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2006年09月27日
ゲバラ伝
![]() | チェ・ゲバラ伝 三好 徹 原書房 2001/01 |
革命のロマンティシズムを生き抜いた革命家、エルネスト・チェ・ゲバラの伝記。ゲバラは、人間の人間による収奪の根絶、そのために必要なのは言論や政治ではなく闘争だと子供時代に言い切るような生来の革命家だった。
非常におもしろい。南米観が変わった。英語を勉強するようになってから、南米人とよく話すようになったけど、彼らの住む南米大陸というのは、何と言うか、近世の日本列島みたいな感じなんじゃないだろうか。国というより、むしろ郷なんだ。だからアルゼンチン人のゲバラがキューバ革命に参加するようなことができて、それは、日本で言えば、よその藩に行くような感じじゃないだろうか。アルゼンチン訛りとかアルゼンチン固有の言い回しだかいっても、しょせんブラジル以外はスペイン語圏。同文同種。いまの日本人には分かりづらい緩やかな連帯感が、彼らにはある。北米に対する憎悪の共有を通しても、その連帯は強くなっている。
この本は1971年に書かれたものに、コンゴでのゲバラの動向をまとめた1章を付け加えて2001年に復刊した本。コンゴの話はやや余計かと思ったけど、そう思うのは、むしろぼくがゲバラのロマン主義に感化されているからだろうか。「革命か死」という二項対立そのものが、コンゴでは成立しなかった。勤勉なゲバラはスワヒリ語も学んだというけど、アフリカ大陸と南米大陸の条件の違いはいかんともしがったらしい。帝国主義を憎む気持ちは同じでも、南米とアフリカじゃあ、言語、文化、歴史、民族構成が違い過ぎる。結局、ゲバラは南米のボリビアに戻り、そのジャングルで絶望的なゲリラ戦の末に銃殺される。キューバから死地ボリビアに直行していたほうが、革命家としての履歴の純度が高かったろうにと思うのだけど、革命家としての人生の完成度などというロマンティシズムは、ゲバラのもつロマンとは重ならないのか。
ある年齢以上の人にこんなことを言うと「時は流れたんだね」と言われそうだけど、ぼくの世代にとってゲバラは歴史上の人間でしかない。あるいはTシャツに描かれた絵でしかない。ゲバラの生年は1928年というから、2006年の今も生きていたら78才。親の世代よりは、ひとまわり上というところか。キューバ革命が1953年、ボリビアのジャングルで戦死したのが1967年というから、ちょうど彼が死んだころが、ぼくらが生まれた世代だ。そんなに時代は隔たっていない。事典を引いてふと気づいたけど、三島由紀夫はゲバラより3年早く生まれ、3年長く生きている。三島は同時代のこの南米人にたいして、なにか言ってただろうか。
少年時代や学校時代の話もおもしろいけど、キューバ革命の前夜あたりからバチスタ大統領亡命までの話が断然おもしろい。歴史的背景もよく描かれているし、ゲリラ戦の困苦、革命を志す若者たちの闘志、理想、熱情といったものが、よく伝わって来る。
カストロがモンカダ兵営襲撃に失敗したのが27才。投獄、国外追放の憂き目にあって、そこから再起。わずかな人数の仲間とともにおんぼろ小船、グランマ号に乗ってキューバに乗り込む、その狂気。いいなー。リーダーたるもの、狂ったように見えるときがなくてはいけないと思う。圧政にあえぐキューバ市民にバチスタ政権打倒闘争を支持する素地はあったのだろうけど、やっぱりこの革命の成功は奇跡的だったし、カストロの狂気じみた勝利への確信がなければならなかったものだろう。
1つ驚いたのが、実の娘にあてた手紙のなかで立派な革命家になりなさい言ったりしていること。娘に革命家になれとは、どういうことだ。すごい。
そういえば、カストロ議長は元気なのだろうか。
投稿者 ken : 2006年09月27日 23:08
