2008年01月09日
外注される戦争
『外注される戦争――民間軍事会社の正体』(菅原出、2007)
非常におもしろい。
イラクの混迷はもとより、内紛やテロなど、現代的な意味での戦争のリアリティの1つがここにある。かつての国家間の戦争や冷戦下の安全保障と軍備といったものとは異なる新しい形態の安全保障のカラクリが回り始めている。PMC(Private Military Company)と呼ばれる企業群が、こうした現代的な戦争の場で急速に成長している。
著者によれば、PMC興隆の背景には、冷戦終了により軍縮が進んだことがある。例えば米陸軍は冷戦時に79 万人規模だったものを、48万人体制に縮小させた。1990年代だけで全世界の軍隊で600万の失職者が出たと見られているという。これら失職した軍人や退役軍人のうち、エリート部隊に所属した人々がPMCを興して政府機関のリクエストに応じて、さまざまなサービスを提供している。
紛争地域で求められるニーズも、従来の軍隊が提供できるものではカバーできなくなってきている。著者はまたこう書く。「安全保障政策のカバーする範囲は、伝統的な国防から、テロとの戦い、平和維持活動、難民救済、市民社会の建設促進へと拡大していった」。著者は例えば、こんな統計を引いている。国家間の戦争で死んだ人の数は1999年に3万2000人。一方、テロでは900人、内戦では3万9000人が死んでいる。米軍が典型だけど、もう国家間の武力衝突という場面で死んでいるわけではない。
そもそもの発端がブッシュ親子の歴史的大失態や、欧米諸国による無責任でエゴイスティックな植民地政策の結果だとはいえ、現在の世界がPMCを必要としているのは明らかだ。善悪でいえば、PCMはほかの兵器や軍備同様に悪に決まっているけど、要不要でいえば「要」ということだ。
軍隊がかつて蓄積してきたノウハウが人材とともに流出している事情もある。軍縮とPMCの興隆はコインの表裏。かつてエリート部隊にいた人々は、国家がかかえる正規軍や警察隊に対して、訓練や教育、情報分析などのサービスを提供している。ぽっと出の若い将校なんかに若手の訓練はできるはずもなくて、湾岸戦争などで実際に場数を踏んだベテランが教育したほうが効果は高い。
米国のレンジャー部隊、グリーンベレー、デルタフォース、シールズとか、イギリスで言えばSAS、SBS、SO14などのエリート部隊の出身者は、高給を求め、あるいはスリルを求め、はたまた愛国心や「民主主義の種を蒔くのだ」という高邁(高慢?)な思いから、軍隊よりもPMCに流れていくのだという。
PMCが提供する「サービス」は多岐に渡る。需要が大きいのは要人の警護や施設警備、ロジスティックなどの後方支援。テロや脅威の分析、アラビア語の通訳といった情報サービスも行う。兵器も扱う。現在すでに米軍兵器の28%のメンテナンスはPMCが受託しているという。地雷や不発弾の処理もやる。ものすごいエキスパティーズと信頼関係だ。
市場化されたことによるイノベーションの加速、という側面があるのも見逃せない。米軍の伝統的なハムビーではなく、自爆攻撃や待ち伏せに耐えうる防御力をもった高速移動車の開発や、高性能の無人偵察機の開発などは市場化によって実現した兵器の例という。プロの軍人を訓練するプログラムでも、従来の軍が提供できなかった品質の高いものがどんどん開発されていたりする。
このほかPMCが提供するサービスとしては、軍事訓練の提供やメディア戦略のコンサルなどがある。ただ、どのPMCにも共通しているのは、「戦闘は請け負わない」という点。それは倫理的なものというより、国際世論の批判で自滅しないための私企業の合理的判断ということらしい。
PMCのメディア戦略として、レンドン・グループの暗躍の事例が興味深い。いわく、「いまや湾岸戦争に敗れ十分に抑止されている一地方の指導者に過ぎないサダム・フセインを、世界平和に対する深刻な脅威であると信じ込ませる」ために、レンドン・グループとイラク国民会議に対してCIAから5年間で計1億ドルものギャラが支払われたという。実際に大手メディアを懐柔して嘘っぱちを広めることに成功した様子を、本書ではつまびらかにしている。現代戦とはそういうものだと開き直るレンドン本人の見解には、呆れるというよりも、伝統的なアメリカ人的プラグマティズムを感じて妙な感動を覚える。
PMCに対する批判は多いし、実際に問題点もある。現在、一番大きな問題は、PMCの存在がイラク混迷の一因となっていることだ。イラク特需で雨後の筍のごとく増えたPMCのなかには、非常にいい加減な仕事をする劣悪な企業があったという。
例えば、危険地域に派遣するまえに自社の社員を十分に訓練しないだとか、情報収集をおざなりにするといったことで、PMC社員の死者が急増した。そういえばPMCに所属する日本人でも死者が出た。
「社員を死なせて金儲け」では批判も集まるけど、それにしてもまだしもこれは自業自得のような面がある。もっと問題なのは、そうした企業が雇った「社員」の中には、市民に向けて無差別に発砲するようなならず者がいた、ということ。アブグレイブ刑務所での収容者の虐待に関しても尋問を受注したPMCに責任があるという。正規軍では起こり得ないそうした規律の乱れで、イラク民衆の米軍への信頼は地に墜ち、政情安定への道をいっそう険しくしているという。
というように、PMCの活躍の部隊はイラクをはじめとする中東地域だけど、こうした「戦争の外注化」、「兵力支援の市場化」は、副次的効果をもたらした。
1つは紛争地域の安定化にPMCが役立っているという例。南アフリカのPMC、エグゼクティブ・アウトカムズは、長期化していたアンゴラ内戦を鎮め、シエラレオネの危機を救ったという。
アンゴラでは資源を抑え拮抗する2勢力があり、どちらの勢力も豊富な資源を背景にした逐次的戦力の投入で、いつまでも争っていた。そこにエグゼクティブ・アウトカムズ社は80名からなるPMC部隊を派遣。政府軍を訓練し、あっという間にゲリラを駆逐。ついに1年で両者間で和平協定締結にまで漕ぎ着けたという。
シエラレオネでは、リベリアの独裁者チャールズ・テーラーがシエラレオネ国内の鉱山を次々に制圧。孤立無援の同国政府は、首都に攻め入る反政府ゲリラを前にエグゼクティブ・アウトカムズ社に援助を依頼。同社は70名を派遣し、ゲリラを撃退。やはり和平協定を結ばせたばかりでなく、部隊派遣から1年半後には、シエラレオネで23年ぶりの民主的選挙が行われるまでになったという。
「金さえもらえばゲリラ軍も援助するのか?」という疑問もわく。そもそも、勝てば官軍だ。政府軍はどっちだというような状況に対して、PMCは一体どういう価値判断を行うのか。PMCは本当に紛争地域のボラタリティを低減する効果を持つのか? 例えば現在のミャンマー政府からPMCが仕事を受注するのは、誰のために何のメリットがあるのかよくわからない。
治安がどうこうという以前の国じゃなくて、もう少し落ち着いた地域でPMCが警察権力の訓練をするというのは善いことだと思う。東欧諸国など途上国に対して訓練を行ったり、先進国の警察隊に対して対テロ対策の訓練を行うといったことは、私企業でないと難しい。
ただ、そうした訓練は政府が公然とできなことを民間企業が肩代わりするという側面が強くて、政府の外交・安全保障政策の延長線的な性格も強いのだという。長期にわたるサウジとアメリカの戦略的同盟関係は、ヴィネル社というPMCとサウジ政府のサウジ国家防衛隊の契約が、そのベースにあるという。米国の外交カードとして、軍事力、ドルに続いて、PMC企業群がもつエクスパティーズが加わる。古い戦争を前提とした軍事力や核兵器がヘビー級のストレートパンチであるなら、PMCはローブローぎりぎりのボディーブロー連打という感じか。
PMCという存在の副次的効果として興味深い点を、もう1つ。雇用条件としてエリート部隊出身者というハードルを課すPMCがある一方で、よりグローバルにリクルート活動を行うPMCもある。その結果、例えば安い労働力としてフィジー人を雇用する例が増えているのだという。笑っちゃいけないけど笑いが止まらないと公言するのがフィジー労働省。PMCが自国民を雇用してくれることで深刻な失業問題は解消され、税収も増えると喜んでいるという。自国民の命を守るために、PMCの仕事を請け負う人の渡航を禁じる国もあるというけど、実際上、渡航時のチェックは土台無理。
途上国の、特に貧困層からすれば、短期の出稼ぎで大金を得られるPMCは魅力だろう。しかし、貧困から抜け出す方策としてイラクに行って命を落としたフィリピン人の話なんかは切なすぎる。戦地から「もうすぐお金を送れるから、そうしたらお米を買えるね」と国に残してきた家族に書き送り、その後、殺されてしまったなんて話が紹介されている。こうした話はフィジー労働省の役人の耳には入ってこないのだろうか?
と、PMCの全容を概観できる好著。最終章には著者自ら、PMCが提供するメディア関係者向けの対テロ訓練に参加した様子が紹介されている。訓練とはいえ精神的に追い詰められ、とっさの判断が甘いために最終的に全員がPMC社員が演じる短気なゲリラの一員に銃殺されてしまうというオチがなかなかいい。1度でも訓練しておけば、現実に危機にさらされたときの対応がまったく違ってくるだろうから、こうした訓練は有効だろう。
それで、日本では何だっけ、外交と安全保障の問題が交差した給油問題について、どういう議論をしている最中なんでしたっけね……。安全保障を巡る情勢がこれほど激変しているのに、違憲だから話し合うことは何もないというだけで、つっぱねる民主党。日本でも自衛隊は違憲だという人が根強くいるから、この際、我こそはという自衛隊員は日本版PMCでも始めたらいいのに。無理か。
投稿者 ken : 2008年01月09日 23:28