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2006年11月22日

オランダモデル

4532148219オランダモデル―制度疲労なき成熟社会

長坂 寿久
日本経済新聞社


イギリスやオランダ、そしてアメリカといった西欧先進国は、いずれも前世紀末に経済が停滞し、そこから抜け出すという体験をしている。英米は「小さな政府」や「規制緩和」をスローガンにして構造改革を押し進め、経済的復興には一定の成果を収めたが、所得格差の拡大や失業率の増加といったマイナス面があった。

いっぽうオランダは、欧州のOECD加盟国が2ケタの高い失業率にあえぐなか、90年前半は6%前後の低い失業率を維持。インフレ率も低く、福祉関連の増大した支出による財政逼迫も目に見えて改善されていく。 80年代に「オランダ病」とまで言われた合併症は、魔法の治療薬で一気に快癒する。

そんな90年代のオランダの構造改革の成功を解説する好著。

魔法の治療薬は、1982年に政労使の3グループ間で取り交わされた「ワッセナーの合意」というもので、政労使の3者がそれぞれ苦い薬を一緒に飲みましょうという合意だった。

労働組合は賃金上昇抑制に同意する。経営者は労働時間短縮を進めるいっぽうで、パートタイム雇用の創出をはじめとする雇用促進に邁進する。政府は財政支出の抑制と、企業の国際競争力を高めるための環境作りをするというものだった。

雇用形態による待遇差別を撤廃しようという社会的合意を、他国のことながらとても羨ましく思う。正社員だとか契約社員だとか、バイトという雇用形態の違いによる賃金格差をできるかぎりなくして、それぞれの労働者が家庭と仕事のバランスを主体的に決める。オランダでは、欧州他国同様に共働きが多いものの、それはけして1+1という共稼ぎではなく、たいていは1+0.5だったり、0.7+0.7だったりするという。家族に時間を割くという選択をする人が多い。フルタイムとパートタイムの間に、実労働時間による賃金以外の差がないとしたら、確かに全員がフルタイムを望むとは思えない。

日本の多くの企業では、それなりにいい給料をもらおうと思うと、正社員として、常に頭ひとつ抜き出るぐらいがんばらないといけなかったりする。裁量労働だとかホワイトカラーエグゼンプションだとか言って長時間労働を事実上強要される。本当は給料も労働時間も7割にしたいと思っている人が多いと思うけど、そういう選択肢は日本企業には存在しない。周囲に認められるぐらい働いて10割もらうか、手を抜いて居場所を失うかのどちらかで、中間というのは、あまりない。中間っぽいところで、うまーく息を殺しているタイプの人もいるにはいるけど、それは構造上それが可能だからやっているというより、うまく機能していないシステムの隅に巣食うニッチ住人という感じ。

日本の状況はともあれ、このワッセナーの合意で重要なのは、利害が対立しがちな三者が、コンスタントな対話を通して最善の解を求めていくというコンセンサス醸成のプロセスで、そもそもそうした合意が可能となる背景には、オランダ社会の基底にある社会的DNAが関係しているのではないか、と著者は指摘する。

社会的DNAというのは、1つは「ポルダー」の歴史によって培われた話し合いの文化があること。13世紀ごろから干拓によって国土を作っていく過程で、治水管理の必要性から民主的な合議体制が発達したという。互いに自分の土地の水路の水位を管理し、データをもとに話し合うという風土が、都市国家的存在だった時代から存在している。

治水というのは予測できない自然現象を相手にする。氾濫するときには氾濫するのだから、いかにコントロールするかが重要。オランダに赴任した著者は、かの国の人達が「コントロール」という言葉をよく口にするのに気づいたという。コントロールという発想は、犯罪への対処なんかでも同じ。犯罪というのは処罰や取り締りを厳しくすればなくなってハッピーというような単純なものでもないので、昨今の日本や米国のように、漠然とした社会不安を言い募るメディアに煽られて、ことあるごとに厳罰化や取り締まり強化を叫ぶ不合理な人間は少ないらしい。麻薬や売春は、取り締まってなくなるようなものではなく、社会というものの裏面みたいなもの。治水と同じで抑え込もうったって抑え込めないという事実を、彼らは受け入れる。だから、彼らはコントロールをむねとする。アムステルダムで麻薬や売春を合法としているのは、違法とすることによってオモテ社会の目の届かないアンダーグラウンドにそれらが潜り込むことを防止するため。かつて日本でも裏社会と官憲は、どちらかが他方を徹底排除しようという関係ではなく、おめこぼしや小さな賄賂をやりあってきたという。それは小さな悪に対しては必要悪として目をつむることによって大きな悪をコントロール下に置く知恵でもあった。

著者が指摘するもう1つのオランダ社会のDNAは、多様なグループが共存してきたという歴史。オランダは60年代までは、プロテスタント、カトリック、社会民主義、自由主義など宗派や政治信条別に、まったく別の社会グループを構成していたという。それぞれのグループは学校や病院、メディア、カフェといった社会の私的、公的施設・サービスにいたるまで異なっており、各グループを「柱」とみなした「柱状社会」という言いかたが可能だ、と指摘する。現在ではさすがにこうした柱状社会は表向きはなくなってきているものの、政労使の話し合いがもたれ、有意義な合意に達し、それが実現された背景には、グループ間の対話プロトコルのような目に見えない社会的リソースの存在があったのではないかという。

投稿者 ken : 2006年11月22日 23:47

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