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2007年04月14日
ややベジぐらいで
蒲原聖可、『ベジタリアンの医学』(平凡社)
冒頭には、この本は科学的検証を目指したとある。
本書は「ベジタリアンになれば、みんながハッピーになる」とか「動物実験は即刻廃止すべき」とかいった主張を展開する目的からではなく、「科学的根拠(エビデンス)」という視点から、ベジタリアン食を医学・栄養学的に検証した内容になっています。
確かに科学的論文をたくさん集めて検証はしているけど、どうにも強いバイアスがかかっている気がしてしょうがない。著者は自分がベジタリアンであるかや、これまでどういう立場で食の問題に携わってきたかを明かしていないという時点で、すでに公正さに欠ける印象を受けるんだよなぁ。主観的な主張は一見注意深く取り除かれていて抑制した文体で書かれているけど、言葉の端々に「ベジタリアン擁護まずありき」というニオイがプンプン漂っている。
例えば、もう聞き飽きたけど、畜産は環境負荷が高いという議論。北米の場合、穀物と同じエネルギーを得るためには家畜に最大10倍の穀物飼料を与えなければならないという指摘。その結果、「環境に10倍の負担を強いる計算です」とある。環境に対する負担というのが科学的な指標であるのか、もしそうだとすれば、それは何を意味しているのかハッキリさせてほしい。
牛の発生させるメタンについても、「地球温暖化に関して無視できない量になっている」という指摘はまだいいにしても(いや言い過ぎじゃないかと思うけど)、「このまま畜産業を規制せず、家畜の肉を食用として利用していると、牛のゲップで出るメタンの地球温暖化作用によって、人類が滅びるかもしれないというわけです」とか言われたら、もう笑うしかない。科学的な論文を大量に引用しておいて、こういう科学的検証とはとても言えないような主観的な、誇張された主張を忍び込ませるのは科学的に不誠実な態度ではないだろうか。
もっとも納得いかないのが、
ベジタリアン食による具合的な効能効果として、肥満、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患、高血圧、高脂血症、糖尿病、前立腺ガン、大腸ガンなどが少なくなるのです。
という主張。肉食は飽和脂肪酸やコレステロールが多くなりがちだというのは分かるけど、それは脂身の肉を食べ過ぎて食物繊維を取らないとこれらの疾患にかかるリスクが高まるという意味でしかないのじゃないか。成人病の一番のリスク因子は肥満だというし、だとしたらこうして並べ立てている疾患は肉食による結果なのか肥満による結果なのか、よく分からない。トートロジーっぽく見える。肉食は太る、太ると病気になる。じゃあ、太ってない適正体重の人で、野菜や果物を豊富に取る非ベジタリアンはどうなんだ、と。
そもそもベジタリアンは健康に留意する人たちだから、食生活は正しく肥満も少ないだろう。酒もたばこもやらない人が多いに違いない。そういう影響を排除して補正した研究もあるようだけど、引用されているデータを見ている限り、それは一部にすぎないようだ。
笑ってしまうのが「ビーガン」と呼ばれる絶対菜食主義者。ベジタリアンの基本的な定義は「肉を食べない」ということだけで、卵や牛乳を摂取する人(ラクトベジタリアン、オボベジタリアン)、魚を食べる人(ペスコベジタリアン)など、さまざま。いちばん原理主義的なのは動物性の食品を一切退けるビーガン。
ビーガンというのは、かなり注意して栄養を摂取しないと必須の栄養素が欠けてしまう。ビタミンB12についてはサプリメントを摂ったりしないと健康を害する食生活になるらしい。カルシウムや必須アミノ酸の吸収度も低いため、調査研究によって明らかにされた吸収度を上げる工夫が必要なんだとか。
ベジタリアンといえば「ナチュラルな食生活」というイメージがあるけど、栄養学の発達を待って初めて可能になる食生活なんだから、きわめて人工的だ。肉食のしすぎは悪いかもしれないけど、進化上食ってきたものが悪いわけがない。良質のタンパク質でミネラルも豊富。じゃなきゃおいしいと感じるわけがない。
著者は繰り返し繰り返し、北米の栄養士会が発表したガイドラインを引用する。
適切に準備されたベジタリアン食は、健康に有益であり、必要な栄養素を満たしており、いくつかの疾患の予防や治療にも利点がある。
まあ、そのとおりなのでしょう。ベジタリアンはかつて誤解されていて、無茶なダイエット(というのは節食という意味じゃなくて食の構成という意味)で子どもを栄養障害や発育障害に陥れた親のニュースが多数センセーショナルに報じられた過去から、ベジタリアン食では人間に必要な栄養素はまかなえないという世間の誤解が、特に北米にあるというのは分かるし、それは医学的には誤解である可能性が高いというのも分かる。しかし、そのことと、肉食を断つことに積極的なメリットがあるかどうかは全く別の話。
比較しないといけないのは、自分が食べるものについてあまり気を遣っていない一般的な「非ベジタリアン」ではなくて、「適切に準備された非ベジタリアン食」を食べる健康派の非ベジタリアン。特定の疾患で統計的に有意な差が出るかどうかではなく、トータルな平均余命で比較しないと意味がない。肉食が罹患リスクを下げるような疾患はないのだろうか、そういう研究がないのは、むしろ社会的なバイアスがかかっているのではないのだろうか。
バイアスがかかっているんじゃないかというのは、例えば、著者のこういう文章を読むと疑いたくもなる。
私見ですが、アメリカでは少なくとも、都市部在住で中間層以上のベジタリアンのほうが、たとえばテキサス州でステーキとファーストフードしか食べたことのない中間層以下の非ベジタリアンよりは、味覚が確かでしょう。さらに、個別のケースでは、ベジタリアンとして育った子どものほうが、しっかりした味覚をもっているようです。
「味覚が確か」とか「しっかりした味覚」が何を意味しているのか不明。いや、何となく言わんとしていることは分かるし、ある意味まったく同意するのだけど、こんな主観のもとに、いくら研究調査を進めても、あるいはデータを集めても、そりゃベジタリアン食に都合のいい結果しか出てこないよなと思う。こういう態度って、かつて肉食こそあるべき食事の姿として推奨してきた栄養学の人間と同じじゃないのか。つまりイメージで言ってるだけで科学とは関係ない。貧しくて肉を食えない国の奴らとは違って自分たちは肉を食って健康的だと思ってた。ところが日本食がブームになったりすると一気に肉食が攻撃される。科学的装いをまとっているけど、結局は「何を食うか」なんて時代時代の流行に左右されているだけとちゃうんかいな。
一般的な栄養学の入門書として、とてもタメになった。しかし改めて考えてみると、ぼくの食生活は脂質とコレステロール、塩分が多めだろうというこれまでの認識は変わらないにしても、肉を食べ過ぎなどということはなさそうだなと思い至った。朝ご飯を観察してみると、実は動物性食品はバターだけということもある。そもそも、日本人は伝統的にペスコベジタリアンに分類していいいぐらい、魚介類をよく食べている。大豆もよく食べている。アメリカ人とはだいぶダイエットが違う。
ところで著者によると、19世紀なかばの造語である「ベジタリアン(vegetarian)」という言葉を菜食主義者と訳すのは適切ではないそうだ。この単語は「vegetable + arian」ではなく、元々はラテン語由来の「ヴェゲトゥス(vegetus)」という言葉からきていてvegetusというのは「完全な、健全な、生き生きとした、活発な」という意味だそうだ。これはいくら何でも無茶な主張だ。最初に命名した人が、ラテン語を意識していたかどうかは分からないけど、英語話者に聞いてみたら、日本人同様に「まさか!」と言うに決まってるじゃないか。
ベジタリアンが胡散臭いのは、実際にはたいした科学的根拠もないのに「自分は覚醒した正しいライフスタイルを送っているのだ」というナチュラリストやエンバイロメンタリストに通じる、不遜で傍目には痛々しい選民意識が潜んでいるからだと思う。環境活動家の浅薄さ、スピリチャル系の皮相さ、そういうものに似たものを感じてしまって、どうも一部のベジタリアンには嫌悪感を催す。
「正しく食べよう」ということは、偏食せず、多くの品目を食べ、野菜や果物を豊富に取りましょうということでいいんじゃないかと思う。まあ、ぼくは反省するべきところが多々あるけど……。
投稿者 ken : 2007年04月14日 23:09