2006年09月20日
ビバ放送大学
![]() | 日本語の歴史 近藤 泰弘、月本雅幸、杉浦克己 送大学教育振興会 2005/03 |
放送大学の教科書には、その分野で知るべきことがコンパクトにまとまった良書が多い。下手に一般向けに書かれた入門書を読むより、ずっとおもしろいことがある。ページ数の割に値段が2000〜3000円と高いのが難点だけど、1500円の本を買って後悔するより、2500円の本で満足するほうがずっといい。この『日本語の歴史』も、そんな本。
日本語について書かれた本は去年ずいぶんブームになった。そのほとんどは、日本語の読み書きに不自由する人のための指南書か、そうでなければ時代の変化についていけない中高年のルサンチマンを「ことばの乱れ」という一種の仮構で癒す本がほとんど。雑学系の本で、良質な読みものもあったけど、きちんとまとまった「日本語の本」というのは、ついぞ出てこなかった。日本語ブームと言いながら、最後のほうは「論理的に文章を書くには」といったテーマの、できの悪いビジネスパーソン向け実用書と区別がつかない本の粗製乱造で終わってしまった感がある。
世界に数千ある言語のなかで、日本語というのはどういう言語なのか。あるいは、言葉は変化するというけれど、有史以来2000年の歴史のなかで日本語はどう変化してきたのか。そういった言語学研究の成果を、ふつうに教えてくれる本でよかったなと思えるのは、町田健や田中克彦といった学者が書いたものしかない。たとえば、「言葉は変化する」というが、いつの時代にどのぐらいの速度でどう変化したのかを問わない限り、現在起こっている変化が、言語変化の歴史で見ればごく穏当なものであるのか、それともやはり変革期にあるのか議論のしようがないと思う。でも、言葉の変化速度について定量的な議論はあまり聞いたことがない。少し専門的な本を読むと、断片的にはそういう方面の研究成果も載っていたりするけど、けっきょくそれぞれの論文を読めということで、一般向け書籍という意味では絶望的な状況にあるんじゃないだろうか。
もう少し日本語を客観的に観察して、それをエッセイ風に語れるような人はいないのだろうか。町田健は、かなりいいと思っていたけど、ついに日本語練習帳みたいな情けない本を出したので失望した。
『日本語の歴史』は、きわめておもしろい本だった。ふつうの学校教育では、古文、文語、現代日本語と大まかに区別しているけど、言語というのは、ソフトウェアのバージョンが変わるように、あるとき変化するというものではなく、長い歴史のなかで連続的に変化するもの。奈良時代、平安時代、室町時代、江戸時代、明治時代、明治以降と、それぞれの時代を順に追い、文字、音韻、文法といった面から、各時代ごとの特徴と変化をコンパクトにまとめている。変化の法則や方向性、背後にある文化的、歴史的イベントとの対応なども解説されている。
いわく室町時代に日本語は大きく変化している。むかし、仕事で知り合った国語学者と雑談していたとき、こんな話を聞いた。「日本語は11世紀ごろに大きく変化しているんですよ。タイムマシンに乗って現代人が信長に会ったら、なんとなく言葉は通じる。腹を抑えてお腹が痛いと言えば、たぶん言いたいことは通じる。でも、それ以前の時代の日本人と話をしても、現在の朝鮮半島の人と話しているような感じで、ほとんど外国語のように思うはずだ」。そのときは、おもしろい話だとは思ったけど、どうして室町時代を境に日本語が大きく変わったことや音韻の変化の程度が分かるのかを不思議に思った。
その答えは、この本に書いてあった。
音韻の変化は文字や文献から推測する。たとえば、奈良時代の文献資料に見られる万葉仮名を見ると、「こ」の表記として、「己・許・古・胡」などがあって、単語ごとに、どの字を用いるかについて決まっているという。たとえば「こころ」という言葉について調べてみると、「己己呂(こころ)、己許呂(こころ)、許己呂(こころ)、許許呂(こころ)」の例があるが、「古・胡」という字を用いた例はないという。一方、「こども」の表記を調べると、「古抒母、古等母、胡藤母、胡騰母」などの例があるが、「「己・許」の字を用いた例はないという。このことから、現代日本語の「こ」に相当する音が2種類あったことが推測される。
あるいは、室町時代に読まれたなぞなぞに、
はヽには二たびあひたれどもちヽには一どもあはず くちびる (『なぞたて』)
というのがある。母で2度、父で1度も合わないものは「唇」。これは当時、ハ行の子音は現代語の[h]とは異なり、古代語同様に両唇摩擦音の[Φ]を用いていた証拠と考えられているという。母は、どちらかといえば「ファファ」に近い音だったということだ。
こうした地道な文献渉猟と推論から、日本語の音韻の変化を調べる。たとえば奈良時代の日本語の音韻の特色として、
- 現代日本語の撥音・促音・拗音にあたる音はなかった。
- 濁音は奈良時代にもあった。
- ハ行の子音は唇を用いる音であった。
- 現代日本語のような長音は奈良時代にはなかった。
- 濁音は語頭に立つことがない。
- ラ行音は語頭に立つことがない。
- 母音のみの音は語頭にのみ用いられ、語中・語尾には出現しない。
といったことがわかっているという。
この本を読んでいてつくづくおもしろいと思ったのが、「言語の化石」とでも言うべきもの。古い用法や語法が固定されてしまって、現代語でも何の疑問もなく用いられているような例がある。音韻でも「私は」とか「彼を」と書くとき、「は」や「を」は、かつてそれらがその音で発音された証だと聞いたことがある。11世紀の初めごろ、ハ行音の子音([Φ])がワ行音([w])で発音されるようになったという。この、“ハ行転呼音”と呼ばれる現象のために、「川」は[kaΦa]から[kawa]へと音が変化した。明治に「川」の表記を「かは」から「かわ」に改めたのは、数百年前の音韻の変化に、ようやく表記が追い付いたということ。
としたら、なぜ主格の助詞にだけ「は[wa]」を用いるのか、いまひとつわからない。
というような議論を前提にすれば、女子高生が使う「私わ」とか「私わ」という表記を、ばかげていると一蹴する気にもなれなくなる。「日本語の乱れ」をやたら指弾する人に辟易するのは、変化を前提とした議論を展開しないばかりでなく、言語の合理的変化という側面をすっぱり忘れ去っているからだ。「私は」という表記など、すでに数百年前の発音の痕跡でしかないではないか。
英語でもnightにあるghを、かつては発音したという。いわゆる黒人英語のエボニックスでは、nightをniteと綴る。これは、よほど合理的な綴りだし、長い目で見れば、将来英語に起こる変化の予兆となるのだろう。外来語や音韻の変化によって表記と音がずれてきた場合、表記に拘る頑固な人々の根拠のない議論こそ笑い飛ばすべきじゃなかろうか。いつの時代にも擬古文を書く人や、いかめしい文体で書くことでしか内容のハクを付けられない人というのがいる。
言語の化石の例として驚いたのが、奈良時代のク語法の例。ク語法というのは、動詞など活用語の未然形に接続して、「〜すること」という意味を表わすもので、たとえば「窺まく(ぬすまく)」というように「ぬすむ」の未然形に接尾語「く」が付いて、「(様子を)窺っていること」という意味になる。このク語法は平安時代以降にはほとんど見られなくなる。ところが、「曰く」「のたまわく」などの固定化された用例で、現代にまで生き延びている。まさに言語の化石だ。
さらに驚いたのが、「思ふ」のク語法である「思はく」。この「思はく」という句は「思惑」という当て字を得て名詞化し、現代語で活用されている。意味はほぼ奈良時代のまま、「思うこと、思っていること」だ。
ク語法と類似のミ語法も含めて、活用語に下接する接続語類に、複合的な句構造をもった文を構成する働きがあるというのは、奈良時代の日本語文法の特徴の1つという。この1点だけ見れば、すでに外国語のような感じだ。差異よりも類似点が多いからそうは思えないだけで、強い方言や古語は、現在関東圏で話されている話し言葉、いわゆる標準語とは異なる文法をもつ、ある意味では別の言語だ。
たんに助詞が別の音だというぐらいの変化ではなく、もっと根本的な文法変化が奈良時代に起こっている。奈良時代には古代に使われていた「つ・ぬ」といった完了を示す助詞が消えて、「てある・ている・てをる」などの継続のアスペクトを示す助詞として新たに登場し、このころ日本語のテンス・アスペクトの基本的な体系が成立したのだという。テンスやアスペクトが異なれば、これはもはや別言語だ。現代に連なる日本語と呼びうるものは、1300年前に登場したということだ。
ハ行転呼音のように、あるルールに従って大規模に進行する例があるのかどうかわからないけど、ちょっと考えただけでも、現代語でも音の変化があるのではないかと思い付く。発音と表記がずれ始めているものがある。たとえば「体育」は「タイク」と3音節で発音する。実際にはタイクと言うのにタイイクと書くのは、ちょうど「ちょうちょ」と発音するのに「ちょうちょう」とウまで書くのとか、「ちょうちょう」と発音するのに「てふてふ」と書く、というのに似ている気がする。現代語でも、音韻変化は日々進行している。『日本語の歴史』は古代から明治や昭和あたりまでをカバーしているけど、現代史の記述が少ない。現代史が手薄になるのは歴史の本の宿命みたいなものなのかと思う。限られたカリキュラムで消化するには、現代語の研究は膨大だということだろうか。
言語の変化は、より少ないルールへの統合、例外の消滅という形で進むことが多い。そうした変化にいち早く適応するのは、学のない庶民や、男性より女性だったりするのは今も昔も変わらないらしい。適応というよりも、例外を学習する時間や機会のない人達。日本語では動詞の活用が歴史の流れとともに減っている。奈良時代に9種類あった日本語の動詞の活用は減少傾向にあり、特にラ変活用の消滅と二段活用の一段化というのは、特徴的で大きな変化だという。室町時代に始まった一段化は江戸時代に、さらに進む。
まず、動詞の活用に関して、前代に引き続き二段活用の一段化が進んでいる点が挙げられるが、まだ一段化は完了せず、二段活用の形と、新しい一段活用の形とが併存していた。近松の浄瑠璃を見ると、武士よりも庶民の方が、また男性よりも女性の方が、一段活用の形を用いやすいこと、同一物が両方を使う場合、改まったときには二段活用を、うちとけたとき(また喜怒哀楽の激しいとき)には一段活用を用いることが多いこと、音節数の少ない動詞の方が一段化が速いことなどの特徴が明らかにされている。
言語は常に流動していて、同じ意味のことを伝えるのにも、いくとおりかの言いかたがある。書きことば的、文語的に改まって言うこともできるし、くだけた口語で言うこともできる。くだけた言いかたのとき、方言や若者言葉が使われる。よくよく考えてみると、そういうくだけた言葉というのは、もしかすると、たまたま変化している言語があってそれを使っているというよりも、むしろコミュニケーション上、そういうモードを必要とする人間の本質的ニーズを満たすために存在しているんじゃないだろうか。公私のグラデーションを埋める各モードの言葉づかいというのは、それぞれが先にあってマップされているというよりも、このグラデーションマップを埋める形で、ある時代、ある地方の言葉というのは、自律的に多数のモードを抱えこむのじゃないだろうか。
現代の「ら抜き」言葉という変化の本質は「れる・られる」の整理統合にある。これはきわめて合理的な変化で、尊敬・可能・受身などが混在して併用されている状態から、「られる」の可能・受身の意味が消えて行く過程にほかならない。こういうのは、やはり割とよくあることらしい。たとえば、奈良時代には「る・らる−ゆ・らゆ」で同様の変化が起こっている。<る・らる>の勢力に押されて、<ゆ・らゆ>は消滅した。
奈良時代にも「る・らる」の例はあり、少しずつ相互に意味・用法が異なる併存状態から、徐々に「ゆ・らゆ」は用いられなくなったものと考えられている。また「聞こゆ」「見ゆ」「思ほゆ」などは、この助動詞「ゆ」が付いた形から一語の動詞として用いられるようになったものと考えられている。
助詞や助動詞など、入れ替わりもすれば消えもする。
奈良時代に消えた助詞、「ゆ・い」あたりの記述を読んでいて驚いた。「ゆ」は「〜から」「〜より」という経由地を示す助詞で、こんな風に使われた例があるといって、奈良時代の文献が引用されている。
比羅可駄愉(枚方ゆ)…… ※漢字が出せないので、これは雰囲気。もうちょっとヘンチクリンな字が並ぶ
「枚方から笛をもって〜」というような文章の一節。枚方! ぼくの育った大阪の衛星都市の名前じゃないか。奈良時代から存在した地名なのか……。
「ゆ」と同類の助詞に「ゆ・ゆり・より」があったという。これらのうち、徐々に「より」だけが残ったという。現代語口語では「より」は比較の意味のほうが強く、経由地や出発地を示す用法で使うのはおもに書きことばに限定されているんじゃないだろうか。現代語口語では「東京から来た」とは言っても「東京より来た」とは言わないし、ほとんど誤用といえるほど違和感がある。NHKのアナウンサーが、「東京よりご参加いただきました、○○さんです」と言ってる姿は想像できるけど、やっぱりこれは古い表現という気がする。
奈良時代に消えた助詞、強調の用法をもつ「い」の痕跡は現代語に残っている。「あるいは」というときの「い」は、この奈良時代の助詞が語彙中に残ったものではなかと推測されているという。岩石中に残る古代生物と同じで、まさに言語の化石だ。
漢字や仮名の遍歴といった文字の歴史には、さほど興味がないけど「言葉の変化」を考える上で興味深い指摘がいくつかある。仮名にしろ文法にしろ、漢字の表記にしろ、ぼくらはついそうしたものを固定的なものだと想定しがちだけど、仮名づかいも長い間、揺れてきた歴史がある。実際の発音にできるだけ忠実にという努力も行なわれて来た。半濁音はパ行以外でもサ行でも使われていたことがあるというし、江戸後期の式亭三馬は、カ行に半濁音を用いてたいという。日本人は、音と字が1対1に対応していることを前提としない、かなり複雑なスクリプティングシステムを使っているけど、こと、カナについては、割と素朴に音と字の対応を信じているように思う。実際はそうでもないというのに。
句読点のテンマルやヤクモノについても、近世もかなり用法が揺れている。整版本が登場したころにようやく句読点が見られるようになるものの、どっちがどっちなどという区別はなかったという。いや、出版の現場にいる人間として日々感じることだけど、日本語の句読点や表記法というのは、今でも恐ろしく標準化されていない。
もともと日本語には段落とかセンテンスという概念がなく、翻訳などを通して導入されたというけど、いまウェブ上で起こっているのも似たような話かなと思う。ウェブ上の日本語では、少なくとも表示上の段落のありかたが以前とずいぶん異なってきている。と、そういう話をするにしても、やっぱり日本語の歴史的変遷という前提を抜きにしては議論できないと思う。ただただ、「段落の最初は1文字あけるのが正書法だ」などと言ってみても始まらない。
ずいぶん感想が長くなった。あいかわらず言葉の問題というのは興味が尽きない。
投稿者 ken : 2006年09月20日 23:18
コメント
原稿用紙がなくなり、プロポーショナルフォントを使った段階で
従来の正書法は役立たずになりましたね。
何を用いて書いているかによって言葉自体が変化していくと。
私は言葉というのは常に平易なものになるという進化?圧力を
受けてるように思うのですが、書き言葉については
気軽にメタデータや構造化をいれられるようなものに
なっていくかもしれません。
投稿者 くろせ : 2006年09月24日 07:13
ネットの言語表現は「断片化」が特徴かなーという
気がしています。ハイパーリンクとか構造化文書みたい
なものって、けっきょくそんなに使われていません。
たんに別ページに飛ぶためのものにリンクはなりさがって
いたりして。
まあツールが変わればあっというまに変わる話し
でしょうから、どうなるかなんて誰にも
わかりませんけど。
投稿者 西村 : 2006年09月25日 00:36
