いきなりふつうに走り出してみた。まったく不安もなく、バイクがまた手足のように動き出す。身体の記憶というのは不思議なもので、何も考えずに運転できる。
春風が気持ちいい。原付と違って加速もいいし、70kmで走っても捕まる心配がないというのはいい。
投稿者 ken : 11:31 | コメント (1) | トラックバック
2006年04月16日
法事
浅草へ。義父の3周忌。リスニングの練習だと思ってお経を聞くのが常だけど、今日は眠いのでぼんやり。「母を殺してでも……」というフレーズがあった気がする。何のお経なんだろうか。でも、葬式仏教にはあまり興味がない。
77、8歳になろうかというおばさんが、「ケータイのメールは最高ね」と楽しそうに話すのに驚き。友だちと韓流話を延々とメールでやりとりしているんだとか。時代は変わった。
東京駅を眼下に見下ろす丸ビル36階、イタリアン「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」。ウサギのお肉がなかなか美味。やや量が少ないことをのぞくと、けっこうなお食事。
投稿者 ken : 20:49 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月12日
小柴先生?
小柴昌俊先生が人生を楽しく生きる100の言葉という本を出したようなので、ちょっと立ち読みしてみた。繰り返しっぽい言葉が多いものの、肩の力がほどよく抜けてくる、いい本だなと思った。帯には90歳とある。なんかヘンだと思ったら、著者は小柴先生ではなくて、斎藤茂太だった……。似てる……、いや似てないか。

投稿者 ken : 23:54 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月10日
宮崎帰省
両親の住む宮崎へ。土曜の朝イチで出かけ、月曜のお昼に東京に戻った。
日南海岸沿いの波状岩、通称“鬼の洗濯岩”をみて最初にぼくが言ったヒトコトは、「ここらへんまでは人工的に作ったもんでしょ?」だった。「あんたバカね、何いってんの?」と母。知らないぼくがアホだった。鬼の洗濯岩のことについては、割と最近、日本の名所なんたらという本で写真付きで読んだばかりだったというのに。
|
|
奇妙な形に波に浸食された洗濯岩。 |
|
|
鳥居を足蹴に不遜なポーズ。 |
|
|
こんな不思議な形の岩も。 |
それほど宮崎については何も知らなかった。有名人も名所も、歴史上の人物も、特産品、うまいもの……。しかし、知らないのも無理はなく、宮崎出身の有名人は誰かと地元の人に尋ねると、よく分からない元宮崎市長か何かの名前を他県の人に言ってキョトンとさせるらしい。全国区の有名人がいない。いま改めて検索してみたら、「若山牧水、銀色夏生、鬼束ちひろ、今井美樹、永瀬正敏、斉藤慶子、そのまんま東」あたりが宮崎出身らしい。
一時的とはいえ、定年退職後に第二の人生を送ることになった宮崎。そこに住む人々の県民性について、父も母も「とにかくノンビリしているよ」と言った。肯定的に言えばノンビリだけど、否定的に言うと「ぼんやりしてる」となる。内向的でシャイ。エレベーターで会っても挨拶もしない。クルマの運転がヘタでマナーもひどい。東京転勤だというなら会社を辞めるとまで言い出すほど宮崎を出ようとしない。仕事がないから、単純労働を何人もでシェアしていて、人件費も安く、労働の質も低い。何より、これといって産業がない。
九州の他県に比べても、とりわけ目立たない。日南海岸は泳ぐにはいい砂浜が続いてるものの、大型船を何台も停泊させられるような自然の良港に恵まれなかった。四方を山で囲まれ、それで孤立していたのが宮崎じゃないかと、父。熱海に続いて新婚ブームに沸いた時代も今は昔。数万円でハワイに行ける時代に、誰も宮崎になんて行かない。宮崎市内、最大の観光名所のひとつ、青島へ通じる海岸沿いの商店街は見るも無惨な閑散とした通りだった。30年前で時間が止まったような写真館や雑貨屋、喫茶店の宣伝文句が、かつての栄華を偲ばせる。ぼくらが行ったのは土曜日の午後だというのに、広々とした食堂兼おみやげ物屋には、見事に客がいなかった。ただ、手持ちぶさたにしている店員が数人おしゃべりしているだけで、壁にかけられた、大量の「○○観光」という看板の連ならりが妙にむなしく光っていた。
|
|
がらんどうの食堂。 |
物価が安い。同じ日本と信じたくないほど野菜や魚、肉類が安い。宮崎産の牛肉は安くてうまい。魚は特筆するほどうまいというわけじゃないけど、断然安い。最近静岡を抜いて全国でも屈指となっているのが養鰻。これも、ビックリするほどうまいわけじゃないけど、東京で食べたら2、3倍はしそうな、けっこうなウナギが1500円程度で食えた。「入船」という有名店は、常時1時間待ちとなるほど他県からも人がやってくるところで、お店の隣に立てられた待合い所や、通りをへだてて面した神社には、順番待ちの人々が大量にあふれかえっていた。まさか、ウナギごときで、校内放送みたいなアナウンスで名前が呼び出されるとは驚き。
|
|
ウナギはおいしかったけど、大豆の白い粉でできたような“呉汁(ごじる)”にはウグッと来た。 |
物価が安く、土地も安い。そりゃあ、地方公務員にでもなれれば、それで御の字。ノンビリ暮らしたくなるのも分かる。
「ね、どこもキレイにしてるでしょ?」とクルマを運転しながら母が言う。植木や道路沿いの並木が、確かにどこもキレイに手入れされている。そこここで、南洋性の色とりどりの草花が鮮やかに咲き誇っている。ふつうの人家の植え込みに咲く花でさえ、マメに手入れされているような感じ。宮崎はどこも花がきれい。
花といえば、西都原(さいとばら)古墳群の菜の花畑は圧巻。広々とした野原の一角が、見事に真っ黄色。子どもでなくとも中に分け入って写真を撮りたくなるような場所。遅咲きの八重桜も、まだかろうじて桜らしさを保っていた。山裾には赤、紫、黄色の、名も知らぬ木々の花々が咲き乱れる。田園と古墳と山裾の花々を背景に、復元された藁葺き屋根の古代家屋を見ていると、まるで日本昔話の世界に紛れ込んだような気分になるのだった。そしてやっぱり見渡す野原に人影はまばら。これが東京近県だったら、どこを見ても人、人、人という光景だったろうと思う。
|
|
広々とした菜の花畑。宮崎の光景は何が違うんだろうかと思ったけど、母の言うとおり、「遮るものがない」のが大きい。高い山やビルがあるわけでもなく、どこも平坦な視界が広がる。 |
鬼の洗濯岩が眼前に広がる絶景の露天風呂に行くと、男湯、女湯ともに貸し切り状態だった。母と妻は、地元のおばあちゃんの「聞き取れない」方言を聞いていたりしたらしいが、ぼくと父は文字通り親子水入らずで、いろいろおしゃべり。
|
|
貸し切り状態の露天風呂。 |
パイロットという専門職を経て、安全運行管理という経営の直下に位置する現場で働いてきた父とは、職種も経歴もぜんぜん違うけど、「仕事とは? 職業倫理とは?」という話をすることが多い。別に会話を重たく感じているわけではないけど、私的なことより、どうでもいい公的なことを話すほうが気がラクという感じもある。
父は急に昔話を始めた。以前に聞いたような気もするし、初めて聞いたような気もする。その日訪れた鵜戸神社は、父が高校生時代に文通していた女性との逢い引きの場所だったという。大阪と九州と、遠く離れて文通していた2人は、ある時、父が同級生と企画した九州旅行にあわせて、鵜戸神社で待ち合わせすることにしたという。滞在時間の決められたバスツアーで神社に到着した父一行は、さほど入り組んでもいない境内をあちこちうろついたあげく、とうとうその女性とは会えず仕舞いだった。その後の手紙のやりとりでは、確かに指定の日時に先方も神社にいたことが分かったという。「高校生やったからなぁ、いまにして思えば、うろちょろせんと、出口んとこで待っとったらええだけの話やねん。同級生にも、さんざんおまえアホか言われてなぁ」。すれ違ったきり、2人はその後は会うことがなかった。「いまみたいに携帯電話があったら、少なくとも会えんいうことはなかったやろうにな」というと、「せやな。まあ、あのとき、会ってたらおまえは生まれてなかったかもしれんな」といって父は笑った。「そのほうが人生が幸せやったのか、それとも会えんかったのが結果として良かったのか、それは、まあ分からんな」。それほどの思い出の場所だったとは知らずに今しがた歩いたばかりの神社の境内の様子を、ぼくは心の中で反芻した。海岸沿いの崖っぷちに作られた参道にはソテツ。神社の朱色の建物と、青い空、ソテツの緑が美しいコントラストをなしていた。約半世紀という長い時間を隔て、成長した自分の息子や義理の娘と一緒に安産祈願をすることになるとは、父も、さぞ不思議な感慨にとらわれていたに違いない。
|
|
空の青や木々の鮮やかな緑、朱の建物のコントラストが美しい鵜戸神社。 |
長湯の苦手なぼくにしては、だいぶ長い時間、湯に入ったり出たりを繰り返していた。洗濯岩の先のほうで、さっきまで波にのまれていたサーファーたちの姿が消えていた。すでに月は黄色みを帯び始めていた。
投稿者 ken : 23:34 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月04日
4次元胎児
午前中病院へ。定期検診と、胎児の立体造影。超音波エコーをコンピュータ処理して胎児の立体映像をリアルタイムで画面に描く。「4D」などと呼ばれる立体造影処理の機械は、GE製で定価5000万円のところ、3000万ほどで購入したらしい。担当医によると「回収できない投資じゃないかと言われてます(笑)」ということ。でも、みんな胎児の顔を見たいと思うもの。直接的な収入ではマイナスでも集客効果は十分にあるんじゃないだろうか。
762グラム、頭の幅6センチの胎児は、すでにアクビのような仕草もすれば、目も開く。手足を盛んに動かしている。もこもこと輪郭が曖昧で背骨が浮かんで見えたりする胎児は、見慣れないこともあって、可愛いというより、バイオハザード的なグロテスクさ。太ももが胴体から切断された状態で動いていたりする。
投稿者 ken : 23:26 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月03日
mixi
mixi中毒というわけでもないけど、mixiにどっぷりという感じだった同僚が「いや、mixiやめてブログにしようかなって思ったりする」と言ってたので、ちょっと意外に思った。「まだmixiなんてやってるんですか?」と、わざと驚いたように言ってみせるのが、ここ半年のぼくの反応。柵で囲ってもらえないと安心して遊べないのか。ソフトウェア、ハードウェア、サービスのどれでも、ぼくは囲い込まれることが極端に嫌いだ。
人事発令を見たら、3月末で勤続20年クラスの人が、たくさんやめていっていた。
投稿者 ken : 23:25 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月22日
瞬間最大視聴率56?
ノンビリと散歩したり、夫婦そろって博物館で宇宙線を眺めていた時間帯、世間は野球のことで大騒ぎだったらしい。後からネット上のニュースサイトで知った。アメリカの超大国的エゴむき出しの誤審騒ぎは知っていたけど、瞬間視聴率56%となるほど日本じゅうが沸き立っていたとは。浮世離れはいまに始まったコトじゃないけど。
どうしてもWindowsにガマンならなくなって、一度は消したcoLinuxを入れ直した。今度はちゃんと設定しよう。Gentooにしようかと思ったけど、いちいちノートPCでコンパイルなんてしてられないので、やっぱりDebian。
投稿者 ken : 23:50 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月21日
国立科学博物館
上野の国立科学博物館へ。特別展でやっていたナスカ展は、1400円とやけに高いし、イマイチ見る気にならず、常設展だけ見てみることに。常設展は概して子ども向け。科学雑誌ニュートンの立体版といったところ。最新の知見を紹介するというより、理科の教科書的な話ばかりなので、ちょっと期待はずれ。考えてみたら、仕事でナノテク展などといったものを取材しているぼくは、ふだんから最新技術の博物館巡りをさせてもらっているようなものだ。
1つだけ感動したのが宇宙線観測のための霧箱の展示。
宇宙線が突き抜けるときに、その軌跡がスーッと白い糸のように現れて、すぐに文字通り“霧消”する。アルコールを蒸発させて帯電した微小粒子を箱の中に浮遊させておき、そこに電極をかけるかなんかして霧が上から下に流れるようにしておいただけの装置。そこを宇宙から降り注ぐ荷電粒子が通過すると、その軌跡に沿って粒子が引き寄せられて白い糸がふわっと現われる。地下2階でも建物や人体を貫通して、実際に宇宙線が降り注いでいるんだなってことが目の前で見て分かる。こんなに簡単に見えるものだとは思わなかった。
最上階での展示も、ちょっと良かった。前々から読んでみたいと思っていた江戸時代の百科事典、『和漢三才図会』の実物とか、杉田玄白の『解体新書』の展示が興味深い。ちょっとぐらいページを繰ってみたかった……。電子を使わない、歯車と稼働部品の組み合わせによる機械式“計算機”関係の展示もおもしろい。9元連立方程式を解くことができたという1944年製の機械は、出来損ないのパイプオルガンのようにも見えた。詳しい解説がなかったので仕組みはサッパリ分からなかったけど、1本1本の筒がアルゴリズムそのものを体現しているんだということは分かる。そのむき出しのアルゴリズムに、近代的なブラックボックスのコンピュータよりも、かえって人間の知恵そのものを感じる。潮の満ち引きの水位予報のために気象庁が1930年から1960年まで使っていたという“ケルビン式潮候推算機”は、複数の滑車を組み合わせてサイン関数の合成をやってのける。よく分からないけど、なんかすごいアイデアだ。
|
|
人力で1アンペアの電流を発生中。 |
|
|
宇宙線の軌跡を観測できる霧箱。秒間10~20本程度、白い糸がスーッと現われては消える。 |
|
|
化石の多くはレプリカ。まあ、そんなもんなのか。 |
|
|
インテリアによさげな植物の化石。動物が陸上にあがってからは裸子植物は被子植物に負け始めるという話だっけ。 |
|
|
おお、イデオロギー性が感じられる展示。博物館って教育機関だし、洗脳機関でもあるわけだ。 |
|
|
江戸時代の万年暦時計。そういえば、“一刻(いっとき)”というのは昼夜をそれぞれ6等分した時間のこと。ということは、夏と冬では一刻の長さが違うのか。知らなかった。 |
|
|
江戸時代の百科事典『和漢三才図絵』。これ、いま電子書籍版で販売されていて、いつも購入ボタンをクリックしそうなところまで行くんだけど……。 |
|
|
零戦の模型。かなり精巧に出来ている。外国人2人が、すごくマニアックな議論を戦わせていた……。そばに、後の東大工学部となる、日本初の工学系の教育機関の紹介があった。日本が近代化、工業化を進めた時代のエリートたちの、ノート、論文、設計図などを多数展示。 |
|
|
9元連立方程式を解くことができたという1944年製の計算機。アルゴリズムの概説ぐらいは展示してほしい。 |
|
|
潮の満ち引きの水位を予測するための、計算機。気象庁では1960年まで現役として使っていたというから驚き。滑車が滑らかに上下する様子を見てみたかった。 |
|
|
むかしの人が考える「コンピュータ」って、こんな感じだ。バビル2世が使っていたのは、これの親玉。えーと、これは何だっけ……。 |
|
|
不忍池の向こう側に見えている、このヘンチクリンな建物は何? |
投稿者 ken : 23:45 | コメント (3) | トラックバック
2006年03月20日
ロースクール
約1年ぶりに会うケンタロウと飯田橋の居酒屋へ。日々、睡眠が足りなくなるほど激しく勉強しているらしい。ロースクールに入れば、もはや法曹界の入り口に立ったも同然という感じかと思ったけど、そんなに甘いものではないらしい。
法律の話はなかなか楽しい。
投稿者 ken : 23:23 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月18日
ローリーズカット
代々木公園でたっぷりジャグリング練習をしたあと、妻と待ち合わせて溜池へ。マイクの誘いでステーキハウス、ローリーズへ。マイクが新しい恋人を連れてきた。
ローリーズは、内装も店の雰囲気も、きわめてアメリカン。サラダの作り方、ステーキのもってきかた、食後酒の案内、どれもアメリカン。唯一、オードブルの海鮮盛り合わせの量だけがジャパニーズ。エビが2匹って少ないよ……。
ワゴンに入った焼きたてリブステーキを「カーバー」が好きなサイズに切ってくれる。一瞬聞きまちがえたかと思って「カーバーですか?」と聞いたら、カーバーだと言った。そんなところまでアメリカンかよと思っていたら、そのカーバーは中国人だった……。東京ってところは……。
少しだけナパ産のワインを飲み、たっぷり肉を食って、チョコレートケーキまで食べてお腹いっぱい。
投稿者 ken : 23:31 | コメント (1) | トラックバック
2006年03月16日
司法試験クイズ
司法試験クイズがちょっとおもしろい。マルバツ選択方式なら、民法あたりは割と常識で正解できる。「善管注意義務」とか聞き慣れない法律用語もあるけど、文脈から何となく意味を推測できる。
20問中10問ぐらいまで続けて正解して気を良くしていたら、常識に反するようなビックリする問題が次々と出てきた。解説で条文や判例を読むと、それなりに納得できたりして感心。法律って良くできてる。
やや引っかけっぽいけど、たとえばこんな問題。
X男はY女と婚姻する意思はなかったが、Y女はX男の署名欄にX男の氏名を記入しX男の印を押して婚姻届を市役所に提出した。この場合、X男はこの婚姻を取り消すことがで きる。
なんと正解は「取り消せない」。なんでやねーん、そんな無体な……と思って解説をみたら、婚姻の取消事由は法に規定がある以外はできないということ。じゃあ、こんな場合の正義はどうなるんだと思ったら、正解は「人違その他の理由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」(742条1号)にあたり、そもそも婚姻関係が成立しておらず、無効だということ。
うーん、注意深く読めば「婚姻届を提出した」としか書かれていなくて婚姻が成立したとは言ってない。でもなぁ、「取り消せるか?」と問いかけるためには婚姻関係の成立を暗黙の小前提として必要としているんだから、ある意味これは問題文自体に間違いが含まれている。こういう出題形式って、引っかけっぽくて良くないと思う。これはクイズだから? それとも実際の短答試験でもこんなものなんだろうか。
Xが死亡し、X所有の不動産をBCが共同相続したが、Bが相続を放棄したため、Cが同不動産の所有権を取得した。Cが登記を移転しないでいるうちにBの債権者DがBの持分 について差押をした場合、CはDに対して所有権の単独所有を対抗できない。
常識的に考えると、CはDに文句を言えなさそう。ところが、答えはまったく反対。いわく、「相続の放棄の効力は絶対的であり、放棄した者への権利移転はまったくなかったものとみなされる(最判昭42.10.20 Sシリーズ5・153頁)」という判例があるんだとか。相続問題は後を引きやすいから、こうなってるんだろうなぁ。
会社法はどんなもんだと思って出題形式として「定義」のところをクリックしたら、いきなり「発起人」の定義を入力せよと来た。マルバツじゃないのか……。「会社を登記した人」と書いたら、ぜんぜんそんなことじゃなかったらしい……。っていうか、考えてみたら、「登記」という言葉の使い方はきわめて不明瞭だ。発起人の定義の模範解答は「会社設立の企画者として定款に署名した者」だそうで、「署名がなければ法律上は発起人として認められず、擬似発起人として責任を問われうる」ということ。ふーん。
法科大学院に通っているはずのケンタロウは元気かしら。ここを見てたらメールでもちょうだいな。
投稿者 ken : 23:28 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月15日
人嫌い
isolatr.comが、ちょっといいなと思った。IMやSNSは、急激に人間の距離感を狂わせたんだと思う。IMは歴史が長いぶん、ICQが登場したころとは少し違った間合いの取り方が一般化しているように思う。IMではバディーリスト上の人々にあえて挨拶をせず、ただただ「オンラインとオフラインがときどき変わってるらしい」という情報だけで、相手の消息を知るような、そのぐらいの間合いの取り方が一種のマナーとして確立している(と思っているのはぼくだけで、ぼくがlonerなだけなのか)。SNSはどう変わっていくんだろうか。
「君子の交わりは淡きこと水の如し、小人の交わりは甘きこと甘酒の如し。君子は水を以て親しみ、小人は甘を以て絶つ」「君子は和して同せず、小人は同して和せず」なんてのがある。
投稿者 ken : 23:17 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月12日
コンラッド宿泊
妻の後輩の結婚式の二次会で汐留に。ご招待客割引があるということだったので、パーティーのあとはコンラッドホテルに泊まった。眼下には浜離宮、目と鼻の先にレインボーブリッジが見える、眺めのいい部屋。機密性の高い部屋ということもあるかもしれないけど、すごく静かな部屋だった。夜の汐留あたりは、まだ人が少ない。異様にクリーンで人工的な一角。東京と思えない。知らない都市、未来都市にでも旅行に来たような感じ。
投稿者 ken : 23:46 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月04日
買い物
新宿へ買い物へ。A店でのジャケット、セーター、シャツ3点のお値段が、U店でのチノパン3本の値段の約7倍。U店の春物ジャケットは見るからに安っぽい。
X店でお好みともんじゃを食べた値段と、K店でコーヒーとケーキを頂いた値段がほぼ同じ。
モノの値段って。
投稿者 ken : 23:24 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月25日
水天宮
水天宮へ。翌日が大安の戌の日で、安産祈願のお参りはピークが予想される。今日は仏滅。こんな日にお参りするのは、ぼくらのような「そんなん関係あらへんで」という脳天気な夫婦か、よほどのバカかのどちらか。
信心がないなら、そもそもお参りなんてしなくていいわけだけど、子の健康や無事な生誕を祈る親の気持ちというのを受け止める「何か」というのはあっていい。水天宮はそれを果たしている。水天宮の発祥は700年前にさかのぼるらしい。壇ノ浦で源氏に破れた平家側の誰それを祀ったのが最初なんだとか。700年の間に、いったいどれだけの人々がお参りしてきたんだろうか。という歴史はあるにせよ、ほんのちょっとの祝詞で3000円はやっぱり高い。義母のことがなければ、たぶんお参りなんてしていない。まあ、文化財を守るための寄付のようなものか。
人形焼で有名という重盛で「ゼイタク煎餅」などを購入。義母がわんさか買って、わんさか発送していた。煎餅や人形焼が、これまた驚くほど高い、強気の価格設定。それでも文字通り飛ぶように売れている。
軍鶏料理で知られる「玉ひで」へ。創業1760年で8代目なんだとか。鶏刺し、鍋、親子丼と、どれもなかなか。この手のお店で「もう食えない」というほどの量が出ることは珍しい。飴色になるまで炊いた皮がうまい。卵と鶏肉しか入ってない親子丼も、どうやっているのかわからないけど、卵がご飯にうまくふっくらと絡んで絶品。何代目かのおかみさんが、あるとき鳥鍋に卵を落としたのが、そもそもの親子丼のはじまりなんだと給仕の人が説明してくれた。でも、まさか親子丼という残酷な名前はその女将さんがつけたわけじゃないですよねといったら、「さあ、どうでしょうね」と笑っていた。
義兄のクルマで日本橋に移動。オープンしたてのマンダリンオリエンタルホテルへ。汐留のコンラッド、六本木のグランドハイアットと並ぶ、新々御三家の1つ。東京はホテル戦争が激しい。そして、どれもやたらと中が暗くて豪華だ。最上階のラウンジでお茶。夜景がキレイだった。おしっこが夜空に飛んでいきそうな男子トイレからの夜景もなかなかオツなものだった。
投稿者 ken : 23:01 | コメント (6) | トラックバック
2006年02月24日
学生ベンチャー
学生ベンチャーの代表が来社してプレゼン。採算分岐点のことを尋ねたら、やや口ごもったりして、ビジネスマンとして見ると、少し頼りない感じだけど、大学4年生としてみると信じられないぐらいシッカリしている。今どきの学生さんはすごい。統計上の数字として、ベンチャーが増えているとは聞いていたけど、実例を見ると実感がわく。
ターゲット層の生活スタイルを変えて食い込むというんだから、たいした度胸だ。「電車のなかでボーッとしている人が多い。あるいは運動している人の頭は動いていない。そこに向かって音のコンテンツを出していきたい」という話。確かに消費者の行動様式が変わって大成功するかもしれないけど、行動様式が変わると確信する起業家の信念というのは、たいてい根拠がない。それでも絶対みんな使ってくれて喜んでくれるはずと信じてやる。
若くて思慮が浅いぶん思い切ったことができるのか……。
一方、こういうとき、たいした思慮もなくネガティブな意見しか言わない人間も多い。企業の中堅には特に多い。それは会議で新しい企画が出たとき、「そんなのうまく行きませんよ」と言っておけば、賢くみえるからだったりする。実際ほとんどの新アイデアや挑戦は失敗に終わる。8割が失敗に終わるんだから、「うまくいきませんよ」と言った人間は「ほらね」と言うばかり。でも、そんなチキン野郎の言うことばかり聞いていたら、既存のビジネスがシュリンクするにつれて会社は活力を失っていく。成功したビジネスの多くは、最初みんなが懐疑的だったものであることも多いはず。
一生懸命な学生ベンチャーのプレゼンを聞いていたうちの1人が、さもめんどくさそう、忙しそうに、「じゃ、こんなところで今日の話は……」と、その場を閉じようとしたことに、ぼくはムッとしたりする。忙しいのは何もアナタだけじゃないし、5分や10分、若い人の新しい話を聞けないようなオトナってつまんない。正直、ぼくも音コンテンツビジネスの前途は多難だなと思ったけど、むしろアイデアは順当だし、立ち上げのタイミングとしてはすごくいい。可能性もないわけじゃない。
バタバタと会議室を出て行く人たちに、深々と頭を下げて「よろしくお願いいたします」と言う学生さん。こういう人に、がんばってほしいなと思った。
投稿者 ken : 23:31 | コメント (2) | トラックバック
2006年02月23日
ナノテク
ナノテク展で2日連続で東京ビックサイトへ。技術系の記者といっても、コンピュータやネットワークばかり見ているので、加工技術や材料工学っぽい話は疎い。工業新聞系にもほとんど目を通していない。最近はCPUの内部処理とか無線通信の物理レイヤーの話といった低レベルのことよりも、アプリケーションやサービスのレイヤーが断然おもしろいので、物理的な世界はちょっとご無沙汰。
そんなこともあって、ナノテク展は、ものすごく新鮮な刺激に満ちていた。どのブースで説明を聞いても、オドロキと感動の連続。人間の知恵と技術の進歩って、本当にスゴイなと思った。物理学科出身の血が、ちょっと騒ぐ。
いちばん驚いたのは、カーボンナノチューブの先端にダイヤモンドを結晶させるという話。カーボンナノチューブは筒の内部に電子を通すと、カッパーなんか比較にならないほど伝導率の高い導線となる。金属中の自由電子が飛び回るのと違って、炭素原子に周囲から閉じこめられるようにして、筒のなかの中空部分をドドドッと電子が文字通り流れるというイメージらしい。立体的な多層回路をもつLSIでの、層間をつなぐ部分や、マルチコアCPUのコア間通信の部分に応用すれば、一気に消費電力や発熱量を下げられるという。ただ、カーボンナノチューブをシリコン基板に定着したり、あるいは発光ダイオードに使おうとすると、いろいろまだ困難があって研究中だという話。発光ダイオードとして使うと、耐久性が問題になる。それが、先端にダイヤモンドを結晶させることで回避できるようになりつつあるという。メタンガスを吹き付けてなんちゃらかんちゃらすると、チューブの端に、確かにダイヤモンド様の炭素の多結晶が析出するらしい。
基板上にカーボンナノチューブを、貝割れ大根のように成長させる技術というのもすごい。金属を成形するより、はるかに微細な構造を作れる。携帯の基地局で発生する高い周波数の電波を扱うとき、その発熱を逃がすのに、そうして作られたカーボンナノチューブによるナノレベルの冷却フィンが使われているらしい。
さらに驚いたのが、DNAを計算回路に使う話。いわゆるDNAコンピュータは、人工的に合成したDNAを試験管のなかで混ぜて、その反応そのものを計算に使おうという発想だと思っていたけど、そういう話じゃない。でも、大阪大学の川野研究室がやっているのは、基板上にDNAを結晶させて、そこで自己組織化したDNAのネットワークを、計算回路そのものにしてしまおうという、ウルトラフューチャリスティックな研究。DNA上の塩基をうまく揃えたり接続することで、基本論理素子が構成できるとか。いまのところ、「基板上にDNAの網の目ができた」という段階で、まだどうやってパターンを作るかというところまで話は進んでいないというけれども、アイデア自体は、本当に21世紀的だ。
それにしても50行程度では、何も書くことができない。
投稿者 ken : 23:28 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月15日
コトの本質
丸激トーク・オンデマンドが、相変わらずおもしろい。ライブドア問題の総括が大変によい。各国での証券市場の使いこなしと失敗の歴史や、そもそもの証券市場の存立要件、社会ごとに異なる法システムと運用形態の関係なんかを、ちゃんと見通しのいいパースペクティブに置いてみせてくれる希有な解説。錬金術にまつわる枝葉末節の技術論はビジネス誌に任せます、と言い切る姿勢がいい。そうそう、知りたいのはコトの本質なんですよ。聞きたいのは学問的蓄積の上に繰り広げる本質的な議論であって、にわか勉強した記者やプロデューサーがやっとこ書いた原稿なんかじゃないし、まして似非アカデミシャンの世論におもねるような意見なんかでもない。
投稿者 ken : 23:39 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月14日
藤原氏
とうとう文藝春秋までもが藤原正彦の恥ずかしい文章を載せた。商業主義もいいけど、ブランドを傷つけるようなことは、やめておけばいいのに。ニッパチで売上が落ちる時期かもしれないけど、そのための芥川賞全文掲載じゃなかったのか。
養老さんに続いて、藤原さんまでもが、恥ずかしい道を歩み始めたように見える。これじゃあ理系の研究者がますます世間知らずだとバカにされるだけだと思う。藤原さんのエッセイ、好きだったのになぁ。国家や文明のことなんか、人前で論じるだけの力量がないんだから、論じなければいいのに。こういう善良な人々を踊らせる出版界、メディア界って、罪だよなと思う。
投稿者 ken : 23:25 | コメント (3) | トラックバック
2006年02月12日
グラッパボンボン
ザ・トーキョー・レストランへ。バレンタイン特別おまかせメニューをオーダー。ハマグリで作るボンゴレ・ビアンコも、鱈と白子にパン粉をまぶした香草焼きも、イベリコ豚もうまかった。チョコにグラッパを入れたという“グラッパボンボン”もスイート。ウィスキーのような辛さがなく、濃厚な大人の味。チョコにはワインやグラッパのほうが合うのかも。
投稿者 ken : 23:07 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月10日
上品さ
ソフトバンクの決算説明会。業績がいい。過去にはいろいろ言われたけど、ホリエモンという「下の下」の比較対象があるから、得している部分もあるかも。下品で、教養がなく、バカなホリエモンと比べれば、たいていの経営者は人格者に見える。「法的コンプライアンスも企業統治も、どの口が言ってるんだよ、笑止」という皮肉な見方もあるけど、まあ真面目にやってて、業績も会社も良くなってるんだなという印象。人が変わろう、良くなろうとしているのに、それを鼻で笑うのは人間として最低の、下品な行為だと思う。記者会見で隣に座った小キタナイ人間が鼻で笑っているので、そのことに対してムカムカした。「あのソフトバンクがねぇ」と皮肉るのは、じつに品のないジョークだ。欠陥や失敗や悪意や未熟さや、そんなものは世の中に溢れている。それにどう臨むかを見ようじゃないか。
孫さんの口調が非常に上品で丁寧なのに驚いた。そういえば生で見たのは初めてだった。計算された「社長口調」で、実はウラではやくざばりの怒声を飛ばしまくってる可能性もあるけど、少なくとも、とてもマットーな大人のビジネスマンという印象を与えることに成功している。社長の大事な仕事だ。質問にも非常に真摯に、歯切れ良く答える。技術のこともよく勉強してるし、まじめなんだな。まじめに世の中を良くしようとか、技術をあるべき姿で普及させようとか、人々を幸せにしようとか、自分たちはそのことによってワクワクしようとか、そういうことを考えている。当たり前の企業人だけど、そういう純朴さと、ビジネス上のしたたかさを兼ね備えた人材って、IT業界には希有なんじゃないだろうか。
孫さんの上品さに打たれたからじゃないけど、ぼくも最近は上品になりたいと思うようになった。態度や口調といった外堀から埋めてみようか。外壁のほころびを取り繕っているあいだに、中身なんて何とかなるもんだ、きっと。
投稿者 ken : 23:50 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月16日
訃報で感じる自分の加齢
漫画家・加藤芳郎さん死去という訃報に触れて、ちょっとググッてみた。NHKの連想ゲーム(だんさんおおわださん、だんさんっ)が懐かしい。ぼくの記憶にある加藤さんは、50がらみのおじさんだった。いつのまにか80歳になっていたなんて……。最近、「あのおじさん、いつのまにかおじいちゃんになってたのか。死んじゃったよ」と感じる訃報が多い。自分がいかに確実に年を取っているかがわかる。
投稿者 ken : 23:30 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月15日
初めてのマンガ喫茶
初めてのマンガ喫茶。『このマンガがすごい』だったかでトップになっていたので、浦沢直樹×手塚治虫『PLUTO』、矢沢あい『NANA』を読んでみた。ふーん、という以上の感想はなし。マックのハンバーガーを食べながら、ツタヤで借りてきた三谷幸喜の映画を見た。下流な感じの1日だ。といっても、マックはいつも食ってるけど。
投稿者 ken : 23:25 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月14日
COSTCO
妻の人の友人にクルマで連れて行ってもらい、幕張のCOSTCOへ。アメリカ並みの、というよりアメリカそのものの、巨大なホールセールのスーパーマーケット。たまに来ると楽しいかも。港から直接積み荷を持ってきましたという感じの陳列が迫力。フォークリフトでさっきコンテナから降ろしたばかりといった風にズドドドドと並ぶハイアールの洗濯機を眺めていると、ああ、輸出入ってこうやって行うんだなと、社会科見学でもしているような気分になってくる。肉もチーズも牛乳も、なにもかもがでかい。「安い! でかい!」と言い続けていた。
しかし、ハイアールにしても、GEにしても、日本じゃ絶対市場取れないよな。ださすぎる。
投稿者 ken : 23:22 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月12日
新年会焼き肉
中高と一緒だったHと、高校で一緒だったKと新年会。六本木の巨牛荘でプルコギ。なかなか、うまかった。東京に出てきていてIT系業界に身を置いているという共通点があって、なんだかんだでよく会う2人。携帯キャリアNの裏話をいっぱい聞いた。
しかし、同じITでも、ぼくだけ住む世界が違うなと思う。同じ年齢と思えないほど、2人はIT系で踏ん張ってる。
投稿者 ken : 23:29 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月10日
汐留コンラッドホテル
取材で汐留方面へ。去年オープンしたばかりというコンラッドホテル東京は、ぼくの好みの無機的で幾何的な空間だった。汐留はいいなぁ。現代建築の最先端という建築物が林立していて、それでいてひとけの少ない場所というのが、子どものころから好きだった。弥生時代人の掘った貯蔵用のほら穴のある裏山、栗拾いやトンボ取りをした裏山も、それはそれで懐かしいけど、洗練された人口都市の風景のほうが、ずっと郷愁を誘う。黎明の薄明るい朝日に輝く高層ビルの曲面のほうが、ようよう明るくなりゆく山の端よりも、ずっと見慣れているし、ずっと美しいと思う。
某社お偉いさんのインタビュー。ふわふわした内容の話で、50分も時間がもつだろうかと心配したけど、あれこれ質問している間にあっという間に時間。興味深い話が聞けたし、ギモンに感じていたこともクリアになった。
今日の通訳者は、すごい実力だった。どうしてそうも訳し漏れがなく、発話内容をスラスラと反復できるのか。不思議な略記号をどんどん書き連ねる通訳者独特の速記が気になって、ついついノートをのぞき込んでしまう。通訳の技術は望むべくもないとしても、もう少し語学やらないとなぁ。
投稿者 ken : 23:43 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月09日
六本木散歩
六本木の一蘭でラーメン。なかなかうまい。しかし、隣客や店員と完全なる没交渉を実現する、のれんとしきり壁による“味集中システム”はいかがなものか。オーダーや追加オーダーするのに店員と目を合わせることも声を発っする必要もないのは、ヒッキーな人たちにもウケそうだ。細かいところまでアイデアがつまっていて、いいところをついてるけど、やっぱり何か矛盾を感じる。
六本木交差点あたりのベトナムコーヒーの店“チュングエン”で、コンデンスミルク入りコーヒーと、焼きバナナ。サンフランシスコやシアトル、ニューヨークと銘打つカフェはもう古いってことなのか、1、2年前にオープンしたようだけど、ぜんぜん流行ってる様子なし。レストラン風に食事メニューを大幅に強化して2005年5月にリニューアルしたらしいけど、ぜんぜんこれも流行ってる風はなし。てっきり山師的日本の起業家か、商社あたりがベトナムコーヒーカフェブームを仕込んだってことだろうと思っていたけど、このチュングエンって、ベトナム本国に420店舗もある最大のカフェチェーンらしい。
焼き茄子のように見える焼きバナナ。ココナッツパウダーとコンデンスミルクがかかっている。ややこおばしい。
トイレに鏡餅を飾る感覚がまったく理解できない。日本では成功しませんな、こんなことでは。クタッと傾いた感じが、溶けちゃった雪だるまのようで、ほっとけないかわいさがある。
しかし、アマンド近辺の六本木って、寂れてしまった感じが強くてビックリ。ドンキホーテができて、うさんくさいアフリカ系の黒人が徘徊するようにったあたりから下品になっていって自滅した感じもあるし、ヒルズに人をもっていかれた気もする。
ブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリー主演のアクション娯楽映画、『ミスターアンドミセス スミス』をみた。完全なるB級マンガ映画。殺し屋夫婦のマンガチックな会話が楽しい。しかし、同じ制作費と人材があれば、それなりの映画が撮れそうなものなのに、もうアメリカはこういう映画しか作れないのか。特A級の制作陣が超B級の映画を作るのがアメリカってことなのか。
ラマチャンドランの2冊目の本を、いまごろ購入。
投稿者 ken : 21:59 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月27日
ジョークは4次のメタ表示に埋め込んだ矛盾
ニール・スミス著、今井邦彦訳『ことばから心をみる――言語学をめぐる二十話』(2003、岩波書店)
翻訳や注釈がひどくて、とても読みづらい本。もともと言語学徒か言語学を目指す学生に向けて書かれたエッセイという感じだから内輪ネタや専門的すぎる話も多い。というマイナス面は気になるけど、反面、ふと手にとった部数2000部の業界紙のコラムを読むようで、おもしろい。実際この本、刷り部数は2000部ぐらいじゃないかしら。
20の言語を操るサヴァン症候群の患者、クリストファーの研究に興味をもって買ったようなものだけど、著者が引き出す結論は、とても刺激的。いわく、クリストファーは確かに語彙を覚えたり、不規則変化する動詞を覚えたりするのには天才的な能力を発揮して、うらやましいほどの容易さで次々と言語をマスターするという。ところが、形態論的な言語習得はできても、統語論的な言語運用となるとかなり怪しくて、結局のところ英語の文法を使って他言語の語彙を当てはめるという、ふつうに誰もがやる間違いを犯すという。というところから、言語処理は脳内にある複数のモジュールによって行なわれていることがわかる。これは第一言語の






























