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2008年03月02日

大連出張

出張から戻ると、ぱっと顔を明るくしてムスメが駆け寄ってきた。

2泊3日で大連ソフトウェアパークを見てきた。実際に見ることができたのは、そのパークのなかのごく一部だけだし、街のほうも少ししか見れなったけど、非常に刺激を受けた。

大連は「ここをシリコンバレーにするのだ」という政策上のポリシーと経済的援助も手伝って、いまやアジアの一大オフショア拠点となっている。街には建設中の高層ビルが多くあって活気が感じられた。

同行した大企業のお偉いさんたちとITの話をたくさんできたのも収穫。

大連は、最初にロシア人がやってきて港湾都市としての基礎を作った110年前からずっと、東西南北から人々がやってくる土地だった。天然の良港があったこと、背後に広い平野があったこと、アジアのおへそのような「真ん中」にあるという地の利があったことから、帝国列強がこの地を奪い合ったのも分かる。

成田からは3時間弱、偏西風に吹かれる帰途は2時間半という近さだ。時差も1時間だけ。いまやネットもケータイもつながり、街には日本語を話す中国人がたくさんいて、とても外国にいるように思えない。

40年にわたった日本植民地時代に建てられた多くの建造物が街の中心部に点在していて目を引く。「五族協和」という理念を掲げて国家建設を目指した当時の人々の狂気にも近いパッションが、重厚な面構えの建造物に今もまだ宿っているように感じられる。

欧米の猿真似に過ぎない独善的帝国主義といえばそれまでだけど、何とも不思議な気分になるのは、当時目指した人工国家とは、こういうものだったのではないかと思えるようなマルチリンガル、マルチナショナルな人々の融和が、小さいスケールではあるもののIT拠点としての大連に現前してしまったように思えること。

満州の当時と現在の大連には、皮肉な共通もある。ある製造業系のグローバル企業の人が、各国の拠点を回った経験から、こんなことを言った。「アジア人は素直ですよ。組織作りをして日本人が上層部に立っても、それで不平は言わない。これがヨーロッパだと、何のかんのと文句を言う」。搾取とまでは言わないけど、大連の地では国籍や話す言葉によってある程度ランクが決まってしまう面がある。

そうした「民族」による分断が、五族協和を口にしながら官庁の要職を日本人官僚だけで独占してしまった満州のダブルスタンダードな統治戦略に重なって見える。

2000年ごろアメリカにいたとき、オフショアリングが話題だった。連日のようにテレビで議論をしているのを、ぼくは文字通り対岸の火事のように眺めていた。インド人をはじめとする途上国の労働者に自分たちの仕事が取られてしまうという危機感を、多くのアメリカ人ホワイトカラーが感じていた。しかし、それと同じことが、日本の凡百のJavaプログラマにも現実に起こりつつあるのではないか、という印象を受けた。大連では、3分の1程度の給料でトップレベルの優秀な人材を確保できる。この人たちは上昇志向が強く、英語や日本語といった語学にも熱心に取り組んでいる。震撼すべきは日本の有象無象のSEたちじゃないか。ITにおいてローカルなカルチャーやアーキテクチャに依存する部分が、どんどん減ってきて、ソフトウェアのデリバリー方法も大きく変わってきた今、日本のIT産業が言語の壁で守られているなんてことはない。パッケージソフトで起こったことは、受託開発でも起こる。

出張中、ぼくの中国語がいくらか通じた。中国語の勉強を再開して1ヶ月ちょっと。今のところ、きわめて細々と続いてる。どこかの時点で楽しくなりそうな気もする。


植民地時代に日本が建てた体育館。今は五輪のマークがついて、やっぱり体育館として使われている


市街地の中心部にある公園には、何ともセンスの悪いサッカーボールが……。夜にはディズニーの電飾パレードのように輝く


植民地時代に日本が建てた銀行(?)。今はホテルになっているらしい

投稿者 ken : 2008年03月02日 23:54

コメント

おかえりなさい。出張は大連でしたか。

僕は2年前に深圳にいって秋葉原のラジオ会館の5倍くらいあるところをほっつき歩いたんですが、そのジャンクの山とエネルギーに彼らのスゴサを感じました。深圳は秋葉のジャンクショップ街なら、大連はシリコンバレーですか、目指すところは。

来週あたりお食事どうです?

投稿者 yutakashino : 2008年03月03日 14:57

こんにちは。
シンセンすごそうですね。大連はシリコンバレーと
いうか、IT関連企業を誘致した函館ぐらいの感じ
でしょうか。やや田舎くさく、住んでいる人も
人が良さそうな感じです。

食事、ぜひ。別途メールしますー

投稿者 西村 : 2008年03月04日 13:37