« 2006年03月 | メイン | 2006年05月 »
2006年04月26日
香港の夜
香港在住7年というケータイマニア、山根さんの案内でケータイショップ巡り。お店もおもしろいけど、山根さんの話が興味深い。話を聞くなら、その道のマニアに聞けってことだ。
高感度でサクサクと撮れる一眼レフは、夜の街を撮るにはやっぱりいいなぁ。
投稿者 ken : 23:13 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月25日
香港出張
いいホテル。派手なイベント。
投稿者 ken : 23:52 | コメント (3) | トラックバック
2006年04月19日
インタビュー仕事
2日連続でインタビュー。1人は、いつも遊び心のあるGoogleのロゴの絵を描いている韓国系アメリカ人。1枚いかがですかと言われ、ロゴに直筆サインをもらってはしゃいでしまった。もう1人は、大手メモリーメーカーの合弁企業のCEO。CEOの女性と雑談で、サンフランシスコと東京の違いについて、あれこれ話していて、サンフランシスコがすごく懐かしくなった。
どちらのインタビューも和やかに、楽しく進んだ。内容もとてもおもしろい。こうやって人に話を聞いて、それをまとめる仕事がやっぱり好きだなと思った。技術を理解する力、文章を構成する力、語学力といったあたりが、やっぱり自分の強みに違いないし、それを活かせる仕事がいい。技術オタクが喜ぶネタを提供するというよりは、もう少し広い視野を持って、社会一般に先端技術やイノベーションを伝えるような、そんな仕事。市場の需要、個人や組織としての能力、ビジネスプラン、社内事情といろいろあって、やりたい仕事をやるというのはなかなか難しい。
思った以上に英語が大丈夫な自分に、いい意味で驚き。1つは通訳がそもそもいなかったし、もう一方では通訳の人に「ぜんぜん通訳は不要でしたね、失礼しました」と言ってもらえた。あまりしゃべっていないので、やや舌がもつれることはあるものの、読み書きが日常になっているからか、特に語学力が落ちたという感じはない。むしろ、ここ2年ほどは、ゆっくりゆっくりと伸びていっているように感じる。
投稿者 ken : 23:34 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月18日
バイクひさびさ
バイクを修理。キャブレター解体とかオイル交換。基礎点検料込みで1万9000円は安いのか高いのかよく分からない。
去年の夏以来、8ヶ月ぶりに乗るバイク。車両感覚がつかめるかどうかとか、クラッチ操作がスムーズにできるかが少し不安なので少し慣らし運転しようかと思ったけど、面倒だったので、いきなりふつうに走り出してみた。まったく不安もなく、バイクがまた手足のように動き出す。身体の記憶というのは不思議なもので、何も考えずに運転できる。
春風が気持ちいい。原付と違って加速もいいし、70kmで走っても捕まる心配がないというのはいい。
投稿者 ken : 11:31 | コメント (1) | トラックバック
2006年04月17日
ウラ社会
共同通信社社会部著『野望の系譜――闇の支配者、腐った権力者』(講談社、2001)
戦後日本のウラ社会史。表と裏の癒着、汚職事件をまとめた本。まとめたというか、頭から順番にずらずらと新聞連載を並べたような体裁で、ビックリするほど読みづらい。実につまらない本だった。
投稿者 ken : 11:26 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月16日
法事
浅草へ。義父の3周忌。リスニングの練習だと思ってお経を聞くのが常だけど、今日は眠いのでぼんやり。「母を殺してでも……」というフレーズがあった気がする。何のお経なんだろうか。でも、葬式仏教にはあまり興味がない。
77、8歳になろうかというおばさんが、「ケータイのメールは最高ね」と楽しそうに話すのに驚き。友だちと韓流話を延々とメールでやりとりしているんだとか。時代は変わった。
東京駅を眼下に見下ろす丸ビル36階、イタリアン「アンティカ・オステリア・デル・ポンテ」。ウサギのお肉がなかなか美味。やや量が少ないことをのぞくと、けっこうなお食事。
投稿者 ken : 20:49 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月14日
Freakonomics
Steven D. Levitt&Stephen J.Dubner, Freakonomics---A rogue economist explores the hidden side of everything,2005
気鋭の若手経済学者、レビットが書いた、よろずデータ分析エッセイ。統計処理やデータ分析の基礎的な概念や手法、あるいはモダンな経済学の基礎概念である情報の非対称性だとかインセンティブの種類や構造といった話を、数式やジャーゴンを使わずに多種多様な実例を用いて説明している。
全体として何か新しい考えが学べるとか、そういうものではなかったけど、個々の事例が抜群におもしろい。一般に信じられていることとは正反対だったり、考えもつかないような予想外の結論が次々と登場する。あるいは、うすうすそうじゃないかと思っていることをデータでもって、疑う余地がないような形で示している。米国犯罪率激減の原因分析、相撲取りの星取り表データからどう不正を読み取るか、米国教師たちの不正を示すデータの分析、不動産売買エージェントの販売実績から読み取るインセンティブの構造、庭のプールと拳銃による子どもの事故死の数、低所得者と高所得者層に典型的な子どもの命名とその変遷、選挙戦と選挙費用の相関、イスラエルのデイケアサービスで起こったモラルハザード、とか。
投稿者 ken : 11:30 | コメント (4) | トラックバック
2006年04月13日
特捜検察
魚住昭『特捜検察』(岩波書店、1997)
腐敗した政財界のみならず、占領統治時代の限りなくクロというGHQ幹部までも含め、歴史的な汚職、脱税、談合事件の数々の摘発劇を描くことで特捜検察とは何かがわかる入門書。好著。佐藤優氏の『国家の罠』やライブドア事件に絡んで、このところ特捜って何だっけと、改めてそんなことを思っていたので読んでみた。著者の魚住氏は、共同通信で長年特捜がらみの取材を続けた人で、何冊か検察がらみの本を書いている。事件の背景も分かりやすく書かれているし、章の区切りごとに、当たり前っぽい組織図と解説があったりするのが親切。取調室の検事や大物被疑者のやりとりが、よく描かれていて、たいへんにおもしろい。ロッキード事件、昭和電工事件、リクルート事件、ゼネコン汚職事件という昭和疑獄史のコンパクトなスケッチにもなっている。
投稿者 ken : 11:00 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月12日
小柴先生?
小柴昌俊先生が人生を楽しく生きる100の言葉という本を出したようなので、ちょっと立ち読みしてみた。繰り返しっぽい言葉が多いものの、肩の力がほどよく抜けてくる、いい本だなと思った。帯には90歳とある。なんかヘンだと思ったら、著者は小柴先生ではなくて、斎藤茂太だった……。似てる……、いや似てないか。

投稿者 ken : 23:54 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月10日
宮崎帰省
両親の住む宮崎へ。土曜の朝イチで出かけ、月曜のお昼に東京に戻った。
日南海岸沿いの波状岩、通称“鬼の洗濯岩”をみて最初にぼくが言ったヒトコトは、「ここらへんまでは人工的に作ったもんでしょ?」だった。「あんたバカね、何いってんの?」と母。知らないぼくがアホだった。鬼の洗濯岩のことについては、割と最近、日本の名所なんたらという本で写真付きで読んだばかりだったというのに。
|
|
奇妙な形に波に浸食された洗濯岩。 |
|
|
鳥居を足蹴に不遜なポーズ。 |
|
|
こんな不思議な形の岩も。 |
それほど宮崎については何も知らなかった。有名人も名所も、歴史上の人物も、特産品、うまいもの……。しかし、知らないのも無理はなく、宮崎出身の有名人は誰かと地元の人に尋ねると、よく分からない元宮崎市長か何かの名前を他県の人に言ってキョトンとさせるらしい。全国区の有名人がいない。いま改めて検索してみたら、「若山牧水、銀色夏生、鬼束ちひろ、今井美樹、永瀬正敏、斉藤慶子、そのまんま東」あたりが宮崎出身らしい。
一時的とはいえ、定年退職後に第二の人生を送ることになった宮崎。そこに住む人々の県民性について、父も母も「とにかくノンビリしているよ」と言った。肯定的に言えばノンビリだけど、否定的に言うと「ぼんやりしてる」となる。内向的でシャイ。エレベーターで会っても挨拶もしない。クルマの運転がヘタでマナーもひどい。東京転勤だというなら会社を辞めるとまで言い出すほど宮崎を出ようとしない。仕事がないから、単純労働を何人もでシェアしていて、人件費も安く、労働の質も低い。何より、これといって産業がない。
九州の他県に比べても、とりわけ目立たない。日南海岸は泳ぐにはいい砂浜が続いてるものの、大型船を何台も停泊させられるような自然の良港に恵まれなかった。四方を山で囲まれ、それで孤立していたのが宮崎じゃないかと、父。熱海に続いて新婚ブームに沸いた時代も今は昔。数万円でハワイに行ける時代に、誰も宮崎になんて行かない。宮崎市内、最大の観光名所のひとつ、青島へ通じる海岸沿いの商店街は見るも無惨な閑散とした通りだった。30年前で時間が止まったような写真館や雑貨屋、喫茶店の宣伝文句が、かつての栄華を偲ばせる。ぼくらが行ったのは土曜日の午後だというのに、広々とした食堂兼おみやげ物屋には、見事に客がいなかった。ただ、手持ちぶさたにしている店員が数人おしゃべりしているだけで、壁にかけられた、大量の「○○観光」という看板の連ならりが妙にむなしく光っていた。
|
|
がらんどうの食堂。 |
物価が安い。同じ日本と信じたくないほど野菜や魚、肉類が安い。宮崎産の牛肉は安くてうまい。魚は特筆するほどうまいというわけじゃないけど、断然安い。最近静岡を抜いて全国でも屈指となっているのが養鰻。これも、ビックリするほどうまいわけじゃないけど、東京で食べたら2、3倍はしそうな、けっこうなウナギが1500円程度で食えた。「入船」という有名店は、常時1時間待ちとなるほど他県からも人がやってくるところで、お店の隣に立てられた待合い所や、通りをへだてて面した神社には、順番待ちの人々が大量にあふれかえっていた。まさか、ウナギごときで、校内放送みたいなアナウンスで名前が呼び出されるとは驚き。
|
|
ウナギはおいしかったけど、大豆の白い粉でできたような“呉汁(ごじる)”にはウグッと来た。 |
物価が安く、土地も安い。そりゃあ、地方公務員にでもなれれば、それで御の字。ノンビリ暮らしたくなるのも分かる。
「ね、どこもキレイにしてるでしょ?」とクルマを運転しながら母が言う。植木や道路沿いの並木が、確かにどこもキレイに手入れされている。そこここで、南洋性の色とりどりの草花が鮮やかに咲き誇っている。ふつうの人家の植え込みに咲く花でさえ、マメに手入れされているような感じ。宮崎はどこも花がきれい。
花といえば、西都原(さいとばら)古墳群の菜の花畑は圧巻。広々とした野原の一角が、見事に真っ黄色。子どもでなくとも中に分け入って写真を撮りたくなるような場所。遅咲きの八重桜も、まだかろうじて桜らしさを保っていた。山裾には赤、紫、黄色の、名も知らぬ木々の花々が咲き乱れる。田園と古墳と山裾の花々を背景に、復元された藁葺き屋根の古代家屋を見ていると、まるで日本昔話の世界に紛れ込んだような気分になるのだった。そしてやっぱり見渡す野原に人影はまばら。これが東京近県だったら、どこを見ても人、人、人という光景だったろうと思う。
|
|
広々とした菜の花畑。宮崎の光景は何が違うんだろうかと思ったけど、母の言うとおり、「遮るものがない」のが大きい。高い山やビルがあるわけでもなく、どこも平坦な視界が広がる。 |
鬼の洗濯岩が眼前に広がる絶景の露天風呂に行くと、男湯、女湯ともに貸し切り状態だった。母と妻は、地元のおばあちゃんの「聞き取れない」方言を聞いていたりしたらしいが、ぼくと父は文字通り親子水入らずで、いろいろおしゃべり。
|
|
貸し切り状態の露天風呂。 |
パイロットという専門職を経て、安全運行管理という経営の直下に位置する現場で働いてきた父とは、職種も経歴もぜんぜん違うけど、「仕事とは? 職業倫理とは?」という話をすることが多い。別に会話を重たく感じているわけではないけど、私的なことより、どうでもいい公的なことを話すほうが気がラクという感じもある。
父は急に昔話を始めた。以前に聞いたような気もするし、初めて聞いたような気もする。その日訪れた鵜戸神社は、父が高校生時代に文通していた女性との逢い引きの場所だったという。大阪と九州と、遠く離れて文通していた2人は、ある時、父が同級生と企画した九州旅行にあわせて、鵜戸神社で待ち合わせすることにしたという。滞在時間の決められたバスツアーで神社に到着した父一行は、さほど入り組んでもいない境内をあちこちうろついたあげく、とうとうその女性とは会えず仕舞いだった。その後の手紙のやりとりでは、確かに指定の日時に先方も神社にいたことが分かったという。「高校生やったからなぁ、いまにして思えば、うろちょろせんと、出口んとこで待っとったらええだけの話やねん。同級生にも、さんざんおまえアホか言われてなぁ」。すれ違ったきり、2人はその後は会うことがなかった。「いまみたいに携帯電話があったら、少なくとも会えんいうことはなかったやろうにな」というと、「せやな。まあ、あのとき、会ってたらおまえは生まれてなかったかもしれんな」といって父は笑った。「そのほうが人生が幸せやったのか、それとも会えんかったのが結果として良かったのか、それは、まあ分からんな」。それほどの思い出の場所だったとは知らずに今しがた歩いたばかりの神社の境内の様子を、ぼくは心の中で反芻した。海岸沿いの崖っぷちに作られた参道にはソテツ。神社の朱色の建物と、青い空、ソテツの緑が美しいコントラストをなしていた。約半世紀という長い時間を隔て、成長した自分の息子や義理の娘と一緒に安産祈願をすることになるとは、父も、さぞ不思議な感慨にとらわれていたに違いない。
|
|
空の青や木々の鮮やかな緑、朱の建物のコントラストが美しい鵜戸神社。 |
長湯の苦手なぼくにしては、だいぶ長い時間、湯に入ったり出たりを繰り返していた。洗濯岩の先のほうで、さっきまで波にのまれていたサーファーたちの姿が消えていた。すでに月は黄色みを帯び始めていた。
投稿者 ken : 23:34 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月05日
ジャンヌ・ダルク
竹下節子『ジャンヌ・ダルク――超異端の聖女』(講談社現代新書、1997)
悪い本じゃないんだろうけど、イマイチ。ジャンヌのほかにも中世を生きた聖女を扱っていたりと題材はおもしろいのに、考察がありきたりで単純。ドライブ感や盛り上がりに欠ける文章。いろんな要素のつまった結構な入門書でございましたというぐらいしか感想がない。文体の快楽だけを求めているわけじゃないけど、脳みそを興奮させる言い回しや比喩、意外な指摘がない文章って、読んでて退屈だ。この本には記憶に鮮烈に残るような文が1カ所もなかった。
投稿者 ken : 23:42 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月04日
4次元胎児
午前中病院へ。定期検診と、胎児の立体造影。超音波エコーをコンピュータ処理して胎児の立体映像をリアルタイムで画面に描く。「4D」などと呼ばれる立体造影処理の機械は、GE製で定価5000万円のところ、3000万ほどで購入したらしい。担当医によると「回収できない投資じゃないかと言われてます(笑)」ということ。でも、みんな胎児の顔を見たいと思うもの。直接的な収入ではマイナスでも集客効果は十分にあるんじゃないだろうか。
762グラム、頭の幅6センチの胎児は、すでにアクビのような仕草もすれば、目も開く。手足を盛んに動かしている。もこもこと輪郭が曖昧で背骨が浮かんで見えたりする胎児は、見慣れないこともあって、可愛いというより、バイオハザード的なグロテスクさ。太ももが胴体から切断された状態で動いていたりする。
投稿者 ken : 23:26 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月03日
mixi
mixi中毒というわけでもないけど、mixiにどっぷりという感じだった同僚が「いや、mixiやめてブログにしようかなって思ったりする」と言ってたので、ちょっと意外に思った。「まだmixiなんてやってるんですか?」と、わざと驚いたように言ってみせるのが、ここ半年のぼくの反応。柵で囲ってもらえないと安心して遊べないのか。ソフトウェア、ハードウェア、サービスのどれでも、ぼくは囲い込まれることが極端に嫌いだ。
人事発令を見たら、3月末で勤続20年クラスの人が、たくさんやめていっていた。