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2006年02月21日

現代ベトナム入門

松尾康憲『現代ベトナム入門――ドイモイが国を変えた』(日中出版、2005)

共同通信前ハノイ支局長によるベトナム入門。「ベトナム取材雑感」に、ベトナム史を少し加えたという体裁。古くは中国、のちにフランス、アメリカ、日本といった帝国主義国家からの侵略にさらされ続けた歴史から説き起こし、80年代後半に本格化した「ドイモイ(刷新)」の開放路線による経済復興までをまとめている。入門というには雑多で細かな情報が多すぎるために、ややまとまりに欠ける感じ。どちらかというと時事ネタブログみたいだし、どうも著者がジャーナリストだから当然と言えば当然だけど、報道の自由や情報公開に関するスキャンダル話なんかが多い。そういうところで冗漫さは感じたけど、自分で見聞きした体験を語る人の言葉って、おもしろい。外国人として初めて仏教寺院に「ラオスから来た僧侶」ということで入り込んで剃髪までしちゃうような、行動力のある人。

追記:はじめ時事通信と書いたのは誤りでした。松尾氏は共同通信前ハノイ支局長でいらっしゃいました。著者ご本人からご指摘をいただきました。大変失礼しました。(3/4)

好悪も含め、対象に対する思い入れが行間から見えてくる。ことあるごとに中国と「小中華」とも言えるベトナムを比較し、むしろベトナムを擁護することが多い。おもに西洋人で構成される国境なき記者団の、東洋に対する無知と偏見を指摘しているけど、そう言ってる松尾さんは、ややもするとベトナムびいきに過ぎる嫌いがあるように思われる。そのぐらいでちょうどいいとは思うけど。

「社会主義市場経済」という形容矛盾的な開放市場政策の、行きつ戻りつの動向が興味深い。徐々に市場を開放しつつあるかと思えば、鶴の一声的に海外からの投資熱を一気に冷ますような暴挙に出てみたり、国営企業は国「有」企業へと改名したものの、相変わらず赤字を垂れ流していたり。

国の統治体制のあり方について孫文の『建国大綱』から「軍政、訓政、憲政」という政治的進化の3段階を引いてきて、いまのベトナムは訓政期じゃないかと指摘している。中国は天安門事件を見れば分かるとおり、軍政期。で、孫文はもちろん社会主義国家建設のことを言ってるのだろうけど、この区分は必ずしも社会主義国だけに当てはまるものじゃない。たとえば韓国は、独裁色の強い大統領による長期間の訓政を終えて、いまようやく憲政期にさしかかりつつある。あるいは、戦後日本が歩んだ道も、これに当てはめてみることができるのではという。GHQ支配下の日本は「軍政」と言えるだろうし、戦後の少数のエリート官僚と国策による産業育成は「訓政」と言える。今ようやく憲政期に入らんとするも民主主義に必要とされる諸条件が未熟じゃないのかというのが、今の日本。建前上は1952年の占領統治終了時に憲政は始まっていることになっているけど。

お隣カンボジアのクメール・ルージュやソ連や東欧の崩壊とその後、あるいはかつての同胞キューバの孤立といった共産主義国家の失敗や悲惨な歴史を見てきたベトナム指導者たちの間には、革命的な急激な社会変革が多くの人間を不幸にするのだという認識があって、段階的に資本主義的な政策も取り入れるし、情報公開も進めているんだという。

投稿者 ken : 2006年02月21日 23:42

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コメント

著者です。手厳しい批評も、取り上げていただけるだけありがたい限りです。ただ、小生は共同通信前ハノイ支局長であり、見知らぬあなたが冒頭で述べられたような「時事通信」の所属ではありません。「時事」の尊名を、汚してはならじと訂正願う次第です。  松尾康憲

投稿者 松尾康憲 : 2006年03月04日 04:51

著者です。手厳しい批評も、取り上げていただけるだけありがたい限りです。ただ、小生は共同通信前ハノイ支局長であり、見知らぬあなたが冒頭で述べられたような「時事通信」の所属ではありません。「時事」の尊名を、汚してはならじと訂正願う次第です。  松尾康憲

投稿者 松尾康憲 : 2006年03月04日 04:54

松尾さま、
ご指摘の件、訂正させていただきました。大変失礼いたしました。

投稿者 西村 : 2006年03月04日 11:09