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2008年05月19日
ムスメとスイミングへ
ムスメと遊ぶのがだんだん楽しくなってきた。公園に行けば、もう1人でブランコに乗れるし、長い滑り台も彼女にとっては「絶叫マシン」らしく、きゃーきゃー叫びながら、いつまでも遊んでいる。

近所の公園にある長い滑り台を、まるでこの世で一番すごい絶叫マシンであるかのように喜ぶムスメ
世間的には「魔の2歳児」といって、2歳ごろの子どもは難しいとされる。何でもイヤイヤといい、なかなか言うことを聞かない。1歳10ヶ月になるムスメも確かにそういう傾向はあるけど、想像していたよりもはるかに説得が効く。ドアの前で「しゃんぽ! しゃんぽ! じぃーぶんであるく! あけて!」とぐずっているようなときでも、「まずベビーカーに乗って、それから公園でお散歩しようね。自分で乗れるよね?」というと、少し考えてから、黙ってベビーカーにひょこひょこ乗り込む。「〜してから〜しようね」ということが通じる。
公園で遊んだり、あちこちの子ども向け施設に行くのも楽しいけど、親子でできるアクティビティとして、ムスメと2人でスイミングに通うことにした。比較的近所にコナミが運営するスポーツジムがあって、保育園で同じクラスの子のお兄ちゃんが通っている。評判が良さそうなので見学に行ってきた。
見学したベビーコースは、1歳前後の赤ちゃんとパパもしくはママが一緒に受けられるクラス。親が子どもを抱っこして水に浸かり、じゃぶじゃぶ遊ぶという程度のものだけど、なかなか楽しそう。

コナミの赤ちゃん向けスイミングスクールの様子
しかしプールが狭くてびっくり! それでも、8コースある25メートルプールというのは都内のジム系としては極めて広いほうらしい。いろいろと調べてみたら、確かに大手町や銀座にあるジムのプールはジャグジーみたいな感じで、とても泳ぎたい人のための施設ではないようだ。東京体育館などと比べるからイケないらしい。ムスメが1人でスイミングのクラスに入れるようになる来年になったら、ぼくも久しぶりに水泳をやろうと思ってたけど、どうも狭っくるしい割に料金ばかり高くてストレスが溜まりそうだ。
それにしてもコナミ、料金が高いのは仕方ないないにしても、ビジネスのやり方が前時代的だなと思った。月謝の支払いにコナミが指定するクレジットカードの申し込みが必須であるかのような説明を受けて、思わず「それはヒドい。今どきありえませんよ、キャッシュでもVISAでもだめなんですか」と口にしてしまった。ところが、しばらくあれこれやりとりしていたら、実はちゃんと銀行口座の引き落としにも対応しているという。「ただ、銀行口座の引き落としだと明細が出ませんが、それでもよろしいでしょうか」とかいう。
こういうのっていい加減にしてほしいと思う。あなたのとこのクレジットカードなんか作りたくないんだよ、と叫びたくなる。「会費は無料です」という文句にもイラつく。無料とかそういうことじゃなくて、もはや迷惑なんだということが分かってないらしい。分厚い「情報誌」を「無料で配布していますー」といって街角で配るホットペッパーと同じで、人にサービスや情報を受け取ってもらうのに「無料であること」は、もはや何のメリットにもならない。
いざ申し込んでみると、月謝とは別に、腕に巻きつける浮き輪を買わされた。まあ必要なものだし、買うのはいいんだけど、どうみてもダイソーで1つ100円で売ってそうなシロモノを、2つで2400円で売りつけるのはヒドいんじゃないか。印象悪すぎ。
もう1つ、まるで絶対に必要であるかのような説明を受けて「あ、じゃあそれも」と買ってしまった800円の連絡ノートにいたっては、もうまったく意味不明。800円って何だ。実際のノートを見て、そのあまりのヒドさに驚いたので、苦情とともに返品することにした。ウチの子には、あんぱんまんのノートでも持たせよう。
と、やや先行きに不安を覚えつつも、ムスメと2人の親子スイミング、今から楽しみだ。
2008年05月15日
飛び降り自殺
サンフランシスコ出張中に飛び降り自殺しようとしている男を見た。取材先からホテルに戻ろうと早足で歩いていた15時ごろ、交差点に人だかりが少しできていた。人々の視線の先を見ると、それほど高くないビルの4階あたりに窓から外に出てきたと思われる人が立っていた。

ビルの4階に男の姿が見えた
カメラの望遠を向けてみると、片手で窓の取っ手を握り、しわくちゃな顔をしている30代半ばの男が目に入った。少し部屋のほうを見たり、うつむいてギュッと目を閉じたりしている。気温は15度程度でどちらかといえば肌寒い。それなのに半袖Tシャツ姿の男の顔は、涙なのか汗なのか、顔が塗れているように見えた。
シャッターを切り、液晶モニターで拡大してみた。手首には血で真っ赤に染まった包帯が巻いてある。どうも両方の手首を何度も切りつけたらしい。耳にはiPodの白いイヤフォンのようなものをしている。何を聞いているのかは分からない。もしかしたら何も聞いていないのかもしれない。説得されて気が変わらないように、前もって耳をふさいでいたのかもしれない。
人や警察官の集まり具合からして、ぼくが通りかかったのは男が窓から外に出てきて5分から10分後というところか。徐々に人だかりが大きくなり、イラついた車がクラクションを鳴らす。交通整理が始まった。

男を上から引っ張り上げようとしたのか説得しようとしたのか、消防士が近づく

人だかりがだんだん大きくなる

手首は血まみれ。耳にはイヤホン
観光客がビデオやカメラを向ける。多くは心配顔という風でもない。隣にいたヒスパニック系のティーンエージャーは、「さあ、早く飛べよ」とヘラヘラと笑っている。他人事だし、世の中には迷惑な話だし、バカな負け犬だ。そう思う気持ちは、ぼくにも理解できた。
急いでいたので10分か15分ほどで立ち去った。ためらい傷の多い自殺志願者だから、飛び降りる決心さえつかないだろうと思っていた。
男は、ぼくが立ち去った5分後ぐらいに飛び降りた。一緒に仕事できていた仲間が、ちょうど通りかかった瞬間に視線を向けると飛び降りる瞬間だったという。
その後どうなったかという話は新聞でもテレビでも出てこない。気になってネットで検索したら、ヤフーのQAサイトで、やはりぼくと同じように気になって質問している人がいた。回答には「死んだよ。背骨が折れる音が1ブロック先からでも聞こえたと思う」とあった。
Flickrに飛び降りるかどうかためらっている男の写真をアップしたら、その場にいた人からコメントが3つほどついた。そのうち1人は、死んだ彼のために現場に戻り、メモリアルを作って、そこに誰でも何か書き込めるようにしたという。誰しも死ぬべきでない人が死んだら、その不条理さに何かを感じるものだ。
夜にビールを買いに出た。ドラッグストアから出るとき、目の前にいたホームレスの紙カップに、衝動的に1ドル紙幣を突っ込んだ。
今まで、そんなことをやろうと考えたことはなかった。都会のホームレスほど卑しいものはないと、そんな風に考えていたこともある。なのに、なぜかそのホームレスと話してみたくなった。路上に寝ているにしては、笑ったときの白い歯が妙にきれいだなと思ったというような印象も影響していたかもしれない。物乞いをしているはずなのに、彼の言葉の端々には何かサービス精神のようなものが感じられた。気の使い方や、1ドルに対する感謝の仕方が非常に自然。そもそも目の輝きがホームレスらしくない。

なぜかホームレスのように見えない笑顔
もう1ドル出して話はじめた。プエルトリコ系の移民で軍隊にいたこともある45歳という。とても45歳には見えない。ヒゲを剃り、帽子でもかぶれば年相応に見えるのだろうか。ニューヨークからグレイハウンドバスで流れてきて、もう半年ほどサンフランシスコにいるという。サンフランシスコはニューヨークほど寒くないから、という理由もあるという。
なぜ仕事がないのか。どのぐらい1日にお金は集まるのか。ほかの仲間はどういう人達なのか。彼は一生懸命に説明する。自分では仕事に対する真面目さでは誰にも負けないという。見たところ健康そうだし、いくらでも仕事はあるのじゃないかと言ったら、「みんな見た目で判断するんだ」と、だいたい想定どおりの答えが返ってきた。
どうして彼がホームレスという境遇にあるのか、ぼくには理由がよく分からなかった。自己申告どおりだとすれば、犯罪歴は事実上ないに等しく、ドラッグもやらない。ホテルに戻って彼からもらったNPOが発行するホームレスの情報紙をざっと眺めてみても、何も分からなかった。彼の一番の問題は、やるべきことが分かってないということじゃないかという気がした。ただ、もしそうだとしても、その責任が彼にあるとは、ぼくには到底思えなかった。
飛び降り自殺を選ばなければならなかった男は哀れだと思う。彼の境遇や、彼の生まれ持っただろう精神的な性質、そうしたものの責任を、彼の「魂」は負わなければならないのか。
日本だけでも年間3万人が自殺している。と、そのことをビジュアルに想像してみた。
2008年05月05日
サンフランシスコ出張
久しぶりに出張でサンフランシスコ。
機内でぜんぜん眠れずにエビについて書かれた本を1冊と映画を2本見た。SFホラーの「I am Legend」とお涙ちょうだいコメディーの「The Bucket List」。I am Legendはポスターで微かに内容を知っていたけどまったく想像していたものとは違って、ホラー映画だった。地球上(というのはアメリカ人にとってはマンハッタンだけらしい)に1人だけ残された生き残りのサイエンティストが人類を救うレジェンダリーなお話。嫌になるほど怖い映画だけど、シーンのつなぎ方や映像がよくできてるなぁと感心してしまった。もう少しSF的ディテールを真っ当にしてもよかったんじゃないかと思うけど。特別天才的な何かがあるようには感じはしないけど、才能のある人たちのアイデアと職人たちの安定した仕事がつまった感じはある。
The Bucket Listは余命数ヶ月の宣告を受けたジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンが「生きてるうちにやりたいことリスト」を片付ける旅に出るお話。ビジネスで成功して家族との関係に失敗した自己中心的な富豪と、自動車修理工だけど、知的で生涯の愛を貫けた男のデコボコ感がいい。たまには人生最期に何を思うかということに思いを馳せたほうがいいなと思った。文学、小説、映画の類から遠ざかると、いずれ自分が死ぬのだという単純な事実すら忘れがちになる。
サンフランシスコは少し肌寒いぐらいの爽やかな天気。アジア系のメディア関係者の集まるディナーで、インドから来た経済新聞の人にインドの話を根掘り葉掘り聞いてみたり、同業他社の人とメディアのあり方の話をしてみたり。