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2006年02月20日

ゲバラ映画

ウォルター・サレス監督『モーターサイクル・ダイアリーズ』(英米合作、2004)

とぎれとぎれで本を読むのは、まったく苦痛じゃないけど、PCでちょびちょびと映画を観るのは結構きついなと思った。最後は結局まとめて1時間ぐらい見た。

1951年、23歳で友人と2人でおんぼろバイクにまたがって南米大陸縦断の旅に出た若き日のゲバラを描くロードムービー。どこまで史実に基づいているのか、そのへんの背景情報がよくわからないけど、爽やかな映画だった。

この冒険旅行は、その後、ゲバラをキューバやボリビア、果てはアフリカにまで駆り立てるキッカケともなったという話だから、政治的な覚醒に関して暗示的なシーンが随所に登場する。搾取にあえぐ原住民、国を追われた善良な共産主義者夫婦、ハンセン病で隔離される療養所の人々など、社会的に抑圧された人々と交流する場面場面で、ゲバラの瞳には哀愁の蔭がさす。マチュピチュの遺跡を前に言葉を失うゲバラは、「どうしてこれだけのものを築いた文明が、あの文明に滅ぼされなければならなかったのか」と南米人としてのアイデンティティの目覚めらしき言葉を発する。

といって、そういうシーンがうっとおしいほど出てくるわけでもなく、全体を通して描かれているのは、ゲバラ青年の情熱、他者にまっすぐに向き合う真摯さ、無鉄砲さ、若さゆえの世の中に対する素直な懐疑といったもの。後に世界中の左翼から偶像的に崇拝されることになる革命家というには、あまりにも普通の青年という感じ。むしろそれだからこそリアリティがあったりして。「情熱的に美女を愛した」と言えば聞こえはいいけど、まあ、若い頃から女たらしだったんじゃないのかと思うわけで、そのへん、ちょっと美化しすぎじゃないかと勘ぐってしまった。だいたい役者が実物よりも今風の二枚目だし。

風景がどれも美しく、画面の構図がいい。広大な草原、雪を頂くアンデスの山々や遺跡、霧に煙るアマゾン、広漠とした砂漠。土煙を上げながらバイクで走り抜けたり、てくてく歩いたり、ヒッチハイクしたり、筏で川を下ったり。

ジャック・ベルク『コーランの新しい読み方』(晶文社、2005)

コーランの仏訳で知られるというアルジェリア生まれのフランス人、ジャック・ベルクが、おもにキリスト教徒のフランス人を前に語ったコーラン入門。自分自身はムスリムじゃないと明言しつつも、コーランへの強い思い入れが感じられるけっこう熱い語り口。概説のような入門を期待して読んだけど、ちょっと違った。阿刀田高のエッセイのほうが、マシだったかも……。

繰り返しや重複の多い文書構造をどう捉えるべきだとか、時間を越えた神の啓示がコーランを通して、どういうふうに人間世界の時間と関係してくるのかといった、抽象的で分析的な議論が多い。もっともわかりやすくて、なるほどそうなってるのかと思ったのは、コーランとイスラム的なものの関係。イスラム法というのは、てっきり大要はコーランに書かれているものなんだと思っていたけど、そういうものではないらしい。コーランに書かれた寓話や教えから、具体的な社会の法を導き出して議論するのはイスラム法学者の仕事で、それが膨大な文献となって蓄積されているということ。しかし、例外を除いて「金を貸しても利息を取ったらいかん」というような教えの元、どうやったら証券取引法とか整備できるんだろうか。そんな問題じゃないか。

コーラン、イマイチ読む気がしない。

投稿者 ken : 2006年02月20日 11:29

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