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2007年04月13日
パチンコ、特許
佐藤仁、『パチンコの経済学』(東洋経済新聞社)
高校生のころパチンコ産業は「オモテ10兆、ウラ10兆」と聞いたけど、いまやパチンコ産業は30兆円の市場規模。出版の2兆円市場なんて鼻くそみたいなもんだし、比較的大きなアパレルでも20兆円。で、そんな巨大産業なのに、いわゆる業界全図的な本では、その概要すら紹介されることがないという謎に包まれた世界。
というわけで、パチンコ業界で長年要職にあった著者による業界解説の本書は貴重な本だ。パチンコやパチスロには興味がないけど、産業としてのパチンコや、それを取り巻く諸問題には関心があるよ。
パチンコ産業は80年代から90年代にかけて成長が著しく、それは射幸性を高めた機械の導入が進んだからだという。ところがパチンコ人口自体は横ばいからじり貧に転じている。つまり、パチンコは大衆の娯楽から一部のマニアが大金をかけて大きく勝ったり負けたりするギャンブルになってしまった。ところが、それでは未来がないので再びギャンブル性の高い世代の機種は、よりゲーム性の高い機種へ置き換えられようとしている。さて、いったん離れた顧客はホールに戻ってくるのか。
警察と業界のいびつな関係とか、新規参入を不当な特許戦略で拒む業界の閉鎖的な体質、パチンコ機開発メーカーは高い利益率を上げるのにホールは薄利であるうえに顧客獲得競争で疲弊、まあ、もともと換金方式というグレーなやり方で違法性にふたをしてきたような業界だから自浄能力とか体質改善とか、そういう動きが出づらい。
パチンコ産業がどうこうという視点ではなく、世界的な動きであるというゲーミング産業という文脈で、著者はいろいろと提言している。視線が高い。何でも、ライトなギャンブル産業は世界的には合法化の動きにあって、非常に成長している分野なのだとか。海外の事例紹介を交えて日本のパチンコ産業が進むべき方向性の1つを提示しているのは、非常におもしろい。
しかしなぁ、ギャンブルが巨大産業……、そのことにゾッとするものを感じる。巨大なる無駄。産業は人間の生活の糧になる何かでなければならない。そんな気がしていたけど、でも、よく考えてみれば、ハリウッドの映画産業だって人間の腹を満たしたり、渇きをいやしたり、病気を治したりはしない。アパレル業界だって寒さをしのぐ衣服を売ってるというわけじゃない。
無駄な生産や消費ということでいつも思い出すのがイエメンのカート。
アラブの中でももっとも貧しい国の1つ、イエメンではGDPが300ドルもない。それなのにGDPの3割とか4割はカート関連の産業だという。カートは向精神薬の一種で嗜好品。軽い麻薬だ。日本人が仕事帰りにアルコールでノミニケーションするように、イエメンの男たちは昼間っから友人たちとカートを口に含んで語らい、夕方には恍惚とした気分のなかで過ごすという(在イエメンの外務省職員の手記が参考に)。
なんたる無駄! パチンコ産業なんて、イエメンのカートみたいなもんじゃないか! と、思っていたんだけど、まあ人間はパンのみにて生きるにあらず。映画も見ればパチンコもやれば、ジャグリングもやるんだしなぁ。
それにゲームと同じでギャンブル機器は海外に売れる。日本のメーカーなら、いい機械を作れると思う。観光資源としても非常にいいと思う。
丸島儀一、『キヤノン特許部隊』(光文社)
新宿に行ったとき、ついでに寄ったカメラ屋で何となく買った本。Map Cameraにはカメラに関係している本は何でも置いてある。土門拳の仏像の撮り下ろし本とか初めて見たけど、土門拳ってエッセイストとしても才能のある人だったんだ、知らなかった。
カメラ屋においてはあったけど、この本はカメラやレンズ設計の話が詳しく出てくるわけではない。むしろ、戦後、カメラ事業で成功しはじめていた経営陣が「売ってしまえばそれまで」のカメラよりもランニングコストで食っていける事業としてコピー機をはじめとする事務機器ビジネスに乗り出し、グローバルカンパニーに成長する様を描いた本。その成長の陰には丸島という特許マンがいた。
なんかプロジェクトXに出てきそうな人だなと思ったら、ほんとにプロジェクトXで取り上げられたことがあったらしい。プロジェクトX 挑戦者たち 第6期 突破せよ 最強特許網 新コピー機 誕生。
なんと言ってもおもしろいのは第1章。特許でがちがちに守られたゼロックスのコピー機で使われている「カールソンシステム」とは違う「NPシステム」でコピー機を実現したキヤノンの技術者と、その後のゼロックスとの特許戦争の話が圧巻。非常にプロジェクトXな浪花節だ。
丸島氏が、最初はおっかなびっくり渡米していたところから、徐々にタフニゴーシエーターに成長していく様が興味深い。プレゼン上手で滔々と持論を語り、時には脅しをかけてくるアメリカ人に対して、丸島氏は堂々と渡り合うようにまでになる。英語はむしろ自分では使わず、必ず社内の通訳を連れて行く。英語が分からないわけではないので通訳を待つ間に考える時間を稼ぐことができる。あるいは戦術として、通訳の誤訳を指摘して相手にプレッシャーをかけるということもやったらしい。おまえ、この人がそんな無茶なことを言うわけがないだろう、おまえの誤訳だ、と叱りつける。そうすると日本語の分からない相手でも何か怒っているということは伝わる。英語で反論するよりよほど効果的だという。なるほど。身内に対してなら激怒しても、後で事情を話して謝れば済むわけだ。
クロスライセンスを結ぶときの駆け引きがおもしろい。例えば、製品開発のためにある会社の特許が必要だとしても、足下を見られないために、決して「これこれの事業をやるので特許がほしい」などと言ってはいけないという。まず、相手の製品をばらして自分のところの特許を使っていないかを調べる。もし使っていたら、難癖をつけてからクロスライセンスに持ち込む。したたかな……。
この本が書かれたのは少し前で、ちょうど日本でも知的財産戦略大綱が出てプロパテントが騒がれ出したころ。そうした日本の特許政策に対して、かなり厳しい批判をしている。ただアメリカ追従のプロパテントには国家戦略が欠けている、と。
もともとレーガン時代にアメリカがプロパテントに傾いたのは、プラザ合意以降、円安を背景に日本が対米輸出を浴びせかけて貿易黒字をふくらませていた時期。日本の護送船団方式を駆逐し、官民をあげてプロパテント政策で先端産業のアドバンテージを確保しようという政策は、露骨に日本を標的としたものだったという。アメリカは時代時代でプロパテントとアンチパテントの間を揺れていて、それは常に国益に沿う形でバランスを取ってきた。ところが日本のプロパテント政策は、そうした国家レベルでの視点が欠けているという。
日本版バイドール法についても片手オチだと指摘する。日本では産学連携が課題と言われて久しい。産学協同の研究成果によって得られた特許を「国は放棄できる」と定めているのは全然弱すぎて、むしろ国が特許を一切保持できないようにするべきだという。
そのほか、特許侵害の損害賠償裁判のときには、米国のように実損の3倍程度の賠償責任を負わせる懲罰的損害賠償が必要だとか、今後の技術の世界ではともかく標準準拠が重要だとか、傾聴すべき提言をいくつも語っている。
アメリカ人と対等に渡り合うためにと、アメリカ人のようにウイスキーをあおり、ステーキを食べる生活に切り替えたという話に時代を感じる。いまアメリカ人はヘルスコンシャスでライトな食生活を志向している。丸島氏は今でもステーキを食うそうだ。
投稿者 ken : 2007年04月13日 21:09