2008年09月04日
数独とオレムカ議論
iPhoneで少し数独をやってみた。けっこう楽しい。iPhoneは数独のためのデバイスじゃないかと思うほど操作は快適だ。

iPhone向けの数独って、すでに何種類もある。、有料のも無料のヤツも
子どものころ、世界文化社のパズル雑誌「パズラー」の愛読者だったぼくにとっては数独というより「ナンプレ」といってもらったほうが馴染みがある。あれは1984年ごろだったと思う。で、25年ぐらい前のナンプレと比べると、いまの数独は、問題も、解法のための技術も、すっかり進化しているという印象を受ける。
もはや解法のための手法も研究されつくされているし(実は大別すると4つぐらいしかないらしい)、ネット上にはそうしたアドバイスやティップスであふれている。解法が一意となるのに必要な最小の数字の数はいくつだろうか、ということを分散コンピューティングで調べている人たちまでいる。
問題を解くアルゴリズムから、人間にとっての難易度を判定するアルゴリズムまである。人間が「これはおもしろい」と感じるものを機械判定できないというところには、まだパズル作家の活躍の場があるのかもしれないけど、もうとにかく研究されまくっている。
これはルービックキューブと同じで、数独には、むき出しの謎かけといったパズルに本来備わっているべき何かが欠けているということだと思う。もちろん、意図的にそういう情報に接しないままに数独に取り組めば、そこには相変わらず言葉少なで魅力的な謎かけが待っているわけだけど、すでに先人たちが素っ裸にしてしまっているという感じがあるのは、パズル好きにとっては燃えることができないん状況じゃなかろうか。
ルービックキューブの解法を自分で研究し、17歳のときに初代世界チャンピオンとなったJessica Fridrichは、コンピュータが最善の解法を計算してしまえるようになった今、もはやキューブにはかつてキューブが持っていたミステリアスな魅力はなくなったと言っている。今やキューブには手順を記述する記法ですら標準的なものがある。
もはや数独はテクニックの獲得と、その習熟という感じになってしまっている。少なくとも、そのだいたいの様子が最初から見えている。それはそれで上達感を楽しむという意味では楽しいのかもしれないけど、よく整備された舗装道路を歩くような感じが強い。
数独だけがブームになっているのも気になる。数独だけでもマトリックスを拡張したものや、さまざまな制約をかけたバリエーションがいくらでもあるだろうし、数字とマトリックスを使ったパズルはゴマンとある。パズラーという雑誌には、毎月誰も解法を知らない斬新なパズルがたくさんあって、ぼくはそういうのにワクワクした。高度なテクニックを洗練させ、スピードを競ったりするよりも、むき出しの謎かけに取り組むほうが楽しい。
2、3年前に友人の1人が数独にハマっているというので、ぼくは思わずネガティブな反応をした。たぶん時間の無駄だというようなことを言ったと思う。パズルというのは総じて壮大なる時間の無駄だ。いい大人が何時間も時間をつぎ込むようなものじゃないというのが、ぼくのパズルに対する見解だ。いっそ趣味として本気で楽しむなら、それだけの価値はあるだろうけど「暇つぶしになる」というような理由でやるには、あまりにも虚しい。
数独の話になると、ついぼくは「オレは昔ハマったことがあるけど、キミ、イマサラ?」という反応をしがちだ。こういう反応は実によくあることで、ぼくはこれを「オレムカ議論」(オレは昔)と名づけている。中二病とか呼ばれてるヤツに含まれる症状だ。あるときぼくが「キミ、イマサラ数独?」とトゲをさした友人は、別の機会にiPhoneを自慢するぼくに対して「あ、オレずっとiPod Touch使ってて経験済みなんだけど、なんか違う?(キミ、イマサラ?)」という反応が返ってきた。iPod Touchと違ってiPhoneはオールウェイズコネクテッドだからまったく別物だよ! と、顔を真っ赤にしてぼくは反論したが、どう考えても2人とも中二病だ。
自分が応援していたインディーズがメジャーデビューしたときに思わず「オレなんてX年前から注目してたよ」といい、さらに本格的にメジャーになると、すっかり応援する気がなくなるような心理と、どっか通じてる。
本当は、メジャーになったことを遅れてそれを発見した人と一緒に「そうだよね、すごいよね、いいよね」とコーフンし、昔話などおくびにも出さずに話を合わせるのが大人ってもんだろうなと思う。その人がこれから発見するだろう欠点で、自分がとっくに気づいていたものを指摘したくなる心理もあるけど、あえて言う必要もない。何かに喜んでいる人に対して、その対象を少しでも貶めるようなことは断じて言うべきではない。まして、オレムカ議論をすることで何かしら自分の先進性のようなものをひけらかすのは、実にさもしい心理に根ざした行為だ。何か新しい買い物をしてきて高揚している人に対して、実に良く行われる蛮行だと思う。「みてみてー、これ買ったのー★」「あー、それすぐ壊れるよ」とかいうのはサイテーだ。
数独に関するこのエントリは典型的なオレムカ議論だ。
投稿者 ken : 2008年09月04日 23:45
コメント
数独で(複数の答がでない)最小のヒント数は?
という問題は証明をみたことがなく、
学生の頃から疑問に思っております。
パズルにお詳しいとお見受けしましたが、
御存知でしょうか?
投稿者 uko kou : 2008年09月13日 01:51
17個のヒントのものについては4万個以上の配置が知られているようです。The University of Western AustraliaのGordon Royleさんが集めています。16個のものは未だに1つも見つかっていないそうです。どうでしょうね、あるんでしょうか。数独は調べ尽くされていると書きましたが、例えば16ヒントのパズルが存在するかどうかを調べる、というのは前人未到のチャレンジかもしれません。
あ、証明はもちろんないみたいです。あるのはn個以下のヒントでは数独は成り立たないという自明のnだけのようです。
投稿者 西村 : 2008年09月17日 10:30
I’d have to pass on with you one this subject. Which is not something I typically do! I really like reading a post that will make people think. Also, thanks for allowing me to speak my mind!
投稿者 Kory Sveum : 2010年12月06日 10:27