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2006年06月16日

Icon---Steve Jobs, The Greatest Second Act In The History Of Business

スティーブ・ジョブズの評伝、“Icon---Steve Jobs, The Greatest Second Act In The History Of Business, Jeffrey S. Young, William L. Simon”を読んだ。おもしろい。

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AppleⅡによるコンピュータ業界での成功にはじまり、映画業界、音楽業界と、3つの業界で、業界のあり方を根底から変えるような華々しい成功を収めた男でありがなら、一方で自分がもっとも愛した会社を追放され、NeXTとPixarという2つの会社が収入を生み出さずに辛酸をなめるような波乱に満ちた人生だから、そのこと自体だけでも十分におもしろい。そのストーリーに、生々しい個々のプレーヤーの発言や行動が肉付けされて、読み応えのある本になっている。彼を取り巻く才能や個性の数々とジョブズの共感、葛藤、反目、離反が、多数のインタビューやメモを引用しながら良く描かれている。

他人の意見をまったく聞かず、圧倒的な発言力と影響力で会社もプロジェクトも私物化化し、専横の限りを尽くしたような男が、紆余曲折の末に50歳にしてチームワークや家族の価値を何よりも大切に感じるようになった。かつては、技術こそが世界を変えると信じ、自分こそが技術やデザインをもっとも理解する人間であることを疑わない独善的な男で、自分の娘に見向きもせず、はらませた母親もろともうっちゃっていたようなやつが、「技術は何も変えやしない」と確信とともに語る家族的な男に変貌する。人生は、子どもをもつことで変わるという。

この変貌ぶりこそが、この本の浪花節的ポイントに違いない。ところが、その変貌を端的に示すジョブズ本人のプレゼンテーションでの発言が、なんと翻訳本では、とてつもない誤訳となっていて驚いた。

ぼくも、あと1ヵ月で父親になる。妻がちょうど翻訳書で同じ本を買ってきて読み始めたところだったので、ややネタバレ的ではあると思ったけど、「子どもができると人間は変わるんだよ、きっと」ということを妻に言うために、クライマックスの発言部分を翻訳書のほうでパラパラと開いて、探してみた。

新製品紹介のプレゼンテーションを終えたジョブズは、翻訳書では、こう発言したことになっている。

「懸命に働き、ご紹介した新製品を創りあげたアップルの社員全員に、みなさんとともに感謝したいと思います。また、アップル社員の家族や配偶者にもありがとうと言いたい。みなさんとしても、我々にまだしばらく、仕事をして欲しいと思っておられるでしょうから」(井口耕二訳)

ビックリだ。原文は、

"I would like you to join me in thanking all the people at Apple who've worked so hard to create all these new products." Then he added, "I want to thank the families and the spouses of all the people at Apple. Because I know you'd like to have us around a little more."

となっている。

最後のセンテンスは、「家族のみなさんとしては、もう少しわれわれと一緒いる時間があるといいのにと思っていることを、私は理解していますから」となるべきじゃないか。働きづめで忙しく、家にいる時間の少なかったパパたち(やママたち)に、もっと家族と一緒に過ごしてほしいと思っている家族が仕事に示してくれた理解や忍耐に対してありがとうと言っているんじゃないか。だいたいハードワークの結果が出たばっかりで、なんでさらに家族は「まだしばらく、仕事をして欲しい」と思うんだ? ゆっくり休んでほしいし、一緒にいてほしいと思うもんじゃないのか? 日本語訳だけを読むと、まるで過労死でもしかねないような感じだし、そのことをジョブズが悪いジョークにしているようにも受け取れる。

まったく発言の意図が逆になってしまっている。これでは、この本のテーマのひとつでもある人間スティーブの変化を示す、もっとも劇的な発言の真意が伝わらない。

もうひとつ突っ込めば、最初のセンテンスは、私が感謝しているのと同じ気持ちで、「みなさんにも」ぜひ功労者に感謝してくださいと言ってるのであって、単に「みなさんとともに」なんていうことじゃない。join meというのは自分が感謝の言葉を言ってるのに加われ、という意味だろう。感謝しましょうというイニシアチブをジョブズが取っていることがポイントだ。なのに、単純に「みなさんとともに感謝したいと思います」じゃ、ほとんどそのニュアンスが伝わらない。

ワンマンだったジョブズが、率先して「チームプレー」の価値を評価し、チームに感謝とねぎらいの言葉をかけている。この発言は若き日のジョブズでは考えられないようなものだ。そういう鮮烈なコントラストを、この本の著者は最後の部分に本人の発言でもってきているのだから、そのニュアンスを何とか訳して伝えようとするのが翻訳者の仕事じゃないのか。この訳が、その場で通訳する逐語訳なら90点、同時通訳なら文句なしだけど、翻訳で、このニュアンスを伝えていないのはヒドイと思う。

【追記】その後、訳者のブログにコメントを書いたところ、やはり誤訳だったむね返答いただきました。詳しくは、下のコメントをどうぞ。

投稿者 ken : 2006年06月16日 23:56

コメント

ふと気づけば、こちらから私のサイトへのリンク、はられなかったんですね。このお話の続きは私のサイトでしているわけなので、リンク、はっておきましょう。

http://www.buckeye.co.jp/blog/buckeye/archives/2005/11/post_12.html#comments

投稿者 井口耕二 a.k.a. Buckeye : 2006年06月21日 20:46

iMac, iPod, iTunes, ... と来て、大きく「iCon」
Conとは何か?
もちろん、詐欺・ペテンの意味だからアップル社が怒っているんだが、その辺が翻訳者には理解できなかったようですね。

投稿者 教養人 : 2006年06月24日 06:34

> スタンフォード大学卒業式におけるジョブズのスピーチの和訳
http://www.buckeye.co.jp/blog/buckeye/archives/cat36
で同じ翻訳者が無礼な言いがかりをつけている。

一つ目、"If you live each day as if it was your last, someday you'll most certainly be right."
これは後半がジョークのオチになっていて、井口耕二の言ってる事は全て間違い。

二つ目、"Stay Hungry. Stay Foolish."
は「ハングリーであれ。馬鹿であれ」が簡潔で正解。
井口耕二がご丁寧に間延びした悪訳を提示している。

投稿者 教養人 : 2006年06月24日 09:37

iCon、気づかなかった……。あう、ダメだ。

スピーチの解釈、someday you'll most certainly be right. に
ついては、井口さんの訳では、確かに後半のジョークが
抜け落ちているなと思いました。rightの解釈として
in a satisfactory stateと辞書の用法を引用していますが、
これはI feel right.という言い回しなどのことで、
be rightで、そういう用法はなさそうです。

「馬鹿であれ」「愚かであれ」「分別くさくなるな」は、
どれでもいいかなと思いました。分別くさくなるな、というのが
若者に語りかけている言葉としては、いちばん元のニュアンスに
近いと思います。stay foolish には、すでにおまえら若者たちは
foolishだという含みがありますよね。「馬鹿であれ」では、
「be foolish」みたいで、だいぶニュアンスが変わります。
ただ、「分別くさくなるな」は、、やや冗長で原文にある
インパクトや韻を踏んだ効果がありません。あ、「馬鹿でいろ」
というのはどうなんだろう。

誤訳の指摘は、どっちみち無礼になるようなところがあるわけですが、
せめて、アイデンティティーを明かすのが最低限のマナーではありませんか。
「教養人」というなら、そんなことを私が指摘する必要はないでしょう。

投稿者 西村 : 2006年06月24日 11:06

訳本が見に行けない状況なので確認のお願いなのですが、「訳者あとがき」には「iCon」に関して、偶像(イコン)、コンピュータ画面上のアイコンの説明があるが、Con=詐欺・ペテンの説明がない。これで間違いありませんでしょうか?

やはり、"Stay Hungry. Stay Foolish." は 「ハングリーであれ。馬鹿であれ。」 が簡潔で正解だと思う。

「Be」ではなく「Stay」を使っているし、「ハングリーでいろ。 愚か(なまま)でいろ。」 の方が意味は近いが、「ハングリーであれ。馬鹿であれ」 の方が格段に良い響きだ。

間延びした悪訳 「ハングリーであれ。分別くさくなるな。」 について:

「分別くさくなるな」 と言いたかったのならば、
「Avoid becoming sensible.」 や、
「Don't become a "reasonable" bore.」 など、いくらでも言い方がある。

> 二つ目、"Stay Hungry. Stay Foolish." は 「ハングリーであれ。馬鹿であれ。」 が簡潔で正解。
間延びした悪訳 == 「ハングリーであれ。分別くさくなるな。」

似た例を挙げると、
"Love is blind." は 「恋は盲目」 が簡潔で正解。
間延びした悪訳 == 「恋する相手の欠点などは見えにくくなる。」

アイデンティティーを明かす件については次回お答えします。

投稿者 教養人 : 2006年06月26日 01:10

> アイデンティティーを明かす件については次回お答えします。

もったいぶるほどの話なんでしょうか。

話の内容にもよりますが、匿名の人とのコミュニケーションは
あまり気が進みませんもので。

投稿者 西村 : 2006年06月27日 01:08

教養人さん、

>「訳者あとがき」には「iCon」に関して、偶像(イコン)、コンピュータ画面上の
>アイコンの説明があるが、Con=詐欺・ペテンの説明がない。これで間違い
>ありませんでしょうか?

はい、書きませんでした。私のブログでも、その点にはあえて触れていません。訳者というのは、著者のメッセージを読者に届けるのが第一義ですから。著者がこの本を書いた意図を考えると、この点のいざこざについて著者を擁護するわけにもいかず、訳者という立場上、「書かない」しか選択肢はないと私は考えます。

本を実際に読まれた西村さんは、この本全体を流れる著者の姿勢に、スティーブ・ジョブズをペテン師だと中傷なり揶揄なりする意図があるように感じられましたか? この本に脈打つ著者の姿勢は、ジョブズのいいところも悪いところもひっくるめて、この人、やっぱりすごいよという敬慕のようなものだと私は感じましたけど。

それならなんでiConなんて紛らわしい書名にしたんだっていう疑問が出るでしょうけど、その点もまた、私としては、立場上、書くわけにはいきません。

投稿者 井口耕二 a.k.a. Buckeye : 2006年06月28日 20:46