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2007年07月29日

選挙


photo by ken

flickrが便利ということに改めて気づいた。携帯の写真は指定アドレスに送ると自動でアップロードされるし、ローカルの写真もツールを連動すると、がんがんアップできる。で、アップした写真を簡単にブログに貼れる。MovableTypeとか英語圏のメジャーなブログに対応している。何もかもオンラインで済んでしまう。何というか、これがWeb2.0だったのかと今さら感じてたりして。オンラインで完結すること、オンラインサービス同士が適当なインターフェイスで連携してくれること。

投稿者 ken : 23:49 | コメント (0)

お散歩


photo by ken

ウチのムスメは愛想がいい。だいたいみんな、笑顔になって通り過ぎる。いいことだ。

投稿者 ken : 23:05 | コメント (0)

地元のお祭り


photo by ken

こんなところでもお祭りなんてあるんだ、と、ややビックリ。いや、祭りがあること自体はそれほど驚かないけど、「地元の人」というのがたくさんいて、どこからともなく集まってくるというのにビックリ。地域コミュニティになんて崩壊しきった都市部のように見えて、案外古くから住む人を中心に、新しい人たちも混じって楽しくやっていけてるのかもなぁ。

投稿者 ken : 22:55 | コメント (0)

和太鼓


photo by ken

堂々とつく太鼓。撮った写真の全部ピントがはずれていた……。

投稿者 ken : 22:51 | コメント (0)

そろそろ出番


photo by ken

どきどき、キョロキョロという感じでかわいい

投稿者 ken : 22:50 | コメント (0)

パターゴルフ


photo by ken

よいしょっという感じで、この子は意外といい線いってた

投稿者 ken : 22:49 | コメント (0)

もろこし焼けてます


photo by ken

地元のおじさんか

投稿者 ken : 22:48 | コメント (0)

夜店で


photo by ken

夜店で遊ぶ子供ら

投稿者 ken : 22:47 | コメント (0)

お祭り2


photo by ken

1枚ずつしか写真が使えないのか、flickrは……

投稿者 ken : 22:46 | コメント (0)

お祭り


photo by ken

近所でお祭り。どうせしょぼいだろうと思ったら、なかなか盛り上がっていた。

投稿者 ken : 22:27 | コメント (0)

2007年07月16日

婿の市民

顔文字や記号類を使った文章にイライラするという気持ちも分からなくはないけど、全否定するのはバランスが悪い。話し言葉によるコミュニケーションと、文字によるコミュニケーションには情報量に圧倒的な違いがあって、それを埋めようとする行為は自然なもの。「使う必要がない」と主張する人は「書き言葉の不自由さを埋め合わせる行為」という自明の背景が単純に見えていないだけなのか、それとも心理的なもので見えなくなっているのか、よく分からない。それにしても、どうしてそんなに嫌うんだろうか。


東条英機の孫の東条由布子さんがテレビで、原爆と空襲による米軍の無差別殺戮について「無辜の市民が30万人も殺された、これは大虐殺です」としゃべったら、字幕に「無垢の市民が」と出てきた。ご丁寧に「無垢(むく)」とふりがな付きで。日本語の聞き取りができない人が字幕作ってるのか、あるいは、もはや無辜は死語なのか。


汐留のDOGHNUT PLANT NEW YORK CITYが、いつの間にか「オーガニックの店」になっていて、食べようと思っていたドーナツがなくなっていた。がっでむ。


スタバで隣に座ったアメリカ人とおぼしきリーマンブラザーズの社員2人が、所々に日本語を交ぜて会話していた。明らかに2人とも英語が母語。たぶん日本語もかなりうまくて、もし日本人相手に話していたとしたら感心もしたのかもしれないけど、まったく不要な場面で使っているわけで、とても頭が悪そうにみえた。


世の中にはまったくメールを寝かせない人がいる。ケータイなら、即返信もふつうだけど、ネットのメールだと内容によっては手紙のやりとりみたいなところがあって、あまり素早く返信しすぎると、かえって良くない場面もある。事務的なメールでもない限り、それなりにメールは手間がかかるから、相手が書けるペースでリズムを合わせてやりとりしないと、常にボールが相手側のコートにあることになる。これはやられるほうとしてはプレッシャーになるから、そのへんをくみ取らないといけない。来たメールに片っ端から返信して、常にメールボックスをすっきりさせるのは、スピード命の仕事ではいいことだけど、そうじゃないメールについては無粋な感じがする。1時間で5往復してセッションが終わるような、そういうやりとりになるときも、ままあるんだけど。


長い文章に付ける短い前文や導入部分は出版界では「リード」と呼ぶ。長らくそう思っていたら、最近「アブス」と呼ぶ一派もあると知った。だいぶニュアンスが違う。リードというのには、本文が読みたくなるような紹介文であって肝心のことは書かない。アブスといえば、もちろんアブストラクトだから要約文だ。結論を書かないと意味がない。もしかして、アブスは新聞業界用語だろうか。こういう業界用語は、自分が使っているのが実はその会社だけとか、その会社周辺だけの方言であるのに、業界全体で同じだと勘違いしているようなことがある。アブスという呼び方に慣れるのに10分ぐらいかかった。だって、略し方がヘンだし、かっこわるいし。あ、まだ慣れてないか。


赤坂で入った台湾料理というか中華料理の店で2本の掛け軸が目に飛び込んできた。1本には赤地に金色の文字で「財如旭日騰雲起」とあった。パッと見て「財をなすには朝早く、雲が立つ前に行動を開始せよ」、つまり早起きは三文の得という説教かと思った。でも、よくよく見てみると、どうも朝日がぐーんと昇り、雲が立ち上るように「財産がたくさんできますように」という意味のような気がしてきた。単に「中国語は分かるようで分からん」という話かもしれないけど、もしかして、一瞬誤読したのはぼくの中にある日本人の勤勉さというDNAが関係しているのかもしれないと思った。もう1本の掛け軸には「運似春潮任意来」とあった。「運は春の潮に似て、意に任せて来る」か。なんかケセラセラだな。


「TABLE FOR TWO」という運動があるのを知った。先進国で1人が1食を食べる際に、開発途上国の学校給食1食分(20円)を寄付する運動らしい。日本のメーカーや官公庁が実施した例があるんだとか。先進国の肥満、途上国の飢餓、そのアンバランスを解消するためにダボス会議で立ち上がった若きリーダーたちが始めたプロジェクト……、なんとなく胡散臭い。自己満足的で、実際の効力がなさそうなプロジェクトで、ホワイトバンドとか、ロックコンサートの類と同じじゃないだろうか。何とかしたいという気持ちを表明する手段として、一種の免罪符的に機能してしまっては本末転倒だろうに。実際には何にも変わらないのに、何かをした気なるという点で偽善的。運動を企画したり参加する当人たちはそう思っていないところが戯画的。しかし、現に毎日飢餓で死んでいく人がいるんだから、悲劇的な戯画だ。いったい先進国各国がODAや債権放棄で何兆ドルをアフリカにつぎ込んできて「単にお金を渡すだけじゃ解決しない」と反省していると思ってるんだ。日本だけでも過去10年で百億ドルを超えている。納税者人口で割れば2万円とかそういう単位。それで解決できない問題に対して、今さら20円で善人ぶってどうするんだ……、と思って、ちょっと調べてみたら、学校に給食を配るプロジェクトは良さそうに思えた。アフリカをはじめとする途上国を独り立ちさせるにはお金を渡すよりもほかに渡せるものがある。直接お金を渡すよりも貿易やオフショアリングを通して世界経済に組み込むことのほうが短期的には効果がありそう。長期的には教育。子どもたちにまっとうな教育を受けさせることがいちばん効果が高そう。給食があれば学校にだって出てくる。そう考えると2万円のODAよりも20円で給食だ。もしそれが有効なのであれば、偽善であってもかまわないし、むしろ先進国の偽善は利用するべきものだ。


「SERCH PAGE」(サーチページ)というスペルミスが堂々とタイトルになっているWebサイトを見つけて「SERCH」をググッてみたら、日本人が書いた「サーチ」のうち600万ページが正しい「SEARCH」で、110万ページで「A」が抜けていた。これはすごい数、すごい比率だ。21世紀の英語の運命は、英語を第二言語として話す人々が握っている。とすれば、こういうスペルの合理化は大々的に進んでおかしくない。「SEARCH」が「SERCH」となっていなかったり、「CALENDAR」が「KALENDER」となっていないことが、そもそも不合理。もしこういうスペルミスで英語母語話者が嘆いたとしたら、大いに言ってやるべきだと思う。そんなヘンな言語を押しつけられてる身になってみろ、でもオレたちがスッキリ正してやるから心配するな、と。


脳科学者の茂木先生が研究所のオープンラボの日に、べらべらしゃべりまくってるので、何となく立ち止まって拝聴。本はだんだんおもしろくなくなっている気がするけど、しゃべりはむちゃくちゃブッチャケていて、おもしろい。我々の性格というのは生まれてから今までに会ってきた人々の影響を大きく受けているという話に、ちょっとハッとした。親兄弟はもちろん、友達や同僚といった人たち。案外数は少なく、影響は非常に大きい。


30度以上に暖めると有色から無色になるインクというのを見た。そのインクで書類に捺印された会社のハンコやなんかに指先で触れると、スッと印影が消えてしまう。指をどけて室温にすると、またインクに色がつき、印影が浮かび上がる。ぱっと文字が消えて、また浮かび上がる。それが、あまりに新鮮で不思議な感じだったので、その場で10回以上、指を載せたりどけたりを繰り返した。ふと我に返ったとき、これは、飽きもせずに赤ん坊がオモチャの動きを延々と繰り返すのと、まったく同じだなと思った。

投稿者 ken : 22:31 | コメント (3)