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2006年12月12日

マーケティングの神話

4006001355マーケティングの神話

石井 淳蔵
岩波書店


消費者には意識するしないにかかわらず明確なニーズがあって、マーケティングというのは、それを調査・分析し、製品開発に活用すること、という自明のように思えるマーケティングの前提というのは、実はかなり怪しいですよ、というところからスタートする、ちょっと変わったマーケティング入門。

第1章の事例がおもしろい。

例えば花王のアタック。洗濯用洗剤は、ぼくが子どものころには特大コーンフレークかというほど巨大な箱に入っていた。それが1990年代に花王が少量でも洗浄力の高い洗剤を開発し、小型化される。小型洗剤がヒットとなってからは「スーパーで買って持ち帰るときの負担を軽減」だの「家での置き場所が少なくて済む」だの「流通のコストの削減」だのと、あたかもそれが開発の目的であったかのように語られる。ところが消費者というのは、そもそも小型化が可能だなどと思っていないから、小さくしてほしいなどというニーズはなかった。花王にしても、小型化は開発の主眼ではなく、結果でしかなかった。技術開発の面から見ると、小型化には洗浄力を高める酵素の研究開発があったものの、むしろ花王がCMでこだったのは酵素パワーを訴える「白さ」であり、洗浄力だった。

別な例にサンヨーの静御前という洗濯機がある。1987年に登場したとき、時代背景として「家事の夜行化」、「集合住宅における騒音問題」があり、そのために静音化のニーズが消費者にあり、水流の研究を始め、商品化にこぎつけたというようなストーリーが、もっともらしく語られる。でもこれは、この本のタイトルにもなっている「マーケティングの神話」というべきもので、静音などという評価軸が重要だなどとは、消費者はまったく思いもしていなかったし、開発したサンヨー側も認識していなかった。グループインタビューをしても高速洗濯、洗浄力、経済性のどれに重点を置くか決められなかった。

こうした例は消費者に聞き取り調査をしても、そこからニーズを探り出すということには、おのずと限界があり、ヒット商品開発には開発した人々すら気づかなかったような偶然が関係していることを示している。マーケティング関係者が語るもっともらしいストーリーは、後から作ったお話に過ぎないことが多い。

もとの商品の利用目的からは想像もしなかった利用形態が出てくることなども含めて、ヒット商品というのはマーケティングの理論や調査から出てくるほど簡単なものじゃない。1980年代後半に流行したTOTOのシャンプードレッサーは、中高生の朝のシャンプー目的で使われ大ヒットとなった。でも、もともとは若い開発担当者が作った思い付き的な商品で、販売予測は渋かった。据え付けも難しく、工務店も熱心でなかった。つまりTOTO自身も当初は製品の意味を理解していなかった。日本の洗面台の変化を見ると、「洗面台のボールサイズ拡大→水が跳ねなくなる→洗面と歯みがき以外の用途に使いはじめる」という大きな流れがある。さらにこれに三面鏡の衰退という変化もあって、シャワーのついた大きな洗面台は時代の当然の帰結であるかのように後から振り返ると思える。でも実際にTOTOが、「消費者による意味の読みかえ」とも言うべき変化に気づくには製品発売後数年かかったという。

商品開発の現場にインタビューした数々の事例は大変におもしろい。でも、以降の章で展開される理論というか、ヘ理屈が……、なんともできの悪いポストモダン的お話という感じで脱力。ポストモダンで読み解くというからには、文章や修辞のドライブ感とか、お話としての楽しさがないとダメだと思うんだけど、どうも下らない。読んでいて「為にする議論」感が強すぎて辟易。例えば、商品の1次的な利用価値と2次的な利用価値に本質的な違いはないという強弁。著者は入浴剤の例を挙げて、ぷちぷちと音がする属性は、もともと入浴剤にとっては2次的な価値でしかなかったのが、他社製品との差別化要因、競争的価値になっているという。

1次的価値で差がなくなってくると、2次的な競争価値が決まるというのは、学者先生に言われなくても当り前のことで、性能差がなくなったパソコンを消費者がデザインで選んでいるなんていうことは、現場の誰でも知っていること。ビジネスマンにしてみれば常識みたいなことを、くどくどと言うだけならまだしも、1次的価値と2次的価値に本質的に違いはないとまで言われると、もう何が言いたいんだか分からない。いいよな、学者はモノを売って生活してないからなと思ってしまう。マウスカーソルを動かせないマウスとか、温浴効果のない音だけの入浴剤とか、洗浄効果のない洗剤とか、それはもう別ジャンルの商品だろう。1次的価値というのはその商品が成立する必要不可欠の条件。それが2次的価値と本質的に違わないわけがない。言葉遊び、理屈遊びもほどほどにしてくださいよ、と言いたい。そんな遊びから、役立つ方法論や知見が得られるわけでもなし。

というように、学者先生が現代の複雑なモノ・サービス作りの現場を見て、むりやり理論を考えてみましたという現状追認の本に思えてしかたなかった。こんなことなら、むしろ標準的なマーケティング理論の本を読んだほうが良かったかもとすら思った。標準的アプローチが通用しづらくなっているとは言っても、やるのは無駄とまではこの本でも言ってないし。

投稿者 ken : 2006年12月12日 23:20

コメント

でもこの本、高く評価したのは学界よりもむしろ実業界のほうだったようですよ。
まず何よりも現場で起こる現象を起点にして理論構築を目指したからこそではないでしょうか?
ちなみに嶋口充輝氏との共編著『ゼミナールマーケティング入門』もこれまでのマーケティングの教科書とはひと味違う本として評判のようです。

この『マーケティングの神話』は石井氏が最初に独自の視点を打ち出した最初の本で、たしかに議論もだいぶ荒削りな印象を受けますが、その後の議論と研究を経るなかで洗練されてきています。
そのへんの事は、石原武政氏との共編著『マーケティング・ダイナミズム』『マーケティング・インターフェイス』『マーケティング・ダイナミズム』、栗木契氏の『リフレクティブ・フロー』、豊島襄氏の『解釈主義的ブランド論』あたりを一読されればお分かり頂けるでしょう。
とくに豊島氏は実務出身の著者で、議論の展開も石井氏以上に明解かつ発展的ですが、その豊島氏もやはり、従来型のマーケティング論よりも石井氏のマーケティング論のほうが圧倒的に有用だと評価している点は注目に値します。

投稿者 ぴえーる : 2007年11月27日 01:59

ぴえーるさん、はじめまして。
そういう文脈なんですね、情報ありがとうございます。
私は個人的には強い違和感を覚えましたが、実業界で
喜ばれたと。うーん。

ご推薦の本、機会があったら眺めてみます。
しかしマーケティング本って、本のタイトルからして
マーケティングバズワード的というか……。

投稿者 西村 : 2007年11月27日 22:59

I’d come to recognize with you here. Which is not something I usually do! I really like reading a post that will make people think. Also, thanks for allowing me to speak my mind!

投稿者 Perry Sommerfeld : 2010年12月06日 09:58