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2007年12月08日
エコ・ブディズム
義理の祖母の1周忌で浅草へ。お寺のあちこちにある立て札がどうも気になる。そこのお寺だけじゃなく、自宅周辺のお寺でも同じことがいえるけど、どうも低俗で陳腐な人生哲学の類が増えている気がしてならない。文字通り「俗」っぽい感じ。
「世界人類が平和でありますように」というような例の立て札はいいとしても、例えば「人生は、悔いるな今日を生きてこそ」的な文言って仏教寺院にあっていいようなものなのか。禅宗にして、この程度。世襲制で寺を継いでれば、凡庸な僧侶や住職が増えるんだろうけど、それにしても、ちゃんと仏典を読み込んでいたら、もう少し言うべきことがあっていいのじゃないかとも思ったりする。
同じ浅草のお寺で見たものでも、多少は仏教的だなと思うものもある。「悟りの花はどこに咲く。迷いの池の中に咲く」などと挿絵入りであると、ああ、ちょっといいなと思ったりする。特別な深みこそないものの、噛み締めるべき普遍的な教えがある。
環境とか人権とか、やたらと今風なことで何かを言うのはいいけど、「地球をきれいにすると、ほとけさまにほめられる」はないだろう……。これは曹洞宗全体の見解なのか。愕然とするような凡庸さ。禅宗っていつの時代もエリートに尊敬されるテイストを持っていたものだと思ってたけど、これじゃあ頭の悪いロハス系にしか受けないと思った。
投稿者 ken : 2007年12月08日 23:28
コメント
……ってなことで、
ボクも私も、「仏教系陳腐人生訓」 を考えよう!のコーナー!
「困った困ったと言う人ほど、ひとを困らせてませんか?」
「いろんな教え、いろんな価値をたいせつに。イラク派兵に反対します」
「読めば読むほど、いい黄泉(よみ)ごこち」(読書啓発系)
「格差を隠さず、助け合うほとけごころ」
「なが~い人生、迷い道を楽しもう。道草、ばんざい!」
「きみの悲しみ、語ってごらん? いのち、たいせつに」
投稿者 大江和弘 : 2007年12月12日 15:19
I’d come to give green light with you here. Which is not something I usually do! I enjoy reading a post that will make people think. Also, thanks for allowing me to comment!
投稿者 Altha Kempker : 2010年12月06日 09:17